MGSV:TPP 蠅の王国 創作小説   作:歩暗之一人

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HECの情報網を頼りに、遂にイーライの逃亡先を捉えたスネーク達ダイアモンドドッグズ。
大人達が介入する前の、子供だけの帝国でなにが起きていたのか。

巨人の佇む島国の、神話の始まり。


MGSV:TPP 蠅の王国 創作小説 2

二章  混濁

 

アナタハソコニイマスカ――

――『蒼穹のファフナー』 フェストゥム

 

 

 

 

最初に知覚したのは痛みだった。

脳が震えるような、悪寒と吐き気を伴う、頭蓋に響くような痛み。

そしてまぶたの向こうから差す光を感じ、耳は風に揺られる葉と虫や鳥の鳴き声を捉えた。

ひどく重いまぶたを持ち上げると、目を灼く太陽の光が網膜に焼き付いてしまいそうなほど強く入り込んできて、一度目を閉じる。そこで、自分が土と草が成す大地に横たわっていると確信する。少し目線を逸らして地に手をつきながら上体を起こす。大丈夫。手も足もある。自分はここにいる。この感触も、この痛みも、僕の肉体が感じているものだ。なぜたったこれだけの、目を覚まして身体を起こすだけのことにこんなに苦労しなければならないんだろう。まるで何年も眠っていたかのような倦怠感が自分のモノのはずの身体を遠くに感じさせた。一歩下がった場所から僕を見つめるような、肉体からの剥離感。息を整え、五感をなぞる情報をゆっくり咀嚼するように感じ取る。少しずつ意識がはっきりしてくる。それと引き換えになるように、頭に響く痛みが引いていく。

 

あたりを見回して状況を確認する。ジャングルだ。視界に入る木々や草花から湿度の高い熱帯のように思われる。そして潮の香り。海が近いか、どこかの島なのかもしれない。

ここまでの経緯を思い出す。僕はサヘラントロプスの修理を終えて、その翌朝に頭に響いた声に誘われるようにヘリにのってマザーベースから離れた。宙に浮くサヘラントロプスやイーライたちとともに。信じられないような光景が蘇るが今ここにある現実はそれが幻想や妄想でないことを物語っていた。

 

「気がついたか、フレーデ?」

突然声がした、知らない声だ。でも、僕の名前を読んでいる。

「だれ?」

声の方向に振り返りながら問いかける。

「俺か?俺は世界を壊すもの。闘争と言う名の混沌で世界を塗りつぶす男だ」

そこには赤い防護服を着た少年がいた。

頭部はヘルメットに、フェイス部分はゴーグルと一体化した防護マスクで覆われているが、その眼光には見覚えがあった。その少年がマスクをとり、疑念は確信になった。

「まさか、イーライ?そうか君が――サヘラントロプスもこのために」

「そうだ。そしてお前にはこの国そのものと、その力の象徴であるこの巨人を診てもらう。そのためにお前をここまで誘導した。実際お前はよく働いてくれた。俺が奴らに監禁された後、俺の意思を実行するファントムが必要だった。そしてエメリッヒに代わり巨人を立たせるための足が。それがお前だフレーデ。こいつと声帯虫で、大人たちが組み上げた世界から自立し反逆の狼煙を上げる。この2つの、俺達のための世界を導く悪魔の兵器でな」

 

脳の理解が追いつかない。だが動物的本能が感じていた。イーライの怒りを。沸々と沸き立つ酸が自身を溶かすのも厭わずに、それより早く世界を溶かしてしまおうという熱量を。これは子供の反抗期や反骨心を理由にしていいものではない。自棄を起こして世界を道連れにしようというでもない。たとえ自分が溶け切ってしまっても何か芯が残るような、根底に刻まれた何かに裏打ちされた確かな歩みを持ち併せた報復心だ。

 

「これを着ろフレーデ。俺のと同じ防護服だ。子供で良かった、女物のスーツはなかったからな。島の外縁部に声帯虫をばらまいた。直にこの中心部にも到達するだろう。お前にもう逃げ場はない。大人しく協力していればお前の見たがっていたロボットの戦いもしっかりとみれるぞ」

 

