ノンケ提督が艦シーメール鎮守府に着任しました。 作:ゔぁいらす
「はぁ・・・・」
自室に戻った俺は大きなため息をついてそのままベッドに倒れ込んだ。
別にあいつの部屋に行くのは初めての事でもないしなんてことないはずだとわかっているはずなのだがどうしてもどこかで物怖じしている自分がいる。
あいつの部屋に行ってあの頃みたいに遊ぶってだけなんだぞ?
ただそれだけ・・・・それだけの筈なのにこの間あいつに愛宕さんの話をした時の事を思い出すとそれだけで済まないような気がするのだ。
「あーなんで俺こんなに悩んでんだろ・・・」
自分でもなんでこんなに物怖じしているのかわからず口から自然とそんな言葉が漏れていた。
「あっ、お兄ちゃん帰ってたんだ」
「うぉお!」
突然風呂場の方から声が聞こえて驚く。
振り向くと風呂上がりの吹雪がこちらをみていた。
「も〜そんな驚かなくても良いでしょ?お風呂上がったからお兄ちゃんも冷めないうちに入ってね」
「あ、ああ・・・そうだな」
「そうだお兄ちゃん?」
「ん?なんだ?」
「晩御飯食べ終わったあと大淀お姉ちゃんとどっか行ってたよね?どこ行ってたの?」
「えぇっ!?ああいやなんでも・・・・なんでもないぞ?」
「え〜本当?」
「ほ、本当だって!ただ明日の予定の確認をしてただけだよ」
「ふぅん・・・そうなんだ」
そうだ。今晩出かける事吹雪に言っておかないと心配するだろうなぁ
でも正直に大淀の部屋に行くなんて言ったら吹雪も来たがるだろうし・・・
「な、なあ吹雪?」
「ん?どうしたのお兄ちゃん」
「今日これから出かけなきゃいけないんだよ」
「出かける?こんな夜遅くからどこいくの?」
「ちょっとな・・・」
「ちょっとって・・・?いつ帰ってくるの?」
「うーん・・・ちょっとわからないんだよ。明日までには帰れるとは思うんだけど夜は遅くなりそうだから今日は一緒に寝れないんだごめん」
「それじゃあ私も一緒に行く!」
「そ、それはダメだ!吹雪は明日も朝から警備の当番だろ?今日だって1日演習に警備に忙しかったんだから寝た方がいい」
「はーい・・・お兄ちゃんがそう言うならそうするね」
吹雪は残念そうに言った。
ただ吹雪を置いて大淀の部屋に行くだけなのにそこを曖昧にした事に罪悪感を覚えてしまう。
「ごめんな吹雪・・・一人で寝れるか?もしダメそうならまた天津風か春風に頼んでくるぞ?」
「ううん!いいよ。私だってほんとは一人で住まなきゃいけないのに無理言ってお兄ちゃんのお部屋に住ませてもらってるんだもん。これ以上お兄ちゃんに迷惑かけちゃいけないし1人で寝るくらいちゃんとできる様にならないとダメだよね・・・だからお兄ちゃんは私のこと気にしないで私がんばっちゃうんだから!」
吹雪はどこまで行っても健気な子だ。
やっぱりそんな吹雪を置いて行くのもやっぱり悪い気がする。
「吹雪ごめんな・・・」
「なんでお兄ちゃんが謝るの?私だってそれくらいできるから心配しないで行ってきて!」
吹雪は俺に心配をかけまいとそう言ってくれたように感じた。
「ありがとう吹雪。それじゃあ湯冷めしないうちに着替えろよ?俺も風呂入っちゃうからさ」
「うん!」
吹雪が着替え始めたのを見計らって風呂に入る。
金剛に足が少々でも臭うと言われてしまったこととこれから大淀の部屋に行くことを思うと気合いが入ってしまい気付けばいつもよりも念入りに体を洗った。
そして風呂から上がると吹雪は寝巻きに着替えて一人ベッドに座っている。
時計はまだ10時指していて、約束の時間までまだまだ時間はあるがなんだかこのまま部屋にいるのも気まずい・・・
そんな感情をまぎらわすためにいつもはそんなことしないが鏡を見てドライヤーで髪を乾かしながら簡単に整えた。
別に多少髪がボサボサだろうが大淀も気にしないだろうけど今日は何故か特段気になってしまう
「・・・よし・・・これで変なところとかないよな?」
鏡に向けてそう呟いて洗面所を出ると
「お兄ちゃん?」
急に吹雪に話しかけられたので体がびくりと跳ねてしまった。
「な、なんだ?」
「今からお出かけするのに部屋着なんだ」
