がっこうぐらし with ローンワンダラー   作:ナツイロ

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第18話 本日は休息日

 

 本日はカレンダー上では日曜日で、学園生活部と亜森にとっては完全休息日でもある。

 サバイバルを行っている現状、休みなど無いようなものであるが、由紀の幻覚上では休日であるし、休み無しを続けてもいつかは破綻する。

 そのような理由から、週末、特に日曜日に当たる日は農地の世話を除いて休息日としているのだ。

 現在亜森達は朝食の後、地下倉庫で発見していたノートパソコンをいじっていた。

 地下倉庫に皆で足を踏み入れてから数日、倉庫内の物資の目録作りに専念したのだが、その最中にノートパソコンの保管されていたコンテナを発見し、部室まで引き上げてきたというわけだ。

 

「ほ、ほら。くるみちゃん、電源入れてよ」

「何だ、ゆき? ビビってんのか?」

「こういうのって、爆発したりするんでしょ?」

「ゆき先輩、スパイ映画じゃないんですから……」

 

 コンセントに刺した電源コードをノートパソコンに繋ぎ、画面を覗き込んでいる三人はあれやこれやと話しながら、電源ボタンを押す。

 内臓の冷却ファンとハードディスクが動き出す音が唸りだし、画面にはOSの起動画面が表示された。

 

「音してるよ、なんかカリカリ言ってる」

「落ち着けって、これで普通だから」

「ちゃんと動いてるみたいですね」

 

 パソコンに夢中になっている三人の対面には、悠里がいつものように家計簿をつけていた。

 亜森はコーヒーを入れたマグカップを片手に、いつもの席でパソコンを弄る三人を何となしに眺めている。

 ハッキングでパスワードの割り出しが必要ないなら、亜森の出番はやってこない。

 連邦と日本ではコンピューターのOSからして異なるので、亜森のハッキング能力が役に立つことはまず無いだろうが。

 

「うーん、うぃきぺでぃあ?」

「……合ってるのは、後半だけですね」

「え? え?」

 

 サバイバル百科事典を読み込ませ、現れたタイトルを由紀は読み上げてみたが、美紀よりダメ出しを貰ってしまう。

 その二人のやり取りの間も、胡桃はマウスを操作して起動させた事典ソフトを触っている。

 

「で、これって何するの? どうすると勝ち?」

「……ゆき先輩は放っておきましょう」

「そうだな、えーと」

「あ、二人共ひどーい!」

 

 チャチャを入れる由紀を脇において、胡桃は項目のボタンにカーソルを合わせてクリックする。

 画面には呼び出された新たな項目が映し出され、一つ一つ確かめていった。

 

「ほー、いっぱい入ってるな。家庭の医学に薬辞典、応急手当心得、野草辞典に動物辞典……」

「凄いですね……」

「あぁ。図書館や本屋で見つけた物だけで足りないってワケじゃないんだけど、こういうのは助かるな」

 

 胡桃は、ほらと亜森や悠里にも見せるように、ノートパソコンをくるりと回した。

 

「へぇ、結構沢山入ってるみたいね」

「便利は便利だが、電源まで外に持ち出せないだろう? 俺は、こっちのハンドブックで充分かな」

 

 亜森はそう言って椅子から身を乗り出して、部室の書類ラックをあさり、『食べられる野草・食べられない野草辞典』を取り出してみせた。

 書類ラックには他にも似たような小冊子が置かれてあり、幾つもの付箋が貼られている本もある。

 

「まぁそう言うなよ、一つにまとまって見られるのは便利だろ?」

「それは否定しない」

「まぁまぁ、必要な部分をノートやコピー用紙に書き写せばいいじゃないですか」

 

 美紀はそう言ってみせるが、流石に全部手作業は難しいだろうとも思った。

 

「……そう言えば、亜森さん。職員室のプリンターやコピー機は動かせるんでしょうか……、あれが動くなら後は楽なんですけど」

「あー、どうだろ。確かめたことは無かったな……、若狭はどうだ? 何か知ってるか?」

 

