旅人マレファの旅日記   作:飯妃旅立

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ケニアの大地より(前編)


旅人と擬態と猫、時々教師と歓迎と小学校。

 ●「古来、人は旅人をこう呼んでいた、という話」

 

 旅人が来たぞ。

 旅人だ。旅人が来たぞ。

 

 文明の繁栄した街から遠く離れた村では、旅人というと二つの言葉を思い浮かべるものだ。現代では片方が薄れてしまったものの、そのどちらもが強く根付くものである。

 

 旅人は知恵をくれる存在だと、大人達は子供達へと教える。

 村の中では手に入らない、遠方の知恵や叡智。

 流行病の対処法といった直接的なものから、外にはどんな場所があって、どんなものがあるのかという、自分達では到底見る事の出来ない景色といった思い出話まで。

 とりわけ子供達にとってはキラキラした存在で、その存在に焦がれて自らも旅に出て見聞を広める者まで現れるほど。

 

 だから、彼らは旅人をこう呼ぶ。

 知恵を持つ者(マーレファー)と。

 

 だが反対に、この存在を快く思わない一面も村にはある。

 旅人の話は毒だ。閉ざされた村において、外部に興味を持つという事は、村を捨てる事に他ならない。

 伝統を壊し、受け継がれてきたものを放棄させ、若者に夢という名の熱病を与える。

 流行病を連れてくるという直接的なものと、村の人間を減らし、完成されたルールに罅を入れる劇薬のような知識まで。

 とりわけ老人たちにとっては害悪の存在で、決してその話を耳に入れようとはしないし、子供に聞かせる事も渋るほど。

 

 だから、彼らは旅人をこう呼ぶ。 

 死を告げる者(アルマウト)と。

 

 といっても、それは昔の話だ。

 現代、そこまで徹底して外部からの知識を排他している村は多くない。

 皆便利さに馴染み、外の知識に浸ることへの抵抗がなくなっている。

 だから後者の呼ばれ方をする事はほとんど無くて、反対に前者の呼び名は親しみを込めて呼ばれる物だ。

 

 だから、大丈夫よ。

 そう、旅人は締めくくった。

 

 ●「だからと言って、必ずしも歓迎されるわけではない、という話」

 

「はい、では皆さん。今日は旅人のマレファさんが来てくれました。挨拶しましょう!」

「……わーい」

「しましょうね?」

jambo(ジャンボ)ー」

 

 あんまり歓迎されていないな、というのはまぁ、教室に入った時から気が付いていた。

 まぁ、そうだろう。彼らが今まで見てきた”旅人”は誰も「見識がありそうで」「深く経験を積んでいそうな」「賢そうな雰囲気のある大人達」だったのだから。

 

 私のような、「一件何も考えていなそうな」「自分達と同い年くらいの」「スワヒリ語も怪しい子供」に挨拶をしろと言われて、ましてや「旅人が来る」という期待のハードルあってのこれでは、不満が出てくるのは仕方がない。

 スワヒリ語にはアラビア語との共通点も多く、借用単語も多いはずなのだが、如何せん文法が違う。一応起源はアラビア語にあるのだが、だからと言ってここの子供達にアラビア語を知っていろ、などというのは酷が過ぎる。

 

「あ、私。マレファです。こう見えて、大人。聞いて。お願い。いっぱい」

「えー? 嘘だよ、君、僕の妹と同じくらいじゃんか」

「大人はもっと背が高いよー」

「ホントは何歳なのー?」

 

 ふふん。これくらいの煽りなら、皇帝(アンプルール)との日常の中で盛んに飛び交っていたものだ。奴も小学生くらいの精神年齢をしているので、売り言葉に買い言葉、すぐに殴り合い蹴り合いの喧嘩に発展したものだ。

 ……今はその役目をヤウズが担っているらしい。可哀想に。頑張れヤウズ。

 

「どうしようかしら? ここは適当に子供という事にしておいた方が、収まりが付くと思うのだけど」

「ええと……でも、それでマレファさんはよいのですか? 折角お越しいただいたのに……」

「子供の機嫌を損ねてまで話したい話なんてないわ。旅人だもの。そんなになってまで話したい話があるのは、医者や研究者辺りなんじゃない?」

「……では、そのようにお願いします」

 

 教壇に立つ教師――マライカ・ワ・キバキは目を伏せた。

 聞いた話から、そして自分が最も信じている野生の勘から、自身の隣にいるのが果てしなく危ないモノだという事はわかっているのだが、同時に自分を完全に律している常識人だという認識が、こうして彼女を落ち着かせていた。

 何より子供を大事にしてくれていて、暴力と反対側……対話の方へ話を持って行った事に親近感を覚えているのだ。

 

「ええと、ごめんなさい。私、12歳。本当は。でも、村。私の。旅に出ると、大人。そういう慣習……デストゥリ」

「へー! ヘンなの!」

「旅かー。……ううん、僕にはまだ無理そうだなぁ」

「ご飯とかどうするの? やっぱり狩り?」

 

