そこに入ると、フレンズは「ゆうれい」にされて二度と戻ってこれないという。
その謎を解明するため、フレンズ達が立ち上がった!
※当SSはTRPGセッションのリプレイ小説です。その為オリジナルのフレンズが主に活躍します。ご了承ください。
※システムはうらやま様の「けものフレンズTRPG(http://www.pixiv.net/series.php?id=795973)」を使わせていただきました。うらやま様、ありがとうございました!
※当SSはカクヨム様でも公開しています。
――森林地方。
木漏れ日が点々と散らばる並木道を、豊かな自然には似つかわしくないエンジン音が通り過ぎていく。
黄色い車体に、子どもが喜びそうなファンシーなデザイン。バス……と呼ばれる車種だったが、今この島にその種別を知る生き物はいない。
『ココガ森林地方ダヨ。木ノ上ニ住ムフレンズガ大勢イルンダ』
そのバスの中。
今日もジャパリバスを運転している水色のけもの――のようなロボット、ラッキービーストことボスが、そんなことを言った。
その言葉を聞いて、後ろの車両で二人して手をぺちぺちと叩き合っていた少女のうちの一人、かばんが顔を上げる。
「へぇ、そうなんですか?」
「そうそう! ここはね、とってもこわーい『オバケヤシキ』があるんだって」
「おばけやしき?」
いったん遊びを中断したかばんに被せるように、サーバルがそんなことを言った。
オバケヤシキ――本来の意味を知るものならイントネーションがめちゃくちゃな一言に、かばんは思わず怪訝な表情を浮かべる。
森林地方にはじゃぱりとしょかんなる施設があるということは聞いていたが、ほかにもアトラクションがあるとはかばんも知らなかった。考えてみれば、地下迷宮などアトラクションが多くあるのだからほかにあっても不思議ではないのだが。
ぼんやりとそんなことを考えているかばんに、サーバルは眉根を軽く寄せておそろしげな表情で言う。
「うん! あのね、そこに行くと二度と帰ってこれなくて、かわりに『ユーレー』っていうのにされちゃうんだって!」
「ええ~!?」
『ユーレー』なるものがどんなものかは、かばんには分からない。ただ、二度と帰ってこれなくて、何か妙ちくりんなものにされてしまうということはなんとなく理解できる。
かばんにとっては、それだけで十分恐ろしいものだった。……が、サーバルはさらに続けて、
「こわいよね……でも、大丈夫! もし『ユーレー』にされそうになっても、わたしがかばんちゃんを助けちゃうんだから!」
と、相変わらずの能天気さでそう言い切った。相変わらず根拠も何もないサーバルだったが、その無邪気さがかばんには眩しい。すっかり弛緩した空気の中で、かばんはふっと力を抜いた笑みを浮かべて言い返す。
「あはは……サーバルちゃん、無理しないでね」
「任せてよ!」
「……サーバルちゃん、聞いてないよね」
いつもの一幕だ。
微笑ましく思いつつもやっぱり呆れたかばんがふと前方に視線を向けると、バスの運転を担当しているラッキービーストが何かを気にした様子であることに気づいた。
「ラッキーさん? どうかしましたか?」
『…………ナンデモナイヨ。ソレヨリ、右ノ方ヲ見テゴラン。シロヘラコウモリノ住処跡ダネ』
ボスの呼びかけに応えて、かばんとサーバルはバスの右側の方へと寄って、その先にある自然の営みに興味を移していった。眼前に広がる大自然は、二人の意識を吸い寄せるには十分すぎる魅力を持っていただろう。
だからこそ、彼女たちは気づけなかった。
ちょうどそのタイミングで、彼女たちを乗せたバスがおどろおどろしい風体の洋館を通り過ぎていったことに――――。
***
//当SSは実際に行ったセッションを小説化したものです。
***
チシマラッコは開拓者だ。
海はもはや自分には小さいと断じた彼女は、今度は冒険の場所を陸に移し、新たなる冒険の日々を謳歌しているのだった……。
「この石は丸みがあっていいですね……」
…………まぁ、やっていることはぶらぶらとそのへんを歩きつつ石を拾っているとか、そんな感じなのだが。
前髪を分けてできた大きな大きなおでこに浮かぶ汗をぬぐい、チシマラッコはふぅと一息ついた。光のない瞳や落ち着いた物腰のせいで無感情だと思われがちだが、チシマラッコは冒険心にあふれたフレンズだ。
