朝食を終えた胡桃は何時も行っている見回りと、悠里の指示の元農作業を終わらせた。
悠里も食事の片付けが終わって、園芸部時代から続けている日課の農作業を胡桃と共に行った。
頻度はそう多くは無いものの、由紀が作業に混ざる事もあり、誰も口にしたりしないが学園生活部の重要な活動として皆に認識されている。
新鮮な野菜が継続して摂取できることが、今の環境でどれだけ貴重なことか、皆分かっているのだ。
今日の由紀は美紀を連れ学校を案内していたが、授業が始まるからと既に別れ、教室に移動して一人机に向かっている。
由紀から解放された美紀は、一人手持無沙汰になり三階の廊下からグラウンドを眺め、改めて現実を突きつけられていた。
そこに農作業を終えた二人が戻って来て、美紀に声をかける。
「よう、ゆきと一緒じゃなかったのか?」
「いえ、さっき授業だって言われて……」
美紀は由紀の向かった教室を指差し、既に別れたと答えた。
「ああ、そういう事か」
「じゃあ、ゆきちゃんは教室にいるのね?」
「はい……あの、ゆき先輩はどうして」
「なぁ、その辺の事は座って話さないか?」
「……分かりました」
「部室で飲み物を用意するわ、そっちで話しましょう」
三人は部室に入って、飲み物を片手に一息ついた。
美紀は二人から、由紀の幻覚について分かっていることを聞かされた。
当初は普通だったこと、少しづつ様子が変わっていったこと、そしてめぐねえの犠牲が決定的だったこと。
美紀は正直な所、二人の言う由紀の幻覚を懐疑的に捉えていた。
しかも、それに助けられているとも言うのだ。
助けられなければならないのは、寧ろ由紀の方ではないだろうか。
ただ、その由紀の行動によって助け出された美紀自身のことを思えば、二人に何か言うことも出来なかった。
(助けられておいて、助けてくれた人達にケチをつける……。そんな恥知らずなこと出来ない)
話を続ける二人を見ながら、美紀は深く考え込んでいく。
「みき、それでどうだ?」
「どう、とは?」
「ここにいる間は、ゆきのアレに合わせてくれるか?」
「……ええ、まぁそのつもりではありました」
「そっか」
「良かったわ」
了承することを伝えた美紀は、おずおずと二人に気になった点を聞いてみた。
「……お二人は」
「ん?」
「お二人は、ゆき先輩の……幻覚を、治そうとはしたことは?」
「あぁ……、考えるだけなら何度も。ただ、どうすれば良いのか全く分からなくて」
「私達は専門家じゃないもの……、悪化するぐらいならどうしても現状維持を選ばざるを得ないの」
「そうですか、私もこれと言って具体策は思い付きません。思い付いたとして、それが適切かどうか……」
「そうなんだよな。それに、明るく振る舞ってるゆきのお陰で、あたし等も暗く沈んでいる余裕も無いし」
「めぐねえも何とかしようと本を読んでたみたいだけど、結局めぐねえも……」
「……」
会話が途切れ、気まずい沈黙が流れる。
「ほ、ほら。暗い話はこの辺にしようぜっ! そろそろ昼飯だろ? ゆきも戻ってくるし、あたしアモのヤツ呼んでくるよ」
「そうね、もうこんな時間だし……。くるみ、亜森さんのことお願いするわ」
「おっけー、じゃ行ってくる」
胡桃はシャベルを手に取り、亜森の眠る空き教室へ向かう。
「じゃあ美紀さん、昼食のお手伝いお願いしていいかしら?」
「あ、はい。……あんまり料理は得意じゃないですけど」
「いいのよ、どうせ複雑な料理が出来るほど材料は豊富じゃないもの」
二人は調理スペースへ移動して、昼食の準備を始めた。
今日はうどんである。
亜森を呼びに向かった胡桃は、彼のいる教室の扉に手を掛け、そろそろ昼食だと声をかける。
「おーい、アモ。そろそろメシだぞー、起きてるかー」
教室内はガランとしており、教卓にパイプ椅子、そして亜森が横になって休んでいるソファーだけしか無かった。
