高校一年生、夢はアイドルです   作:カルキ息抜き
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Lesson2:かぼちゃの馬車

 レッスンルームの声を聞きつけて現れた受付さんは、苦笑いで私たちを応接間に通してくれた。
 机にお茶を人数分用意し、頑張ってねと一言付け加えると、受付さんは静かに応接間の扉を閉めた。
 部屋に気まずい沈黙が流れる中で最初に話を切り出したのは、私達の向かいに座る彼だった。

「挨拶が遅れました。私、こういう者です」

 さっぱりとスイッチを切り替えた彼は、慣れた手つきで名刺を私たちに手渡してくる。

「こちらこそ、先程はとんだ失礼を……」

 自身の早とちりを陳謝しつつ、手渡された名刺を確認する。……その内容は、私にとって思いがけないものだった。

「「……346プロダクション、シンデレラプロジェクト、プロデューサー……」」

「ぷ、プロデューサーさん!? 」

「へっ? ……ほ、ホントに、ですか? 」

 予想外の状況に慌てる卯月。同じく驚いた私も、つい素っ頓狂な声を出してしまう。
 346プロダクションといえば、業界最大手と名高い老舗の芸能事務所だ。二年前に、新たな部署としてアイドル部門を設立した事は、スクールの仲間の内でも大きな話題になったものだ。

 しかし、そんなことよりも。気になる記述は、もう一つあった。

「はい。シンデレラオーディション、あなた達もお受けになったと思いますが……欠員が4名出まして」

「なるほど……」

 そう、シンデレラオーディションだ。
 新たな輝きをテーマに開催されたそれに、私は卯月とともに最終選考まで残ったものの、あっけなく落ちたはずで。
 あの時、スクールで渡された不合格の通知には思わずその場で涙するほど悔しくはあったけど、もう縁はないと気持ちを切り替えて、レッスンに明け暮れていた。

 ……でも、そんなプロジェクトのプロデューサーが私達を訪ねて、欠員補充の名目で目の前に居る。
 その現状が、意味するところは。

「つまり、私と卯月がそのプロジェクトの再選考に、選ばれた? 」

 ……期待しても、いいんだよね?
 すがるような気持ちで言葉を紡ぎ、彼の言葉を待つ。

「はい。参加して頂きたいと、思っています」

「っ……! 」

 胸の内に湧いていた淡い期待が、裏切られる事は無かった。

 ……ダメだ、顔が綻んでしまい、戻らなくなってしまった。客人の手前だからと必死に抑えようとするも直らず、とりあえず気を逸らそうと卯月の方を見る。
 卯月も同じ考えだったようで、ばっちりと目が合った。

「ま、まどかちゃん……私……」

 卯月は、もう気を抜けば泣いてしまいそうな顔をしていて。
 私とプロデューサーを交互に見て何度も小さく頷いている彼女は、みるみるうちに目に涙を貯めていく。

「まどかちゃん、私たち、ついにデビュー出来るんだ……! 」

「うん……うん! 卯月、私たち選ばれ「まどかちゃ~~~ん! よかった、よがっだよぉ~!! プロデューサーさ~ん、わたし、がんばります~!! 」ってわぁっ! う、卯月!? 」

 感極まって、大粒の涙をこぼした卯月が椅子から乗り出し、抱きついてくる。
 プロデューサーの前で少々はしたないかも知れないが……、無理もない、かな。

「私も同じ気持ちだよ、卯月」

 ……努力しても届かなくて、それでも歩みを止めること無く夢を追い続けたあの日々が、いま報われたのだから。
 こんな時に泣かないなら、いつ泣くのか。
 この涙は悲しみによるものじゃなくて。だからこそ、一度溢れてしまえば止まらないものなのだ。

 せめて親友の泣き顔を隠せるように抱き返し、背中をさすって落ち着かせる。しばらくそうしていると、次第に私も、抑えようとする心とは裏腹にぽろぽろと涙が出てくる。
 ……せめて、泣く前にこれだけは。プロデューサーに向き直って、嗚咽をできる限り抑え、言葉を絞り出す。

「プロデューサー……私たち、頑張ります」

「……はい。よろしくお願いします」

 その時、仏頂面の彼が少しだけ微笑んだような気がした。

 その後、私と卯月が落ち着いて泣き止むまで、プロデューサーは静かに待っていてくれた。


 ◆


 去り際に、資料を持って後日訪れることを伝えたプロデューサーがスクールを去ったのち、興奮も醒めやらぬままに夕方まで二人でレッスンを受けた。二人とも、いつも以上のパフォーマンスを発揮することができたようで、トレーナーさんも驚いていた。
 我ながら現金な話だけど、このレッスンから帰ったら、自身のデビューを両親に伝えられることを思うと、自然と力が湧いてきたのだ。

