がっこうぐらし with ローンワンダラー   作:ナツイロ

31 / 32
第27話 一つでは足りないし、二つでは少なすぎる! だーかーら、ワンワンワン放送局!!

「みんなっ、良く来たね──って、うええぇぇぇ!?」

 

 この反応は知ってたと、生存者との第一次接触を終えた亜森は後にそう述懐した。

 

 

 

 楓との通信を終わらせた亜森達は、勢いよく車を走らせた。

 といっても、放置車両やゾンビ等を無視して行くわけにもいかず、凡そ法定速度は大幅に下回ったスピードではあったが。

 普段より集中力を発揮した由紀のナビゲートのおかげか、一行は予告していたとおり夕方までには目的の住所にたどり着いていた。

 敷地内の芝生に車を停車させ、思い思いにその建物を窓ガラス越しに観察する。

 

「確かにこれは、避難場所にうってつけだな」

「すごいねぇ!」

 

 ぽつりとこぼれた亜森の言葉に、助手席の由紀が相槌を打つ。

 それは大きな鉄筋コンクリート製の建物で、正面からでは大きなシャッターが降りているのが伺える。

 しかし、シャッター以外には入り口らしき扉も見つからず、どこから入るのだろうとあちこちに視線を巡らせた。

 

「周りはフェンスで囲まれてるみたい……」

「ていうか、この建物以外は近くになんにもないな」

 

 悠里が指摘するように、見える範囲では建物以外の敷地は芝生で整備されており、外との境界線には二メートル以上の高さのフェンスで囲まれている。

 フェンスの外側にいたっては、大半が木々に覆われており、どこか巡ヶ丘学院高校の裏を埋め尽くす雑木林に似ていた。

 

「ですね。……そろそろ連絡してみませんか? トランシーバーで」

 

 額を窓に押し当てていた美紀は、建物に視線を向けたまま運転席の亜森に無線機を使うよう促す。

 

「あぁ、ここで間違いなさそうだしな」

 

 徐ろに無線機へと手を伸ばし、内部にいるだろう楓に呼びかけた。

 

「亜森から椿へ。それらしい建物の前にいるんだが、確認を頼む」

『──ガガッ。うっそ、もうついちゃったの?』

「何とかするって言っただろ? だから何とかしたさ」

「あちこち凹んじゃったけどな、車……」

 

 椿とのやり取りを後部座席で聞いていた胡桃は、道中における強行突破の数々を思い返しながら溜め息をこぼした。

 一体二体程度のゾンビであれば速度を緩めつつも押し退け、ギリギリ通れそうな放置車両の隙間があれば強引に押し通る。

 めぐねえの車では、到底そんな無茶はできなかっただろう。

 その証拠に、フロントバンパーは大きく割れて一部は引きずった状態にあり、ボンネットは無残なまでに凹みと擦れた跡が刻まれており、亜森の強引さを物語っていた。

 幸運にもタイヤこそパンクせずにいられたが、これ以上繰り返すならばその危険性は飛躍的に高まり、パンクも避けられないはずだ。

 

「今、でかいコンクリート製のガレージみたいな建物の前にいるんだが」

『正面にシャッターが降りてるヤツ?』

「あぁ、降りてるな。開けてくれるのか?」

『ううん、そっちは入り口じゃないの。屋上に上がってくれる? 脇に梯子が付いてるから、それ使ってね』

「梯子、ね……。誰か見えるか?」

「車の中からじゃ何とも……」

 

 亜森の問いに、悠里がもどかしそうに答える。

 真正面の位置からでは、建物の角の向こうまでは見えなかった。

 

「降りてみるしかないみたい」

「ですね、早く行きませんか?」

 

 由紀と美紀の急くような言葉に、胡桃と悠里も同意するように頷いた。

 亜森としても異論はなく、そうだなと答えると皆に降りるよう告げた。

 

「周囲はホントなんにもないな。……あいつらだって全く見当たらないし」

 

 車から降りた胡桃はサブマシンガンを抱えつつ、一度周囲を見渡す。

 あえて周りに住宅がない土地を選んだかのような立地。

 建物の外側は、遠くからの視線を遮るように木々に囲まれている。

 高さも精々2階建てビル程度で、胡桃にはこの建物の本来の持ち主が、建物そのものが目立つことを嫌ったようにさえ思えた。

 

