もうひとりの高町なのは   作:望夢

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フェイトちゃんのヒーローはなのはで決まりだとして、なのはのヒーローはシュテるんが良いなという個人的な見解。




stage:05

 

 少し早めの朝。鼻孔を擽る香りが食欲を掻き立てる。今の自分には本来備わっていない料理スキルを発揮し、キッチンに立っていた。料理は使い魔のアルフに任せっきりだったフェイトが、今は白いフリルの付いた可愛らしいエプロンを纏って朝食作りに勤しんでいた。

 

 作っている玉子焼きは、少しアレンジを加えていてもそのベースは大切な親友と共に作った思い出が詰まっている一品。目を瞑っていても失敗はしない。

 

「なのは……」

 

 親友の名前を呟くと勝手に頬が緩む。瞼の裏に浮かび上がる親友の顔。

 

 向ける余裕すらなかった他人への思い遣り。家族である母やアルフ、リニスは例外で。フェイト・テスタロッサの世界は家族で完結していた。

 

 その世界の壁を打ち壊して、乗り越えてきた白い魔導師の女の子が居た。

 

 初めての友達、そして一生の親友になった女の子。強くて、優しくて、カッコいい……王子さまみたいな女の子。

 

「なのは……」

 

 手はちゃんと動いて良い案配に焼けた玉子焼きを皿に盛り付けているのに、頭の中は親友の事で一杯だった。

 

「はぁ……。上手くやれるのかなぁ」

 

 どうしても過る不安。昨日見掛けたふたりの親友。

 

 まだ素人で、自分でもあまり魔法を制御出来ていなかった()()()の親友と。

 

「きっと、あっちの『なのは』は私と同じくらい強い」

 

 唯一の懸念は、もう一人の高町なのはの存在。

 

「手強いよね。きっと」

 

 フェイトは記憶にあるよりも少し早く地球へとやって来ていた。地球に着いたばかりの時はフェイト自身も母の為にジュエルシードを集める事を疑問に思わず突き進む女の子だった。

 

 ただ、偶々路地裏で最初のジュエルシードを見つけた嬉しさで迂闊にも封印前のソレを手に取ってしまった。確りしている様でちょっとうっかりなフェイトだった。

 

 これで母の役に立てる。それだけでなく、母の願いを叶える為にもっと役に立ちたい。

 

 アルフに慌ててジュエルシードを封印する様に言われた時はもう遅かった。

 

 ジュエルシードから放たれた光に呑まれて、フェイトの記憶は一度そこで途切れている。

 

 目が覚めたのはジュエルシード探索の為に地球に滞在する為のマンションの自室だった。 

 

 その部屋を見てフェイトは懐かしさを覚えて、そして違和感に気づいた。

 

 何故借りたばかりのマンションの部屋を懐かしく思うのか。それだけじゃなかった。何故自分は地球でジュエルシードを集めようとしているのか。ジュエルシードはもう10年前に母さんと一緒に虚数空間へと落ちていった。残ったジュエルシードは管理局で封印されていて、でもそれはスカリエッティに奪われて――。

 

 記憶が混濁して自分を見失いかけてアルフを心配させてしまった。

 

 それもなんとか落ち着けて記憶を頼りにジュエルシードを再び集め始めた。そして、なのはと出会った。

 

 昨日は双子かとも思っていた。考えてみれば双子だったとしても魔法に関して触れた時間は二人とも変わらないはず。しかし片方は素人で片方が自分と同じ様な強さを感じたのもおかしい。なにかカラクリがあるのかもしれない。自分が未来の記憶を手に入れた様に。

 

「それでも、止まるわけにはいかない」

 

 フェイト自身の確信が的中しているのならば、きっと雷の剣でなければもう一人の『なのは』は斬り裂けないだろう。

 

 それでも自分にはやるべき事がある。もう一度、運命を選べる権利を得た。

 

 悪い事をしている自覚はしている。それでも母を裏切れない。見捨てることなど出来ない。例え愛されていなくても、今でもプレシア・テスタロッサはフェイト・テスタロッサの母親だから。

 

「ふあぁぁぁ……おはよう、フェイト」

 

「おはよう、アルフ。朝ごはん出来てるから」

 

「お? おおおお!?!? なんだいフェイト、こんな美味しそうなごはんいつの間に!?」

 

「いつもアルフに任せっきりだったから。ちょっと頑張ってみたんだ」

 

 寝ぼけ眼を見開いて驚いて朝食を前に涎を垂らして尻尾を振っている使い魔に苦笑いを浮かべながら、フェイトは椅子に座って箸を手に取る。アルフにはフォークとスプーンを用意しているが、玉子焼きに白米、味噌汁と日本食を作っていただけに、箸で食べないと負ける気がしたフェイトは、記憶通りに使えるだろうかと不安を抱えつつ人生初の箸に挑戦した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 等しく朝はやって来る。それはなのはにも同じ事が言えた。

 

「んっ。……ふぁ」

 

 時計を気にせず起きたのはいつ以来だろうか。寝起きに強くない自分が早起きをする様になったのは何時からだったか。

 

 いやそもそも早起きなんてしてた覚えはない。

 

 そんなことはない。魔法の訓練の為に早起きを習慣付けたはずだ。

 

「ぐっ……」

 

 痛む頭に手をやりながらなのはは目を覚ました。

 

「わたし……」

 

 いったいいつの間に寝てしまったのだろうか。

 

「っ、今何時!?」

 

