もうひとりの高町なのは   作:望夢

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 冷たい風が頬を撫でる。街灯が照らす物静かな闇が、今が夜であることを教えてくれる。

 

 辺りを見渡せば、目につくのは滑り台やジャングルジム、ブランコと言った何処にでもありそうな遊具の数々。つまり公園。

 

 そんな公園に佇む自分。はて、自分は眠りについたはずなのに、どうして夜の公園で佇んでいるのだろうか。

 

 そう、確か自分は初めて魔法というものに触れて、それは思っていたものよりもずっと恐い物で。

 

 レイジングハートの力を借りて、どうにかジュエルシードを封印して。家にユーノくんを連れ帰って、お父さんやお母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃんにユーノくんをお家で引き取って良いかと訊いて、そのあとはユーノくんから事情を聞いて寝てしまったのが最後の記憶。 

 

「なのになんで、わたしは外にいるんだろう?」

 

《マスター…?》

 

「レイジングハート……? っぐ!!」

 

 手に握っていた杖から発せられた聞きなれた声に無意識で返答していた。

 

 ただ、それが引き金になったかの様に酷い頭痛が襲ってきて、踞ってしまう。

 

《マスター! 落ち着いてください。マスター!》

 

「ぅっ……っぅ……ぁぐ…っ」

 

 頭が割れそうになる程の激痛。風邪を引いてもここまでの激しい頭痛なんてしたこともない。酷い激痛に目の前がチカチカする程だった。

 

「これ、は……ぁあああっ!!」

 

 頭を抱えてごろごろと転がる。少しでも痛みを紛らわす為に。

 

 記憶というパズルが、大きさも形も異なるピースが互いに無理矢理当て嵌まろうとして、記憶が混濁する事態が発生する。

 

「うわあああああああああああぁぁ――――!!」

 

 それは記憶。一人の少女が辿る記憶。ごく普通の平凡な女の子が、魔法と出逢う記憶(ものがたり)

 

「ああ、ぅあああ!!ぐ、あぁああああっ!!」

 

 それはとても大切な記憶。掛け替えのない大切な友達と出逢う記憶(おはなし)

 

「知らない! わたしはこんなこと知らない……っ」

 

 大切な母親の為に戦う金髪の女の子と出逢う記憶。その悲しそうな赤い瞳が、放っておけなかった。

 

「ふぇい、と……ちゃん…っ」

 

 まだ出逢ってもいない少女の名前を絞り出す。身体も心もたくさん傷ついた彼女に比べれば自分はただ頭が割れそうに痛いだけだ。そう思う事でどうにか痛みを堪える。

 

 こんな夜だ。女の子の高い声は余計に響く。しかしそれを気にする余裕が激痛に苛まれる少女にあるわけなどない。

 

 砂埃に塗れようと、痛みを誤魔化す為に地面に額を打ち付けても、頭痛は消えない。

 

 この公園から歩いて10分もしないで家に帰れる。

 

 この事を家族に相談すれば。――ダメ! わたしは良い子でいなくちゃ。心配させちゃダメ!

 

 助けて、お兄ちゃん。お姉ちゃん。

 

「うぅああぁああああああああ!!!!」

 

 濁流の様に押し寄せる記憶の奔流は小さな少女にはまだ受け止める事が出来ない。

 

 痛みにもがき、歯を食い縛って慟哭が涙を流させる。

 

 家に帰りたい。このまま眠りに就けば、あるいは目覚めた時にすべては夢だった。

 

 そう思えたのなら、どんなに楽か。

 

「レイ、ジング、ハート……っ」

 

《落ち着けましたか? マスター》

 

「正直っ、頭が割れそう……」

 

 まだ出逢ったばかりのはずなのに、もう何年も連れ添った様な杖の心遣いを受けながら、痛みの響く頭を押さえて立ち上がる。転がっていた所為で汚れてしまった純白の防護服。知りもしない事を知ってしまった自分のようだとぼんやりと思った所で、今が夜だったと思い出す。

 

「場所を…っ、変えよう。騒ぎ、過ぎちゃった、から」

 

《わかりました。飛べますか?》

 

「問題…、なしとは、言えない…かな」

 

 頭を片手で押さえながら、靴から桜色の羽を広げて空を舞う。

 

 なるべく人の目につかないように、空高くへと舞い上がる。自分の桜色の魔力光は暗がりだとなお目立つ。

 

「レイジングハートも、わたしも……ちょっと変わってるね」

 

 月明かりに照らされている自分の姿を改めて良く見る。上着の袖は布ではなく手を守る手甲が取り付けられている。可愛らしい赤いリボンがあるはずの胸も、金色の胸甲が守りを固めている。自分に魔法の力を貸してくれる杖も、ピンクと金色のパーツで魔法少女の杖然としたものよりもよりある意味での武器を思わせる様に青いパーツがあしらわれ、特徴的な白い羽状のパーツがフレームから突き出ている。

 

 可愛いデザインの防護服も良かったけれど、今の自分の姿はカッコいいかもと、これはこれで良いと思った。

 

 夜空を桜色の翼を広げて飛ぶ。とにかく家に帰らないと。夜に家を抜け出してしまったばかりなのに、また家族を心配させちゃダメだ。

 

