しばらくはpixivに上げてたヤツで行くけど、新しいものは両方に投稿していくよ。
青葉「と言っても艦これの二次創作しかないじゃないですか。」
オリジナルの書き方わからなくて、でも今作ってるよ。
青葉「ちなみに提督業の方は?」
夕立と川内がもうすぐ改二になる、あと、鬼怒が出た。オリョクルの時。
ゴーヤ「地獄のようなクルージングだったでち。」&
「あーあ、やっちゃった。」
クソ提督は白い制服の袖口と、その先にいつも不健康そうに覗いている色白の手を紅く染めて、何かを諦めたようにつぶやいた。
「ごめんね、俺のわがままでぼのたんまで手を汚させちゃった。」
自分の手を見る。護身用にとクソ提督からもらったポケットナイフはいつもは銀色の光を誇らしげに放つが今はぬらぬらした紅がその刃を包んでいた。
「気にしないでいいわよ、私の好きで刺したんだし。そっちこそありがとね、私なんかの為に仕事失うどころか軍法会議にかけられたら即銃殺じゃない。」
「はははっ...」
「クソ提督。」
「ん?」
「大好きよ。」
たった今二人で殺した男の死体を前に、曙とクソ提督は朗らかに笑い合った。
「HEY!テイトクー、作戦海域で迷子を拾ったよ!」
いつにも増してハイテンションに執務室に金剛が飛び込んできた。面倒ごとを持ち込む時のあの空元気とも言えるハイテンション。
「は?迷子?戦闘地帯で?生きてる?」
「大丈夫ネー!ちゃんとお風呂に入れてマシタ!」
お風呂...?彼女達艦娘は船渠を「お風呂」と呼んでいる。まさか。
「拾ったのって...?」
「駆逐艦デス!」
「返してきなさい。元の所属は?」
「そんなぁ!可愛い幼女ですよ!」
「霧島君、これ以上資源の食扶持増やしたくないの。」
実際秘書艦の赤城も目を回すほどの自転車鎮守府運営。大型艦が多く配属される割に司令部からの支給は明らかに足りていない。大体は赤城のせいだが。頼みの綱であるオリョールクルーザー達は現在絶賛ボイコット中。
「いいじゃないですか駆逐艦の一隻くらい、大して変わりませんよ!それに...私たちが何を聞いてもあの子は答えてくれないんです。」
「...何かあったみたいだから可哀想、ってことか?まったく、その前にやることがあるだろう、赤城、司令部に連絡!ここ1ヶ月以内で戦死者出した鎮守府とその艦を照合!」
「既にこちらで...ありませんね、せめて艦種がわかれば...」
「艤装からして特型のようですが。」
「うーん...特型をロストした情報はどこにもないですね。」
夕張の作ったソフトウェアが信用出来ない訳では無いが、一応艦隊司令部に連絡を入れておくか。戦死判定が出されているかもしれない。
「それじゃあ、あの子を迎えに行ってきマース!」
「お供します、お姉様!」
金剛と比叡が執務室を出ていく。彼女らが開けっ放しにしたドアを閉めて改めて残った2人に報告をしてもらう。
「...霧島君、気になるなら行ってきなさい。」
「ありがとうございます!」
「榛名...まぁいい、随伴艦の雷に...雷は?」
「一緒に入渠してます。」
「まぁいいや、その子の入渠終わったらここに来てちょうだい。全員で。」
一時間後、雷を除いた全員が集合。
「雷はまだ入渠です。」
金剛型姉妹とは一歩離れて敬礼をするその子は駆逐艦の例に漏れず小さく華奢で、隣にいる戦艦たちの豊満な身体と比べると随分と貧相に見えた。
「オッケー...君かな?」
「...」
返事はない。
「すいません、先程私たちが聞いた時に...」
霧島に耳打ちされる。どうやら怒らせてしまったらしい。
「何してんのよ...まぁいいや、金剛型は簡潔に報告、所属不明の特型は終わるまで待ってて。」
「南方海域からの帰路、敵とその特型が戦闘中であることをみとめ、加勢に入りました。」
「加勢は誰の判断?」
仲がいいのはわかるが、この姉妹は誰かが命令以外の事をするとそのことを隠そうとする。こいつらに限って悪さはしないと思うが。
「満場一致で全員です。」
ただまっ先に返事をする者が言い出しっぺなのはもうわかっている。
「榛名ね、わかった。それで?」
「残弾が心許なかったので射撃の上手なお姉様と霧島に、私と榛名の徹甲弾と通常弾を譲渡、榛名が紫雲、私も偵察機を出して弾着観測を行い、第一射目で夾叉を確認、二射目が至近弾にとどまり、三射目で敵随伴艦軽巡を撃沈。四射目で艦種は分かりませんが一隻。」
「訂正です、四射目でさらに敵旗艦に命中弾、小破させています。そしてその隙に特型が旗艦に二度発砲、大破させました。」
「その後敵健在艦が旗艦を曳航しつつ逃走しました。」
「了解。こっちの損害は?」
「無し。あー、私の眼鏡がもうそろそろ寿命です。」
そう言って霧島は眼鏡を外す。フレームにも少しサビが出ていた。もう耳かけを畳むことは出来ないだろう。船の上や海のそばではなく、直に海の上で活動する彼女達は、身につけているものへの塩害が激しい。海に出る時は極力アクセサリーの類は外させているが、眼鏡はどうしようもない。艤装はコーティング対策をしているが、個人の所有物にはそれが不可能だ。
「わかった、今度新しいものを買いに行こう。週末は暇か?俺もそろそろ買い替える。」
「ありがとうございます!やっぱり地上でも?」
「いや、こないだイクに飛びつかれた時にフレームが死んだ。」
提督さんは何をしても怒鳴らないけど実は怒ってますよ、海のスナイパーさん。君のせいでフレームにセロハンテープ巻いてるんですよ。
「霧島だけデートデスかー?ズルいデース!」
「お姉様、お土産期待してください!」
「はい、それじゃあ金剛型は今日はもう自由にしてていいよ。赤城さんもお昼食べてきな。」
「了解。」
ほかの娘がいなくなって、件の駆逐艦と二人きり。やましいことをするつもりではないが、さきほど怒らせたらしい金剛型を配慮してだ。そのうち雷が来るだろうし。
「所属と艦名は?どうして単艦でここの管区まで流れてきたの?」
