魔弾の王と戦姫 魔弾が紡ぐ未来   作:開閉

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リメイクです。宜しくお願いします。


第一話 異烏と無の銃

「え~と……なにこれ? 何が起きたの?」

 

 新月の真夜中。自分の部屋で女性が困惑した表情で目の前の光景を見つめていた。

 

「うぅ……」

 

 女性の視線の先には、壊れたベッドと、目を回して意識を失った男性がいた。

 男女は全く関係無く、互いを知りさえもしない。なのに、何故二人は部屋に一緒にいるのか。そうなった切欠は数時間前に遡る。

 

 

 ――――――――――

 

 

 其処は一見、ただの森の中にある小さい広場にしか見えない場所。しかし、『それ』を知っている者ならば、直ぐに違和感を感じるだろう。

 今、暗い空が漂う夜の中、そこには4つの異形の存在が集まり『何か』をしていた。

 

「ふわぁ……何時まで待てば良いのかな?」

 

「……流石に暇を持て余すな」

 

 複数の内の二つが退屈そうに口を開く。それぞれの見た目は、片方は普通の青年に見え、もう片方は青年と同じ体格ので頭が禿げている見た目はどこかの将らしき男。

 

「そうでいうでない。ヴォジャノーイ、トルバラン。これは結構手間がかかるのじゃ」

 

「もう少しいれば幾つか省けるが、今回集まったのは我らだけ……。時間がかかって当然だろうな」

 

 残りの二つ――老人と老婆の様な存在に文句を言う同族――ヴォジャノーイ、トルバランと呼ばれた仲間に向けて、遠回しに待てと告げる。

 

「やれやれ……後はどうしてるのかねぇ、ドレカヴァク?」

 

「残りの内、一体はしばらくは都合が悪く、来れん時期が続くと言っておったな。――第一、あれは信用出来ん」

 

 ボソッと呟いたドレカヴァクのその台詞を、ヴォジャノーイだけが聞いていた。

 

「残りの内の片方はとうの昔に『これ』に対してはもう諦めているし、健在かは不明」

 

「最後の一人はどうなのだ? ヤガー殿?」

 

「それもしばらく見つかっておらん。興味を無くし、関わろうとなくなったか、昔に滅んだか。そんなところか」

 

 はぁ、とため息を吐くドレカヴァクとヤガーの話を聞き、ヴォジャノーイやトルバランもつられる。

 

「僕ら七体の内、来れるのが四体って……」

 

「用事とやらで、来れない者はともかく、残りの者達はこれの重要性を分かっているのか?」

 

「知らん筈が無かろうて。しかし、これだけやってもまったく成果が出ないのも事実ではあるからの。それにもういない可能性もある」

 

「そうであれば仕方あるまい。にしても――が協力してくだされば、一々こんなことをせずに済むし、もっと早く我らの悲願を達成出来ると言うのに……」

 

 ドレカヴァクの意見に同意せざるを得ない三人。今からやろうとしている事は成功する確率が限り無く零に等しく、しかも失敗した回数は十や二十ではない。既に三桁は超えている。

 おまけに、機会は年の一度、この時期でないと出来ない。つまり、彼等は最低でも百年以上は続け、全て失敗しているのだ。

 それでも彼等がこれを続けるのは成功に凄まじい価値があるからだ。それこそ今までの苦労でも足りない程の。

 とは言え、度重なる失敗で全員成功するのに諦めを見せ始めているのもまた事実だ。現に彼等の仲間の一人は意欲を完全に無くしている。

 

「まぁ、今回の結果も大体予想がつくし……。とっとと終わらせようよ」

 

「そうだな、流石に私でもどうなるかは嫌でも読める。……今回も失敗だろう」

 

「そんなことを言われれば、儂等もやる気を無くすぞ。もう少し気を使って欲しいの」

 

「まったくじゃ。とりあえず、完成はした。後は儂等の力を注ぐだげじゃな。さっさとやるぞ」

 

 ドレカヴァクとヤガーの二人が離れて合図を出すと、その場所には大きな円に複雑な文字らしき物が大量に刻まれた術式が出現する。

 

「はいはい」

 

「了解だ」

 

「わかった」

 

「では……行くぞ」

 

 術式を確認した四体は四方に立つと少し屈んで術式に手を当てる。すると四体から何かの力が術式に向かって流れ込む。それに伴い、文字の色が一つずつ染まっていく。

 それから数分後、全ての文字の色が変化し終えると術式から激しい光が放たれ、空間が歪み出す。

 

「ここまではいつも通り、だね」

 

「問題はここからだが……」

 

「どうかの?」

 

「集中せい、でなければ成功に近づく事も出来ん」

 

「了解」

 