教室にかつてあった生徒用の椅子や机は、全てバリケードの材料として運び出されている。
ソファーに眠る亜森は胡桃の呼びかけには反応を見せず、まだ眠りこけたままだ。
「アモ、もう昼だぞー」
「……」
「徹夜の見張りで疲れてんのかな?」
肩を軽く揺さぶって、目覚めを促すが、返ってくるのは寝言だけであった。
「ん、寝言?」
「……ジェーン、すまない……君に泣かれると、困る」
「……ジェーン?」
(ジェーンって誰だ? 英語っぽい名前だけど……)
胡桃は、亜森の寝言の名前を聞いて、アメリカにいた頃の知り合いだろうと当たりをつけた。
とは言え、今はそれを追求する理由も無いので、再び肩に手をやり起こそうとする。
「アモ、起きろって――うわっ」
揺さぶろうとしたその時、眠っている亜森の手が胡桃の背中に回り抱き寄せられる。
咄嗟のことで固まった胡桃はどうすることも出来なかったが、亜森の目がゆっくりと開き彼女を認識した。
「……なんだ恵飛須沢か。もう時間か?」
「なんだとは、失礼な。それは良いから腕を離せ、夢の女と間違えてあたしを抱きしめるんじゃないっ」
「……すまん」
「全く、世が世ならセクハラで訴えたところだ」
「本当にすまん、寝ぼけてた。一発殴って気が済むなら殴っていいぞ」
「いや、殴らねーから。何だよそれ、アメリカ式かよ。……一個貸しだからな」
「ああ、そうしてくれ」
身体をソファーから起こした亜森は、目元を揉みながら胡桃に再度、謝罪の言葉をかける。
胡桃はどうせまだ時間があるからと、亜森の隣に腰を下ろし、先程のうわ言について意趣返しのつもりで聞いてみた。
「なぁ、さっき寝言で言ってたんだけど」
「何だ、そこまでは流石に責任は取れんぞ」
「ジェーンってアメリカにいた頃の知り合い?」
「……俺がそう言ってたか?」
「まぁ、そんな感じ」
胡桃の何でも無いような素振りをしつつ、それでいて何かを期待する目で見られ、亜森は深く息を吐き出し語った。
「……、こういうのは慣れてないから言うのは恥ずかしいんだけど。まぁ『コレ』の関係だった」
『コレ』といって、小指を立てる亜森。
それを見た胡桃はやっぱりと言いたげに、彼を見る。
「最初は金の関係だったんだけど、そこから(ミニッツメンとしての)縁が出来て、こうズルズルとな」
「うわ、爛れた関係ってやつ? アモにそんな過去があったとは」
「そうは言うけどな、あれで情が深い女性だったんだぞ? そもそも、出会った発端は俺が他の女性に振られたことが直接の原因だし」
「まじかよ、三角関係?」
「いや、違う。俺が勝手に振られただけで、関係ないから」
亜森の赤裸々な話を、胡桃は少し興奮しながら聞き入っていた。
(こんな状況だけど、恵飛須沢もこうしてれば普通の女子高生だよな。……シャベルを持ってるけど)
他人の恋愛ネタに興奮する胡桃を見て、"年相応の反応をするなぁ"と亜森は思う。
「俺の話はもういいだろ。恵飛須沢、お前も何か話せ」
「えー、あたしいいよ」
「コレはさっきの貸しとは関係ないからな」
「なっ、ずるいぞ」
「年の数だけずるくなるもんさ」
さぁさぁと、隣りに座る胡桃を急かす亜森。
そんな亜森を見てか、胡桃は観念した様子で話し出す。
「あたしの好きな……好きだった人は年が一個上の先輩で、大学生なんだ」
「(だった?)ふうん、それでイケメンだったか?」
「もちろん、かっこ良かった。それに優しくて話も面白いし」
「天は二物を与えたやがったか、爆発しろ」
「僻みはかっこ悪いぜ?」
「言ってろ。何やってもイケメン以外は評価されない時の惨めさは、マジで心にクルものがあるんだぞ」
「はいはい」
冗談を言いあって、この後に続くだろう言葉を軽くしようとするが、胡桃にはどうにも悲しみを和らげることは出来なかった。