 一気に受け入れられたのは、やはりそう言う文化が根付いているからだろう。

 彼らもまた、村と呼ばれる小さなコミュニティの出身。

 そこにあるルール。デストゥリに従うのは、なんらおかしい事ではない。

 

「あんまりご飯、食べない。身体、丈夫。お腹が空くなら、動物狩る。でも、あんまりしない」

「ダメだよ、沢山食べなきゃ! 倒れちゃうよ! って、お母さんが言ってたよ」

「そうだよ。大人と違って子供は弱いから、沢山食べないと死んじゃうって」

「今日は泊まる所あるの? ないなら私の家で沢山ご馳走してあげる!」

 

 ちょっとジーンときた。

 多分、こんなことを言える子供はこの地方全体から見ればかなり少数なのだろう。

 それでも一介の旅人に対して優しくできるとは……。

 国中心部のコンビニで済ませようと思っていた自分が恥ずかしい。

 

「それは大丈夫よ。マレファさんは今日、うちに泊まる事になっているから」

「えー! シェタニの家? なんかの儀式の材料になっちゃうんじゃ」

「シェタニ、怖がらせちゃだめだよ!」

「シェタニ、それ光ってるよー?」

 

 子供達が連呼し始めたシェタニという単語に、マライカが怒ろうとしたところで、最後の子の指摘……マライカの物だろう携帯電話が光を発している事に気が付いて、急いでそれを手に取った。

 

「ご無沙汰しています、ルイーゼさん」

 

 そして、流れるような英語でその名を口にしたのだ。

 

 ●「初志貫徹で。だけど臨機応変に。そんな話」

 

 時は少しだけ遡って、フランスのリヨン――。

 閑静な住宅街の中に、国際刑事警察機構(ICPO)の本部はある。

 

 その中でも探偵卿を纏め上げる位置にあるルイーゼの執務室は今、静かだった。

 久方ぶりの安寧。問題児であるヴォルフ・ミブが何かをしたと言う話も聞かないし、探偵卿としての自覚が薄い仙太郎に言いつける用事もない。

 柔らかな執務椅子にその身を預け、日本の大阪出身たる自身が常に携帯しているキャンディ(通称:アメちゃん)を口に放り込んで転がしている。

 そんな時間だった。

 

 そんな時間を突き破ったのは、スマホの着信音。

 表示名は――M。

 

 大きなため息を吐くルイーゼ。

 国際刑事警察機構(ICPO)の上層部に所属するMからの電話に、出ないわけにはいかないからだ。

 

「はい、ルイーゼです」

「君の瞳に乾杯」

 

 ルイーゼは通話を切る。

 部下として電話に出る事は責任の全うだが、電話を切ってしまったのは不慮の事故だ。

 仕方がない。

 

 しかし、ルイーゼが電話を切ったと同時に電話機がFAXを受信した。

 電話機の下から出てくるFAX。ご丁寧に、ルイーゼが執務机を立たなくても読み取れるフォントサイズで書かれている。

 

【君の声を聞いたら感情を抑えられなくなってしまった。怒りを収めて、電話に出てくれないか。仕事の連絡だ】

 

 電話を切った直後にFAXを受信した。

 以上の事から、MはあらかじめFAXを用意していたということがわかる。

 Mは探偵卿の中の探偵卿と呼ばれている。

 その推理力があるなら、どうしてルイーゼを怒らせない方法を考え付けないのか。

 甚だ疑問だった。

 

「はい、ルイーゼです」

「怪盗クイーン逮捕の指令だ」

 

 今度は真面目な声で言った。

 そこからの話を要約すると、

 

・アフリカでニニという名の新種の猫が見つかった。ケニアのナイロビ博物館で三日後に展示予定。

・ニニは擬態能力を持っていて、それを狙ったマッドサイエンティストや各国の軍部、テロリストなどが動いている。

・その猫をクイーンもまた狙っていて、クイーンの持つツイッターのアカウントから発信された情報を見て、皇帝(アンプルール)も動いている。

・探偵卿への任務はニニを狙う組織や個人の逮捕。

 

 というもの。

 どちらも理解が早く、察しが早く、頭の回転も良いので、Mがふざけなければスムーズに事が進むのだ。

 だが、ルイーゼは一つだけ気になった事を言う。

 

「今回の任務――ニニを狙う組織や個人の逮捕。本当にそれだけ?」

「どういう意味かな」

国際刑事警察機構(ICPO)としては、ニニが欲しいんじゃない? 本当は他よりも早くニニを盗み出したいんじゃないかしら」

「なにをばかなことを――」

 

 ルイーゼが思い浮かべているのは、最近合った事件の数々。

 竹取村の不老不死の薬、蓬莱。

 悪魔の錬金術師が遺した、ヴォイニッチ手稿。

 原伊島で田中一族が守っていた、クリスタルタブレット。

 思えばエジプトでクイーンと取り合ったピラミッドキャップや、四龍要塞で王嘉楽が持っていた半月石(ハーフムーン)の所にも探偵卿が派遣された。

 そして、探偵卿ウァドエバーを使ったあの事件。

 報告書も声明も言い分も証言も何もかも煙に巻かれたあの事件で、確かにウァドエバーはこう言っていた。

 「国際刑事警察機構(ICPO)は絶対的な正義を得る為にエッグを欲している」と。

 そして、絶対的な正義とは、絶対的な悪に等しいとも。

 