ついでに、常にポケットに石をしまっている癖がある。護身用かもしれないしコレクションなのかもしれないが、とにかくチシマラッコは石を集めるのが大好きなのである。
森林地方に来てより数日、チシマラッコはそんな風にして、森林地方のあらかたの施設は巡りつくしたかに思われた、のだが。
冒険がてら石拾いをしていたある日、彼女はフレンズ達がある場所について話しているのを耳にしてしまった。
「助手、『アレ』の様子はどうなっているのですか?」
「微妙ですね。いまいち近づけません」
「例のおばけやしきですか……。全く困ったものなのです。わたし達でも近づけないのです」
「中に入ったら二度と戻ってこれず、『幽霊』にされてしまうという噂……本当ならば、パークの危機ですね」
――生憎、石を拾いながらだったのでどのフレンズが言っているのか、細かい事情などは知らないが。
「まさか深海や油より怖いということはないでしょう」
チシマラッコにとって、入ってきたら二度と戻ってこれないとか、幽霊にされてしまうとか、そういったことは大した問題ではなかった。
ゆえに。
のんびりと呟きつつ、チシマラッコはその足で、まだ冒険していなかった施設――――おばけやしきへと向かっていくのだった。
***
//以上が導入でした。
//けもフレTRPGは本来Aぱーとでシーン表(RPのとっかかりとなる場面情報)を決めてRPしつつ判定する、というスタイルですが、ここではお互い初めて遊ぶシステムなので、感覚を掴むために0サイクルと称してためしに判定を行う場面を作っています。
//ちなみに、チシマPL曰く、髪型のイメージは軽音の田井中律だとか。
//以下、自己紹介のときにPLがしたチシマラッコのけもフレ公式風解説。
//ポケットに石を入れて貝を割るよ。
//上質な毛皮として乱獲されまくって明治時代では珍しく個別で保護法が作られたよ。
//人間は怖いですね。
//ラッコの中では一番身体が大きくて鼻が小さいよ。
//油には弱いからかけないでね。
***
近づいてみると、屋敷の壁面は長い時間経過の為か、壁面いっぱいに蔦が張っていて、まるで森そのものの縮図を見ているかのようですらあった。それだけでなく、どこかおどろおどろしい雰囲気も感じる。
実際の視覚情報に上乗せされた脅威がそこに乗せられているかのようだった。
「ベッドみたいですね」
そんな状況下で、チシマラッコは持参した昆布にくるまり、ふかふかの草の上で寝ころんでいた。
『なんで寝るのよぉー!!』
「!」
突然聞こえた声に飛び起きたチシマラッコは、すぐさま鋭い腕の振りで手に持っていた小石を投擲する。
――――が、帰ってきたのは屋敷にぶつかって小規模な破壊をもたらした小石の破砕音のみ。
後に続くのは静寂…………だが、確かに聞こえていた。ツッコミを入れるかのようにチシマラッコの耳に叩きつけられた、何らかの『音』の波。
口調以上の、謎の恐ろしさが上乗せされていたのを、チシマラッコは感じていた。
……数秒。
チシマラッコはその場で警戒していた。
「…………気のせいでしたね」
しかし、続く音が来ないのを見て取ると、そう呟いて屋敷から視線を逸らした。
『気のせいじゃないわよぉー!!』
「あんた喋れたんですか!」
がんがんがんがんがんがん。
即座にツッコミを返してきた謎の声に、チシマラッコは速攻で反撃を決意。屋敷の壁を思い切り石で連打していく。とんでもない暴挙であった。
…………チシマラッコ的には、家がしゃべっているように聞こえたのだろう。実際謎の声の主的にもこれは看過できなかったらしく、
『きゃーやめなさいやめなさい!! てゆーかとっとと消えなさい!! じゃないとあんたユーレーにするわよ!!』
と、ドスをきかせた脅しを言い放った。もちろん、威圧感はない。
……
チシマラッコは開拓者だ。怖いものは存在するが、それはジャパリパークでは存在し得ないもの。謎の声に恐怖するほど、彼女の肝は小さくない。……そのはずなのに。
その声そのものに『恐怖』という感情が乗っているかのように、チシマラッコの心のうちに恐怖が滑り込んでくる。
「やれるもんならやってみるがいいですがね!」
がんがんがんがんがんがん。
まぁ、それはそれとして屋敷の連打は続けるのだが。
『……ええい! やめないとユーレーにしていろいろひどいことするわよ!』
「えっ」
と、そこでチシマラッコの手が止まった。
ひどいこと。