「まぁ、その先輩もあいつ等の仲間になっちゃって……あたしがこいつでとどめをさした」
ソファーの背もたれに身体を預けた胡桃は、静かに涙を拭う。
未だにあの時のことを、鮮明に思い出せるのだ。
シャベルを突きたてた時の感触まで、全て。
悠里にも由紀にも、勿論めぐねえにも言った事はなかった。
胡桃にとって、その三人は守る対象であって、弱音を吐く相手と捉えていない。
しかし、彼女より力強く堂々と行動する亜森が現れたことで、ようやく愚痴をこぼせるようになれたのだ。
こうして、誰にも話した事がなかった話を亜森に打ち明けるのも、胡桃なりの彼に対する信頼の証でもあった。
胡桃自身は自覚していないが、多少の打算もある。
一人でも支障無く生きていける亜森を、学園生活部に何とか繋ぎ止めるためには、ここが彼にとって居心地の良い居場所であると思って貰う必要がある。
気持ちを打ち明けることで、相手に対して"信頼していますよ"というアピールになり、大抵の人間は他人から信頼されていると感じることで、自尊心が刺激され気分が良いと思うものだ。
ましてや、年下で平均より容姿の優れた女子高生からとくれば、その威力は倍増する。
亜森は、胡桃の無自覚な打算に薄々気付きながらも、悪い気分じゃないと思う自分がいることを感じていた。
(男ってヤツはホント馬鹿な生き物だよ……、分かっていながら抗えないんじゃな。将軍が何股でもしていたのは、こういう理由もあったのかもしれない)
ただし将軍は顔も行動もイケメンであるので、放っといても同じ結果になっただろうが。
悲しみに暮れ涙ぐむ胡桃を見て、亜森はどうする事も出来ない気がした。
こういうことには不慣れだった。異性関係は特に。
得意だったら、かつて大学デビューなどしなかったはずである。
「なぁ」
「……何だよ」
「そう泣くな。慰めるのはイケメンの仕事であって、俺の能力から外れてる」
「悪いけど、イケメンはもう売り切れてるんだよ。残りのは、不良在庫セール中」
「おい、もっとオブラートにだな……」
「じゃあカットされてない原石」
「ならばよし」
「良いのかよ……」
軽口で空気を和ませようとするも、直ぐに沈黙に口を閉ざしてしまう。
気まずい空気の中、胡桃はもう一度涙を拭い、拳一つ分右に身体を寄せて亜森の左肩に頭を預けた。
「ちょっと肩かせよ」
「『面をかせ』と同じトーンで言うなよ」
「うるせーな、五分だけでいいから」
そのまま体重を預ける胡桃。今は、誰かに寄りかかりたい気分だった。
五分経てば、いつも通りに戻れる。そのはずだ。
「……ちゃんと返せよ」
「分かってる」
結局五分ではなく十数分経過したところで、胡桃が徐に立ち上がり何事も無かったかのようにお互い振る舞って、悠里と美紀のいる部屋に移動した。
昼食に全員が集まり、うどんに舌鼓をうったところで、由紀はまた一人授業へ向かっていった。
その場に残った四人は食事の片付けを終わらせ、由紀のいる教室とは別の、黒板のある教室へ集合した。
昨夜、亜森と悠里が話していた通り、今後の方針などを話し合うためだ。
「それで、どうする?」
用意した席についたところで、胡桃が口火を切る。
そこに亜森が待ったをかけ、学園生活部の二人に議事進行役を任せたいと進言した。
「ここは学園生活部の二人が仕切ってくれないか」
「私達がですか? それより、年長者の亜森さんの方が」
「俺はここじゃ新参者だろ? 同じ理由で直樹も向いてない。それに、ここの居住環境は君達が作り上げたんだ。君達の事情を優先するのは当然だと思う」
「あの、私も同じ意見です」
亜森の意見に、隣で聞いていた美紀も同意するように小さく手を挙げる。
「そこまで言うなら……」
「じゃあ、りーさん頼む。あたしに進行役は向いてないよ」
「もう、くるみ? それは私に押し付けたわけじゃないわよね」