 さっきまでの雰囲気は全て消え、緊迫した時間が続く。空間の歪みは徐々に強く、大きくなっていく。しかし、それはある程度の状態になるといきなり空間から凄まじい火花と共に空間の歪みが戻っていく。

 

「これ、は……!」

 

「くっ……! やはり、今回も……!」

 

「気を抜くな……! 最後まで集中するのだ……!」

 

「言われずとも……! そのつもりじゃ……!」

 

 何とかしようと集中力を高めるも、無情にも歪みは小さくなっていく。今よりも大人数でやった時ですら、成功した試しが無いのに今は四体しかいない。

 失敗するのは目に見えていた。それでも、彼等がやるのはこれが成功すれば目的を達成する絶好の近道になるからだ。

 例え、この中の誰かが消えようとも。だからこそ、彼等は続ける。自分達の悲願を叶えるべく、己の身を省みずに消える可能性を承知の上で、力を今まで以上に流し込む。

 その影響なのか、空間の歪みはある程度でピタリと停止した。

 

「止まっ……た?」

 

「これならば……!」

 

「行けるかもしれん……!」

 

「今こそ好機……! 力を使い果たすつもりで送り込むのだ……!!」

 

 歪みに四体の膨大な力が流れると――突如空間自体の形が大きく崩れる。思わぬ事態になった四体は慌て出す。

 

「ち、ちょっとヤガー婆さん! これは一体……!?」

 

「わ、分からぬ! 成功ならば普通、『穴』が生まれるのだが……!」

 

「つ、つまり、これは失敗、と言う事かヤガー殿!?」

 

「に、にしては何か可笑しいぞ!? ただの失敗ならば、歪みが無くなるだけの筈……!?」

 

 しかし、これはどう見ても歪み自体が大きく変化し出している。明らかな異常に困惑し、力を送るのを止めてしまう。その結果、更に状況が動く。

 

「な、なんだこれ!? 歪みの形そのものが……!」

 

「ま、丸く、大きくなっていく……!?」

 

「な、何が、何がどうなっておるのだ!?」

 

「ま、待て……! それだけではない……! これは儂等が引っ張られている……!? このままでは、下手するとあの歪みに取り込まれてしまう……! 全員急いでこの場を離れるのだ!!」

 

 危険を感じ、ドレカヴァクは仲間に退避を指示する。同じくそう感じたトルバランやヤガーは逃げ出そうとするも、ヴォジャノーイはまだ少しだけその場に残り、急いで仲間に問う。

 

「け、けど、これは!? この歪みはどうするんだい!? このままじゃあ、どんなことになるか……!」

 

「それは同意だが……! まずは自分の身を優先しろ! でなければ、死ぬかもしれぬぞ!」

 

「くっ! 仕方ないか……!」

 

「ヴォジャノーイ! 早くこの場を去るのだ! 後、全員これが収まり次第、また集合する様に!」

 

「承知!」

 

 歪みから発する力に対抗しつつ残りの力を絞って、その場を離脱する四体。

 彼等の姿が見えなくなると、歪みは更に変化する。まるで全てを飲み込み、夜や闇よりも深く暗く、見る者に死のイメージを与えるような漆黒の玉――そう表現するしかない『なにか』へと変貌。

 周りの土や木、空気や生物も関係なく、全てを手当たり次第に飲み込んでいった。

 

 

 

 

 

 しばらく時が経つと、さっきの場所は漆黒の玉からある程度の数十メートルの範囲がぽっかりと削り取られた様な、無惨な地形に変わり果てていた。

 

「うっひゃあ……。こりゃ、驚きだねえ……」

 

 そこに、一つの影が現れる。いち早くこの場に戻ってきたヴォジャノーイだ。青年の姿をした人外は周りを確かめつつ、下に降りる。

 

「逃げ遅れてたら、冗談抜きに消滅してたかも……」

 

 ヴォジャノーイは思わず、背筋が冷える。彼には、死んでも復活する能力があるだが、これのような空間ごと呑み込まれて死んだ場合、完全に滅ぶ可能性があった。

 

「……戻ってきていたか。ヴォジャノーイ」

 

「ドレカヴァク。先に来てみたよ」

 

 周りを調べるヴォジャノーイを見下ろす新たな影。ドレカヴァクだ。その後、それぞれ違う方向からトルバランやバーバ=ヤガーが現れ、四体の魔は再集結する。

 

「迂闊な行動は避けるべきだ。消えたとは言え、安全とは限らん」

 

「トルバランの言う通りじゃ。現にまだ、此処等の空間は不安定になっておる。特にそこは非常にな」

 

「げっ、そうなの? 離れよっと……」

 

 またさっきのが起きては、堪ったものでは無い。ヴォジャノーイは忠告を素直に聞き、そこを離れた。

 

「にしても、さっきの何だったんだい?」

 

