自分とそっくりな人間は、この世に3人も居る。親友から薦められた本に、そんなことが書いてあった気がする。
わたし、高町なのは。私立聖祥大付属小学校三年生のごく普通の女の子にある日突然訪れた超絶弩級の大事件。
街の平和を守る魔法少女として頑張ろうとした矢先。ジュエルシードの暴走体に追い詰められたわたしを助けてくれたもう一人の魔法少女。
わたしと同じ真っ白な服に身を包み、レイジングハートと同じ杖を持つ、わたしとそっくりな女の子。
でもその子はわたしよりも上手に魔法を使えて、わたしよりも強くて、同じ制服を基にした魔法使いの服も可愛らしさよりも凛々しさで纏まった、絵本に出てくる騎士の様で。
わたしとそっくりなのに、わたしとはなにもかもが違うその子。魔法少女ものに付き物なライバルの魔法少女――ではなくて。
「大丈夫? 少し休もっか?」
「う、ううん!! き、気にしなくても良いの、大丈夫だから!」
「そう? でも辛いときはちゃんと言って良いんだよ?」
わたしの半歩前を歩いて、握ってくれている手を引いて。少しの事でもわたしを気づかって、声をかけてくれる。
お兄ちゃんやお姉ちゃんとはまた違った心配性なお姉ちゃんみたいな子。
わたしと同じ名前の魔法少女――高町なのは。
そんなもう一人の魔法少女に手を引かれて、わたしは家への道を歩いていた。
『なのはには、まだ
『ううん。お兄ちゃんとお姉ちゃん以外は居ないよ。うちの親戚にも、わたしくらいの娘は居なかったと思うし』
『そうなんだ……。いや、だとしても』
ユーノくんの言いたい事もわかる。他人の空似とは思えないくらいわたしたちは似ている。それこそ魔法で互いのどちらかが変身して姿をコピーしたかの様に。
あのお父さんとお母さんだもの。浮気とかは一切思い当たらないし、思わない。それに同じ名前なのも気になる。
「ユーノくんも、わたしの正体が気になるよね?」
「え? まぁ、それはね。…って、あ!」
「ゆ、ユーノくん!?」
わたしの肩に居たユーノくんが、しまったといった顔をして固まっていた。互いに同じ様な声だから、わたしの声と間違えちゃっても仕方がないよね……。
「心配しなくても良いよ。ユーノくんの事も知っているし。
安心させる様に軟らかく浮かべた笑顔は、お母さんにそっくりだった。そして可愛い帽子も相まって、わたしなんかよりもとっても可愛い女の子に見えた。
「君はいったい何者なんだ……」
ユーノくんが重い口調で絞り出すかの様な声を出す。
「……わたしも、それを知りたいな」
そしてそんなユーノくんの言葉に、耳を澄ませていても聞き逃してしまう消えてしまいそうな声が呟かれた。
◇◇◇◇◇
塀に囲まれた一軒家。表札には高町の名。記憶の中にあるわたしの家であって家でない場所。
高町家の前まで
「どうかしたの?」
「え、えっと……あっ、ぅぅ…そ、その……あの…」
「ん?」
もじもじと、何か言いたそうにしている
「お、お礼……」
ようやく振り絞れた声は、自分の声でなければ聞き逃してしまいそうな程小さかった。
「お菓子……、その、簡単だけど」
「め、迷惑…かな?」
返事に迷っていると、少し潤みを含んだ目で不安げに見詰めてくる女の子にノーとは言えないのは、同じ
「お邪魔……しちゃおうかな」
迷っていた。迷ったままでも、
「っ、うん……。うん!」
その言葉を耳にして、不安を浮かべていた顔が花が咲いた様に顔を浮かべてかくれた。
その笑顔を見てほっとする。不安な顔を見ていた時に感じていた胸のつっかえが解れて、まるで悲しんでいた親友が笑顔を浮かべてくれたかの様に嬉しくなる。まるで彼女の嬉しさが伝わってくるかの様に。
