(生きているってすばらしい。)
『おはよー、ねぼすけ、朝だぞー』
枕元に置いている、キャラクターモノの目覚まし時計が起床時間を告げる。
某キャラクターに似ているが、これでなかなか子供たちには人気があるらしく、時計売り場でも目につく棚に陳列されていた。
目覚まし時計の音声に徐々に覚醒を促され、視界がはっきりしていく。
(私は、)
寝返りをうち、カーテンを閉じた窓に顔を向ける。
既に日は昇っているようで、鳥が鳴いているのも薄っすらと聞こえてくる。
『朝だぞーおはよー』
繰り返される音声に意識を向け、手を伸ばす。
今日も1日が始まる。
(負けない。)
バチンッ
ガツンッ
「ミニッツメンの俺が、こんなところで負けるわけがねぇ」
「うるせぇっ、何度目だよ当たったのは! だからハンドル切るのが遅えって言っただろっ!!」
「免許取ってからまともに運転してないんだよ、ペーパーだよ、察しろよ」
「無免許のあたしやりーさんの方がうまいんじゃねーの!」
出発予定時間から遅れること一時間、何とか給油して出発した4人であったが、新たな問題が浮上していた。
唯一の免許持ちが立候補したのはいいものの、所詮はペーパードライバーであり、ウェイストランドでは乗り物は爆発物であったため、運転技量が胡桃や悠里と同程度、もしかすればそれ以下であったのだ。
ワイワイがやがやと騒ぎながら数時間、新たな凹みを幾つか拵えたところで、遠足の目的地リバーシティ・トロンに到着した。
「見えた! 見えたよ!」
「元気だな、おまえ……」
助手席でナビゲートしていた由紀は、モールが見えてきたところで歓声を上げた。
心なしかテンションも上がっているように見える。
「元気すぎよ、昨日ちゃんと寝た?」
「えへっ、あんまり」
悠里の指摘に、悪びれもせず殆ど寝てないと答える。寝不足で少しハイになっているようだ。
そんな3人のやり取りを横に、亜森は慎重にハンドルを切り、モールの正面玄関入り口前に車を何とか横付けする。
「……おまえ、遠足で熱出すタイプだろ」
「そそそ、そんなことないよ!」
「はいはい、喧嘩しないの。さ、行きましょ」
「よし、忘れ物は無いようになー。特に丈槍」
「えーアモさんひどい、そんなことするわけ……。あれ、りーさん私のリュックサック知らない?」
「後ろのトランクに、みんなまとめて置いたでしょ?」
「そうだった、えへへ」
モールの玄関扉は、大半のガラスが割れていてあちらこちらに散乱していた。
世界のルールが変わった日、当然ここも被害は免れなかったようだ。この地域では1番の商業施設でもあるモールは、平日でも賑わいを見せていたらしく、少し離れたところに見える駐車場には、多くの車が止まったままであった。
「中は流石に暗いな」
「わ、暗いね。今日はお休みかな?」
「ドアは開いてるけどな」
亜森の後ろについてきた由紀は、暗い店内を覗くと疑問を口にする。
開いているドアをくぐり、由紀は一歩店内に足を踏み入れた。
「閉め忘れかな?」
「待て待て、危ないぞ。入るときはみんなで、だ」
「はーい」
亜森に肩を掴まれ止まるよう言われた由紀は、素直に従う。
足元に散乱していた館内案内のチラシを拾い上げた悠里が、それを皆に伝えるように読み上げる。
「『リバーシティ・トロン館内案内』……、今日はイベントがあるみたい」
比較的状態がマシなチラシをもう一枚拾い上げ、亜森と胡桃にも見えるように渡す。
「イベント? お祭りみたいなのかな?」
「へー、入ってみようぜ」
「飛び込みで大丈夫かしら? 私達は買い物……というか遠足に来たのよ?」
「客を断ることは無いんじゃないか?」
「邪魔しなきゃ、大丈夫だろ。行こうぜ」
「じゃ、怪しまれないように。そーっとね、そーっと」
「ええ、気をつけて行きましょう」
吹き抜けの玄関ロビーを、一列になって進む。
先頭にはサプレッサーを装着した10mmピストルを構えた亜森、続いてライトで足元を照らす胡桃、すぐ後ろには由紀と悠里がついて歩く。
先頭を進む亜森は、周囲を警戒しながら進み、頻繁に皆を止まらせ進行方向にいるゾンビを静かに始末していく。