「……空間が、何らかの理由で渦のようにねじ曲げられ、あのようになった。それ以外に答えが無いの」

 

「ヤガー。先程、空間が不安定になっていると言っていたが……入れそうか?」

 

 そもそも、自分達が空間を歪ませたのは、正規の方法では『そこ』に入れないからだ。

 不安定な状態なら、入れる可能性はあるのではないか、ドレカヴァクはそう考えていた。

 

「……無理じゃの。先ず、儂等に力が残っておらぬ。次に、何処に移動するか予測出来ぬ程に不安定になっておる。下手に行えば、海の底や地中の奥深くに転移する恐れがある。しかも、この具合を見ると、数日は持続するじゃろうな」

 

「……流石に、そんな部の悪い賭けに乗るのは御免被るな」

 

 人を超えた存在とは言え、流石に限度がある。そんな所に飛ばされては、最悪二度と動けなくなる可能性もあった。

 

「どの道、今回も失敗ってことでしょ。だったら、僕は行くよ」

 

 失敗と分かった以上は、ここにいる必要は無い。さっさと切り替えたヴォジャノーイは、現場を背に離れていった。

 

「……仕方あるまい。私も戻るとしよう。あまり長く離れると、余計なことを言われかねん」

 

「私も同様だ。失礼させてもらおう」

 

「では、また何時かの」

 

 ヴォジャノーイが離れたことにより、残り三体の人外も踏ん切りが付いたのか、その場を後にした。

 しかし、彼等はまだ知らない。今回の異変による結果は、この荒れた場所だけでは無いことに。

 

 

 ――――――――――

 

 

『……ふん、やっと去ったか』

 

 人外達がいた場所の下の空間で、不快そうな声が響く。そこは、先程の所の下にある場所であり、人外達の目的地だった。

 但し、ここは特殊なため、ただ地面を掘ったりするだけでは絶対に辿り着けない場所でもある。故に、人外達は自分達の身を削ってまで空間を歪ませて入ろうとしていたのだ。結果は失敗したが。

 

『……さて、「これ」はどうしたら良いものか』

 

 声がまた響く。その発生源は、途中で曲がっている黒の物体。方法は不明だが、これが話していた。

 そして、物体は困っていた。何故なら、予期せぬ事態になっていたからだ。ある箇所を見る。其処には。

 

「すー……すー……」

 

 人が、いた。本来、誰も入れないこの場所に。寝ているので瞳の色は不明だが、黒い髪の男性であることだけは分かる。肩から腰には何かを掛けていた。

 この人物は、さっきまでこの場所には存在しなかった。

 しかし、さっきの黒い玉が消えると同時にまるで入れ替わるように歪みがこの部屋に出現。

 その歪みが無くなると、その痕跡のように今度は寝ている彼が出てきたのだ。

 

『……あの異質な歪みの影響で、何処かから飛ばされたか』

 

 申し訳なさそうに、声は呟く。さっきの黒い玉は、意図はしてないとはいえ、声が原因で起きた現象。故に、何の関係もない彼を巻き込んだことを悔やんでいた。

 

『……機会でもあるが』

 

「――ん……? ふわぁ……、何か、堅……?」

 

 何かの違和感を感じたのか、声に反応したのか、男性が身体を少し起こし、目を開く。髪と同色の黒い瞳が現れ、虚ろげにキョロキョロと動く。

 

「…………は? ここ、どこ?」

 

 驚愕から、ぱちくりと男性の瞼が上下する。起きたら、いきなり身に覚えのない場所にいたのだ。無理もないだろう。

 

『目覚めたか』

 

「……誰だ?」

 

 これまた身に覚えがない声に、男性の目付きが鋭くなる。身体を完全に起こし、周りを確かめる。寝起きのおかげか目は暗さにも慣れているが、視界の向こうには壁しか見えてこない。

 しかし、背後を見ると、壁以外のあるものが写る。一つは台座。もう一つは、その台座に納まる、一対のある道具。

 

「これ、は……」

 

 多くの者は、『それ』を見ても意味不明な形状の物としか受け取らないだろう。しかし、男性は違った。『それ』と似た物を、知っていた。

 

「……『銃』?」

 

 その名は、銃。あるものを燃料に、弾を飛ばす威力と殺傷能力の高い武器だ。

 

『……「銃」? そなた、これを銃と呼ぶのか?』

 

「……えっ?」

 

 その呼び方に声が問い掛ける一方、青年は困惑する。誰かいるのかと思えば、武器が喋っているのだ。戸惑って当然である。

 

「……どっきり? どういう原理で声が出てんの、これ?」

 

 二つの銃らしき物を、男性はまじまじと見つめる。

 ――これ、形状は銃に似てるけど……。

 弾を出すための砲口はある。しかし、引金や弾層が存在しておらず、銃に似た『何か』と言った方が正しい。

 

