史上最強の弟子ベル・クラネル   作:不思議のダンジョン

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第六話

 お祖父ちゃん、いかがお過ごしでしょうか。

 お祖父ちゃんと別れた後、僕はお祖父ちゃんに言われた通り、オラリオに来て英雄を目指しています。

 オラリオには何でもある、世界の中心だと言っていたお祖父ちゃんの言葉に嘘はありませんでした。見たこともない食べ物に娯楽、そして何よりたくさんの冒険者たち、あの小さな村の中だけが全てであった僕には見る物全てが新しい発見ばかりでした。

 その全てを語りつくすには一日では終わらないでしょう。しかし、ここで一つ報告したいことがあります。

 もう当分の間ないと思っていたお祖父ちゃんとの再会ですが、

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛ああああああああぁぁぁっっ!!」

 

 どうやら思ったより早く叶うことになりそうです。

 背中に走る激痛が現実逃避をしていたベルを強制的に現実へと引き戻す。

 薄い霧がかかった早朝のオラリオの街のメインストリート。昼間は多くの人で賑わうこの道もこの時間帯ならば人はまばらで、ほとんど見かけない。

 しかし、いざ人と出会えば皆一様にベルとその後方にある物体を凝視し、すぐにかかわりを避けようとそそくさと姿を消していく。

 人のいなくなったメインストリートにベルの小柄な体躯が疾走する軽い音が鳴る、と同時にガラガラという重苦しい車輪音、そして鞭の唸る音とベルの叫び声の三重奏が響き渡る。

 

「遅い! もっと速く! これでは亀に抜かれてしまうぞ!」

 

「ぎゃあああああっ! 鬼! 悪魔!」

 

 怨嗟の声を上げるベルの体には腕程にも太い縄が巻き付けられており、それが後方の荷車とベルを結び付けていた。

 その荷車の上には師匠である秋雨が座っており、彼が重し兼監督役をしていた。これだけならばまだ常識の範囲内なのだが、彼の手には鞭が握られており、ベルの走る速度が落ちるたびに叱咤の鞭を入れていた。誰がどう見たって拷問である。

 これを見て、かかわりを避けようとした先の人間たちは流石冒険者の街オラリオの住人といった所であろう。

 

「う、嘘つきぃぃぃっ! 師匠、昨日あまり厳しくしないって言っていたじゃないですか!」

 

「うむ、言ったね」

 

「無茶苦茶厳しいじゃないですか!?」

 

 目を血走らせるベルの言葉に嘘はない。既にこうして荷車を引いて一時間が経とうとしている。100人がこれを見れば99人が苛烈極まりないどころか殺そうしているとしか思えないだろう。

 

「はっはっはっ……厳しくないよ~全っ然!」

 

 しかしながらここにいるのは100人の中の1人だった。ベルの反論を秋雨はこんなものなどまだ序の口と一笑に付す。

 普通に考えれば秋雨が適当なことを言っていると考えるべきなのだが、ベルは知っている。昨日、厳しくしないという秋雨の言葉にヘスティアは嘘を言っていないと断言したのだ。神であるヘスティアには人間の嘘を見抜く能力がある。

 そんな彼女が嘘はないと言った以上、指し示される事実は一つだ。

 恐ろしいことに秋雨は心の底からこの仕打ちを優しいと思っているのだ。

 軽い準備運動でこれだけのことをさせる男が本気になれば一体どんな修行が待ち受けているのか。想像しただけでベルの背筋が寒くなる。

 結局、ベルが解放されたのはそれから一時間後、眼窩から一切の光が失われた状態で教会に帰って来た時であった。

 

「あ……あ……ああ……」

 

 崩れ落ち、青色吐息となったベルの口から洩れる言葉は既に言葉の体を成していない。心臓は破裂するのでは、とばかりに鼓動を打ち続け、汗は一滴も出なくなって久しい。

 半死半生とはこのことであろう。普通ならば病院に連れていくなりなんなりするのだが、秋雨は倒れるベルを一瞥するとこうのたまった。

 