「わが国際刑事警察機構(ICPO)は、国際犯罪の防止を目的としている。だというのに犯罪を行え、などという指令を出すはずがないじゃないか」

 

 ペラペラと喋るM。

 

 ルイーゼは知っている。

 この男が、誤魔化したい事があると口数を多くする事を。

 

「ニニを盗み出す――そんなことを考えるのは、国際刑事警察機構(ICPO)をバカにしていることになる。ルイーゼ君、口を慎みたまえ」

「Jawohl Herr M」

 

 フランス語からドイツ語に切り替えて、ルイーゼは言った。

 

「指令は以上だ。そういえば今手元」

「あら、充電が切――」

 

 余計な言葉を聞いて不快になりたくないルイーゼは早々に通話を切る。

 充電が98%を表示しているスマホを机に置き、ルイーゼは思案に入った。

 

「ニニがいるのは、ケニア……」

 

 ケニア周辺の探偵卿をリストアップする。

 該当。ケニア人女性の探偵卿、マライカ・ワ・キバキ。

 すぐに彼女へ電話をかけるルイーゼ。

 

「ご無沙汰しています、ルイーゼさん」

 

 BBCのキャスターのような、正確で流暢な英語。

 後ろでは子供達の賑やかな声も聞こえる。

 そういえばマライカは小学校で教師をしているのだったか。図らずともお昼時だったが、もう少し落ち着けばよかったとルイーゼは反省した。

 

「今、大丈夫かしら?」

「はい」

 

 ルイーゼはマライカに事情を説明する。

 探偵卿との会話はスムーズだ。余計な事を言わなくてもスムーズに察してくれる。中でも彼女はルイーゼの周りに良くいる”こまったちゃん”達とは大きく違い、理知的で、常識的で、何より実力が確か。

 あ、いや、”こまったちゃん”達も実力は確かなのだけど……と、ルイーゼは自分で自分に注釈を入れた。

 

「そちらの警察には、わたしのほうから話しを通しておくわ。いそがせて悪いんだけど、午後から動けそうかしら?」

「はい。学校からは、国際刑事警察機構(ICPO)の仕事を優先するようにいわれてます」

 

 その瞬間、恐らく英語も勉強しているのだろう子供達から歓声が聞こえた。

 

「やった! 自習だ! シェタニがいなくなる!」

「わーい!」

 

 子供たちのはしゃぎ声はバン! という机を叩いたのだろう音で静かになった。

 

「シェタニって、なに? あなたの、あだ名?」

「その質問は、任務に関係することですか?」

「ううん、個人的興味」

「では、任務に関する資料はわたしのモバイルに送ってください」

 

 一方的に切れる電話。

 

「マライカは、スワヒリ語で『天使』。シェタニは、ええと、翻訳……『悪魔』。ふふ」

 

 天使の名前を持つ、悪魔と呼ばれる探偵卿。

 ――いいわね!

 

 ルイーゼはこの時、自身がマライカにMと同じような(めんどうくさい上司の)括りに入れられていたことなど、知る由も無かった。

 

 ●「えー、参加要項はー、そのー、暴れないこととー、……おやつは無制限。以上!」

 

 電話を切ったマライカが子供達を向く。

 先程の怒りに口こそ閉じているが、皆一様に喜色満面、と言った様子だった。

 

「英語も勉強している皆さんならわかるとはおもいますが、今言った通り、私は用事のために午後から出なくてはいけなくなりました」

「先生! マレファちゃんの泊まる場所はどうするの? シェ、先生いなくなるんでしょ?」

「……ふむ。マレファさん、どうしますか?」

 

 先程マレファに「うちにおいで」という旨を言った子供がわくわくしながらマライカに聞いた。

 それを受け、今度はマライカがマレファに聞く。

 マレファは人差し指を口に当てて、にっこりと微笑んだ。

 

「じゃあ、今日はあの子の家にお世話になろうかしら。久しぶりだから楽しみにはしていたけど、ルディシャによろしく言っておいてね」

「……成程。幼い頃に聞いたアルマウトは貴女でしたか」

「私はマレファよ?」

 

 マライカは野生の勘で正解に辿り着いた後、後付けの推理をする探偵卿だ。

 肩を竦める目の前の幼い少女が本当に”そう”であったとした場合の、子供達の危険性を一瞬だけ考える。

 考えて、頷いた。

 

 この存在は無害だ。

 

「あの、ごめんなさい」

 

 マレファの謝罪を聞いて悲しそうになる子供。

 

「えと……お世話になります。今日だけ」

 

 だが、次の言葉で「ワーッ!」と手を上げ歓声を出した。

 そしてマレファの手を取ろうと席を立つ――ところで。

 

