がっこうぐらし with ローンワンダラー   作:ナツイロ

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※0604整合性を取るためセリフに加筆修正


第2章 巡ヶ丘学院高校・前編
第8話 学校への帰還、悠里のストレス解消法女子高生編


 モールから脱出した学園生活部の三人と亜森、そしてモールで生き残っていた美紀は、モールを出たその日の内に巡ヶ丘学院高校へ帰還することが出来ていた。

 高校の生徒用玄関口前に、胡桃達を載せた車と亜森の運転する物資を詰め込んだトラックを止め、一行は遠足で手に入れた物資の搬入を翌日以降に回すことにした。

 遠足での三日間は、学園生活部が当初想定していた以上の疲労を溜め込んでいたようで、亜森を除く面々は簡単な食事を済ませ、早々に就寝する。

 残る亜森は、夜間の見張りを買って出ていた。

 見張りと言っても、三階の廊下を二時間置き程度に一往復するに留めており、屋上や他の階にまでは及んでいない。

 胡桃達が放送室で就寝するのを確認した後、亜森は一度目の見回りを終え、学園生活部の主な活動場所である元生徒会室にいた。

 パイプ椅子に座り込み、いつもと同じように手帳を取り出し、今日の出来事などを書き加えていく。

 

(学校を避難所にしていると聞いてはいたが、まさか電気が生きているとは……。ラッキーだったとしか言いようがないな)

 

 電気が生きているとはいえ、夜間の光源はゾンビを刺激する。

 もしかすれば、悪意ある人間をも刺激しかねない。

 結局、照明として電気を使用するのは日中に限定されてしまっているが、有るのと無いのではやはり大きな違いであった。

 そういった懸念もあり、亜森はモールで手に入れたロウソクを早速利用しながら、小さな明かりを頼りにメモを続ける。

 モールでの出来事、トラックのこと、道中ガソリンスタンドで給油したこと、玄関からではなく三階から下がっていた避難梯子を登って入ったこと。

 それと、学校の想像以上の荒れた様子のこと。

 亜森は一度、開け放たれたままの扉から廊下に視線をやる。

 ゾンビが近づく音を聞き逃さないために開けていた扉の向こうには、大きく割れた窓ガラスがそのままの状態で残っている。

 見える範囲だけではない、三階の廊下だけでもない。

 グラウンドから見たときは、全ての階の窓ガラスが同じ状態だった。

 それだけで、この終末が始まった日の光景が目に浮かぶようだ。

 

(本当に、よく生きていたよ彼女達は。俺が将軍と出会ったのと、どちらの幸運が勝るかな)

 

 亜森の場合は、ウェイストランドに迷い込んだ時点で不幸としか言いようがないが、それは考えないことにするようだ。

 粗方書き終えたところで手帳をたたみ、パイプ椅子の背もたれに体重を預ける。

 用意して置いたコーヒー入りのマグカップに手を伸ばし、一口だけ含んだ。

 すっかり冷めてしまった様で、苦味ばかりが強調されている。

 眉間に皺を寄せ、マグカップをテーブルに戻す。

 

(銃の手入れでもして時間を潰すか。この数日で大分働いて貰ったから、そのお礼をしておかないと機嫌を損ねかねない)

 

 Pip-Boyからハンティングライフルとパイプライフル、銃の整備用の道具類を取り出し、ホルスターからは10mmピストルを抜きテーブルに並べた。

 10mmピストルは最後に回すとして、初めにパイプライフルを手に取った。

 マガジンを抜き、コッキングレバーを引いて薬室内に弾が入っていない事を確認する。

 留め具を抜いて銃身を取り除き、レシーバー部分も外していく。

 後は一つ一つの部品から発射残渣を拭き取り、稼動部分にガンオイルを塗布した。

 部品を明かりに照らして、ヒビや欠け、摩耗が無いかチェックする。

 再度部品を組み立て、ガタが来ていないか、正常に作動するか確認したところでようやく終わる。

 

(弾もマガジンに装填しておこうかな)

 

 パイプライフル本体の整備が済んだところで、バラの.38口径弾と使用済みのマガジンをPip-Boyから取り出した。

 整備に使用した物とは別の布で一発づつ磨き、マガジンに装填していく。

 二つほど装填完了しテーブルに並べた時、廊下からオレンジ色の明かりとともに足音が聞こえて来た。

 