 話を振られた悠里は、顎に手を添えてこれまで職員室での行動を思い返してみたが、コピー機や教師たちのパソコンなどを触った記憶がなかった。

 これまで必要に迫られなかった事も理由だが、生前のめぐねえによって、職員室は優先順位が後回しにされていたことも関係していた。

 今にして思えば、恐らく保管されていたマニュアルが、発見されるのを恐れたのだろう。

 

「いえ、職員室は殆ど触れてきませんでしたから……、これもいい機会かもしれませんね」

 

 悠里はそのように語り、今後の予定に入れておきましょうとメモを取った。

 

「ねぇ、皆! それ持ってさ、また遠足に行かない?」

 

 きっと役に立つよと、由紀は挙手をしながら言い放つ。

 それを聞いていた胡桃達は、互いに顔を見合わせて頷いてみせる。

 

「あぁ、いいんじゃないか?」

「ですね。ノートパソコンでは流石に不安ですし、書き写してからになるでしょうけど」

「遠足なぁ……、またあのショッピングモール行ってみるか? ルートは地図に書いてあるから、今度は日帰りも可能かもな」

 

 マグカップをテーブルに置いた亜森も会話に参加し、新たな遠足の話題に盛り上がっていると、家計簿をパタンと畳んだ悠里が一言告げた。

 

「遠足もいいけれど……、その前にやるべき事があるでしょう?」

 

 そう言って、数学の教科書を差し出した。

 由紀と胡桃はうへぇと呻き声を出し、それがあったかと額に手を添えてみせる。

 休息日には、宿題という体裁で高校生組は全員で勉強を行っていた。

 初めのうちは由紀の幻覚に付き合っての行為であったが、回数を重ねるに連れかつての日常を感じることが出来る貴重な時間となっていったのだ。

 それは亜森や美紀が加入してからも同じで、よっぽどのことがない限り中止したことはなかった。

 

 

 

「それじゃ、今から一時間みっちりやるわよ?」

「は~い」

「仕方ねぇな」

 

 所変わって亜森の寝室兼作業部屋、机を突き付け合せて学園生活部の四人は参考書を手に勉強を始めた。

 それを別の作業台で銃の整備をしながら、亜森は様子を眺めている。

 部品一つ一つにまで分解し、発射残渣をウェス代わりとしている小さく切り取った使い古しのTシャツで拭き取っていく。

 可動部分にオイルを塗布し、作動が良好か確認して再度組み立てる。

 連邦でも、日常になるほど繰り返した作業だ。

 今更部品を間違えるという、愚を犯すこともない。

 

(初めての頃は、何度も部品を余らせてたなぁ……。俺も成長したってことか)

 

 手持ちの銃で最近使用したものを重点的に、整備点検を行っていく。

 ホームセンターにスカベンジしに向かった際には、コンバットライフル。

 時には学校の屋上から周囲の道路上を徘徊するゾンビを排除するために、ハンティングライフル。

 ここ最近では胡桃にも持たせるようになった、パイプライフル。

 ホルスターには必ず入れている、10mmピストル。

 何れも日常的に整備するようにしているので、部品にガタがきていたりはしていない。

 他にも色々とPip-Boyに放り込まれているが、日本に戻ってこの方、使用機会が無い。

 

(ピストルとセミオートライフルで事足りるってのは、歓迎すべきではあるんだが……。たまにはガウスライフルなんかも、使ってやらないとな。クソ重いけど)

 

 

 Pip-Boyからバラの弾薬を取り出し、これまたウェスで表面を拭っていく。

 埃で作動不良になり、それが命取りになることだってある。

 拭き取った弾薬を弾薬箱に入れ、また一つ磨く。

 磨いては入れ、磨いては入れを繰り返す。

 暫くの間無心になって作業していると、一旦休憩に入ったらしい胡桃が隣に居た。

 

