旅人マレファの旅日記   作:飯妃旅立

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ケニアの大地より(後編)


旅人と裁断と裏、時々決着と死神と大暴走。

 ●「ちょっと、寄り道。旅人は平等ではないよ、という話」

 

 広大なサバンナ――。

 心なしか他の地域に居る時よりも大きく見える太陽がゆったりと沈んでいく様を背後に、マレファはこれまたゆったり歩いていた。

 悪路も悪路なサバンナの草原にキャリーケースは果てしなく不釣合いなのだが、彼女が気にした様子はない。

 

「怖がらないで。そう、私は無害よ。ただ、言葉を届けに来ただけだから」

「グルルルル……」

 

 そんなサバンナのど真ん中で、ゆったりと歩いているのには理由があった。

 目の前に、彼女と同じくらいの速度で後退している獣が一匹。

 

 ライオンだ。

 

「あなた、一度兄妹を取られているものね。警戒する気持ちはわかるわ。けど、ほら、わかるでしょう? 貴女の兄を攫った人間と、私はベツモノよ」

「……グゥル……」

 

 段々とライオンは後退をやめ、マレファの接近を許す。

 もう大丈夫ね、とライオンに近づくマレファ。

 

 そんな彼女に向かって、鋭利にして高速な研ぎ澄まされた爪が襲い掛かった。

 

「ガ……?」

「そう怯えなくてもいいわ。旅人は争いの最中では絶対に死なないものなのよ」

 

 爪が止まる。

 柔らかいはずの少女の肌は、恐ろしく硬い。

 だがライオンの爪が砕けるという事も、ライオンの前足が折れるという事も無く、ただただ止まってしまった、という様だった。

 

「言葉を伝えに来たの。遠い地で、子供達を笑顔にする仕事をしている彼の言葉を」

 

 マレファの口から、人間では聞き取れない声が発せられる。

 それはどこか肉食獣の唸り声にも似ていて。

 

 ライオンは悲しそうな声を上げて、マレファへと前足を振りかぶる。

 そして、(ライオン基準で)優しくマレファを引き寄せて、顔をこすった。

 まるで、匂いをすりつけるかのように。

 

「グゥ」

「ええ、必ず。貴女と、貴女の子供。貴女の番の事も教えちゃおうかしら」

「がう」

「あら、そうなの? 親同士が縄張りを争ったライバル、ねぇ……。それならあなた、相当勇気あるわね」

「ガル」

「……そうね。そろそろ行くわ。でも、この後良くない事が起こるから……出来るだけ、ここから離れる事をおすすめするわね。大丈夫。夜が終われば、戻ってきていいから」

「……がぅ」

 

 雌ライオンとの会話を終えるマレファ。

 ライオンはマレファから離れ、散り散りになっていた子供達を集めると、遠くへ駆けだした。

 

 とあるサーカスから、このケニアの大地へ。

 旅人の美学における、もっとも美しいとされている事が出来たマレファは、上機嫌になる。

 

「……やっぱり、旅人をしていて良かったわね」

 

 生来旅人の彼女が言うのは何かおかしいのだが、その言葉にはたっぷりの感情が乗っかっていた。

 

 ●「カバ肉はとっても美味しいんだよ、という話」

 

 大草原の中に着陸したトルバドゥール。

 その前で、パチパチとたき火が燃えていた。横には車輪が大破したトラック。

 

 二つに囲まれるようにして疎らに数人。

 まず、クイーンとジョーカー。

 そしてマライカ。

 最後に文太と、檻に入れられたニニだ。

 

 ジョーカーはせわしなく焚火の管理や夕食の準備をしていて、マライカもそれを手伝っている。その事実にクイーンがぶーたれたが、ジョーカーに封殺されてしまった。

 

 そんな場所へやってきた、マレファ。

 彼女は面々が何を言う前に、開口一番でRDへ注文する。

 

「カバ肉のローストを所望するわ!」

【来て早々なんですか、と言いたいところですが、まぁいいでしょう。座ってください】

「RD、マレファに甘くないかい? 彼女はわたしと同じようにだらけていたんだろ?」

【ええ、ですが、女性に年齢を聞くという紳士にあるまじき行為をしたのはわたしの方ですからね】

「これで仕返しをしようものなら同レベルになってしまう。だから、ここは大人の対応をしておこう――こんなところでしょうか?」

 

