ノンケ提督が艦シーメール鎮守府に着任しました。   作:ゔぁいらす

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シークレットライブと貸切大浴場と

 部屋に書き置きを残し、那珂ちゃんが居るであろう波止場に向けて廊下を一人歩く。

この時間に用事のある人もいないので波止場へ続く廊下はとても静かだ。

そして波止場に抜けるガラス張りの扉の向こうにうっすらと那珂ちゃんの姿が見えた。

今日も昨日と同じ様に簡単なフリをつけながら街灯をスポットライトに見立てて歌っている様だ。

扉を開けると蒸し暑い熱気と夜風と那珂ちゃんの歌声を同時に押し寄せてくる。

那珂ちゃんの方に近づくと今日は俺に気づいたのか彼女は歌うのを止め、俺の方に駆け寄って来た。

「あっ、提督〜本当に今日も来てくれたんだありがと〜」

「ああうん。明日も来いって言われたしもうちょっと那珂ちゃんの歌も聞きたいなって思ってさ」

「えへへ〜そう言ってくれるとうれしい!」

那珂ちゃんは屈託のない笑顔でそう言った。

月明かりと街灯でぼんやり見えたその顔は少年の様にも見えた。

「で、なんで俺を今夜も呼んだんだ?」

「えーっとね〜昨日はしんみりしてて那珂ちゃんらしくなかったからちゃんとしたシークレットライブを提督に見てもらいたかったのと〜」

「と?」

「単刀直入に聞くね?昨日大淀ちゃんとどこまで行ったの?」

那珂ちゃんは目を輝かせて尋ねて来る

「どどどどどこって・・・・」

「一晩二人で過ごしたんでしょ?男と男が同室で何も起きないはずもなく・・・なんちゃって!」

「起きねぇよ!・・・いや起きたかも」

「なになに!?何が起きたの!?那珂ちゃん気になるぅ〜!」

「ああもう暑苦しいんだからそんなに近寄るなって!えーっと・・・その・・・一緒にゲームした後ホラー映画見てさ・・・・き、キスして一緒に寝た」

「キャー!・・・ってそれだけ?」

「それだけも何も俺なりに結構勇気が要ることだったんだぞ!?」

「大淀ちゃんの言った通り提督さんウブだなぁ〜本当に学生時代彼女とか居なかったの?」

「大淀から聞かなかったか?俺もあいつも男子校で彼女なんて作れなかったんだって」

「ふぅん・・・まあ那珂ちゃんも男子校だったし居なかったけど〜」

「ほらな?そりゃそうだろ」

「でーも・・・」

「でも?」

「彼氏なら居たよ!」

「はぁ・・・?」

「那珂ちゃん艦娘になる前から結構可愛かったからさぁ〜クラスメイトから付き合ってーって言われて付き合ってたもんね〜あっ、でも普通に女の子も好きだよ!?」

てっきり那珂ちゃんの性格は艦娘になってこうなったのかと思ってたけど元からだったのか・・・

「まあでも高校も中退しちゃって合わなくなってしそれっきりだけどねーカレは多分今那珂ちゃんが那珂ちゃんやってるって事も知らないと思うよ」

「中退・・・?」

「うん。艦娘になるために辞めちゃった」

「なんで辞たんだよ高校卒業してからでもなれるはずだろ?」

「そうだけどねーどんどん可愛く無くなっていく自分自身が嫌になってきてさ、早くこれ以上可愛く無くなっちゃう前に艦娘になりたいって思ったわけ」

「可愛く・・・?」

「だってぇ〜毎朝髭の生えた自分の顔を見るのが嫌だったの!声だってだんだん低くなってきちゃうし身体もどんどんゴツくなっちゃうし・・・どんどん那珂ちゃんの思ってる可愛い自分とかけ離れていく自分の身体が嫌で嫌で仕方なかったんだよね〜」

「じゃあ那珂ちゃんは女になりたかったのか?吹雪もそんなこと言ってたけどそういう由々しきやつか・・・?」

「そこまでは思ってないよ〜那珂ちゃんはただ可愛い服を着て可愛いって言われたかっただけ!男の子がそんなこと思ってたらおかしい?」

那珂ちゃんは胸を張って言った。

確かに普通に考えれば変だと思うのかもしれないがもうそんな感じの人間をこの半年くらいで見慣れてしまったことと自信満々な那珂ちゃんの姿からそんな言葉は出てこなかった。