「くるみちゃーん、こっちに梯子あったよー」

「あぁ! 今行くー」

 

 先に進んでいた由紀から目的の梯子があったと呼びかけられ、胡桃はそちらに向かった。

 時を同じくして、亜森も建物の裏から戻る。

 少しばかり慎重が過ぎるかもしれないが、亜森としても建物の外観すべてを把握しておきたかったのだ。

 

「裏の方はどうでした?」

 

 最低限の荷物としてリュックサックを背負う悠里が、気になる素振りを見せながら亜森に尋ねる。

 

「キレイなもんだった。壁には入り口になりそうな扉もないし、登れそうな取っ掛かりもない。……あぁ、車なら一台あったよ。キャンピングカーだ」

 

 両手に持っていたサブマシンガンをスリングで肩に掛けながら、亜森は見てきたものについて簡単に伝えた。

 

「キャンピングカー……、椿さんが乗ってきたものでしょうか?」

「かもな。フロントが塵で汚れてたから、しばらく動かしてはないのは確かだろうけど」

 

 美紀もその言葉が気になったようで、亜森の背後に小さく見えるキャンピングカーを首を伸ばして観察した。

 汚れているかどうかまでは分からなかったが、確かに亜森が語るようにキャンピングカーらしき車が建物の影から頭だけを突き出して駐車されている。

 

「キャンピングカーのことは本人に聞いたらいいだろ? それよりさっさと行こうぜ、早くしないと日が暮れちゃうよ」

「えぇ、そうね。どんな人か確かめなきゃ」

「うんうん、早く会いに行こうよっ!」

 

 話が長くなりそうな気配に、気を揉んだ様子の胡桃が先を促す。

 

「悪い悪い、それじゃ会いに行くか。……誰から登る?」

 

 亜森の何気ない言葉に胡桃達はお互いに目配せをして、一度自身の服装を見下ろすと顔を見合わせた。

 そして、タイミングを合わせて告げた。

 

「「アモ(亜森さん)から」」

「……卒業したってのに、スカートの制服着てるから」

 

 出発の直前、大学に行くのなら卒業式をやろうじゃないかとなり、かなり簡略化されたものであったが手製の卒業証書などを用意して式を執り行っていた。

 実際には美紀は二年生であるし、年度末にはまだまだ何ヶ月も余裕があったのだが、そこは一同目をつむることにしたようだ。

 名目上は高校生ではなくなった学園生活部のメンバー。

 未だに巡ヶ丘学院高校の制服を着用しているのは、些かながら現状にそぐわないというのが亜森の言外の言葉だった。

 

「覗かれるのが嫌なら、どうして制服選んだんだ……」

「だってこれが一番丈夫だし……予備だって全員分あるし」

「そ、そうですよ。それに大学に着くまでは大学生じゃないわけですし、私達はまだ高校生といっても過言ではないかと!」

「はいはい、コスプレじゃないんだろ?」

 

 苦笑いを浮かべる悠里と由紀の隣で、胡桃と美紀はコスプレではないのだと口々に反論するも、亜森は適当な相槌をうち梯子を登っていった。

 

「……コスプレ、じゃないよな? な?」

「正直、それは苦しいかなって思うわ……私も」

「卒業式、やっちゃったもんね」

「この話はもうやめましょうか……」

 

 深く考えると心に傷を負いそうな話題を一旦取りやめ、胡桃達は亜森の後を追うことにした。

 

 

 

 全員が屋上に上がると、そこは予想以上に広い空間であった。

 南向きの空を向いてソーラーパネルが設置されており、他にも室外機や採光用の天窓も備えられている。

 

「人の出入りは無いみたいだ」

 

 ほら見てみろと、亜森は靴底で足元の塵を払ってみせる。

 他の皆も同じように、視線を足元から周りの床に走らせた。

 自分達の足跡以外には、何者かの痕跡は見当たらなかった。

 

「椿さん、あんまり外に出ないタイプなんですかね」

「まぁ……、安全が確保できるここから離れようとは思わないよな」

 

 何となしにポツリとこぼれた美紀の言葉に、胡桃なりの見解を示した。

 

「それはいいとして、扉はどこかしら?」

「んー、あれじゃないかな?」

「あれ……だろうな」

 