『……あまり、じろじろ見るでない』

 

 ――やっぱり、これが喋ってる……。

 何処かのファンタジーの様に、喋る銃。様子から、自分を見るか感じることも出来るらしい。戸惑いはまだあれど、話せる以上は色々と知ることが出来る。

 深呼吸で冷静さを取り戻すと、青年は銃らしき物に宿る意思に話し掛けた。

 

「お前は、誰だ?」

 

『他者に名を尋ねる時は先ず、自分から告げた方が良いと思うが』

 

「それもそうだな」

 

 相手が人かどうかはこの際、二の次である。

 

「――雅人。向陽雅人(こうようまさと)。それが、俺の名前」

 

 青年――雅人は、己の名を告げる。

 

『……コウヨウ=マサト? 変わった名だな。それに姓もある……。そなた、貴族か?』

 

 ――日本を知らない? それに……。

 先進国の一つを知らず、自分を貴族と思っている。どちらも妙だ。

 

「普通――うん。一応、普通の一般人だよ」

 

 自身の過去を思い出し、一瞬マサトは言葉に詰まるが、とりあえずそう話しておく。

 

「お前の、名は?」

 

『一応というのが引っ掛かるが……まぁ、良かろう。……ただ、済まぬが、我に名は無い。自身を知らぬのでな』

 

「……知らない?」

 

 どうしてと言おうとしたが、おそらくはそれも知らない可能性がある。止めて置くことにした。

 

「とりあえず……ここどこよ?」

 

『ブリューヌ。その一ヶ所にある、特殊な場所だ』

 

「……ブリューヌ?」

 

『うむ。知らぬのか?』

 

「……まったく」

 

 そんな国など、マサトは知らない。聞いたことも無い。

 

「……他には、どんな国がある?」

 

『東にジスタード。南にムオネジル。西にアスヴァールとザクスタンがある』

 

 ――……知らない国ばかりだな。

 一度、あらゆる国名に目を通したことがあるが、そんな国など、見たことも無い。

 ――つまり……。

 信じられないが、ここは自分がいた世界ではない。自分は時代か、場所、その内のどちらかは確実に違う世界へと迷い込んでしまったのだ。

 ――……どうしたものか。

 とりあえず、現在の状況を確かめるのが最優先。その際、銃と何故話せるかが引っ掛かるも、今は無視して話を聞くことにする。

 

「さっき、お前はここを特殊な場所って言ってたけど」

 

『ここは地下にはあるが、何故か入るための扉がこちら側にしか無くてな。故に、普通は入れん』

 

「……何で、俺そんな所にいるんだ? ここを出る方法は? お前、知らないか?」

 

『………………』

 

「おい、何だその間?」

 

 問い詰めると、銃が不自然なぐらい沈黙する。

 

『……怒らぬか?』

 

「正直に言えば、場合によっては勘弁してやる。ちなみに、黙ってたら地面に叩き付けるぞ」

 

 ――乱暴過ぎる!

 これでは、言ったら何をされるか分かったものではない。しかも、黙っていても叩き付けられるだけ。言うしか、銃には選択肢が存在しなかった。

 

『……すまぬ。どうやら、そなたは我のせいでここに来たらしい』

 

「……もう一度言え」

 

『だ、だから……その、我のせいでここに……』

 

「……詳細は?」

 

『あ、ある事から、空間がねじ曲がったらしく、その影響でそなたがここに転移してしまったようなのだ』

 

「……ある事って、何?」

 

『い、言えぬ』

 

 話せば、外に出る機会を失ってしまうかもしれない。なので、銃は黙秘する。そんな銃の言葉にマサトは無言で銃に近付き、二つ共手に取る。

 

「……どっち? 両方か?」

 

『……み、右手の方が我だ。左手にはない』

 

「分かった。――いっ、せー、のぉ!」

 

 マサトは右手の黒銃を全力で掴むと、やはり全力で地面に叩き付けようとする。

 

『ぎゃー! 待て! 頼む! 出る方法を教える! 止めてくれ!』

 

「……嘘だったら、分かるよな?」

 

 鬼気迫る――と言うか、最早修羅みたいな目付きでマサトは銃を睨み付ける。かなり怖い。

 

「……どうやったら、出れる?」

 

『し、四方にある何れかの紋章の足場に行き、我が力を使えば、外に出れる』

 

「あっそ。じゃ、ばいばい」

 

 ――……ファンタジーな方法だな。

 とは言え、方法は聞けた。マサトは銃を背にし、足場に向かって歩こうとする。

 

『ま、待て待て! まだ話すべき内容を話しておらん! それに、そなたに頼みがあるのだ!』

 

「……何? 俺、早く出たいんだけど」

 