 マライカの推理にRDとマレファが停止する。

 いそいそとテーブルに就こうとしていたマレファがギ、ギ、ギとトルバドゥールから伸びるRDの人工眼(カメラ・アイ)に顔を向けると、まるで人間が目をそらすかのように人工眼はそっぽを向いた。

 

「べ、別にいいわよ。わーい、私子供ー、早くカバ肉ほしー」

【今の音声データを記録しました。皇帝(アンプルール)のツイッタに送付しておきますね】

「ふんっ」

 

 到底子どもとは思えない声で地面を踏んづけるマレファ。

 

【……あの、音声データだけならまだしも、その他の部分まで破壊するのはやめてくださいませんか?】

「そういう細かい事できないもの。貰った物は二倍にして返すのが旅人よ。これの仕返しをするなら更なる報復をするわ」

「あ! そういえば君、わたしの’44年もののシャトーを飲んだだろう! アレはずっと大事にしていたのに……!」

「そんなのワインセラーにしまっておかないから悪いのよ。捨てられたものだと思ったわ。それよりカバ肉まだー?」

【確かにそれに関してはワインセラーにしまっておかないクイーンが悪いです。今焼いてます】

「僕もワインセラーにしまっておかないクイーンが悪いと思います。ソファの下にあるものは確かにゴミと同じです」

「ワインをソファの下に仕舞っているのですか? それはワインが可哀そうです」

「せめてどこか見える所に置いておきますよね……」

 

 RDに続いてジョーカー、マライカ、果ては文太までもがクイーンを責める。

 クイーンはべそをかいて座り込んでしまった。

 

 近くで爆発音。

 

「わわわわ!?」

「ただの迫撃砲じゃない。そんなに慌てなくていいわ。それより」

【はいはい今焼けましたよ。どうぞ召し上がってください、()()()()

「……貴方の悪行は全てマガに報告してやるんだから」

 

 さらに爆発。

 だが、ここまで巨大なトルバドゥール(目印)があるというのに、一向に直撃する気配がない。

 

「ここにはニニがいるんだ。奴らはニニを狙っていて、死なせようとは考えない。よって心配する必要が無い」

「二キロくらい離れたアカシアの木の根元に二人いますね。ちょっと、食事中の人の所の迫撃砲を打ち込むなんてマナーが悪いと教えてきます」

【……凄いですね。この暗闇で二キロ先が見えるんですか。しかもわたしの計算よりはやく】

「わたしも見えるよ」

【あなたには聞いていませんよ、クイーン。しかしマライカさん、貴女は眼鏡をかけていますよね?】

「あぁ、これは見え過ぎる視力を抑えるための眼鏡なんです。では、行ってきます」

 

 いってらっしゃーいと手を振るマレファ。

 クイーンも彼女も、マライカの心配はしていない。

 その強さをわかっているからだ。

 

 そんな彼女たちの視界の中で、一台のジープがディンリーを弾き飛ばしたり、ジープから出てきた板バネを持った男がディンリーと対峙したり、ディンリーが燃え盛ったり、ディンリーの攻撃をマライカが受け止め、ディンリーを拭き飛ばし、一緒にゴンリーも吹き飛んだりする様が繰り広げられる。

 

 なお途中からマレファはカバ肉を食べるのに夢中だった事と、文太とジョーカーの為に拡大映像をRDがモニタに映していたので、情報共有は終わっている事を追記しておこう。

 

 そしてそんなジョーカーの背後に、人影が現れる。

 回し蹴りを放つジョーカー。しかし躱されてしまった。

 

「ウァドエバー」

「RD。わたしにもワインを頼むよ。スクリーミング・イーグルはあるかな」

 

 ジョーカーの声を無視して、RDに呼びかける。

 その姿はいつものスーツではなく、黒髪にボディスーツのブラッククイーンのものだった。

 

「あら、もぐ、ウァドエバーじゃない。にゃぐにゃぐ。んぐ。もぐ。パイカルから聞いているもぐとはおもぐもぐもうけど、心得テストをしようともぐもぐ思うもぐのよね」

「決してやりたいとは言わないが、問題ない。全て覚えている」

「応用編は?」

「……わたしはまだ旅人をしたことがない。応用は無理だ」

「……ま、そうよね。じゃあエッグで100年程の旅に……」

「遠慮しておく!」

 