その知識は、チシマラッコにも存在している。自らの同族が殺され、自分ひとりになってしまったという事実。
そして、この声を発する巨大な施設は――――。
「まさかこいつあの船の仲間ですか……?」
初めて、光のないチシマラッコの瞳が恐怖に揺れた。
しかしそれでも、チシマラッコの足取りは止まらない。
恐怖はある。
しかし、それは彼女の足を止めるには及ばないのだ…………というわけで、チシマラッコの探索が始まった。
***
//試しに1d6で5以下ならキラキラゲット、という判定をやったら、見事に6を出したのでビビりながら探索を始めることになってしまいました。チシマラッコPLはダイス芸人の素質があります。
//でも判定方法的に考えたら1d6で2以上で成功、の方が合っている気がします。
//なお、この後の探索はハウスルールで、探索で5以上の出目を出したらゴールドと引き換えに攻略に役立つアイテムや情報が手に入る、という判定をしていました。
***
ところがどっこい、チシマラッコは迷いに迷っていた。
選択に、ではない。先ほどからこの薄暗く複雑なつくりをした洋館の中をぐるぐるとまわってしまっているのだ。不気味なのに迷子ということで、チシマラッコとしては何も面白くないロケーションである。
「嵐……嵐が来る!」
と。
がたがたがた、と窓が揺れる音に、屋敷に入ってからただでさえ警戒していたチシマラッコの身体が大きく跳ねた。
「ひゃわん!」
ビクビクと震えていたチシマラッコは、がたん! と大きな音を立てて外れた壊れかけの窓の音に文字通り飛び跳ね、素早い身のこなしで物陰に隠れた。
ひゅう、と小さな音を立てて、そのあと風に乗って飛んできた葉っぱを見送ったチシマラッコは、そこでようやく一息つく。
「危ない……もう少しで得体のしれない葉っぱに当たるところだった」
別に葉っぱに当たったところで何がどうなるというわけではないのだが、ここが敵地であるというのは間違いない。チシマラッコにとっては警戒しすぎということは全くなかった。
さらに歩を進めていくが……やはりなんとも、迷子である現状は変わらない。何せボロっちいので、装飾品の類がない。どこもかしこも同じような風景なので、チシマラッコとしては体感的に同じところをぐるぐると回っているようで、非常に退屈だった。
「さっきからこの家みたいなけもの、何も言わなくなりましたね」
がんがんがんがんがんがんがんがんがん。
なんか家が怖いというよりは暇の方が勝り始めたチシマラッコは、もはや怖さも忘れて壁を殴りながら歩いていく。
『やめなさいよぉー!!』
「あ、鳴きました」
ひどい扱いである。
案の定壁を殴られるのを嫌がって出てきた謎の声にも、この調子。もはや威厳も何もなくなってしまった(そもそも最初からあったのか?)謎の声は、きもちしょげた感じになりながらぼやく。
『なんで入ったのよぉー。とっとと逃げなさいよぉー……』
「あのまま帰ったら怖いでしょうが!」
チシマラッコは壁をがんがん殴りながら進んでいき、
「――あ、ここさっき来ましたね」
同じように、うろちょろしているうちに一度やってきたキッチンに足を踏み入れていた。どうやら本当にぐるぐると同じところを回っていたらしい。完全なる迷子だったが、チシマラッコの恐怖心スイッチは
『うぐぐ……』
完全に聞く耳を持たないチシマラッコに呻く謎の声をBGMにしながら、チシマラッコは暇をつぶす為にもキッチンの中を探索していく。
「ウニとかありませんかね、ウニ」
『あるわけないでしょぉ……森なのに……』
と。げしっと、チシマラッコの足に何かがぶつかった。薄暗いが、足元のものくらいはかろうじて見える。チシマラッコが視線を落とすと――そこには、黒い筒のようなものが転がっていた。
先端部分が心なしか広がっていて、銀色の輪がはめ込まれている。先端部分は空洞になっているようだが、なぜか透明の何かが遮っていて、筒の中には指を入れることができなかった。
「珍しい石ですね」
その後も色々と見てみるが、チシマラッコにはそれが何か分からない。
精々、変わった石か貝かだろうかと考えてみる程度である。
「割り心地を試してみましょう」
『だからそれやめてぇー!!』
ごんがんがんがんがんがんがんがんごんごんごん。
案の定、チシマラッコは手に持った謎の筒を使って壁を殴り始める。非常に近所迷惑だが、生憎おばけやしきに『近所の家』など存在しないのだった。