 心底うんざりしているマサトだが、聞き逃しては不味いのかも知れないので、嫌嫌聞くことにした。

 

『そ、そのだな。実に言いづらいのだが……そなたには我の使い手に――』

 

「却下」

 

『最後まで聞かぬっ!?』

 

「何で、他の場所に飛ばした元凶、しかも隠し事してる武器の持ち主にならなきゃならないんだ。アホか。第一、メリットあるのか?」

 

『メリット?』

 

「……利だよ」

 

 めんどくさーと、思う青年。一秒も早く出たいのだ。

 

『そうか、利か……。まぁ、それはともかく、さっきの方法は我の使い手にならぬと、出来ぬのだ』

 

 正確に言うと、力が高まっていた四半刻前までは自分だけで出来たのだが、それが過ぎてしまい、単独では不可能になってしまった。次に可能になるのは一ヶ月なので、やはり駄目だ。

 

「……なにこれ、強制イベント? 断固拒否したいんだけど」

 

『……よく分からん言葉を使うな、そなた。それはそうと……実は現在、ある理由から此処等の空間がかなり不安定になっていてな。……正直、何処に出るかまったく分からん。下手すると、空や海などのとんでもない場所に移動する羽目になるかも知れぬ……』

 

「……しばらくしたら、大丈夫なのか?」

 

『……数日は続くな』

 

「……ここ、水や食料ってある?」

 

『……無い。そなたのその箱か? それには入ってないのか?』

 

「……これには、本とか筆記具、必需品しか入ってねえよ。……やっぱり、叩き付けて良いか?」

 

 ぎゅっと、マサトは黒銃を再度握り締める。

 

『すまぬ! 本当に申し訳ない!』

 

「何処に出るか不明、数日は持続、食料、水も無いって、ふざけんな!」

 

 中で待っても、数日以内に水分不足で死ぬ。外に出ても、危険地帯に移動。もしくはそのまま死ぬ可能性が高い。リスクしか無かった。

 

「あぁ、もう、最悪……」

 

 実際のところ、マサトは死ぬことが嫌なのではない。自分の命など、執着してないからだ。

 しかし、『現場』などでならともかく、こんな所で無駄死にするのは絶対に嫌だ。『無駄になってしまう』。

 

『だ、だからだ。我が力を貸そう』

 

「……力?」

 

 そう言えば、この銃がどうやって自分を出すか知らない。おそらく、特殊な力を秘めているのだろうが、それがどんなものかも不明だ。

 

「その力って、何だ?」

 

『――生命。生物から、それを吸い取り、弾として放つ力』

 

「……命を奪う力、か」

 

『……まぁ、正解ではある』

 

 命を守る為に務める自分が、命を奪って力にする武器を手にする。何の皮肉だろうか。

 

「威力や範囲はどれぐらい?」

 

『普段の範囲はこの部屋の五倍ほど。調子が良ければ、もっと伸びる』

 

 ――結構、距離があるな。

 回りを見る。ここから、壁までは大体、五十メートルはある。つまり、直径五百メートルが有効範囲になる。

 

『人以上からは許可が無ければ吸えぬ。威力はと言うと……最大まで溜めぬと、あまり……』

 

「……使いづらい弾しか射てない力って、危険を脱出するのに役に立つ?」

 

『……ご、護身用には最適だぞ? それに我は周りをかなり見渡せ、非常に堅い!』

 

「見渡しは役立ちそうだけど、持ちにくい上に、銃の不法所持で捕まるわ、ぼけ!」

 

 鋭いツッコミに、何とか返した銃だが、マサトに更に一喝されてしまう。

 

『ひ、一つ。さっきから気になっていたが……銃とは何だ?』

 

「……お前、銃を知らないのか? でも、その形って、どう見ても……」

 

『……我は「弩」と呼ばれているが』

 

「……弩?」

 

 ――弩って、確か……。

 機械で通常よりも太く短い矢を放つ、昔の武器。自分の世界でも使われていたが、銃の発達により今は一部の除いて存在しない。この世界にはそれが存在し、銃の名は無い。

 

『他にも、野盗や山賊、海賊などに対抗する武器は必要だと、我は思うが……』

 

 ――野盗や賊がいる、か。

 つまり、この世界は自分がいたのと比べると、治安が悪いか未発達の可能性がある。それならば、武器は必須といっていい。

 

『……それに、我は話し相手が欲しいのだ』

 

 色々考えていると、銃がポツリとそう溢したのが聞こえた。

 

「……話し相手?」

 

『……さっきも言ったように我は己を知らぬ。気が付けばここにいた。そして、ここには誰も入れん。理由も、己も知らず、ずっと孤独だったのだ』

 

「……お前、どれだけここにいたんだ?」

 

『……正確な時は数えておらんので、最早分からん。最低でも、月が無い日を五百数えるほどはいた』

 

 ――月が無い日……? 新月か?