「い、いや・・・おかしくはないと思う。でも珍しいなって」

「珍しい?それってやっぱり変ってことじゃん!」

「い、いやそっちじゃなくてさ。俺の知ってるやつの艦娘になった理由が家族のためとか深海棲艦に復習してやりたいとかそんな重い話ばっかりだったからそんな明るい理由で艦娘になる道を選んだ那珂ちゃんが珍しく思えてさ」

「そっかーでも結局パパもママも認めてくれなかったから喧嘩別れみたいになっちゃったけどねー・・・ま、声も男の子だった時より高くて可愛くなったし女性ボーカルの曲だって原曲キーで無理なく歌えるようになったし肌だってお化粧のノリが全然違うしヒゲもすね毛も生えなくなったし後悔はしてないよっ!」

那珂ちゃんは明るく言う。

本当に気にしてないのかどこかにつっかえるところがあるのかは街灯で照らされる那珂ちゃんの表情から読み解くことはできなかった。

「そうだったのか・・・」

「ま、そんな湿っぽい話はおしまい!提督が那珂ちゃんのこと聞くから色々話しちゃったじゃん!まだ阿賀野ちゃんにも話してないんだよ〜?ま、結局提督がウブだったって報告も聞けたしそろそろ歌っちゃおっかなー」

「だからウブもなにもそれ以上のことなんて・・・」

「はいはいわかったからそこに座って!」

「あ、ああ・・・」

那珂ちゃんに言われるがまま俺はその場に座った。

すると那珂ちゃんは少し離れて手でマイクを持つようなそぶりを見せると

「えー・・・こほん・・・みんなぁ〜那珂ちゃんのライブに来てくれてどうもありがと〜」

「いやみんなって俺だけだろ」

「も〜提督さんはノリ悪いなぁ・・・そこは雰囲気だよ雰囲気!」

「あ、ああ・・・」

「それじゃあいっくよ〜」

那珂ちゃんはそう言うと握りしめた手をこちらに向けて来た

俺どうすりゃ良いんだ・・・?

「・・・・」

「いっくよ〜?」

俺が黙っていると那珂ちゃんはもう一度そう言ってこちらに手を向けてくる

「・・・・」

「はぁ・・・」

那珂ちゃんは大きなため息をつく

「どうしたんだよ!」

「どうしたもこうしたもないよ!提督さん彼女とかに一緒にいてつまらないとか言われたことない?あっ、彼女いなかったんだよねごめ〜ん」

「お前わざとだろ!」

「そうそうそういうツッコミみたいなのが欲しいの!」

「は?」

「せっかく那珂ちゃんがいっくよ〜って言ってレスポンスを求めてるのになんにも返事してくれないなってファン失格だよ?」

「ファンって・・・俺別にそんなのになった覚えはないんだけど」

「も〜自分から聞きに来てくれたんだからそれはもうファンでしょ!?那珂ちゃんファンは大切にするから提督も那珂ちゃんの事大切にしてよね?」

「え、ええ・・・・」

「そんな困った顔しないの!それじゃあ気を取り直して・・・いっくよ〜?」

「うえ〜い・・・」

俺はしぶしぶ那珂ちゃんに乗せられそう言ってみた。

「う〜ん・・・まあ今日はそれでいいや!それじゃあ精一杯歌うから聞いてね!」

そして那珂ちゃんは歌を歌い始め、なかなかキレのいいダンスも見せてくれた。

それから何曲か那珂ちゃんは歌い続けたが途中からは俺の知っているアニメの主題歌なんかを歌ってくれたので自然と俺もテンションが上がった。

そして数曲を歌い終えると

「はぁっ・・・今日はありがとーみんなだーいすき!」

那珂ちゃんはそう言ってこちらに手を振って来たので手を振り返してあげた。

そして一度灯台の方へ走って行ったかと思うとまたこっちに駆け寄って来た。

「ねえねえ今日のライブどうだった!?」

「那珂ちゃんのレパートリーにびっくりしたし良かったよ」

「ほんとぉ!?大淀ちゃんに提督の聞いてる曲とか聞いといて正解だったよ〜」

「なるほどそれでわざわざ俺のために・・・」

「も〜提督さんのためじゃないよ!ただ那珂ちゃんのレパートリーを増やしてどんな曲でも歌えるようになる練習だから!」

通りで俺の好きな曲ばっかりだったわけだ。

しかし大淀のやつそんな話したことないのによく知ってたな・・・

それだけ俺のことを知っててくれたんだろうか?