「...」
「敵?味方?」
「...」
「返答なしならここで敵とみなして射殺するけど。」
「...」
「仕方ない。」
机の引き出しを一定の手順で開け、そこに隠してある拳銃を取り出す。弾は薬室に入れずに保管してあるから、コッキング。
「もう一度聞く、敵か、味方か。」
「...味方よ。」
「そう、じゃあ次、艦名は?」
「特型駆逐艦の曙。」
「所属は?」
「...」
「じゃあどうしてあそこにいたの?」
「漂流してただけ。」
「単艦で?」
「みんな沈んだ。」
「...あぁ...ごめんね。」
「あんたが謝ったって何も変わらないわ。」
「...脱柵?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
「脱柵者で調べるか...」
「待ちなさい!」
「どのみち君の軍規違反は割と罪重いよ。」
「待ちなさいってばこのクソ提督!」
「...君口悪くない?割と傷つくよそれ。まぁいいや、脱柵者も該当無し...野良の艦娘なんて聞いたことねぇぞ。」
パソコンの表示には脱柵者、または前科のあるものが映し出されるが、その中に特型駆逐艦はいなかった。てかうちの艦娘何人か前科持ってんじゃねーか。おい金剛型貴様ら俺に嘘ついてイギリス行きやがったな。
「もういいでしょ?早く私を解放して。」
「何処に?」
「そりゃ、海でも陸でもどこでもいいわ。助けてもらったことには感謝するけどもう私とはかかわらないで。」
「...今度こそ死ぬよ。」
「皆どのみち死ぬじゃない。」
「じゃあわざわざ急ぐことは無いだろ?ここにいなさい。たぶん前のようにはしないから。」
ともかく脱柵なら前の配属先で何かがあったのだろう。ここまで荒んでいるのだ、この子は傷ついた側だ。
「...そんなんで信用するとでも?」
「信用しろなんて言ってない。ここにいろと言ったんだ。」
「嫌よ。」
「兵士なら命令に従え。」
「嫌だって言ってるでしょこのクソ提督!」
「...わかったよ。君がそこまで言うなら...」
「待つデース!」
金剛型がドアを蹴破って入ってきた。
「テイトク、その子は私たちが拾いマシタ。だからその子のジンジケン?は私たちにありマース!」
そう言って金剛は曙を羽交い締めにして離さない。
「...だ、そうだ。お前拾われた猫みたいになってんな。」
「...うるさい。」
「じゃあ君たちに任せるよ、あと俺まだイギリスのお土産もらってないんだけど。」
「...お、お姉様、お茶が冷めてしまいます、は、早く戻りましょう...」
「そそ、そうだね比叡クン。」
「許可は出すから次からは俺に一言言いなさい。脱柵者名簿に載っちゃてるよ?」
「以後気をつけます...」
「スミマセンデシタ...」
「なんでバレてるんですか!」
「実は向こうの地方新聞に載っちゃったのネー...それが司令部に見つかって、なんとか提督だけにはバレなかったけど個人的に司令部の長官に直で叱られマシタ...長官も提督には伝えないでくれたのデスが、まさか名簿が存在するとは...」
「...まぁちょうどいいんじゃないですか?」
「それもそうね!手間が省けマシタ!」
聞いている限りどうも話の内容が不穏だ。司令部長官なんて曙自身直で見たことすらない。
「アンタ達何の話をしてるの?」
「...知らない方がいいこともありマス。アナタはこれを知るには提督を知らな過ぎです。」
翌日、クソ提督に呼ばれて執務室に行った。
「クソ提督、入るわよ。」
「はいよ。」
「何よ、要件って。」
「ちょっと頼まれて欲しいことがあってさ。」
ここに来てまだ二日目だというのになんだ?しかしこいつは寝ていないのか目の下にまっ黒な隈が出来ていた。
「何?」
「今から出撃できる?」
「はぁ!?」
あまりに突飛な要求だった。こいつもそう感じてか顔の前で両手を合わせた。
「頼む!今日手空きの駆逐艦が足りなくて!」
「何があったのよ!」
「クルーザーたちがボイコット終了の条件に演習で勝負を...でもウチは見ての通り対潜攻撃のできない大型艦がほとんどで、雷一人では彼女達には勝てない。」
「それで、私をってわけね。まぁいいわ。艤装はどこ?」
乗ってやろう。拾ってもらった恩がある。それに資源がなくて飢えるのもごめんだ。修理してもらえずに放置されるやつを見るのも。
「工廠二番格納庫第八艤装保管庫に本体、武装は武器庫に、そのほか装備品は武器庫横の建物にある。弾薬と燃料は第二格納庫で補填できる。」
クソ提督は簡単な地図を書いて説明する。手際の良さは素直に感嘆するが惜しむらくは字が汚い。
「わかった。じゃあどの装備で出たらいい?」
「お好きなように。雷はもう出撃準備始めてるから。」
「もっと早く言いなさいよ!」
急いで第二格納庫へ向かう。戦艦や空母の偽装が並ぶ中少し貧相なものが一つだけあった。それを背負って武器庫で爆雷、次にソナーを装備。ここでは使う者がいないからだろうか、その装備はどれも新しくぴかぴかで、装備自体の性能もかなり高いものだ。この装備があれば、旧式の装備以外に例えば電探だけでも新しくしてくれたら、例えばあと少しだけ主砲の仰角を上げてくれたら、僚艦を何度も失わずに済んだのに。
埠頭に向かうとやはり雷が待っていた。
「ごめんなさい、遅れたわ。」
「気にしないで。」
雷の顔に擦り傷があった。よく見れば服も少し汚れている。転んだのだろうか。
「その怪我、どうしたの?」
「さっき転んじゃって、大丈夫よ。」
何故消毒なり絆創膏なりしないのだろう。海水が触れたら痛いではすまない。
「ちょっと待って。」
救急箱からもう殆ど残っていない消毒液と、絆創膏を取り出す。
「沁みるから、我慢して。」
「んっ...」
目をつぶって痛みを堪える雷に、少々危ない気を起こしかけた。
「ありがとう。さぁ行くわよ、絶対に負けないんだから。」
雷が振り向いたその瞬間、沖の方から風が吹いた。雷の髪が舞い上がる。