「若狭か、どうした? トイレだったら、ついて行って廊下を見張っておくぞ」

 

 入り口には、ロウソクを持った悠里が佇んでいた。

 

「いいえ、トイレじゃなくて。……ちょっと眠れなくて」

「そうか……、まぁ座れよ。今、飲み物を用意しよう」

 

 そう言って、亜森は作業の手を止め、席を立つ。

 

「あ、お構いなく」

 

 悠里は断ろうとしたものの、亜森がさっさと立ち上がったため、もう諦めることにして廊下側に近いパイプ椅子に腰掛けた。

 亜森は、夜間はコードを抜いて保温用として使っている電気ポットから、新しく用意したマグカップにお湯を注いで、悠里に手渡す。

 

「もう深夜だから、コーヒーじゃなくて白湯だけど」

「どうも……」

 

 亜森から手渡されたマグカップからは湯気がうっすら立ち上り、掌にじんわりと暖かさを伝えてくれる。

 悠里はゆっくりと口に含み、飲み下す。

 ふぅと一息ついて、マグカップを両手で包み込んだままテーブルへと置いた。

 

「……」

「……?」

 

 チラチラと視線をよこす悠里に、亜森は尋ねる。

 

「どうした、銃が気になるか?」

「ええ、まぁ」

 

 悠里の率直な疑問に、銃弾を装填する作業を休めずに答える。

 

「恵飛須沢からは……聞いてないみたいだな。出会ってまだ数日で、ゆっくりと話す時間もなかったし、当然か」

「くるみには、話してあったんですか?」

「ガソリンスタンドで、大体のことは話してある」

「初めて会った日の?」

「そうだ、恵飛須沢からは丈槍の……ああ、アレだ」

 

 亜森は、由紀の幻覚について言いたかった。幻覚の中の佐倉慈についても。

 

「幻覚?」

「そう幻覚について、いつ頃から始まったとか。佐倉先生が犠牲になった時のこととか、な」

「そう、そこまで……」

 

 悠里は由紀の幻覚について、協力してくれるとしか胡桃から聞いていなかったので、どんな内容を話したかについては把握していなかった。

 

「見知らぬ銃を持った男に、丈槍の見えない地雷を無造作に踏んで欲しくなかったんだろ」

「それは私から頼んだんです、だから……くるみのことは、悪く思わないで下さい」

 

 とっさに、胡桃を庇う言葉が出た。

 何だかんだで悠里から見た胡桃は、亜森を信頼しているように見えていたので、その関係が崩れそうになるのを避けたかったのだ。

 

「俺は不快に思ったりしていないさ。君たちからすれば当然の懸念だった」

「……はい」

 

 二人の間で沈黙の時間が流れる。

 亜森は相変わらず、使用済みマガジンに銃弾を装填する作業を続けていた。

 更に一つのマガジンを装填完了して、ハンティングライフルの整備に移ろうとした時、亜森は思い出したように悠里に質問する。

 

「そういえば」

「何ですか?」

「あの手紙を飛ばしたのは、誰の発案だったんだ?」

 

 亜森は手紙について、差出人ではなく発案者について知りたかった。

 

「あれは……私です。ちょうど遠足の計画を立て始めようとしてた時に、暇な日が出来たので……」

「それじゃあ、俺が君達に出会えたのは若狭、君のおかげだったのか」

「ま、まぁそういうことになりますかね」

 

 悠里は若干照れたように目線をそらし、自分の発案だと認めた。

 そんな悠里に、亜森は作業の手を止め、パイプ椅子に腰掛けたまま深く頭を下げ、御礼の言葉を述べた。

 

「ありがとう」

「え?」

「君の手紙がなかったら、さっさと頭を撃ち抜くか、アテもなく彷徨うだけだったろう」

「そんな、大げさな」

「大げさなんかじゃないさ、連邦……って言ってもわからないよな。まぁ大雑把に言えばアメリカのことなんだが、そこから日本に戻った時の俺は、かなり精神が追い詰められていたから」

 

 亜森の言葉を聞いていた悠里は、彼の言う内容に引っかかりを覚えた。

 どういうことだ、アメリカ?