「はっはっは……ベル君、早起きして眠いのは分かるが、流石に修行初日から居眠りとは感心しないね。さあ、顔を洗って目を覚ましてくると良い。準備運動も終わったし、早速修行を開始しようじゃないか」

 

 この人、目がおかしいんじゃないだろうか。

 死にかけの自分に更なる修行を課そうとする秋雨の姿にベルはそう思った。

 

「む……無理……で……す。おねが……少、しだ……休ま、せ……て」

 

「何を弱気なことを言っているのだね、ベル君。時間は有限なのだよ。その様な弱音を吐く暇など君には残されていないのだよ?」

 

「まあまあ、秋雨どん。いくら何でも初日から飛ばし過ぎね」

 

 尚もベルを地獄に叩き落とそうとする秋雨に剣星から待ったがかかる。

 

「ベルちゃんはこの間まで素人同然だったね。そんな人間にいきなり何でもかんでも詰め込むのはかえって効率よろしくないね。適度に休憩を挟む方がかえって効率いいね」

 

「むう……剣星がそこまで言うのなら仕方がないね」

 

「あ、ありがとう、ございます……!」

 

 理路整然とした剣星の物言いに、さしもの秋雨も不承不承ながら引き下がる。その姿にベルはこの時だけは、在りし日のヘスティアと同じ視線を剣星に注いだ。そう、この時『だけ』は

 

「それじゃあ、ベルちゃん。休憩する前にこれを頭の上に乗せるね」

 

「は? これは……」

 

 教会の壁にもたれかかるベルに剣星は果実を一つベルに手渡す。

 不思議そうにしながらも素直なベルはそれを頭の上に乗せると慎重にバランスを取る。

 

「うんうん、そのままね。それを乗せたまま動かないね……おーい、しぐれどん。出番ね!」

 

「う……ん。任せ……ろ」

 

 満足そうに剣星は頷くと、離れたところにいたしぐれを呼ぶ。呼ばれたしぐれは刀を片手にベルの前に立つ。

 とてつもなく嫌な予感がベルを襲う。

 

「あの……馬師匠、これは……?」

 

「いやね、折角だし休憩と同時に恐怖を克服する訓練も一緒にやってしまった方が効率いいと思ったね」

 

「は? それは、一体……」

 

 ベルが問いただそうと腰を浮かした瞬間だった。

 

「ふん!」

 

「ほああああああああああああああああああっっ!?」

 

 しぐれの一閃がベルの頭上の果実を両断し、ベルの頭ギリギリの所で寸止めされる。刀の冷たい感覚が頭皮から感じられる。あと少しでもズレていたらベルの頭も果実同様に二つに断たれていたに違いない。

 

「成功ね。流石しぐれどん。ベルちゃんぐらいの子でも何をされたか分かるぐらいの速度で斬りかかることで最大限の恐怖を与えたね」

 

「それ程でもな……い」

 

 剣星の賞賛にしぐれは謙遜しながらもまんざらでもない様子であった。が、被害者のベルにとっては果てしなくどうでもいいことである。

 

「な、ななな、何をするんですかああああっ!?」

 

 飛びつきたくても頭に刀が乗せられている故に動くことができないベルは硬直した状態で剣星に涙声で抗議する。

 しかし、剣星もしぐれもきょとん、とした様子で何故自分たちを非難しているのか分からないという様子で答える。

 

「何って……休憩ね。精神修行も兼ねた。体を休ませると同時に精神を鍛える。まさに一石二鳥ね」

 

「何故、怒るん……だ? かすり傷どころか痛みも無いようにしたの……に?」

 

 そうか、おかしいのは目じゃなくて頭だったのか。

 トンデモ理論を提唱する剣星としぐれの姿にベルはようやく真実にたどり着いた。こうなったら自分以外に常識を持っているであろう人物は兄弟子しかいない。

 

「白浜さん! ちょっとこの人たちに……」

 

 ベルはケンイチの方へと振り向き

 

「熱っ! ちょっと、逆鬼師匠! 少し火の勢いが強すぎますよ!」

 

「ん、そうか!? 悪い、悪い。なんせこれをやるのは初めてだからな、つい加減を間違えちまった」

 