と、
「ひゃ!?」
ぱっ、と。
チシマラッコが持っていた筒の先端部分が突然光を放った。
ちょうど先端部分を自分に向けるようにして持っていたチシマラッコは、その光をモロに浴びて、動きが硬直する。
「太陽!?」
ただし、それは恐怖からくる硬直ではない。
厳密に言えば、太陽と錯覚したことによる喜び。ラッコは日光浴が好きなのだ。
ゆえにこそ、一瞬喜びで固まったチシマラッコだったが、
「これは……。海から出た時にあった『アイツ』の小さい奴ですかね」
すぐに、その光に暖かさがないことに気づいたらしい。
詳しく見てみると、どうもボタンがつけられており、叩いているうちにそれを偶然押してしまっていたらしい。
『そーれーはっ、かいちゅーでんとーっていうのよ!!』
そこはかとなく残念そうな表情をしていると、ちょうどいいタイミングで謎の声が解説を入れてきた。
『その光があるとセルリアンを遠ざけられるんだから!!』
「貝なんですかこれ?」
『だからかいちゅーでんとー!!』
「海中で何って……?」
『……いいから持っときなさいそれ!!』
「まぁ珍しい石ですし言われなくとも」
謎の声の謎の圧迫感により、懐中電灯を所持(ポケットにin)することにするチシマラッコ。もはや完全に謎の声に対する恐怖は失われていた。
それより、彼女の興味は別の点に吸い寄せられていた。
それは、セルリアンを遠ざけられる……という言葉。
「セルリアンも出るんですかね……」
きょろきょろと、懐中電灯をつけて見渡すチシマラッコ。
フレンズにとってセルリアンは天敵であり、強敵だ。食べられたら記憶をなくしてしまうという話もあり、もしもこの洋館に出るのであれば注意しなければならない。
「………………」
見たところ、セルリアンらしき影はないので、その点では安心だが。
***
//1サイクル目で野生判定を行い『あぶなかった』を取得しました。
//2サイクル目で探索判定を行い『懐中電灯』を取得しました。
***
探索自体は、懐中電灯を得たことにより比較的順調に進んでいた。
何せ、明かりがあるのである。細かな装飾まで覚えられるので『見覚えがない』という事態が起こらず、ゆえに位置感覚が正確になっていくのだ。ビバ・文明の利器である。
……もっとも、チシマラッコ自身はそれが文明の利器であるとはつゆ知らないのだが。
『もどれーもどれー……』
そんな探検に水を差す声。
先ほど懐中電灯を手に入れてからというもの、謎の声は明らかに勢いをなくし、惰性のようなノリでひたすら出ていけコールを繰り返していた。
それでも、チシマラッコとしては鬱陶しいBGMなわけで。
「………………」
がんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがん。
『ちょっ、無言で抗議すなー!!』
ひたすら、無言で壁を叩きながら探索続行。
謎の声は悲鳴めいた抗議をしていたが、チシマラッコはこれを華麗にスルーしていた。やっぱり声には恐ろしいオーラが乗っているが、なんかもうチシマラッコ的には気にならなくなっていた。だって口調が全然怖くないんだもん。
そんな感じで、ごんごんと壁を殴りながら歩いていくと――、
ボゴア! と。
ある部分の壁が脆くなっていたらしく、一撃を叩き込んだ瞬間、バラバラに崩れてしまった。
『ぎゃー!?』
「あっ……」
途端、無感情なチシマラッコの瞳に、困惑の色が浮かび上がる。
「ごめんここまでするつもりは……。治る……?」
と言いながら、穴の開いた壁の方にチシマラッコが視線を向けると、
「あ…………」
その先に――人影。
白髪のショートヘアに、黄色い獣耳。たれ目気味で、自信がなさそうな表情をしている少女だった。
白いセーター、黄色いミニスカート、ピンクのタイツ――それと、黒い蝙蝠翼と、同色のマント。
吸血鬼の意匠を彷彿とさせる外見だったが、しかしその全体のカラーリングは吸血鬼という言葉からは乖離して、ファンシーなそれに塗り潰されている。
武器のつもりなのか、手に持った大きな葉の傘のばかばかしさが、それをさらに助長していた。
「あ…………あ……」
「誰です!」
呆然としていたフレンズに対し、チシマラッコの行動は迅速だった。
ウインドミル投法からの弧を描く石投げ。
ぽーい、と放り投げられたチシマラッコの手にあった懐中電灯はそのまま吸い寄せられるように……、