それにわざわざその曲を選んで歌ってくれたとなるとそれも嬉しく感じる。

「そうなのか・・・でも本当に歌上手いな那珂ちゃん」

「えへへ〜照れちゃうなぁ・・・でもやっぱりもっといろんな人にみてもらいたいけどね。ボクの前の那珂ちゃんみたいに!」

ん?今なんか違和感があったような・・・

「前の那珂ちゃん・・・?」

「そう!5年くらい前に深海棲艦と戦って沈んじゃった前の那珂ちゃん・・・その記憶も艦娘になってからうっすらだけど頭に浮かぶんだ。だからそんな那珂ちゃんに恥ずかしくないようにボクも頑張らなきゃって思ってるの!」

「な、なあ那珂ちゃん・・・今ボクって言わなかったか?」

「なんで?おかしい?ボク男の子だし変じゃなくない?」

「そうなんだけどいつも自分のこと那珂ちゃんって言ってるかちょっとびっくりしてさ」

「だって〜前の那珂ちゃんのこと話すときに一人称まで那珂ちゃんじゃわかんなくなっちゃうでしょ?それと完全オフの時はずっとボクって言ってるよ?そっちの方が那珂ちゃんとしての自分じゃなくてボク自身のことをちゃんと伝えられそうな気がするから」

「そ、そうか・・・でもびっくりしたな。ここのみんな男だけど口調とか仕草まで女っぽくなってるのに」

「まあそこは人によりけりだからね〜ボクだって身振りはちょっと女っぽくなった方だけど口調はそこまで変わらなかったし」

「いろいろあるんだな」

「そんなのどっちでもいいでしょ?今のボクは那珂ちゃんで那珂ちゃんは那珂ちゃんなんだから!」

「ああもう誰をさしてるのかがさっぱりわかんねぇぞ!」

「えへへ〜でしょ〜?だからそう言う時は自分のことボクって言ってるの!それにたまには男の子らしいところも提督に見せておきたかったってのもあるかな〜ボク可愛いけどちゃんと男の子なんだぞって所〜」

「は、はあ・・・・」

そんないつもと違う一人称で話す那珂ちゃんをどこか新鮮に思える自分がいた。

「ねぇ提督・・・?」

「ん?なんだ?」

「明日からもここで練習してるからまた見せられるようなパフォーマンスができたら観に来て欲しいな。まだボクの実力なんて那珂ちゃんには遠く及ばないし・・・早く那珂ちゃんに近づけるようにボク頑張るから!」

「あ、ああ・・・楽しみにしてるよ」

「やったぁ!那珂ちゃんうれしい!!」

那珂ちゃんはそう言うと抱きついて来た

「うわぁ!急に何するんだよ!!」

「えへへ〜良いじゃないファンサービスって奴・・・?でもファンが多くなっちゃったらこんなことできないし今だけだよ〜?」

「あ、ああ・・・うん・・・・」

「・・・くんくん・・・・提督?なんか汗臭いね」

「そ、そりゃまだ風呂入ってないから・・・」

「そうなんだ〜でも懐かしいなこの匂い・・・少し前までずっと嗅いでたはずなんだけどね〜」

「やっぱ汗臭いよな男子校」

「うん!でもこの匂い那珂ちゃん好き・・・」

「変わった趣味だな・・・」

「別に良いでしょ!そうだ。せっかくライブも観にきてくれたし良いこと教えてあげる!」

「ん?どうしたんだ?」

「いつもお部屋の狭いお風呂じゃ窮屈でしょ?」

「あ、ああ・・・でも大浴場は恥ずかしくて入れないと言うか・・・」

「あのね〜あと消灯までだいたい一時間くらいだけどこの時間はもうみんなお風呂入り終えちゃってるんだよね〜毎日大浴場行ってる那珂ちゃんが言うんだから間違いないよ!いつもはそんな広いお風呂をこの時間から独占しに行くんだけど〜」

