幼女、先生に扶養される   作:じゃくそん

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幼女、お引っ越しする

 今日は朝からお引っ越しです。私の荷物は、全てを開封し切る前に、詰め直すことになりました。

 短い間でしたが、このお部屋ともさよならかと思うと寂しくなりますね。次のお引っ越し先では、一室を私の部屋として使わせてもらえるそうなのですが、ワンルームの環境に慣れてしまった今、リビングや先生のお仕事部屋に入り浸ってしまう未来が見えます。

 お引っ越し先はM県S市のベッドタウン、杜王町。ジョジョ第四部の舞台となる町ですね。実のところ、そのストーリーについての記憶はあやふやです。使わない記憶というのは、忘れていくものですから、仕方ありませんね。きっと、なるようになることでしょう。

 

 M県へは、先生の愛車で向かいます。電車や高速バスも候補にありましたが、引っ越し業者さんには任せられない荷物が幾らかあったようで、それらを運ぶこともあって、移動手段は車に決まりました。ドライブですね!

 出発は、まだ朝早い時間となりました。空も薄暗い中、私は瞼を擦りながら車の後部座席に乗り込みます。トランクに乗り切らなかった段ボール箱がシートの上にあったのを、足下のスペースにおろし、靴を脱いだ私はシートに寝転びました。私はこのまま二度寝するつもりです。

 車の振動で、運転席の扉が開き、先生が乗り込んだのが分かります。エンジンがかかり、動き出す車。少し遅れて、暖房が入れられます。車内の空気の冷たさが和らいでくると、縮こませていた身体も力が抜けてきて――、そうして私は眠りに落ちました。

 

 

 

 

 露伴先生に身体を揺り起こされ、私は目をさまします。空は明るく、現在時刻は午前八時。窓の外には、駐車場が広がっています。パーキングエリアのようですね。休憩所が見えます。

 

「何か食べ物でも買ってくるか」

 

 先生の言葉に、まだ朝ご飯を食べていない私は大きく頷きます。お腹が空きました。

 休憩所では、あったかいお茶と昆布のおにぎり、それからおやつを幾らか買ってもらいました。先生はコロッケを食べていました。一口いただきましたが、大変美味しかったです。

 サクサクの衣と、ほんのり甘いじゃがいも。じゃがいもは、熱でとろけていました。挽肉は胡椒が程よくきいていて……揚げ物だと敬遠していたら、ばっちり胃袋を喜ばされてしまって、ちょっと悔しいです。いいんです、おにぎりも美味しいですから!

 ぱりぱりした海苔に、塩味がかったご飯。温かいお茶を流し込めば、口の中でほろほろと解けていきます。昆布の佃煮のあたりに齧り付いて、口の中の味を調整しつつ、私はおにぎりを味わうのでした。

 

「お昼には、海老の天ぷらの乗ったおうどんが食べたい気分です」

「何を言っているんだ君は」

 

 呆れた様子の先生を傍目に、私は助手席に乗り込みます。買ってもらったお菓子は、私の膝の上です。これでいつでも食べられますね。

 運転席に座った先生が、私の方を見て、少しだけ嫌そうにしました。

 

「あまり横で騒ぐなよ、気が散る」

「大人しくしてます」

 

 幼女は、時と場所を弁える幼女です。高速道路で運転中の先生を、邪魔するなんて危ないことはしません。

 しかし、座っているだけというのも疲れてしまいますね。景色を見ようにも、道路の両サイドには遮りがありますし。車のメーターでも見ておきましょうか。

 

 先生のお車には、メーターが三つ並んでついています。真ん中のメーターはよく分かりませんが、右のメーターはきっと速度です。左は油とバッテリー? 幼女の前世はペーパードライバーでしたので、車についてはよく分かりません。運転の仕方は忘れました。

 速度のメーターには、180までの数字が記されています。その後ろにも目盛りがついているのはもしや、200キロまで速度が出せるということでしょうか。凄い車ですね。そんな車の現在の速度は80キロほど。普通です。峠は攻めないんでしょうか。

 

