幼女、先生に扶養される   作:じゃくそん

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幼女、先生と出会う

 こんにちは、私です。しがない幼女、五歳です。前世の記憶はありますが、社会的地位がありません。

 この度、両親が死亡したのを切っ掛けに、遠縁の親戚の元へと行くことになりました。

 

 ちなみに両親は、裏の世界を支配していた悪の帝王(笑)さんの危険思想に感化されて、云百人を巻き込んだ自爆テロを起こしたそうです。幼女は子供なので、むずかしい話はよく分かりません。本当にわけのわからないことしか言わない両親でした。

 両親の遺産はがっぽりあったはずなのですが、全てテロ被害者遺族への賠償金に溶けたのだと、お世話になった眼鏡の弁護士さんには教えてもらいました。ヒューッ。豪勢なことです。

 テロリストの遺児なんて、いくら子供に罪はないとはいっても、面倒なことになるのは間違いありません。マスコミさんがこわいですね。

 正直なところ、誰にも守られない立場での施設行きも覚悟していたのですが。今後のトラブル避けに、弁護士さんを介して親戚連中との縁切り作業をしていたところ、遠縁の方から引き取りの申し出がきたというのです。

 

 果たして、正気なのでしょうか。その人の人間性を疑ってしまう話です。人間ひとりを養うのって、結構面倒臭いはずですから。

 素性を訊くと、まだ二十歳の若い男性だそうで、ますます引き取られる理由が分かりません。ろりこんさんでしょうか。一応、虐待は覚悟しておきましょう。

 

 さて、弁護士さんとやって来ましたのは、とある喫茶店。こちらで、私を引き取るという親戚の方と顔を合わせます。

 その方は、時間ぴったりに、待ち合わせていた席へといらっしゃいました。

 気難しそうな方です。来るなり、私に値踏みするような視線を向けられました。外行きの服で、いつもよりお洒落をしてきた私は、その視線に気後れしてしまいます。弁護士さんの選んで下さった、落ち着いた雰囲気のある可愛いワンピースだったのですが、「似合ってないぞ」と言われているようでした。気まずい思いをした私は、その方の顔から視線を外します。

 

 ――あら?

 その方の服の胸元についたボタンは、付けペンのペン先……そう、カブラペンと呼ばれる種類のものの形をしていました。

 よく見れば、彼の耳には、Gペンの形をしたイヤリングが揺れています。お洒落さん……! お洒落さんです!

 席に座られたその方に職業を訊いてみると、漫画家さんだというお話でした。なるほど、納得のアクセサリーです。お名前は、岸辺露伴。へー、岸辺露伴さん。ほーん、ふーん。……うん?

 なるほど、ジョジョですね!

 

 そちらの衝撃と混乱を飲み下すことに必死だった私は、切り出された話題も耳に入らず右から左で。岸辺露伴先生に扶養されるというお話に、一も二もなく頷いていたのでした。

 

 

 

 

 露伴先生は、私がテロリストの遺児であることに興味を抱き、引き取ることを決めたようでした。

 両親の起こした事件に、然程興味も持たなかった私には知る由もないことでしたが、世間様では相当大きな話題となった、なんとも残虐な事件だったようで。その突拍子も無い現実の出来事に、先生の創作意欲や取材魂が疼いてしまったようなのでした。

 そうはいっても、私に取材して分かることなんて、そう多くはないと思いますけれどね。事件については、本当に何も知りませんし。

 

「『君が事件について知らない』ということが、他ならぬ情報の一つさ。両親に無関心だったとも言っていたな? そうした情報を収集することで、君という『テロリストの遺児』の一例を構成する。僕は君に事件の詳細を訊きたいんじゃあない。君という人間について、知ろうとしているだけだ」

 

 幼女に難しい話は分かりません! ですから私には、先生のいう話はさっぱり分からず、ただ露伴先生が幼女に興味のあるお年頃だということしか把握できませんでした。……急に引き取られることへの不安が湧いてきましたね。ええ。

 そうはいっても、手続きは全て済ませてしまいましたし、今から取りやめるというのは、何とも無理な話です。私に時間は巻き戻せませんからね、仕方がありません。なるようになると受け容れましょう。

 

「あのっ、これからよろしくお願いします」

 

 私はぺこりと頭を下げます。露伴先生は、「ああ」と何ともシンプルな返答をくださいました。先生の返事もいただいたことですし、幼女はよろしくされることにしましょう。

 

