旅人マレファの旅日記   作:飯妃旅立

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結構長いです。


旅人と過去と月、時々学者と狙撃と辺境伯。

 ●

 

 デスクの上の電話が鳴った。

 その音にビクっと身体を振るわせるのは、ルイーゼ。国際刑事警察機構(ICPO)に所属する、元・探偵卿だ。

 そしてそんな彼女を見て、彼女にも恐ろしい物があるのだなと独り言ちている巨漢がヴォルフ・ミブ。こちらもまた国際刑事警察機構(ICPO)に所属しており、更には現・探偵卿――武闘派という冠が付くが――である。

 

 仮にも自分たちの元にかかってくる電話とあれば、それは今はどこぞに出かけている同じく(ヴォルフは決して同じとは思いたくないが)探偵卿の花菱仙太郎からの通信か。

 はたまたヴォルフやルイーゼの上司……つまりICPOからの電話であるに違いない。

 この机に突っ伏しながらこちらに「出ろ」「出なかったら酷いわよ」という目線を訴えかけてきている上司が変な所に電話番号を晒していない限り、であるが。

 しかたなくヴォルフは受話器を取る。

 

『おはよう、エンジェル諸君』

 

 ヴォルフは受話器を置いた。

 

「どこから?」

「安心しろ、間違い電話だ……ルイーゼ、あんたがホストクラブにでもこの番号を晒していなければ、だが」

 

 電話が鳴る。

 受話器を取る。

 

『失礼、電話をかける相手を勘違いしていた。そこはルイーゼ君の部屋だね。ルイーゼ君に代わってくれるかな』

 

 とはいう物の当のルイーゼが拒否しているので、そのままヴォルフが相手――Mに付き合う。

 電話の内容は、ジーモン辺境伯との交戦について。

 あべこべ城にICPOが設置していた監視カメラを確かめろ、というのだ。

 

 タイミングを計ったように、いや、宅配便の到着時間を計測していたかのような物言いと共に届いたDVDに戦々恐々しながらそれを再生するヴォルフ。

 どうでもいいオープニングムービーの後、仮面舞踏会にいた皆々が映る。

 

『ストップ!』

 

 Mの言葉に慌ててリモコンを操作すれば、そこで止まっているのは和服を着た女性。

 

『覚えておきたまえ。和服の彼女が怪盗クイーンだ。もっとも、彼の存在は変装の名人。次に会う時にはまた違う顔になっているだろうがね』

 

 ならばこの映像を見せた意味は、そう思いながらも仮面舞踏会で感じた気配を思い出す。

 思い出そうとするが、蜃気楼の様に掴む事は出来なかった。

 映像は進む。

 

『ストップ!』

 

 今度は構えていたから、慌てることなく静止させることが出来た。

 DVDにしてはジリジリと粗いノイズの走るその映像には、変にぽっかりと開いた人と人のスペースと壁が映っているだけ。そこに隠し扉があるようにも、ジーモン辺境伯に関する何かがあるようにも見えない。

 

『覚えておきたまえ。このように彼女は映像媒体に残しておくことが出来ないよ』

「待て――彼女、だと? ここに何かいるのか?」

 

 巻き戻したり進めたりしても、そこには誰もいない。

 いや。

 

「……何故、ここに誰も来ない?」

『そこに人間がいるからだよ、ヴォルフくん。記憶に無いかな? アラブ系の、仮面舞踏会には似つかわしくないキャリーケースを持った少女がいただろう?』

「……あぁ」

 

 そういえば。

 確かにホテルベルリンの女と、その浅黒い肌の少女だけがキャリーケースを持っていた。何故あのような少女が1人こんな場所で、とルイーゼに問いかけようとした直後にジーモン辺境伯の件があったのだ。

 

『こちらでも詳しい事は判明していないが――とりあえず無害だ。気にしないでくれたまえ』

「……では何故確認を」

『映像媒体に残らないという事は、写真やカメラ等と言った証拠品には使えないという事だからね――彼女が何かをする、もしくは彼女に何かをさせるにしても、映像を残す事が出来ないという事を伝えたかっただけさ』

「なるほど……それで、何故その少女とやらは映像に映らないんだ」

『さぁ?』

 

 ヴォルフの持つ受話器がミシリと音を立てる。

 

『わかっているのは彼女の名前がマレファである事と、足の爪に付けた暗器で戦う、という事くらいでね。喋る英語がとても舌足らずで幼い印象を憶えた、なんていう報告も上がってきているけれど、実年齢がどうかはわからない。少なくともアラビア語であれば流暢に話す事が出来るようだよ』

「暗殺者か……待て、なんでそんな奴があの舞踏会に居た? 身分のはっきりした者しか入れなかったと思ったが」

『私が招待したからね、彼女は。まさか定住しない者にまで精確に期日を守って届けられるとは、伝書鳩も捨てた物ではないね』

 

 ……伝書鳩ってそういう物だったか?