時には数体纏めて固まっているゾンビもいて、そういった集団にはPip-Boyに搭載されているV.A.T.S(Vault-Tec Assisted Targeting System)を利用して無力化する。
将軍にPip-Boyを貰うまで、将軍の戦闘能力の高さに"マッチョの元アメリカンアーミーはスゲーな"と思っていたが、この装置にすごい能力があったのかと当時の亜森は感心しきりだった。
ゾンビにギリギリまで近付き、頭に弾丸をプレゼントするお仕事は、連邦を意のままに移動できるまでに成長した亜森には特に難しいことではなかった。
一体見つけては片膝を立て"パシュッ"、二体見つけてはテナントの角の柱越しに"パパシュッ"と撃つだけなのだ。
遮蔽物に隠れようともしなければ、上半身を大きく反らしたり伏せたりしながら助走をつけて殴りかかってくる事も無い。
気懸りだった由紀の反応も静かな物で、特にこれといった疑問を問う事もなく、胡桃と悠里に挟まれながらついてきている。
やはり、どこか現実に対処しようとする意識が働いているのだろうか。
由紀を除く3人には、この亜森の一連の行動は、由紀の幻覚に矛盾を生じさせるには充分に思えた。
しかし、現実に由紀はただ静かについて来るだけだ。まるで3人の邪魔をしない様にするかのように。
(気にはなるけど、今考えることじゃないよな)
胡桃は亜森のすぐ後ろにつきながら、浮かんでくる疑問を思考から押し出した。
暫くの間、あちこちのテナントからうめき声の聞こえる暗い通路を進んでいると、シャッターが降りている一角を見つけた。
テナントの看板から判断して、CDショップのようだった。
そのテナントを見つけた胡桃は、すぐ前にいる亜森に小声で知らせる。
「アモ、あれを見て」
「あれ? ……シャッターが降りてる、良い所が見つかったな」
「ああ、あそこなら暫く安全に姿を隠せると思う。それに館内案内のフロアマップを見てくれ」
「ここの位置は……階段の近くか?」
「階段を降りて直ぐの所は食品売り場、しかもレジ近くだからあたしらの目的の缶詰か何かの食料が近くにあるはず」
「……決まりだな、まずシャッターの中を偵察してくる。恵飛須沢は2人を連れて何時でも入れるように待機しててくれ」
二人を任せた、そう言って亜森はシャッターに取り付き、静かに持ち上げて体を中に滑り込ませた。
その間、三人はシャッターの直ぐそばで静かに待った。胡桃は周囲を警戒するように、シャベルを両手で持ち視線を巡らている。
中から減音された銃声が聞こえてくる事もなく、数分と立たないうちにシャッターが腰ぐらいの高さまで持ち上がった。
「問題無い、入ってくれ。頭ぶつけないようにな」
シャッターの裏から亜森の声が聞こえ、三人は順番にCDショップへ入り込む。
一先ず安全な空間を確保できたことに安堵した四人は、それぞれショップ内を見て回る。
亜森はまだ日本にいた頃に聞いていた音楽グループを思い出しながら、適当にアルバムを物色していた。
「なぁ恵飛須沢、君等の学校にはCDプレーヤーはあるか?」
数枚のCDアルバムを手で掴みながら、"学校で聴けるだろうか"と、学校の生徒でもある胡桃に聞く。
「あーどうだっけ、CDラジカセなら職員室か音楽室にあったと思うけど。りーさん、CDプレーヤーって学校で見たことある?」
「体育や英語のリスニングの授業で使っていたから、何処かにはあると思うけど……。どこに置いてるかまでは、ごめんなさい戻ってみないと分からないわ」
「そっか、ありがとう。それならいくつか持っていくかな。なんせ、今は10割引きセール中だ」
へっへっへ、とニヤニヤしながら背中に背負っているバックの外ポケットにアルバムを詰め込んでいく。
「ニヤニヤすんなよ、まるっきり不審者じゃねーか」
明るい雰囲気の中、再生機器コーナーを見ていた由紀が"こんなものがあるよ"と皆を呼んだ。
「ね、これ買っていいい?」
「無駄遣いはダメよ?」
由紀は、手にしたポータブルCDプレーヤーを購入してもいいか、悠里に尋ねた。
悠里はライブ会場で使うようなケミカルライトを手に取り、裏面の説明を見ている。
「無駄じゃないよ! みんなで音楽聴けるしー」