「あだっ!!」
「あ、さっきの貝チューなんとかを投げてしまいました……」
白髪のフレンズに直撃。
あげた悲鳴は、さっきまで聞いていた謎の声に酷似していたものだったが……。
「きゅ~……」
たまらず、白髪のフレンズはその場に昏倒した。
わけが分からないのは、チシマラッコだ。倒れ伏した白髪のフレンズに歩み寄ると、そのすぐそばでしゃがみこむ。
「この喋る家の姉妹かなにかです?」
「……ぅぅ…………本人……よ…………」
起き上がりながら、白髪のフレンズは伏し目がちに、先ほどまでの調子とは全く逆と言っていいおどおど加減で答えた。
「誰です?」
石でツンツンしながら、チシマラッコは問いかけた。
「シロヘラコウモリの……ロコリンよ」
ロコリンはそれに答えながら、起き上がって石を手で払い、そして続ける。
「私はここを縄張りにしてるフレンズなの」
「そうですか……。ところでどうやって私のことをユーレーにするつもりだったんですかね?」
問いかけながら、チシマラッコは懐中電灯でロコリンのことを照らしてみる。『ひえっ!』とびくついた表情を浮かべたロコリンは、両手で光を遮りながら答える。
「……ゆ、ユーレーは……ほ、方便、よ…………」
「ひとりぼっちになるのが好きなフレンズですか?」
チシマラッコは顔を重点的に照らしながら問いかけた。なんだか取り調べの一幕のようである。ロコリンは『ひぃぃ……』とすっかり恐怖していた。
「ち、違うわよ! ……ただ最近、黒いセルリアンがこの屋敷に住み着くようになって……ここ暗いから、セルリアンが近づくまで分かりづらくて……匂いに敏感なフレンズじゃないと……その、あぶないのよ……」
ロコリンは途切れがちに、視線をそらしながら言い、
「だから、おどかして近づかないようにしようと……。……そりゃひとりぼっちはさびしいけど、あぶないのはもっとダメだから……」
「ふむふむ……」
そこまでを聞いて、チシマラッコは思案気に頷いた。
「でももう私が壁を壊しちゃったのでここにいると危ないですね」
チラリ、とチシマラッコは廊下の先を見る。セルリアンの気配はない――が、部屋の中に閉じこもっていたロコリンだ。戦うのは苦手なのだろうし、新しい隠れ家を探すのもそれはそれで危険が伴いそうである。
つまりこの場面で選択できるもっとも安全な方法は、一つ。
「倒して出ましょうか」
――すなわち、正面突破。
「うぅ……だから近づかせたくなかったのにぃ……なんでわたしの『声』を無視して…………って、え!?」
あまりに突飛な提案だったので、ロコリンは思わず普通にスルーしかけ、それからそのつぶらな瞳を大きく見開いて驚愕する。彼女の瞳に、チシマラッコの無感情な顔が映りこんだ。
瞳の中のチシマラッコは、ロコリンの驚愕もまるで動じずに受け止めて、こう続ける。
「やってしまったものは仕方ないので頑張るしかないでしょう。あんたもここから出たいんじゃないです?」
「ま、まぁそうだけど…………大丈夫かしら……?」
ロコリンが心配そうなのも、無理はない。こうやってほかのフレンズと会うのにもびくびくしているほどの引っ込み思案なのだ。セルリアン退治にびくびくしてしまうのも、無理はなかった。
そんなロコリンを安心させるように、チシマラッコは鷹揚に頷く。
「ユーレーにできるなんて口だけのロコリンだったわけですが、最後くらいセルリアンを本当にユーレーにしてみせるんですね」
「ひえええ……が、頑張るわ…………。…………そうだ、あなたの名前は?」
「チシマラッコです」
上目づかいのロコリンに、チシマラッコは相変わらずの無感情なまなざしを返しながら答えた。
「仲間にはあったことがないので、呼び方は勝手に決めてください」
「……わかったわ。…………よろしくね、チシマ……!」
妙に力の入ったロコリンのあいさつに、チシマラッコは特に何も反応せず、洋館の探索を再開した。
今までとまるで変わらない足取りだったが、その後ろをぴょこぴょことついてくる小さいフレンズの存在が、その後ろ姿の印象を大きく変えていた。
***
//3サイクル目で探索判定を行い、『謎の声の正体』を取得しました。
***
「……ここ、どこなのよー!!」
洋館のどこかにて、ロコリンの悲鳴が響き渡った。
なんというか……二人は迷子になってしまっていた。せっかく洋館を縄張りにしていたロコリンがいるのだから、案内をしてみてくれと頼んだチシマラッコが間違っていたのだろう。