 ヴォルフの知識内にある伝書鳩と隔絶した能力差を感じた。

 

 その後に確認させられたのは、ジーモン辺境伯の特異性と凶悪性。ピラミッドキャップの内包する危険性、モーリッツ教授捜索の命令。

 クイーンの逮捕(よけいなこと)に気を取られずに、ピラミッドキャップの確保を最優先に行えとの事だ。

 ヴォルフは刀を握りしめ、一応スピーカーモードでちゃんと聞いていたルイーゼも気を張り直した。

 

 ●

 

 エジプト。ナイル川近郊のとある村・マズバラ。

 その村から然程遠くない場所に或る、洞窟。

 名をガルユーンという。

 管だとか繋ぐものを意味するガルユーンの内部は、1歩入れば光の差し込まぬ真っ暗な空間となっていて、更にはいつ死ぬか、いつ怪我を負うか、そしてどこに出るかさえわからない危険な空間だ。

 無論危険な空間と言っても十二分の見返りは存在し、中に或る贈り物(ハディーヤ)を運よく拾って帰りさえすれば、一国を揺るがすレベルの大金でそれが買われていく。

 マズバラの人々は老い先短い老人や死んでもいい罪人などを証人(ダリール)としてガルユーンに送り、永い間村の存続に努めてきた。

 

 だが。

 

「……変わったわね……」

 

 今やマズバラに住まうのは二十二の青年1人。

 この青年もまたダリールであり、二十五にはぽっくりと死ぬ……恐らく代価を背負っている。

 ガルユーンとは値札の無いショップのようなもので、商品(ハディーヤ)によって後払いか先払いかが決まるのだ。

 先払いの商品(ハディーヤ)を掴む予定のダリールは、ガルユーン内部で代価――体の一部やその命――を支払う。だから、突然死んだように見える。

 後払いの商品(ハディーヤ)を掴んだダリールは、二十五以降の寿命を支払う、といった具合だろうか。

 

 既にマズバラにいたダリールは死に行った。

 ならば、最後の彼1人くらいその呪われた使命から解放してやりたい、とも思うが、同時にそれだけの代価を得ているのだから、仕方がないだろうとも思う。

皮肉(スフリィヤ)……未来を代価に、今のお金を得たという所よね」

 

 月を見上げる。

 かなり近づいている。

 これもまた、後払いの1つ。

 

「……ここは、私にとっては何の意味もない。だけど――」

「見えた――!!」

「きゃあ!?」

 

 突然。

 本当に突然、ガルユーンの入り口前に、1人の老人が出現した。

 ぶわ、と風が吹く。風上は、ドイツの方だ。

 

「……モーリッツ教授?」

 

 老人――モーリッツ教授は叫んだ姿勢のまま、不意にぱたりと倒れた。

 同時くらいか、音を聞きつけてマズバラに住んでいただろう青年がこちらにやってくるのが見える。

 

 潮時か。

 

「……いつか私の事も解明してくださるのかしら?」

 

 ●

 

 またもエジプト。

 ハンハリーリ市場(バザール)。様々な物が集まるこの市場(バザール)だが、残念な事に私に声をかけてくる物売りはほとんどいない。

 同じアラブ系で、ましてや幼い少女。

 前者だけ見ればエジプト特産品など然して興味ないだろう事がわかるし、後者に至っては厄介ごとの気配さえする。関わり合いになりたくないと考える方が正しい思考だろう。

 

「ちょっと、そこの怪人ラクダ男、どいてくれないかしら?」

「あぁ? 今この店主に正義とはなんたるかを説いてるんだ! 邪魔するなババア!」

「ジジイ、ついに目まで見えなくなったのか? ジジイにババア呼ばわりされる奴なんてどこにも」

「小僧、お前の眼は節穴か? ――いるだろ、そこに。諸悪の根源が」

 

 ラクダ男が私を前足で指す。よくみたら、全部着ているわけではなく腕だけを入れているらしい。

 だから、思いっきり蹴り飛ばしてやった。

 

「ほらな、凶悪だ」

「……お兄さん、この、老人……介護? がんばって、ください」

「……俺、初めてジジイの世話を労われた気がする」

 

 一切動く気が無いという様子の怪人ラクダ男。

 仕方がないので、私が道をそれようとした、その時だった。

 

「――!」

「!」

 

 癪だが、2人揃って同じ方向を見る。

 猛獣のような青年は気付いていないのか、疑問符を浮かべていた。

 

「行くぞ、小僧! 女性が俺の助けを待っている!」

 

 私の事も、猛獣のような青年の事も振り返ることなく。

 怪人ラクダ男は、その声のした方向に走り去って行ったのだった。

 

「……って」

 

 あれ?