 

「アメリカ? 外国から日本に戻って来たんですか? どうやって――」

「落ち着いてくれ、その辺りのことは恵飛須沢にも話してある。ただ、アイツも俺の話を話半分も信じられないと言っていてな」

「……どういうことなんです?」

 

 亜森は一旦言葉を切り、少しの間逡巡するも決心したように彼の真実を語った。

 

「若狭、"神隠しでアメリカに行って、核融合炉の爆発で戻ってきた"なんて聞いて、お前さんは信じられるか? 俺は無理だ、頭の病気を疑うね」

「私を……子供だと思って、馬鹿にしてるんですか?」

 

 亜森の答えに、悠里は険しい顔を見せる。

 亜森はそんな悠里を気にするような素振りも見せず、話を続けた。

 

「恵飛須沢も同じようなことを言ってたよ。ただ……」

「ただ?」

「ただ、俺も俺なりに、必死になってクソみたいな連邦を生き抜いてきた。色んな人の助けがあってこそだったけど、必死だった」

「……」

「最後はもう耐えられなくなって、諦めてしまったが……。連邦で過ごしてきたことは、確かに俺の中に残ってる。

 だから、俺がやってきたことを、存在しないかのように扱うのは止めてくれ」

 

 亜森のこれまで見せなかったような強い口調に、悠里は気圧されていた。

 数秒ほど、険しい顔をしていた亜森はふっと表情を崩し、空気を変えようと明るい声色で語りかける。

 

「ま、こんな感じのことを恵飛須沢に話したんだ。胡散臭いだろう?」

「え、ええ。はい」

「だから、俺の過去についてとやかく言わなければ、俺も君達に対して友好的に協力できると言ってあるんだ」

「例えば、ゆきちゃんのこととか?」

「ああ、丈槍の幻覚とか。今日までの遠足とかな」

「……分かりました」

「ん?」

 

 悠里の言葉に、亜森は真意を問うように先を促す。

 

「私も……何も言いません。くるみもそうしているんでしょう?」

「恵飛須沢は女子高生にしてはさっぱりとした性格みたいだから、単純に割り切ってるだけかもしれないけどな」

「ふふふ、そうかもしれませんね」

 

 二人の脳裏には、元気にシャベルを振り回す胡桃の姿が浮かんでいた。

 想像した姿があまりにも"らしい姿"だったので、自然に笑みが浮かぶ。

 

 しばらく亜森は銃の整備を続けながら、悠里と明日以降の予定について話していた。

 明日といっても、既に日付は越えているので、もはや今日といったほうが正しくはある。

 

 亜森は、物資の搬入とバリケードの強化案を練ること。

 悠里達学園生活部は、これまでと同様に屋上菜園の農作業や、新しい物資の目録作りなど。

 お互いに、今後必要になりそうなことを思いつく限り出し合っていく。

 思いつく限りといっても、深夜の突然の話し合いであったので、そこまで中身のある内容とは言えなかったが。

 

「この辺にしておくか? 深夜の話し合いで、まともな結論が出た試しは殆どないし。後は、明日の午後にでも皆で集まって話そう」

「そうですか?」

「それにもうかなり時間がたった。早めに寝ないと、寝不足になるぞ」

「それは問題ですね」

「ああ、だからもう布団に戻れ。俺は朝までここで作業しながら見張りを続けて、朝食後寝ることにする」

「ご飯食べてすぐに寝ると、牛になるって言いますよ」

 

 亜森のその言葉に、からかうように切り返す悠里。

 

「牛になるほど食事に余裕があるのは、願ったり叶ったりじゃないか?」

「まぁ、それもそうですね」

 

 亜森との会話も終わり、悠里は席を立とうとしたが、一つ気になることを思い出し、彼に尋ねた。

 

「そう言えば、くるみから学校に戻る途中言われたんですが。集めた食料の大半を亜森さんが持っているって」

「ああ、そうだな」

「でも、トラックに運んだ分には殆ど見当たりませんでしたけど」

「それなら、この中に入ってる」

 

 悠里の疑問に、亜森はPip-Boyを操作することで答える。

 中から取り出したのは、10kg入の米袋だった。

 目の前のあり得ない現象に、かつての胡桃と同じように悠里は言葉を失ってしまった。

 

「こんな感じで大量に確保してあるから、心配はいらないぞ?」

「……」

「どうした?」

「……ちょっと目を開けながら夢を見ているようなので、もう寝ます」

「お、おう」

「それじゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ……刺激が強すぎたか?」

 