 ここにマライカがいたら、食べている最中に喋らない! と叱ったのだろうが、生憎彼女は不在。

 カバ肉を美味しそうに頬張る姿はまさに少女その物なのだが、ここにいる誰もが彼女を少女だなんて思っていない。ただ、RDとウァドエバーだけが、「迷惑極まりない旅人」というレッテルを貼り付けているくらいの差異はあるのだが。

 

「はぁ……美味しかった。じゃ、そろそろ私は行こうかしら」

「何をしに来たんだい?」

「これから起こる事を知り合いに伝えた帰りに貴方達を見つけたから、これは是非ご馳走になろうと寄っただけよ?」

「……これから起こる事、とは?」

 

 そのジョーカーの問いかけと同時か、直後か。

 ゴゴゴゴゴ……という、地響きが鳴り始めた。

 

「これは……」

大暴走(スタンピード)。要は動物の集団暴走ね。何か恐ろしい物が彼らを襲い、彼らは逃げる。逃げて走っている内にストレスが溜まり始めて、恐怖とストレスで走る以外の事は考えられなくなる。そうして、動物が死に絶えるまで、その大暴走は続くのよ」

「クイーン! ウァドエバー!!」

 

 何か恐ろしい物、と聞いて、ジョーカーが真っ先に思いついた名前を上げる。

 クイーンだけでもピリピリとしていたのだ。そこへクイーンや皇帝(アンプルール)と同じ能力を持つウァドエバーが現れようものなら、動物たちの恐怖がピークに達することなど容易に想像できる。

 だが、ウァドエバーは「わたしじゃない」と首を振った。クイーンも「わたしが原因ではないよ」と言う。

 

「わたしはそこの怪盗と違って、自分の気配を隠している。ニニがわたしの接近に気が付かなかったのが何よりの証拠だろう?」

「わたしだって動物避けくらいの気配しかだしていないさ。それに地鳴りはこっちへ来ている。わたしたちから逃げるなら、わたしたちから離れて行くはずだろう?」

 

 クイーンとウァドエバーが同じ顔、同じ仕草で弁明をする。

 

【言い訳中の所申し訳ないのですが、万を超える数の動物が大津波となって進行中です。ここへの到達までに、あと二分五十秒――】

「マレファ、君はこれを予測していたのだろう? 何か対抗策はないのか?」

「あるわ。そもそもコレの原因は貴方達ではなくゴンリー・ディンリー兄弟のMOMよ。迷惑よね、ほんと。自分が逃げられる可能性にかけるために、万の動物を殺す気なのよ」

【残り二分です】

「本当に……-100点(ホクム)よね。あぁ、嫌だ嫌だ。あの博物館に採点対象がいると思って来たのは、あの兄弟が対象だったんだわ……。私はマレファでいたかったのに。どうして必ず、アルマウトにならないといけないのかしら……。まぁそれが、旅人なのだけど」

【残り一分です!】

「ジョーカーくんは文太をつれてトルバドゥールの陰に隠れるんだ」

「あなたは?」

「どうにも、逃がしてくれなそうな熱烈な視線を受けていてね」

 

 切迫したRDの声とぶつぶつ呟いているマレファに見限りをつけ、クイーンが言う。

 恐ろしい数の動物が迫ってきているのが見えているのだ。

 無論自身一人ならそれを避ける事が可能でも、ウァドエバーの攻撃を捌きながらジョーカーと文太、ニニを護る事なんてできやしない。

 

「いい? 私は旅人なの。知恵を持つ者(マーレファー)は価値のあるものを採点するわ。そして、死を告げる者(アルマウト)は価値の無いものを裁断するのよ」

 

 マレファの姿が掻き消える。

 

【残り十秒もありません! 急いで!】

「くっ――」

 

 ジョーカーが文太を抱き寄せて、トルバドゥールのゴンドラの陰へ退避する。

 

「ニニ!」

「無理だ! 諦めろ!」

 

 檻に入ったニニは無理だった。

 文太の悲痛な声すらも、大量の足音が掻き消していく。

 ガガガガガ! と、まるで大砲の雨を浴びせられているかのような衝撃がトルバドゥールに響くが、その程度で壊れるトルバドゥールではない。逆にぶつかってしまった動物たちが次々に死に絶えて行く。

 

「……な」

 

 死に絶えているはずだ。

 トルバドゥールの窓越しにジョーカーの目に映る、その光景――頭蓋を砕き、後続に踏みつぶされる動物の身体が翡翠色となって空気に溶けて行く様が、幻であるのなら。

 