そう言いながら、ポチリとプレーヤーのボタンを押す。
突如流れた音楽に、ビクンと反応した胡桃が"シィー"と静かにするように言った。
「しー!」
「あっ、はーい!」
それに気づいた由紀は、声のトーンを落として再生を止める。
「丈槍、それならこれが必要じゃないか?」
亜森がヘッドホンコーナーを指差し、好きなものを選べと由紀に提案した。
「え~どれにしようかなー、カワイイのがいいよね!」
「音が漏れにくいものがいいんじゃないかしら?」
「俺はかっこ良くてゴツいもの一択」
「あたしはイヤホンタイプが好きだなー」
「恵飛須沢、若狭、ちょっとこっちへ」
亜森は、小声で二人を手招きした。
二人が近寄ると、由紀に聞こえないように話し出す。
「そろそろ、目的の食料を探しに行こうと思うんだが」
「そうね、いつまでもCDを眺めてるわけにもいかないわよね」
「じゃあ、あたしとアモで行ってくるよ。りーさんはゆきとここにいて」
「大丈夫? 食料品売場は地下のフロアよ、たくさんいるんじゃないかしら」
何がとは悠里は言及しなかったが、それだけで二人には伝わった。
「騒ぎ立てなければ大丈夫だろう、そこはなんとかするさ」
「あたしも行くから、お互いにカバー出来るし安全度は一人で行くより高いと思う」
(それに亜森のPip-Boyもあるんだし)
それがあれば、リュックサックに入りきらない分を諦めることにもならないだろう。
さすがに上限はあるだろうが、普通に持ち運ぶより期待できるはずだ。
「そう……それじゃあ、二人共気をつけて。私はその間にこれをバックに詰めておくわ」
そういって、手に持っていたケミカルライトを二人に見せる。
「これは?」
「ケミカルライト、こう真ん中あたりを折って中の液体を混ぜると発光するの」
「あー、コンサートとかライブ会場とかで使うような? あたしは経験ないけど」
「俺もない、そんなに活動的な音楽ファンってわけでもなかったし」
折ってみせるような動作をして、簡単にケミカルライトの特徴を説明する。
「かれらって、光に反応しているような行動をするでしょう? これを囮に使えないかって思ったの」
「りーさんあったまいい!」
「さすが学園生活部の部長さんだな」
二人のヨイショに少し照れながらも、更に説明を続けた。
「それでね、これは売り場に陳列してあった分だけど、もっと在庫があると思うのよ。ダンボール一箱ぐらいの」
「……確かに、生モノじゃないし腐ることもない。それならまとまった数の在庫を保管していても、不思議じゃない」
「でしょう?」
「ならりーさんは、ここでそのケミカルライトを探してくれるか? ついでにあたしらでそいつの効果を試してくるよ」
"お願いするわ"と、胡桃に数本のケミカルライトを手渡す。既に、封は開けてしまっているようだ。
胡桃は受け取ったケミカルライトをポケットに突っ込んだところで、親指でクイッとシャッターを指差し、亜森に出発を促す。
亜森と胡桃の二人はシャッターに近づき、亜森がシャッターを腰の高さまで持ち上げる。
「恵飛須沢、少しの間持っていてくれ」
「分かった」
胡桃にシャッターを支えるように頼んだ亜森は、シャッターをくぐり素早く周囲を警戒する。
近くには、ゾンビはいないようだ。
改めてシャッターを支えると、手招きして胡桃を呼んだ。
「じゃ、りーさん。行ってくる」
「ええ、気をつけてね」
「ああ」
短く受け答えを済ませると、胡桃もくぐり抜け静かにシャッターが降ろされた。
「準備はいいな? ライトはつけずに行くぞ」
「それじゃ見えねーだろ? どうするんだ?」
"コイツを使うのか"と、昨日借りた暗視スコープを取り出そうとした胡桃を制し、亜森が説明し始める。
「俺は夜目がきく方なんだ、だからこれぐらいの暗さならなんとかなる」
「あたしはなんともならないんだけど」
俺は大丈夫という亜森の言い分に、不満気に返す。
「恵飛須沢、君は俺の肩かベルトを掴んでくれ。それで進もう」
「余計危なくないか? せめて足元だけでも見えるようにしなきゃ」
見えないものに蹴躓くかもしれない、胡桃はそう言いたかった。
確かに、亜森だけ見えていても胡桃が把握できていないのでは危険が増す。