(まだ見せなくてもよかったかもしれないが……、まいっか)

 

 亜森は深く考えることを止め、米袋を部屋の片隅に置いて、銃の整備に戻ることにした。

 

 

 

 短くなったロウソクを手に、学園生活部の寝室として使っている放送室の扉を開けた悠里は、布団の上で足を組んで座っている胡桃を見かけた。

 

「りーさん、トイレか? 随分遅かったな」

「ちょっと眠れなくて……、亜森さんと少し話し込んでた」

「ふうん」

 

 扉を後ろ手に閉め、ロウソクを吹き消した悠里は胡桃がいる窓側に移動し、彼女の隣に座り込む。

 由紀と美紀は深く寝入っているようで、会話する程度では起きる様子は無かった。

 

「ねぇくるみ」

「なに?」

 

 悠里は胡桃と顔を合わせないまま、亜森から先程聞いたことについて、彼女に質問した。

 

「何処まで信じてる?」

「……アモのこと?」

「そう」

「アモのヤツ、あれ話したんだ。アメリカに居たって話」

 

 胡桃は、ガソリンスタンドで亜森から連邦について聞いたことを思い出していた。

 胡桃自身も半信半疑で、アメリカにいたってことぐらいしか信じていないような内容だった。

 何れ悠里にも濁して伝えるつもりだったが、先に亜森から聞いたのだと、胡桃は察した。

 

「ええ、本当にあるのかしら。神隠し」

「どうだろ、嘘を吐いてるようには見えないけど」

「そうなのよね……」

 

 胡桃にも悠里にも、亜森が嘘で誤魔化しているようには見えなかった。

 彼の過去に対する強い思いは、嘘から生まれるものには到底思えない。

 

「でも」

「でも?」

「アモは頼りになるよ。あたし等だけだったら、もっとヒヤヒヤする場面があったと思うんだ」

 

 今回三日間に渡って行った学園生活部の遠足、それを胡桃は一つ一つ思い出していた。

 

「それって、今回の遠足のこと?」

「うん。アモがマニュアルを見つけなきゃ、スタンドで給油出来たか分かんないし。モールでも常に先頭を歩いて、安全を確保してくれた」

「本当にね。もしかしたら、くるみがシャベル一本で同じ事をすることになってたかも」

「そうだったら、みきを助けられたか分からないよ。五階の階段で引き返してたかもしれない」

 

 美紀を見つけた時のことを、胡桃と悠里は思い出す。

 あの時は、由紀が何かに気付いて走り出したことがキッカケだった。

 由紀の行動にはヒヤリとさせられ、美紀が現れた時は驚き、倒れた時には更に驚き心配もした。

 結局二人にとって、あの遠足で現実を忘れて楽しんでいられたのは、服を選んでいる時だけだった気がする。

 そういえばと、悠里はモールであった出来事で、印象に残っていたある出来事を思い出す。

 自然と口元が緩み、悠里は思い出したことを若干からかうように胡桃に伝えた。

 

「そうね、それに抱きしめてくれる人もいないんじゃね」

 

 一瞬、何を言われたのか分からなかった胡桃は、横に座っている悠里の顔を伺ったが、直ぐに何のことについて話しているのか理解した。

 悠里の空気が変わったことを胡桃は感じた、もちろん彼女にはあまり歓迎できない空気に、だが。

 

「あ、あれはもういいだろっ」

「あら? 私は映画のワンシーンみたいで、ちょっとドキドキしちゃったわ」

「そ、そりゃああたしだって少しぐらいは」

「少しだったの?」

「……実は、結構」

「やっぱり」

 

 悠里は、恥ずかしそうに語る胡桃の姿に、少しばかり嗜虐心が芽生えるのを感じた。

 そして、まるで外の惨状など関係ないかのような女子高生らしい会話に、一時の現実逃避とかつての日常に戻れたような感覚を覚えていた。

 

「それで、どうだったの?」

「どうって、まぁ。その」

「すごかった?」

「凄かった。何ていうかプロレスラーみたいに身体がデカい訳じゃないのに、がっしりしてて、見た目よりでかく感じた」

 

 胡桃はモゴモゴしながら、亜森に抱きとめられたあの時のことを思い出していた。

 