「朧...」
見慣れた絆創膏は、前に姉に貼ってあげたのと同じ場所で、風に舞った髪から覗く目はかつての彼女と同じくらい輝いていて。
「え?ちょっと!どうしたのよ!」
すぐ近くに居るはずの雷の顔がぼやけ、そうなることでさらに姉を思い出す。
「...くぅ...おぼ...ろぉ...」
「曙!どうした!?」
演習を見に行こうとたまたま埠頭にいた提督が駆けてくる。
「わからない。振り向いたら泣いてて...」
「大丈夫か?雷、イクに連絡。演習中止だ。」
「わかったわ。」
「曙、ちょっといいか?」
提督におぶられて執務室に運ばれる。人が来ないようにという配慮だろうが、着く頃にはもう涙は止まっていた。
「思い出した、かな。ごめんね。」
「違う、違うの。」
ふわふわのソファに私を座らせその隣に腰掛けた。ソファが沈んでクソ提督に倒れかけた。
「あ、ごめん...」
「...しばらくこのままでいて...お願い。」
「ん、わかった。」
そう言って抱き寄せられた。
「細いな...」
「別に...」
離れたくない。そう思った。出来ることなら今この場で死ねたら幸せかもしれない。そういうことか。金剛たちが言っていた事は。こいつのそばにいたいのだ。そのために異動と共に昇格すら捨てているのだ。こんなに暖かければ。こいつが司令官だったら、潮も漣も朧も喪わなかっただろう、そんな気さえしてくる。こいつは絶対にあんな戦略は立てない。
「...ん、クソ提督?」
「あぁ、起きた?もうすぐご飯だから、ちょっと待ってね。」
ずっと私に膝枕をしていたのだろうか。仕事は?急いで離れる。
「もう少し横になってな。」
「でも、仕事が...」
「終わってるから。」
クソ提督は持っていた端末とパソコンを繋げる。
「OK、あとはダウンロードだけ...」
体をソファの背もたれの方に向ける。
「ねぇクソ提督、私、ここにいていい?」
「いいよ。君はここのメンバーだ。」
「...ありがとう、クソ提督。」
あーびっくりした。リアルツンデレって初めて見た。これで別に〜なんて言ってくれたらマジ歓喜。
「クソ提督、夕飯持ってきたわ。」
「ありがとね。」
「...ついでよついで!別にクソ提督のために持ってきたわけじゃないから!」
キタアアアアアアアアアアア!!!カミサマありがとう!今まで神様なんていないなんて思っててごめんねぇえええ!
「何ガッツポーズしてんのよ。」
「いや、何でもない。」
「ね?言ったでしょう?可愛い子だって。」
「予想以上の破壊力だった。」
週末、約束していたメガネ屋の帰りに霧島と喫茶店に寄る。そこかしこに金剛から監視の命令を受けたのだろう非番の重巡がいるがまぁ見えなかったことにしよう。だが青葉、貴様は別だ。
「ごめん、ちょっとトイレ...」
「あら、提督もですか?私もちょっとマイクのチェックを。」
青葉はまだ自分が狩られる側にまわったことに気づいていない。
「カメラさん、チェック、ワン、ツー...」
「ヒエェ!」
「あれ?比叡もいたの?」
「ば、バレちゃいましたかー...それじゃ、青葉は帰りますね!」
霧島と顔を見合わせる。アイコンタクトだけで要件を済ませた。
「じゃあ。」
「話を聞かせてもらいましょう。」
「比叡?」
「口を割るまで返しませんよ?」
「ヒエェエ...」
比叡折檻は鎮守府に戻ってからということにして逃げた青葉の拘束を衣笠に命じた。
「このあとどうします?結構中途半端な時間ですよね。」
喫茶店を出てもまだ日が少し傾いたくらいの時間だった。眼鏡屋の時間も考えて中途半端に三時間。いつもならカラオケにでも行くが、今日に限ってこの近くにはない。
「映画とかどう?」
あまり霧島は画面に映るものを好まない。ダメもとでの提案だったがこれしか時間を潰す術はない。
「いいですね。私最近映画化したフリート・コレクターっていう映画が観たいです。」
「いいね、俺もまだ観てない。」
映画館に入ってチケットを買う。結構空いているようだ。原作は人気のオンラインゲームだが、霧島は榛名に勧められたのだという。
「提督は知ってたんですか?」
「うん、結構攻略進めてるよ?金剛も割と古参プレイヤーだったはずだね。」
「部屋でお姉様がゲームをしているところを見たことがありません。」
「だろうね。基本みんな仕事中に...今の無し。」
「はい...?」
「まぁいいや、早く行こう。」
空いているとはいえ、真ん中の方の席は取れなかったから少し右寄りの席に座る。スクリーンではお決まりの注意事項が映されていた。
「始まるまで暇ですね。そういえば曙はどうですか?」
「あぁ、あの子凄いよね。かなり練度が高いよ。」
「もう出撃させたんですか?」
「潜水艦との演習の話は聞いたでしょ?」
「本当だったんですね...」
「雷とほぼ互角の戦果だった。」
「前の鎮守府には結構大きな損失ですね、それは。」
「でもちょっとおかしなところがあってさ。あの子ソナーの使い方知らなかったんだ。」
「え?」
「正確には新型の装備の使い方。おかしいだろ?雷とタメ張れるのになんで装備を知らないのか。」
「対空専門なんじゃないですか?」
「でもここに来た時高角砲どころか対空機銃すら持ってなかった。」
「結構ブラックだったのですね、前のところは。」
「そうみたいだね。ってもまぁ要請があれば返さなきゃいけないんだけど。」
「ないんじゃないですか?大切な艦ならすぐに捜索を始めるはずです。さあ始まりますよ。」
二時間と少しで映画は終わる。
「どうでした?」
「...フェブラリィショック、再び...」
「さ、眼鏡回収して帰りましょう。提督、押しキャラが二度死んだくらいで泣かないでください。」
霧島に手を引かれ眼鏡屋へ。途中金剛の好きな茶葉を買った。
「榛名には何にしようか...」
「ただいま。」
「おかえりなさい、クソ提督。」
執務室に戻ると曙がいた。