そう思い直した亜森は、ポケットに入れていた金メッキのオイルライターを取り出した。
「……、それならこれを使ってくれ」
「これは……ライター?」
「オイルライターだ。それならライトみたいに強い明かりじゃないから、そんなに注意を引くことも無いと思う」
「ふうん、ありがと。あいつらが寄ってきたらすぐに消すよ」
カチンカチンと何度かライターの蓋を開け閉めして、ジャッと火を灯す。
弱い明かりが、二人と足元を淡く照らした。
「じゃ、出発だな」
「ああ、久しぶりの買い物と洒落込もうじゃないか」
二人は周囲を警戒しながら、地下フロアの食品売り場に通じる階段へ歩き出す。
幸い、地下フロアに降りるまでゾンビが現れることはなく、安全に降りて行くことが出来た。
「……思っていたよりいないみたいだな」
「ホントだよな、最後の日の客が少なかったのかも」
「最後の日は平日だったんだろう? それでもここぐらいのショッピングモールなら、客の入りも大規模になりそうだけど」
「これはまだめぐねえがいた頃に聞いたんだけど、あの日は朝から緊急車両が多く出動していたらしいんだ。出勤する時に、何台もパトカーや救急車が通るのを見たんだって」
めぐねえの話題で当時の様子を思い出したのか、胡桃は神妙な顔つきになる。
「すると、朝のうちには何か異変が始まっていたんだな」
「ああ、あたしらの学校にまで影響が及ぶのには、放課後になってからだった。あたしは陸上部の部活中だったし」
「それで学校を拠点にしているわけか」
「学校以外に行けるようなところも無い、ってのがホントのところだけど」
周囲に目を凝らしながらも、二人は緊張感をほぐすように会話を続けた。
「ここにいた人たちは、脱出できたのかもしれない。ただ外で無事かどうかは期待できないけど」
「外に逃げたってのは正しいかもな、階段からここまで見当たらないし」
「あたしらが楽に行動できるんだから、万々歳じゃないか?」
「それは言えてるな」
一通り時間をかけて周囲を観察しても、ライターの薄明かりに寄ってくるゾンビは現れなかった。
障害物の後ろにいるか、もしくは相当離れた位置にいるかのどちらかだろう。
胡桃が、昨日の内に借りていた暗視スコープで商品棚の並ぶ通路の先を観察しているが、ゾンビが現れる様子は見られなかった。
「何か見えたか?」
「いや、動きはないよ。そっちは?」
「うっすらとうめき声は聞こえるんだが、これはかなり遠くにいるな」
「商品棚の後ろに隠れているんだろうけど、通路を一つずつ見て回ってちゃ時間がかかるし……。どうする?」
どう行動するか、その方針を亜森に尋ねる。
「ここは若狭に貰ったケミカルライトの出番じゃないか?」
「つまり……、囮作戦?」
そういうことだと頷き返し、一つくれと亜森は手をつき出した。
「ああ、ほらよ。それで、どこに置くんだ? 適当に置いちゃ逃げ場がなくなるかもだろ?」
「この階段の安全は確保したいから、ここから反対のフロアの角のところだな。つまり……」
館内案内のチラシをポケットから取り出し、ライターの明かりで照らす。
チラシの地下フロアの部分を眺め、ある一点を指で示した。
「ここ、野菜売り場と魚売り場のちょうど境目のところ」
「うまい具合に角になってるな、それじゃ早速行こうぜ」
「俺が一人で設置してきてもいいけど……どうする?」
「いや行くから。一人で残るほうが怖いから」
真顔で話す胡桃に、悪かったと平謝りをする。
「まったく……、行くぞアモ」
「了解了解」
軽口を叩きながらも、二人は移動を開始した。
反対側の角に向かうには、一度商品棚の通路を通り、突き当りを曲がる必要がある。
胡桃は何度も後ろを振り返りながらも、銃を構えたまま進む亜森の背中を、静かに付いて行く。
棚の終わりが見えたところで、亜森が止まるように合図を出した。
膝を立てた姿勢で、棚の角からこれから進む通路を覗き込んでいる。
「どうした? やっぱりいたか?」
確認するような胡桃の問いかけに、頷くだけで答える。
そして明かりを消すように胡桃に指示して、通路を見るように言った。
(うわ、いるなぁ。どうする? 迂回したほうがいいんじゃないか?)