「勉強は終わったのか?」

「ん、休憩中」

「そっか」

 

 椅子を引っ張ってきた胡桃は、亜森の隣に座って作業台のウェスを手に取り、弾薬磨きを手伝い始める。

 

「これは、10mm弾?」

「いや、.38口径弾」

「うっ……。こっちのサンパチって、書いてる方の箱に入れるの?」

「あぁ、満杯になったら今日は終わりだな」

「ふうん」

 

 並んで作業する二人。

 特に会話も無く、黙々と弾薬磨きに精を出す。

 

「他の皆は、何してるんだ?」

「んー、何か飲み物とお菓子、準備してくるって」

「そうか」

「うん」

 

 磨いた銃弾を指で挟んで、しげしげと見つめる胡桃。

 まさか自分が銃を扱う日が来るとは……、胡桃は以前の生活からは想像すらしなかった今の自分に、少しばかりの驚きを覚えている。

 銃を扱う訓練だってやっているし、反動に負けない為にトレーニングだって継続して行っている。

 最近では、塩ビパイプにタオルを巻いた物を使って、亜森と共に格闘訓練もどきだって始めていた。

 何やら物騒な人間になりつつあるなぁと思わなくも無かったが、外で行動する際に亜森の隣で足手まといにならない為には必要な事だった。

 磨いた銃弾を弾薬箱に入れ、胡桃は隣の人物を覗き見る

 足を組み背もたれに体を預け、リラックスした様子で銃弾磨きを続けていた。

 磨き終わった銃弾を箱に放り投げ、新しい銃弾を手に取る。

 

 胡桃が何となしに亜森の向こう側を見てみれば、ここ最近の彼の夜間作業の成果が、生徒用ロッカーに仕舞われていた。

 亜森が言うには、以前胡桃が興じていたFPSゲームに登場したアイテムに着想を得たらしいのだが、小型ガスボンベにパイプやら圧力計やらを取り付けた前衛アートにしか見えなかった。

 

「アモ、あれは完成したわけ?」

「いや、まだかかるかな。ちょうど一発分の圧力調整が難しくて……」

「ゲームで見た感じだと、結構シンプルな作りに見えたけど」

 

 胡桃は、自分が遊んでいた時のゲーム画面を思い出しながら呟いた。

 ゴムボールに空気を入れる手押しポンプに、何かのガスボンベ、さらには圧力計が付属しているいかにもお手製といった感じの、パチンコ玉のような鉄球を撃ち出すエアライフル。

 ゲーム内ではそこそこの威力と静音性で、連射性能を除けば気に入っていたアイテムだった。

 

「だからこそ、難しい。アレと同じ効果を得るには、部品の強度が足りない部分もあるし、ボールベアリングの鋼球を飛ばすのに上手く空気圧乗らなかったり……」

「ベアリング……? パチンコ玉じゃ、ダメ?」

 

 ベアリングが何なのか、イマイチピンとこない女子高生たる胡桃は、真っ先に思い付いた金属球を指摘する。

 

「最終的には、そうしたいな。ただその前に、小さいサイズのボールベアリングの鋼球で試作してみるんだ。一度仕組みが確立できたら、後はサイズアップして行くだけ」

「へぇー……、良く分かんないけど。出来上がったら、教えてよ」

「いや、撃ち出すだけなら出来上がってるんだよ。後は、有効射程とか集弾性能とか……。大体五十メートル程度なら狙った標的に当てられて、金属製のバケツに穴を開けられる威力は欲しいしな」

「もっと距離は伸ばせない?」

 

 胡桃は五十メートルという数字を聞いて、少し不安になる。

 これまで亜森に訓練で撃たせてもらった銃は、10mmピストルを除いて百メートルはゆうに超える有効射程を持っていたからだ。

 まぁ、その距離でまともに標的を捉えられるのは、現状亜森しか出来ないのだが。

 