「...どうしてここに?」
「別に、クソ提督に用があっただけよ。」
「どうしたの?」
「私は、ここにいていいのよね?」
「そう言ったじゃないか。」
「...そう、クソ提督、明日の演習相手...」
「あそこなのか?」
曙は頷いた。
「明日は自室から出るな。お前の存在にも箝口令を敷いておく。...安心しろ、お前はここのメンバーなんだ。」
「...クソ提督、こないだのお願い。」
ソファに座り直す。すぐに隣に曙が隣に座った。
「さぁて、今日の演習は本気だそうかな、金剛、旗艦頼んだ。随伴艦はいつも通り雷と太鳳と飛龍。赤城さんそんな目でこっちを見ない。君を出す度にクルーザーがボイコットするんだから。」
「...はい。」
彼女の消費するボーキサイトはバシー島周辺で手に入るが、そこに行き着くまでに対潜装備の駆逐隊の待ち構える海域を通らざるを得ない。それは潜水艦にとっては危険なことである。決して彼女の練度が低い訳では無い。寧ろうちの空母では最高練度の艦だ。それゆえに消費も馬鹿にならないのだ。
「提督、相手の指揮官がお見えになりました。」
「了解。ありがとね。」
「い、いえ...」
「さぁ、状況開始だ。勝ったら美味しいものを食べに行こう。赤城も来てね?」
「はいっ!」
建物の前で曙の前の指揮官は待っていた。ドアを開けずに様子を伺う。
「全く、こんな炎天下に人を待たせるなど...若く指揮官の立場を手に入れたからと言って...」
「すいません、もうすぐだと思うので...」
何故か秘書艦が謝っている。そういう所か。まぁそれが悪いとは思っていない。寧ろ軍としては指揮官が部下に舐められているここの方が異常だ。
「貴様には聞いておらん!全くさっさと...」
思い切りドアを開ける。精一杯昔那珂に教わった愛想笑いを振りまきつつこれまた那珂に教わったハキハキした声で挨拶を述べる。
「すいませんお待たせして。少々海上で問題があったようで。」
「そ、そうか...」
「こんなクソ暑い中で待たせてしまったようで、さぁさぁ中へ。応接室はクーラー効かせてますが、どうします?管制室の空調が現在故障中でして...」
「仕方ない、君と私で作戦を立てあってみよう。応接室には海図があるかね?」
「すべて揃っています。」
「そうか、大潮、管制室へ行け。何かあったら随時報告。」
「はい。」
「それでは、私もさっきのゴタゴタの経緯確認しに行ってきます。すぐ戻るので待っていてください。」
ドアは締めた。
「大潮。」
「はい、何でしょう?」
「ちょっと、いいかな?」
「え?っちょ...待っ...いやぁ!」
「提督!それじゃ誘拐です!」
「え?」
「ほらもう、大潮さん泣いちゃってるじゃないですか!」
赤城が大潮を回収。
「全く、ただでさえ朝潮型はガチなんて言われてるんですから。」
「...すまない、他意はないんだ。だがちょっと問題があってね。」
「...グスッ...なんですか?」
「君んとこの曙、今ここにいるんだけど。どういうことだか説明してくれるよね?」
途端に大潮の目つきが変わった。
「知りません!何も!」
そのまま応接室に駆けてゆく。
「待ちなさい!」
「ヤバッ、曙のこと向こうに知れたら...」
「やっちまいましたね。追いましょう。」
「いや、それこそドツボでしょ。相手の出方を待つか。」
しばらくすると大潮は戻ってきた。
「さっきはごめんね。司令官は何だって?」
「先程は取り乱してしまい申し訳ございません。まだ報告はしていません。」
「よかった、それで?君のところでは何が起きてるの?」
「言えません。」
「どうして?」
「それを言ったら曙さんのことを司令官に話さなくてはならなくなります。」
「そ、じゃあいいよ。無理言ってごめんね。...君も辛くなったらここに来な。」
「...ありがとうございます。」
管制室から応接室へ戻る。既に海図が机に広げられていた。
「今日は、夜戦もやるんですよね?」
「お願いする。」
「それじゃ、始めましょう。」
頭の中で現在の双方の陣形が展開される。自分の艦隊がどう動くのかは勘や想像でわかる。
「さぁ、私は大日本帝国海軍少将市原 源太!いざ参る!」
「さぁ来い少将。我、大日本帝国海軍中将岩崎 徹男!我が精強なる艦隊に逃げの二文字は存在しない!さぁ、来い!」
双方勢い良く啖呵をきったが所詮戦うのは自分たちではない。
「じゃあまずうちの大鳳が烈風を射出、続いて流星も飛龍から発進。」
「多分我々を捉えられない。」
「それはどうかな?日向最上両名も索敵機を飛ばすはずです。」
「まぁ罠を貼ってあるんだがな。」
「最上あたりが引っかかりそうだな。っと、ここらで金剛と霧島が分離、雷が追従。」
「どうしてだ?」
「さぁね、単純に足の速さじゃないかな。」
ドアがノックされた。
「失礼します。最上艦載機が五隻の水雷戦隊を発見。」
「クソッ本命が先に捕まりやがった!」
「追記第二次攻撃隊が岩崎艦隊から出撃、第一次隊は帰還途中に単艦行動中の巻雲を撃破。」
大潮は報告を終え戻っていく。
「第三、第四次攻撃隊発進、第一次はそのまま待機。」
「ま、待ってくれ、私はまだそちらの艦隊を見つけてすら...」
再度大潮が報告に来る。
「神通、川内の艦載機全滅、我が水雷戦隊は空の目を潰されました。」
追加で赤城も報告に来た。
「現在航空隊による攻撃で秋月を除く市原艦隊撃沈判定。こちらの航空隊は二機が撃墜判定を受けました。あと数分で先回りした金剛達と最上、飛龍、太鳳の挟撃が可能です。」
「...白旗だ。」
勝負はついた。結果はこちらの圧倒。
「では、そちらの秋月に摩耶と愛宕、軽巡には最上と日向、伊勢をつけて個別に訓練。他はうちと合同訓練でよろしいですか?」
「...あぁ。」
「では、後ほど夜戦演習開始時刻に。うちの鎮守府の見学でもなさってください。榛名に案内させます。」
「そちらは?」
