蝋の翼   作:水野希

1 / 9
前書き代わりのプロローグ

緊張、恐怖、そして高揚感。それら全てが綯い混ぜになった膨大な熱が、身体を包みこんでいる。

 

身に纏うのは鋼鉄の鎧。手に持つのは鈍色の刃。数メートル離れた目の前には、自分と同じように武装した強大な敵。お互いに少しの物音も発することなく、ただ静かに相手を見据えて動かない。

 

戦闘のために作られた空間から少し離れた場所からは、多くの眼差しが二人をじっと見つめている。

向かい合う両者の間に邪魔となる障害物は一切無く、唯一あるのは、今まさに繰り広げられようとされている戦いの雰囲気だけ。

 

正面から視線を外さないまま静かに刃を構えると、相手も同じく腰を落とした。

知らず知らずの内に止まっていた呼吸を吸い込み、僅かに開いていた口の隙間から大きく吐き出す。

 

━━━━━フッ━━━━━

 

偶然にもタイミングが重なり、静寂の中で大きく響いたその音は、始まりの号砲に代わって、戦士達を突き動かした。

 

凄まじい勢いでこちらへ突進してきた相手は、何処からともなく長大なライフルを取りだして構え、ほんの一瞬の間に三度引き金を引く。

 

ギリギリで視界に捉えた三発の銃弾を、二発は素早く体を翻すことで回避し、残る一発には刀の腹を当てて受け流す。刀から腕へと衝撃が伝わり、直撃は避けた筈にも関わらず、強い痺れが右手を支配した。

 

自分にとってはその時点で既に紙一重の攻防であったが、銃を持つ敵からして見ればただの牽制に過ぎず、再び引き金が引かれる。

その数は先ほどより多い五発。ひとつひとつが的確に自分の急所を目掛けて飛来していた。

 

左右に躱そうとするも、まるでそれを予感していたように、相手はさらに横一列に銃弾を放つ。

選択肢を潰されたことに小さく舌打ちをしながら、急いで脚に力を込めて、真上へと大きく跳躍を試みる。

しかしその行動も間に合わず、右足の間接部に敵の弾が直撃し、腕のそれとは違う明確な痛みが膝の感覚を麻痺させ、思わず瞼を閉じてしまう。

 

痛みに顔をしかめながら瞳を開けると、眼前には至近距離まで迫った敵の姿が。

 

遠距離攻撃に徹されれば自分に勝ち目はない。即ち、相手からこちらに突撃してくれるこの状況は好機とも言える。だが、自分は今空中に居る。脚の痛みもまだ引いてはいない。もしここで敵に攻撃を当てられなければ、着地の隙を狙って今度こそ銃弾の嵐に見舞われるだろう。

 

まだ戦いが始まってほんの数秒だというのに、自分はもう窮地ある。その事実に心が負けそうになるが、幸いにもこの身を守っている鎧は硬く、例えここで敵のライフルに撃ち抜かれても、肉が消し飛ぶことはない。

 

距離を詰めてくる影に、回避や防御をしたくもなるが、今自分がとるべき行動は、迎撃することのみ。

 

未だ残る腕の痺れを無視して、無我夢中で刀を上段に構え、襲いかかる敵に全力で降り下ろした━━━

 

__________

 

 

「••••••ふぅ」

 

そこまで書き終え、ノートパソコンのキーを叩いていた手を止めた。

時計の針は丑三つ時を指し、閉めきった窓からは、どこかで鳴いている犬の遠吠えがうっすらと聞こえてくる。

僕ひとりしか居ない賃貸マンションの一室。ミニマリストもかくやというレベルで物の少ない部屋の中心に寂しく置かれた座椅子に座り、目の前のパソコンの画面を眺めため息をつく。

 

我がことながら、自分の文才の無さには呆れてしまいそうになるが、これでも以前よりはいくらかマシになっているのだ。

初めて小説を書こうと思った10年前頃の文章は、節々から厨二感が漂っていて、なかなかに酷いものだった。語彙力が足りないせいで地の文は短くなり、会話文もキャラクターの個性を引き出し切れていない稚拙なやりとりに過ぎなかった。まあ、その点は今も大して変わったとは言えないのだけれど。

 

あんな体験をした自分であれば或いは、俗に言う「オリ主」にだってなれるんじゃないか。

 

すぐに消え去ったそんな幻想を、自分のイメージする「主人公」が登場する小説などという偶像に昇華させようとして、それは10年経った今も続いているのだから、僕も大概に好き者であると言えよう。

 

そう、10年。もう10年以上も過ぎたのだ。時の流れは無情で、本当に平等なのかと疑いたくなる程早く感じてしまう。

 

ペンを取るようになったのは5歳くらいだったので、あれからもう15年の月日が経っていたことになる。15年といえば、産まれたての赤ん坊が高校生になるまでの期間。そう考えれば、それは余りにも長い。僕にとってその例え方は、文字通りそのままの意味なのだけど。

 

そこでふと考える。考えてしまう。

 

もしあの時「天上天下唯我独尊」とでも言っていれば、僕はこの世界に復活を果たした救世主として、今とは違う、華やかな日々を送って居たのだろうか。

平凡とは対極にある人物として、崇め奉られながら生きて行く可能性もあったりしたのだろうか。

 

そんな、とりとめの無いにも程がある、下らない思考のせいで、僕はあの日あの時のことを思い返すのだ。

 

 

 

僕という人間が、死の概念を忘れてしまった瞬間を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。