 青年も行った?

 

 ●

 

 昼下がりのハンハリーリ市場(バザール)は混沌を極めていた。

 暴れ回る怪人ラクダ男、それを鬱陶しそうにしながらも、確固たる目的を持って市場(バザール)を進む白仮面。

 その2人に長刀を持って斬りかかる巨漢。その傍らで、戦場を俯瞰する女性。

 さらにラクダ男がもう1人そこへ加わり、それを応援する少女、それに嫉妬する少年。

 赤い女、黒い男、怪盗のビジネスパートナー。

 

 砂埃が舞いあがり、商人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

「あ、私にも一杯くださいな」

「あぁ、君も来ていたんだね」

 

 戦場から5メートルほど離れた喫茶店。その一角。

 カップを差し出すと、注がれる紅茶(シャーイ)

 優雅にそれを飲むのは銀糸の君。クイーンだ。

 

「お二人さん、私にもシャイを貰えるかしら?」

 

 そこへやってくるのは国際刑事警察機構(ICPO)のルイーゼ。

 ルイーゼはクイーンへ自己紹介をし、更にはクイーンの正体を見破った上で、私に向き直った。

 

「あなたがマレファさん……で、いいかしら?」

驚いた(ダフシャ)……私の事、知ってるの、ですか?」

「アラビア語のままで良いわよ。大丈夫、聞き取れるから」

 

 ICPOに知られている。

 そうあっては、流石に身を構えなければならない。

 

「あぁ、そう警戒しないで……クイーンにも、あなたにも、手を出すなって命令されてるから」

 

 そんなルイーゼの前にカップを掲げるクイーン。

 同じように、私もカップをあげた。

 

乾杯(ツートリンケン)!」

乾杯(フィー・スハティカ)

 

 もう少しだけ、優雅な時間は続く。

 

 ●

 

 突然、その優雅な時間は崩された。

 一匹のラクダ男の登場によって。

 

「……嵐の様な存在ですね、皇帝(アンプルール)って」

「はた迷惑な蝗害のような物よ、あの若作りジジイは」

 

 ルイーゼとマレファ。

 クイーンという繋がりが無ければ、両者の関係は酷く薄い。

 しかし、思わぬところで皇帝(アンプルール)との繋がりを見つけた、とばかりにルイーゼがマレファを質問攻めにする。

 

皇帝(アンプルール)とはどういう関係なの?」

「腐れ縁みたいな物よ。ウマが合わないのよ、最初からね」

「あなたも皇帝(アンプルール)やクイーンと同じように、怪盗なのかしら?」

「いいえ、私は旅人よ、元探偵卿さん。人の物を盗んだりしないわ」

「旅人」

 

 ルイーゼは改めて目の前の少女を見る。

 アラブ系の浅黒い肌。露出の多い恰好。その恰好に似合わないキャリーケース。

 足先に光る爪は鈍く、しかし鋭く輝き、その重心は見えない。

 胸は小ぶりだ。少女らしいともいえる。

 

「そのキャリーケースには何が入っているの?」

「旅支度よ。着替えとか、日記とか、食べ物とか」

「日記! 見せてもらえるかしら!」

 

 遠くでもない近くで「とぅおりぷぅるくゃめるぅむきぃっく」という音が聞こえた気がしないでもないが、会話を進めるルイーゼ。

 マレファもあまり興味が無さそうだ。

 

「――20点。同じレディとはいえ、日記を覗こうとするのは減点よ、伏兵(ヒンターハルト)さん?」

「……そうね、素直に謝るわ」

 

 と、ルイーゼのすぐ近くを、腐臭のような雰囲気を纏った白仮面が通り過ぎる。

 一瞬、ルイーゼの手が動いた。

 去っていく白仮面――ジーモン辺境伯を見送りながら、マレファが笑いかける。

 

「流石ね?」

「これでも、元探偵卿ですから」

 

 だけど、とルイーゼはもう一度マレファを見る。

 全く以て――隙だらけ。

 ただの少女にしか見えない。

 

「あなた、暗殺業に手を染めた事は?」

「無いわ。命を奪うのは殺人者の仕事。私は旅人よ。旅行をする事が私の仕事で、私の美学」

「……そうね、失礼な事を聞いたわ」

 