「ま、まさか一緒に入ろうなんて言わないよな・・・?」

「まさか〜提督さん那珂ちゃんと一緒にそんなことしたかったの?提督のエッチぃ〜」

「だ、断じて違うぞ!」

「那珂ちゃんの裸はそんなに安くありませ〜ん!せっかくだから大浴場の独り占め・・・提督に今日は譲ってあげようかなって」

「そんな・・・悪いよ」

「いいのいいの!今日は那珂ちゃんお部屋のお風呂で我慢してあげるから遠慮せずに行ってきて!提督も日頃の疲れを取らないと・・・」

「あ、ああ・・・それじゃあお言葉に甘えるよ。ありがとう」

「よ〜っし!じゃあ時間あんまりないし早く入っちゃってね!ボクも汗掻いたし早くお風呂は入りたいからそろそろお部屋戻るね!じゃあまた明日!」

那珂ちゃんはそう言い残すと俺のことを置いて行ってしまった。

「はぁ・・・那珂ちゃんって結構不思議な子なんだな・・・」

ただ明るいだけの自称アイドルだと思ってたらもっと深みのある変わった艦娘だった。

そしてさっきまでとは打って変わって静かに波の音だけが聞こえる波止場で少しぼーっと余韻に浸り、せっかく那珂ちゃんに譲ってもらえたんだし大浴場へ行くことにした。

ひとまずタオルやら着替えやらを取りに部屋に戻ろう。

 

部屋に戻ると吹雪が寝巻きを着てベッドの上で座っている

「あっ、お兄ちゃん遅かったねお帰りなさい!」

俺に気付いた吹雪がそう言いながらこちらへ飛び込んできてぎゅっと抱きしめてきた

「ふ、吹雪!?」

「書き置き残していなくなっちゃうなんて・・・また今日も行って帰ってこないかと思っちゃった・・・」

吹雪にまた寂しい思いをさせてしまったらしい。

「ごめんな・・・あっ、そうだ!今から大浴場に久しぶりに行ってみようかな〜って思うんだけど吹雪もどうだ?」

「えっ?急にどうしたのお兄ちゃん?絶対誰かと出くわすから行かないって言ってたのに珍しいね」

「あーそうなんだけどさ・・・今の時間誰もいないみたいだから久々に足の伸ばせる湯船に浸かろうかなーって」

「そうなんだ・・・それじゃあ私はお留守番してるね!もうお風呂入っちゃったし・・・お兄ちゃんと一緒に入りたいけどたまには一人でゆっくりしたいでしょ?」

「吹雪・・・お前は本当に気遣いもできて良い子だなぁ」

「えへへ〜お兄ちゃんに褒められちゃった!さ、早くしないと消灯されちゃうよ!」

「そうだな!それじゃあまた留守番頼んだぞ吹雪!」

「うん!私に任せて!」

「それじゃあ行ってくる!」

俺はタオルや着替えにボディーソープやシャンプーなんかをまとめて部屋を飛び出した

 

そして大浴場へ向かう途中風呂上がりの高雄さんと愛宕さんに出くわす。

二人は手を繋いで何かを話していたがこちらに気づき

「あら提督?こんな時間にどうしたんですか?」

高雄さんに声をかけられる

「久々に大浴場でも使おうかなと思いまして」

「珍しいじゃない?でも残念ながら今は誰もいないわよ〜言ってくれたら一緒に入ってあげたのにー」

愛宕さんがわざとらしくそう言った。

「い、いや遠慮しときます」

「も〜相変わらず恥ずかしがり屋さんなんだからぁ〜健全な男子ならだれでもこんなお姉さんたちとお風呂一緒に入りたいでしょ?本当に付いてるの?」

「付いてますよ!それに健全男子だからこそそんな大きなものと凶悪なものぶら下げてる人と一緒に入ったら体がもたないんですってば!」

多分愛宕さんたちと一緒に風呂なんて入ろうものならのぼせるまで出してもらえないだろうし男とわかってはいてもあの大きなおっぱいに目も行ってさらにのぼせてしまいそうでそんな醜態は晒したくないしそんな美人で巨乳の愛宕さんに自分のより大きなアレがぶら下がっているのをまざまざと見せつけられたらそれこそ自身だってなくすし健全な男児には危険すぎる

