朝のような他愛もない話を茶を啜りながら話しているうちに数時間はたっていた。ルミには知る由もないが、外はすでに日が沈んで少したったぐらいの時間になっている。
「んー…そろそろ帰ろうかなー。さすがにカズマたちも帰ってきてるだろうし、逆に心配させちゃうかもしれないからね。」
「そうか。では気をつけて帰るがいい。ポンコツ店主の数少ない友人だ。いなくなるのも困るのでな。」
「…ああ、ウィズのこと?うん、まあさすがに帰るだけならそんなに危なくはないと思うから大丈夫だよ。じゃ…」
「ん?この声…ルミ?」
と、今から帰ろうと立ち上がるとすぐ後ろあたりで声が聞こえた。その声は聞き覚えがあるものだった。
「あれ?カズマ?あ、ダクネスもいる!久しぶり!」
「ああ、久しぶりだ…いや、今はそうじゃなくてだな…」
「なんでルミがこんなとこにいるんだ?それと、あの人は誰なんだ?仮面しててめちゃくちゃ怪しそうなんだが…」
「…ふむ、ルミに同年代の友人がいなくて心配していたが最近できたらしいのを知って安心した保護者のような男よ。人を見た目で判断するなと習わなかったのか?」
「え?カズマ、私のことそんな心配してたの?」
「え、い、いや、それはだな…し、してねぇし?安心とか、俺全然そんなこと思ってないし?お、思ってないから!」
カズマは若干顔を赤くしながら照れ隠しで嘘をついた。
「カズマは置いておくとして、爆発する人形とやらの容姿と似ているが貴様が今回のモンスター騒ぎの元凶ということか?」
と、ダクネスは持っていた紙とバニルを見比べながらそう話した。
「まあ、そういうことであるな。さて、我がダンジョンへようこそ冒険者よ!いかにも、我輩が諸悪の根源にして元凶!魔王軍幹部にして悪魔たちを率いる地獄の大公爵!この世の全てを見通す大悪魔!…バニルである。」
「おお、なんかかっこいい感じだ…」
「…それで、ルミはなんでこいつのこと知ってんだ?」
「え?なんでって言われても…友達だし?」
「どこで知り合ったんだよ?」
「ウィズのお店だよ。大分前だけど、一回バニルがウィズに会いに来たんだ。」
「さて、先程から我輩を倒そうと身構えている、先日そこの男に風呂場で裸を見られた際己の割れた腹筋を見られていないかを心配する娘よ。何をそうカッカしているのか知らぬが、怒りっぽい時は小骨を食べると良いと聞く。我輩の仮面の一部には魔竜の骨が使われているが、一口ならかじって良いぞ?」
「ふ、腹き…⁉︎ききき、貴様ふざけるな!魔王の手先め!そ、そんなこと嘘っぱちだ!私の腹筋はそんなに割れてないしそんな心配もしていない!」
「うわっ⁉︎ダクネス剣を振り回すのストップ!危ない!危ないから!」
「まあ落ち着くがいい。我輩は別にお前たちと争うためにこの地へ来たわけではない。」
「ウィズに会いに来るのと魔王さんの頼みごとだっけ?」
「うむ、そうだ。」
「バニルって言ったっけ?ウィズと知り合いなのか?」
「そうだな…知り合いというよりは、互いの夢のための協力者というところか…このダンジョンに居座っているのもその夢の一環でな。」
「冒険者たちが被害にあったっていう人形ってのは?」
「あ、それはバニルがこのダンジョンの中のモンスターを追い出すために作ってたんだって。」
「ルミが来た頃にはすでにダンジョンから溢れていたようで、もう作っていないがな。」
「だから俺たちは遭遇しなかったのか…」
「む?こちらを見てどうした?我輩が作った人形の爆発を期待していた娘よ。」