「さぁ、あがって、
「
何故だか可愛いあだ名で呼ばれて首を傾げた。互いに
「ダメ、だったかな? なのはちゃんがわたしを
少し子供っぽいあだ名だと思ったけれど、自分達は十分子供で、オリジナルの彼女がそう言うのなら別に構わないと思って。
「うん。良いよ、なのちゃんでも」
それで喜んで貰えるなら多少の気恥ずかしさは許容範囲。悲しまれる事の方が辛い。だから彼女の提案を受け入れた。
◇◇◇◇◇
なのはを自宅に上げた高町なのはは、キッチンに立って自分に出来る精一杯で腕に頼をかけて、クッキー作りに精を出していた。
助けて貰ったお礼になにか出来ないかと考えて思い付いたのは手作りクッキーだった。元パティシエの母を持ち、ふたりの親友の為に覚えた手作りクッキーは自信を持って提供出来るお返しだった。
有り合わせの材料で作った為、シンプルなバタークッキーしか作れなかったが、シンプルであるからいつも以上に注意を払って焼き上げる。
オーブンの中で焼けていく生地を見守りつつ、高町なのはは先の戦いを思い出していた。
まだ思い出すと肩が震えてくる。きゅぅっと、胸が苦しくなって、奥歯が勝手にカタカタと音を立てて、目尻に涙さえ浮かんでくる。
でも、あの光景を思い出すと胸のうちに燻る恐怖が払われていく。
自分と同じ魔法使いの服と杖を持つ、物語りの中から出てきた様な魔法少女。
自分よりも多くの魔法を使える魔法少女の先輩(多分)。戦い慣れている姿は頼もしくて、真剣な横顔は兄や姉と似ていて、優しい笑顔は母親に似ていて、大きな背中は父親に似ていて。
なにも取り柄がない自分が他所の子で、彼女が本当の高町家の子ではないかと思うくらい高町なのはにとって完璧な魔法少女として心に焼きついた。
純白の魔法騎士――高町なのは。
「なのちゃん……」
同じ
子供っぽいから嫌がられると思ったあだ名を受け入れてくれた事が嬉しかった。
まるで欠けていたなにかがすっぽりと埋まったかの様に、心の片隅で欲していた歳の近い姉妹を授かった様な、そんな魔法の様な奇跡の出逢いを高町なのはは大切にしたかった。
だから勇気を持って家の中に誘い上げた。今は自分の部屋に居るだろう少女を思い浮かべて、また高町なのはの頬は緩む。
「ん~っ、美味く出来たの♪」
焼き上がったクッキーは自分でも100点満点の良い出来上がりだった。この出来なら母の作ったクッキーとも勝負出来ると自信が持てる程の力作だった。
「喜んで貰えるかな…?」
期待と不安を抱きながら焼けたクッキーをお皿に移して、逸る気持ちを抑えながら階段を登る。
階段を一段上がる度に胸がドキドキしていく。
美味しいと言って貰えるだろうか、口に合うだろうか。
そんなハラハラ感もまた、胸を高鳴らせる一因でもあった。
階段を登り切って、深呼吸して心を落ち着かせる。自分の部屋に向かうだけでこんなに緊張するのは中々ないことだと思いながら、一息吐いて落ち着いた手で自分の部屋のドアノブを引く。
「お待たせ、なのちゃん! 時間掛かっちゃってごめ…ん…ね……?」
落ち着いたはずなのに、勢い良くドアを開けてしまった高町なのはだったが。
「あ、なのは……」
出迎えの声はフェレットのユーノの声だけで。
「すぅ…すぅ……すぅ…」
高町なのはが心待ちにしていた魔法少女は、ベッドの縁に横になって、静かに寝息を立てていた。
「どれくらいから寝ちゃってたの?」
彼女を起こさない様に、高町なのはは忍び足で自分の机に歩み寄り、クッキーを盛ったお皿を乗せたトレーを起き、籠の中に居るユーノに声を潜めて訊ねた。