「自分の家で迷うなんて引きこもりの鏡ですねー」
「だっていつもはこんなに歩かないし……」
言いながら、チシマラッコは手に持った懐中電灯を使って前方やロコリンのしょぼくれた背中を照らして遊んでいた。
「あんたの妙な遠くまで声が届くちからで道とか分からないんです?」
チシマラッコが言っているのは、本当に最初の最初だけほんのり苦しめられたような気がするロコリンの能力だ。チシマラッコはイルカのフレンズやクジラのフレンズは聞き取りづらい声を発することで目では見えない情報も確認できるとどこかで聞いたことがあった。ロコリンでもそれはできるのでは……と考えたのだが、
「…………むり、はずかしいし……」
帰ってきたのは、なんとも情けない回答だった。
これにはチシマラッコも、あからさまに不満げな表情を浮かべざるを得ない。
「えぇ……。さっきまであんなに景気よくキンキンしてましたのに……」
「フレンズが近くにいると、はずかしくて大声出せないのよっ!」
ついに逆ギレしたロコリンに、チシマラッコはやれやれと肩を竦める。
それから、ポケットから小石を取り出し、ロコリンのほっぺに押し付けた。
「いいからやってみるんですよ」
「ひぃっ! 暴力反対!」
「…………」
「暴力反対ぃ!!」
抗議してみるロコリンだったが、悲しいかな、チシマラッコはスルーしてロコリンの頬をつんつんするのを繰り返し続けた。
大体三回くらいそんなやりとりをした後で、ロコリンは折れたように溜息を吐く。
「……分かったわよ。じゃあ、やってみるけど…………」
そう言って、ロコリンはひときわ大きく息を吸い込む。
「ああああああああああぁぁぁぁぁ~~~……………………」
そして――――声を出した。
が、その声は実に尻すぼみな、普通の声でしかない。
「……だめっ! やっぱりはずかしくてできないわ……」
肩を落とすロコリンに、チシマラッコは特に慰めの言葉はかけなかった。
かわりに、ぽん、とロコリンの肩に手を置く。
「セルリアンと戦えなさそうなら、私に任せて逃げるんですよー」
そう、チシマラッコは特に気負うこともなく、へらっと笑ってみせた。
セルリアンと戦う経験が豊富なフレンズ――セルリアンハンターでないチシマラッコがセルリアンと戦うのは、相応にリスクがある。それでも、役に立たないロコリンに落胆するでもなく、自然に受け入れてくれるチシマラッコに、ロコリンの表情に勝気な表情が戻った。
「…………わ、わたしも手伝うわよっ!」
その姿を見て、チシマラッコは相変わらずの無感情のまま、こう返すだけだった。
「期待できませんね……」
悲しいかな、正論だった。
***
//四サイクル目で野生判定を行い、失敗しました。
***
えーラッコはですね……。
もともと北海道近辺で見かけられてて、ラッコってのはアイヌ語なんですね。
北海道開拓の指導者として駐在していたアメリカ人の指導で毛皮が狩られて絶滅危惧種になったりしました。
アイヌの間では食料としても扱われ……なんでも煮込むと不思議な臭いがして、媚薬的な効果があったようで、「食べるなら男女で」という決まり事があったそうです。
てぃーあーるぴーじーちほー ぴーえる1おにいさん
***
そんな感じで、洋館を迷子になりつつ歩いていた二人だったが――転機というのは突然現れるものである。
「…………~♪」
ぴかぴかと、懐中電灯を使って前方を照らしながら歩いていくチシマラッコ。
その横を、少し遅れて歩くロコリンの獣耳が、ぴくりと震えたその瞬間。
すぐ前方の曲がり角から、まっ黒なセルリアンがのっそりと顔を出してきたのだ。
「ぎゃー!?」
たまらず飛び上って叫ぶロコリン。
「ウニみたいなやつですね!」
そっこうで懐中電灯を投擲するチシマラッコ。
そして懐中電灯がぶつかったことで、二人に気づいたセルリアン。
かくして、ここから二人と一体の戦いが始まった。
………………かに思われたのだが。
「…………あれ?」
黒セルリアンはどういうわけか、ほかのセルリアンのようにフレンズを狙わず、足元に転がっている懐中電灯の方に……正確にはその先端に灯っている光の方に視線を奪われていた。
少しだけ呆けていたロコリンだったが、すぐにはっとして叫ぶ。
「チャンスよ! なんだか知らないけど、あいつ懐中電灯に気を取られているみたい!」