「野暮用がありまして...二時間ほど街へ出ます。あぁ、寮は個人情報の塊なんで立入禁止でお願いします。」
「わかってるよ。」
街へ出るなんてのは当然方便で、真っ直ぐ曙の部屋に向かった。
「どうだった?」
「どうって言われてもな、まぁ俺とは全く方針が違うね。」
「...でしょうね。座りなさいよ、上官を立たせたままなんて気分が良くないわ。」
そう言って曙はベッドに腰掛ける。椅子を空けてくれたのだろうか。
「違うわよ、こっち来なさい。」
曙に隣に座るよう指示される。もういつものこととなった曙の行為だが、やはりどうしても近すぎる。あまり宜しくない気を起こしそうだ。
「寂しかった?」
「別に、私は一人の方が...やっぱ今の聞かなかったことにして。一人は嫌。」
そのまましばらく曙を抱きしめ続けた。いつの間にか寝てしまった曙を起こさないように極力動かないで。日がだいぶ傾いている。携帯が鳴った。そのせいで曙が起きてしまった。
「ごめんね。」
「...夜戦?行ってらっしゃい。勝ちなさいよ。」
「アイ・サー。」
「クソ提督!」
部屋を出ようとすると曙に呼び止められた。
「どした?」
「あの、い、いつも...ありがとう...」
「どういたしまして。ねぇ曙?」
「何よ、早く行きなさいよ。」
いつの間にかいつもの曙に戻っていた。それでも構わない。曙を怖がらせないように近づいて、正面から抱きしめる。自分の拍動は曙に聞こえているだろうか。
「く、苦しい...」
「あ、ご、ごめん...つい。」
「なんなのよ急に!」
「...ううん、忘れて。本当にごめん。」
我ながら卑怯だ。誇り高き軍人様と鯱張っていたのが恥ずかしくなるくらい卑怯で無様な。そして逃げるように部屋を出た。
「夜戦開始!」
赤城の号令で双方陣営が動き出す。メインモニターには各艦の位置、被害状況、残弾数、燃料の残りが表示されている。
「条件はこれで良かったですか?」
「あぁ。」
夜戦のシチュエイションに適した状況を作るため、各艦の燃料弾薬を制限し、管制室との連絡も緊急時以外は断絶といういささか厳しすぎる設定になっていた。
「しかし燃料制限が来るとうちの艦隊はキツイなぁ。動き回れるのは雷だけですね。」
「対してこちらも先の昼戦の結果から夜偵は飛ばしておらん。」
「いいんですか?」
「最上たちと市原艦隊が接触!飛龍撃沈判定、太鳳小破、最上中破!川内の砲撃が最上に命中、飛龍は秋月と神通の共同撃沈、大鳳については誰の戦果か確認できず。また、市原艦隊は神通大破落伍、秋月撃沈最上の魚雷と砲撃でした。」
モニターを見ると大鳳が最上の盾になりながら残った川内を最上に砲撃させているように見えた。しかし、次の瞬間最上、太鳳共に撃沈判定が出された。そして、謎のGPS反応が現れる。誰かが乱入したようだ。程なくして最上達と交戦していた市原艦隊の川内にも撃沈判定。
「何が起こっている!」
「ウチの馬鹿が乱入しました。赤城!緊急回線繋げ!」
「はい!」
「演習中の全艦へ命ず、ただ今何者かが演習に乱入した。金剛、霧島、雷、巻雲、夕立、時雨は全力でこれに勝て!」
『誰ですか!?その馬鹿は!』
「ウチの誰かだ!さっさと迎撃準備!沈められるぞ!」
ものの数分で迎撃体勢の金剛以下6人は沈められた。
「岩崎中将、隠し玉でも持っていたのか?」
「...いえ、謹慎中の者が抜け出したようです。後できつく言っておきます。」
GPS反応はほかより一足先に埠頭へ戻り、格納庫で消失した。
戻ってきた艦隊に詳細を説明される。空母二隻と重巡に対しては軽巡二隻と駆逐艦は健闘したが、たった一隻の乱入で敵味方ともに全滅。イレギュラーな事態だが、その分課題も多く見つけることが出来た。
「提督。」
「どうした?」
霧島に少し離れたところに連れられる。
「乱入ってやっぱりあの子ですよね?」
「あぁ。」
「あの子、かなり危険です。私達や元は船先を並べた彼女たちに躊躇なく砲口を...」
「ねぇ霧島。」
「はい?」
霧島に拳銃を向けにっこり笑ってトリガーを引く。
「...趣味の悪い冗談ですね。」
霧島の額に赤い光点が映し出された。
「あの子は戦場の地獄を見たんだ。所詮撃っても人が死なない訓練なら一切の躊躇はしない。」
「...」
「あの子にとっては訓練用のシュミレーターが組み込まれた砲はこの玩具と変わらないんだ。だからこそ一切の遠慮なく君達を殲滅できた。」
「私たちの経験不足って事ですか?」
霧島はすこし落ち込んだ様子だった。
「そんなことは無い。ただ、あの子の方が辛い目を見てるってだけ。もちろん俺は他の誰にもあの子と同じ思いはさせないよ。」
「...」
「さて、曙を労いに行ってきます。金剛に演習旗艦のサインもらっておいて。」
提督が部屋を出ていって少し経つが、曙は未だに提督の行動の真意を掴みかねていた。明らかに速い提督の鼓動とそれと同じくらいに速くなる自分の拍動。
「い...いや、そんなわけないから!」
提督の鼓動が速かったのはその後の戦闘訓練のため。自分のは...わかっている。でも、こんな不純な気持ちのためにここにいたいだなんて知られたくない。気持ちに整理がつかないまま、いつの間にか埠頭に来ていた。
「部屋から出るな。って言われてなかったか?」
夜偵を飛ばしている航空戦艦がいた。
「別に、バレなきゃいいんでしょ。」
つい口調がキツくなる。でも後悔しても言葉は戻ってこない。
「溜まっているなら、発散すればいいさ。」
「どうやって。」
「...私だったら、すぐそこで戦争ごっこしてる奴らと遊ぶな。」
「...こっちの事情知ってての提案?」
「なぁに、バレなければいいのさ。」
そう言って航空戦艦は笑う。
「よし、行ってきます!」
シャワーで汗を流し、部屋に戻るとすぐに提督が駆け込んできた。きっと怒られる。命令違反に加え仲間へ銃口を向けている。
「何?」
「...演習結果を伝えに来た。」
「はぁ!?」
斜め上の言葉に素っ頓狂な声を上げてしまった。