 通常思い浮かべる内部に入る扉が見当たらない悠里は、屋上のあちらこちらに目を向けて入り口を探すも見当たらず。

 その様子を間近で見ていた由紀が、あれと言って一点を指し示した。

 由紀と同様の考えなのか、亜森も頷き同意する。

 そこには、潜水艦や軍用艦船にあるような水密扉を彷彿とさせる、丸いハンドル付きのハッチが設置されていた。

 

「なんかすごそう」

「潜水艦みたい!」

「こういうの、初めて見ました」

「私も」

 

 物珍しさが勝るのか、それぞれに感想を口にする学園生活部。

 亜森はというと、つま先でハンドルをコツコツと小突いて回ったところで、徐ろに無線機に手を伸ばすと内部にいる楓へと通信をつないだ。

 

「よう、聞いてるか。何かごついハッチがあるけど、自動で開いたりしないのか?」

『あー、それね。私も外で皆を待ってようとは思ったんだよ? ただ、しばらく使ってないから固くなっちゃってさ。ごめんけど、そっちで何とかしてくれる?』

「あぁ、少し待ってろ」

『了解、すぐ下にいるからね』

 

 無線のスイッチを離した亜森は、他の皆に一歩下がるように伝えると、ハンドルに手をかけ一気に力を込めた。

 

「アモさん、がんばれ!」

「そう言うんなら、手伝ってくれてもいいんだぞ?」

「仕事を取っちゃ悪いかな~って」

「だろうとっ、思ったよっ! んんっ!」

 

 由紀の軽い声援を適当に流し、亜森は一際大きく息を吸い込みハンドルを回した。

 ギギギッと耳障りな金属の擦れる音が聞こえた後は、ハンドルの抵抗もなくなりするすると回転していく。

 その成果にまばらな拍手を送った由紀達は、開かれたハッチの中を覗き込むように身を乗り出した。

 

「つばきさーん、いますかー?」

「ちょっと暗いわね……」

「結構高さがあるな」

「屋上から下までありますもんね」

 

 明かりが点いていないのか、薄暗い内部には下に伸びる梯子と三メートル四方の部屋が確認できる。

 そして梯子の足元で、大きく頭上を仰ぎ見て両手を振る女性の姿、椿楓がいた。

 

「やぁみんな! 早く降りてきなよ!」

 

 明るい声色と大きく手を振る動作からは、素直に嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。

 よほど嬉しいのだろう、今にも飛び跳ねそうな勢いだ。

 

「少し下がってくれ! 今降りる!」

 

 亜森が、下にいる楓に離れるよう呼びかける。

 意図が伝わったのか、楓はサムズアップをして了解を示すと一歩二歩とその場を後ずさった。

 

「それじゃ俺から行くよ」

 

 亜森は返事を待つこともなくハッチの縁に足をかけると、一息に飛び降りた。

 その身体能力任せの無頓着さにもう慣れきった学園生活部はともかく、真下で待機していた初対面の楓は突然目の前に現れた重装備の男に、はちきれんばかりの絶叫で驚きを表現した。

 

「……まぁ、普通そうだよな。驚くよな」

「ねぇー、すごいよね!」

「もう慣れつつあるわよね、私達は……」

「いやいやいや、おかしいですからね?」

 

 今更言及することもなくなった亜森の行動に嘆息しながらも、学園生活部の面々は梯子を伝って内部へと入っていった。

 

 

 

「えぇっと、おっほん。先程は失礼しました」

 

 皆で座れるダイニングルームに移動して、少しばかり気恥ずかしそうに頬を指先で掻きながら、楓は改めて一同の前で挨拶をしていた。

 

「気にしないでください、悪いのはそこの人なんで」

「おい」

「アモは少し黙ってていいから」

 

 ひどくねとぶつぶつこぼす亜森をよそに、学園生活部はそれぞれ楓と名前を交換した。

 

「私は椿楓だよ、楓って呼んでくれていいからね」

 

 一人一人と握手を交わし、車座にテーブルを囲んで座り込む。

 

「それで、えーと……楓さんはずっとここに?」

 

 楓によって用意されていたお茶に口を付けつつ、美紀が口火を切った。

 自分達のように学校などの公共施設で避難していたのか、それとも初めからここに逃げ込んでいたのか。

 とにかく自分達以外の生存者が、どうしていたのかを知りたかったのだ。

 