その言葉と同時に、二人はいよいよ戦闘態勢に入る。
「そういえばあんた何であれ(懐中電灯)のこと知ってるんですか?」
「もともとこの屋敷にあったアイテムで、使い方を博士に教えてもらったの。飽きたからキッチンに置いておいたんだけど……」
「ふーん……。知らないフレンズです」
チシマラッコはきわめて興味なさそうに呟き、
「あんたは怪我しないように、そこでじっとしてるんですよ」
――そして、腕を振るう。
亜音速で振り切られた右腕から放たれるのは、チシマラッコが手に持っていた小石だ。
だが、フレンズの技の効果を受けて白く輝き、サンドスターの軌跡を引いて飛翔しているとなれば、その破壊力はただの小石ではなくなる。
ゴガンッ!! という凄絶な音を響かせ、その一撃だけで黒セルリアンの身体の一部が見事に陥没していた。
「す、すごい……」
飄々としているものだから実力が分からないフレンズではあったが――『海は自分には狭い』と豪語するほどの自信は伊達ではないのだ。
「わたしだって……やるときはやるんだから!」
しかし、それが逆にロコリンの勇気に火をつけていた。音もなく飛翔すると、サンドスターの尾を引きながら、手に持った葉傘を振るって陥没したセルリアンの傷を少しずつではあるが抉っていく。
「意外とやるですね」
がんがんがんがん。
「あ、あぶないわよそんなに近づいてー……! 削れてるけど……!」
「みんなを苦しめたあの黒い油に似てて不愉快です」
チシマラッコ的には、ちょっと思うところがあるらしい。
だが、セルリアンはまだ反撃していないが接近戦が危ないことに変わりはない。すぐさまロコリンが飛翔し、一閃を叩き込みセルリアンをひるませ、その間にチシマラッコを引き下がらせる。
……が、今の一撃は特にセルリアンへのダメージにはなっていなかった。
「うう……固いわよぉ……!」
「さっきので力尽きました?」
ひりひりする手を振るっている横で、チシマラッコが無感情なままロコリンの顔を覗き込んでいた。
彼女はそのままセルリアンに今まさに飲み込まれている懐中電灯を一瞥すると、
「……あの光る石、別に取り戻さなくったっていいですよね?」
「? ……うん、もう、ここ出ていくし……」
意味深な問いかけに首を傾げつつも頷いたロコリンに、チシマラッコは体ごとセルリアンの方へと向き直る。
その瞳が、煌々とした光を湛えだしていた。
ダンッ! と。
チシマラッコが踏み込んだ瞬間を、ロコリンは知覚できなかった。風のような素早さでセルリアンに肉薄したチシマラッコの肩口あたりから、サンドスターの軌跡が徐々に伸びだしていく。俄かに発光した右腕を振り上げると、チシマラッコは手に持った石をそのままセルリアンの陥没している部分に振り下ろす。
何かがひび割れた、甲高い音がその場に響き渡った。
「あ! 石が出てきたわよ!」
ロコリンが指さす先には、確かに黒セルリアンの石――核であり弱点である部分が露出していた。
「攻撃というのはこうやるんですよ! 覚えておくことです!」
後ろを振り向き、そこはかとないドヤ顔でチシマラッコは言い切った。
――ちょうどそのとき。
彼女の背後で、ばぎん、という音が鳴った。
ロコリンは見えていた。懐中電灯がセルリアンによって咀嚼され、その光が完全に消えた光景が。そしてそれはつまり…………セルリアンの行動が再開することを意味している。
「あっ……チシマ……! 後ろ……!」
「最後のとどめは、ロコリンが自分で差すんです」
しかし、チシマラッコはそれに応じようともしない。
今まさに襲い掛からんとしているセルリアンに背を向け、あろうことかすたすたと、走るでもなくロコリンの方へと歩いてくる。
それは、信頼の発露だ。
手負いとはいえ、ロコリンがしっかりとセルリアンを倒してくれるという信頼から出た行動だ。
「…………ありがと、チシマ」
ならば、応えるほかない。
他でもない友達の期待には。
「もう、わたしにかいちゅーでんとーは必要ないわ! だって! 外の光が、わたしを待ってるんだから!」
煌々と、ロコリンの瞳が輝き出す。
ざわざわと髪の毛が波立ち、溢れ出たサンドスターの残滓が陽炎のように煌めいた。
大きく息を吸い――、
『うー、がおぉぉぉおおおおおー!!』
「ひゃん!」
特大の威圧を乗せた声に、チシマラッコは思わず両耳をふさぎ、その場にしゃがみ込む。