 先生の愛車に乗せられて、やって来たのは現在先生がお住まいのアパートです。先生はまだ、杜王町へのお引越し前なようで、そのアパートは東京にありました。先生のご両親のお家も東京にあるそうですが、漫画に集中したいという理由で、それとは別にこちらのお部屋を借りているようです。お仕事部屋というやつでしょう。……そんな場所に入ってしまってよいものなのでしょうか。ご両親のいらっしゃるお家で私が過ごす方が、先生としてもよろしいのでは。

 

「君を部屋に入れるのは甚だ遺憾だが、両親に君を引き取る話をしていないのだから仕方がない」

「えっ」

「なに、近々引っ越す予定だ。その時は仕事部屋を君の部屋と離すさ」

 

 よ、幼女は大丈夫なのでしょうか。やっぱり、テロリストの遺児を引き取ろうと考えるような人間がマトモなはずはなかったのですね。

 どきどきしつつ、露伴先生の後ろをついていきます。辿り着いたお部屋は503号室。先に配達していた私の荷物は、既にお部屋の中にあるということでした。

 先生が鍵を開けます。扉を開くと同時に、お部屋の中から墨のにおいが押し寄せてきました。ひとつ前の生で、私がまだ十代だった頃、書道の時間に嗅いだようなにおいです。

 今日からここが、私のお家となりました。

 

 

 

 

 カリカリと紙をペン先が引っ掻く音、電気の灯った部屋。時計は午後九時を回っています。

 ……眠れません。

 

 いつもならば、幼女である私は夢の中の時間です。ですが、ワンルームのアパートで、先生が漫画執筆中とあっては、敷かれたお布団の中でもうまく眠れませんでした。

 敷布団というのも良くなかったのかもしれません。私が寝慣れているのはベッドでした。いえ、一番の原因は、お部屋が明るいことでしょうが。目を瞑っても、一向に眠気は来ず、むしろ目は冴える一方でした。

 

 困りました。抱き枕がわりの黄色いクマのぬいぐるみは、まだ荷解きしていないので段ボール箱の中です。あれがあれば、安心毛布よろしくラリホー出来たのでしょうけれど。先生に声を掛けようにも、筆が乗っておられるようですし、漫画を描く邪魔はしたくありません。

 結果、私は露伴先生に視線だけを向けることとなるのでした。先生の背中がよく見えます。ちょっぴり猫背なのでしょうか、背中を走る背骨のラインが見えました。腰の辺りから下は、椅子に隠れて見えませんね。

 ――あっ、振り向いた。

 

「おい、まだ寝てないのか」

「うまくねむれません」

 

 明かりを消して貰えると、幼女は嬉しいです。さりげなく天井を見上げて示唆してみますが、先生は椅子に座ったままでした。岸辺露伴は動かない――!

 

「普段はどうしていた。君の両親が亡くなる前のことだ」

「電気の消えた暗い部屋で、意識が沈むのを待っていました。両親がいなくなってからも、それは同じです」

「電気は消してやれないぞ、僕はまだ漫画を描くからな」

 

 この人には、私が眠りにつくまで一度描くのを中断するという選択肢はないのでしょうか。なさそうですね。失礼しました。

 今は取材のためのお話ゆえに、手を止めていらっしゃるというわけでしょう。

 

「クマのぬいぐるみをぎゅってしたら、眠れると思います」

「あの段ボールに詰めたやつか」

 

 私はこくりと頷きます。私の荷造りを、手伝って下さったのは先生です。ぬいぐるみに合うサイズの箱を探してきて下さったのも先生でした。

 

「面倒だな」

「ろはん先生をぎゅってしても、眠れると思いますよ」

 

 先生はそんな私の言葉を鼻で笑うと、カッターを持って段ボールを開け始めました。添い寝はしていただけないようです。残念。

 

「これだな。ほら」

 

 先生はクマのぬいぐるみを、私が受け取りやすいように、側まで持ってきてくださいました。受け渡す手つきが、ちょっとだけ優しい気がします。

 

「ありがとうございます」

 

 私はぬいぐるみを受け取って、胸に抱き寄せました。私が元いたお家のにおいがします。ぬいぐるみの右腕をとって、肉球のように縫い付けられたハートの刺繍を指先で弄っているうちに、瞼がおりてきます。

 私はもう一度、ぬいぐるみをぎゅっと胸に抱き直して、夢の世界へと旅立ちました。

 

 

 

 