「あ、ああ・・・そうだな」
別にやましいことなんてないはずなのに目が泳いでしまう。
「む〜なんか怪しい」
吹雪がこちらに詰め寄ってくる。
「そ、そんなことないぞ!ただ大淀の所に行くだけだからさ・・・!別に怪しいこともやましいこともない・・・ぞ?」
「えっ・・・?」
あ、言っちゃった・・・
「ああいや違うんだ!大淀とあのーそうそうあれだ鎮守府の今後について話さないかって言われてさ・・・・ははは・・・」
俺は適当に理由を誤魔化した。
「そっか・・・うん。お兄ちゃんはこの鎮守府の司令官だもんね!こんな夜遅くまで鎮守府のことを考えるなんてさっすがお兄ちゃん!お仕事頑張ってきてね」
吹雪にそんな尊敬に近い眼差しを向けられ、出任せとは言え嘘をついてしまった罪悪感で心が痛い。
「あ、ああ・・・頑張ってくるよ」
「お兄ちゃんが頑張るんだから私も頑張らなくっちゃ!だから今日は一人で頑張って寝るね!」
「急でごめんな。明日はちゃんと一緒に居るから」
「うん!」
「それじゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい!」
まだ約束の時間まで余裕もあるのに俺は吹雪から逃げる様に部屋を飛び出してしまった。
まだ一時間くらいあるけどどうしたもんかなぁ・・・
部屋の前でぼーっと突っ立っていたが時間が経つにつれて胸の高鳴りがどんどん激しさを増す。
このまま時間まで何もしていなかったらおかしくなりそうで居ても立ってもいられずしばらくただあてもなく鎮守府の宿舎棟をうろうろしていたがこんなのただの怪しいヤツじゃないか!
なんで親友の部屋に行くだけなのにここまでドキドキしなきゃならないんだよ!!
ひとまず外の空気でも吸って頭を冷やそうと鎮守府の敷地内にある波止場の方へ向かうと波止場の方から歌声が聞こえてくる。
透き通った綺麗な歌声だ。
俺はその歌声に引き寄せられる様にして外に出ると暗くてよく見えないがセミロングくらいの女性が海に向かって一人で歌を歌っている。
その女性が歌っているのは子供の頃うっすらテレビで聞いたことのある少し古めのアイドル歌手のバラード調の歌だった。
部外者なら今すぐにでも声をかけて事情を聞かなきゃいけない所だけど真夏で少し蒸し暑いとは言え心地よい夜風と波の音、そして月明かりと灯台が照らす暗闇の中で歌う女性の醸し出す不思議な雰囲気にそんな事も忘れるくらいに俺は見惚れていて、歌が終わると自然に拍手をしていた。
その拍手に気づいたのか女性がこちらに振り向く
「えっ、提督・・・?那珂ちゃんのシークレットライブ・・・もしかして聞いてた?」
今この人那珂ちゃんって・・・
暗くて顔もよく見えなかったし、髪型もお団子みたいに結ってないし雰囲気もいつもみたいに明るい感じではなかったので気づけなかったが確かにその声は那珂ちゃんのものだった。
「えっ・・・那珂ちゃん!?」
「へへ・・・提督?那珂ちゃんのライブを特等席で聞けちゃうなんてとってもラッキーだよ?どうだった那珂ちゃんの歌?」
暗くて表情はよくわからなかったがその口調はいつものうるさいくらいに元気一杯な那珂ちゃんとは違ってどこかしおらしい感じがした。
「え?ああ上手かったよ凄く。ついつい聞き入ってた」
「そう・・・なんだ。那珂ちゃんうっれしぃ!」
那珂ちゃんさっきまでとは打って変わっていつもの様なわざとらしいくらいにあざとい口調でそう言った。
なんだかそんないつもの口調を聞けて少し俺は安心する。
「はぁ・・・やっぱり那珂ちゃんだ」
「も〜なにそれ?」
「さっきまでの雰囲気いつもと全然違ったなって。なんというか綺麗だった・・・最初は別人かと思ってたんだけどさっきのでやっぱ那珂ちゃんだなって確信できて安心したんだよ」
「ふふっ!変な提督さん!那珂ちゃんはぁ那珂ちゃんだよ〜?」
那珂ちゃんがさっきまでが嘘の様にうざいくらいのぶりっ子をかましてくる
「はぁ・・・・褒めて損した気分だわ」
「も〜何それ!」
「いつもここで一人で歌ってるのか?」