「も〜でもお姉さんはいつでも言ってくれれば一緒に入ってあげるわよ?男同士で裸のお付き合いしましょ?」

「だからもうそんな艶やかな声で男同士の付き合いとか言わないでくださいよ!頭が情報を処理できなくなっておかしくなりそうなんですよ!!」

「愛宕!あんまり提督をからかわないの!ごめんなさいね提督・・・愛宕あなたのこと提督としてだけでなくて可愛い後輩としても見てるから・・・」

「そ、そうなんですか」

「ああもう高雄ぉそれは内緒にしてって言ったのにぃ〜提督?早くしなきゃ消灯されちゃうわよ〜それじゃあごゆっくり〜」

「は、はい・・・」

愛宕さんは可愛らしく手を振って別れた

「ねえ高雄?こんやあなたの部屋行って良い?」

「もう!この間来たばっかりじゃない・・・ほんと甘えんぼさん・・・」

「よっしゃ!そうでなくっちゃな!高雄・・・俺もう我慢できねぇよ」

「あんっ♡ちょっと愛宕まだダーメ!提督だっているんだから部屋まで我慢・・・ね?」

背中の方から別れた二人のそんな声が聞こえるが聞かなかったことにして大浴場へ向かった。

 

そして大浴場の脱衣所につくと着替えが置かれているわけでもなく人の気配もない。

念のためこっそり浴場ものぞいてみるが誰もいなかったので俺はさっさと服を脱いで大浴場へ駆け込み掛け湯を済ませ、

誰も見ていないことを良いことにそのまま浴槽へダイブする

「ヒャッホゥ!!」

久々に足を伸ばして浸かれる風呂は最高だ!なんてったって開放感が違う。

少しぬるめのお湯が体にじんわりと染み渡るように感じた。

「はぁ〜やっぱ広い風呂は良いなぁ・・・・なんだかんだで全然使えなかったけど今後はたまに一人で入れる時間を作ってもらえないかみんなに相談してみるかぁ〜」

独り言が広い大浴場に反響してエコーがかかる

やっぱ広いと気持ちいいし誰に気も使うこともないし心身ともに癒されるなぁ〜

俺はそのまましばらくそんな空間の心地よさに浸っているとガラガラと扉が開く音がして俺はとっさに身をひそめた。

おいおい誰だよ・・・もう誰も入ってこないって那珂ちゃん言ってたじゃねぇか・・・

俺はこっそり様子を伺うが湯けむりでよく姿が捉えられない。

しかし胸のないフラットな身体に黒髪を後ろで束ねていることだけはわかる。

ひとまず阿賀野じゃないことは確かだけど大淀ほど身長も高くないし・・・一体誰だ!?

そのまま様子を伺っていると

「ふぅ〜誰もいないみたいでよかった・・・」

聞き覚えのある声が聞こえた。

この声はもしかして吹雪か!?

さっき待ってるって言ってたのに結局俺と一緒に風呂に入りたくなったのかな・・・?

それなら隠れる必要もないし声でもかけてみよう

「おーい吹雪ー!くるなら言ってくれりゃよかったのに」

俺がそう言うと

「えっ・・・!?」

吹雪はそう言って一瞬フリーズした後目を細めて俺の顔をじーっと見つめて来た。

風呂入ってて髪型変えてるからか・・・?

なんだか吹雪にしては違和感があるような・・・・

でも声は完全に吹雪だったし・・・

「どうした?俺の顔になんか付いてるか?」

「あ、あの・・・えっと・・・・い、いや・・・・ううん!なにも付いてないよしれ・・・・・お兄・・・ちゃん」

吹雪はどこかたどたどしくそう言った。

「そんな驚くことないだろ?俺とお前の仲なんだからさ」

「う、うん・・・そうだね」

なんだろうなんか様子が変なような・・・

それに声もなんか変なような・・・?

「そんなところでぼーっとしてないで早く風呂入ろうぜ?」

「い・・・いや・・・やっぱり私お部屋のお風呂でいいや・・・じゃあねお兄ちゃん」

吹雪がそう言って出ようとするので

「おいおいここまで来てそれはないだろ?遠慮すんなって!この時間は誰もこないって那珂ちゃんも言ってたし!」

「うぁっ・・・・!」

俺は吹雪の手を引いて半ば強引に一緒に浴槽へ浸かった。

「ふぅ〜広い風呂は気持ちいいなぁ〜」

「う、うん・・・・そうだねお兄ちゃん」

「なんか元気ないな?どうしたんだ?」

「え?そ、そんなことないよお兄ちゃん!」

吹雪の変だった声色がいつもの吹雪の物に近くなった。

一体どうしたんだ?