「阿州の神秘だな……」

「はい?」

 

 ジョーカーは無理矢理に、そう言う事で納得する事にした。

 そうするのが一番だと思ったからだ。

 

 ●「恐ろしい夢は、いつか覚めるものだ、という話」

 

 大暴走(スタンピード)は収まった。

 ゲルブが超精度狙撃でMOMの機械を撃ち抜き、動物たちをストレスと恐怖から解放したのだ。無論破壊した時点で止まる事は無く、大移動は朝まで続いたのだが。

 ようやく解放された動物たちは、夢でも見ていたかのように自身の縄張りへ帰って行く。

 踏みつぶされたり、硬い物に頭を当てて死んだりしたはずの動物がそんな彼らを迎え入れた。彼らもまた、何故か元の場所に戻っていたのだ。

 

 

「わたしは、わたしはディン……? ディン、ディン、ドン……」

「ゴリ。ゴリゴリ。めけっ」

「……マライカさん、どう思う? これ……さっきの大暴走で、気をやっちゃった……と考えるのが普通だろうけど」

「いえ、大暴走を起こしたのはゴンリー・ディンリー兄弟だと推測されます。MOMの機械が破損しているのを見るに、何者かがこれを狙撃、それによって大暴走から動物たちを解放したのでしょう。大暴走が起こるとわかっていたゴンリー・ディンリー兄弟の気が触れるとは考えにくいですね」

 

 アカシアの木の近く。

 何故か異様に落ち込んでいるヴォルフと、怪我をしている仙太郎。そしてマライカは無事だった。大暴走(スタンピード)直前にマライカが二人をアカシアの木にひっかけたのだ。

 そして、ゴンリー・ディンリー兄弟も。

 マライカではない誰かに縛られたゴンリー・ディンリー兄弟は、しかし気をやってしまっていた。

 

「あっ、あっ、死神、死神」

「やめてくれ、やめてくれ、おれたちから、奪わないでくれ」

「……アルマウト、ですか」

「え?」

 

 マライカの勘が告げる。

 これを行ったのは、あの旅人であると。

 しかしいくら考えても後付けの推理が湧いてこない。

 

 遠くでトルバドゥールが離陸したのが見える。

 

「クイーンは文太氏を連れて逃走したようですね。ニニがいなかったのを見るに、逃げたのでしょう。マレファさんもいませんでした。これで、私の任務は終了です。あとはこの二人を引き渡すくらいですか」

「うーん……しかし、この旦那をどうしようね」

 

 HASSEと書かれた携帯電話の画面を見つめて動かないヴォルフ。

 HASSE――ドイツ語で、嫌い、という意味だ。

 

「まぁ、なんとかなるんじゃないですか?」

 

 その何とも言えない言葉に、仙太郎は微妙な顔で返すしかなかった。

 

 ●「実は結構負けず嫌い、という話」

 

 とげの生えた木で作った囲い。マサイ族の村はその中にあった。

 木の柱に牛の糞を塗って作った家が円形に並び、中央が広場になっている。

 牛はマサイ族にとって神聖なものなのだ。

 

 そんな村に、一台の四駆が近づいてきた。

 誰が気に止める、という事も無い。

 マライカの車だからだ。

 

「へぇ、ここが……」

 

 仙太郎が周りを見渡す。

 女性はせわしなく働いているが、男性は遊んでいる者が多い。

 これは、男性は戦士の役目しかなく、その事に命をかけるため、他の事はしないという文化によるものだという。

 

 マライカに案内された家から、背の高い老人が出てきた。

 

「わたしの祖父――名前は、ルディシャ」

 

 鍛え抜かれた身体。

 100は越えていそうなのに、少なくとも現状のヴォルフより遥かに強そうだ。

 

 そして、生気の無いヴォルフを預かってくれると言う。

 三日後、またここへ来いとも。

 

「あら? あなた達、まだ帰ってなかったのね」

「君は!」

 

 そんなルディシャの家の中からひょっこり顔を出したのはマレファだ。

 家の中だと言うのにキャリーケースを手放していない。

 