「も、もちろんだよ」
進行役が決まり、悠里は黒板の側に立って、何か意見が無いか聞いた。
「それではくるみ、まずは貴方から意見を出してね」
「あたしから? そうだなぁ、まずは屋上菜園のことかな。人数も増えたわけだし、ローテーション組んだりやり方を覚えてもらわないと」
「それはあるわね。ただ、面積を広げることは出来ないから、収穫量を増やす方向には難しいと思うわ」
悠里はチョークを手に取り、カツカツと黒板へ記載していく。
「屋上に畑があるのか?」
「ええ、さっき食事の準備の時みきさんにも少し話したんだけど。ちょっとした家庭菜園ぐらいのがあるんです」
「ゆうり先輩が言うには、その畑と持ち込んでいたお菓子で最初の数日を生き延びたらしいです」
「へぇ、そいつはタフな体験をしたな」
「ええ、まぁ」
"屋上菜園・ローテーション・畑の世話のやり方"と書き終えた悠里は、皆の方へ振り向き次の意見を求めた。
「次は何かあるかしら?」
「若狭、君が先でいいぞ」
「私は司会役ですから」
「それなら……直樹パス」
「ええっ、私ですか? そうですねぇ、私もくるみ先輩と似たような物ですが、食料関係でしょうか」
「というと、具体的には何かある?」
「いいえ、漠然としたものでこれと言って案があるわけでは……。取り敢えず、今ある食料の数をハッキリさせることぐらいしか思いつきません」
「食料品の在庫管理ね? それなら、私が家計簿を付けているからそれをみきさんにも手伝って貰おうかしら」
黒板に"食料品の確認"と書き加え、悠里は美紀に助力を請うことにした。
家計簿なら今までも付けていたのだから、これもその延長線上にあるだろう。
「それじゃ、亜森さん。後で倉庫の方に、出せる分だけでいいので食料を仕舞っておいて下さい。残りの分は、亜森さんが保管を続けるということで」
「分かった、終わったら案内よろしく。ついでにトラックの物資も一緒に運んでしまおう」
「はい」
食料品の項目の下に、亜森と美紀の名前を書き加える。
こうすることで、誰が何について関わっているか一目で判断できるだろう。
「では、次は亜森さん。何か案がありますか?」
「これは朝食の時にも言っていたんだが、バリケードのことだ」
「あぁ、あれな」
「バリケード?」
その場にいなかった美紀は、亜森の言うバリケードについてピンと来なかったようだ。
「バリケードをもう少し補強したいと考えてる。隙間を埋めたり、あいつらが押したり引いたりしてもグラつかないようにしたりな」
「隙間ですか? 確かに空いてはいましたが、あいつらが通り抜けるほどありましたっけ」
美紀は昨日ちらりと見るだけだった、机と椅子を組み合わせ有刺鉄線で繋いだバリケードを思い出そうとするが、細部まで記憶していなかった。
亜森の言うグラつきも、そんなに印象に残っていない。
そこまで注意して、見ていなかった。
「それについては、学園生活部の二人が詳しいと思うが」
亜森は、胡桃と悠里に話を振る。
「通り抜けてくることは、これまで何度もあったんだよ……」
「乗り越える時は、大体誰かに支えてもらってるわ。念のためにだけど」
「だそうだ」
「なるほど……」
二人の言葉に、美紀も納得する。そういうことなら、亜森の懸念も頷けるというものだ。
「ケチを付けたみたいになったけど、資材が少ない中ではアレが最善だったのは間違いないよ」
「慰めはいらないぜ、あたし達だって薄々はまずいって思ってたんだ」
「そうね、他にやり用は無かったけれど。手元に材料が無いんじゃ、改良しようにも限界があるもの」
「そこでだ、まずはどういう形で補強するのか。そして、その材料をどう集めるのか。その辺のことをこれから詰めていきたいと思うんだ」
"一つの案ではあるんだが"と、亜森は席から立ち上がり、黒板にバリケードのスケッチを書き込んでいく。