「うん!アイドルにはボイトレが大事だからね!この時間ならここだと誰もこないし静かだからここでこうやって歌の練習してるの!」
「そ、そうだったのか・・・結構熱心なんだな。いつも自分で勝手にアイドルだって言ってるだけだと思ってた」
「む〜それは那珂ちゃんには禁句だよ〜?でも・・・今のところはそうなんだよね」
那珂ちゃんは肩を落とす
「今のところ?どういう事だ?」
「ううん!なんでもないよ!キャハッ」
「なんだよそれ気になるなぁ」
「男の子なんだから細かい事気にしないの〜!あっ、そうそう!提督大淀ちゃんに呼ばれたんでしょ?」
「え、ああ・・・そうだけど・・・」
「ふっふっふ〜大淀ちゃんすっごく気合い入ってたもん!期待してもいいと思うよ〜?」
「気合い・・・?なんのだ?」
「それはお部屋に行ってからのお楽しみ〜!今日は提督が大淀ちゃんのこと貸してくれたおかげですっごくたのしいオフだったよ!ありがとね」
「あ、うん・・・楽しかったなら良かった。大淀もずっと休んでなかったしたまにはそういうのも必要だよな・・・おかげであいつが居ないとどれだけ大変かって身にしみてわかったよ」
「どういたしましてだよ提督!ところでこんなところで油売ってて大丈夫?」
那珂ちゃんに言われて持ってきた携帯を確認するともう10時55分が示されている
「やべえ!もうなんだかんだで約束の時間じゃないか」
「も〜提督ったら那珂ちゃんの歌に聞き惚れちゃうのは仕方ないけど約束は守らなきゃね〜それじゃあ頑張っていってらっしゃ〜い」
那珂ちゃんがこちらに手を振ってきた
「あ、ああ!それじゃあな!練習もいいけど明日に備えてちゃんと休むんだぞ!」
そう言い残して大淀の部屋へ向かおうとした時
「ちょっと待って」
急に那珂ちゃんに呼び止められた。
「なんだよ!?」
「那珂ちゃんの歌・・・聞いてくれて・・・それに褒めてくれてありがと・・・!この時間は毎日ここで歌ってるから気が向いたらまた聞きにきて欲しいの・・・なんちゃって」
「ああわかった!それじゃあな!」
那珂ちゃんとそんな約束を交わして俺は大淀の部屋へと急いだ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
なんとか大淀の部屋の前にたどり着き時間を確認すると10時59分。
なんとか間に合った・・・
俺は恐る恐るドアをノックすると
「は〜い!謙?」
「ああそうだ・・・約束通り来たぞ」
「うん!待ってたよ!鍵は開けてあるから早く入ってきて!!」
大淀の嬉しそうな声が部屋の中から聞こえたので俺は恐る恐るドアを開けた。
「・・・・た・・・たのもう・・・」
緊張からかそんな言葉が自然に口から溢れる。
大淀の部屋は以前にも一度入ったがあの時と比べてかわいらしいぬいぐるみがたくさん置かれていて可愛らしい内装だ。
ただ本棚にスプラッターホラー系のDVDが置かれていることを除いてはだけど・・・
「も〜道場破りじゃないんだから早く座って!」
大淀は床に敷かれているふわふわしたカーペットの上でちょこんと座って隣に座れと言わんばかりにカーペットをポンポンと叩いている。
ひとまず大淀の格好は心配していた愛宕さんがこの間着て居たような露出度の高い服ではなく可愛らしい女物の寝巻きだった。
はぁ・・・流石にあんな格好はしてなかったか。
俺はひとまずそのことに安心した反面少し残念な気分になった。
「・・・で、なんで俺を呼んだんだよ・・・?」
「言ったでしょ?久しぶりに遊ぶの!はいこれ」
大淀はそう言うとこちらにゲームのコントローラーを手渡してきた。
「そういや買ったって言ってたな」
「うん!またこうやって謙と一緒に部屋でゲームがしたくって」
大淀は目を輝かせている。
その顔はまるで以前の淀屋を見ているようだ。
「そ、そうか・・・・じゃあやるか」
「うん!私負けないから!」
大淀に言われるがまま俺は大淀と対戦を始めた。
そして追い詰められたもののなんとか俺が勝利を収めると
「あ〜まけちゃったぁ!もうちょっとだったのにぃ!!」
大淀がそう言ってこちらにもたれかかってくる。
な・・・なんというか距離が近い・・・!