「へぇ……失恋、ねぇ。どうせ勘違いとすれ違いと思いこみの交差だとは思うけど」

「おれもそう思うんだけど、旦那がコレだからさ」

「うーん。ここで過ごしても無駄だとは思うのだけど、まぁ頑張ってみるといいわ」

「おれはその間にコンビニに適していそうな土地を探すよ。マレファは?」

「私はほら、旅人だから。好きな時にいなくなるし、好きな時に現れるわ」

「そっか」

 

 全く理解していなかったが、仙太郎は納得した。

 そういうものなのだと考えた方が推理もしやすいからだ。

 

「それじゃ、三日後に」

「うん、旦那の事、一応頼んでおくよ」

「……ま、私にカーブースで勝った唯一の人類だし。わかったわ」

 

 ほんとうはアンゲルスにもマンダリンにも冥美にも負けているのだが、マレファは決して口には出さなかった。

 

 ●「三日経ちましたよ、という話」

 

 やはり無理だった。

 ヴォルフの生気こそ戻ったが、彼の求めるマサイ族の生活は文明に毒されていない、というもの。

 だが、マサイ族は文明を求めている。ヴォルフの求めているそれは、ただの夢物語だ。

 マライカに彼女ともう一度よく話しなさいと窘められ、ようやく復活するヴォルフ。

 

 そして、仙太郎とともに牢に閉じ込められているという日本人に会いに来た。

 

 そこにいたのは、文太だった。

 

「……あの文太が、ニニの擬態?」

 

 事情を聴いた仙太郎の背筋に冷たい物が走る。

 彼らとずっと共に居た文太はニニの擬態で、あのニニはただのカラカルで。

 そしてニニは、”目的”を果たす為に日本へ向かったのだと。

 

 その目的とは、「世界をこわすこと」であると。

 ニニが精神エネルギーを変換する方法を持っている事。

 

「……待てよ。ニニが日本に行ったのは、日本に文太と同じように『世界がこわれてしまえばいい』って思ってる奴がたくさんいるから、なんだよな」

 

 仙太郎の目が銀色に変わる。

 ダブルフェイス。彼の瞳が銀である時、その推理が違う事は無い。

 

 仙太郎はスマホを取り出し、日本のテレビを映した。

 そこには、ニュースでニニの扮する文太が紹介されている映像が流れている。

 

 不味い。

 その番組は視聴者もメールやツイッタで参加できる形式を取っていて、キャスターがお題を一つ出した。

 それは、「世界を平和にするには?」というもの。

 

 早速日本のそこら中から沢山の意見が寄せられる。

 様々な意見が流れる中、「むりむり」「出来っこないよ」「もう終わってる」「何をしても、無駄」というメッセージが増えてくる。

 

 ――ヤバイな。

 

 世界を壊すのに必要な精神エネルギーが、一人二人程度で賄えるとは思えない。だが、これほど集中してしまえばどうだ?

 日本人口は約1.27億人。内この番組を見ている者がどれだけいるかはわからないが、ツイッタという全世界へ発信できるツールの仕様を鑑みて、同数いると考えた方がいい。

 

 それが今、ニニへ集ってきているのだ。

 

「お願いします。ニニを止めてください」

 

 文太が言う。

 

「止めてもいいんですね?」

 

 マライカが問う。

 文太は穏やかな顔で、はい、という。

 自身のスタートラインが見えたと。スタートラインが違う奴と比べて、それを世界のせいにするのはおかしいと。

 文太の言葉を聞いたマライカは、優しい顔をして言う。

 時には、世界の、周りのせいにしていいと。背負い込む事だけが善ではないと。

 

「わかりました。でも、そりゃ、こんな世界壊れてしまえって、また思うかもしれません。でも、その時は――自分の力で、こわしますよ」

「なかなか、かっこいい事を言うじゃねえか」

 

 満面の笑みになった文太に、以前どおりの力強さでヴォルフが笑う。

 文太はケニアに残って、出来る事を探すという。

 ヴォルフ達は、ニニを止める為に日本へ向かう。

 

「あ、これ、持って行ってください」

 

 そう言って手の甲からフィルムを剥がす文太。

 これをつけているものの願いを、ニニは叶えるというのだ。

 

 文太はヴォルフ、仙太郎、マライカを見て頷き、マライカにそれを渡した。

 

「お願いします」

 

 マライカは一つ頷いて、それを手の甲に貼る。

 

「お話は終わったかしら?」

「……来ると思っていましたよ、アルマウト」

 