「重巡最上撃沈一大破撤退一、金剛小破一、曙撃沈九...暇だったのはわかるけどこれじゃ演習にならんのよ。まぁ金剛達は一発も撃ってないけどさ。」
「どういうこと?」
「曙が被弾判定出たら市原にバレちゃうでしょ。まぁいい。取り敢えずお疲れ様。」
「...怒らないの?」
「面白かったからいいよ。」
そう言って提督は笑う。笑いながら少し寂しそうな顔をした。
季節が変わり、もうそろそろ寒くなってきた頃、掲示板に張り出した出頭命令を受けて曙が執務室に来ていた。その前には一枚の紙。
「どういうことよクソ提督!」
「どうもこうも、艦隊司令部からの命令ですよ。」
「ここにいていいって言ってたじゃない!」
「俺かて手は尽くしたがどうにもならん。市原もうちに戦闘員を送り込む勢いだった。」
「そんな!納得いかないわ!」
「納得も何もお前の配属は向こうだろう!」
「ッ...わかったわよクソ提督!」
それから、曙は自室に籠ったまま出てこない。金剛やいつ仲良くなったのか日向までもが彼女の心配をしているが、誰も部屋に入れた者はいない。
「提督...」
「わかってるよ、赤城。ごめん、この書類頼んだ。」
「了解です。」
曙の部屋に走る。ドアをノックしながら息を整えた。女の子の前でハァハァいうのは絵面がマズイ。苦笑しながらドアをノック。
「曙、いるか?」
...返事はない。でもドアの向こうにいる。鍵を開ける様子はなかったからドアにもたれかかる。
「曙。」
「...待ってて。鍵開けるから。」
カチャと音がして鍵が開いた。曙がドアを開ける。うつむいたまま、顔をあげない。いつかのように、ベッドに並んで座ったが、いつもと違って曙は身体を寄せては来なかった。
「ねぇクソ提督、私って邪魔だった?」
そんなことは無い、ありえない。だって俺はお前のことが好きだから。そう言いたかった。でもそんな事言う権利は俺にない。言ったじゃないか、金剛たちに。これ以上食い扶持を増やしたくないと。
「答えなくていいわ、わかってる。」
曙はまだ顔をあげない。
「気に入らないならさっさと外せば?別に、構わないし。」
最後の最後に曙の声が少し震えた。やはり泣いている。
「曙、こっちむいて。」
「嫌よ。あんたの顔なんて見たくない。」
「じゃあ目を瞑ってていいから。俺も目を瞑ってるから。」
その条件で、ようやくこちらに顔を見せた曙の泣き腫らした瞼が刺さる。身体を抱き寄せる。曙はまだ目を閉じたままだ。そして口付ける。
「俺だってできればこのまま曙を抱きしめ続けたいよ。ずっと俺のそばにいて欲しい。俺は曙が好きなんだ。どこにも行って欲しくない。」
曙は既に目を開けていたけれど、もう一度唇を重ねた。さっきより少し深く。曙は拒否しなかった。
「クソ提督...」
どっちからかはわからない。だけど腰掛けていたベッドに二人で倒れ込んだ。
それから曙は部屋から出てくるようになり、俺は曙がいなくなる日まで毎日曙の下へ通った。
「お姉様...わかっていたでしょうに。」
「納得行かないデス!」
「で、あんたたちは私に何の用?」
変なやっかみを引き受けてしまったようだ。
「アケボノ!勝負デス!」
「...いいわよ、やってやる。」
「ちょっとお姉様!曙まで!」
「提督を呼んできます!」
榛名と霧島は走っていく。多分あいつは来ない。来ないけど執務室の窓から私を見ているだろう。ならしっぽ巻いて逃げるなんてできない。
「実弾でいいわよ?」
「望む所デス。」
「提督から一つだけ禁止事項があるそうです。」
やはり用件だけ榛名に託して自分は降りてこない。
「実弾の使用は禁止、それ以外は自由にしろ。らしいです。」
あいつらしい、私たちの戦いの邪魔を嫌う命令だ。そういう所が好きだ。
「...悔しいけど、私の負けデスネ...」
7回やって引き分け6の最後に勝った。燃費の差という僅かなアドバンテージは最後の最後に勝利の女神を呼び寄せた。
「これをあげます。」
渡された花の髪留め。ミヤコワスレだ。
「カワイイ花だったので、曙に似合うと思います。」
花言葉は、しばしの憩い、短い恋。少し金剛の嫉妬も混じっているようだ。
「花言葉もぴったりデス。しばしの別れ。...またすぐに会えマス。必ず。」
「...ありがとう...」
其の日の夜、提督とともに電車で前の鎮守府に戻る。
「曙、もう寝た方がいい。」
「眠れないの。」
寝台列車は長いトンネルに入った。寝たら、朝になってしまう。少しでも長くこいつのそばにいたい。金剛からもらった髪留めは、今はポケットの中。
「クソ提督、私たち、また会える?」
「あぁ。」
「本当に?」
「すぐにまた会える。」
そう言って提督は鞄の中から小さな箱を取り出した。
「嫌だったら捨てていいから。」
そう言って左手の薬指に指輪を嵌められた。嫌なものか。ずっと欲しかった。こいつと私が“そういう関係”だという何か証拠のようなものが。
「ごめんね、虫除けみたいなことしちゃって...俺のわがままだけど、曙には誰にも触れて欲しくないんだ。」
つい押し倒したのはトンネルの中の騒音もあってだろう。しかしすぐにトンネルを抜けると周りの音が消えた。
「曙、今日はもう寝よう。明日が大変だ。」
そう言いながらも、提督は私が寝るまでそばを離れなかった。
「岩崎中将ですか?」
「...」
「岩崎中将ですよね?」
どうやら俺のことのようだ。
「なんだ?えっと...佐々木少尉?」
名札と階級章を確認する。
「お迎えに上がりました。」
「もう少し待ってくれるかな?移動で疲れているんだ。」
駅の待合室には俺と寝ている曙と彼しかいない。早朝だからだろう。あと一時間もすればラッシュアワーに巻き込まれる。
「わかりました。」
「ありがとう。」
十分程で曙は目を覚ました。
「おはよ。」
「...おはよう。」