 ただ、あれは一ヶ月に一度だけ。仮にここの時の進み具合が自分の世界と同じすると、銃は最低でも四百年以上いたことになる。この場にポツンと、孤独に。

 

「……はぁ、分かったよ。此処でくたばるのは勘弁だし、使い手になってやる。話し相手にもな」

 

『――本当か!?』

 

「但し、変な目で見られるのは勘弁したいから、時と場合は弁えること」

 

『安心しろ。我の声は任意の相手にしか聞こえぬよう、調整が出来る』

 

 それはこちらとしても助かる。以外と使えるかもしれない。

 

「あと、境遇には同情するけど、信用して欲しかったら、全力で協力すること。最後に、曰く付き、やばい代物だと判明したら、直ぐに捨てるからな」

 

『……了解』

 

 ――……言わなくて良かった。

 自分が狙われているなどと。とはいえ、マサトが生きるには使い手になる他、道はない。

 後ろめたさはある銃だが、自分としては外に出たいので、それは隠す。但し、全力で使い手となる彼の力にはなるつもりだ。

 

「で? どうやったら使い手とやらになれる?」

 

『我と、もう片方の弩――いや、銃か? それを両方持ってくれ』

 

「こう?」

 

 双銃を持つ。すると、黒い靄らしきものが双銃から溢れ、自分の全身にまとわりついていく。

 

「お、おい! これ、大丈夫か!?」

 

 危険を感じ、マサトは咄嗟に黒銃を離そうとするも、この黒い靄に縛られているように外れない。

 

『大丈夫だ。まぁ、見た目は悪いが……危険は無い。――行くぞ』

 

 黒い靄がマサトの身体を完全に覆う。同時に妙な感覚を感じ、それらを数十秒間受け続けると靄は飛散する。

 

『これで、完了だ。……どうだ?』

 

「……特に、痛みとかは無いな」

 

 身体を動かすも、どこにも異常は無い。どうやら、無害なのは本当らしい。

 

「これで、俺はお前の使い手になった。ってことか?」

 

『その通り。我が力、思う存分使うが良い』

 

「まっ、それなりの期待はしとく。さてと、後は……」

 

 ここから出るだけだ。問題は、空や海などに出た場合が怖い。その対処法を決めねば、運悪ければ即座に死だ。

 ――といってもなぁ……。

 手持ちの中に、それらの事態に対処出来る物がない。

 ――命の力、だったよな?

 自分の武器となった黒銃を、マサトは見つめる。自分はさっき、この武器を手に取ったばかりだ。力も知ったとはいえ、まだまだ知らない部分の方が多い。

 危機を切り抜けるとすれば、常識では計り知れないこの力だけだろう。

 

「えーと、そうだな。――ゼロ」

 

『……ゼロ?』

 

 方針が決まり、数秒考えたマサトは銃にそう呼び掛けるも、本人?は疑問符を浮かべた。

 

「お前の名。銃って呼ぶのも、何かめんどくさいから決めた。お前、自分を知らないんだろ? だから、ゼロ。意味は無だ」

 

『無を意味する言葉、ゼロ、か。ふむ、悪くない。では、改めて宜しくだ、コウヨウ』

 

「そっちは姓。マサトが名」

 

 日本や、幾つかの国では姓と名の位置が違う。ゼロが勘違いしても不思議ではない。

 

『そ、そうなのか。それは失礼した。再度改めて……宜しくだ。我が使い手、マサトよ』

 

「あぁ。じゃあ、色々と力を使いたいから、早速付き合ってもらうぞ」

 

『了解だ』

 

 こうして、人と銃の、一組の奇妙な組み合わせが誕生した。

 

「じゃあ、使わせて貰うな」

 

 中に溜まっている命達に告げ、青年は様々なイメージをしながら力を使っていく。

 

「――ふぅ、こんなところか」

 

 一刻、二時間の時を掛け、色々と力を試したマサトは一息付く。その彼の右手では、意思を宿す武器が驚愕に包まれており、絞り出すように何とか呟く。

 

『……こんな風に出来るとはな』

 

 さっきまで見ていたが、それは何れも本来の用途とは離れていた。

 

「力は、使いこなしてこそ。ってことだ」

 

『……くくっ。なるほどな』

 

 どうやら、マサトは自分の使い手としては最適の人物らしい。ゼロは思わず、笑い声を呟く。

 

「じゃあ、そろそろ出るために動くか」

 

 力を使いこなしたいところだが、今は空間の捻れから力の吸収が行えないため、何れは尽きてしまう。

 食料や水も無いため、長引くと力が出せない、平常な思考が出来なくなる。だから、今の内に動く方が生存率は高いのだ。

 