 そんな彼らの背後に、少女が現れた。

 いつも通りの格好。いつも通りのキャリーケース。

 だが、その声色はどこか嬉しそうだ。

 

「ルディシャ。六日間も、お世話になったわね」

「また来い、といったのは私だ。そして、言おう。また来い」

「ええ」

 

 ルディシャへ挨拶をしたマレファは、マライカとヴォルフ、仙太郎のちょうど真ん中へ来る。

 

「日本へ行くのでしょう? 連れて行ってあげるわ」

「連れて行くって、空港にか? それなら問題ないぜ。あの四駆はかなり早いんだ。おまけに、マライカさんの運転技術も相当だから、一瞬で空港までいける」

「いえ、お願いします。知恵を持つ者(マーレファー)。貴女なら、目的地までの最短の道のりを知っているでしょうから」

 

 その言葉に、くるりと一回転するマレファ。

 とても嬉しそうだ。

 

「じゃあ、はい。三人とも、私の手を取って」

 

 マライカが率先して差し出された手に手を重ねる。

 仙太郎とヴォルフはともに顔を見合わせると、ヴォルフは顔を顰め、仙太郎は肩を竦めた。

 そして言われた通りに、手を重ねる。

 

「はい、到着!」

 

 偶然にも三人は同時に瞬きをした。

 そして次の瞬間、三人は日本の青木ヶ原樹海にいたのだ。

 マレファが「どう? どう? すごいでしょ?」という感じの、ちゃんと外人さんを案内できた子供、みたいな表情で三人を見ているのだが、余りの事に三人はリアクションを取る事が出来ない。

 

 一番に復帰したのはマライカだ。

 

「ここに、ニニがいるのですか?」

「そのはずよ? 私、行先はニニの居る所、にしたはずだし」

「ですが、ここは樹海です。ここでは精神エネルギーを集めることなど……」

 

 ぐるりと周囲を見渡したマライカが止まる。

 すぐ近くに、文太(の姿をしたニニ)と、何故か皇帝(アンプルール)、そして少年がいたからだ。

 

「おい、小僧。こいつ妖だ。あのババアと似たようなも――」

「折角いい気分だったのにキーック!!」

 

 皇帝(アンプルール)の頬に向かって飛び膝蹴りが飛ぶ。

 直撃こそしたが、特にダメージは無いようだった。

 マレファのせいで三人がいることもバレてしまったので、そのまま出て行く。

 

「クソババア! 何すんだ! 焼き鳥が落ちちまっただろうが!」

「それはこっちのセリフよ! なんでこんな所にいるのよ! ばーかばーか! もいっこばーか!」

「ババア、知らないようだから教えてやるぜ。日本にはな、『馬鹿って言ったヤツの方が馬鹿』っていう至言があるんだ。バカめ!」

 

 くだらない争いを始めた二人を余所に、ニニと対峙するヴォルフ&マライカ。

 ニニはにやにやと嫌な笑いを浮かべている。

 

「ここは富士の樹海――大勢の人間が、賑やかに話す場所には相応しくないのですけどね。わたしの邪魔をしなければ、苦しまずに死ねるというのに」

「いえ、どうやらまだやってくる人がいるようですよ」

 

 そのエンジン音を耳で捉えたマライカが天を指す。

 直後、地上降下用ワイヤーをつけたクイーンとジョーカーが、自由落下のスピードで降り立った。

 

「やぁニニくん。その姿の君に会うのは初めてだね」

 

 全員が集まった。

 内二人はくだらない喧嘩を続けているが、その二人は置いて於いて、少年――ヤウズが質問をする。

 

「なぁ、教えてくれ。この妙な生物はなんなんだ?」

「お師匠様と同じ星の生ぶっ」

 

 クイーンの頬に小石が辺り、言葉が遮られた。

 その隙を付いてマレファが皇帝(アンプルール)に馬乗りになり、眉間突きを行っているが、皇帝(アンプルール)は人外染みた動きで首を動かしその一切を避けている。

 

「……まぁ、物の怪の類いだよ」

 

 誰も説明しないので、仙太郎がヤウズに言った。

 ヤウズはようやくこの奇人変人集団の中に常識人を見つけた、という顔で、会釈を返した。

 

 ●「誰もが試してみたかったことかもしれない、という話」

 

