幼女、先生に扶養される   作:じゃくそん

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続かないと言ったな? スマンありゃウソだった。


幼女、先生を心配する

 扉の先には、暗い廊下が続いていました。

 閉まりきっていない奥の扉からは、薄明かりが漏れ出ています。先生がいらっしゃるとすれば、あの扉の向こうでしょう。

 壁に片手を添えた私は、腕の中のぬいぐるみを抱え直し、ゆっくりと廊下を歩き始めました。

 

 扉の側までやってきたところで、不意にその扉が開きます。私の足音に気付いた先生が、あちら側から開けてくださったようでした。

 扉の向こうの部屋の明るさに、私は眩しくて目を眇めます。逆光になっているため、先生の表情はよく見えません。インクのにおいに混ざって、ほんのりとコーヒーのいい匂いがしました。

 

「起きたか」

「はい、おはようございます」

 

 ぺこりと頭を下げた私に、先生はひとつ鼻をならします。扉の枠に身体を預けた先生は、私に部屋に入るよう促しました。……そのポーズ、無駄に決まっているといいますか、妙に絵になりますね。

 先生の腕の下をくぐって部屋に入った私は、床に置かれた段ボールを避け、ソファに座ります。黄色いクマのぬいぐるみは、私の膝の上です。近くの机の上には、描きかけの漫画原稿が見えました。荷物がほとんど開封されていないあたり、色々とそっちのけで机に向かわれていたのでしょう。露伴先生らしいです。

 

 扉を閉めた先生は、その場を動かず、じっと私を見つめます。いつかの観察するような視線とは、含むものが違う気がします。目を逸らすのも負けな気がして、私も見つめ返してみました。

 ……何ですか、この沈黙は。気まずいではないですか。

 しばらくの静寂ののち、先生は一度視線を虚空に向けたかと思うと、私の方へと近付いてきました。そうしてまた、先程の視線です。じろじろと見られるのは、あまり気持ちのいいものではありません。先生は一体何を考えておられるのやら。

 

 私がもやもやしていると、先生は私の頬に手を伸ばし、無造作にめくるような動作をしました。

 ぺら、と紙がめくれるような音がして、私は事態を理解します。

 

「あああああッ!?」

 

 このひと! 寝起きの幼女の記憶を容赦なく暴いてきましたよ!

 視界の端にうつる、めくられたページがデスマスクを思わせます。生理的嫌悪と恐怖を覚えずにはいられません。自身の内側を覗かれるような感覚に、心はさざめき立ちました。思わず、膝の上のぬいぐるみを抱きしめます。

 

「ふむ、何故だ?」

 

 そんなことを口にして、先生は顎に手を当てます。そのまま、自分の思考にのめり込もうとしていた先生を、私は慌てて制止します。

 

「『何故だ』じゃないですよ、どういうことですかこれは!」

 

 一度ならず二度までも。酷い、酷いですよ先生! 幼女は聖人ではありませんので、抱いた感情のままに先生の脚をぽこぽこ蹴りつけます。先生は眉根を寄せただけでした。効果はいま一つのようです。むぐぐ。

 

「相手を本にする能力、いや、本にした相手の記憶を読む能力か?」

 

 訊かれましても困ります。口にするべき答えを、幼女は持ち合わせていないのです。

 

「任意で発動できるというわけではないからな、『本になる』と言った方が正しいのだろうが。どうにも僕は、他人の記憶を読めるようになったらしい」

 

 なるほど、その言葉は、私の「どういうことですか」という発言にこたえるものでしたか。

 ……改めて考えてみましても、やはり、とんでもない能力ですね。今の先生に自覚はないようですが、その能力を用いれば、記憶を読むことに加えて、書き込むこともできてしまうんですから。

 私がよほど変な顔をしていたのか、それを先生の発言を疑ってのことだと解釈したらしい先生は、弁明するように話を続けます。

 

「僕自身『これ』について、完全に把握しているというわけじゃあない。現に、他の人間を相手に記憶を読もうと試みたが、君を相手にした時のように上手くはいかなかったしな。多少は読めたが」

 

 う、うわぁ。さらりとスタンド使用報告をされてしまいました。先生の場合、上手くいこうといかなかろうと、読む気は満々だったに違いありません。幼女は先生の良識を疑います。プライバシーの侵害ですよ。

 さすがは、あの康一くんをもってしても『グレーゾーン』と言わしめるお方です。幼女は、この人を野に放ってはいけないような気がしてきました。

 

 しかし、何故私の記憶は、こうもあっさりと読めてしまうのでしょう。やはり、先生がそれだけ幼女に興味があるということですか? ドン引きです。

 ……まあ、一番あり得そうなのは、露伴先生自身が、私の記憶なら読めると思っているという線でしょうかね。スタンド能力は「できる」という思い込みが大事だというようなことを、第三部のどこかで占いババがラスボスさんに話していたような気がします。

 この場合、精神力をもって幼女に影響を与えられるという認識が、先生の中にあるとでもいいましょうか。

 

 ……あれ? 気付くのも今更なことではありますが、そもそも、占いババが登場するのはドラゴンボールなのでは?