「それは難しいかもな……、ほら銃弾の弾頭は基本的に紡錘状というか、どんぐりみたいな形だろ? それに比べて、ベアリング……まぁパチンコ玉だな。パチンコ玉は球状で、言ってしまえば火縄銃で使ってた弾の上位版だ。それに今のところ銃身にライフリングも刻まれてないから、ある程度の距離から直進性が期待できなくなる」

「ま、待って。そんなこと言われてもさっぱりだから……つまり、どういうこと?」

「途中からナックルボールになって、何処に行くか分からん」

「あぁ、そういうことなら何となく分かる。途中でぶれて、反れちゃうんでしょ」

「大体あってる」

 

 それから胡桃は、今何が課題になっているかなど、聞いてもいないのに生き生きと話し出した亜森の言葉を、静かに聞いていた。

 こうしていれば普通の男子とそう変わらないなと、作業台で頬杖をつきながら胡桃はそのような感想を抱いた。

 

(男子というには、ちょっと年上だけど……。案外、子供っぽいところあるよな)

 

 制作ノートを取り出して、ここが上手く行かないだのレシーバー部分は出来上がっているだの、一つ一つ指差しながら説明する亜森。

 普段は余り見せない姿に、胡桃は聞いても良く分からない説明に適当に頷きながらも、新たな発見を見つけた楽しみに浸っていた。

 

「――あ、すまん。面白くなかったろ? つい、喋りっぱなしになった」

「んーん。楽しそうだなって、思って」

 

少し照れた様子を見せる亜森に、胡桃はそんな事は無いと首を振る。

 

「まぁ、その、何だ。何かを作るってのは、楽しいし好きだな」

「バリケードとかも?」

「あれは必要に迫られてだけど……、単純に何かを作る行為が、俺の性に合ってるんだと思う。銃の部品を加工するのも、バリケード作るのも、農業用にプランター作るのも、俺にとっては違いは無いなぁ」

「ふうん」

「連邦じゃ、まともな娯楽なんて無かったから……。何時の間にか、趣味と実益を兼ねる、みたいな事になってた」

 

 ポツリポツリと、亜森はウェイストランドにいた頃に作成した物について話しだし、胡桃は相槌を挟みながら静かに聞き入っていた。

 単純なバリケードから、マットレス付きパイプベッドの様な家具類、浄化機能付き地下水組み上げポンプなどの生活インフラ、更には支援砲撃用の大砲まで。

 亜森の話を聞きながら、胡桃は視界に入っていた亜森のベッドを見やる。

 確か以前は、裏返したビール瓶ケースにベニヤ板を重ね、その上に布団を敷いただけのシンプルな代物だった。

 それが今や、ガッチリとした単管パイプの骨組みに、これまた何処の家から持ち出したのか知らないが、立派なダブルサイズのマットレス付き。

 これまでに一度、横になった経験を思い返してみた胡桃だったが、学園生活部の皆で使っている布団よりも寝心地が良かった。

 

(生活水準が一番高いのって、実はアモなんじゃ……。まぁ、だから何だって話だけど)

 

 亜森がこれまで作ってきた物を、指折り数えながら思い浮かべていると、静かに見つめてくる胡桃の視線に気がついた。

 

「やっぱり、面白く無かったか?」

「いや、珍しくて。アモが、自分のこと話してるの」

「そう……だったかな」

 

 胡桃に指摘されて、亜森はこれまでを思い出してみたが、初めて出会った時以外は過去の話を積極的にした記憶がない。

 言われてみればそうだなぁと、亜森は腕組みをして胡桃の言葉を肯定した。

 

「何ていうか、あんまり昔語りするのもな。格好悪い気がして」

「アモって結構、アレだよな。見栄っ張り?」

「ぐっ……、否定はしない。でも、それだけって訳でもないぞ」

「というと?」

「好きな人には、良いトコロを見せたいだろ?」

「は、恥ずかしいこと言うなっ」

 