急変する状況に置いて行かれ、目の前に死と凶悪な予感が対を成す鬼のように屹立している。

同じ区域から回収された子たち以外にはずっと隠し続けてきた、自分が女であるという秘密もバレている。

冷静になるためには鎧が必要だった。身体にも、心にも。

無造作に投げつけられたその鎧を、震える指先で握りしめた。この震えはどこから来るのか。死ではない。それはこれまでずっと隣りにいたものだ。もう一方の凶悪な予感が、冷静さを取り戻すとともに一つのビジョンを浮かび上がらせる。僕はこれを恐れている。

積み上がる脂、肢、死。

燻る髪と皮膚の匂いと、地にただ野垂れるその色さえなくした血。

土に横たわる全てを等しく灰塵と化し大気と大地に同化させる炎。

僅かに残った命さえ血反吐を吐き、身動ぎ一つしない肉塊の気楽さに誘惑される。

全てが黒く歪んで真っ赤に燃えている。

紛れもない戦場だ。英雄も救世主もいない、消耗品が摩耗し擦り切れるだけの、僕らの日常。

ただ一つ異なるのは、日常を恐怖足らしめているのは、その全ての殺戮をただ一体の巨人が成したことだった。

 

引き金を引くのは僕じゃない。死ぬのも僕じゃない。

ただその死地を生み出し外側から眺めている。そこにいるのが僕だ。

 

最初はイタズラのつもりだった、叱られて反省すれば済む程度の悪行の。

しかしやりすぎた。やりすぎたのだ。強烈な後悔が押し寄せる。サヘラントロプスを一人で修理したときの、少し大人になったような優越感が落差を伴って負の感情を膨れ上がらせる。

 

まだうまく働かない頭は、まるで考えるという段階を挟まずに動物的な命令を下すように、震える指でマスクを拾い上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――雨が降っている。

哀しみの象徴でも、雷の化身でもない、ただ自然現象に従って地に落ちる雨が私の全身を叩く。三十程度の仲間と共に、雨に打たれながら浜辺でCQCの格闘訓練をしている。

間合いを詰め、突きと掴みをスムーズに組み合わせ、的確な重心移動とフォームを意識して投げ、投げられる。身体が覚えるまで何度も何度も何度も。疲労と、水を吸い砂を纏った戦闘服が身体を何倍にも重く感じさせる。

仲間の訓練の手が止まる。休憩の指示が出たのかと班長の方を見ると、海を背に見事な敬礼をしている。そこで察した。俺が来たのだ。慌てて私も敬礼を返す。訓練に参加してくれるようだ。私は喜び勇んで俺の前に出る。さすがだ。隙がない。投げられる一方だ。どうにか一矢報いたいと俺の左半身を集中して狙い、隙を突くように俺の死角である右側を攻める。それも看破されカウンターをもらう。俺は膝をつき砂に沈む私を見下ろし面白いモノを見つけた子供のような笑みを一瞬見せると、すぐに次の相手と組み合う。身体は上がりっぱなしの息と激しく脈打つ心臓と、全身を叩きつける雨の重さに沈殿していた。しかし心は昂揚していた。これ以上ないほどに。

しばらくすると副司令がやってきて俺は去っていく。その背中を追っていくやつが一人。新米だ。奴もそのカリスマに興奮しているのがわかる。私はその新米の背中越しに俺を見つめ、その新米の目を見ながら言葉をかける。

雨が、重い―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウッ ゥオェっ  カハッ」

脳が震えるような、悪寒と吐き気を伴う、頭蓋に響くような痛みで目を覚まし、そのまま吐き気に負けて洗面台に吐瀉物をぶち撒ける。最悪の目覚めだ。

 

スネークはまだ収まらない不快感を必死に拭うように水で口と顔を洗いそのまま頭から冷水をかぶった。

以前からまれに見る悪夢だった。昏睡状態から目覚めた頃が最も頻繁にこの悪夢を見ていたが、その頃はこんな体調不良は伴わなかったし、悪夢自体ここに来てからは見ることは減っていた。

この悪夢の最大の特徴は昔経験した場面を思い出すように主観で流れていく中で、他人の視点に切り替わったり、入り混じったりすることだった。最も印象的な、不快感を色濃く残すあの雨の日の記憶だけが場面として残り、その他多くは目が醒めた瞬間には不快感の残滓でしかなくなっている。自分の主観で見ているはずなのに誰かの主観で自分を見つめている。視界の半分ずつを共有して溶け合っていく感覚が、感情を強く揺さぶる。同化、融解、回帰、消失――何が起きているのか理解らないという恐怖。どれも当てはまるようでズレているような、この感情に名前さえつけられないもどかしさが一層スネークのブレを波立たせる。

