絶体絶命のその時に現れた白い天使は、わたしとまったく同じ顔、同じ姿の女の子。あなたはだれなの?
リリカル・マジカル、始まります!
空に上がったなのははレイジングハートを構えながら地上を見下ろす。
そして今の自分の限界という物を察した。
本来ならば12発のアクセルシューターで暴走体に大ダメージを与える算段だった。
しかし実際に展開できたスフィアは6つ。さらに誘導制御も甘く、自分の記憶にあっても経験が伴っていない魔法の使用はぶっつけ本番は控え、やはり事前練習の必要がありそうだと思案しながら、それでも威力だけは発揮したアクセルシューターを4発も受けた暴走体の黒豹は弱々しくも立ち上がってくる。
「グゥゥゥ…ッ」
「レイジングハート」
『All right. my master』
足元に桜色の魔法陣を展開し、魔力が充填されていく。
『Mode change. Cannon Mode』
「か、カノンモード……?」
そんな機能あったっけ? となのはは首を傾げた。
レイジングハートの機能には、基本形態のデバイスモード、射撃形態のシューティングモード、封印・高出力形態のシーリングモードがあったのは覚えている。
故にそんな物騒な名前の機能を見た覚えはない。ブラスターシステムとかそんな言葉も知らないのである。
光に包まれたレイジングハートが形を変える。
フレームはシューティングモードをより鋭くした形。槍とも思える程の形になり、フレームに被せられた白い外装も相まって、ストライクフレームよりもより武器らしい印象を感じさせられる。極めつけはトリガーレバーまで完備している所に、愛機のこだわり具合を見受けられた。
なにもここまでしなくともと思ったものの、既に充填を始めていた魔力をかき集めて飲み込んだレイジングハートの砲先には桜色の球体が生まれつつあった。
「グォォォオオオオ!!!!」
「なっ、飛んでくるの!?」
雄叫びを上げながら、背中に翼まで生やして大地から飛び立った黒豹に、もはや何でもアリにも程があると頭痛を覚えそうになりながら形の変わったレイジングハートを構える。
目をつむれば思い出せる肌触り、重さも重心もなにもかも、今まで以上に肌に合う調整に心強く感じた。
本当に砲撃に特化した形態は、砲戦魔導師高町なのはの真価を発揮するのに不足はない。
「ギャオオオオオ!!!!」
確かに空を飛べる様になったり、直射魔法を放ってくる事には驚かされてばかりだ。
牙を剥き出し、鋭い爪を向けて飛んでくる黒豹を見据えるなのはの瞳に焦りはなく、その表情には余裕さえ浮かんでいた。
空を飛べたとしても元々は四足歩行の地上で生きる生物がそう易々と空での機動が出来るはずがない。ただ愚直に一直線に飛んできても、そのスピードは止まって見える程度でしかなかった。
『Protection』
「………軽い」
黒豹の爪による突きを、なのはは障壁で受け止めた。障壁強度を計る意味もあった。ただ余りの軽さに失望にも似た感情が声を吐いて湧き出してしまっていた。
「フェイトちゃんとバルディッシュみたいな重い一撃じゃないと、わたしの防御は抜けない、よっ!!」
『Restrict Lock』
「ギャォッッ!?!?」
「捕まえた!」
確実に一撃を与えるための戦術。重装甲・高火力の砲撃型空戦魔導師の弱点は、機動力による高速戦闘。
相手が機動力をもって襲い掛かるのなら、その機動力をどうにかして封じる必要がある。そのひとつが。
「相手の動きが速いなら、それを抑える様に攻撃して追い詰めるか。動かない様に捕まえちゃうのが一番!」
手を出して助けることは、なのはには簡単な事だった。しかしそれだけで終わってしまっては意味がない。
手を出してしまったのは、なのはの中でもイレギュラーだった。
これから高町なのはにはジュエルシードとの戦いや、親友になるだろう魔導師との戦いも待ち受けている。だからただ助けてしまうだけでなく、なのはは
「ディバイーーンッ」