「今は階段を塞ぐような形で設置してあるだろ、それをまず90度角度を変えて廊下の一角まで塞ぐようにする」
「バリケードの下から一段目と二段目の隙間を別の机から剥がした板で塞ぐ、それでも隙間はあるけど人間大の大きさの物体が通り抜けられるほどじゃないと思う」
カツカツと黒板に書き込み、バリケードの一部を塗りつぶす。
「どうやって板で塞ぐんだ? 流石に釘じゃあ無理だろ?」
胡桃から疑問の声が上がる。
「そこはU字型の金具で止められると思う、まだ確かめてはいないけど。こんな感じかな?」
拡大したスケッチを新たに描き、板と机のパイプを挟むように、U字を書き加えていく。
亜森にしてみれば無いなら無いで構わない、この程度の部品なら適当な金属の板から作り出せる。
しかし、作るより既に有るものを使った方が楽であるし今後のことも考えると、今回は部品を探しに行った方が良いだろうと思っていた。
「板で塞ぐのは可能として、どうしてバリケードの向きを変える必要が?」
今度は悠里から声があがった。
美紀もそこが疑問だったようで、しきりに頷いている。
「それはな。壁や柱、廊下の角、もし在るなら天井の梁を利用して支えとなる支柱を設置するためなんだ」
黒板のバリケードのスケッチに、新たに予想図として線を書き加えた。
線に沿って矢印を付けて、力がどの様に掛かるか説明していく。
「こうすればバリケードを押したり引いたりしても、支えがその力を押さえる様に働く筈だ」
「なるほど……、支柱は分かりましたけど材料の当てはどうですか?」
美紀が手を挙げ、質問を投げかけて来た。尤もな疑問だ。
亜森自身も、先ほど資材が少ないと言っていた筈だ。
「そこは外に探しに行くしかないな。一応、考えているものとして、工事現場にある様な単管のパイプを使おうと思ってる。あれなら、強度も長さも充分だろう」
黒板に"材料・単管"と追加する。
単管が保管されている場所なら、接続用の金具も一緒にあると思われる。
別々に探さなければ見つからない、そういう問題は少ないだろう。
「それでは、探す場所は工事現場か工務店?」
「問題はそこだな。都合良く近くに、建築中の工事現場や工務店があれば良いんだが。無いならホームセンターみたいな資材販売店を見つけないと」
(自販機をこじ開けるのに使った手持ちのバールは、道路工事現場で見つけた物だしなぁ)
近くまで徒歩で移動していた亜森も、流石にこの一帯の地理には明るく無く、工事現場も販売店も所在が分からなかった。
「ネットが使えれば、一発で分かるのにな」
「この状態じゃ無理があるわね」
胡桃と悠里の二人にも、パッと思い出せなかった。
学校の帰り道に買食いしたり、寄り道したりするスポットならいくらでも思い出せるのだが。
取っ掛かりが見つからず三人して考え込んでいるところに、美紀が小さく声を上げた。
「あの、ホームセンターなら知ってるかもしれません」
「マジでっ!?」
「はい、去年になりますが学園祭の準備で買い出しに行った時に立ち寄りましたので。ただ、それ以来行ったことが無いんですけど」
「地図を見たら、何処か分かるか?」
「えーと、大体なら。近くにレンタルビデオの店があったので、そこが分かれば」
美紀からの突然の情報に、亜森は手帳に挟んであった地図を取り出し、美紀の机に広げた。
胡桃と悠里も近寄ってきて、一緒に覗き込んでいる。
「えーと、学校はココですよね。学校の前の道を右折して、真っすぐ行って大きな道路に出たら更に右折。後は道なりだったと思います」
「レンタルビデオショップはどの辺なんだ?」
美紀の肩越しに覗いていた胡桃から、質問が飛ぶ。
美紀は地図上のある地点で指を止めたが、少し自信が無さそうに答えた。