しかし、セルリアンはそうはいかない。しゃがみ込むことも耳をふさぐこともできないセルリアンは、ただ莫大な音波をもろに叩きつけられ…………。
パリィィ……ンと。
ロコリンの放った音波によって、黒セルリアンの石が破壊される。砂山が崩されるように、核を失ったセルリアンは粉々に崩れ虚空に溶けていくように飛び散って消え去ってしまった。
それを見届けたロコリンは、感極まって即座にチシマラッコに飛びつく。
「…………やったわ! やったわチシマー!」
「言われなくても見てましたよ。自慢の毛並みが乱れるので離れて下さい」
「あうー…………」
うんざりしたように石でつんと突かれ、ロコリンは照れくさそうに離れる。
「……セルリアンはこれ一匹だけですか?」
「ええ。そうみたいね……これだけ騒いだし、他にいるなら出てきそうだもの……」
言われて不安に思ったのだろう。あたりをきょろきょろ見渡しながら、ロコリンがぽつりと言う。
「にしても、これでここも安全になったわね……これからどうしようかしら…………」
「ふむ、冷静に考えると安全になったのならロコリンはまたここに住むのもいいですね。まあ私は日向ぼっこが好きだし、何より冒険があるので出て行きますが」
「そ、そう……」
あっさりと言うチシマラッコに、ロコリンは辛うじて相槌を打った。
……沈黙がその場を支配する。
なんとなく気まずい空気がその場を漂っていたが、やがてロコリンは意を決して口を開く。
「………………ね、ねぇチシマ。その、わたしも…………ついていっちゃ、ダメ?」
その提案に、チシマラッコは少しだけ表情に驚愕の色を浮かべた。ロコリンがそんなことを言うとは、思ってもみなかったのだろう。
しかしやがて、ふっと微笑むと、肩をすくめながらこう返した。
「引きこもりの身で日光が大丈夫なら勝手にすればいいです」
「…………あ、あんたにいっぱい光を当てられたから、暗いところじゃ満足できなくなったのよ!」
そうして、憎まれ口を叩き合いながら、二人は外の世界へと旅立っていくのだった。
***
//チシマラッコの手番の時点でセルリアンの残り難易度は1だったのですが、チシマラッコPLは待機を宣言してました。
***
二人のフレンズが森の中の並木道を歩いていた。
一人は堂々と特に変わった様子もなく、一人はおどおどと木漏れ日を珍しがりながら。対照的な二人だったが、不思議と会話は弾んでいた。
ジャパリまんを食べながら、チシマラッコが言う。
「今更だけど多分あの家の場合ロコリンが喋らなかった方が怖かったですよ」
「え、ええっ……本当? なんで??」
「最初は怖かったですけど家が喋るたびに怖くなくなっていきました」
「そ、そっかぁ…………気を付けよう……って違うわよっ! もう気を付けても意味がないのよっ!」
頷きかけて、慌てて頭を振って打ち消すロコリン。いったい彼女は何と戦っているのだろうか。
話題を切り替える意味もかねて、ロコリンはチシマラッコを追い抜かしてみる。
「……そういえばチシマ、あんたどこまで旅をするつもり?」
「さあ……海じゃないところに行きたかっただけなので、決めてません。次は海のライバルと言われる"やま"にでも行きましょうか」
ぼんやりと、虚空に視線を彷徨わせながら言うあたり、本当に今思いついただけなのだろう。それを聞いて、ロコリンも訳知り顔で頷いた。
「やま、ね……。そういえば、風のうわさだけど最近、あそこの高山に『かふぇ』っていうのができたらしいわよ」
「ふーん……。じゃあ次はそこですね」
よくよく、引きこもりのくせにそこそこ情報を仕入れているフレンズである。ひょっとしたら、超音波的なあれこれで情報収集しているのかも知れない。
と、不意にチシマラッコはその場で足を止めた。足音が止まったのを怪訝に思ったのか、ロコリンが振り返ると、チシマラッコは『……ふう』と息をついて、肩を落としながら言う。
「歩くのにまだ慣れてないので疲れました。ロコリン、私を掴んで飛んでください」
ロコリンは目を伏せて、
「…………わたし、フレンズになる前もすっごく小さかったから、誰かを掴んで飛んだりはできないの……」
「知ってました。じゃあここで休憩です」
「…………くっ、いずれ飛べるように…………」
「期待してますよ」
全然期待してなさそうな感じでしれっと飲み水を飲むチシマラッコに、歯噛みするロコリン。二人の珍道中は、まだ始まったばかりだ――