「何ていうか、ほら。いただろ? クラスメイトで、運動部に入ってるやつがやたら"身体鍛えてる自慢"してくるの」

「確かにいたかも……。特に、野球部やサッカー部、あと武道系の部活入ってる男子に多かったわ」

「陸上部にもいたよ、そういうの。何であんなに自分に自信があるんだろうな」

「さぁ?」

「アモと比べたら、あいつらなんてモヤシみたいなもんじゃん。何が細マッチョだよ、脂肪がないだけで何がマッチョだ笑わせんな」

 

 口早に話す胡桃に、悠里はニマニマとしながらからかいの言葉をかける。

 

「やだ、くるみ。そんなことが分かるまで抱きついてたわけ?」

「ち、違うしっ。ちょっと力が入ってただけだし!」

「いいのよ、照れなくても。ちょっと知的好奇心を満足させただけ、でしょ?」

「ううぅ、恥ずかしぃ」

 

 紅潮するのを止められない胡桃は、悠里の視線から逃れるように、両手で顔を覆う。

 

(うふふ、このくらいでからかうのは止めておこうかしら?)

 

 一通り久しぶりの女子高生らしい会話を楽しんだ悠里は、一足先に自分の布団に潜り込んで朝まで眠ることにした。

 

「ちょっと、りーさん。何寝ようとしてんの」

「もう、眠くなっちゃった。早めに起きて朝ごはん作らなきゃいけないし、私はもう寝るわ」

「りーさんから言い出したんじゃないか……」

 

 "まったく"と、小さく悪態をつきながら、胡桃も自身の寝床に横になり布団をかぶる。

 

「くるみ、おやすみ」

「はいはい、おやすみ」

 

 悠里は瞼を閉じ、布団の暖かさにまどろみを覚えながら、静かに寝入っていった。

 一人からかわれて終わった胡桃は、亜森に抱きしめられた時の感触を思い出してしまい、布団の中で恥ずかしさに悶えながら朝を迎えた。

 

 

 

 寝不足の胡桃は、朝になって顔を合わせた亜森に対して"お前のせいだぞ"と悪態をつくが、当然亜森にはピンとこず"何の話だ?"と聞き返される。

 その様子を見ていた悠里にクスクスと笑われ、余計に亜森を意識してしまい恥ずかしさからか視線を合わせられなかった。

 

「まぁまぁ、亜森さん。胡桃はちょっと寝不足なのよ」

「ふうん? そう。睡眠時間はきちんと取れよ、恵飛須沢」

「分かってるよっ、全く」

 

 胡桃は悠里を半眼で睨むが、睨まれた方はどこ吹く風で、炊きたてのご飯を炊飯器から人数分よそっている。

 会議用テーブルを二つ合わせた食卓には、昨日までの遠足で手に入れた新たな缶詰と、インスタントの味噌汁がおかずとして用意してあった。

 昨日までの労をいたわり、今日から頑張ろうということで、缶詰は由紀が一際おすすめする牛肉の大和煮である。

 まだ眠っていたところを美紀に起こされ、目元をこすりながら現れた由紀も、大和煮の缶詰を見つけ目が完全に覚めたようだ。

 

「ゆき先輩、食事の前に顔と手を洗ってくださいよ。よだれのあと、ついてます」

「ええ~っ、ホント? 恥ずかしぃ」

「はいはい、一緒に行ってあげますから。はい、タオルを持って」

「ありがとー、皆ちょっといってくるね」

「早くしろよー、遅いと由紀の分食べちゃうからなー」

「す、すぐに戻るから! みーくん、さぁ早くいこっ」

「わかりましたよ、さっさと済ませましょう」

 

 美紀を連れ立って、洗面台へと向かう由紀。

 そんな二人を見送り、亜森は用意されていたパイプ椅子に座って、テーブルにある朝食の感想を述べる。

 

「味噌汁かぁ、これだけでもモールに行ったかいがあるよ」

 

 味噌汁の香りを堪能しながら、しみじみと亜森は語る。

 そんな亜森を、胡桃は珍しそうに見ていた。

 

「アモ、味噌汁好きなの?」

「ずっと日本食とは縁遠い食生活だったから、こういう馴染みのある味は久しぶりなんだよ。カレーみたいにな」

「遠足でかなりの量を手に入れたみたいですから、これからは毎日食べられますよ」

 

 悠里がよそったご飯茶碗をテーブルに並べながら、亜森のPip-Boyの中にあると思われる食材について言及する。

 