「そ、そんなこと気にしてないぞ!き、気にしてないぞ!貴様が魔王軍幹部であるならば冒険者として相手をする必要があると思っていただけだ!」
「お、おいダクネス!この人…悪魔は戦う気ないんだからいいだろ!俺たちだけじゃ荷が重いし、ルミの友達だぞ。」
「くっ…」
「あ、バニルは魔王軍の幹部って言ってるけど、ウィズといっしょでお飾りらしいよ。そこまで魔王さんの手伝いしようとかってあんまり思ってないんだって。」
「ほら、とりあえずいいじゃないかダクネス。あ、そういえば夢ってなんなんだ?悪魔なんだし、人間とは違う感じなんだろうけど。」
「よくぞ聞いてくれた!我輩が生を受けはや何百何千何万年…そんな永い時間を過ごして来た我輩にはとびきりの破滅願望があるのだ。」
「それがダンジョンに関係が?…すごいダンジョンを作って有名になってみるとか?いや、破滅願望って言ったから違うか…」
「悪魔としては有名となることに旨味がない。我々悪魔は悪感情を糧とするのでな。」
「悪感情?怒りとか、そんなんか?」
「悪魔によって好みは変わるが、まあそういうことであるな。ちなみに我輩は絶世の美女に化けて男を惚れさせ、いざという時に『残念、我輩でした!』と言って相手に血の涙を流させたりした時の羞恥や怒り、軽めの失望などが好物だ。」
「なあカズマ、やっぱりこいつは今倒しておいた方がいいんじゃないのか?」
「い、いや…そういえば、結局なんでダンジョン作るんだ?ってか、どんなダンジョン作るんだよ。」
話が意外とあっちに行ったりこっちに行ったりするので、カズマが仕切り直してバニルに尋ねる。
「うむ、そうだな…まず、罠は相手が嫌がるものをふんだんに盛り込み、遭遇する敵も我輩直属の選りすぐりの配下で固め、難攻不落のダンジョンとする。そして苦労の末たどり着いた最深部…最後に待ち受けるのはもちろん魔王より強いかもしれないと言われるこの我輩!そして始まる最後の戦い!…そして、我輩は倒れ宝箱が現れ、死闘を制した冒険者たちに背後の宝を持っていくがよい、と言い満身創痍であろう冒険者たちはその宝箱へ。そして、苦難を乗り越えたからにはさぞや価値のある宝が入っているのだろうと期待してその箱を開けると…!………『スカ』、と書かれた紙きれが…そんなものを見て絶望だかなんだかよくわからない困惑した表情の冒険者たちの後ろ姿を見ながら!…我輩は消滅したい。」
「おい、それはやめてやれよ…マジでやめてやれよ…!」
「な、なぁカズマ、やはり倒してしまった方がいいんじゃないか?」
「バ、バニルは悪い人じゃないよ!バニルがいなかったらアクセルの街が滅んじゃったかもしれないんだよ!」
「え?」
「ほら、デストロイヤーが来た時に私が…なんていうか、変身してたでしょ?あれ、バニルがこの仮面を届けてくれてなかったらできなかったから…」
「そうだったのか?」
「我輩は人間ではないが、人間の悪感情を糧とする以上数が減るのはよろしくないのでな。悪魔から見れば、悪い言い方をすれば街というものは牧場のようなものだ。む?なぜまた剣を構えるのだ?雌豚がどうのと頭の中で考えている娘よ。」
「しょ、そんなこと考えてにゃいぞ!ひ、人を家畜扱いするような者を放っておけるか!」
「…お前嬉しそうな顔になってて全然かっこよくないからな?とりあえず、俺たちはアクアが残した魔法陣を…」
「む?あの奥の魔法陣を処理しに来たのか?であればさっさと片付けてくれ。悪魔の我輩では近づくこともできんのでな。消してくれると言うのならば我輩手製、夜中に笑うバニル人形を進呈しよう。」