「それならいいんだけどさ・・・」

そのまま二人で風呂に浸かっていると

「ね、ねえお兄ちゃん・・・」

「ん?どうした?」

「初雪お姉ちゃんのこと・・・どう思ってる?」

「急に変なこと聞くなぁ。うーんどう思ってるか?か・・・たまにしか出て来てくれないけど天津風たちともうまくやれてるみたいだしまあ頑張ってるんじゃないか?でも俺とは基本ドア越しにしか話してくれないしもうちょい面と向かって話してみたいなーとは思ってるけど」

「・・・そう・・・なんだ・・・・」

「なんで急にそんなこと聞いたんだ?」

「えっ!?い、いやなんでかな〜?なんとなく聞いてみただけだよ〜あはははは〜」

吹雪は何かを誤魔化すように笑う。

「そ、それじゃあ私もうそろそろ上がるね!」

吹雪はそう言うと風呂から上がろうとする

「おいちょっと待て!そんな走ると・・・」

「ひゃうっ!」

吹雪は足を滑らせて躓いてしまった。

幸いとっさに俺が手を掴んだおかげでなんとか転ばずには済んだけど・・・・

「おい大丈夫か?」

「う・・・うん・・・!大丈夫だよお兄ちゃん」

「そうか・・・ならよかったけどなんか変だぞお前」

「そ、そんなことないよ〜!それじゃあ消灯まで時間もないしお兄ちゃんはそれまでゆっくり一人で楽しんでね!」

風呂から出ようとした時さっき滑った時の衝撃で緩くなっていたのか吹雪の束ねていた髪の毛がばさりと広がった。

しかしその毛の量は吹雪のそれではないくらいに長い・・・

「あっ・・・・」

「えっ・・・・?!」

それでいて吹雪に声が似ててってことは・・・・

「もしかしてお前吹雪じゃなくて初雪か!?」

「・・・・き、気づくの遅すぎ!せっかく一人で優雅なバスタイムが堪能できると思ったのになんで司令官がいるの?」

「お前こそなんで吹雪の真似なんてしてたんだよ」

「だ、だって人とお風呂はいるなんて・・・は、恥ずかしいし吹雪ちゃんってことにしておけば簡単に逃げられるかなって・・・」

「なんだよ・・・お前も一人で風呂入りに来たのかよ」

「う、うん・・・だってさっきいつも一番ここを使うのが遅い那珂ちゃんが今日は部屋のお風呂を使うって言うから・・・・」

「那珂ちゃんが俺にせっかくだから一人で入ってこいって言って譲ってくれたんだよ」

「そうだったんだ・・・」

「でもそれなら俺はもう十分堪能したからあとは一人で入ってていいぞ。体とか洗うのは部屋の風呂でもう一回入り直してやるから」

「ううん・・・いかなくていい」

「どうしてだ?」

「司令官・・・一緒にいても不思議と恥ずかしくない・・・正直吹雪ちゃんの真似してたことの方が恥ずかしいくらい・・・」

「どうしてだよ?」

「だって・・・高雄さんたち胸もおちんちんも私なんかよりおっきい・・・それにちゃんと剥けてるし・・・だから剥けてない私の小さいおちんちんみられるのいや・・・・でも司令官おっぱいも大きくないしおちんちんも剥けてない・・・だから恥ずかしくない!」

初雪は鼻息をふんと出して得意げに言った

「おいこらどこ見てんだよ!それに俺は仮性だからちゃんと勃ったら剥け・・・って何言わせてんだよ!!!」

「包茎は包茎・・・言い訳は見苦しい」

「くっ・・・」

なんだよこの敗北感・・・・!