 戦闘が始まった。

 勿論、ニニvs他の面々だ。

 まずヴォルフとマライカがニニを追いかける。しかし、素早い動きに翻弄されて捉まえる事が出来ない。

 ジョーカーも分析してみたが、元からネコ科の動物は戦闘能力が高い。そのままの速度で且つ巨大なニニを捉える事は出来ない。

 

 二人が疲れきると、今度は皇帝(アンプルール)……に言われてクイーンが出る。

 マレファとの戦いを終えた皇帝は、あー疲れた、というように石の上に座り、焼き鳥を食べ始めた。

 件のマレファは口を尖らせたままヤウズの隣にいる。ヤウズが何かを言って彼女を慰めていて、その機嫌は段々と収まっているように見えた。

 

 仙太郎は感心する。

 あの子、猛獣使いの才能があるな、と。

 

 クイーンがニニを圧倒し始めると、劣勢を感じたニニは皇帝(アンプルール)……ではなく、マレファの背後に回り、その肌に触れた。

 

「ふふ……この少女は君のお師匠様と互角の戦いを繰り広げていた。悪いけど、擬態させてもらうよ」

 

 クイーンと皇帝が「あー……」というような顔を作る。

 

「……なんだ、この身体」

 

 すぐに異変が起きた。 

 マレファの姿をしたニニが、どんどん干からびて行くのだ。

 

「か……」

「私がどれだけ時代の違う存在だと思っているのよ。まったく……」

「く、そ……」

 

 まるで止められていた時が動き出したかのようにミイラになって行く身体を酷使して、一番近くにいたヤウズ……は、触れられたら擬態をされると理解して退避していたのでマライカに接触した。

 ミイラ化が止まり、マライカの姿になるニニ。

 

「これで、仕切り直しです。わたしの勝ちですね」

 

 これまでと違う、天使のような微笑みを浮かべるニニ。

 それを見て、クイーンは肩を竦める。

 

「RD。ワイヤーを降ろしてくれ。ジョーカーくん、帰るよ」

「え!? おい、いいのかよ! 世界がこわされるんだぞ!?」

 

 慌てたのはヤウズだ。

 仙太郎もヴォルフも「なんだかあっけなかったな」という顔をしている中で、一人慌てている。

 

「いいのよ。ニニはフィルムを持った人間の願いを叶えるのだもの」

「え? あ」

 

 マライカの手の甲には、フィルム。

 マライカはにっこりと自分とそっくりなニニの手を取ると、

 

「これからがんばりましょうね」

 

 と言った。

 ニニは同じ顔で笑って、

 

「はい」

 

 と返した。

 

 ●「その後のお話」

 

 マライカはニニの事を双子の妹として紹介し、共に小学校教師をしているという。

 子供達は区別の為にマライカを「シェタニ」、ニニを「マライカ」と呼んでいて、マライカはその事に激怒しているのだとか。

 

 他の面々も各国に帰った。

 ヴォルフはなんだかんだ仲直り出来たとか、出来なかったとか。エレオノーレとの文通でしか状況がわからないので、何とも言えない。

 仙太郎はまた業績を上げたらしい。フリーターなのに。

 

 皇帝とヤウズはまた山奥に帰ったのだが、ヤウズとは文通仲間になった。

 ポッポを使用しての文通だ。ポッポは地球の裏側に居ても届けてくれるので助かっている。

 

 クイーンとジョーカーはまた空の旅。

 ジョーカーが作文に悩んでいるとか。

 

 そして私は。

 

「……目の当たりにすると、ちょっと怖くなるわよね」

 

 既に概念化していて、それは有り得ないのだと知っていても。

 自身の擬態をしたニニが、干からびて行くその様は、色々と思う所があった。

 

「……お肌の手入れとか、もうちょっとちゃんとやろうかしら――」

 

 ルイーゼに紹介された化粧道具を前に、呟く。

 

「だから、ぼくの部屋でやらずに他でやってください!」

【まぁまぁアンゲルス。今回のVRゲームの完成は彼女の協力なくしては有り得なかったんだし……】

「彼女が来なくてももう一日あれば出来たよ! この人が無理矢理進めて無理矢理恩を着せただけだ!」

「……触感だけじゃなく、味覚や嗅覚をフィードバックする技術に興味、ない?」

「な……あ、ある、けど……」

 

 アンゲルスのPCの中で、マガがやれやれと肩を竦めた。

 そしてマガも自身のアバターを見つめ直し、化粧という名の改良をしはじめたのだった。

 

 

 


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