 席を立つルイーゼ。

 見れば、暴れていた者達が散り始めている。

 現地警察が到着したのだ。

 

「また会える日が来るかしら?」

「そんなこと言わずに、一緒に行きましょう?」

「え?」

 

 その時、市場(バザール)全体に老人の声が響き渡った。

 

『おぬしら、全員、ギザに集まれ!!』

 

 思わずマレファを見るルイーゼ。

 

「ね?」

 

 マレファはウインクをした。

 

 ●

 

 『ピラミッドは上空から見やすい。探す手間が省けてよかったよ』

 

 ●

 

 エジプト・とあるピザ○ット。

 その2階席の一角に、凄まじく騒がしい席があった。

 ドイツ語にフランス語、たまに中国語とアラビア語が飛び交うその卓は、それら言語を扱う面々もとても濃い。

 まず目に付くのは巨漢と銀髪だろう。前者は単純な視覚的存在感で、後者は並々ならぬ雰囲気が目を引く。その2人のせいで、その2人の横にいる黒髪の猛獣やニコニコと巨漢の世話を焼く女性の存在感が薄れているようにも見える。

 巨漢は細身の女性に懇意であり、明らかに好意を持っているのがバレバレ。

 また、然程離れない場所では長い髪の少女。それを守るような位置取りで短髪の少年。

そんな少女の視線の先には少年よりいくらか背の低い青年で、心無しか少年と青年は睨み合っているように見える。

 

 青春を噛ましている少年少女の隣では、ちまっこい老人とちまっこい少女がメニュー表で激しい戦いを繰り広げている。主に叩いて被ってジャンケンP○N! 方式の戦いだ。

 争いは同レベルでしか発生しないのである。

 

 それらを見渡せる位置取りで、そして騒がしい面々に少しばかり苛立っているモノクルの老人。その老人の助手であろう女性と、女性に言い寄る青年。

 

 これが現在このテーブルにいる十三人の客である。

 

「おぬしらを集めたのは、会食をするためじゃない!」

 

 苛立っていた老人がついに立ち上がり、叫んだ。

 

「あのお客様。ほかのお客様のご迷惑になりますので、お静かに願えますか」

 

 しかしすぐにターバンで顔を隠した店員に窘められ、座らされる。

 

 その後老人――モーリッツ教授と助手の女性に言い寄っていた青年イルムが自己紹介をし、場を整理した。

 主な議題はピラミッドキャップの行方と、なぜ戦闘をしていたか。

 ……後者の答えは、十分な物が帰って来たとは言い難いが、とりあえず理解が行き渡った。

 

 そんな所で、電話が鳴る。

 巨漢――ヴォルフの世話を焼いていた女性――ルイーゼのものだ。

 ルイーゼは途端にニコニコしていた顔を顰め、ヴォルフに電話に出るよう促した。

 

「ヴォルフだ」

『随分派手にやったね、エンジェル諸君』

 

 溜息を吐いた一名と、携帯電話を切断したくなった一名。

 

「何の話だ?」

『ハンハリーリ市場(バザール)の乱闘とボヤ騒ぎ……知らないとは言わせないよ』

「……」

「電話の相手って、誰?」

 

 猛獣のような青年――ヤウズが聞く。全員の心中を代表した結果である。 

 それに対し、ルイーゼが口紅で紙ナプキンに『国際刑事警察機構(ICPO)の上司。M』『とってもヤなやつ』と書いた。

 

『なるほど、いま騒ぎを起こした連中と一緒にいるんだね』

可哀想(イフテカール)……見ないでそこまでわかってしまうなんて、とってもつまらなそうね」

「そう言うな、なかなかの洞察力じゃねぇか」

 

 ちまっこい少女――マレファとちまっこい老人――皇帝(アンプルール)の言葉に、ルイーゼがまた口紅で『Mは探偵卿の中の探偵卿と呼ばれている』『でも、とってもヤな奴』と書き加えた。

 

『旅人の君と私は対極の存在だからね――仕方ない。それで、ヴォルフ君。ピラミッドキャップは?』

「ジーモン辺境伯に奪われた」

『フッ』

 

 そこから始まるのは、ピラミッドキャップを五日以内に奪取し、封印しなければならないという話。自己紹介もあったが的を射ない物であった。

 

『もうすぐ、月が地球に落ちてくるからね』

 

 Mはあっさりという。

 驚きに言葉が出ない面々の中、驚いていない者は4人、一切動じていないのが1人。

 