ひそひそ声で、亜森に提案してみる。
銃を持つ亜森だけなら心配ないかもしれないが、シャベル一本の胡桃ではあの量のゾンビは荷が重すぎた。
それに、ケミカルライトを使った囮作戦のために行動しているのに、ここで彼らを全て無力化していくのは本末転倒でもあった。
無力化が目的ではなく、あくまで物資を集めるため、安全に行動できるようにするための囮作戦なのだ。
(そうだな。弾が大量にあると言っても、補給の目処があるわけでもない。ここは迂回していこう)
二人は今通ってきた通路を戻り、反対側から向かうことに決めた。
こちらの通路ではゾンビの姿は疎らで、数体無力化するだけで済んだ。
「見えてきたぞ」
「ああ、さっきの集団はいくつか向こうの棚の列にいるな」
胡桃はライターの明かりをもう一度消し、通路を覗き込む。
特に何かに注意を向けているわけでもなく、ゾンビの集団はその場に立ち止まったままだ。
「これの効果を確かめるのにはちょうどいい」
「でもどうやって置いてくるんだ? 光らせたらあいつら寄ってくるぜ?」
「投げていいんじゃないか?」
「その後囲まれたら意味がねーだろ?」
「そう言われるとな」
考え込みながら何か無いかと周囲を見渡し、商品棚が目に入る。
上を見れば大凡200センチほどの高さ、棚の端はフロアの柱にボルトでしっかり固定されているようだ。
「こいつが使えそうじゃないか?」
「これって、棚か? 上に乗ったら倒れそうなんだけど」
「こういうところの棚は、地震の揺れでも倒れないように対策されてるもんだって。ほら、ボルトで固定されてるだろ」
亜森は、人差し指でボルトが締められている部分を示す。
「でも、人の重みで棚板が壊れたりしないか?」
よくよく見れば棚板は薄い金属製で、板と棚とを接続している部分もL字の金具で引っ掛けてあるだけの簡素な作りだった。
「んー、ダメか」
「あたしは今通ってきた通路側で見張ってるよ」
「まあ、わざわざ一緒にやらなくてもいいか。そっちからの見張りは任せる、配置についたら一度ライターで火をともしてくれ」
「おっけー」
胡桃は親指を立てて了解の返事をすると、ポケットに入れていたケミカルライトを全て亜森に手渡し、足音を立てないように今通ってきた通路を戻り始めた。
少しして、ライターの明かりが離れたところで一度灯り、すぐに消える。
胡桃が配置についたようだ。
Pip-Boyの画面とケミカルライトを全て発光させた亜森は、注意を向けさせるために通路に躍り出てゾンビ集団に声をかける。
「Hey! ゾンビさんよ、コイツをプレゼントだ!」
言い終わるやいなや、Pip-Boyの明かりを消し、ケミカルライトを全て自身の背後に放り投げた。
亜森は直ぐ様中腰になり、その場から離れ始める。
幸い、ゾンビはケミカルライトの明かりに釣られているようで、亜森に向かってくることはなかった。
通路の中ほどで一度後ろを振り返り、10秒ほど観察して向かってこないことを確認すると、亜森はようやく胡桃のいる方へ進んだ。
「上手くいったみたいだなっ!」
「ああ、成功だ」
確証のない作戦ではあったが、予想通りの効果が得られたのが嬉しいのか、胡桃は少し声が弾んでいた。
「それじゃあ買い物と行こうぜ。今日は10割引きセールだからな」
「なんだよそれ」
囮作戦がうまくいった二人は、目的の食料をそれぞれリュックやPip-Boyに詰め込んでいく。
胡桃は主に缶詰めを。
亜森はそれに加えて、長期保存が可能なインスタント食品やパスタといった乾麺類、精米前の玄米や豆類、味噌や醤油などの常温で保存可能な調味料類。そしてもちろんカレーコーナーの固形ルーも、だ。