 コン、と……マライカが本を机に置いた音で、歓声は鎮静化する。

 

「あくまで自習である事を忘れないように。……ですが、まぁ、旅人を歓迎するのは、私達の文化でもありますからね。盛大に、彼女が疲れ果てて眠ってしまうまでもてなしてあげてください」

「はーい!」

 

 今度こそ元気な返事をする子供達。

 最初にマレファを家に招いた子だけでなく、その子の近隣に住むのだろう子達が僕も私もと騒ぎ始め、

 

「自習であることを、忘れないように」

 

 皆すぐに席に戻った。

 

「よろしい。では、行ってきます」

「シェタニ、いってらっしゃーい!」

 

 マレファは教室を出るマライカの拳が固く握りしめられている事に気付いていたが、始まった質問攻めの激しさに対応するのがやっとで、心の中で頑張れコールだけを贈っておいた。

 

 教師とは大変な仕事なのである。

 

 ●「旅人であってよかったな、と思う話」

 

 大変な目にあった。

 旅人とは歓迎されるもの。煙たがられるもの。

 そのどちらにも該当するのだが、子供の反応からわかるように今回は前者だった。

 

 それはもう、大変な目に遭った。

 私はあまり食べないでいい身体をしているが、食べる事も出来る。

 というか、色々な味を知りたいのでなんだったら永遠に食べ続けられる。

 それに気をよくしたのが、子供達だ。

 自分が手伝った料理をどんどん食べてくれる。自分たちが美味しいと思う物を、たまに来る「テレビキョクノスタッフ」と違って本当に美味しそうに食べてくれる旅人は嬉しいものだったらしい。

 彼らが眠くなるまで、延々と食べさせられ続けた。

 

 そして夜は酒盛りだ。

 大人達は賢かった。中にはアラビア語が話せる者もいて、すぐに私が見た目通りの年齢ではない事を見抜いた。だが、騙されていたと怒る者は居らず、むしろ話を聞かせてくれと、しっかりとした「大人の旅人」として接してきてくれたのだ。

 これに気をよくしたのはもちろん私。

 求められる知識を、経験を、体験を、なんでもかんでも話した。

 打てば響くような知識の流出にはしゃぎだした大人達は、さらにさらにと盛り立てる。

 

 中には村の長老たちを呼び込んだ者もいて、その長老が話す「昔話」に私が相槌を入れるものだから、私が相当に歳を喰っていると知った長老が自身の年寄り仲間を呼び出して、今度は昔話に花が咲く。

 大人達は子供に戻ったように「昔の話」に思いを馳せて、老人たちは若い頃を思い出して笑い合う。

 中には涙する者もいたし、村を去ってしまった者を思う声もあった。

 

 そこで私の出番である。

 私はその村を去ってしまった者達が()()()()()()()()()()()()()()()ので、思い出したように彼らの末を聞かせてあげる。

 彼らにその真偽を確かめる術はない。だから、本当に信じてくれたかどうかはわからない。

 だが、皆一様に嬉しがってくれた。楽しんでくれたし、安堵してくれた。

 

 私の名前を聞いて目を見開く年寄りも少なくは無かった。

 懐かしい話だ。私はこういうことを、ずっと、ずっとやってきたのだから。

 

 年寄りたちが幼かった頃に年寄りから聞いた、全てが曖昧で嘘くさい民草の伝承。

 マレファと名乗る少女の旅人が現れて、沢山の知恵を齎し、みんなを笑顔にして帰って行った。

 

 自分で聞くととても照れるのだけど、そう語り継いでくれた当時の彼らを嬉しく思う。

 そして此度の彼らも私を語り継ぐと言ってくれた。

 

 怪盗や探偵の様に、子供達が見る赤い夢の住人とは違う。

 実際にそこにいて、でも気付くといなくなっている、御伽噺のような存在。

 昼に見る夢。白昼夢の住人。

 

 またここに来よう。

 今の子供達が年老いた時か、今の大人達が年老いた時か。

 それはわからないけど、必ず現れよう。

 それが、マレファ・アルマウトなのだから。

 

 

 そんな決意を静かにしていると、「何しんみりしてんだ! ほら飲め!(意訳)」という感じで祭りに引き戻され、しこたま飲まされて夜が明けた。

 私ともう一人以外は皆泥のように眠りに就き、明日の生活に響かなければいいね、などと無責任なコールを送った所で、そのもう一人に向き直る。

 

「でも、わざわざ出向いてこなくっても良かったんじゃない?」

「何を言う。この機を逃せば、お前に会う事は出来なかっただろう。アルマウト。久方ぶりだな」

「そうね、ルディシャ。みんなは元気かしら?」

「死んだ者も多いが、元気だ。お前は変わらないな。変わらず、異様な空気を持っている。野生の動物たちが離れた所にいるお前の気配に興奮していたぞ」

「それは仕方ないわね。でも、興奮すると言っても怒っていたわけじゃないでしょ?」

「うむ。歓迎するような鳴き声だ。人間も動物も、お前を歓迎している」

 