 突然の言葉に、気持ちの準備が出来ていない胡桃は、カァっと顔が熱くなる。

 羞恥心を誤魔化すように拳でポカリと殴ってみても、アハハと笑う亜森の掌で捕えられてしまった。

 手を引き戻そうとしても、捕まえられたまま逆に引き寄せられてしまう。

 膝の上に腰掛ける形になった胡桃は、恥ずかしそうにもじもじしながら亜森に抱きとめられ、身動きできなくなった。

 

「ち、ちょっと……。恥ずかしいじゃんっ」

「男女のスキンシップとしちゃ、序の口だろう?」

「だからって、……まだ明るいし」

「恵飛須沢、何想像してるんだ?」

「――バカっ!」

「いて」

 

 亜森の意地の悪い質問に、胡桃は握り拳で返事を返すが、照れ隠しであることは見透かされているようで、手を繋いだままごめんごめんと謝る亜森に絆されてしまった。

 仕方ないなぁと胡桃は心内で嘆息をつき、そのまま亜森に身体を預け、他の皆がやや時間を掛けて戻ってくるまでじゃれ合いを楽しむことにした。

 

 

 

「で、どこまでいったの?」

「りぃーさぁぁあん?」

「うふふ、冗談よ。冗談」

 

 飲み物やお菓子を準備してきた皆が戻り、胡桃が悠里にいじられながらも全員でお茶をする。

 その輪に亜森も加わり、彼女達が参考書を解きながら話していた話題について聞いてみた。

 

「さっき、ラジオがどうとか言っていたけど。やるのか? ラジオ放送」

「うーん、めぐねえはやっても良いって言ってくれたんだけど……。もうすぐ学園祭の時期だし、それと一緒にやったらって」

「方法はさっぱり?」

「えへへ~、そういうこと」

 

 照れたように頬を掻く由紀に、周りの者もやっぱりねと頷いていた。

 何も知らないのは由紀だけでは無いので、仕方のないことではあるが。

 

「そうだな、放送室の機材をいじってみるか……。それに取扱説明書か何かが、保管されてるかもしれないし」

 

 ビニールに小分けされたクッキーを手に取り、封を開け口に放り込む亜森。

 サクサクとした食感と甘い味わいを楽しみお茶で流し込むと、顎に手を当てそのように独りごちる。

 

「うん。まずはラジオ放送ができるかどうか、確かめようぜ」

「そうね、そこで躓いたらしょうがないもの」

「えぇ、そこから始めましょう」

「アモさん、出来る?」

「ま、試してみるよ」

「やったーっ! めぐねえにも、教えてくるね!」

 

 由紀はいくつかクッキーを手に取り、めぐねえがいるという職員室へ向かった。

 それを亜森達は見送り、ラジオについて何が出来そうか意見を出し合う。

 

「しかし、ラジオかぁ……。結構良いアイデアなんじゃないか?」

 

 胡桃は背もたれにもたれ掛かり、お茶を口に含みながら率直な感想をこぼす。

 その言葉に同意するように、美紀も頷いていた。

 

「えぇ、近くで受信出来た人が、来てくれるかもしれません」

「そうね、こっちから行くことばかり考えていたけれど……。亜森さんの時みたいに、来てもらうのもありよね」

 

 そうでしたよねと、悠里は亜森に話を振った。

 手紙を飛ばした経緯こそ、何か収穫があればと強く期待してのことではなかったのだが、今となっては居なくなっては困る存在が来てくれたのだ。

 それも、最終的には二人も、だ。

 この生活始まって以来の、最大の幸運と言っても過言ではないだろう。

 悠里は、そのように思っていた。

 

「あぁ、俺が皆と出会った時はそうだったなぁ。風船に手紙が付いてたんだよ、緯度と経度の座標付きのな。それで、この学校を目指してたんだ」

「へぇ、私はモールで皆さんに見つけてもらいましたけど……。今思えば、一生分の幸運を使っちゃった気分です」

「生きてる間に使えて、良かったじゃないか」

「それはそれ、これはこれですよ。亜森さん」

 

