346プロダクションのオフィス内にて。
私は今季に提出する予定の「シンデレラプロジェクト」と題した企画書の草案を携えて、新人だった私にプロデューサーとしてのいろはを教えて下さった、いわば恩師とでも言うべき人物、今西部長と対面していた。
今西部長は企画書に一通り目を通すと、ズズと緑茶を飲み、話を切り出した。
いつもの朗らかな調子は変わらないが、その目は真剣そのものだ。
「次代を担う個性的なアイドルたちを発掘、ね。いやはや、何ともキミらしくて良いじゃないか」
「――でも、一つ不可解な点がある」
「それは、何でしょうか……? 」
察しはついているが、敢えて疑問を返す。今西部長は企画書を少しめくると、該当する箇所を指し示した。
それは当プロジェクトにおける、採用人数の項目だった。
「私が覚えている限りでは、14人だったと思うんだがね」
「それは……」
もちろん部長の記憶は正しい。
しかし、そこに書かれている数字は「14」ではなく、「15」だった。
「キミを責めるつもりは無い。しかし、どうしても気になったんだ……どうしてキミが、突然プロジェクトの採用枠を増やしたのか」
「それほどの逸材を、キミは見つけたのかい? 」
その言葉を受け、脳裏にある少女の姿が浮かんだ。
再選考にあたって最終選考に残った人物を洗い直していた時に、不意に見つけたとある少女のことを。
◆
鬼瀬 窓花。黄金の髪と愛らしい顔立ちが人を惹き付ける少女。
最終選考でその実力を遺憾なく発揮しながら、惜しくも夢を掴むことのなかった彼女の採用担当者による備考は、
「技術は申し分ないが、情熱や個性に欠ける」
と言うものだった。
しかし、私にはなぜか、その備考のたった一行で済まされるだけの人物には思えず、もう一人の候補である島村 卯月に会うためにも、と養成所へと出向いたのだ。
――結果として、それは正解だった。
初めて顔を合わせた時は、確かに人事の評価の通り、一見しただけでは彼女に何かを見出すものは少ないだろうと感じた。
アイドルへの憧れを胸にひたむきに努力する少女。
しかし、それはアイドルを目指す少女たちなら誰でも秘めている情熱。
個性と呼ぶには余りにも押しの弱いモノ。
Cランク以上、もしくはBランクに勝るとも劣らない技術。
しかし、それは往々にして天才と呼ばれる者たちなら、その程度は通過点にもならないモノ。
しかし、彼女に出会い、触れることで、自身の目が曇っていなかったことを確信した。
――よろしくお願いします、プロデューサーさん。
肌寒い駅で私に向けられた、彼女の万感の思いが込められた言葉。
言われ慣れていたはずの挨拶に、少女のアイドルとしての原点を垣間見た気がした。
一人は皆の為に。
彼女は、ファンの為ならどこまでも自分を磨き楽しさを追求できる、求道者のような人間だった。そのどこまでも純粋な彼女の心根は、必ず人を惹き付ける。
彼女のことが気になったのは、内に秘めるものが、私の求めたものだったからだ。
私のもとから去っていった少女たちをただ見送ることしかできなかった私が、あの時に忘れていたもの。
――アイドルは人を楽しませ、そして自身すら楽しませる者たちである。
その事を自然体で理解していた彼女だから、私の心は大きく揺さぶられたのだ。
◆
「おーい……うむ、やっと戻ってきたかね」
「……いえ、問題ありません」
気が付けば、今西部長がひらひらと手を振って様子を窺っていた。
つい考えごとに没頭していたようだ。自身の悪癖を恥じ、頭を下げる。
しかし、今西部長は私の予想に反し、にこりと笑みを作る。
全て見通すような錯覚を覚えるその目は、今は懐かしむように細められていた。
「そんなに気に入ったのかい? 彼女の事を」
「……はい」
今西部長は私の目をじっと見つめると、満足げに頷いた。
「どうやら、プロデュースしがいのある子を見つけたようだね」
「ならば私はちょいと後押しをするだけさ。じゃあ、期待しておくよ」
――今のキミは、昔のキミに戻ったようだ。
今西部長は緑茶を飲み干すと湯呑みを手に持ち、静かに部屋から去っていった。
一人になった部屋の中で、パソコンに向かいながら企画書を仕上げる。
補充人員の下へもう一つ、「新規参入」という項目を新たに作り、そこへ一人の少女の名前を打ち込んだ。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
更新が滞っている間もいくらか読んでくださった方が居るみたいで嬉しい限りです。
具体的にはこの後書きでセクシーギルティの話をしようとしていたらシンデレラガールズ6周年だったくらいの期間が空いていたのですが、何よりのニュースは関ちゃんの声が聞こえること、ソロデビューが決定したこと。嬉しい(語彙力の低下)
いい時代になったものです。