「んー、最初はさ……違う場所にいたの」

 

 一度お茶を口に含み、楓はポツリポツリと言葉を絞り出した。

 

「公民館みたいなとこで、何十人も逃げ込んでてね。初めの数日こそ何とかなってたんだけど、そのうち皆ストレスが溜まっていってだろうと思う。ある日ちょっとした喧嘩が始まったと思ったら、いつの間にかあいつらに変わった人がいて……そうなったらもう大混乱。私は何とか逃げ出して、ここにたどり着いたけど……」

 

 他の人はだめだったみたい。

 楓は視線をテーブルのコップに固定したまま、力なく語る。

 

「まぁ、私の話はこのぐらいで。皆は今までどうしてたの? どっかに避難場所とかある?」

 

 沈んだ雰囲気を振り払うかのように、楓は話題を切り替えた。

 知りたいのは、楓も同じだった。

 

「わたしたちはね~、学校にいたんだよ!」

「えぇ、巡ヶ丘学院高校って知ってますか?」

 

 由紀が嬉しそうに返し、それをフォローするように悠里が続ける。

 

「知ってるよ、まぁまぁ離れたとこにあるよね。じゃあ、ずっとそこに?」

 

「はい。私と亜森さんは、途中からの合流になりましたけど」

「そうだな、それまではこっちの三人だけで学校に籠もってたようだ」

 

 美紀の補足に頷きながら、亜森も会話に混じり始めた。

 

「ふうん、三人で……か。頑張ったね」

 

 三人、学校という何百人もの人間がいたはずの施設でたったの三人。

 大規模な災害発生時は避難場所としても使用される施設で、三人だけが生き残っていたという言葉の裏側に隠された事実を、楓は正確に読み取れていた。

 それはつまり、他の生存者、少なくともこの場にいる美紀と亜森を除いた生存者は、学校の周囲には存在しなかったということである。

 

「頑張ったのは……楓さんもでしょ?」

「確かに。ずっと引きこもってはいたけどね」

 

 褒められ慣れていないのか、楓は照れた様子で鼻頭を掻く。

 楓がこれまで何かをやったかといえば、この避難施設に偶然逃げ込んだこととラジオ放送ぐらいのもので、ラジオ放送に至っては設備がなければ考えすら浮かばなかっただろう。

 外で積極的に活動しているらしい眼の前の五人に比べたら、楓としては自分も同じように頑張っていたとはとても言えなかった。

 

「ラジオで放送していなかったら、こっちは気づいちゃいなかったよ。引きこもりも結果オーライさ」

「アモ、それでフォローしてんの?」

「最大級の賛辞のつもりだが?」

 

 駄目だこいつと、こめかみを抑える胡桃。

 

「もうここはいいから。あっちの台所借りて、御飯の準備でもしてきて」

「はいはい、後は女だけでよろしくやってくれ」

「あっ、そうだった。亜森君、台所に用意してある缶詰は全部出していいよ。ツナ缶でしょ、焼き鳥缶に牛肉の大和煮、秋刀魚の蒲焼、サバの味噌煮、それからコンビーフにスパム缶! なんでもあるからね!」

 

 立ち上がって台所へと向かう亜森を呼び止め、楓は用意していた缶詰を指折り数えていく。

 

「あんたの貴重な食料だろ? 俺達は自分の分をちゃんと用意してある」

「ううん、これは皆の歓迎会を兼ねてだから。私のほんの気持ちだよ」

 

 だから何も問題はないのだ。

 楓は、そう言いたげな表情をしていた。

 どうしようかと胡桃達を見るが、困ったような視線を返され、結局亜森の判断に任せることとなる。

 

「……そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらうかな。ただし、米はこちらで用意させてくれないか? 俺達も、あんたを歓迎しているのには変わりないんだ」

「もちろん、断る理由なんかないよ。随分使ってないけど炊飯器があるから、それ使ってね」

 

 その様子を見ていた悠里は、食事の準備なら私もと言って、亜森の手伝いを買ってでる。

 

「りーさん、わたしもお手伝いするよ!」

「んー。じゃあ、ゆきちゃんは食器を出してくれる?」

「ラジャーッ」

「亜森さんは、車からお米をお願いします」

「おう、任せてくれ」

 