 メーターを見るのにも飽きて、私は窓の外を眺めます。山です。……、…。幼女は、おやつを食べることにしました。十時のおやつです。

 さて、何から食べましょう。ポテトチップスは、今開けると食べ切るのが難しそうです。一枚ずつ包装されていた、チョコチップクッキーにしておきましょうか。

 包装をひとつ開け、クッキーに齧り付けば、香ばしいプレーンのクッキー生地とほろ苦くも甘いチョコの風味が広がります。

 甘さがしつこくないのがいいですね。お茶請けによさそうです。紅茶はないので、緑茶と一緒にいただきます。……美味しくないわけではないのですが、やはり合わせるなら紅茶でしょう。アールグレイが飲みたいです。

 そう思いながら、チョコチップクッキーを三枚食べ終えたところで残りのクッキーを袋にしまいます。次に取り出したのは、六種の味のフルーツキャンディ。私はこれの、ぶどう味を食べます。包装を開ける前に、私は先生に尋ねました。

 

「先生は飴、いりますか?」

「もらおう」

「何味にしましょう」

「どれでもいい、君に任せる」

 

 任されてしまいました。こういったものを選ぶのは不得意ですので、天運に任せることにいたしましょう。飴の入った袋に手を突っ込み、がさごそとして飴をひとつ選びます。――レモン味。

 包装をあけて、先生の口にいれました。

 

「初恋の味ですね」

 

 ガリ、と先生の方向から音がしました。どうやら、飴を噛んでしまったようです。

 

「先生の初恋の方は、どんな方でしたか」

「……忘れた」

 

 これは先生に忘れている自覚があるのか、それとも恋の経験がないことを誤魔化しているのか。きっと後者ですね。

 飴の包装を開けた私は、口の中でぶどう味の飴玉を転がしながら、考えます。先生の初恋は、やっぱりあの幽霊のお姉さんだったのでしょうか。……先生が忘れてしまっている以上、確かめようもないことです。明らかにするのも野暮な気がして、私はそれ以上考えることをやめるのでした。

 

 考えるのをやめるといえば、カーズ様は今頃宇宙を漂っているのでしょうか。……どうしましょう。そう思うと、楽しくなってきました。夜空の星の中を探してみたいですが、見えるはずがありませんし。

 私は窓から空を眺めます。綺麗な青空です。しばらく何も考えず、時を過ごしていると、車が左の車線に入り、次いで料金所へと降りていきました。

 M県はまだ先ですが、一度高速道路を降りるようです。そうして車は道沿いにあった和食屋さんに入りました。……そういえば、もうお昼の時間ですね。

 

「さて、天ぷらうどんだったな」

「覚えていてくださったんですか」

 

 どうしましょう、嬉しいです。口元がふにゃふにゃしてしまいます。

 和食屋さんには、ピンクダークの少年の単行本が置いてあって、先生がなんともご機嫌でした。メニューには、海老の天ぷらの乗ったおうどんもちゃんとありました。小さいサイズの器で注文します。なんとも用意のいいお店ですね。先生は焼き魚定食を注文していました。

 おうどんの方が仕上がりが早いらしく、私の海老の天ぷらうどんが先に運ばれてきました。先に食べてもいいという、先生のお言葉もいただきましたので、おしぼりで手を拭いた私は、その手を合わせます。うどんが伸びないうちに食べましょう。いただきます!

 

 おうどんには、海老の天ぷらが二本乗っています。素晴らしい。そのうちの一本に、私は早速噛り付きました。

 さくりとした衣は、出汁の味と一緒に、ほんのりと甘いような油の風味がします。ぷりぷりの海老の身が、噛む程に味を広げていきました。美味しい…! 好きです! 海老天さん、結婚しましょう!

 ところで先生、そのスケッチブックはどこから出してきたのでしょう。私、そんなアホっぽい顔して食べてませんよ。

 気にせず食べろと視線で示されましたので、私は食事を続行します。海老天を置いて、湯気の上るおうどんに箸をのばしました。息を吹きかけ、冷ましてから口に運びます。

 これは…! いい食感、美味しいおうどんです。鰹のきいた出汁が絡まり、啜るほどに頬が緩みます。

 

「はふ、はふ」

 

 急いで食べていたせいか、まだ冷ませていないおうどんまで口に運んできてしまいました。熱いです。

 出汁を飲む…のは舌を火傷してしまうのでしょう。飲みたいのをぐっと我慢して、海老天を出汁に浸します。私はそれに噛り付き、続いて口の中のものがなくなる前にうどんを啜りました。

 

「〜〜――!!」

 

 言葉にならない声が漏れます。メイド・イン・ヘブン。新世界はここにあったのです。ああ、ああ。海老天とおうどんが合わさり最強に見えます。見えるというか、最強です。っょぃょぉ! おうどんが、強くて、海老天が海老さんの天ぷらなのぉ……!