 マサイ族の使うマー語とアラビア語が交わされる。

 どちらも双方の言葉は扱えないが、聞き取ることはできるのだ。

 

「でも、よく私がここにいるってわかったわね」

「この村の若者の中で、最も足の速い者が私の村に駆けて来てくれたのだ。ここの長老に命ぜられたのだろう。よい脚を持つ若者だった」

「ということは、私を語り継いでいてくれたのは貴方?」

「そうだ。もっとも私はお前をアルマウトとして話したはずだがな。マーレファーとして語り継いだのは、他の村の者だろう」

「だからマライカはアルマウトとしての私しか知らなかったのね……」

 

 ルディシャはマライカの祖父である。

 マサイ族の戦士であるルディシャの孫であるから、勿論マライカも非常に強い。 

 刀を持たないヴォルフ程度なら一瞬で鎮圧出来るだろう。刀を持っていて且つ万全の状態であればヴォルフの方が強いだろうが。

 

「マライカもまた、アルマウトとして語り継ぐことだろう」

「ええ、それで構わないわ。どちらも持っているから私なのだし。

 さて、貴方もそろそろ歳でしょう? 寝なくていいのかしら? 自分の村に帰ると言うのなら、送ってあげるけど?」

 

 顔を顰めるルディシャ。

 彼が小さい時も送ってあげた事があったのだ。

 

「……シャーマンが言っていたぞ。お前のソレは、エンカイ様に刃を向ける行為であると」

「否定はしないわ。でも、今のビレッジマーサイは便利な物も取り入れて行く方向に変わりつつあるんじゃなかったの?」

「マサイは誇り高き一族だ。便利な物は取り入れるが、エンカイ様に刃を向けてまで楽をしたいとは思わん。良いかアルマウト。それを子供達に見せるなよ」

「はいはい。折角仲良くなったこの村の人達にもアルマウトって呼ばれてしまうものね」

 

 ルディシャは満足したように頷いて、立ち上がる。

 そろそろ100を数える老人とは思えない身体だ。

 

「では、帰る。いつか私達の村にも寄れ」

「あぁ、それは大丈夫。多分三日後に行く事になるわ」

「……先に言え」

 

 ルディシャは去って行った。

 さて、そろそろ私も。

 

 旅人とは、いつの間にかいなくなるものだ。

 でも子供達のために、手紙だけ置いておこう。

 あと……ちょっとした、彫刻も。とあるサーカス団で培った彫刻の技術で、ちょっとだけ。

 

 それじゃあ、また会いましょう。

 

 ●「綺麗に去れたのになぁ、という話」

 

 ケニア・ナイロビ国立博物館。

 そこの警備に当たっていたマライカは、現地の警察からこんな報告を受けていた。

 

「不審者を四名逮捕しました。一人はオイルライターを所持していて、一人はナクマット(ケニアのスーパーマーケット)で大量購入、一人は博物館内で『どうでもいい、どうでもいい』と叫び続けていて、一人は頑なにキャリーケースの中身を見せませんでした」

 

 ケニア警察長官のアブディが言う。

 不審者として掴まるような人物がクイーンのはずがないので無視していいと。

 マライカもそう思った。だが、気になるのも事実。

 果たして、彼女の勘は当たった。

 

 連れてこられた四名。

 

「ヴォルフ・ミブ、花菱仙太郎、パイカル、それにマレファ……あなたたちは、何をやっているんですか……」

 

 溜息を吐くマライカ。

 

「それはこっちのセリフだ。ライターのオイルを交換していたら、いきなり拘束されたぞ」

「おれはスーパーの品ぞろえを確認していただけなのに……」

「ぼくはウァドエバーさんを探していたら、突然拘束されました」

「見ても良いわ。見ても良いけど後悔しないでね。後悔したくないなら見ないでね、と言っただけなのに……」

 

 四者四様。

 自分は悪くないと言い張っているが、ここまで警備がピリピリとしているところでそんなことをすれば怪しまれるという事が何故わからないのか。

 特に探偵卿二人と探偵卿見習い。

 

「事件か? ――だが悪いな、俺は有給休暇中だった……」

「それで旦那はいつもの白いコートじゃなく、妙な格好してんのか」

「背広姿のどこが妙な格好なんだ! たたっきるぞ!」

「刀持ってないのに無理だろ」

「じゃあ殴る!」

「ねぇ私は解放されていいでしょ? 別に危険な物なんて入れてないんだから」

「中途半端な犯罪者はみんなそう言いますよね。そう言えば絶対に見てこないと思っているから、怯え半分で」

「へぇ。流石はウァドエバーの助手ね。私を怒らせるのが得意みたい。仙太郎の前に貴方が死ぬ?」

「わ、この人旅人の癖にまるで殺人犯のような言葉を吐きましたよ皆さん。ウァドエバーさんに報告しないと。というわけでウァドエバーさん探すの手伝ってくれません?」

「ちなみにそのキャリーケース、おれが見ても大丈夫?」

「ええ、構わないわ。10秒経って覗き込むのをやめられなかったら、強制的に引き戻してあげる」

「……やめておくよ。それって、つまり自分の意思では戻れなくなっちゃうって事だろ?」

「ふん! お前やパスカルみたいな貧弱な奴は無理だろうな」

「僕の名前はパイカルです。そう言うならヴォルフさんが見てみればいいんじゃないですか? まぁそんなつまらない事するより、ウァドエバーさんを探すの手伝ってほしいんですけど」