 これは……。信頼できない情報源だということが分かってしまいましたか。思い込みがどうという話は、記憶違いの勘違いかもしれません。そうすると、結局どうして先生のスタンドが私に効きやすいのかは、分からないわけですが。

 

「全く読めないことさえあった、その理由は分からない。だが、間違いなく言えることがある。それは、これが現実だということだ」

 

 その声には、先生の実感と興奮がこもっていました。小説よりも奇妙な現実は、先生のお眼鏡に叶ったようです。

 リアリティを重視する先生にとって、他人の記憶もとい経験を覗き見ることができるというのは、嬉しいことだったのでしょうね。ほら、今もうきうきご機嫌な様子で幼女の記憶のページをめくっています。される側としては、堪ったものではないのですけれども。

 

 私が一番気になるのは、露伴先生が私の記憶について、どこまでご存じなのかということです。両親については、先生の興味が向いていることもあって、ばっちり読まれていそうですが、はて、さて。この反応では、前世絡みのことまでは、判断がつきませんね。

 私が先生に視線を向けると、先生は一度離した手を再び私の頬へ伸ばしたところでした。ぺらり、ぺらりとページのめくられる音は、不意に止まり、目で文字を追う間が空きます。そして、先生が口を開きました。

 

「『スタンドの矢』とはなんだ」

 

 私の訊いてほしくないことを、的確に突いてくるのですから、流石は露伴先生です。嫌になっちゃいますね。

 とはいえ、嫌なことばかりというわけでもありません。この様子では、『スタンドの矢』の説明になるような記述は見つけられなかったのでしょう。私の記憶の中に、その単語だけが登場していた、といったところでしょうか。これに対する、私の答えはひとつです。

 

「言えません」

 

 禁則事項、企業秘密、ノーコメントというやつです。

 先生が知らないのであれば、私から告げることはしませんよ。何故知っているのかを追及されて、前世の『原作』絡みの話題が出てきてしまえば、困るのは幼女ですからね。私は言いたくないのです。

 ですから先生、私の頬を引っ張っても駄目なものは駄目です。ちょっと、やめてください。千切れるっ、ほっぺた千切れちゃいます!

 身を捩って抵抗していると、幼女の頬ではなく、記憶のページがビリビリと音を立てて千切れていきました。わーっ、私の記憶!

 

 ぬいぐるみをソファに置き、その場でぴょんぴょん跳ねる私でしたが、先生が頭上にまで記憶のページを持ち上げてしまったので、手が届くはずもなく、取り返せません。先生は得意げな顔でニヤニヤしていました。流石に大人げがなさすぎて、悔しさよりも先に呆れがきてしまいます。幼女相手に、この人は何をしているのだか。

 それでも、やられっぱなしは癪ですからね。幼女は先生の脚に掴まって、木登りならぬ先生登りを試みます。腰から上が難関です。

 

「『さっきのはスタンドの矢』『先生に矢が刺さっている時点で、色々と気付くべきでした』……ふむ」

 

 先生は私の記憶のページを、声に出して読み上げます。

 もうスタンドの矢の登場ですか!? いえ、先生が能力に目覚めたことを思えば、おかしなことではないのでしょうが、私自身はそのことをさっぱり覚えていません。破られたページの内容がそれだったのでしょう。記憶をページごと奪われると、このような感じになるのですね。

 先程読み上げられた内容からして、もしや私は、露伴先生が矢で射られるところに立ち会っていたんでしょうか。

 

「僕は矢に刺されたのか。そして、その怪我は消えた、と」

 

 出来事を確認するように、先生はそう口にしました。ついでとばかりに、先生の腰にしがみついていた私の手を剥がします。先生登り、失敗です。

 唇を尖らせる私に、先生は胡乱げなものを見る目を向けました。

 

「僕に矢が刺さっていることが、一体どうして『色々と気付く』ことに繋がる?」

「あの。何故気付けたのかどころか、何に気付いたのかすら、思い出せないのですけれども」

 

 それもこれも、他ならぬ先生が私の記憶のページを破ってしまったからです。

 私の戸惑いが伝わったのか、先生は目を見開いた後、眉間にしわを寄せました。

 