 そして、固まった。

 振り向いたベルの目の前ではケンイチが逆さづりにされた挙句に下から火あぶりにされていた。ひょっとして処刑されているのだろうか。

 

「あ、ベル君。頑張ってる? 最初はきついと思うけど僕も以前やったことだし君なら何とかなると思うから頑張ってね!」

 

「ええっと……はい、ありがとう、ござい……ます……?」

 

 困った。助けを呼ぼうとしたら助けを求めた相手の方が悲惨な目にあっていた。しかも平気そうな顔で逆に励まされてしまった。

 こういう場合、自分は何と言うべきなのだろうか。助けに行くべきなのだろうか、それともそちらも精が出ますね、とでも返すべきなんだろうか。

 ベルが十と余年の生涯で一番頭を悩ます前でケンイチは腹筋と背筋を交互に使うことで背と腹どちらか一方だけが火に当たり続けることを避けていた。

 おそらくは処刑ではなく、腹筋と背筋を同時に鍛える訓練なのだろうが、果たして火あぶりにする必要があるのだろうか。

 

「さて、休憩もこれぐらいでいいだろう。さあ、早速修行を開始しようじゃないか。ふむ、始めが肝心だからね、さて……誰が初日の修行を担当しようか……?」

 

「……っ!?」

 

 秋雨の言葉にベルの体が反応する。そうだ、悠長に他人の心配をする余裕など自分にはなかったのだ。これから自分もこの非常識の塊のような人間たちの嵐の様な修行を受けさせられるのだ。

 唯一助けてくれそうな自身の主神も今日は神々の会合に出かけると朝早くから出かけており、この場には存在しない。

 そう、今の自分は孤立無援の状況。このまま事態の流れを傍観していれば待っているのは確実な死である。

 大げさかもしれないがベルは本気でそう考え、事態の打開に向け高速で頭を回転させる。修行を誰が担当するか考えている今ならば自分の希望が通る公算が高い。ならば慎重にそして迅速に選ばなければならない。

 まず、秋雨。却下である。鞭打ちランニングが準備運動と考えている人間とか絶対ヤバい人である。

 続いて剣星。却下である。精神修行と休憩を同時にやろうとか発想がヤバい人である。

 次はしぐれ。却下である。見た目麗しい女性だが表情一つ変えることなく斬りかかるとか、絶対ヤバい人である。

 そして、至緒。却下である。弟子を笑顔で火あぶりにできるとか絶対ヤバい人である。

 以上のことから考えた結果、ベルは消去法から一人の人物へとたどり着く。

 

「うむ、そうだな! 今日は初日だしここは至緒にでも……」

 

「あの! それでしたら、僕是非修行をつけていただきたい人がいるんです!」

 

 秋雨の言葉を遮る様にしてベルは叫ぶと、消去法で選んだ人物を指さす。皆の視線がその人物に集中する。

 瞬間、四人の達人がほう、と感心した声を上げ、ケンイチだけがげっ、という声を上げた。

 

「僕、アパチャイさんに修行をつけてほしいです!」

 

「アパパッ! やったよー! ベルはアパチャイを選んでくれたよ! アパチャイ、頑張ってベルに人のぶっ殺し方教えるよー!」

 

 手を振り上げ快哉を叫ぶその姿はまるで子供の様な純真さである。これならば他の人間たちの様な無茶苦茶な修行などさせないだろう。ベルは冷静に地雷の選択肢を外していった自身の判断に会心の笑みを浮かべた。

 だがベルは知らなかった。消去法とは時に最悪の選出方法となる可能性があるということを。

 

 

 

 

 

 

 時刻は正午。昼食を食べにごった返すオラリオのメインストリートの一角にある服屋。

そこでヘスティアは自身の古くなった服を片手に店員と押し問答を繰り返していた。

 

「頼むよ、この服を仕立て直してくれ! 確かにここで買ったんだ!」

 

「し、しかし女神様、当店ではそういった奉仕は扱ってはなく……」

 