「お師匠様、ご存じだったんですか?」

「まぁな。だから俺は立ちあがったんだ。地球を救うキャメルマンとして!」

「どうせ鳩のポッポに聞いたのよ。彼、とっても頭が良いから」

 

 その言葉に、先程の月が落ちてくる発言の時は動じなかった1人――ヤウズが、目を剥いてマレファを見た。

 ……まさかジジイの鳩の言葉がわかる、という与太話をこんな場所で証明されるとは。

 ――阿州の神秘だぜ、と独り言ちるヤウズ。無論、マレファの見た目から判断した出身地であるのだが。

 

 ピラミッドキャップが月を引き寄せる。

 その事を予見していたモーリッツ教授。そして、ようやくピラミッドキャップ奪還を最優先にさせた意味を理解したヴォルフとルイーゼ。また、その横で少女と少年と女性――ホテルベルリン四代目総帥エレオノーレ・シュミットと、三頭竜(ドライドラッヘン)が2人、ゲルブとローテが今後の姿勢を決めた。

 

 ピラミッドキャップの封印方法は皇帝(アンプルール)……もといキャメルマンが有しているらしく、ヴォルフの価値観からする一ゴネがあったものの、M含め探偵卿の協力を取り付ける事に成功した。

 その際、

 

「おい、お前も来いよババア。成功率は高い方が良い」

「いいけど、一緒に行くのは嫌よ。現地集合にしましょう?」

「そりゃあこっちから願い下げだ」

 

 というちまっこい2人の一問答もあったが、まとまったのでよしとしよう。

 

 また、伏兵(ヒンターハルト)たるルイーゼの仕事……先程ジーモン辺境伯のポケットに忍ばせたLotus(ロータス) Flower(フラワー)という香水の香りを警察犬に追わせるようMに知らせる。その仕事ぶりは、流石という所だ。

 

『それではエンジェル諸君の活躍に期待しよう』

 

 電話が切れる前にヴォルフは携帯電話を真っ二つにした。

 

 さて、話もまとまった事だし各々行動に移ろうか――という所で、ヴォルフがキャメルマンを引き留める。

 要件は、どうしてキャメルマンの攻撃はジーモン辺境伯に当たるのか、という事。

 Mの説明によればジーモン辺境伯は度々時間流から消えていて、ヴォルフの攻撃は当たらない。だが、先程のハンハリーリ市場(バザール)でのキャメルキックはジーモン辺境伯を吹っ飛ばしていた。

 

 あんなふざけた技に自身の剣術が劣っているとは考え難かったのだ。

 

 しかしその考えも、実演込で説明された技の仕組み――避けられた時のための備え、二段蹴りである、という事を教えられてからがらりと変わり、

 

「一瞬だけ、爺さんの事を『師匠』と呼びたくなったぜ」

 

 と笑った。

 銀髪――クイーンが「やめておきたまえ」という視線をなげかける。

 

 その後、国際刑事警察機構(ICPO)がこの場の飲食代を持つ(経費で落とす)という事で、お開きとなった。

 既にマレファの姿は無い。彼女としては食い逃げ上等(正確には皇帝(アンプルール)か同行者のルイーゼになすりつけるつもり)だったので、早々に席を立ったのだ。

 

 ●

 

『まだ、誰かの見ている景色を見ていない』

 

 ●

 

 ぽっかりと開いた黒い穴。

 ガルユーンだ。

 その手前で、ぎゃいぎゃいと騒がしい2人の姿がある。

 皇帝(アンプルール)とヤウズである。

 

 皇帝(アンプルール)はホテルベルリンの2人を薬で眠らせ、待っていた。

 彼女を。

 パキ、と落ちたサボテンを踏み折る音。

 

良い(ジャッイェド)雰囲気(ハワーァ)ね……あなたがいなければ」

「あ~、マレファ……だっけ? さっきのジジイの口ぶりからして、あんたもガルユーンに入るのか?」

「ええ、そうしなければ第二次世界大戦時代のドイツへ行けないもの――もっとも、ドイツに限定しなければ何時でも行けるのだけれど」

「?」

 

 思わせぶりな憂い顔で話すマレファに疑問符を浮かべるヤウズ。

 だが、地面に転がったままのエレオノーレとローテを思い出して、とりあえず運ぶ事にした。どうせジジイは手伝ってくれないし、目の前の少女は持てそうにないから。

 ヤウズがジープへ向かっている間、ちまっこい2人はガルユーンに向き直る。

 

「お前、今何歳だ」

「問題ないわ……どれほど高い商品(ハディーヤ)を掴まされても、身体を持ってかれる程寿命に切羽詰っているつもりはないし」

「チッ……不思議生物め」

 