「ああ、もちろん。その辺の醗酵調味料関係は、根こそぎ回収してある」

 

 "醤油も各種、取りそろえております"と、亜森は少し自慢げに語った。

 

「まじかよ、いや助かるけどさ。あたしは缶詰を回収した後は、適当に日用品をカゴに入れてたから、そっちは考えてなかった」

「Pip-Boyがなけりゃ、俺も似たようなもんだ。それぞれが出来ることをやったんだから、それで十分だよ」

 

 配膳し終えた悠里は、胡桃の隣のパイプ椅子に腰掛けながら、亜森に回収した物資の内容について聞いた。

 

「亜森さん、後で回収した物を教えてくれますか? 物資の目録を作っておかないと」

「分かってる、午後からでいいか? 流石に少しは眠っておかないと、集中力が続かなくなる」

「ええ。朝まで見張り、お疲れ様です」

 

 "そう言えば亜森が起きていたな"と、胡桃はつい数時間前に悠里と話していた内容を思い出した。

 

「アモ、徹夜で見張ってたんだって? 言ってくれれば良かったのに」

「昨日は皆疲れてたようだったからな。暫くは朝まで見張りして午後まで寝る、そんな感じで動きたいと思ってる」

「皆で交代でやったら良いじゃないか、一人に負担が集中するだろ?」

「それも良いんだけど。俺からすればあのバリケードで安心して眠るのは無理だ、補強を終えるまではそうするつもりだよ」

 

 それを聞いて、胡桃はムッとしたように聞き返す。

 

「何だ、あたし等が作ったバリケードに文句でも?」

 

 険のある言葉に、亜森は神妙な顔をして答える。

 

「そうは言うけどな恵飛須沢。一度たりとも、ゾンビは抜けてこなかったか?」

 

 亜森の言葉に、二人はこれまで遭遇してきた危険について思い出していた。

 

「……あったな」

「……あったわね」

「力任せに押したら倒れるかもと、思ったことは?」

「あるな」

「……私、乗り越える時正直危ないなとは思ってたわ」

 

 悠里は少し言いづらそうに、自身が感じていたことを述べた。

 

「そういう問題点を無くしていこうと思ってるんだ。夜、安心して眠るのはそれが終わってからでも十分だ」

「まぁ、安全になるってんならいいか」

「そうね、今は状況が変わってきたんだし」

 

 二人の一応の了解が取れたところで、身支度を終えてきた由紀と美紀が戻ってきた。

 

「おまたせー!」

「お待たせしました」

 

 戻ってきた二人に席に座るよう促し、悠里は食事の挨拶を始める。

 

「それじゃ、今日も一日頑張りましょう。いただきます」

「いただきます」

 

 朝の食事が始まり、今日も新たな一日が始まる。

 

 

 

 




・私立巡ヶ丘学院高校
がっこうぐらし!高校編の舞台であり、学園生活部の避難所でもある。

・割れた窓ガラス
学校中のガラスが割られており、無事なのは学園生活部の活動場所ぐらい。
しかし、人の手が届かないところまで満遍なく割れているのは、ちょっと演出としてはやり過ぎでは?と思わなくはない。

・銃のメンテナンス
所詮作者の妄想の域を出てないので、現実と異なると思われる。

・悠里のテコ入れと胡桃いじり
悠里の警戒と疑念が無くなった訳ではないが、一定の折り合いを自分の中で付けたようだ。
ついでに胡桃を亜森ネタでいじることで、色んなストレスを女子高生らしく発散した。
胡桃さんは、もうこの役回りで固定されつつ有る感あり。
出番は1番多いんだから、ちょっと我慢してね。

・朝食
朝はご飯とインスタント味噌汁に缶詰。
これだけ見れば、新生活を始めた若者の食事に見えなくもない。
連邦では、基本的に煮るか焼くか。イギリス料理かな?
連邦は海に面しているので塩は有るだろうが、それ以外の調味料はどうしているのか気になる所。

・机と椅子と有刺鉄線のバリケード
正直、不安で一杯のバリケード。
少ない資材と不慣れな女性だけで作ったことの演出のためだと思われるが、隙間ありすぎない?
学校施設には必ず有るだろう防火扉を閉めて、その隙間を埋めるように机でバリケードを作ればいいのにと思うのは作者だけでは無いだろう。

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