『Divine Buster』
「バスターーー!!」
魔法陣の上で身構え、既に充分すぎる程の魔力を充填していた愛機の引き金を引いた。
放たれた桜色の砲撃は高町なのはの得意魔法であり代名詞、一撃必殺の切り札にして十八番の魔法。
チャージのし過ぎで威力が大分強化された砲撃は、大きな光の奔流となってバインドで拘束されていた黒豹を直撃した。
「ブレイク、シューーートッ!!」
カチカチとトリガーを連続で引き、さらに威力を高めた砲撃が撃ち出される。
確実にオーバーキルだった一撃だ。世界が桜色に染め上げられてしまうのではないかというほどの閃光が境内を照らす。
「…………」
目を開いているのも辛い程の閃光であっても、なのははレイジングハートを構えたまま光の幕の中を見据えていた。
そして光が晴れると、そこには宙に浮かぶジュエルシードと取り込まれたらしい子猫が浮いていた。
「ほっ……。やったね、レイジングハート!」
『良い戦闘でした、マスター』
肩の力が抜けた事で、なのはほっと一息吐く。何より安心したのが、自分の得意な砲撃がちゃんと使えた所だった。それが不安だった。でも身体が覚えているかの様にいざ実際に砲撃を撃った時、なのはの不安は払拭されていた。
振り返って、
「お待たせ。立てるかな?」
「うにゃ!? は、はいっ」
まだ尻餅を着いたままだった高町なのはを見て少し不憫に思ったなのはは手を差し出した。
慌てて返事を返した高町なのはは、差し出したなのはの手を握った。その手が震えている事に気づかない程、なのはは鈍感ではなかった。
それでも一先ず立たせてから落ち着ける所を探そう。女の子がずっと地面に座っているのもよろしくないと思ったなのはは、握られた手を引っ張りあげた。
「はにゃっ」
「ほえ?」
ぐらりと景色が流れて、どさりと背中に衝撃を感じて何故か空を見上げていた。胸の上に重さと温かさを感じて。
「ごごっ、ごめんなさい! いまどきますからっ」
胸の方から声がして頭だけを起こして見ると、そこには羞恥心で動揺している自分の顔が映っていた。なんとも新鮮というか複雑とも言えた。でもあたふたしている姿がとても庇護欲を掻き立てられた。
「大丈夫だよ。それよりも今は少し落ち着こう。ね?」
お母さんはこんな感じだったかな? と、なのはは母親の真似をしながら、高町なのはの頭を撫でた。
「はい……。あの、でも、重いですよね」
「気にしなくて良いよ? 全然軽いから」
「ぁ…ぅぅ、…で、でも……」
食い下がろうとする高町なのはを、なのはは無視して頭を撫で続けた。きっと自分の人生の中でもこんなに頭を撫でて貰ったことなんてないだろうというくらいなのはは撫で続けた。甘えたくても甘えられなくて、たくさん我慢していた女の子を甘やかしても罰は当たらない。たとえ神様や仏様がダメと言っても
「あーうー……、や、やっぱり退きます」
「だーめ、恐い思いをいっぱいたんだから、今は休むほうが良いの」
「ぅぅ……でも、恥ずかしい……」
それに重くはあっても嫌な重みでもなかった。むしろ好ましく思っている自分が居る。
恐怖に震えて腰が抜けてしまった女の子を突き飛ばすなんてことをする程、なのはも鬼じゃない。
『マスター、ジュエルシードが!』
「え? ああっ!!」
しかしレイジングハートの言葉になのはは大切な事を忘れていた事を思い出した。
封印処理を施したジュエルシードを回収せずに放置してしまった事を。
慌てて高町なのはを支えながら立ち上がったなのはは、ジュエルシードの所在を確認した。
空に浮かんでいたはずのジュエルシード。取り込まれた子猫と一緒に華奢な腕に抱えられていた。
白いマントを靡かせる黒い防護服に身を包む金髪の女の子。その赤い瞳には少し困った風な雰囲気を携えていた。
「君たちが封印したジュエルシードだけど、どうしても必要だから少しだけお借りします」