こんな肩と肩が当たるような距離でゲームなんて昔はしてなかっただろ・・・!?
それになんだろう・・・今日の大淀いつもより綺麗・・・というか色っぽい気がするし髪からはすっげぇいい匂いもするし爪もなんかツヤツヤしてるし薄いピンク色してないか?
寝巻きなのにいつもよりめかしこんでるだろこいつ・・・・!!
大淀は男で俺の親友なのにそう思えば思うほどに彼を逆に異性として意識してしまいそうな自分がいる。
それに技が決まったりピンチになったりした時にいちいちいじけたり喜んだり今まで気づかなかっただけで昔からこんな感じの事してたような気もするけど今はすごく可愛く見えてしまう。
結局そのあとはゲームよりゲームをプレイする大淀のそんな姿が気になって全然ゲームに集中できずぼろ負けしてしまった。
「やったー!また私のかちぃ!」
「お、おう・・・」
「ふふ〜ん!私ひとりでずっと練習してたんだからこれくらい当然だよね!」
「そ、そうだな」
「も〜なんかノリ悪いよ謙・・・!あっ、そうだ!もうゲームも結構遊んだしこれ見ようよ!」
そう言うと大淀は棚からDVDを取り出した。
「えっ・・・」
「これ!THAT!最近リメイク版のDVDを今日ショッピングモールで見つけたから買っちゃったんだーずっと見たかったんだけどせっかくなら謙と一緒に見たいなって」
THATって土管からなんかやばそうなピエロが出てくるやつじゃん
ネットで少し前に流行ったような気もするけど元は結構怖い話らしいし・・・
「な、なあ・・・俺ホラーダメなの知ってるよな?」
「うん!でも私も怖くて・・・・だから一緒に見てくれない?お願い・・・!」
高校時代にもよくホラー映画を淀屋に見せられたなぁ・・・
やっぱりそういうところも含めて淀屋の芯までは変わっていないことを再確認して少し安心する。
そんなことすら懐かしくなるくらいには最近淀屋と映画見たりもしてなかったしちょっとくらいなら付き合ってやるか。
「あ、ああ・・・・少しだけなら・・・」
「ありがと謙!大好き」
「へぇっ!?」
その言葉で一瞬心臓が止まるかと思うくらいにどきっとしてしまった。
落ち着け・・・こいつは淀屋なんだぞ?
「ふふっ!そんなびっくりしなくても良いでしょ?これからもっとびっくりしなきゃいけないんだから・・・それじゃあ再生するね あっ、そうだ。電気消した方が良いよね?」
大淀は不敵な笑みを浮かべるとDVDをゲーム機に入れて再生ボタンを押したあと照明を消した。
それからしばらく映画を見る事になったのだが
土管から突然出てきたピエロが関わった人々をことごとく追い詰めていく様がそれが怖いのなんの・・・
「うわぁぁあぁぁぁ!!」
恐怖で身をこわばらせていると
「きゃー謙こわーい」
大淀は全然怖がってるようには聞こえないがそんなことを言って抱きついてきて身動きが取れなくなってしまい、恐怖とはまた違う感情が俺の鼓動をさらに早めていった。
「ひっ!!・・・・大淀!?」
画面の前では恐ろしい出来事、そして真横では一見美少女・・・?になった高校時代の男友達に抱きつかれるという世にも奇妙ななんとやらに勝るとも劣らない奇妙な状態に身を置かれている。
でもなんだろう・・・今の大淀凄く良い匂いもするしなんだか柔らかい・・・それにクーラーの効いた部屋だからか大淀の体温が直に伝わってきて暖かい・・・
もう少しこのまま大淀のことを感じていたい
目の前の映画が怖すぎてそんな大淀の温もりに逃避したいと思ってしまう。
ああでもダメだこんなの!これ以上大淀の事を受け入れていたら本当に淀屋が・・・親友が消えてしまいそうな気がしてそんなのは目の前のホラー映画なんかよりもずっと怖い
「ちょ・・・淀屋!なにしてんだよ離れろって!!」
思わず彼の名前を俺は口に出してしまう。
でも間違ってないんだから離れてくれよ・・・・!