「確かホームセンターより手前だったと思いますけど、あっち方面はほとんど行く機会が無いので……」
「帰り道が駅方面なら、逆方向だものね」
「はい、すみません。あやふやで」
美紀が指し示した地点に丸く印を付けながら、亜森は重要な情報だったとフォローの言葉を入れた。
「謝ることは無い、十分な情報だ。後は地域の電話帳から住所が割れるかもしれないし、最悪この辺りの住宅で新聞の折込チラシでも探すさ」
「なるほど、大きい店ならチラシが有るよな。分かってるなら、最初から言えよー」
「たった今、思いついたんだよ」
資材を探す大凡の道筋がついたので、バリケードの補強案については話が終わり、次の話題に移っていった。
今後のやりたい事と言われても、これまでの延長線上に有るものばかりで、目新しい話題はバリケードとモールで集めた物資についてのみ。
その話も既に終わったので、これからではなくこれまで何をやっていたかという話に終始した。
合計で一時間ほど話し合いを続けて、話題が途切れたのを機に会議を解散した。
「それじゃ俺は、トラックから物資を移動させるよ」
「分かりました。一旦、梯子の掛かっている教室に集めてから、倉庫の方に移動させましょう」
「あたしも手伝おうか?」
胡桃が自分も手伝うと言って来るが、亜森はそれを一度遠慮した。
「恵飛須沢は上から見張っていてくれないか? 作業中、周りから寄ってきたら直ぐに知らせて欲しい」
「それならトラックの荷台の屋根に居ようかな。近いほうがいざという時、良いだろうし」
「ま、好きな方で頼む」
「おっけー」
胡桃はシャベルを片手に、梯子のある教室に移動し始めた。
「私はどうしましょう?」
美紀は、物資が上がってくるまでやることが無いことを気にしているようだ。
「直樹の仕事は、倉庫に移してからが本番だから……。見ているだけでも良いんだけど」
「そうねぇ、それなら洋服を持ち帰った時のボストンバッグを、寝室から取ってきてくれないかしら」
「分かりました、取ってきます」
悠里の頼みに、ホッとした様子で美紀はボストンバッグを取りに寝室へ向かっていった。
「バッグ?」
「ええ、買い物かごのままでは持ち上げるのは難しいでしょう? あのバッグなら往復する回数も減ると思うんです」
「それもそうか」
悠里の考えに同意を示しながら、亜森と悠里の二人も歩き始める。
これでようやく、遠足のやり残しを終わらせることが出来るだろう。
一つの区切りが終わり、生存者の五人はこの終末の中、新たな日常を開始する。
・屋上菜園
巡ヶ丘学院高校の屋上にある菜園で、学園生活部の貴重な食料源でもある。
一角にはめぐねえの墓標もあるが、遺体は無い。
先輩の亡骸がどうなったのか気になるが、流石に土の中には埋葬してないと思いたい。
・学園生活部と衝突しそうにない美紀
原作より少しばかり、心に余裕がある模様。
しかし、いつ爆発するかヒヤヒヤします。
・打算と乙女回路がフル稼働する胡桃先輩
もう彼女がヒロインで良いんじゃないかなと、作者は思い始めました。
しかし、ニコポもナデポも顔面偏差値も持たないアモには、まだ先のことになるでしょう。
・食事のうどん
アニメでもコミックでも、アンソロジーでも出てきたうどん。
作者は蕎麦よりうどん派閥に属しています。
・本編にも現れたジェーン
夢に出てくるぐらいなので、アモなりに深く愛していたのだろう。
そうでなければ、自宅の鍵を遺言として残さないのではないか。
・第一回名前のない会議
今後の方針を大まかに考える集まり。
意見交換会であり、共通認識を確認し合う場でもある。
詰まるところ、コミュニケーションは大事だよねということ。
・バリケードの補強案
結局、既存のバリケードを強固にする方向に。
将軍だったら、金属製の壁にコンクリートで固めて、タレットを設置してFAなんですが。