でも俺も吹雪に似てるからなのか体つきも完全に背丈の低いやせぎすの男みたいな体格だからなのか初雪には不思議と他の艦娘の裸を見たときのような恥ずかしさは無かった。

「でも私の裸見た代償はちゃんと払って・・・断ったら提督は粗チンで包茎で私のこと無理やりお風呂に連れ込んだって駆逐艦の子たちに言って回る」

「わー!それだけはやめろ!それに俺のが小さいんじゃなくて高雄さんたちのがでかいだけだし初雪の方が俺のよりサイズだって小さいだろうが!!」

「うるさい・・・最後まで私の話聞いてくれなきゃここで悲鳴あげる」

「う・・・わ、わかったよ」

一体どんな要求をされるのか固唾を飲んで待っていると

「髪、洗ってほしい・・・」

「へっ・・・?」

予想外の答えに耳を疑った

「早く・・・」

「は、はい!でも俺なんかが触っていいのか・・・?」

「うん・・・だって長い髪洗うのめんどくさいし・・・」

「そ、そうか・・・」

他人の髪なんか洗ったことないし俺にできるのか・・・?

しかし断れば初雪に俺のモノのことを言いふらされてしまう。

「わ、わかったよ・・・」

俺はしぶしぶ初雪の申し出を飲むことにした。

そして初雪は湯船から出るとシャワーの前に座った。

「それじゃあ・・・おねがい」

「は、はい」

「それじゃあこれ使って」

初雪にシャンプーを手渡された。

コマーシャルで見たことがある結構高いやつだ。

身だしなみとかに無頓着そうだけど髪だけは綺麗だったのはそういうことだったのか・・・

「それじゃあお湯出すぞ?」

「うん・・・」

初雪の声を聞いてからシャワーを捻り、初雪の頭にお湯をなじませる。

「熱くないか?」

「・・・うん」

髪が長いから髪の先までしっとりさせるのにはそこそこの時間がかかった。

髪が長いのって大変なんだな・・・

大淀も毎日しっかりこうやってシャンプーをしてるんだろうか?