「破られたページの分の記憶がないのか?」

「おそらくは、そうでしょうね」

 

 自分の記憶を探ってはみますが、先生が矢に射られる姿を見ていた覚えはありません。どこの記憶が途切れているのかもあやふやです。杜王町に着いてからの出来事には間違いないでしょうから、順を追ってみましょうか。

 確か、そう、雪が降っていて。私は雪だるまを作り、先生は雪にダイブして、互いに雪遊びを堪能していたのでした。そこに改造制服を着た、金髪の不良さんがやってきて――。

 

「そうですっ、先生! カツアゲは大丈夫でしたか!?」

「は?」

 

 先生は、質問の意図が分からないとでもいうような表情を浮かべます。あらら?

 

「これは、検証する必要があるか」

「その検証、私を使ってやるというお話でしたら断固反対ですからね」

「つまり君以外の人間でやれというんだな」

「私以外でも駄目です! むやみに使わないでくださいと言っているんですよ!」

 

 幼女がこう言ったところで、先生はスタンドを使うのでしょうけれども。

 実際、目の前の先生は、『だが断る』と言わんばかりの態度で私の記憶を更に読もうとしていました。私だって、読まれるのはお断りだというのに。

 

「何にせよ、この現象には、少なくともその『スタンドの矢』が関わっているというわけか」

「はわあ」

「すると、『スタンド』というのは何かの名称だな。大方、この能力を指すものだろう」

「ほわあ……」

 

 なんという理解力。聡すぎやしませんか。

 ひょっとして、私が話さなかったとしても、記憶を読まれた時点で色々と手遅れだったのでは。どう頑張っても、幼女の力では取り繕えそうにないですよ。

 私が頭を抱えていると、手元のページに視線を戻した先生が、また何かに気付いた様子で口を開きました。

 

「『億泰君』とは誰だ? 君の知り合いがいたのか?」

「あわわわわわ」

 

 ネタバレはよくありません! 先生だって漫画の第一巻でラスボス戦のネタバレをされたら嫌でしょう!?

 あれ? そもそも私は、どうして億泰君の名前を記憶に登場させているのでしょうか。もしや、先生をカツアゲから助けてくれたのが億泰君なのでは。

 そんなことを考えている幼女の頭に、先生は手のひらを乗せます。

 

「呑気に考え事か。その前に僕の問いに答えたらどうだ」

「えっ、イヤです。黙秘権を主張します」

「つまり、知りたいのであれば君の記憶を読めと言うんだな」

「言ってませんよ!?」

 

 拡大解釈にも程があります。揚げ足取りだとか深読みだとか、そんなチャチなもんでは断じてありません。

 私がそうして、記憶を読まれることを警戒していると、先生は手にしていた記憶のページを折りたたみ、自分の服のポケットへといれてしまいました。私の記憶が! 私の記憶なのに!

 返してくれるように訴えますが、先生はけんもほろろの態度です。しばらく粘ってみた私でしたが、結局効果はなく、ページは戻ってきませんでした。

 なんということでしょう。幼女は記憶いちページ分ダイエットしてしまいました……。やけに疲れてしまいましたし、お腹もペコペコです。いいことがひとつもありません。

 

「そういえば、夕食がまだだったな」

「ばんごはん!」

 

 そうです。先生のせいで幼女は晩御飯を食いっぱぐれているのです。先生のせいで。先生のせいで!

 

「う〜」

「唸るな、じきに用意する」

 

 本当ですか? 信じましたからね? お腹を空かせた幼女を放置しないでくださいね。

 監視の意味も込めて、その場で先生を見守っていると、先生は近くの段ボールを開け、がさごそと中を漁り始めました。出てくるのはお皿やお椀のような食器類と、鍋といった調理道具です。先程から、食材が一向に見えないのですが。幼女は無事に夕食にありつけるのでしょうか……。




長くなってしまったので、中途半端なところでしたが話を切りました。今回は需要のありそうなほのぼの要素が薄く申し訳ない限りです。肝心のお夕飯シーンが入りきらなかったよ。

なお、続きが書けるかどうかは不明な模様。ぷりきゅあのちからがたりない。次話では、幼女をデパートに連れて行きたい。
ところで小ネタ集は、どの程度の文字数が確保できた時点で投稿したらいいものか。


(追記)
原作の確認不足により、『天国の扉』で本となった対象の記憶のページを破ると、そのページに記述されていた記憶が対象から失われる、という仕様になってしまっています。すみません。
スタンド能力が固定されていない・不安定な時期故に起きた現象として扱わせていただこうと思います。平にご容赦を。

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