 亜森の冗談に、美紀は何のことは無い様に答えるが、すぐに表情を崩し笑い声をもらしていた。

 

「みきの人生がお先真っ暗なのは置いといて、だ」

「くるみ先輩、良くないですよ。全然」

 

 それは後にしろよと、胡桃は手で払うような仕草で話題を切り、ラジオ放送についての話に戻した。

 

「ラジオ放送が出来たとして、どういうことをやるんだ? 呼びかけるにしても、問題を持ち込むようなヤツは御免だぜ。あたしは」

 

 胡桃はそう言って、肘をついた机を指先で叩いてみせる。

 その意見に、皆考え込むように黙り込んだ。

 厄介事がやってくる場合がある、そういった懸念は当然真っ先に浮かんでいた。

 しかしながら、ラジオ放送が出来るのであれば、生存者を呼び込む放送は避けて通れないだろう。

 人手が増えれば様々な余裕が生まれる……、それ以上に問題を生む可能性が同時に存在する。

 それは、かつての亜森や美紀にも言えたことであったが、学園生活部に馴染もうとする努力を行ってきた経緯を、胡桃と悠里は知っている。

 むしろ、この二人のような人物であれば、諸手を挙げて歓迎しなくもないのだが。

 

「……、そういう問題は俺に任せてくれないか? 住民から一方的に不満をぶつけられるのは、よくあったことだし、対処法は分かってる。それに……」

「それに?」

 

 少しばかり言いにくそうな表情をした亜森に、胡桃が先を促す。

 

「……世界のルールが変わったことが理解できないなら、お勉強をしてもらう。もちろん、授業料は取り立てることになるけど」

 

 そのお勉強とやらの方法を、正確に読み取った悠里と美紀は眉をひそめるが、胡桃は表情を変えずに見つめ返すだけだった。

 

「……ふう、それじゃ問題が起きたら、アモに任せるということで。ん?」

 

 いいよなと、胡桃は悠里と美紀を見て同意を求める。

 二人も他に良い方法が思いつくわけでもなかったため、ぎこちなくではあるが頷いてみせた。

 その後は、呼びかける以外の利用法について意見を出し合った。

 双方向の通信については、登山者が使用するような小型トランシーバーを何処かから調達するとして、受信周波数で固定した複数のラジオを街中にセットし、擬似的な誘導兼囮装置として利用する案が提案される。

 そうして少しずつ学校周辺のゾンビを減らしていけば、比較的少ない労力で安全地帯を広げていけるのでは、というわけだった。

 

「誘導するのはいいとして、数を減らすのはどうするんです? 普段の行動をなぞるように動いているなら、結局元の場所に戻ってくるのでは?」

 

 美紀から、疑問の声が上がる。

 外での活動中に移動経路を安全に保つだけなら、囮として機能させるだけでいい。

 しかしながら、それで安全地帯を確保するには少々弱い。

 再びゾンビに出歩いてもらっては、困るというものだ。

 

「うん、そうだな。一箇所に纏められるなら、消毒か無力化……。どちらかの方法で、やればいいと思う」

「消毒?」

 

 その言葉にクエスチョンマークを浮かべた悠里は、詳しい内容を聞いてみた。

 

「燃やす」

「あぁ、そういう……」

 

 至極シンプルな解決法に、悠里は口元をひくつかせるが、否は唱えなかった。

 ゾンビが光の刺激に引き寄せられることは、これまでの経験から既に知っていたからだ。

 ショッピングモールでも、その性質を利用して危険を遠ざけてもいた。

 それに夜間に行えば、街灯に集まってくる虫のように、次から次へと勝手に火に飛び込んでくれるだろう。

 問題は、その火がキャンプファイヤーでは終わらずに、森林火災並に広がってコントロールが利かなくなる可能性があることだが。

 

「では、無力化というのは?」

 