俺とお前はこんな夜中にホラー映画を見ながらくんずほぐれつするような仲じゃなかったはずなんだぞ・・・・?
「もぉ〜今の私は大淀だよ?ちゃんと大淀って呼んでくれなきゃ離れてあげないから」
大淀はさらに腕でぎゅっと俺の体を締め付けてきて控えめだけど柔らかいものが俺の腕辺りに押し付けられていく
「はうっ・・・!」
な・・・・なんでこいつの胸こんな柔らかいんだよ!
一年くらい前までは平坦で固そうなただの胸板だったのに!!
淀屋の体が艦娘になって変わってしまった事をまた一つ身を持って痛感してしまう。
「お、大淀・・・離れろって・・・・」
俺はしぶしぶ今の"彼女"の名前を呼び直す
すると
「ねえ謙?もっと私の名前呼んで?」
「はぁ!?」
なんでそうなるんだ!
それにこれ以上今の大淀に深入りしすぎたらこいつが艦娘から元の淀屋に戻った時俺はどう接してやれば良いのかわからなくなっちまうだろ!
結局そのあとは映画が終わるまで大淀は抱きついたままだったし俺は言葉を一言も発することはなかった。
映画が終わって大淀は電気をつけたりDVDを片付けるためにやっと俺から離れてくれた。
「はぁ・・・・やっと終わった・・・」
俺は二重の意味で安堵の息を漏らす。
「はぁ・・・面白かった!それにしても謙は相変わらずこう言うのダメだね!」
そんな俺を見て大淀は嬉しそうにしている。
その言葉は以前からホラー映画を一緒に見せられる度に聞かされていた言葉だったが今日はなんだかいつもとは違うように感じてしまった。
俺はなんとかこの状態から脱しようと部屋をキョロキョロと見回し、壁にかけられていた時計が午前3時15分を指している事に気づく。
「もう3時か・・・」
「そうだね・・・もう明日もお仕事だし寝なくっちゃ」
「そ、そうか・・・それじゃあ俺はそろそろ帰るぞ?邪魔しちゃ悪いし・・・」
「え〜本当に帰れるの?もう消灯の時間とっくにすぎてるよ?」
大淀はニヤニヤとこちらを見つめてきた。
確かに夜電気も付いてない宿舎棟めちゃくちゃ怖いんだよな・・・
あんな怖い映画を見た後だからなおさら・・・
「べっ・・・別にホラー映画見たあとだから暗いのが怖いとかそんなこと思ってるわけ・・・・」
俺は虚勢を張ってドアを開けて見ると廊下に緑色の非常口を示す灯りと消火栓を示す赤い光が薄ぼんやりと見えるだけの暗闇が広がっている。
別にこわくねーし?
ここまで歩いてきた訳だし?
暗闇からピエロが襲いかかってくるとか思ってねーし・・・?
自分にそう言い聞かせて外に足を踏み出そうとしたその時
「わっ!」
「ひゃわぁっ!」
後ろから大きな声がして驚いた俺は情けない声を出してその場で尻餅をついてしまう
「あはっ!謙やっぱり怖いんじゃない」
大淀がこちらを見て笑っている。
悔しいが確かにすっげぇ怖い
「わ・・・悪いかよ・・・」
「やっぱり謙は怖いの相変わらずダメだよね。だから今日は一緒に寝ない?大丈夫朝はちゃんと私が起こしてあげるから!」
大淀は尻餅をつく俺に手を差し伸べてそう言った。
「いやいや大丈夫もなにも一緒に寝るなんて」
「いつも吹雪ちゃんと一緒に寝てるんでしょ?それなら私とだって一晩くらい一緒に寝てくれたっていいんじゃない?」
「その理屈はおかしいだろ!なんでそうなるんだよ・・・・」
「前は愛宕さんと一緒に寝たって言ってたよね?それなのに私とは寝てくれないの?」
「その言い方は語弊があるからやめろ!もう帰るからな!」
「でも外は暗いし怖いんでしょ?」
「確かにそうだけど別に何が出るてわけでもないし・・・」
「1日くらい良いでしょ?ね?謙と私の仲じゃない!それとも私と寝るの・・・嫌?」
大淀は寂しそうにこちらを見つめてきて大淀のいつもよりも艶のある唇や長いまつ毛に目がいってしまう。
なんで親友の事をそんな目で見てるのかと自分に問いただすもののやはり今日の大淀はいつになく綺麗で色っぽく見えるのだ。
そんな大淀にも逆らえず、外に出るのもなんだか怖いので
「しょ・・・しょうがないな・・・」
俺は大淀の手を取って立ち上がった。
「やったぁ!それじゃあ早く!一人用のベッドで狭いけどどうぞ?」
大淀はベッドに入ると掛け布団を持ち上げ俺を呼んだ。
もうこうたった以上は仕方ない・・・!