―――――お前は誰だ

洗面台の上に備えつけられた鏡に映る自分の顔に向かって問いかける。

少しずつ頻度が、いや、感じる不快感さえ強くなっている。

医療班かオセロットにでも相談すべきだろうか。水とともに流れ落ちるように不快感が逓減し、身体も安定を取り戻しつつ落ち着いてきたところで通信機が呼び出し音を鳴らしているのを右耳が捉えた。

 

<ボス、イーライの件で進展があった。司令プラットフォームまで頼む>

緊迫感を感じさせるミラーの声に、スネークも精神を切り替える。

「了解だカズ」

戦いが足音を立てて近づくようにも、自分が歩み寄っているようにも感じた。

 

 

 

「イーライの逃亡先がわかった」

余計な会話を挟む余地がないほど自体が切迫しているのだろう。第一声からミラーは本題に入った。

「子供達は島に声帯虫を拡散している。声帯虫は声変わり前の声帯には定着しない。子供達には無害だ。イーライたちは大人たちを島からはじき出し子供だけの王国を築いた。まるで蠅の王国だ」

彼らはすでに災厄をもたらす兵器を用いて見えない国境線を引いていた。大人たちを排除することで自分たちのための生存圏を確立したのだ。

地球上には長い年月を経て自然に構築された陸と海である程度大陸の輪郭と呼べるものは存在する。しかし国境がそれに倣うことは稀だ。アフリカのような政治の都合が目に見えるような直線的な国境。陸を超えた海上で領海や経済水域をせめぎ合わせ決められる国境。どれも人の都合で引かれる線。誰かに決められた、こちらとあちら。

「世界は一つになるべき」――彼女はかつてそう言った。だが境界がなければ様々な不幸や不平、不正、不備、不満、不明、不安が蔓延する。イラン神話に登場する弓の名手アーラシュは自身の命と引き換えに人ならざる絶技において矢を放ち、何千キロも飛んだその矢が刺さった地点から国境を引くことで戦争を終結に導いたとされる。境界が曖昧であることは争いの火種になりうるのだ。そして今子供たちは世界と線引きすることで自分たちの居場所を確保している。ダイアモンドドッグズも同じだ。自分たちが生きるための場所を失わないために、他人とは違う生き方をする。敵と味方に分かれる。自分ではない誰かが自分を見ているから、自分を見失わなくて済む。自己と他者が同化すれば、それは1でしかない。0ではないだけで、2への足掛かりを永遠に見失ってしまう。

俺には答えがわからない。彼女の真の答えを見つけるのはきっと――

「ボス、大丈夫か?」

考え事で上の空、それも作戦前に。司令として失態でしかないが、あの頭に響く痛みが揺り戻しのように少し帰ってきていた。

「すまない。続けてくれ」

「ああ。奴らは核兵器の使用と引き替えに要求を出している。要求は『BIGBOSS』の遺体だと」

「幼稚な挑発だ。のむ気はない」

「当然だ。だが子供たちは声帯虫まで使った。これ以上放置してはおけない。場所は中部アフリカの塩湖に浮かぶ孤島。XOFの先遣隊と思われる少数部隊がすでに侵入しているが子供達やサヘラントロプスが持ち出された様子はない。奴らも直に本格的に動き出すだろう。至急準備を整え現地へ向かってくれ、ボス」

 

装備一式を整えたスネークを乗せたヘリが晴れ渡る青空へと飛び立つ。

雲一つない、目が醒めるような美しい青空も、決戦へと赴く兵士にはいつもと変わらぬただの青だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年兵として戦場に糧を見出す前、少し大きな街でパパやママと暮らしていた頃に有名なミュージシャンが死んだ時のことだ。幾らか前に流行ったそのひとの歌を、ファンもそうでない人もこぞって聞いていた。懐かしい、残念だ、惜しい人をなくした。ほんとにそう思っている人がどれだけいたかは知らないけれど、その人の死をきっかけに歌はしばらく拡がった。昔のものや、普段の日常にあるものが失われることでみんなソレにもう一度触れたくなる。「大事なものは失って初めて気づく」って言われるやつだ。でもそうじゃない。大事なものはずっと大事で、人が勝手にそう感じるだけなのだ。同じ歌でも、いつでも聞けるのともう聞くことができないのとでは人が感じる価値が違う。すぐ側と、遠い向こう。こちらとあちら。今の僕は空がこんなにも綺麗に思える。それはこの塩湖に浮く孤島に初めて来たからじゃない。これからその空も、自然も、僕自身も、失われてしまうかもしれないと強く予感しているからだ。まだ失われていないのにこんなに大事に思える。それは逆にこれから起こる破滅が確固たるものであるとイメージ出来るからだろうか。