 美紀からも、質問が飛んだ。

 それに対して、亜森はさも当たり前のように、よどみなく答える。

 

「爆破する。手足がなきゃ、移動できないだろ?」

「はー、またそれかよ」

「亜森さんも、懲りないですねぇ……」

 

 亜森の爆破という言葉に、胡桃と美紀は賛成できないと言わんばかりに首を振る。

 その二人の反応に、事情を知らない悠里から疑問が投げかけられた。

 

「なに、どういうこと?」

「あぁ、りーさん聞いてくれよ。アモさぁ、ホームセンターに行った時――」

 

 胡桃は悠里に対して、亜森がホームセンターへ遠征した帰りに何をやらかしたかを、言って聞かせた。

 もちろん、胡桃は直接目撃した訳ではないのだが、聞いた話の内容から冒す必要のない危険を冒した事は分かっていた。

 

「でさぁ、地雷と手榴弾ばら撒いたところに、ミサイルを撃ち込んだって言ったんだぜ?」

「え? 待って、地雷?  え?」

「そんなに否定しなくたっていいじゃないか……」

 

 余り評判の宜しくない、本人としては一発で問題が解決する手段がやり玉に上げられ、少々座り心地が悪くなってきたのを亜森は感じた。

 

「へぇ? じゃあ聞くけど、盛大に爆破した感想は?」

「電柱から信号機が千切れ飛んでな、綺麗な放物線を描いて、離れた住宅の屋根に大穴を開けたんだ。最高にクールだった、もっかいやりたいね」

 

 満足げな表情で、その情景を思い出すように語る亜森。

 ダメだコイツと、胡桃はそのような感想を抱き、呆れ顔を隠さず深く長い溜息を吐いてみせる。

 やれやれといった仕草を見せる胡桃に、美紀も同意するように頷いた。

 

「感染しかねないってのに、何で飛び散らせるようなマネをするんだよ」

「しかしだな、恵飛須沢。ちょっと爆弾を放り込むだけで、解決するんだぞ?」

「それで新しい問題を作ってちゃ、意味ないじゃないですか……。私は御免ですよ、転んだ拍子に感染するなんて、そんな最後は。B級映画じゃないんですから」

 

 口々にNOを突き付けられ、亜森は観念したとばかりに両手の掌を見せる。

 

「分かった、分かったよ。次からは、やる前に一言伝えるようにする。緊急時以外は」

「やらないって言わないあたり、筋金入りだな……ホント」

「必要なら必要なだけ、吹き飛ばすさ。もちろん」

 

 そう言い放つ亜森に胡桃達は嘆息するも、一応の言質はとれたとして彼の言葉を信用することにした。

 結局のところ、亜森が本当に必要だと言うのなら断れやしないのだ。

 その程度の信頼関係は、皆持ち合わせている。

 

「話は変わるけど、丈槍が言ってたな。学園祭がどうとか」

 

 亜森は先程の、由紀との会話で出てきた学園祭について、皆に聞いてみた。

 この学校の年間行事については、亜森は詳しくなかった。

 もちろん唐突な話題変更は、これ以上針のむしろに座りたくなかっただけとも言えるが。

 

「あぁ、この時期だっけ……。いや、どうだったかな?」

「うーん、どうだったかしら。遠足や体育祭が突然生えてくることもあるしね」

 

 胡桃と悠里はお互いの顔を見合わせ、去年までの学園祭について思い出していた。

 

「何にせよ、しないってわけにはいかないと思いますよ? ゆき先輩の中では、決定事項みたいな口ぶりでしたし」

「それ、よねぇ。問題は」

「……いいじゃないか。やろうぜ、学園祭」

 

 突然の胡桃の肯定的な意見に、悠里は真意を問いただすように視線をやる。

 腕を組み背もたれに体重を預けた胡桃は、天井を見るように視線を上げて、自身の考えを述べた。

 