「さて、補充っと」

 

『……今は、周りから吸えぬぞ?』

 

「あるだろ。ここに。俺というな」

 

 マサトは自分を親指で二度叩く。周りから得れぬなら、己から得れば良い。条件も、本人の許可のみで自分でやるなら難しくはない。

 

『……無茶はせぬようにな』

 

 二つの黒銃を持った腕を広げ、その体勢でマサトは目を閉じて深く集中。

 その集中力が高まると、マサトの身体から銃の力となる生命が黒銃に吸い込まれていく。

 ――きつ……。

 身体に一気に疲労が蓄積しているような、そんな感覚だ。

 

「――チャージ終了。溜まった?」

 

『一人分だからな。そこまでではないが、補充にはなった』

 

「……じゃあ、ちょっと休む」

 

 台座に身体を預け、呼吸を何度も繰り返し、しっかりと休む。それを三十分ほど行うと、それなりに疲労が抜けた。

 

「休憩完了。行くか」

 

『ならば、四方にある足場の内の何かに歩いてくれ』

 

「分かった」

 

 適当な場所に向けて歩き、紋章が刻まれた足場近くに付く。前を見ると、壁にも紋章があった。

 

『足場に立ち、力を放出してくれ。そうすれば、自ずと移動できる』

 

「じゃあ、先ずは……」

 

 マサトは黒銃を身体に向け、弾を発射する。しかし、痛みや傷は無く、身体に薄い膜が覆われる。

 

「これでよし」

 

 準備を終わらせ、言われた通りに足場に立って力を放出。すると、足場と壁の紋章が輝いていく。移動のための工程が行われているのだろう。

 ――これまた、ファンタジーだねえ。

 科学ではなく、超常による現象。どんな原理なのか、まったく不明。

 

「ゼロ、ここは何なんだ?」

 

 出るまでには間があるようなので、それまでにゼロからこの場所に付いて尋ねる。

 

『……済まぬが、知らぬ。我は目覚めた時には此処にいただけなのでな』

 

「――そっ」

 

 ――情報無しか。

 そもそも、ゼロは何故ここに納められていたのか。そして、それは誰の手によって行われたのか。

 納められた理由について、先ず考えられるのは、命を吸う力が原因であること。人などには出来ないとはいえ、自然に対して有効。その気になれば自然を枯らすことは容易。それを危惧し、此処に納められた。

 納得はできるが、ゼロによると、普段の状態ならここからでも生命は吸えるとのこと。入れないので持ち出せないとはいえ、封印されていないのが妙だ。

 後は、ゼロは隠している理由と関係しているかだろう。ただ、ゼロが話そうとしないのでこれは幾ら考えても結論は出せない。

 

『――そろそろだ』

 

 時間を迎えたようだ。壁を見ると、紋章のある部分が歪み、渦のように変化。向こうはまったく見えず、闇しか無い不気味な穴。

 

『もう一度言うが、何処に繋がっているか分からぬ。気は引き締めた方が良い』

 

「言われなくとも。――行くぞ」

 

 自分の生き方を全うするために。青年は顔を引き締め、足を進めて空間の歪みへと入って行く。その数十秒後、歪みは渦潮が止むように消えた。

 

「……変な場所だな」

 

 中に入るが、上も下も右も左も、黒しかない、光が何一つ無い闇だけの不気味な場所。此処が、空間の歪みから入れる特異な空間。

 

『まぁ、空間しか無い訳だからな。だからかもしれん』

 

 ――空間、だけね。

 にしては、しっかりとした足場があることや、呼吸が出来るのが引っ掛かる。

 空間だけならば、何故固定の足場や、呼吸の為の酸素が何故あるだろう。

 ――足場に関しては、自動にそうなっている。空気は元いたあの場所から流れたからか、何故か元からあるか。このどちらかか。

 どちらにせよ、歩行も呼吸も出来るのは有難い。移動はスムーズに済むし、溜めていた分を使わずに済む。

 一歩一歩進んでいくと、黒だけの世界だが、捻れのような場所が見えてきた。

 

「あれは?」

 

『おそらく……出口だ』

 

「おそらくって何だよ、おそらくって」

 

 要領の得ないゼロの台詞に、マサトは不満気だ。

 

『通常は入り口同様の穴になるのだが……』

 

「なら、別の所にあるんじゃ?」

 

『かもしれん。とはいえ、不安定になっている以上、まともな出口があるとは思えぬが……』

 

「そう。――なら、行くか」

 

 自分はこの場所を知らない。そんな自分が色々考えようが時間の無駄。早い者勝ち、兵は神速を尊ぶ、という言葉もある。不確定な要素しかない今は、決断は早い方が良い。

 黒銃を強く握り締め、マサトは捻れに入る。黒だけだが、空間が捻れている光景に気持ち悪さを感じながらも意識をしっかり保ち、歩いていく。

 数十歩ほど歩いた頃。周りの空間が急に歪んだ。

 