 テキパキと役割が振られ、それぞれに動き出す姿を見ていた胡桃と美紀は、自分達も何か手伝おうかと申し出る。

 しかしながら、もう十分人手は足りていると悠里に告げられ、やや座りが悪い気持ちになりつつも楓との会話を続けるのだった。

 

「あはは、料理に関しては悠里ちゃんがメインみたいだね。……あ、君とかちゃん付けで呼ぶのって馴れ馴れしかったかな?」

 

 ハッと口元をおさえ、楓は失言だったかと残った胡桃と美紀に尋ねてみる。

 楓の感覚では年下の女子高生の敬称として問題ないつもりであったが、些細なことで不満を覚えられては困るのだ。

 今後の長い関係を望む身としては、トラブルの芽は事前に摘んでおきたいと思うのは無理からぬことだった。

 

「へ? あ、いいえ。構いませんよ、私達は年下ですし亜森さんも気にしてないかと」

「だな。あたし達も、楓さんって名前で呼んでるもん……いや、呼んでますし」

「ふふふ、いいよ敬語じゃなくて」

「えっと……、楓さんがそれでいいなら。しばらくずっと使う相手がいなかったから、咄嗟に出てこなくて」

 

 照れた様子で誤魔化す胡桃。

 気にしないでと、言葉をかける楓。

 二人の様子を見ながら、美紀は何となくだが良い人に出会えたようだと胸を撫で下ろしていた。

 それからしばらく台所で夕飯の準備を続ける三人を横に、胡桃と美紀、そして楓は取り留めのない会話を交わす。

 巡ヶ丘学院高校での避難生活、ラジオ放送で流す音楽の趣味、果ては目減りしていく生理用品に至るまで。

 そしてとうとう話題は、楓が気になっていたあるものについてに行き当たった。

 

「ねぇ、これって聞いちゃっていいのか分からないんだけど」

「何か知りたいことでもあるんですか?」

「その、……亜森くんと胡桃ちゃんが持ってる、それって本物?」

 

 それと言って指差す先には、作業の邪魔だからと胡桃に預けられた亜森のサブマシンガンや胡桃の改造サブマシンガン等があった。

 エアソフトガンでサバイバルゲームをしているなら無くもない装備なのだが、外のゾンビアポカリプスな世界を考えるとプラスチック製の球体がどれほどの役に立つのか見当もつかない。

 見るからに金属質な部品で構成され、何処と無くオイルの匂いまで感じられそうな質感に、楓はそれらの銃が本物かもしれないと感じていた。

 

「あぁ、これ? うん、本物だよ」

 

 一応銃の話題に移ったため、胡桃は亜森に伺いを立てるように目線を台所の方へと向けた。

 話が聞こえていたらしい亜森は胡桃に頷いて返すと、了解が得られたとしてマガジンや弾薬を抜いた自分の銃を楓の前に差し出した。

 

「持ってみる? 結構重いけど」

「い、いいのかな。壊れたりしない?」

「そう簡単に壊れないって……多分」

「そこは断言しましょうよ……」

「だって、みき。あたしもまだ壊したことないし」

 

 どうぞと言って差し出された胡桃のサブマシンガンを、楓は恐る恐るといった顔をして受け取る。

 

「うわ、結構な重さだね……。でも思ったより軽いのかな? いや、本来の重さなんて知らないけど」

「アモが軽くなるよう改造してくれたんだ。あたしが使いやすいようにって」

「へぇー、亜森君がねぇ。……こういうの詳しいんだ?」

「まぁ、ね。そのおかげで安全にここまで来れてる部分もあるから、あたし達にはラッキーだけど」

「ふうん、なるほどね……」

 

 詳しいというだけで作れるのは、おかしくないだろうか。

 疑問は湧いてくるが、それを口に出してまで指摘することは、楓には出来なかった。

 その胸中が表情に現れていたのか、美紀や胡桃からフォローの声がかかる。

 

「そのうち、亜森さんから話してくれると思いますよ? 私も詳しく知っているわけではありませんが、必要なことは全部教えてくれますので」

「ちょっとばかり信じ難い部分もあるけど、基本的に嘘はつかない奴だから。アモは」

「……うん。まだ出会ったばかりだしね、私達は」

「そうそう、時間ならいくらでもあるしこれからだよ」

「ですね」

 