「最近はちょっと気持ちが張り詰めてた時もあったしさ、ここいらで何か楽しいことしようよ。テニスコートの耕作は一段落つきつつあるし、食料だって地下倉庫の事を考えれば余裕ができた。皆で一緒に何かを楽しむ事って、あんまり無かったじゃん? これはいい機会だと思うんだ」

 

 その意見に、悠里と美紀は考え込むように黙り込んだ。

 確かに暫くは、心労が重なることが多かった。

 マニュアルのこと、めぐねえのこと……もちろん胡桃のことも。

 地下倉庫だって、物資は有難くともその意図を思えば、全てを歓迎することも出来なかった。

 胡桃の言うように、何か楽しいことでストレス発散をするのは、これは良い機会なのかもしれない。

 

「そうね、……やりましょうか、学園祭。きっと、楽しいわ」

「はい。お菓子とかジュースとか、普段節制してますし、いっぱい出しましょうよ」

「あ、いいなぁそれ。あたし、チョコレートね」

「はいはい、まだ本番は先よ? 我慢しなさい」

「ちぇー」

 

 明るい話題に、自然と笑みが浮かんでくる。

 学園祭のついでとばかりに、亜森は再びホームセンターへと遠征する事を皆に提案した。

 

「学園祭の買い出しを口実にじゃ無いんだが、またホームセンターまで行ってみようと思うんだ。もちろん、それ以外のところにも」

「あ、それ。あたしも行くから」

 

 胡桃は片手を伸ばし、自分も付いていくと宣言する。

 それを心配そうに見て、悠里は声をかけた。

 

「大丈夫なの? 亜森さんについては、信用してるけど……心配だわ」

「このために、訓練だって続けてるんだしさ」

「若狭、恵飛須沢に危険な事はさせないよ。約束する」

 

 最も外での活動に精通している亜森の言葉に、悠里は否定も出来ず、さりとて積極的に肯定も出来なかった。

 しかしながら、最終的には仕方ないと頷いてみせる。

 

「くるみ? 亜森さんの言うことには、絶対従うのよ。分かった?」

「分かってるよ、心配すんなって」

「心配もするわよ……」

 

 あんなことがあっちゃねと、悠里は言葉にこそ出さなかったが、胡桃が地下倉庫で遭遇したことについて考えていた。

 もう二度と、あんな思いをするのは御免だった。

 

 それから、遠征の予定について話し合いが終わった辺りで由紀も戻り、本日の勉強会は終わりを迎えた。

 

 





・本日は休息日
原作ではそのような描写は見受けられないが、曜日感覚を失わないことと文字通りの休息などを目的としている、という設定。
物語的には、山場を迎える前の静けさとも。

・ノートパソコンとサバイバル百科事典
恐らく地下倉庫にあったのだろう。
パソコンだけなら職員室にもあっただろうが、付属のCD-ROMの存在が学園生活部の目を引いた。

・亜森のクラフト能力と、その成果物
パチンコ玉を撃ち出すエアライフル、まんまモスクワ地下鉄のアレ。
すまない、リダックスやってたら、つい……。
でも、クラフターなら作れそうな気がしないでもない。
何故PC版では日本語が無いのだ……、おま国止めてくれよぉ。
マットレスの寝心地を知っていた胡桃さんについては、詳しくはR-18で(ダイマ

・ラジオ放送
普通、高校の放送機材でラジオ発信なんて出来るのか……。
まぁ、ランダルの関わってた学校だからね。
電話回線やネットが死んだ時用のバックアップだろう、というのが作者の意見。

・新たな遠征計画
資材が溜まっていくのに快感を覚えるクラフターとしては、遠征は外せない要素(マテ
ラジオ放送に伴い、ラジカセ等を集める口実でもある。
亜森としては、仮に学校がダメになった際の、第二拠点を見つけることも目的に含まれる。
登場人物は、ゲーム会社のヘリがやってくるなんて知らないので、色々と対策を練るのはしょうがないです、はい。

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