『出口だな。だが、気を引き締めろ。どうなるか分からんぞ』

 

「言われなくとも」

 

 空間が更に歪んでいくが、そんな中でも、マサトは平然と佇む。そして、十数の時間が立つと、一瞬で景色が変わった。

 

「――えっ?」

 

 何故かそこで、女性、自分の順で声が鳴った。

 

 

 ――――――――――

 

 

「こほっ、こほっ……。はぁ、はぁ……」

 

 数分前のその場所で、一人の女性がベッドから身体を起こす。

 その身体は細く、皮膚は少しあり得ないぐらいに白い。近くには、見事な装飾が施された二つの短めの剣がある。

 二つの剣は、彼女に起きると淡く輝く。まるで、女性を心配するかのように。

 

「……まだ夜、か」

 

 背から来る痛みに耐え、双剣を撫でると、女性は今の時間を確かめる。周りはまだ暗い。

 寝ようとしても、痛みのせいではっきり目が覚めてしまい、眠れる気がしない。

 今は痛みが収まり、しばらくは問題なさそうなのが幸いか。

 

「……さて、どうしよう」

 

 作業をしようにも、自分の身体では長期は出来ない。他の者達にも止められるだろう。これは却下だ。

 となると、残るは本でも読んで時間を潰すぐらいだが、これも身体が原因で上手く出来ない。

 

「……空でも見よう」

 

 作業も本も駄目。そうなると、空を見るしか無い。窓から夜空を見上げるが、月も星も存在しない、黒だけの殺風景な空だった。

 しばらくはなんとなくの気分で眺めるも、何も無い空に飽きてきた。身体を休めようと、ベッドに横になろうとしたが、その時、空から一つの光が流れ、瞬く間に消えた。

 

「流星かあ」

 

 空が見せてくれた気まぐれに、女性は微笑む。流星は場所によって、吉兆とも凶兆とも呼ばれている。

 

「吉兆だと良いな」

 

 そんな、細やかな願望を女性は抱く。しかし、自分の身を考えると、それは先ずあり得ない。十中八九、凶兆だろう。

 ――あっ、そう言えば……。

 何処かの国では、流れ星に向かって願い事を三回言うと、その願いが叶うという願掛けがあるという話を思い出した。

 流星はもう消え、そんなのが起こるとはまったく思っていないが、折角なので、やってみることにする。

 

「僕の元に、吉兆が届きますように。――なんてね」

 

 両手を合わせ、祈るように告げる。その台詞を、女性はあと二回繰り返し、最後にお茶目に一言を加えた。

 

「そろそろ寝よう」

 

 出来ることは少ないが、明日にもすることはある。少しでもこなすため、身体を休めようと女性が横になろうとした。その時だった。

 静寂が戻ろうとしたその部屋に、突然バチッとという、火花のような音が響いた。しかも、徐々に増していく。

 ――何の音?

 女性は目付きを鋭くし、辺りを伺う。聴覚を集中させると、発生源は自分の真上から。しかもそこを見ると、その場所に火花が次々と発生している。

 危険を感じ、そこから離れようとした瞬間、音と火花が突然消えた。奇妙な現象は起きたが、これで一安心、かと思いきや。

 

「――えっ?」

 

 部屋に女性、何故か男性の声が順番に響く。

 女性が見ると、そこには謎の人影――マサトがいた。

 一方のマサトも、身体を起こした状態でベッドにいる発生源の人物の姿が写った。暗いのでその人物の服姿はよく分からない。

 ――あれ? これって……。

 ベッドにいる人物の上に、自分がいる。下を見ると足元には足場が無い。つまり、自分は今――部屋の上の空間にいることになってしまう。

 そして、次の瞬間、マサトの身体は重力に従って落下を始めた。

 

「――わぁああぁぁっ!? は、離れてくれーっ!!」

 

「え、えぇええぇーっ!?」

 

 突然、部屋の天井近くから見知らぬ者が落下してくるという、意味不明にも程がある展開に女性は驚愕の声を上げる。

 その一秒少し後、部屋に何かが派手に壊れた音が大きく鳴った。

 

「あ、危なかった……!」

 

 武器の双剣を持って急いでその場を離れた女性は、焦りから乱した呼吸を正して冷静さを取り戻しつつ、大きな音の発生源を見る。そこには。

 

「うーん……」

 

 さっきの落下による衝突で壊れたベッドと、同じく衝突で気絶し、目を回した謎の男性――マサトの姿。こうして、最初の場面に戻る。

 これが二人のとんでもない出会いの始まりだった。

 


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