 ガルユーンは年寄りを嫌う。

 何故かと言えば、年寄りは支払いが出来ないから。

 二十五歳を超えた後は寿命を消費していくだけ。後払いが出来ないとわかっているのだから、その場で支払ってもらうしかない。

 文字通り、身体で。

 

「俺は偉大なる大怪盗だが……あくまで人間だ。ぽっくり行っちまったら、あの小僧はお前が持って行けよ」

「嫌よ。自分で導きなさい。クイーンみたいに、途中で捨てない事」

「あれは勝手に逃げ出したんだ。捨てたわけじゃねぇ」

 

 と、そこへ2人をジープに寝かせたヤウズが戻ってくる。

 会ったら即喧嘩しているような印象しかない2人が仲良く並んでいるのに驚いた様子だったが、それほどガルユーンが危険な場所なのだろうと思い直した。

 

「いいな、小僧。おれが先を歩く。お前は俺の踏んだ場所を正確についてこい」

「それで生存率が変わるのか?」

「わからん。だが、何もしないよりはマシだ」

「……かもな。それで、あんたは?」

 

 ヤウズがマレファを見る。

 ヤウズをしても、年端もいかない少女。

 若さで言えば一番である気もするが、同時にそんな危険な場所に入る子供でもないように思える。

 ――自分の様な、収容所出身の人間にも見えないし。

 

「私は適当に行くわ。2人とも生きてあっちで落ち合いましょう?」

「おい、小僧。余計な事を気にするな。自分の目的だけをしっかり持て」

「……わかった」

 

 だが、少なくともこの化け物ジジイと喧嘩が出来る人間だ。

 可愛らしい少女の見た目とは裏腹に、この少女も大年寄りなのかもしれない。

 それはそれで、ガルユーンに入るには不味いのだが。

 

「いくぞ!」

 

 ガルユーンに、足を踏み入れた。

 

 ●

 

『行先?』

 

 ●

 

「どうやら、無事に着いたようだな」

 

 そこに、先程までの砂のにおいはない。

 鬱蒼と広がる森があるばかりだ。

 

「……あれ?」

「どうした、どこか持っていかれたか?」

 

 心成しか心配そうに皇帝(アンプルール)がヤウズに問う。

 だが、ヤウズの身体に少なくとも血染みは無かった。

 

「いや……マレファは?」

「……あいつ、辿り着けなかったのか」

 

 見渡す限り。

 あの旅人の少女の姿は、無かった。

 皇帝(アンプルール)は、少しだけ……ほんの少しだけ寂しそうに、呟いた。

 

 ●

 

『現地で落ち合いましょう?』

 

 ●

 

 スフィンクスの両脚の間にある『夢の碑』。その背後に或る床石に、数十センチ四方の金属の板で塞がれた穴。

 それを通り抜けた先に、そこはあった。

 

 仙太郎が称した地下神殿。

 冥界に繋がると言われるそこは、なるほど確かに。

 うすら寒い気配の広がる場所だとヴォルフは納得した。

 

「ッ! 誰だ!」

 

 そこに、人影があった。

 ここに逃げ込んだのはジーモン辺境伯だが、人影はかなり小さい。しかし、ジーモン辺境伯以外があの金属の扉を開けるとは思えない。クイーンがやった切断という方法が使われたのならば、その痕跡が残っていたはずだ。

 

「あら? ……やっぱり何時でもいける、って余裕があると、弾かれるのね。直接ピラミッドキャップの方へ転移したのかしら」

「落ち着け探偵卿――彼女はマレファだ」

 

 今にも斬りかからんという勢いのヴォルフをクイーンが窘める。

 室内の壁に造られた溝に流された油に火がつき、その姿を露わにしたのだ。

 

「……何故、こいつが先回りしている?」

「彼女は旅人だよ……怪盗(わたし)が狙った獲物を必ず盗むように、彼女も行きたい場所へ必ず辿り着く。そこに、あんなちんけな鉄の扉なんてあってないようなものさ」

「……さっぱりわからん」

 

 と、マレファが突入メンバー――ヴォルフ、クイーン、ジョーカーを振り返る。

 そしてこてん、と首をかしげた。

 

「何故あなた達がここに?」

 

 それはこっちのセリフだ――という言葉を飲み込むヴォルフ。

 先のTVディレクターとのやり取りもそうだが、彼とて少しは大人になれるのだ。

 