「い、いやそれはいらないよ…とりあえず通らせてもらうな。」
「あ、私ちょっと欲しいかも…」
「ならルミにはそのうち作ってやろう。では魔法陣を消してきてくれ。」
バニルが立ち、奥の方を親指で指しながらカズマにそう言ったので、そこを通って奥のキールが浄化された部屋に向かった。それから少しして、バニルが考えるような仕草をした。
「ふむ、しかしアクアか…あまり関わりたくない名ではあるな…それに魔法陣と言うのも…む?」
「な、なんだ?なぜ私の方を見ているのだ?」
「おーい、とりあえず魔法陣片付けて…ん?どうしたんだ?」
「…フハハ…フハハハハハハハ!なるほどそういうことか…なるほど道理で我輩ほどの悪魔が少したりともあの魔法陣に触れられぬわけだ…お前たちのところのアークプリーストの仕業だったとは!」
「バニル?アクアがどうしたの?」
「なに、我が仇敵がいるようなのでな。お前たちのパーティーのアークプリーストには直々に仕置してやらなければならぬようだ!見える…見えるぞ…ダンジョンの外で退屈そうにくつろぎでいるアークプリーストが見えるわ!」
「あいつ…!」
「さて、そこを通してもらおうか!なに、人間は殺さぬが鉄則の我輩だ。人間は、な。こんな傍迷惑な魔法陣を作ったアークプリーストに一発キツイのを食らわせてくれるわ!」
そう言ってバニルがカズマとダクネスの方向に一歩踏み出そうとしたところで、バニルの腕が引っ張られた。
「ま、待ってよバニル!アクアは悪く無いんだよ!多分!悪気があったんじゃ無いんだよ!多分!」
「ええい、ルミとはいえこればかりは譲れんのだ!離してもらおう!」
「うわわっ⁉︎」
「ルミ!」
バニルは腕を掴むルミの手を払ってから腕を掴んでカズマの方向に軽く投げた。カズマがなんとか受け止めたので特に傷もなかった。
「貴様っ!」
「昼頃にそこの男に言われた凄いこととやらが非常に気になっている娘もそこを退いてもらおう!」
「なっ、そんなこと、か、考えてなんか…考えてなんか…!」
「バニル、考え直してよ!」
「今回ばかりはルミが立ち塞がろうと我輩の方でやりたいことがあるのでな。殺しはせんがそれなりに痛い目にはあってもらおうとしよう!」
「させるか!」
ルミから見れば本気ではないとはわかるのだが、かなりの速度でバニルが腕を振り下ろしてきた。それをダクネスがルミの前に立ち、その拳を剣を持っていない片手で受け止めた。
「ぐっ…!」
「ほう…全力ではないとはいえ、片手で我輩を止めるか。なかなかやるではないか。」
「ダクネス避けて!双舞撃翔破・弐!」
ルミが叫んだ通りにダクネスはとっさに横に避ける。密かに行なっていた詠唱によって呪術が発動し、目の前に展開された魔法陣から出た黒い光にバニルは飲み込まれた。
「ルミ⁉︎」
「いくらバニルでもアクアを倒そうとするならここは通らせないよ!」
ルミの言葉を聞く気はないようで巻き上がった煙からほぼ無傷のバニルが飛び出してきた。
「ならば我輩を止めてみるがいい!」
「う、わっ!と!」
バニルが何度かパンチを繰り出してくるが、ルミはそのことごとくを紙一重で避けていく。
「ほう、なかなかやるではないか!」
「で、でもバニル手を抜いてるでしょ!」
「フハハ!当然だ!我輩は人間は殺さぬ!特にルミは店の収入の関係で事故でも殺すわけにもいかぬのでな!」
「でもそのパンチ当たったら絶対痛いよ⁉︎」
「安心しろ、気を失うだけだ!」
「安心できないっ!って危なっ⁉︎」