俺はただ親友と一緒に寝るだけ・・・俺はただ親友と一緒に寝るだけだから・・・
自分にそう言い聞かせてみるがそれはそれで相当やばい気がする。
「そ・・・それじゃあお邪魔します・・・」
「そんなに緊張しなくて良いでしょ?私と謙の仲じゃない」
「そ・・・そうだけどお前とこんな密着して一緒に寝たことなんて昔も今もなかったろ!?」
「ふふっ!そうね」
恐る恐る布団に入ると体が大淀に当たり、その度大淀の体温や大淀の体の硬さや柔らかさが服越しにこちらに伝わってくる。
そりゃこんな狭いベッドで二人で寝るんだから当たり前だろうけど体が触れ合う度に心臓の鼓動が早くなっていき、俺は思わず大淀に背中を向けた。
これ以上近くであいつを見てたらもうおかしくなってしまいそうだったからだ。
いや・・・親友にこんな感情を少しでも抱くなんてもうとっくにおかしくなってんのかな・・・
「ねえ謙こっち向いて?もっと私のこと・・・見て?」
大淀が背中を優しく撫でてくる。
「ひぅっ・・・!」
たまらずそんな息が漏れてしまった
「もう・・・なんで背中向けるの?謙の顔もっと近くで見てたいの・・・・謙はそんなに私の顔見たくないの?」
「い、いや別にそう言う訳じゃないんだけど・・・」
「・・・謙、最近私に冷たいよね?」
「・・・へっ!?」
「だって・・・吹雪ちゃんたちや金剛さんたち・・・それに愛宕さん達とだってお仕事の時以外も仲良くしてるのに私とはお仕事の時以外一緒に居てくれないじゃない」
「そ・・・・それは・・・・」
執務室で話したり時間を共にしたりしていて気づかなかったけど確かに思い返してみると大淀とは仕事が終わった後たまに一緒に飯を食うくらいでなにか話したりだとかはあまりしていないような・・・
「やっぱり私の事・・・気持ち悪いオカマだって思ってる?」
「そんな訳・・・ないだろ?お前は俺の大切な親友で・・・」
大淀はまだあの日の言葉を気にしているようだ。
きっと凄く傷ついたんだろうな・・・
罪悪感が俺の中でまた膨れ上がっていく。
「親友で・・・それだけ?」
「それだけじゃないけどさ・・・大切な存在だよ」
「具体的には・・・・?」
「ぐ・・・具体的にって言われても・・・」
本当はその答えを俺は持っているし今の大淀との関係を親友なんて言葉で片付けるにはあまりにも親密になりすぎた。
でも本当に大淀のことを愛してしまったら?
そうなってしまったら大淀は淀屋に戻れなくなってしまうかもしれない。
俺は約束したんだ。淀屋を元に戻すために提督として頑張っていくって!
でもそのためのゴールはまだ見えないし大淀が淀屋に戻れる日は本当に来るのだろうか・・・?
だからこそこれ以上大淀のことを好きになってしまったら・・・
「ごめん淀屋!今のお前も俺に取ってはかけがえのない大切な人・・・だけどやっぱり・・・これ以上お前のこと好きになっちまったらお前が淀屋に戻れなくなるような気がして怖いんだ・・・!俺とお前は親友で・・・・そんな親友だったお前を失いたくないんだ・・・約束しただろ?お前を元に戻してやるって!だから・・・」
俺がそこまで言いかけると
「ごめんね謙、そんなに私のこと考えてくれてたんだ・・・でもね?実は謙に嘘ついてたの」
大淀は遮るように言った。
「・・・嘘?」
「一度艦娘になったらもう二度と人には・・・普通の男の子には戻れないの」
「嘘・・・だろ?嘘だよな?」
「いいえ・・・嘘じゃないの・・・でもそれも私が選んだことだから」
そんな・・・俺の役に立ちたいなんていう理由だけで俺なんかのためにこいつは普通の男であることを捨ててまで艦娘になったってのか!?