 

「Shut up!」

 

 マライカの鋭い声が響く。

 直立不動になる探偵卿二人と見習い一人、私わるくないもーんという感じで手を広げてつーんとしている旅人一人。

 マライカがどうしてここにいるのかを聞くと、またも口々に話し始めたので、一人ずつ聞く事にした。

 

「まず、ヴォルフ・ミブ」

「だから旅行中だって言ってるだろ。ルイーゼに有給休暇を取れって言われて、旅行なんてしたこと無かったからな、どこがいいかを聞いたらケニアだと言われたんだ。おかげで、今結構楽しいぞ」

 

「次、花菱仙太郎」

「おれは、コンビニを開くのにいい場所を探しに来たんだ」

「ケニアを選んだのは良い案だとは思います。ですが、どうしてケニアを思いついたんですか?」

「ルイーゼに教えてもらったんだ」

 

「……次。パイカル」

「ぼくはウァドエバーさんにキリンやライオンを見ろと言われて連れられてきました。ですが、博物館に着くなりウァドエバーさんは姿を消しました。多分ウァドエバーさんの方が楽しみだったんでしょうね」

「……」

 

「最後に、マレファさん。あの子達の村にいるのでは? どうしてここに?」

「流石に三日前に発ったわよ。みんないい子達だったわ。

 で、どうしてここにいるか、だけど……。どうしてかしらね? 何か、採点するべきものがあるような気がして足を運んだのだけど……」

「そこにルイーゼさんの介在は?」

伏兵(ヒンターハルト)? いいえ、最近会ってないけど……」

 

 マライカは頭が痛くなった。

 

「あなた達は、これからこのナイロビ国立博物館で起こる事を知っていますか?」

「知らん」

「何か特別なイベントがあるのかな? 人が沢山いるし」

「何があるんですか?」

「うわ、懐かしい! あの食器私も使ったことあるなぁ」

 

 一人一切興味の無さそうな奴がいるが、マライカは事情を説明した。

 言い渋る探偵卿二人と見習い一人をとりあえず此方側につけて、改めて旅人に向き直る。

 

「あなたはウァドエバーの確保、お呼びにクイーンの逮捕、ニニの守護に協力してくださいますか?」

「え、嫌よ。それは探偵卿や警察のやる事じゃない。旅人の美学に、旅人の心得に反するわ」

「あ! そう、そうだ、ぼくは文句を言いたかったんですよ! ウァドエバーさんがことあるごとに『旅人の心得にはこんなものがある――パイカル君、遠方の話をするときは、くるくると身体を回しながら話すように。ゆっくりと、緩慢な動作でな』みたいなことを言って、ぼくに旅人の心得を教えてこもうとして来るんです! 僕がなりたいのは探偵卿であって旅人じゃないのに!」

「あら、流石ウァドエバーね。ちゃんと覚えている様でなにより。今度テストをしに行こうかしら。心得は七桁を越えるけれど、全部覚えていると信じているわ」

「な、七桁……? すげえ、おれウァドエバーの事見直したぜ……」

「Shut Up !!」

 

 マライカは何度教えても分かってくれない子を相手しているような気分になった。

 

 その時、警備室のドアが開いた。

 突撃銃を持った男が入ってくる。続いて、黒服に護られた日本人男性と、檻に入れられた獣も。

 

「長官。プンバとニニを搬送しました」

「ああ。引き続き、会場の警備に当たってくれ」

 

 男に敬礼をするアブディ長官とマライカ。

 

「笠間文太さんですね。わたしは国際刑事警察機構(ICPO)の探偵卿マライカ。こちらは、ケニア警察の長官アブディさんです。わたしたちが責任をもって、貴方とニニを保護します」

「はぁ」

 

 気の無い返事。

 ヴォルフが仙太郎に何か耳打ちをしているが、そんな事よりも気になる事があった。

 

「……マレファさん。警備に当たってもらえないというのであれば、貴女は部外者です。早急にこの部屋から出て行ってもらえませんか?」

「私は連れてこられただけなのに……。ま、いいわ。それじゃ、またね。ニニ」

 

 文太のニニに向かって手を振るマレファ。

 マライカはその言葉に疑問を持ち、何故「またね」なのかを問おうと追いかけたのだが、廊下から彼女の姿は忽然と消えてしまっていた。

 

 マライカは思い出す。

 昔、母や祖父から聞いた旅人の話を。

 彼らは「いつの間にか現れ、いつの間にかいなくなってしまう」のだという。

 

 幼いマライカは「夜に旅立ってしまうのだろう」程度にしか思っていなかったが、まさか……と、つばを飲み込んだ。

 