 返却された銃を抱えて、胡桃は心配いらないと楓に告げた。

 難しく考えたところで、現状が好転するわけでも悪化するわけでもないのだ。

 それは美紀や楓も同様だったらしく、同意を持って迎えられた。

 

「準備出来たぞ、テーブルを開けておいてくれ」

 

 頃合いを見計らったかのように、ちょうど会話が途切れた瞬間に台所の方から夕飯の時間だと、亜森の声が届く。

 壁にかけられた時計を見れば、既に夕方から夜になろうという時間帯だった。

 

「もうそんな時間なんだ」

「あたし腹減ったー。昼御飯は車の中でシリアルしか食べてないからさー」

「それは私も同じですよ」

 

 楓達が慌ただしくテーブルに置いてあったリュックサックなどを退けると、缶詰の中身を移した皿や人数分のおにぎりを持って、台所の三人が戻ってくる。

 御飯をよそう茶碗が人数分なかったのだろう、適当な小皿や丼にそれぞれのおにぎりが載せられていた。

 

「あ、食器足りてなかった?」

「流石にお茶碗が足りませんでしたので、おにぎりにしました。はい、どうぞ」

「ありがとう! いやー、誰かと一緒に食事するなんて久々だよ」

「おにぎりの具は入れてる?」

「持ってきた梅干しと、おかかは入ってるぞ。それとツナ缶の提供があったので、ツナマヨにしてみた……若狭が」

「わたしも手伝ったんだよ!」

「知ってますって、ゆき先輩。お疲れ様でした」

 

 準備が整った食卓を全員で囲み、一同は夕飯に舌鼓をうった。

 途中で由紀が持ち出していた手製の卒業アルバムを楓に披露してみせたり、美紀や悠里がタブレット端末に保存していた学校の写真を見せ苦労を語るなど、それぞれに新たな生存者である楓との交流を続けていく。

 楽しい時が過ぎるのは誰にとっても早かったらしく、気がついた時には既に日付が変わる寸前のことで。

 今日はもうお終いだと亜森が告げると、不承不承ながらも就寝の支度を始めた。

 

「取り敢えずさ、みんな寝る前にシャワーだけでも浴びとかない?」

「いいのか? 水は貴重だろう?」

「ううん。ここ、井戸から汲んでるみたいだから、ソーラー発電の電気が貯まってる限り問題ないよ」

「やったー! シャワーだっ!」

 

 楓の申し出に由紀を始め学園生活部の面々は、シャワーという言葉に嬉しさを隠せなかった。

 亜森こそ最初は遠慮を見せ殊勝な態度をとったものの、結局楓の提案を快く歓迎するのだった。

 

 

 

 熱いシャワーで汗とともに疲れも流し、亜森はダイニングルームで寝床を整えていた。

 他の皆は楓の寝室で雑魚寝をするつもりらしく、半ば女子会と化した空間に割り込む訳にもいかなかった。

 

(さて、ロウソクランタンも用意したことだし、電気を消して日課を済ませてしまおうか)

 

 壁のスイッチを操作して照明を落とした亜森は、揺れるオレンジ色に照らされながら手帳を取り出した。

 今朝方出発したコンビニを起点にして、手帳に貼り付けていた地図上に移動ルートを書き込んでいく。

 道中ランドマーク代わりのコンビニや公共施設など、特に目立つ目印は赤く丸で囲んだ。

 いくつもの迂回路を通ってこの建物にたどり着いたために、かなり曲がりくねった線になってしまったが致し方ない。

 今のカーナビに放置車両で封鎖された道路情報など、更新されるわけがないのだから。

 記憶の限りの情報を記したところで、内容は今日出会った生存者である楓に移っていく。

 

(しかし……椿がまともそうな人間で助かった。頭ねじ切って玩具にするタイプだったら、選択肢は一つしかないし。ま、日本じゃあり得ないか)

 

 連邦の一般的レイダーを思い浮かべつつ、亜森は手帳の新しいページを捲った。

 

「あれ? ロウソクとは洒落たものを使ってるね」

 

 亜森がそろそろ日課を終えようとしていたとき、寝間着のスウェット姿の楓が扉を開けてダイニングルームに入ってきた。

 