 

目が覚めてイーライに連れて行かれたのは島の中心部、崖沿いの開けた場所だった。そこには崖を背もたれのようにしてもたれ掛かり座り込んでいるサヘラントロプスがいた。僕が目覚めさせた悪魔の巨人だ。イーライもこいつを悪魔と呼んでいた。それはなんの比喩でもない。こいつはこれからもたらされる破滅の権化そのものだ。

「フレーデ、こいつの最終調整をしておけ。いつでも動かせるようにな」

イーライはそう言うと森の奥へと消えていった。彼は彼でやるべき仕事があるらしい。

サヘラントロプスの足元にはマザーベースからイーライとともにケッキに参加した子どもたちが群れをなしていた。彼らは座り込んで小銃の点検や持ち込んだ武装の整理、そして自然の中で戦ってきたが故に身についた自然を利用したトラップの作成に勤しんでいた。誰も防護服を着ていない。彼らは英語を介さないのだ。ここで英語が出来るのは―声帯虫の英語株に命を脅かされるのは、少年兵になる前に街に住んでいて勉強をしていた僕と、白人のイーライだけだ。

 

「フレーデ!何か手伝えることはある?」

仲間の一人が元気に声をかけてくる。髪を紫色に染めて、胸に大きな黒い星のマークが入った白いシャツを着た子だ。いよいよ始まった闘争の空気に興奮しているのだろう。確かに生き生きとしていた、これ以上ないほどに。

「いや、下手に触ると怪我をするかもしれない。僕に任せて」

適当にあしらって座り込んで項垂れている巨人に相対する。

仲間。少なくともここにいる子どもたちは僕のことを疑ってはいない。この子供だけの王国のシンボルである巨人の、ただ一人の技術者。信仰に例えて言えば、国の守護神と唯一言葉を交わすことの出来、神の信託を下す巫女のような存在だろう。自分にはできないことが出来る他者への憧憬、敬意、そんなものさえ感じられた。

だがこの中で僕だけは、自分の意志でここに来たわけじゃない。イーライの計劃に必要だから利用されているに過ぎない。しかし、このままでは災厄が降りかかる。敵にも、僕達子供にも。しかもその原因の一端、いや、もっと大きな部分が自分のせいだ。このままでいいはずがない。それにさっきは臆病にも身をすくめて震えていたけれど、落ち着きと共にだんだんと腹立たしささえ湧いてきた。イーライは僕が女だからといって見くびるようなことはしないだろうが、それ以前に都合のいい部品としか思っていないのだろう。

よし、決心した。どうにかしてやろう。こんな風に気が大きくなっているのは、きっとサヘラントロプス修復のお陰だ。利用され、駒として扱われていたとしても、そこで得た経験や知識は自分だけのものだ。自信がついたり、成長だってする。だから今度は真逆のことを、この巨人をただの木偶の坊にするのだ。

イーライは僕の科学者気質というか、好奇心に漬け込んで、うまくいかなければあの頭に響く声を使ってまた操る気なんだろう。そうはいかない。言うことを聞く振りをして出し抜いてやる。ここからが、本当の僕だけの戦い、僕だけの計劃だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「HQ、こちらピークォド。目標の島を目視で確認。LZ(ランディングゾーン)へ向かう。ボス、あの島です」

 

ヘリのパイロットが通信を終えて声をかけてくる。窓の外へ視線を飛ばすと、ライトグリーンの塩湖が広がる中に、深緑豊かな孤島が見えた。遠目に見るだけで深い森や高低差のある崖のような地形に流れ落ちる滝など、手付かずの自然そのものが鎮座しているのが窺える。

 

ミッションエリアに接近する。いつものようにミラーから通信が入る。

<ボス、このミッションの目的はサヘラントロプスとイーライを含む子供たちの回収だ。離脱したら島ごとナパームで焼き払う。声帯虫を外に出す訳にはいかない。だがまだ懸念がある。イーライがマザーベースを出る時に録音していたテープを聞いてくれ>