 慌てて時計を見て見れば、もうお昼を回ろうとしていた。

 

「ね、寝過ごしちゃった!」

 

 見れば時計の針は既に昼に差し掛かろうとしていた。顔を青くしながら慌ててクローゼットを開いてパジャマを脱ぎ捨て、聖祥の制服を身に纏う。

 

「レイジングハート!」

 

『Good morning. Master』 

 

「うん。おはよう、じゃない! 早く学校行かなくちゃ!」

 

 飛行魔法を使えば学校まで10分も掛からない。飛ぶだけなら装甲も軽量化してリソースを回せば5分は切れると頭の中で無駄に高速回転する思考。

 

 しかしその思考に待ったをかける存在が現れた。

 

「やあ、おはよう。良く眠れたかな?」

 

 ピシリと、なのはの身体が固まる。

 

「あわわわわわ、お、おと、う、さん…!?」

 

 なのはの部屋のドアを開けたのは父の高町士郎。いつもにこにこしていて優しい父親、親バカを絵に描いた様な人であるが、剣術家としての厳しい父親という姿も持ち合わせていて、兄と姉を厳しく指導している姿をなのはは知っている。

 

 そんな父が寝過ごした自分を見たらどんな雷が落ちるか考えるよりも早く身体が動いていた。

 

「ご、ごめんなさ~い! 行ってきます!!」

 

 なのはは逃げ出した! しかし回り込まれてしまった!!

 

「うにゃあ!?」

 

「ははは! よーし、捕まえたぞー♪」

 

 回り込まれた士郎に捕まってしまったなのはは担ぎ上げられてしまう。

 

「は、離してよお父さん!」

 

 どこか楽しげな父の様子に、なのはも本気で嫌がることはなく言葉だけだった。

 

 しかし士郎はなのはを離さずに、腕に力を入れて逃げられない様にしてしまう。

 

「さ、話してくれるかい? なのはのそっくりさん」

 

「………………」

 

 父にそう言われてなのはは二の句を告げなかった。久しく感じていなかった血の気が引く感覚。

 

 そして思い出した。自分が()()()()()()()()ではないことを。

 

 しかしそれを、自分を担ぎ上げている父に話して良いことだろうか。

 

 ジュエルシードの事も、魔法の事も。話せる事なら話したい。でもそれは自分の口から語られるべきものでもない。だから二の句を告げられなくて困ってしまった。

 

「わ、わたしは……」

 

 どうすれば良い。考えろ。考えろ高町なのは! この危機的状況を脱する為には――

 

①:素直にすべてを話してしまう。――却下。

 

②:白を切って遣り過ごす。――無理。

 

③:まったくの別人を演じる。――保留。

 

④:実は未来からやって来た未来のなのはです。――却下。

 

 自分の言葉を待っているのか、父はなにも言ってくれない。いっそ質問された方が気が楽な気がする。

 

 ただ下手な事も言えない。魔法の事は隠しておかないとオリジナル(高町なのは)にも迷惑が掛かってしまう。家族を心配させてはいけない。だからここは――

 

「ごめんなさい。お父さん…」

 

 転移魔法を起動。座標はとにかく何処でも良い。今は此処を離れたかった。

 

 ふわりとした浮遊感と共に、身体を捕まえていた父の腕の感覚が消える。

 

 降り立ったのは学校の屋上。自分が通っていた聖祥大附属小学校の校舎の屋上だ。

 

「……どうしよう。ねぇ、レイジングハート」

 

 説明するべきだったかもしれない。しかしいきなり過ぎる上に偽物の自分には裁量が難しい内容だった。

 

「……なのは?」

 

 これからどうオリジナル(高町なのは)に説明しようかと考えていたなのはの耳に舞い込む声。

 

「え?」

 

 誰かに見られていた? 転移座標を指定しなかった自分も悪いが、今の時間に学校の屋上に人が居るのは少し疑問に思った。

 

 ただそれ以上になのはの心を掴んで止まない声が聞こえたのだ。

 

 黒いマント。ぴっちりとしたレオタードの様なスーツに身を包み、黒い鎌を手にする死神の様な出で立ちに映える金髪の髪を靡かせた紅い瞳の女の子。

 

「…ふぇい、と……ちゃん」

 

 何故此処にフェイトが居るのか。その手にはジュエルシード。つまりフェイトは学校のジュエルシードを封印しに来たのだとわかる。

 

「なのは」

 

 ただ、まだ2回目の顔合わせなのに目の前の友達はずっと前から友達であるかのように柔らかな笑みで自分の名前を呼んでくれる。

 

「フェイトちゃん……」

 

「なのは…!」

 

「っ、フェイトちゃん!」

 

 どちらともなく駆け寄って、手を握り会う。手が触れ合う。暖かい。自分の知るフェイト・テスタロッサという友達の温かさに色々と限界だったなのはは縋り付く様に泣き出してしまった。

 

「フェイトちゃんっ、フェイトちゃん…っ」

 

「なのは……」

 

 親友が人前でこんなに泣いた事があっただろうか。嬉し涙や、別れの悲しさに涙を流している所は何度も見てきた。

 

 でも今の、自分の辛さや悲しさ、自分本意の涙を流している所は見たことがなかった。それだけ人の為に我慢して頑張ってきた。頑張らせてしまったのかもしれない。

 

 フェイトが今自分に出来る事は、親友が少しでもその胸の内を吐き出せる様に優しく身体を抱き締めてあげる事だけだった。

 

 

 

 

to be continued…


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