「あぁ、夜はあまり電気を使わない生活を続けてきたからな」

「照明ぐらいだったら、気にしなくても良かったんだけど」

「もう習慣になっちまってるんだ、今更変えられないさ」

 

 亜森の言い分に納得した様子を見せる楓。

 その楓に、今度は亜森が質問を投げかける。

 

「それで、そっちはどうしたんだ? 他の皆は?」

「皆は寝室の方で眠ってるよ。私はちょっと喉が乾いて」

「そっか、邪魔して悪いな」

「いえいえ、とんでもない」

 

 亜森のそばを通って台所に向かった楓は、グラスを手に取ると蛇口をひねり水を注ぐ。

 そして何か思いついたのか、もう一つのグラスにも水を注ぐと一つを亜森の目の前のテーブルに置いて、自分はその対面に座った。

 

「何か……話でも?」

 

 一言礼を告げてグラスを傾けた亜森は、楓に真意を尋ねた。

 楓はというと、一旦は口元をモゴモゴとさせていたが、意を決したように話しだした。

 

「まーその、話というかお礼かな? 今日は結構無茶して来てもらったみたいで、ありがとうございます」

「ん、どういたしまして。皆から聞いたのか?」

「そういうこと。車がボロボロになっちゃったんでしょ?」

「表面だけさ、気に病んでもらうほどじゃない」

「それだけじゃ……ないんだよね、私にとっては」

 

 両手で握り込んだグラスに視線を落としていた楓は、何か言葉を飲み込んだまま表面に浮いた水滴を親指でそっとなぞる。

 そして決心がついたのか、ぽつりぽつりと話しだした。

 

「私はさ、今朝声を聞くまでもう未来はないんだろうなって、ずっと思ってたんだ。このまま同じ生活を続けて、いつか倉庫の物資を使い果たして餓死か、外のやつらの仲間入りをするか……そのどちらかになるんだってね」

「そうは、……ならないみたいだな。今の様子だと」

「うん。あの無線機の声を聞いた瞬間変わったんだよ、私の人生の道筋が全く別の方向にさ」

 

 楓は感じた感情をそのままに、感謝の気持ちを亜森に伝える。

 今度は、亜森が視線を逸らす番だった。

 亜森からすれば成り行き上そうなっただけで、何もそこまでと感じていた。

 更に、ここまで真摯に感謝される経験など亜森の人生で数えるほどもなかったため、どうも座りが悪かった。

 

「俺は……他人の人生を変えられるほど、大それた人間じゃない。そういうことは、あいつらに言ってやってくれ」

「皆にはもう伝えてあるよ。まぁ、亜森君と似たような感じだったけど」

「人がいいからな、あいつらは」

「私が高校生の頃は、もうちょっとめんどくさいお年頃だった気がするけど。最近の子は違うのかなー」

 

 空気が変わったのを察した二人は、冗談交じりの会話を続ける。

 

「それは言えてるな」

「あ、その言い方。私をバカにしてるでしょ?」

「とんでもない、あくまで一般論の話」

 

 二人は口元に小さく笑みを浮かべ、会話を切り上げる合図の代わりに、グラスに残る水を飲み干した。

 

「それじゃ、真面目な話はこれでお終い。そろそろ私も眠くなってきちゃった」

「あぁ、明日は明日で色々と話すこともあるだろうしな」

 

 グラスを片付けた楓はダイニングルームを横切ると、扉の前で一度立ち止まり、亜森の方に振り返った。

 

「そうそう、明日のことなんだけど」

「何かあるのか?」

「私から皆に、ちょっとした『プレゼント』があるんだよね」

 

 意味深な笑みを浮かべる楓に、亜森は見当もつかないといった顔をして尋ねる。

 

「プレゼント?」

 

 予めポケットに忍ばせていたのか、楓はゴソゴソとあるものを取り出すと、亜森にも見えるように掲げてみせた。

 キーホルダーだ。

 

「そ、プレゼント」

 

 印象的な笑顔を見せる楓は、ジャラジャラとそれを揺らしてみせるのだった。

 

 




・避難施設、仮称「ワンワンワン放送局」
見た目はバカでかいコンクリート製の車庫。
表のシャッターは、恐らく物資の搬入口と思われる。
生活空間などの間取りは全くわからないので、その場の空気でありそうなものを書いています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。