「ジーモン辺境伯がここの地下にいる。俺達は、ジーモン辺境伯からピラミッドキャップを奪うために来た」

「そう……なら、私も一緒に行くわ。この地下神殿の見ていた景色が見たいし」

「……わかった」

 

 ここでゴネても仕方がないし、時間もそんなに残されていない。

 探偵卿らしい的確な判断だった。

 

 その間にクイーンが部屋の仕掛けを解き、通路を出現させている。

 

 地下水路を進み、辿り着いた異様な神殿。

 人工知能のRDと、ジョーカー。その両名が感じる、「生きた人間が踏み込んでいい場所ではない」という空気。

 そしてその先に、彼は眠っていた。

 ジーモン辺境伯だ。

 

「なぜ、私の眠りを妨げる」

 

 ジーモン辺境伯が、立ち上がった。

 

 ●

 

 ジーモン辺境伯と闘うのは怪盗の仕事でも旅人の仕事でもない。

 ので、武闘派にして犯罪者を捕まえる仕事の探偵卿――つまりヴォルフが行く。

 彼はキャメルマンの蹴撃を参考に、長刀と鞘の二刀流で以てジーモン辺境伯に斬りかかった。

 

 彼の攻撃は最初の内は有効かに思えたが、次第にジーモン辺境伯の『身体が時間流から消えている時間』が長くなる、という変化に翻弄され、足を串刺しにするもすり抜けられて気を失う。

 次に出たのはクイーン。

 クイーンはターバンを用い、劣勢の演技でピラミッドキャップの在り処を吐かせ、最後に油と火でジーモン辺境伯にチェックメイトをかけた。

 

 ピラミッドキャップを落としたジーモン辺境伯は、逮捕しようと寄ってきたヴォルフを弾いて自らを投げるように井戸へと落ちる。

 そこはガルユーンと同じ、何処に繋がるかわからない落ち続ける井戸。

 そこから彼が這い出てくることは無かった。

 

 井戸から光が吹き上がる。

 

 いつぞや、皇帝(アンプルール)があべこべ城の最上階で言った言葉と同じだ。

 

「逃げろ!」

 

 クイーンとヴォルフを背負ったジョーカーは走り出した。

 

 ●

 

『あなたはここで、ずっとそれを見守ってきたのね』

 

 ●

 

 クイーンが道中に居たホテルベルリンの面々に逃走を促す。

 その際、地面に居た皇帝(アンプルール)を踏み潰したが、些細な事だ。

 どのような手法かホテルベルリンと和解したらしい皇帝(アンプルール)は怪我をして動けないらしく、シュテラに背負ってもらおうとその背中に乗る。

 

 が、

 

「はいはい、あなたはこっち」

「おいやめろクソババア! キャリーケースに人間を詰め込むとかどうかして――」

 

 光の追い縋るギリギリを跳ぶ様に走ってきたマレファによって、ひょいと掴まれてキャリーケースにINされた。

 ゲルブに背負われたヤウズはマレファを幽霊でも見るような目で見ていたが、これも些細な事である。

 

「呆けてないで、走りなさいな。こんな所で死ぬようなら0点(ガビー)をつけなきゃいけなくなるわよ?」

 

 ホテルベルリンの面々にそう言い放つマレファ。

 ガビー……愚か者。

 確かにその通りだと、ホテルベルリンは出口へ急いだ。

 

 ●

 

 全員が地下神殿へ続く道を出た瞬間、神殿への入り口は轟音と砂埃を立てて沈んでいった。もう入る事は叶わないだろう。

 そこへモーリッツ教授とレナーテと仙太郎とイルムがやってきて、ピラミッドキャップの所在を問うた。

 そして落ち込んだ。

 ジーモン辺境伯と共に井戸に落ちていれば、全てが終わったのに、と。

 

 日本のTVディレクター堀越と堀越組スタッフが騒ぐ。

 一部映像に乱れがある事と――ピラミッド上空に現れた、逆ピラミッドの事。

 

 そう――今、ギザのピラミッドの頂上を接点として、それよりも遥かに大きい逆ピラミッドが出来つつあったのだ。

 

 

 さて。

 持ってきてしまったピラミッドキャップを封印するために、あのピラミッドの中へ入らなければならない。

 問題は、誰が入るか、という事。

怪我をしたヴォルフは戦力外。キャリーケースから引きずり出され、ぎゃいぎゃいとマレファと言い争っている皇帝(アンプルール)もまた大怪我をしている。

 あのピラミッドの中は『不確定』の塊と言えるだろう。

 そんな場所で、有事の際に動けない者は邪魔でしかない。

 連れて行けと喚くイルムを皇帝(アンプルール)が封じ、その皇帝(アンプルール)をクイーンが蹴り飛ばす。

 