とても丁寧な口調で物腰も軟らかく、顔にも申し訳ないと出ていたが、ユーノからジュエルシードがどういった経緯で自分の街や近所に落ちてきた事を聞いてしまった高町なのはには、黙って見過ごす事は出来ない言葉であった。
「ま、待って! そのジュエルシードはユーノくんの物で」
「ごめんなさい。でも、今どうしてもジュエルシードが必要なんだ。だから少しの間だけ。ちゃんと返しにくるから 」
「あっ、待って――」
背中を向けて颯爽と飛び去ってしまう金髪の女の子を追い掛けようとする高町なのはを、なのはがその腕を掴んで引き留めた。
「どうして――」
「行っても、もう追いつけないよ。それに、今の状態で戦う事が出来る?」
実際、まだ飛べる様になったばかりの高町なのはでは追いつけないスピードで金髪の女の子は飛び去って行った。そして今の恐慌状態の高町なのはが普通に魔法で戦えるとは思えない。仮に万全だったとしても勝てる見込みは今のところほぼないに等しいだろうとなのはには確信があった。彼女は生半可な魔導師ではないだろう。
「で、でも……っ」
せっかく自分にしか出来ないことを見つけて息巻いていただけに、戦うのは無理だと暗に言われている高町なのはは肩を落とし、それでもなにか出来ないかと縋るようになのはに食い下がる。
「もう夜にもなっちゃうし、あの子の事もわたしが探してみるから。今日は帰って、ゆっくり休んで、気持ちを落ち着かせる時間にしよ?」
我がことながら自分を説得するのは簡単でいて、とても難しいことだとなのはは思った。自分でいうのもなんだが、意思が強いから、その上でようやく自分にしか出来ないことが出来ただけに、怯えて頑固になってしまう部分も理解出来るからだ。なにも出来ない普通の女の子になってしまう事が怖くて、魔法の力を手放したくない。そういう想いが我が儘だとしても、唯一
確かにジュエルシード集めは大切な事だ。しかしその上で大切なのは、家族に心配させないこと。そろそろ兄や姉も学校から帰ってきていても不思議ではない。何だかんだで見守ってくれていた兄妹にも隠れてジュエルシードを探していかなければならない。しかし今の高町なのはには夜に家を抜け出すという前科があるため、立て続けに家族に心配をかけてしまえばそれこそジュエルシード集めは出来なくなってしまう。
「家族にも、心配させちゃうわけにはいかないでしょ?」
「…ぅぅ、……」
卑怯だとわかっていても、家族を引き合いに出されると身を退かざる得ない。
高町なのはが持つ歪みであり。仕方がないことだったとはいえ、家族になにも出来なかった高町なのはが唯一出来た事が、家族に心配をさせない良い子であること。
「お家まで一緒に行くから、帰ろ?」
「……はい」
デバイスを待機モードにして、互いに私立聖祥大付属小学校の制服姿に変わる。さらになのはは頭にピンク色のリボンが巻かれている帽子を被っている。
「その制服、わたしと同じ……」
「うん。あなたと一緒。…だけど……わたしは」
どう話せば良いのか、いざとなってなにも考えていなかったなのはは、
「訊いても、良い事…ですか?」
そんな雰囲気を感じた高町なのはが躊躇いがちになのはに聞いてくる。
姿も声も魔法も同じ。背丈も、髪の色も、間近で見える瞳の色も、二つのおさげとそれを縛るリボンでさえも。ただの他人の空似にしてはなにもかもが二人には共通点がありすぎる。
双子と言われたら10人皆が疑いもしないだろう。
ただ、双子が居るなんて話は聞いた事がない。同い年くらいの親戚の娘が居るなんて話も聞いていない。
だから高町なのははなにか聞き及べない事情があるのかと思って、躊躇いがちに訊いてしまったのだ。
「……高町なのは」
「はい?」
自分の名前を呼ばれて返事を返した高町なのは。しかしそれは名前を呼ばれたわけではなかった。
「わたしの名前も、そうなんだ」
「…え、ええええぇぇぇ!!!!!!」
高町なのは9歳、自分が魔法少女となった時よりも数倍の衝撃と驚きを受けたとか。
to be continued…