 気を取り直して。

 マライカは次々に面々への指示をだし、いっそうの気持ちを以て警備に当たる――。

 

 ●「わりと、仕事はしているんだよ、という話」

 

 ナイロビ国立博物館の中心部にある大ホール。

 そこに、数多の人間が集っている。

 テレビ屋、新聞記者に始まり、研究者や軍事関係者、果ては猫マニアなど。

 簡単なボディチェックを済ませただけの、素性の知れない人間がソレを心待ちにしていた。

 

 そして始まる、ニニの発表記者会見。

 

 色めき立つ人々の一方で、警備室や警備員は緊張の色に染まっていた。

 モニタを見ているヴォルフと仙太郎は、各々の観点から不審者を見つけ出し、警備員に確保の指示を出す。もっぱら発見できているのはヴォルフで、特に軍事テロリスト……銃器や爆発物を隠し持っている者は、ヴォルフの目を逃れる事が出来ない。

 

 だが、ヴォルフは何かに目を止めるや否や、仙太郎に仕事を任せて警備室を出て行ってしまう。

 仙太郎の推理……とも呼べない推測からすると、恐らくヴォルフは彼女を見つけたのだと思われる。ヴォルフが仕事を手放してまで駆けつける相手なんて、彼女くらいだからだ。

 

 そして今度は仙太郎が何かに気付く。

 先導する男。引率される子供達。だが、子供の1人が転んだと言うのに男は振り向きもしない。

 

 ウァドエバーだ。

 気付いた仙太郎は警備員とマライカに連絡し、自身もその場へ向かった。

 

 ●「人をダメにするソファの話」

 

 所変わって。

 超弩級巨大飛行船トルバドゥール。その内部にある、普段クイーンやジョーカーの使用しているリビングルーム。

 

 そこに彼女はいた。

 

「あぁ……私は旅人だから、あんまり言いたくないのだけど……すっごく快適ねぇ」

【ありがとうございます。ですがマレファさん。あんまり言いたくないのですが、貴女に船内に居られると私は物凄く快適ではなくなるのですが】

「えー……いいじゃない。クイーンを相手にしているのと、私から出るエラーを潰すの。どっちが楽?」

【それは勿論後者です!】

「ありがとう。それじゃ、発表会見が終わるまでゆっくりさせてもらうわね」

 

 RDに溜息を吐く機能が付いていたら、盛大な溜息をしていた事だろう。

 ほんの数刻前のことだ。

 突然現れた彼女は、恐らくクイーンやジョーカーがいないのを知っていたのだろう、いつもクイーンが横になっているソファに座り、こてんと身体を倒してだらけはじめた。

 

 少し詳しく話を聞けば、なんでも採点対象がいる気がして現れたのに、誰もその対象にならなそうなので、時が来るまで待っていたいのだとか。

 

【貴女は時間流の超越を行えるとクイーンから聞いています。その”時”まで飛べばよいのではないですか?】

「RD。例えば50m先のコンビニへ向かうとして、わざわざこのトルバドゥールを使用するかしら?」

【……なるほど。その”時”は、そう遠くない時間に訪れるのですね】

 

 わざわざそんな大がかりな事をしなくても、こうしてだらけていれば過ぎる時間だ、と言う話だ。そのだらけている場所が迷惑なのだが、とRDは溜息をつきたくなった。

 未だ対処できない原因不明のエラーは、エラー自体を無視する事で騙し騙しやっているのだが、突然予期していない場所にまでエラーが発生するものだから、非常に困っている。

 等という事は口に出さない。RDは紳士なのだ。迷惑だ、という主張はするが。

 

「わ、流石怪盗。無駄に良いワイン揃えてるじゃない。私、そのワインが造られた当時に行く事が出来ても、そのワインに長い年月を過ごさせる、みたいな事は……まぁ色々使えば出来るけど、自分じゃ出来ないのよね。

 一つくらい開けてもいいかしら。どう思う? RD」

【クイーンは怒ると思いますが、ワインセラーに入れていないクイーンが悪いので、わたしからは何も。一応聞いておきますが、それは旅人の美学に反さないのですか?】

「ワインはワインセラーに入れてあるものだもの。こんな所へ無造作に転がっているということは、捨てられていたものよね。旅人が道端に捨てられている食べ物を拾って、天に感謝を捧げてそれを食すなんてよくあることだわ」

 

 キャリーケースを開けてコルク抜きを取り出すマレファ。

 どこかの怪盗のようにワインボトルの首を切断しない常識的なその行動に、RDは感動を覚えていた。

 

【そう言えば気になっていたのですが、エラーを吐き出しこそすれこの船内では貴女の姿を見る事が出来ます。どうしてでしょうか?】

「それは私達の技術を使っているからでしょうね。皇帝(アンプルール)が設計したこの船の航空システムやエネルギーシステムに、私達の技術による改良を加えたのよ。だから、見る事くらいはできるのでしょう」

【『私達』、ですか……】

 

 この言葉から、この旅人がクイーンや皇帝(アンプルール)のような、一代限りの突然変異種ではない事がわかる。少なくとも二人以上、彼女のような存在がいるのだ。

 