それぞれをPip-Boyのインベントリに入れたら、Pip-Boyの容量に余裕を持たせるために、それ以外で目についた物はレジ横に積んであった買い物かごを利用した。
中身満載のカゴは階段付近に置いておけば、帰り際に持っていけるだろう。
どうせ全ては、乗ってきた赤い車に載せられないのだ。
駐車場にあるだろう軽トラでも探して、それに載せてしまえばいい。
胡桃もその姿を見ていたようで、買い物かごを使って必要そうなものを運んでくる。
カゴが10個を超えた辺りで、胡桃がそろそろ戻ろうと提案した。
「うん、ここらでいいだろう」
「ああ、早いとこ戻らないと二人が心配してるかも」
「そうだな」
「しかし、この量は車に乗らないんじゃないか? めぐねえの車はそんなに大きくないぞ」
「玄関前に車を止めた時、駐車場が見えたろ?」
「あー、ちょっと歩いたところにあったな確か」
胡桃は、思い出すように視線を上に向ける。
「そこで軽トラでも見つけてこようと思って」
「鍵が刺さったままとは、思えないけどなあ」
「そこは腕の見せどころよ」
これでもIntelligenceは高いのだと、少し自慢気に話す亜森に、呆れたように答える。
「はいはい、期待してますよー」
明るい雰囲気で掛け合いを楽しみながら、持ってきていたリュックだけを背負い、由紀と悠里が待つテナントへ戻っていった。
・直樹美紀
すまない、またなんだ。次の活躍を期待して欲しい。
・"おれがこんなところで負けるわけがねぇ"
某ドンパチ映画のワンシーンのパロディ、のつもり。
ドンパチと聞いただけでピンとくる人もいるのでは?
作者はドンパチマスターが先に浮かんできましたが。
・ウェイストランドの乗り物は爆発物
Fallout世界の戦前の車は、総じて核燃料で動いている。
その為、状態の比較的良い車にダメージを与えると、小規模ながら核爆発を起こす。
現実では物理的損傷で核爆発するわけねぇだろって? ゲームの話をしているんだが……。
連邦に点在するレッドロケットステーションでは燃料の他に、冷却材も販売していた。
実際、燃料ポンプらしきものを分解しようとすると冷却ポンプと表示される。
・駐車場に多くの車
アニメでもコミックスでも描写はされていないはずの、この作品のオリジナル設定。
地下駐車場かも知れないが、そこはまぁ二次創作ということで。
・由紀のおとなしい反応
作者には不思議だったのだが、幻覚のめぐねえは結構な頻度で現実の危険から由紀を助けている。
そこで、幻覚のめぐねえは、危険から逃れるために由紀が作り上げた人格なのでは、と作者は解釈してみたが、意外としっくり来たので本採用に。
・意外に少ない地下フロアのゾンビ
最後の日、外に逃げようとする人が多いなら、ゾンビも外につられていくのでは?
そんな理屈で少しばかり減りました。
かつて生き残っていたリーダーたちに始末された説もある。
まあ、おかわりはいくらでもあるからね。問題ないね。
・金メッキのオイルライター
これを分解すると、素材の金が一単位得られます。
ちなみにインゴットで。
錬金術かな(白目
・Intelligence
Fallout世界の基本ステータスの一つ。
簡単にいえば知力のことで、ゲーム的には獲得経験値にプラス補正がかかる。
要領の良さと言い換えてもいいかも。
とは言え、基本ステータスのCharismaが高くても機能していない疑いがある人物もいます。
まあ、主人公っていうんですけど。