 ぴょんぴょんと二つに縛った黒髪を飛び跳ねながらヘスティアは古着を店員に押し付け、店員はそれを受け取るまいと四苦八苦していた。

 あまりの騒ぎに周囲の注目を集めているのだがヘスティアはそれを黙殺して店員に頼み込んでいた。

 ヘスティアがここまで食い下がる理由、それは握りしめられた服を今日どうしても着る必要があるためだ。今日は神の宴という神々の会合が執り行われる。

 普段であればヘスティアはそういった催しには参加しないのだが、今回そこにいるであろう神に頼み事をする為、急遽参加することにしたのだが、そこで気づいたのである。

 自分にはそういった会合に参加するための服を持っていないということに。

 慌ててふさわしい服を探してみたところ、唯一着て行けそうな服は長年ほったらかしにされた為にボロボロになっていた。その為、仕立て直してもらおうと買った店まで服を持ち込んできたわけだが……

 

「ケチ臭いこと言わないでくれよ! 今日は宴があるんだ、ほつれてるところだけを直してくれれば、みっともなくなくなればそれで構わないからさ!」

 

「そ、そうは申されましても……」

 

 店員はちらりとヘスティアが押し付けてくる服に目を落とす。

 デザインを見る限り、元は神が着るにふさわしい一品であっただろうそれは、押し合いによりもみくちゃにされ、皺だらけになっている。しかし、それ以上にほつれがひどい。破れこそないが仕立て直すには少々手間がかかる。しかもそれを今夜までというと半ば店の業務を放り出してこれに掛かり切る必要があるだろう。

 それなのに、目の前の女神は一般的な仕立て直し代しか払わないというのだ。いくら何でも横暴だ。

 とはいえ、相手は女神。あまり粗雑に扱うのも気が引ける。だからこそ、何とか翻意にさせようと頑張っていると……

 

「……ん? やれやれ……またかい」

 

 突如、ヘスティアはキョロキョロと辺りを見回し、ため息をついた。

 

「女神様、どうかされましたか?」

 

「ああ、いや何でもないんだ。気のせい、気のせい」

 

 不思議そうな店員にヘスティアは軽く手を振ってごまかす。

 そう、何てことはない気の迷いである。一瞬ベルに授けた恩恵が消え去る様な気配がしたのだ。勿論、恩恵が消え去るなんてことは通常あり得ない。だから、これはヘスティアの勘違いに違いないのだ。もしあるとすれば、それはベルが死亡した時ぐらいだが……

 思い浮かんだ己の馬鹿な考えにヘスティアは肩をすくめる。

 

「まさかね。この時間帯ならばまだ修行を続けている筈でまだダンジョンに潜っていないし、それに……」

  

 そう、ベルが死亡したなんてありえない。何らかの手違いによりダンジョンに潜りそこで奮戦むなしく敗北したという所までならあり得るかもしれない。

 しかし、実はヘスティアの気のせいはこれが初めてではないのだ。どういう訳か、今朝から『何回も』恩恵が消えかかった様な気配がしているのだ。当たり前だが、ベルは人間であり、超越存在である神の様に複数の命を持っていない。何回も死ぬなんてことは物理的に不可能だ。だから、これはヘスティアの勘違いに決まっている。

 まあ、心臓が止まっては蘇生し、止まっては蘇生するを繰り返したならばこの奇妙な状態になるかもしれないが……

 

「……って、そんな事よりも。なあ、頼むよ。一生のお願いだ。キミとボクの仲だろう?」

 

「いやいや! 私は今日初めて女神さまに会いましたよ!?」

 

 再び交渉に入るヘスティアと素っ頓狂な声を上げる店員。奇妙なやり取りはこれから一時間後、ヘスティアの粘り勝ちとなるまで続けられ、その頃にはヘスティアの頭の中からはこの勘違いの事はとっくに消え去っていたのであった。

 

 

 

 

 






 第六話、完成しました。
 ようやく、このSSを書く上で書きたかった修行パートにたどり着けました。ここまでたどり着けたのは読者様たちのおかげです。本当にありがとうございました。これからも頑張っていきますのでよろしくお願いいたします。
 それでは皆様のちょっとした楽しみになれたことを祈って筆を置かせてもらいます。




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