僕が読みたいと思う二次創作『インフィニット・ストラトス』 作:那由他01
「というわけだから、部屋代わって」
率直に言わせてもらおう、こいつは何を言っているのだろうか? 先程、幼馴染だとか、なんだとか、色々と言っていたが、幼馴染だからと言っても教師陣に決められた部屋を勝手気ままに交換することが出来るだろうか、それはモラルの面でも色々と弊害がある。確かに、わたしは一夏と同じ部屋になれて嬉しいと思えた部分もある。譲りたくもないという心もある。だが、喧嘩は出来る限り避けたい。もし、暴力を使ったら、一夏はともかくとして、礼遇に怒られてしまう。ここは出来る限り下手に出た方が良いだろうか……?
「確かに、一夏の知り合いだという点に関しては、わたしも凰もほぼ同じ立場だ。だが、部屋割りとしてこのようになっている。わたしも特別嫌だとは思っていない。だから、部屋の交換については、引いてもらえないだろうか? それに、部屋を交換する理由もない。それとも、何かあるのだろうか?」
「特別嫌だとは思ってなくても、すぐに思うわよ、一夏ってデリカシーなんてないし。小さい頃の一夏しか知らない篠ノ之さん」
……この女、引き下がる気がないな。一夏がわたしと一緒に生活したいと言ってくれれば一瞬なのだが、この唐変木がそんな気を利かせた言葉を告げる筈がない。だが、このまま口論を続けたとしても、水掛け論になって、日が昇るまで議論は終わらないだろう……IS学園に入学してから、短気さが消えたようにも思える。礼遇のお陰なのだろうか……。
「鈴」
「なに」
「荷物はそれだけか?」
「ええ、あたしはボストンバック一つあればどこにでも行けるからね」
一夏、おまえは何を悩んでいるんだ……嫌な予感がするぞ……。
「まあ、鈴の方が箒より気楽に喋れたりして……なんちゃって……」
「ほらね! 所詮は小さい頃の幼馴染、成長してからの幼馴染の方が気を許せるのよ!」
……なんだろうか、頭が痛い。
凰も凰だが、一夏も一夏だ。三番目の幼馴染に再会して喜んでいるのは、今日一日の態度を見ていたら薄々理解できた。だが、ここまで言われたら心が痛む。この唐変木が、わたしだって……一応は乙女なのだぞ……。
溜息を吐き出し、静かに最低限の荷造りを済ませる。すると一夏が止めるが、凰の方は負けを認めたのかとふんぞり返っている。
「それでは、一夏、凰……」
「ちょ、箒!?」
「ふふふふっ」
礼遇に話せば、どうにかしてもらえるだろうか……。
2
腕に負担のかからないトレーニングを淡々と積み重ねる。だが、一番重要なのは筋肉の量ではなく、柔軟性だ。昔から柔軟体操は欠かさずやっているため、体はゴムのように柔らかい。ただ、持久力が伴っていないため、大会や練習会が終わってからランニングを追加しようと思う。俺の体で一年三組を守らないといけないからな。
部屋の扉が叩かれる。今日は三組の子とセシリアと食べて、食事に誘いに来るような子はもういない。というより、もう食堂は締まっている。じゃあ、考えられるのは箒ちゃんくらいだろう? でも、一夏との関係も良くなって、箒ちゃんも悩んでるような風に見えなかったし、トラブルもなかった。
いやいや、考える前に扉を開けよう。すると暗い表情の箒ちゃんが立ち尽くしていた。これは、何かあったな、この表情、小さい頃から変わらない。辛いことがあったらいつもこの顔になるんだ。
「箒ちゃん……何があったの? 一夏に何かされたか……」
「いや、まあ、その辺りだ。あのまま、その場に居続けても癇癪を起こしてしまいそうでな、少しの間、話を聞いてはくれないか……」
「う、うん、いいよ。お茶は、緑茶でいい? コーヒーと紅茶もあるけど」
「緑茶でお願いする……」
うわ、重症だ。声に覇気がない。一夏の野郎、これで箒ちゃんが泣いてたら殴り込んでる領域だぞ、最初に喧嘩した時、箒ちゃんが泣いてたのが原因で殴ったのを忘れたのか……あいつも本当に、乙女心というのがわからない奴だ。すこし、箒ちゃんから話を聞いてみるか。