「ねぇ、クイーン、私も連れて行って?」

「おい、待てクソババア! お前はさっきガルユーンに入って目的の場所に出られなかったじゃねえか!」

「あら、気を失ったんじゃなかったの? ま、安心しなさい。私はあなたより長生きなんだから」

「……チッ」

 

 そこに、何のしがらみがあったのか。

 何の理屈があったのか。

 それは2人にしかわからない。

 だが、その舌打ちを境に――皇帝(アンプルール)は完全に気を失った。

 

 行くのは、クイーンとジョーカー。そしてマレファになった。

 

 ●

 

 水色の光で満たされた空間だった。

 光は微かに濃淡を描き、不規則に揺らめき踊る。

 踏み出す足底からは確かに硬い感触が返ってくるが、床らしきものは見えない。

 

 前も後ろも、上も下もないような空間。

 

懐かしい(アジィゾンヌ)……いえ、似ている(ラッサロンヌ)というべきかしら……130点(ジャミール)よ」

「あなたも変わりませんね」

 

 何やらRDと通信していたらしいジョーカーがマレファに話しかけた。

 見ればジョーカーの姿が青年、少年、現在とパラパラ変わっているではないか。 隣を行くクイーンも服装が変わり続ける。

 

 変わらないのは、マレファだけ。

 

【Missマレファ……あなたは、どの時間帯にも1人しか存在しないのですね】

「ええ、私は1人しかいないわ。過去にも未来にも、現在に私がいる限りは存在しないの」

「……当たり前のようにRDと会話が出来るんですね」

 

 クイーンと同じように、マレファもまた読み込みエラーのようにガジガジとその姿にノイズが走る。

 だが、クイーンのそれより幾分かノイズが少ないように見えた。

 

 と、キュイイイイイン、ガジガジガジと雑音が響く。

 RD曰く、人間の言葉とチューニングしている、とのこと。

 そして声が聞こえてきた。

 

《返品?》

 

 ●

 

『無駄な物ほど美しいのよ』

 

 ●

 

 ピラミッドキャップが彼らの逆ピラミッド内部にある内に、ゲルブの狙撃でピラミッド同士の接点を破壊する作戦。

 RDがゲルブを急がせ、それを今か今かと待ち続ける。

 

《近似?》

「違うわ、私とあなた達は違う」

《調査》

「不要よ、宇宙人さん」

《不可》

「でしょうね」

 

「クイーン。ぼくには彼女が彼らと会話しているように見えるんですが」

「奇遇だねジョーカーくん。私にもそう見えるよ」

「一応時間稼ぎ……には、なるのでしょうか?」

「それはわからないね」

 

《返品不可》

《未支払――》

「あ、ダメだったみたいね。ゲルブ君早くしてって伝えてくれるかしら」

 

 ●

 

 

《取引不能》

 

 どれほど時が経っただろうか。

 RDから通信が入る。

 

【彼ら、随分怒ってますね。「野蛮人とは付き合い切れん。好きな時代に帰りやがれ」――そう言ってます】

 

 そう、ゲルブが狙撃を成功させたのだ。

 ゼロ次元の点を正確に、一撃で撃ち抜く技術は、流石としか言いようがない。

 

 これで、全てが終わったのだ。

 後は帰るだけ。

 

「しかし、好きな時代に帰りやがれ、か……どういう意味だ?」

「そのままの意味よ、クイーン。過去でも未来でも、好きな時間に戻れるわ……今の記憶を持って、ね」

 

 そこには、いつも通りのマレファがいた。

 だが彼女は、クイーンたちが立っている場所より一段か二段ほど高い場所にいる。

 

「私はこのピラミッドが見ている景色を見に来たのだもの……ここで帰るなんてとんでもない」

「そうか……それじゃ、ここでお別れだね。ジョーカー君はどの時代に帰りたい?」

 

 ●

 

『お帰り、兄さん』

 

 ●

 

高いわね(タウィール)……」

 

 ギザのピラミッドの、頂点。 

 ゲルブに寄って撃ち抜かれた接点の上。

 

 広大な砂漠と、広い空。

 まるで、大きなドームの内天井に造られた逆ピラミッドが、その頂点を大きな大きな湖に向けているかのような……逆さまの風景。

 

《知識?》

「ええ、そう」

《原初》

「ええ、そうよ」

《交流再開?》

「いいえ、いらないわ」

 

《――取引、無期限停止――》

 

さようなら(マアッ・サラーマ)……99点(ワシィフォンヌ)よ」

 

 ●

 











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