 歩いて10分……飛べば1分程でその家は見つかった。二階建ての普通の家。しかし道場も併設する少し大きな土地の家。カーテンが閉まっている二階の……わたしの部屋。部屋の電気は点いていない。

 

「…………行こう。レイジングハート」

 

《マスター?》

 

 鍵が掛かっていて、中には入れない。転移魔法で中に入る事を考えても、それは出来なかった。

 

 恐い。確認しなければならないとは思っていても、いざとなると身体が尻込みしてしまう。

 

 感じるのだ。この身に流れる魔力の波動を、窓とカーテンを隔てた向こうにも。

 

 それが意味する事は、まだ小学3年生の女の子にはわからなかった。

 

 カーテンの隙間から見える、ベッドに横たわる自分と同じ顔をした女の子。……違う。あの子が同じ顔なんじゃない。()()が同じ顔なんだ。

 

「っっ!!」

 

『ま、マスター!?』

 

 愛杖の静止の声なんて聞こえなかった。ただ、今は一人になりたかった。脇目も振らずに家から遠ざかる。嗚咽を溢さない様に声を圧し殺して、涙だけが流れ出す。

 

 気がつけば海の堤防までやって来ていた。早鐘を打つ胸を掻き抱く。

 

 見間違いじゃない。自分は本当に家のベッドで寝ていた。なら、自分はいったいなんなのか。

 

 高町なのははこの世にたった一人しか居ないはずなのに……。

 

「この場合、わたしの方がニセモノなんだよね? きっと」

 

《………………》

 

 違う。誰かに否定して貰いたくて口にした言葉には誰も答えてはくれなかった。そう簡単に答えられる問題でも無かった。……そう思わないと、今にも自分が壊れてしまいそうだった。

 

「これから、どうしよっか……」

 

 家族がいて、友達がいて……。衣食住の心配さえなく、学校に通う毎日が楽しくて、そんな日常がいきなり無くなってしまうだなんて、誰が考えられるだろうか。

 

 誰にも頼れない。家族や友達に迷惑を掛けたくないと思ってしまう心優しい女の子は、自分の進退が困窮してしまっても、身近な誰かに頼るという方法を選ぶ事が出来なかった。

 

「どうすれば、良いのかな……っ。レイジングハート……」

 

《…………………》

 

 形は変わっていても、その杖がこれからの未来を共にする掛け替えのない相棒である事を知ってしまった少女は、唯一頼れる存在が杖だった。

 

 どんな時でも一緒に戦ってくれて、色んな無茶に付き合わせて、いつも背中を推してくれた戦友。

 

 今も共に居てくれる相棒(レイジングハート)だけが、高町なのはが縋ることの出来る存在だった。

 

 それがわかっているレイジングハートは、故にこそ言葉を紡ぐ事を躊躇してしまっていた。

 

 元気付ける言葉もなく、励ますことさえ今の主を傷つけかねなかった。

 

 いくつものルートをシミュレートしても、時期が悪い。家族に真実を告げて保護を願う事が一番早く障害もない安易である道。しかしそれに主が頷くとは思えなかった。

 

 魔法という、普通の女の子が持てた特別な力。その力が必要とされて、自分が必要とされたかった女の子がようやく得られた居場所を奪うような真似を、主がするとは天地がひっくり返っても思えなかった。

 

 時空管理局に保護を求めるというのもまた、相手を選ばなければならない。打算があっても人情的なアースラ艦長、リンディ・ハラオウン提督であればあるいは穏便に保護して貰えるかもしれない。しかし立場もなく後ろ楯もないSランク級魔導師の少女が普通に保護を求めた所でどの様な扱いを受けるものか。それも同一人物が存在し、その同一存在もまた魔法に触れ、これから魔導師として大いに羽撃いていくというのなら、主の存在は研究対象として扱われてしまう可能性もゼロではなかった。

 

 魔法を捨てて、生きるという道もあるとしても、それはとても先の見通しが出来ない未知の未来。

 

 それこそ次元世界の何処かでひっそりと生きていく方がまだ未来が見えそうな気さえする程だった。

 

 ただ、如何に記憶を抱えても、つい数時間前まで普通の平凡な女の子だった主に人生の進路を決められる程の裁量はなく、デバイスである自身は可能性を提示するだけで、あくまでもそれは主の選択を尊重し後押しする存在であって、主の進む道を決めることは分を超える。

 

 未来(みち)を提示する。しかしそれも提示された中から選ばせてしまう進路の強制に触れてしまう。

 

 いくらシミュレートした所でそれも計算された未来の可能性の道。未来を切り開くのは主の意思でなければならない。故にレイジングハートはなにもいう事が出来なかった。

 

《今日は、もう休みましょう。これからどうするかは、また明日考えましょう》

 

「……うん。そうだね、レイジングハート」

 

 だから言えることは、主を労り、問題の先延ばしであろうとも主が落ち着く時間を設ける事を提示することで精一杯だった。

 

 

 

 

to be continued… 




性懲りもなくまたなのはに手を出しました。逆行なのはさんがヒャッハーじゃなくて、あくまでこのなのはちゃんもスタートラインは同じです。ただ記憶がある理由は……。次回もリリカルマジカルマテリアル、ご期待ください。

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