そんなの俺が淀屋の人生を奪ってしまったって事じゃないか
きっといつかまた男同士笑って話せる日が来るってそう思ってたのに・・・
俺のせいでそんなことすらもうできなくなっていたなんて・・・
「そ・・・そんな・・・俺のせいで・・・」
「謙のせいじゃないよ。私がただこうしたかっただけ・・・」
「でも俺なんかのために二度と戻れないって知っててこんな事を!?」
「うん・・・最初から全部知ってた。それでも私は謙の役に立ちたかったし謙のそばに居たかったの」
「そんな・・・じゃああの時の約束はなんだったんだよ・・・」
「ごめんね・・・いずれちゃんと話そうと思ってたの・・・でも艦娘になってからどんどん謙の事を親友としてじゃなくて一人の男の子として好きになっちゃって・・・嘘だっていつの間にか言えなくなってもう後戻りできないところまで来ちゃったみたい」
「大淀・・・」
「だけどこの間今の私のことも昔の私のこともどっちもひっくるめて受け入れてくれるって言ってくれて・・・凄く嬉しかった。その時謙言ったよね?自分に正直にいて欲しいって」
「あ、ああ・・・」
確かにこの間俺は大淀のことを受け入れた。
でもそれは大淀の中にしっかり淀屋を感じることができたからだし秘書艦としても男友達としても・・・そして・・・・好きな人としても全部含めたこいつのことを大切に思っていたはずだった。
でもそれがどれだけ大変なことか今気付いてしまった。
いいや本当はもっと前から気付いてたのかもしれない。
これ以上大淀としてのあいつに心を許したら以前の親友になんか戻れないって事に
その事に目を瞑って俺は大淀も淀屋も大切だなんて無責任なことを言ってしまっていたんだ。
「だから言うね?私、謙の親友としてでも艦娘の大淀としてでもなく恋人として謙の事・・・好きになっちゃダメかな?身体は男の時のままだけど・・・もう艦娘になって心は男の子じゃいられなくなっちゃった・・・だから言うね?私は謙の事が好き・・・もっと謙と一緒に同じ時間を重ねてもっと謙を知りたいよ・・・だから私を・・・前までの謙の親友の淀屋大としてじゃなくもっとあなたにとっての特別な人にしてくれませんか?」
背中から聞こえて来る大淀の声は震えていた。
もうどっちつかずじゃ居られない。
あの日からずっと逃げて来た選択をする時が来たんだ。
「お、大淀・・・俺もお前のことが好きだ・・・もう愛してるって言葉くらいしか出てこないくらいに・・・」
「謙・・・・ありがと・・・それならこっち向いて?」
「あ、ああ・・・」
大淀に言われるがまま俺は大淀の方に寝返りを打つとその先にはもちろん大淀の顔があるのだがやはりいつもよりまつげもなんか長いし唇も綺麗だし・・・
「な、なあ大淀・・・?」
「ん?なぁに謙?」
「お前化粧してるのか・・・?」
「お化粧なんてここ最近は毎日してるよ!気づかなかったの?って言ってもでも薄くだけど・・・謙は鈍感だからそんなことも気づいてくれてないんだ」
「ご、ごめん・・・・」
「これでも少しは謙の秘書艦として恥ずかしくないように綺麗な大淀で居ようって頑張ってるんだよ?髪だって長くてお手入れ大変なんだから・・・それに今日は特別。那珂ちゃんに化粧品教えてもらっていつもと少し方法も変えてみたの。少しはいつもより可愛い女の子に見える・・・かな?」
大淀の頬が少し赤くなっているのがわかった。
大淀なりに可愛く見られるように努力したんだろう。
俺に思いを伝えるために。
「ああ。いつにも増して綺麗だ・・・と思う」
「もう!思うって何!私いじけちゃうよ?」
「ご、ごめん・・・」
「謙さっきから謝ってばっかりじゃない!それじゃああの時してくれた事してくれたら許してあげる」
大淀はそう言うと目をつぶって唇を尖らせた。
あの時した事って・・・キスだよな・・・