「なのはが部屋から出て行って少しくらいかな? たぶん疲れてたんじゃないかな?」
如何に魔導師として才能を持っていようとも、まだまだ子供の身には、戦闘というものは疲れて当たり前だ。
高町なのはやユーノは預かり知らないことだが、明日の宿や食事にさえ先の見通しもない状況というのは、なのはの心身を本人は気づかない所で溜まっていた。そこに勝手知ったる自室のベッドは、容赦なくなのはの疲労を浮き彫りにさせて眠りへと誘ったのだ。
「そうだよね。わたしの代わりに、戦ってくれたんだもんね……」
「なのは?」
ベッドで眠るなのはに歩み寄る高町なのはに、ユーノの声は届く事なく、被っている帽子を取って上げればぴょこんと顔を出したリボンが結ばれたおさげに目が向いた。
帽子から見えていたものの、帽子を取ると本当に鏡合わせの様にそっくりなのは互いに同じ制服姿であるからだろう。
「んんっ…しょ。……ダメかぁ」
眠り姫を抱えようとする王子様の様に、なのはを抱えようと背中と膝の裏に腕を回した高町なのはだったが、自分と同じ体格の女の子を持ち上げられる程のパワーは、残念ながら持ち合わせていなかった。高町なのは、地味にショックを受ける。
仕方がないのでベッドに上がると、掛け布団を捲り上げて横になりながら自分となのはの二人に被せた。
「な、なのは…?」
一連の高町なのはの行動に、ユーノは困惑し、やっとのことで高町なのは自分そっくりの女の子と寝ようとしているのを理解して、高町なのはの名を呼べたのだが。
「おやすみ、なのちゃん」
なのはの背中に身を寄せながら、高町なのはは目が覚めてもこの奇跡が続いています様にと祈りながら瞳を閉じた。
残されたユーノは、せめて静かにしていようと、まだ眠くはなくとも魔力回復のために瞳を閉じた。決してふて寝ではない。
◇◇◇◇◇
日が沈み、朱の空で佇むひとりの少女が居た。
「これで2つ目。……なんだかズルしてるみたいで気が引けちゃうな」
近くには温泉宿の屋根が見える。ジュエルシードが発動する前に回収出来たのは喜ばしいことで、しかし実際喜ぶことは出来なかった。
それもそのはず、彼女はジュエルシードの在処を、探さずとも知っているのだから。
確かに宛もなく探すのはとても難しい。輸送用に封印処置が施されていたジュエルシードは、その発動間際までその魔力反応を捉えるのはとても苦労するのだ。それをある程度とはいえ場所を限定して探せるのはかなりのアドバンテージになる。
それでもジュエルシードは必要だから貰ってきてしまったけど。
「なのはが……二人も居た」
なんて天国なんだろうか。多分双子かもしれない。片方のなのはは自分も良く知るなのはだった。もう一人のなのはは少し変わった格好をしていたけれど、その基本は同じ型のデバイスとバリアジャケットだった。
話しかけてみたかった。でもそれは出来ない。
揺らいでしまう自信がある。甘えてしまう確信がある。
「なのは……」
だからこの想いは胸に秘めよう。
今の自分なら、きっとなのはにも勝てる。なんど立ち上がっても退けることが出来る。
親友を傷つけることはとても嫌だ。考えるだけで胸が苦しくなってくる。まだ言葉を交わしていない親友と、親友になれない事を考えるだけで涙が溢れてしまいそうになる。
「行こう、バルディッシュ」
『Yes sir.』
大丈夫、ひとりじゃないと自分に言い聞かせて、その場から飛び立つ。
もう一度だけ、ジュエルシードを拾った川縁を振り向いて。
to be continued…