 おはようございます、私です。目が覚めて最初に見たのは、知らない天井ではなく見慣れた黄色いクマのぬいぐるみでした。知らない天井だ…って、ちょっぴり言ってみたかったのですけれど。残念です。

 私が目覚めた時には、先生は既に起床されていて、朝ごはんの準備をされていました。空いた窓から吹き込む冷たい風が、焼けたパンの香ばしい匂いを私に届けます。じゅうじゅうと焼けているのはベーコンでしょうか、お腹が空いてきました。

 ぬいぐるみを布団に寝かせた私は、段ボールから取り出したマグカップを持って、先生の立つキッチンへと向かいます。玄関とお部屋に挟まる廊下にあるキッチンは、冬場の冷えが辛そうです。もこもこのスリッパがなければ、私も危ないところでした。

 

「おはようございます、ろはん先生」

「ああ、おはよう。朝は食べられそうか」

「食べます」

 

 おかずがきっと食べきれなくなってしまうので、食パンは半分でお願いします。あと、ココアが飲みたいです。

 そうして出来上がった朝食を前に、先生と向き合って座りました。机は折り畳みのものを出してきています。二人では、少し狭いですね。先生が食べ始めるのを見て、私も手を合わせました。いただきまーす!

 齧りついたパンがサクリと音を立てます。中のふんわりした生地は、バターをほんのり吸って、程よい塩味でした。もきゅもきゅと噛んでいる間に、次に何を食べようか考えます。

 

 やはり、ここはベーコンエッグにしましょう。黄金色の黄身がカリカリのベーコンと組み合わさって何とも美味しそうです。お箸でうまく切れなかったので、そのまま齧りつきました。ああ……。頬が緩みます。半熟のとろとろの黄身が絡まったベーコン、美味しくないはずがありません。ここでサラダから、しゃきしゃきのレタスを口に投入します。みずみずしさが加わって、また違った食感と味わいを楽しませてくれます。お口の中が幸せです……。

 

 ゆっくり噛んで、飲み込んだところで、ココアを口にして一息つきます。これこそ豊かで救われた、心満たされる食事です。

 ふと、お食事を終えた先生と目が合いました。

 

「何だ」

「……いえ」

 

 それは、私の方こそ訊きたかったのですが。先程からひしひしと伝わる、その視線の意味を教えては頂けないでしょうか。そんなに見られていては、私も食べづらいのです。

 なんとなく気まずいまま、私はココアに口をつけます。しばらくちびちび飲んでいると、先生は私から視線を外し、お皿を持って席を立ちました。……なんだったのでしょうか。漫画家先生の考えていることはよく分かりませんね。

 戻ってきた先生は、コーヒーを片手にビスケットを齧っていらっしゃいました。ビスケット!

 

「わ、私も食べたいです!」

「残さず食べたらな」

「食べます!」

 

 私はお皿に残っていたサラダと齧りかけのベーコンを口の中に詰め込みます。先生が二枚目のビスケットを食べ始めました。私の口の中のものがなくならないうちに、先生は三枚目を食べ始めます。

 待ってください先生、そのビスケットは四枚入りだって私は知っているんですからね。次が最後の一枚じゃないですか。

 大変です。とてもではありませんが、先生が四枚目に手を伸ばすまでに、口の中のものがなくなる気がしません。

 そうして私が不安と焦りを抱いているうちにも、三枚目のビスケットは先生の口の中へと消えていきます。

 

 そして、四枚目のビスケットが、先生の手に渡りました。あああああっ! 私の、私のビスケット!

 私がそのビスケットを凝視していると、先生はふっと鼻で笑った後、それを私のお皿のふちに置きました。

 お皿の中は既に空です。口の中のものがなくなれば、食べていいということでしょう。……先生に四枚目を食べられると思って、身構えていた私が恥ずかしいです。私はゆっくりと口の中のものを咀嚼し飲み込むと、ビスケットに手を伸ばしました。

 

 心なしか、先生が私を馬鹿にするような目で見ている気がします。むぐぐ。そこは大人として、幼女を微笑ましい目で見るところだと、私は思うのです。

 なにはともあれ、ビスケットを無事食べられた私は、そのホロホロでザクザクの食感を大層楽しみ、朝食を満足のいくかたちで締めくくったのでした。




ヒロイン:露伴先生(ツンデレ属性)
マスコットキャラ:幼女

ヒロインとマスコットキャラが出てくる。つまりこれは魔法少女ものです。(大嘘)

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