そこまでして俺に女として見てもらえるようにと努力してくれていることを考えるとその健気さに頭がさがる。

でもそれと同時に何故大淀が俺なんかにそこまでしてくれるのかも不思議に思えた。

「・・・ねえ・・・ねえってば・・・聞いてる?」

「あっ、なんだ?」

初雪の声で我に返った。

「早くお湯止めて・・・目、開けられない」

「あ、ああそうだよなごめん!ちょっと考え事してて・・・」

俺は急いで蛇口を捻ってお湯を止めた。

「もー・・・しっかりして」

「悪い・・・それじゃあシャンプーつけるぞ」

「うん・・・まかせる」

シャンプーを自分で使うよりも多めに出して初雪の濡れた髪に優しくつけた。

「ひぅ・・・」

初雪のそんな声に俺はとっさに手を離した。

「ごっ、ごめん!痛かったか!?」

「ちょっとくすぐったかっただけ・・・」

「そうか・・・じゃあ続けるぞ?」

そのまま俺はゆっくり髪を引っ張らないように髪の先までシャンプーをなじませた後頭皮にもしっかりとシャンプーを塗り込んだ

「んぅっ・・・・」

「うわっ!!変な声出すなよ」

「だって・・・くすぐったいし・・・それと私が目を瞑ってるからって変なことしちゃだめ・・・」

「ああもうわかったよ!それに変なことなんかしねぇよ!もうシャンプー流すぞ?」

「・・・うん」

俺はまた初雪の声を聞いてから蛇口を捻ってシャンプーを洗い流した。

長い髪は流しきるのも一苦労だ。

そしてやっとのことでシャンプーを流し終え蛇口を止めた。

「ふぅ・・・終わった・・・」

安堵の息を漏らしていると

「・・・まだ」

「えっ・・・?」

「これも・・・」

初雪はリンスをこちらに手渡してくる

「これもかよ!」

「リンス大切・・・」

「わかったよ・・・」

またさっきと同じ要領でリンスを初雪の髪に馴染ませて洗い流した。

洗い流した後の初雪の髪は一段と艶めきを増したような気がする。

「よっし!これで終わったな!」

「・・・ありがと」

「どういたしまして」

「髪・・・洗ってもらうの久しぶりだから嬉しかった・・・」

「久しぶり?誰かにされてたのか?」

「うん・・・弟・・・叢雲とずっと一緒に洗いっこしてた」

「叢雲って雲人さんだよな?」

「うん・・・髪・・・長くなってから洗い方難しくなったし二人で勉強しようって初めてそれからいつの間にか習慣になってた」

「そうだったのかじゃあ俺もさっさと洗っちまうからあとは好きにしてくれ」

「・・・うん」

初雪はそう言うと浴槽の方へ向かって行った。

ふう・・・これでやっと自分のことができる。

消灯まであまり時間もないし俺はせっせと体を洗いシャンプーを済ませた。

そして湯船に使ってさっさと部屋に戻ろうと湯船の方を振り返ると初雪が頭にタオルを巻いて湯船に浸かっていた。

「邪魔するぞ」

俺は恐る恐る浴槽の初雪から離れた場所に入る

すると初雪がこちらに近づいてきた

「ど、どうしたんだよ!!」

「さっきはありがと・・・」

「えっ、シャンプーの事か?」

「それもあるけど転びそうなところ助けてくれて・・・」

「あ、ああ・・・」

そのあと初雪は無言で俺に寄り添ったまま風呂から出ようとはしない。

なんだこの雰囲気・・・なんとか話題でつなげなければ・・・

何か初雪との話題・・・・

そういえば初雪って雲人さんのお兄さんなんだよな・・・?

一体何歳なんだ?

「な、なあ初雪」

「・・・なに?」

「雲人さんって一体何歳なんだ?」

「えーっと・・・・あの時は14歳だったはずだから・・・今は19・・・たぶん」

「えっ!?」

まさかあんな大人びた人が俺と同い年だったとは・・・やっぱり俺なんかよりずっと酸いも甘いも噛み分けてるから大人びてるんだろうなぁ・・・

ってことは初雪ってそれより年上・・・!?

「じゃ、じゃあ初雪は・・・?」

「はたち・・・」

「ええええええ!!!!!!!それマジなのか?」

初雪の口から出た言葉に俺は驚きを隠せなかった。

「なんでそんなおどろくの・・・?」

「だって俺なんかよりずっと小さいし・・・・」

「・・・・失礼」

「ごめん・・・」

「艤装つけてる限りは成長も最小限になる・・・・だから私の体の成長はほぼ10歳前半くらいで止まってる・・・・叢雲は5年前に艦娘やめたからそこから一気に背が伸びた・・・んだと思う」

「そうだったのか・・・・まさか俺より年上だとは・・・」

「えっ・・・司令官年下なの?」

「俺雲人さんと同い年なんだけど・・・」

「そうなんだ・・・てっきり二十代後半くらいだと思ってた・・・」

「そんな老けて見えるか俺!?」

「ううん・・・・ただ冴えてないだけ」

「悪かったな!」

「でも私の方が年上なんてね・・・ちょっとびっくり」

「俺もびっくりだよ」

「お互い様・・・だね。でも私には前までと同じように接してくれて・・・いいよ?」

「そ、そうかわかった」

「じゃあそろそろ上がろう。私のぼせちゃう」

「そ、そうだな・・・そろそろ消灯だし」

俺たちは浴槽から上がった。

そして脱衣所に戻ると

「ねえ・・・」

初雪が俺の手を引っ張ってきた。

「どうしたんだ?」

「体拭いて・・・ほしい」

「はいはいわかりましたよ」

俺は初雪の体をバスタオルで拭いてやった。

「ありがと・・・たまには誰かとお風呂入るのもわるくない・・・ね」

「そうだな」

「それじゃあ私は帰ってネトゲやる・・・司令官も消灯になる前に部屋戻るんだよ・・・?吹雪ちゃんが待ってるんでしょ?」

「あ、ああそうだな。」

「それじゃあおやすみ・・・・お兄ちゃん♡」

初雪はまた吹雪の真似をしてそう言うとそそくさと自分の部屋に戻った。

なんだろう年上の脱法ショタにお兄ちゃんって言われて少し嬉しいような悔しいような狐につままれた気分だ。

それに本来の一人で大浴場を堪能する目的は完全には果たせなかったものの初雪と色々話せたし夜風が風呂上がりの体に吹き抜けていきなんだか清々しい気分だ。

そんなことを考えながら初雪の背中を見送っていると新宿舎の方の電気が落とされていることに気づく。

「やべえ俺も早く戻らないとこっちの宿舎棟も真っ暗になる!!」

消灯される前に帰らなければいけないし俺も急いで部屋に向かって走り出した。


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