セリフ的には平和なものだが、バニルにほとんど武術などの心得が無いのか、それとも使う気がないのか、愚直に振るわれる拳、しかし圧倒的な身体能力で振るわれるそれは下手をすれば岩も砕くだろう。それを首をひねってみたり右腕で受け流したりと延々と避け続けるルミも大概だが。カズマとダクネスはルミを助けたいものの二人の間には入れないでいる。
「どうした?そっちの方は攻撃せんのか?ルミが最も年下であろうに情けない…」
しかしここでバニルからの挑発がカズマとダクネスに入る。カズマの方はまだ冷静でルミとバニルの間へ割って入ろうとはしなかったが、煽り耐性が意外にもほぼ皆無のダクネスが簡単に引っかかってしまった。
「な、なんだと⁉︎ゆ、許さん!」
「あ、おいダクネス⁉︎」
「フハハ!そう来なくてはな!さぁ我をうち滅ぼしてみせるがいい!さっき話した夢には遠く及ばずとも冒険者に討伐されるのも悪くはない!」
「くそっ、俺も行くしか…!」
こうして三対一の戦いになったが、戦況はあまり変わらなかった。
「貴様避けるな!」
「ちょっ、ダクネス危ない!」
「くっ、これじゃ近づけない…!」
「…お前たちは何をしているのだ…」
ダクネスが剣を振るうたびにルミの方に振り下ろされることもあったりでむしろ悪くなっている気がしなくもない。バニルは避けもしていないのに勝手に味方を攻撃する形になっているダクネスに対してむしろ困惑している。それでもダクネスは懸命に剣を振り続ける。
「ええい、なんだこのヘナチョコな剣筋は⁉︎逆に動きが読めん!」
「だ、誰がヘナチョコだ⁉︎」
ダクネスの剣スキルは下手をすれば冒険者ですらない一般人にも劣るレベルだ。永い時を過ごし、手練れの冒険者と戦ったこともあるバニルにとっては新鮮すぎて逆に対処しずらかった。そのせいなのか、微妙にバニルの動きが鈍る。
「…!今だ!」
その隙をつこうと、潜伏スキルで気配を消していたカズマがバニルの背後から飛びかかった。
「ふっ、そんなもの…」
「あっ。」
バニルにとって致命的ではないものの、かなりの隙を見せたこのチャンスにうまく攻撃できないあたり、主人公体質ではないカズマである。地面が悪かったのもあるが、この場面で足元の石に躓いてしまった。しかし、主人公体質でなくとも運だけは化け物レベル、予想もしていなかった動きでバニルに寄りかかったことでバニルはよろけた。そしてバニルの目の前には外れてもお構い無しに剣を振り続けるダクネスがいる。
「しまっ…ぐあああぁぁぁ!」
その結果、偶然にもダクネスの剣に当たってしまったバニルの体は土となって崩れ落ちた。
「え…え?」
「…倒した…のか?」
「手応えはあったが…私が確かめてくる。」
ダクネスが地面に落ちた仮面に近づく。
『残念!死んでませんでした!』
「うわぁ!」
「ダクネス!」
「バニルの仮面が動いて喋ってる⁉︎」
バニルの仮面は吸い寄せられるかのようにダクネスの顔に張り付いた。
『さあ、第二ラウンドと…』
「カ、カズマ、ルミ!私の体が、乗っ取られてしまった!これから私は一体どんな目に…」
『ええい、黙っていろ!』
激しいのかどうなのか、そもそも戦いなのかすらもよくわからなくなってきた戦いはまだ終わらない。
うたわれるもの用語
双舞撃翔破…ウルゥル・サラァナの技。近距離に対する敵を中心に高威力広範囲攻撃をする。一撃目が強力な水流、二撃目が今回の話で出てきた闇オーラ的な攻撃。強力ではあるがウルゥル・サラァナは紙耐久で行動順も遅く、基本的に近づかれたら負けなので強い攻撃でも狙いに行くと倒しきれなくて返り討ちにあう時がある。