 受けた衝撃から、箸の動きも止まり、一時語彙力が奪われる事態となりましたが、私は完璧で幸福な市民です。さて、食事を再開しましょう。先生のスケッチブックには、アホ面の私のスケッチが増えていました。

 ここになって、先生の焼き魚定食も運ばれてきます。ところが先生は、スケッチブックを手放さず、鉛筆を握ったままでした。冷めてしまいますよ……?

 ホカホカの白いご飯は、美味しそうな匂いを漂わせています。お魚はホッケの開きのようですね。その味を想像して、私はごくりと唾を飲みました。

 

「ほら、お魚さんが私を食べてっていってますよ」

「それは狂気的だな」

 

 先生はまだ鉛筆を走らせています。私は先生の方におしぼりを近付けます。スケッチブックにアホ面の私が一人増え、ページが埋まったところで先生は鉛筆を置きました。

 

「なんだ、食べたいのか」

 

 私の視線がお魚に注がれているのに気付いた先生がニヤリと笑います。なんとも意地の悪いお顔です。

 私は、そのお魚の身を白いご飯に乗せて食べて、お味噌汁を啜ったら幸せだろうなあと考えています。考えてはいますが、流石にそこまで望みません。ただ、そのホッケの開きをひと口ぶんほど分けてはいただけないものかなあと思っているのです。

 

「仕方ありませんね。先生には、この海老の尻尾をあげましょう」

「誰がいるか」

「だってそうしたら先生は、私の海老天食べちゃうじゃないですか。海老天さんと私は将来を誓い合った仲なんですよ! それを切り裂こうなんて、先生は酷いです」

「君はいつ海老天と将来を誓い合ったんだ。というか、君は将来を誓い合った相手を食うのか?」

「だって、美味しいんです……」

「美味しいなら仕方ないな」

 

 代わりに先生は、うどんに一つだけ入っていたぐるぐる模様のかまぼこをとっていきました。そして私はお魚ひとくちゲットです。おいしい! ホッケとはよいものですね。

 おうどんを食べきり、お腹もくちくなってきたところで、私は一息つきました。デザートの文字も気になっていたのですが、流石に食べられそうにはありませんね。

 先生が食べ終わるのを待つ間、私は先生のスケッチブックを見せてもらいます。……いつの間に見られていたのでしょうか。大変楽しそうに先生の漫画を読む私の姿が幾つか描かれているのが見つけられました。見ていたなら、声を掛けて下さってもよかったのではないですか。なるほど、幼女に近頃漫画の感想を求めてきていたのは、こういうわけだったのですね。

 

「おい、行くぞ」

 

 気付けば先生は食事を終え、伝票を片手に席をたっていました。私はスケッチブックを抱え、その後を追います。お会計を終えた先生は、ひょいと私の持っていたスケッチブックを取り上げてしまいました。いえ、持って下さったというべきでしょうか。

 空いた私の手のひらに、店員さんが棒つきのキャンディを握らせてくれます。ピンク色なのできっとイチゴ味ですね。やったー!

 私はるんるん気分でお店を後にします。

 

「素敵なお店でしたね!」

「ああ。僕の漫画も置いていたし、まあ、悪くなかったな」

 

 そうして車に乗り込めば、M県行きのドライブの再開です。目的地には、あと三時間ほどで辿り着くのだとか。

 お店でいただいた飴を、私は早速舐め始めます。キリンさんの模様のついた飴でした。

 窓の外の景色は、また高速道路でよく見られるものとなります。口の中の飴がなくなってきた頃、お腹がいっぱいなこともあって、なんだか眠たくなってきました。シートに身体を預けた私は、うつらうつらとしてきた意識をふっと手放したのでした。




チャイルドシートの描写はサボりました。

次回、先生死す!
四部スタンバイ!

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