脱走した子供たちをスネークが探し回って連れ戻し、ミラーに変わってオセロットが尋問を行った際の記録だった。イーライの声は咳混じりで、変調を来していた。

<声変わりが始まっている。つまりイーライは大人になった。やつにも英語株が映る可能性がある。発症したらもう助からない>

事実を確認するようにミラーが告げる。

「つまり、悠長にはしていられないということだな。どちらにせよXOFの動きもある」

シートから立ち上がり、ヘリの左側面のドアをスライドさせる。陸地が近づいてくる。

<ああ、迅速な作戦遂行を頼むぞボス。作戦の第二段階に関しても準備は進めている。バトルギアも今そちらに輸送中だ>

「こちらピークォド、LZに到着。ボス、ご武運を」

 

島の海岸沿いの開けた場所に上陸する。海面に沿うように低空から接近したが、向こうにはこちらの動きは察知されているものと考えて動くべきだろう。XOFはもちろんのこと、保護すべき子供達にさえ警戒しなければならない。さあ、任務開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつだって何にだって限界はある。限界を超えているように見えても、その実それは限界を広げているに過ぎないと思う。例えば、ヒト一人の手が届く範囲には限界があるし、持ち上げられる荷物の量にも限界がある。でも誰かと手を繋げば届く範囲は拡がるし、一緒に持てば重い荷物も持てる。そうやって人は、いや、人以外の全ても、繋がって成り立っているんだと思う。ただ、今の僕は一人だ。だから、何が出来るのかをまず考えなきゃいけない。どうやってこの巨人をただのモニュメントにするかを。サヘラントロプスの頭部に当たる中でも口に見立てることが出来る狭いコックピットの中で必死に頭を巡らす。マザーベースでそうだったように、僕にソフトウェアを弄り回す技能はないし、この堅牢な巨人を傷つける術も持たない。周りにあるのは塩湖に浮く大自然と僅かな歩兵用の、それも子どもに扱える程度の武器だ。そして今すぐに使い物にならなくなっては困る。イーライの話では―どうやってそれを察知したのかはわからないけれど―アフリカでシャバニを死に追いやったXOFという部隊がすぐそこまで迫っているらしい。それから間を置かずにBIGBOSSも来るだろうと。アフリカにいる極秘部隊とは言えアメリカの正規軍人が最新装備で向かってくるのだ。子供たちでは相手にならない。アフリカの戦場で、大人たちに混じってゲリラ戦をやっていた頃とは訳が違う。つまり、イーライがXOFの部隊を退けるために、僕達が生き残るためにサヘラントロプスは必要なのだ。人を殺す悪魔の兵器を目覚めさせておいて勝手ではあるけれど、みんなを助けるためにはこの巨人に一時的に本物の守護神になってもらわなければならない。イーライもそれを承知で僕にこのことを伝えたのだろう。その気になれば、手榴弾一つでコックピットの精密機器は吹き飛ばせる。それをさせないためだ。

つまり、僕がやらなければならないのはXOF殲滅後にBIGBOSSが来た時点でこの巨人を停止させるという、遅効性のウイルスを仕込むような作業なのだ。それもプログラムではなく物理的に。

こいつの弱点はどこだ。

マザーベースで修理していた頃の図面やエメリッヒ博士の話を思い出す。

使えるものは何だ。

周囲にある全てに意識を向ける。

同時にコックピットで機体の最終チェックをする。システムを仮起動してエラーがないことを確かめ、この巨人が殺戮のためにその機能を余すこと無く行使できることを許諾する。

 

マルチタスクをこなすのは女性の方が長けていると聞いた。いつの時代も、真に優れているのは戦士であれ科学者であれ、女性ではないだろうか。そんな無為な優越感に浸ることすらそのままに、むしろ自身のモチベーションに転化させ脳を賦活させる。信用できるのは己のもつ知識と、僅かばかりの技術、そしてここに在るもの。

今この巨人を診察し薬を与える医者の立場に在る僕だからこそ投与できる出来る蠱毒。

 

エラーや火器管制のチェックを終了したことを示すアイコンが点灯するとともに、閃く。

答えは得た――

 

パネルをいじり、目的のシステムを確認した僕は、ヘルメットを手に取り走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリジナル要素が強まるとどこかで話が破綻していないか心配になります。今尚そうです。

これからどんどん追加要素を入れて楽しくなりますのでせめて五章までお付き合いいただければと思います。

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