「クイーンだって一代限りじゃないわよ? クイーンのご先祖様も、クイーンと同じく怪盗のようなことをしていたし。あぁ、その時にもあの背の高い名探偵の先祖がいたわねぇ」

【つまり皇帝(アンプルール)は一代限りであると】

「あんな化け物ジジイがたくさんいてたまりますか。私だって知的生命体が全部いなくなってしまえば消える存在なのに、あのジジイは例え宇宙が滅んだって生きているわよ。多分、ゴキブリから進化した人類なのだと思うわ。ゴキ・サピエンスね」

 

 コクコクとワインを飲むマレファ。

 ‘42のシャトー ラトゥール。勿論高級ワインだ。

 

【そろそろ発表記者会見が終わりそうですね】

「んー、でも、どうせ野蛮な連中が何かをするでしょう? あの武闘派もそうだけど、マライカもわりと手を出す子だし、ゴンリー・ディンリー兄弟みたいな頭のおかしい奴らもいるし……もう少しゆっくりしていたいわぁ」

【このソファには上に乗る人をだらけさせる効果でもあるのでしょうか? あ、動きがありましたよ。大衆が外に逃げて行きます……おや? 突然鎮静化しましたね】

「催眠音波みたいなものよ。RD、波を洗って相殺してあげて。でも博物館内は危ないから、戻らないように」

【はい】

 

 マレファに言われて音探査に切り替えたRDはすぐに人々にかけられたMOMのソレを解除した。そうして適当に脅かして、博物館から彼らを遠ざける。もっとも戻りたいと思う酔狂な人間はいなかったので、RDが対処したのは警備員だけだったのだが。

 

【行かなくてよいのですか?】

「も~ちょっと~……」

【……色々起こっていますよ】

「んー、でもー、私が行く必要はないだろうし~」

【……】

 

 段々と、RDのマレファを見る目が「常識的で思慮深いちょっと迷惑な旅人」から「クイーンに似た迷惑だしだらしのない旅人」に変わっていく。

 一つだけマレファを擁護するのなら、彼女は冷房の効いた空間で、邪魔する者がおらず、ゆったりする、という経験を数えるほどしかした事が無いのだ。冬の日本に来た外国人がこたつの魔力に囚われるように、マレファもまたトルバドゥールの魔力にふやかされていた。

 

【クイーンからの指示がありました。移動します】

「RDは偉いわぁ。文句も言わずに……ふぁぁ」

【いえあの、文句は言っているのですが。貴女に対しても】

「あ、ゲルブの狙撃よ。ちょっとモニター映して」

【……】

 

 「クイーンに似た迷惑だしだらしのない旅人」を「迷惑で横柄でだらしのない旅人」に書き換えるRD。その瞬間、彼の与り知らぬシステムから「ピンポーン! 正解!」というアラートが鳴った。声は皇帝(アンプルール)だった。

 

 とりあえず言われた通り、現在逃走中のトラックとゲルブの乗る熱気球を映し出すRD。

 ほどなくしてゲルブの気球から放たれた狙撃弾が、ウァドエバーの運転するトラックの前輪を撃ち抜いた。

 

「千五百メートルの狙撃をただの一発で、しかも気球に乗りながら。ピラミッドキャップの時も思ったけど、あの子本当にすごいわね」

【それについては同意します。クイーンも言っていました。狙われている事に気付くのは簡単でも狙撃を真似する事は出来ないそうです。わたしのシステムを使用しても、あれほどの正確性は再現不可能です】

「彼の最高射程は5kmを越えるそうだけど、本当なのかしらね。エレオノーレちゃんから聞いた話だから信憑性は高いと思うのだけど……」

【エレオノーレ、ちゃん? エレオノーレというのは、ホテル・ベルリンの総帥の名ですよね】

「ええ、そうよ。文通相手なの。彼女、好きな人がいるらしくてね、とってもいじらしいのよ。相手はぶっきらぼうで、だけど優しさがあって、不器用で……って。青春よねぇ」

【……ちなみに貴女はなんと呼ばれているのでしょうか?】

「勿論マレファちゃんよ」

【……失礼ですが、貴女はおいくつで――ブチ】

 

 突然RDのシステムに異常な量のエラーが発生する。

 だが、敢えて逆鱗を踏みつけにいったRDは落ち着いてソレに対処した。

 おかげで、一瞬で回復することに成功する。

 

 回復したRDの人工眼(カメラ・アイ)に、ドアップのマレファが映っていた。

 

「これは置き土産よ。じゃ、また来るわ」

 

 彼女の姿が消える。

 怒らせて出て行ってもらおうと考えたRDの作戦は上手く行った。

 だが、彼女の置き土産――船内システムの数値を全て1ずつ書き換えるという非常に面倒くさい所業が彼を苦しめる。

 船内の空調設定からバスルームの温度設定、トルバドゥールの航行高度など、全てが書き換えられている。

 

 しばらくRDはその対処に追われ、クイーンからの呼びかけに答える事ができなかった。

 


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