少尉に連れられていく曙の背中は小さかった。二人に背を向ける。これ以上あの子を見ていたら少尉を殺してしまいそうだったから。16秒で銃は組み立てられる。ナイフは0.2秒もあれば彼の喉に突き立てられる。その後曙とどこか遠くに逃げよう。誰も知らないところへ行こう。
「Enough is enough!」
もうたくさんだ。あの子の泣く顔を見るのは。蹴り上げたゴミ箱は大きく軋んで抗議する。構うものか。そこにただたっているだけで役目の終わるお気楽なモノのくせに。
鎮守府に帰ると何も変わっていないかのように日常が過ぎ去る。自分自身、以前と変わらずに仕事を続けている。以前と変わらず?以前っていつだ?曙がいなくなる前か、それとも曙が来る前か。曙がいた時とは違う。ことある事にそこのソファに一緒に座っていたから仕事なんて全然捗らなかった。でも、充実していた。赤城にいつもより多く仕事を回してしまったがそれだって誤差の範囲に収まるように夜遅くまで書類と液晶と睨み合っていた。あれから三日がたっただろうか、大潮から連絡が入った。
「久しぶり。」
「...お久しぶりです。司令官。」
駅に迎えに行くと曙程ではなかったが、今の大潮も大概酷く泣き腫らした顔をしている。うちにはそんな顔をした駆逐艦が集まるのかね、君たちが泣くところなんて見たくないのに。
「...司令官...早く、曙を助けてください。」
「どういうこと?」
「話します。全部。」
大潮の話はにわかには信じられない、普通の感覚を持っていたら理解はできないものだった。
「捨て艦って、その戦術は...」
「はい、軍規に反しています。」
「誰もそれを司令部に言わなかったのか?」
「言おうとした者は殺されました。基地の武器管理は徹底されていて、その使用権限は司令官と彼に癒着した基地守備隊にしか与えられず、艤装も旧式の物しか与えられなかったので地上では...」
「それで、曙は脱柵を?」
「彼女だけではありません、捨て艦で戦死した漣以外の第七駆逐隊は全員で海に出ました。」
「それじゃあ、エスケープキラーが艦娘の中にもいたわけね。」
そういった途端、大潮の顔が歪む。そういうことかよ。どこまで、どこまで下衆なんだ市原 源太!
「私が、朧を殺しました。それだけじゃない、曙には勝てないとわかっていたので少しでも彼女が戦いにくくなるように敢えて僚艦ばかりを撃ちました。案の定、潮は動けなくなり、程なくして自決。曙は...」
「もういい、喋るな。」
大潮の言葉を遮った。そうしないとこの子は壊れてしまう。
「もういいよ、もういい。何も言うな。うちに来い、ていうか俺が前にここに来いって言ったから逃げてきたんだろ?」
「...はい。」
「もう大丈夫。」
大潮は赤城に預けた。基地守備隊には常時対人警戒をするように伝えた。一切の攻略中海域を放棄してすべての艦娘を基地の防衛の当てた。指揮権は金剛に託した。
「さて、戦争を始めますか。」
電車を降り、曙を見送ったあのホームを駆ける。自動改札機を通り過ぎ、整備員から借りたツナギに着替えて市原の鎮守府に向かう。タクシーに揺られ数十分、鎮守府が見えてきた。
「ドライバーさん、ここでいいです。」
「まだ1kmはあるよ?」
「最近太っちゃって、最後の1kmは歩くことにしてるんです。」
「そうかい...2680円だ。」
「じゃあこれで。」
カードで支払いを済ませる。現金はあまり持ってはいない。しばらく歩くと塀が見えた。監視システムがうちと同じなら、穴はある。そこを狙いすませばいいのだ。監視カメラ、電気柵、熱源探知システムそのすべてが一瞬だけ作る死角。そこに体を滑り込ませた。死角は一直線に工廠まで続いている。あそこに入ればもうこちらのものだ。佐々木の協力は既に取り付けてあり、地図、戦闘員の人数、配置は彼から情報をもらった。工廠の中は作業服が紛れるだろう。短期決戦。工廠の屋根裏でAR-7を組み立てる。機材の死角に隠れて夜を待った。
「...岩崎中将...なんてところにいるんですか。」
「んあ?あぁ...おはよ。」
佐々木が起こしに来てくれた。彼も小銃を持っている。
「いい鉄砲じゃないか。」
「一応守備隊の中では偉い方ですから。」
2000ドルはするその銃は所々ハンドメイドのパーツが組み込まれていて、まさに佐々木専用の一丁と言ったふうだ。そのパーツに見覚えがあった。
「守備隊側に味方は何人?」
「私の部隊以外は全員敵です。」
87対6...その差は15倍。先に守備隊を皆殺しにしよう。
「隊長?」
「あれ?栗原!」
佐々木の部下に知った顔がいた。というより全員元岩崎小隊のメンバーだ。
「じゃあ背中は預けていいな?」
「お任せ下さい。」
佐々木は侵入者発見の報を入れる。これで守備隊をおびき出せるはずだ。
「隊長、その銃まだ使ってたんですね。」
元部下のひとりが銃を指さして言う。佐々木の銃にも手を加えていた奴だ。
「新しいのが欲しいんだけど、まだこいつが元気過ぎて。」
使い慣れたかつての自室は私達が逃げ出した時のままになっていた。あの時から時間が止まっている。もう二度と動く事は無い。ここは私一人には広すぎる。
「指輪か、誰だ?」
市原が部屋に入ってきた。
「別に、誰だっていいじゃない。」
「岩崎か?」
「...」
「大潮が逃げ出した。お前の時と同じだな。まぁ今回は盾にする駒はいないが。」
「...」
「...上官に対する目つきじゃねえな。」
問答無用で殴られた。腰が抜けて立ち上がれない。
「どんなに泣こうが喚こうが岩崎は来ねぇよ。あいつの所にうちの戦闘員を送り込んだ。大潮ごと皆殺しだ。」
市原が指輪を外そうとした。抵抗したがすぐに左腕は捕まってしまった。
「やめろ...触んな!」
「と、仰ってますが岩崎隊長のところは大丈夫なんですか?」
壁越しに聞こえた市原の声が尋常ではない事態を伝えた。
「いや、こっちに残ってたのが46人でしょ?」
ここにいた戦闘員は皆殺した。では残りの40名がうちに向かったとする...