「はい、これで今日は終わり! ……デビューおめでとう。気をつけて帰るのよ」

「「ありがとうございました! 」」

 レッスンの終わりにトレーナーさんへ一礼をして、更衣室へ。

 タオルで汗を軽く拭い、レッスン用のTシャツから制服に着替える。荷物をかばんにまとめて更衣室を出る前に、嬉しそうに携帯を見ている卯月に声をかけた。

「また明日ね、卯月」

「はい! 明日も、頑張りましょうね! 」

「もちろん。頑張ろうね」

 笑顔であいさつを交わしたら、足早にスクールを出て、最寄りの駅から自宅付近まで電車を乗り継ぐ。
 この間に、あえてメールなどで伝えることはしない。この大ニュースを、母に直接伝えて驚かせてみたいのだ。
 駅から降り、星がまたたき始めた空をときおり眺めつつ少々歩くと、家に到着。玄関の扉を開けて、母が居るであろうリビングルームへ向かった。

「ただいま! 」

「おかえりなさい、まどか」

 ドアを開け、リビングルームに入るや否や大きくあいさつ。このような時でも、あいさつは欠かさずに。
 母は洗濯物を折りたたむ手を少し止め、こちらを見る。

「あら、良いことあった? 」

 さすがは私の母だ。娘のことがよくわかっている。……私自身、感情がストレートに表情に出るタイプであることにも起因しているが、母は昔から、私の感情の機微に聡かった。
 しかし、今回はそんな母の予想をも大きく裏切る大ニュースだ。
 仰々しくポーズを加えて、少し得意気にデビューを明かす。

「そうなんだ! 聞いて驚かないでね……、なんと私、デビューが決まったんだ! 」

 これで予想通り、母の驚く顔が見えて……、見えて、くることはなく。
 母はなぜか、いたずらが成功した子どものような笑みを浮かべていた。

「知ってるわよ♪」

 ……あれ?
 ちょっと待って。期待した反応と違うぞ。

「……実はゆうべには知っていたんだけど、まどかには言ってなかったの。未成年の娘をスカウトしようって言うなら、まずは両親に話を通すものでしょう? 」

 ひそかな目論見が成功した母は、事のあらましを語ってくれる。

「それに、お母さんよりもプロデューサーさんから聞くほうが、まどかは驚くかなって思ってね」

 そう言い終わると、ふふ、といたずらっぽく笑う。
 ……言われてみれば、確かにそうだった。
 私が声をかけて貰える機会を得たのは、おそらく最終選考当時の履歴書を見てのこと。履歴書には、連絡先も載っているわけで。むしろ、母が知っていて当然だったのだ。
 デビューに浮かれていてその事実に思い至らないまま、大仰なポーズなどつけて得意気に話した自分を省みて、途端に顔が熱くなる。

「あら、りんごみたいで可愛いわ~」

 そんな言葉が、耳に入ってくる。誰のせいだ、誰の。
 ……それにしても、なんという似たもの親子か。デビューの事実を知った後、奇しくも同じことを考えていた(あいてのおどろくかおがみたかった)とは。
 血は争えないとは、まさにこの事だろうか。

 ――ぱしゃり。

 少しへそを曲げて目をそらしていると、いつの間にか目の前でシャッターが切られていた。
 母はどこからか取り出していたデジタルカメラを構え、こちらに屈託のない笑顔を向けている。毎度行われる不意打ちには、もう慣れたものだ。

「じゃあ、記念写真撮るわよ。ほら、笑って~」

「……はーい」

 ちょっとだけもやもやした気分になったものの、撮られるとなると妥協できないのはアイドルとしての性か。
 即座に笑顔でポーズを決め、シャッターが降りるのを待つ。……でも、この胸のもやもやは取れないままだ。

 私が自分の口から伝えたのは、驚かせたかっただけじゃなくて。私が一番見たかったのは、驚く顔なんかじゃなくて――。

「では、娘のデビューを祝って~……、おめでとう、まどか」

「……うん! 」

 ――ぱしゃり。

 シャッターを切る音とともに聞こえたのは、私が一番聞きたかった、母からのお祝いの言葉。
 そうだ。母は昔から、私の感情の機微に聡かった。

 ――カメラに向けた表情は、自然と今日一番の笑顔になっていた。





 翌日の午後、スクールに再びプロデューサーがやってきた。応接間で顔を合わせて、提示された資料を手に取り、ざっと目を通す。
 一枚目にはシンデレラプロジェクト、と題されており、企画者であるプロデューサーの名前と、大まかな方針が記されている。

「新規プロジェクトを立ち上げ、多方面にプロデュース……」

「今後、私たちはそのプロジェクトのメンバーの一人として活動することになる、と」

「はい」

 卯月と私の言葉に、さらりと返す。
 事も無げに言うが、資料によるとプロジェクトメンバーは15人を予定している。
 オーディションの時は考えもしていなかったけど、この人数をたった一人でプロデュースするとなれば、並大抵の能力では捌き切れずに最悪プロジェクトごと潰れてしまうと思うのだが。
 それでも尚この企画が通る辺り、社内における彼の有能さへの信頼が成せる業なのだろうか……。