「何があったか教えてくれないか? こっちも対処に困る。一夏が何か悪いことをしたなら俺が叱るから」
「いや……幼馴染とは、なんだろうと思ってな」
「そら、小さい頃から互いをよく知る仲ってくらいしか……」
「わたしは、小さい頃の一夏のことは知っていても、今の一夏のことをよく知らない。あいつなら、よく知っているから……」
差し詰め、凰が一夏と一緒の部屋で生活したいから部屋の交換を要求してきたのだろう。彼女の一夏を見る目、箒ちゃんに似たものを感じた。こういうトラブルが起きて不思議ではない。だが、寮長の先生の許可もなく勝手気ままに部屋を交換されても色々と弊害が生じる。箒ちゃんもその辺りは説明したようだが、どうにも相手には上手く伝わらなかったようだ。
「……お茶を飲んでから、どうするか一緒に考えよう。決めるのは箒ちゃんだし、第三者が出しゃばっても良い方向に転ぶことはまず無い。決めるのは箒ちゃんだ。ただ、俺は箒ちゃんを支えると公言したわけだし、味方だよ、絶対に」
「ありがとう、礼遇……」
あいつらしいと言えば、まあ、あいつらしいんだよな。今、箒ちゃんがどれだけ重要なのかをわかっていない。箒ちゃんが居なければ、まず、俺をISで倒すことは不可能だ。剣術は我流ですべてが完結できる程、単純なものじゃない。俺はほぼ我流で小太刀の使い方を覚えたが、指南書の類も数冊使用した。だが、ISで行う剣術の指南書なんて、そうそうあるものじゃない。なら、幼い頃に覚えた篠ノ之流を思い出して、そこからISに応用した方が近道であり、ISで使えるものと使えないものの差も理解でき、そして、自分なりの戦い方を構築できる。あいつは、箒ちゃんがどれだけ重要なのかを見誤っているのだろうか? いや、見誤っているとしか言いようがないな。
「なあ、礼遇……少しの間だけ、自分の気持ちの整理が出来るまで、この部屋で寝泊まりさせてもらえないだろうか……」
「あ、うん。一年生の寮長の先生は……あ、織斑先生か、まあ、話せば理解して貰えるだろうから。布団とか、枕とかを用意しないとね」
「すまない……」
「いいんだよ、幼馴染なんだし」
扉が叩かれる。今日は来客が多いな、なんて思って扉を開くと息を切らした一夏と不機嫌そうな凰が立っていた。そして、静かに入室して、
「ほ、箒……ごめん……」
「……わたしは、暫くの間、礼遇の部屋に寝泊まりさせてもらう。凰も、そっちの方がいいだろ……」
「あら、気が利くじゃない」
「……おまえ、喧嘩売ってるのか? 高飛車になるのもいいが、限度を考えておけ」
何が気が利くだ、箒ちゃんがどれだけ悩んで俺の部屋に逃げ込んできたと思っているんだ。自己中心的な人間は大嫌いだ。だが、ここで喧嘩をしたら箒ちゃんが悲しむ。脅す程度で終わらせておこう。
ハッタリだと気を強く持っているが、額から汗が流れている。少女にあれだけの脅しは荷が重かっただろうか。
「箒……すまない、鈴とは話した。鈴も渋々だが了承してくれてるし……」
「……いや、良い機会じゃないか。二人も幼馴染、色々と話したいこともあるだろう。二日、礼遇の部屋にお邪魔する。そしたら、また、元の部屋に戻る。それでは駄目か?」
「稽古は……どうする?」
「それも、二日はやめておこう。二日経ったら、また、始めよう……」
「……わかった」
二人は静かに退室した。箒ちゃんは溜息を一つ吐き出し、少し離れてみるのも正しい判断だ、と、小さく呟いた。俺は彼女を支える立場、決めるのは彼女だ。でも、このモヤモヤとした気分は何なのだろうか、一夏に対する苛立ちか、それとも、凰に対する苛立ちか、どれとも違って、箒ちゃんに的確な助言を与えられない自分の頭の足りなさに対する悲しさなのだろうか……。
3
織斑先生の部屋の前に立ち、ノックをする。すると誰だ、そう言葉が返ってくる。宮本礼遇ですと告げたら、静かにジャージ姿の織斑先生が出てきた。場所を変えて話をしようと提案され、それを素直に受け入れた。