そんな親友とキスするなんて・・・と思う自分も居たが大淀は俺のために艦娘道を選んでこうやって目の前にいる。
そんな彼女が凄く愛おしく思えるし俺もそんな彼女に答えてやりたい。
俺はゆっくりと大淀と唇を重ねた。
「んっ・・・・はむぅっ・・・・」
大淀から甘い息が漏れ出して来る。
そのまましばらく俺は唇と唇が合わさる感覚を味わっていた。
「はぁっ・・・♡この間より長くキス・・・しちゃったね」
「ああ・・・」
「謙、さっきこれ以上大淀の事を好きになったらそれ以前の私が消えちゃうんじゃないかって言ったよね?」
「あ、ああ・・・」
「確かに今の私は前までの私からは凄く変わったって思う。でもその思い出も・・・謙を大切に思う気持ちも好きなものもぜーんぶ変わらないから!だからそんな事気にしないでこれからも一緒に昔と変わらず一緒に話して笑いあったりゲームしたり映画見たりしようね」
大淀はにっこりと微笑む。
その笑顔には確かに彼の面影を感じた。
彼がどれだけ変わってしまっても俺が大淀になった彼を好きになってもしっかり以前の彼は変わらずに居る。
そんな親友を異性として受け入れて唇を重ねてしまったが嫌悪感は一切なく、ただ今までの事に白黒がついて雲が晴れたような爽やかな気分だった。
「大淀・・・」
「ん?なあに・・・?」
彼女を恋人として受け入れて・・・それに同じベッドの中でキスまでしたらそのあとする事といえば・・・もうあれしかないよな・・・・
でも男同士でする方法なんか女とするやり方だってしらないのにどうすりゃいいんだ?
こう言う時は俺がリードしてやったほうがいいのか?
いやまずリードってなんだよ・・・・
ああもうダメだ!天井のシミを一緒に数えようぜ!なんて適当な事言ってみるか
「な、なあ・・・てっ天井のさ・・・・シミをさ・・・」
「ん?天井がどうしたの?」
「あっ、いやその・・・俺とその・・・・」
「あっ、ごめんなさい寝る前にお化粧落とさないとお肌荒れちゃうかも・・・ちょっとお化粧落としてくるね」
大淀はベッドから降りて一人洗面所へ向かってしまった。
はぁ・・・・やっぱ俺と大淀にキスより先のステージはまだ早いか・・・
俺は少し残念に思った反面凄く安心した。
「おまたせ・・・あんまりお化粧してないところ見られたくないんだけど・・・」
それからしばらくして化粧を落とした大淀が証明を消した後戻って来た。
枕元にあったライトをつけて大淀の教条を伺うがその顔は化粧を落としても以前の淀屋のものとは違いどこか色っぽさや愛らしさを感じた。
「今のお前は別にそんな化粧しなくたって十分可愛いよ」
「謙・・・いつからそんな気の利いた事言えるようになったの!?」
「べっ・・・別に気を利かせたわけじゃなくて本心だっての!」
「ほんとに〜?」
「ほんとだって」
「そっか・・・じゃあ寝よっかおやすみ。明日からも私のこと不束者だけどよろしくね?」
「不束者って・・・まだまだ気が早すぎやしないか?」
「も〜さっきの気の利いた事言えるってところ撤回するよ!?」
「あはははは悪い悪い!それじゃあまた明日な!」
「も〜そうやってすぐに誤魔化すのもずっと変わらないんだから」
「そうか?お前もそうやってすぐへそ曲げるところは相変わらずだな」
「なんですって〜?ふふっ!でも私たち心と関係が変わってもやっぱり変わらないのかもしれないね」
「ああ。そうかもな」
彼女との関係は以前とは大きく変わったけどやっぱり関係が変わっただけで彼女の芯は以前と変わりない。
なんだかそんな彼女を今まで些細な懸念で距離を置いて居た事がバカバカしくなって少し笑みがこぼれてしまった。
「それじゃあライト消すね?おやすみ」
「ああおやすみ」
大淀が枕元のライトを消し、そのまま俺は彼女の温もりを肌身で感じながら狭い布団で眠りにつく。
その狭さと彼女の暖かさがが不思議と心地よかった。