 ペラリと資料をめくれば、参加しているプロジェクトメンバーの一覧が作成されているページに目が止まる。欠員4名を除き、全部で11名の名前に簡単な紹介文を添えたものだ。

「あの、プロデューサーさん! 」

 卯月が手を挙げて、質問する。

「何でしょう」

「私たち以外の方は、もう部署に入られているんでしょうか? 」

「あ、いえ。部署への配属は、再選考の内残り2名が決まり次第、一斉に行われることになります。……申し訳ありませんが、お二人は引き続き、養成所でのレッスンをして頂くことになります」

「そ、そうなんですか……がんばります」

 まだ見ぬ仲間に期待を膨らませていた卯月が、見てわかるほどにしおしおとしぼんでゆく。気まずそうに視線をさまよわせた後、再度資料に視線を落とした。
 その後、私も卯月もざっと目を通し終えた所で、プロデューサーが私たちに他に質問は無いかと問いかけた。それについて、卯月は今後の企画などについて色々と尋ねたものの、

「それも、企画中です」

「な、なるほどぉ~……」

 全て、企画中だった。まあ、そもそもメンバーすら確定していないので計画を立てようがない、と言った所だろうか。
 卯月が一通り質問し終えると、プロデューサーと卯月の視線が私に集まる。
 ううむ、何を質問しようか。卯月の質問で判明した、思ったより決まっていないプロジェクトの今後を除くと……、思いつくのはこれくらいだ。
 資料を机に置き、卯月にならって手を挙げる。

「私からも一つ、良いですか? 」

「はい」

 頭のなかで、質問の内容を簡潔にまとめる。……実は先日、突然の大抜擢に卯月とともに浮かれる中、同時に私たちの心の隅で気になっていたことが、一つだけあった。

「再選考の件ですが……、なぜ、私たちだったんですか? 」

「……と、言いますと? 」

 しまった、簡潔にしすぎた。これだけではわかり難かったようで、聞き返されてしまう。人にわかりやすく伝えようとするあまり言葉を圧縮しすぎてしまうのは、私の悪い癖だ。
 今度はわかりやすく伝えられるよう、噛み砕いて話す。

「私たちは、このオーディションを受けて、一度は落選しました。でも、その時の最終選考に残った人は、私たち以外にも多く居たはずです」

 あの最終選考の日、オーディション会場に居た女の子は数十人を超えていた。その全てが同じ夢を目指して、書類選考から歌唱審査、ダンス、複数人での面接などの試験をくぐり抜けてきた猛者たちだ。
 ある人は、私より歌がダンスが上手かった。中には私よりもずっと可愛くて、きれいな女の子だって居た。
 でも、そんな私も最終選考まで残ったからには、自信がない訳ではなかった。
 飛び抜けた強みは無くとも、すべてを合わせた総合力なら、どんな人にも負けない自信があったから。

 ……それでも、オーディションに合格したのは、15人しか居なかった。
 それは当然のことだけど、採用されることのなかった私たち(ふごうかくしゃ)の胸には、その現実は重くのしかかっていたのだ。

 だからこそ、そんな中で。

「その中から、なぜ、私たちを選んでくれたのか。それが気になっていたんです」

「わ、私も気になりますっ! プロデューサーさん! 」

 卯月も賛同し、私たちは静かに、プロデューサーの答えを待った。

「……」

 プロデューサーは首に手を当ててしばらく考えた後、しっかりと私たちと目を合わせ、答えた。

「笑顔です」

「「……え? 」」

 結構な思考時間から飛び出てきた、あまりにも簡潔過ぎる理由に少し驚く。
 ……え、それだけ?
 笑顔が理由たりえないという事ではなく、純粋に理由自体が短いような……。

「え、えがお、ですか? 」

「はい」

 私のつぶやきに、プロデューサーが頷く。……本当に、これで終わりらしい。

「説明不足、でしょうか? 」

 困惑する私に、プロデューサーは怪訝そうな顔でこちらをうかがう。
 正直な感想としては、説明不足ではあると思うが。
 
 卯月はどうだろうかと思い、さりげなく様子を見る。すると、卯月はいつの間にか椅子から前のめりに立ち上がっており、まっすぐにプロデューサーを見つめていた。

「いえ……、いえ!! わたし、笑顔だけは自信があるんです!! 」

 目がきらきらと輝いた、花の咲くような笑顔。……同性である私もときめいてしまう程の笑顔を持つ私の親友は、これ以上無く喜んでいる様子だった。

 ――採用理由、笑顔。
 なるほどこんなに素敵なら、立派な理由になるのかな。

「私も、ご期待に添えるよう頑張りますね」

 なら、今は良いか。プロデューサーさんともこれから長い付き合いになるんだし。このお話はまたの機会に、ゆっくり聞いてみようかな。



ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
これを読んだみなさまに、茄子さんの大吉パワーが届きますように。






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