「確かにうちには基地守備隊は無いけど、全職員が戦えるように訓練されている。どうってことは無いね。」
どうあってもうちの人間が圧倒する結果しか見えない。敵が仮に400名だったとしても誰かひとりが被弾するかどうかと言ったところだろう。
「もういいよ、ここの人みんな連れて逃げて。あとは俺一人でやらせて。」
「了解。」
外された指輪を市原は投げ捨てた。その軌跡を目で追う。床に、壁に跳ね返って宙に舞った指輪。ドアが蹴破られた。リングを通してその先の提督と目が合った。
「待たせたな。」
「ッ...キッサマァ、なぜここにいる!」
「君こそ、僕の曙に何してくれてんの?」
あくまで口調は穏やかに。しかし言い終わるより早く市原の四肢に銃弾がねじ込まれた。膝をついた一瞬、そして真横に市原は飛んでいく。提督の回し蹴りが私を解放した。
「この糞提督が。」
彼はそう言って市原を蹴り倒した。
「使う?」
渡されたナイフは柄に刀匠の名が彫ってあるほどの物だった。それを倒れた市原に突きつける。先ずは1回。
「や...めろ...」
真っ直ぐ腹に突き立てた。
「次は、手前のせいで死んだ漣の分!」
思い切り振りかぶって刺す。市原は悲鳴を上げた。
「これは潮の分!これは朧の分!」
「手伝おう。」
提督の両手が市原の首を包んだ。
「これはッ...お前のせいで潮と朧を殺さなくちゃいけなくなった大潮の分!」
胸に刺したナイフを抜いて提督を見る。市原の首の皮を破り気管を千切ったであろうその両手は真っ赤に染まっていた。
「あーあ、やっちゃった。ごめんね、俺のわがままでぼのたんまで手を汚させちゃった。」
私の手も大概血塗れだった。
「気にしないでいいわよ、私の好きで刺したんだし。そっちこそありがとね、私なんかの為に仕事失うどころか軍法会議にかけられたら即銃殺じゃない。」
「はははっ...」
「クソ提督。」
「ん?」
「大好きよ。」
「...逃げようか。」
思いもよらない提案がなされた。
「二人で、誰も知らないところに行こう。」
「...いいわよ、私を連れてって。」
「うん、取り敢えずその前にお風呂入ろうか。こいつの血でベタベタして気持ち悪い。」
提督は顔の返り血を拭った。
「案内するわ。」
「船渠広い...」
「私たちの貸切ね。」
「曙...」
「ん?」
曙は首を傾げる。やはり右の頬が赤く腫れていた。
「ほっぺた腫れてる。」
「あぁ、殴られたから。てか顔近い。」
曙の手が俺を遠ざけようと伸ばされる。
「...どこ見てんのよ。」
「ぼのタソの控えめなおっぱい。」
「死ね。」
「へーイぼのたん落ち着こうぜ、ノズルはマズい。」
返り血を落として浴場を出ようとすると曙に呼び止められた。
「せっかくお湯が張ってあるんだから...少し浸かっていかない?」
「そうしようか。」
お湯は、二人の体温を均し、自然と身体を寄り添わせた。
「ねぇクソ提督、どうして来てくれたの?」
「大潮がうちに来て伝えてくれた。」
「そう、あいつが...」
「ごめんな、俺、実はもっと軽く思ってた。市原は俺の同期だしそんなことするやつじゃないって。そうじゃなかったらお前をここに戻したりなんかしなかった。」
「...」
「もう一度、最後でいいから抱きしめさせて。」
「うん、でも最後じゃだめ。」
「大丈夫、もう離さない。」
「それで?半年もいちゃついたまま行方をくらましてたデスか...」
半年ぶりの提督の執務室。金剛の軍服姿は凛としていて格好良かった。部屋の隅にはあのソファがまだあった。不知火がダメにされている。
「聞いてマスか?」
「え?あぁ。次の大規模作戦が何だって?」
「...もういいデス。全く、急に行方をくらまして、今度は急に現れて雇えだナンテ...」
「お金なくなっちゃってさ。頼むよ平沼。」
「全く、私が長官に掛け合ったカラ銃殺を免れたってことを忘れてませんカ?」
彼女が何故か持っていた司令部長官のツテを使って私と提督はなんとかお咎めを受けずに済んだのだ。その点ではもう頭が上がらない。
「ここで働かせてください平沼提督。」
「まぁいいデショウ。さて、岩崎君、君は何ができマスカ?」
「白兵戦、戦闘指揮、艦隊運用、一部航空機の操縦、火器の扱い一般ってところです。」
「ワカリマシタ。部屋はどうしマスカ?」
どうやらここに置いてくれるようだ。
「妻もいるのでできれば官舎西棟の部屋がいいです。」
「では、職務は戦闘以外の方がいいですね?」
霧島がメガネを光らせた。そんなわけあるか。私もこいつもそんな理由で前線から逃げたりしない。
「そんなことないわ、私はまだ戦える。」
「右に同じ。」
「...そうデスか...ワカリマシタ、曙は第一艦隊戦艦の随伴艦として私の護衛についてもらいます。岩崎君は...」
「ぬいっ。」
「なんデショウ不知火。」
「私はクビですか?」
不知火が金剛に尋ねる。
「俺は提督復帰だ。当然金剛も艦隊に戻るから一から編成変更だろう。安心しろ、遠征なり随伴艦なり駆逐艦の仕事はなくならねーから。」
提督がそう言うと金剛は椅子から立った。提督は机においてあった軍帽を被る。そして金剛が退いた椅子に上着を掛け、座った。
「赤城、取り敢えず今の編成を見せろ。」
「ただ今第二から三艦隊は遠征に行っています。」
「第一艦隊旗艦伊勢以下、太鳳、飛龍、陸奥、最上、摩耶、か。北方海域でも行ってたのか?全艦解除、金剛旗艦、雷...いや、不知火と曙を随伴艦にして不知火には対潜装備、曙は対空装備。太鳳と赤城を入れて残りに日向と最上。場所はサブ島沖。第一艦隊、出撃せよ!」
「はっ!」
霧島が端末を使って編成変更を対象の者に伝えた。
「おかえりなさい、提督。」
誰もいなくなった執務室で霧島が呟いた。
「ただいま。」
「遅かったじゃないですか。」
「ごめんね。」
霧島はマイクの電源を入れ、鎮守府内の全てのスピーカーに繋げる。
「マイクの準備いい?チェック、ワン、ツー...提督が鎮守府に着任しました。これより艦隊の指揮に入ります。」