場所は職員用ではなく、学生用の自販機の前、酒類や煙草は販売されておらず、清涼飲料水だけが売られている。織斑先生はそれなりに夜が更けているのに、ブラックコーヒーを購入し、お釣りを俺に渡した。いいんですか、と、尋ねると何かあったのだろう、顔色が悪い。そう言ってくれた。やっぱり、この人は察しの良い人なんだな、なんて、再認知してしまう。
お釣りの小銭を使ってフルーツジュースを購入し、余ったお釣りを織斑先生に返す。
プルタブを開けて一口飲む、だが、あることに気が付いてしまう。
「……あ、よく考えると歯を磨いたんだ。また磨かないと」
「それが悩みなのか?」
「い、いえ、ただの独り言です。本題は、篠ノ之箒さんを僕が使わせてもらっている十六番物置に二日間滞在させて欲しいのです。一夏と凰さんと口論になって、少し頭を冷やしたいとのことで」
「そうか……なら、寮長室から必要なものを持っていくといい」
「ありがとうございます」
思いの外、何事もなく話が終わったので、拍子抜けしてしまった。織斑先生のことだから、凰を説得して箒ちゃんを自室に戻せというかと思っていたが、それはないらしい。
「……一夏が何か言ったのだろう。それに、一夏は色々と抜けている部分が多い。傷つく少女も多いさ、少しの間、篠ノ之を楽にしてやってくれ」
「……ありがとうございます、織斑先生」
「今は千冬さんでいい。それにしても、あいつは誰に似たのやら……見当がつかないな……」
少なからず、千冬さんに似ていないのは確かですね。
4
寮長室から寝る為の一式の寝具を持ってきて自室に入る。すると新しいお茶を入れている箒ちゃんが居た。
「織斑先生からの許可も取ったから安心していいよ」
「そうか、ありがとう。新しいお茶を淹れた、飲むか?」
「うん、いただくよ」
箒ちゃんが淹れてくれたお茶を一口飲む。うん、美味しい。俺の雑多な淹れ方では出せない味が出ている。
静かに時計を見てみると、もう寝ないと明日に支障をきたす時間帯になっていた。箒ちゃんも少し眠た眼になっている。さっきの小一時間でドッと疲れが溜まるようなことが起きたのだ、仕方がない。
「もう遅いし、歯を磨いて寝よう」
「あ、ああ……」
互いに歯を磨き、ある程度の身だしなみを整えてから就寝の準備が整う。
隣に箒ちゃんが寝ていると思うと、なんだか新鮮だ。こんな風に寝たのは……。
「道場の清掃をして、疲れて眠ったのを思い出すな……日頃お世話になってた道場を隅々まで綺麗にして、三人で疲れて眠って、朝になってて母さんに叱られたっけ……」
「ああ、そんなこともあったな……」
「箒ちゃん、凰さんしかしらない一夏も居るとは思うよ。だけど、箒ちゃんしか知らない一夏も居るんだ。だから、引く必要なんてないんだ。喧嘩することは悪いことじゃない。暴力に訴えるのが悪いことなんだ」
「……そう、か」
「ゆっくりと寝て、リセットした方がいいよ。そして、一夏にまた、剣を教えてやって」
「ありがとう、礼遇……」
なんで、一夏はこんなに気が使えて、思ってくれている子のことを気付いてあげられないのだろうか……。
5
箒ちゃんが一夏と一緒の部屋に戻る日が来た。箒ちゃんの方も、何か吹っ切れたようになって、いつものように強い口調に戻っている。凰の方も、箒ちゃんの変化に少しだけ渋い顔をしていた。一夏の方も、剣の練習が出来ないことがどれだけ駄目なことかを理解したらしく、謝罪し続けている。
「ありがとう、礼遇、おかげで吹っ切れた。だが、また悩んで助けを乞うかもしれない」
「俺は箒ちゃんのアドバイザーみたいなものさ、いつでも頼っていいよ」
「ごめんな、礼遇……色々と……」
「いいさ、これで箒ちゃんの大切さが身にしみただろ。箒ちゃんに剣を教えてもらって、早く俺を倒せるレベルまでやってこい」
「ああ!」
さてはて、大会も近い、作戦会議が必要かな。
鈴ちゃんとの関係回復どうするかな? その辺り練らないと……。
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