ノンケ提督が艦シーメール鎮守府に着任しました。   作:ゔぁいらす

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××鎮守府サマーバケーション(中編)(後編)の間に起きた天津風視点のサイドストーリー的なものです


【side天津風】波間で揺れる身体と心

 天津風は唐変木な提督に腹を立てていた。

「ああもう細かいことはいいわ!それじゃあ私これで優雅に海を楽しんで来るから・・・ふんっ!そんな女の子の扱いもわからないあなたとなんか遊んであげない」

天津風はそう吐き捨ててエアーマットを担いで提督の元を離れる。

そして波打ち際にたどり着いた天津風はエアーマットを海に浮かべて砂浜に波で押し返されないくらいの手頃な場所まで運んでその上に仰向けで寝そべった。

「はぁ・・・お兄さんのばか・・・なんで水着可愛いって言ってくれなかったの」

眩しい日差しが照りつける青い空に向けてポツリと呟くが波と蝉の声でかき消される。

(なんで僕水着のこと何も言われなかっただけでこんなにむしゃくしゃしちゃったんだろ・・・)

天津風は提督に水着を褒めてもらえなかった事に腹を立てていたのだ。

「べ、別に私男の子だしこんな水着似合ってるって言われたって全然嬉しくないんだから・・・それなのに・・・なんでこんなに悔しいの?やっぱり似合ってなかったのかしら・・・」

天津風は水着の紐を弄りながら波に揺られていると

「なるほど。司令官様が天津風の水着について何も言ってこなかったから不貞腐れていたのですね」

そんな声が天津風の脳天の方から聞こえてきた。

「きゃぁ!」

天津風は驚きのあまり思わず飛び上がってエアーマットから落ちてしまう

「ごぼっ!ごぼぼぼぼぼぼ!!ダメっ!僕っ!泳げな・・・・おぼっ!!!助けっ・・・おぶっ・・おにいさ・・・!!私っ・・・死んじゃ・・・・!!」

天津風はパニックになり溺れてしまった

(ああ・・・こんな事ならお兄さんについてくべきだった・・・お兄さんごめん・・・長峰さんも約束守れなくてごめんなさい・・・)

天津風は後悔しながら瞳を閉じる。すると

「あらあら・・・ここまだ足つきますよ天津風」

全てを諦めた天津風にそんな声が聞こえた。

「へっ・・・!?」

天津風はその声の通り足をつけてみるとしっかりと足はついた。

そこはまだ胸の下あたりまでが浸かるほどの深さの場所だ。

「けほっ!げほっ!!!はぁ・・・死ぬかと思った」

「大丈夫ですか?」

天津風は声の聞こえる方に振り返ってみるとその先で春風が笑っていた。

「ふふっ!器用に溺れられるのですね天津風。やはり追いかけてきて正解でした」

「は・・・春風!?も、もしかしてさっきの声って・・・・」

「もしかしなくてもわたくし以外に居ないのではありませんか?」

「それじゃあさっきの私の独り言も・・・・」

「もちろん聞いていましたよ」

自らの醜態を見られた天津風の顔が一気にかぁっと赤く染まった。

「バカバカバカ!!今すぐ全部忘れなさい!本当になんでもないの!ただ1人で海に浮かんでたい気分だっただけなの!」

天津風は必死にさっきまでのことを誤魔化そうとするが春風は全く意に介す様子はない。

「そ、そんなに慌てないでください天津風。別に誰かに話したりはしませんから」

「それでも忘れて!あんなの聞かれてた上にあんなところ見られてたなんて恥ずかしくて死にそうだわ!」

「死にそうって・・・さっきまで溺れて死にそうだったのはどこの誰でした?」

「うう・・・・!やっぱりからかう気満々じゃない!」

「いいえ。わたくしはただ天津風を放っておけないだけです。それにしても天津風が泳げないなんて意外でした「天津風の意外な一面を知れてわたくし嬉しいです。それに水着のことで拗ねて無理して1人でこんなところまで来るところもとってもかわいらしくて・・・・・」

「ああもうそれ以上は恥ずかしいから言わないで!」

天津風は春風の話を遮る。

「で、なんであんたはこっちまで来たの?あたしを笑いに来たのならさっさとお兄さ・・・提督のところに行け?」

「いいえ。わたくしはただ天津風を1人にしておけなくって。それにあなたと一緒に居た方が面白そうでしたから」

春風は笑顔でそう答えた

「そ、そんなあたしと一緒にいたって何も面白くなんか・・・・」

「いえ。十分さっきのことだけでも面白かったので何も問題はありませんよ」

「うう・・・あんたって結構性格悪いわよね」

「いえ。それほどでも」

「褒めてないわよ!・・・・でも今更提督の所に行くのも恥ずかしいし・・・一緒にいてあげてもいいけど?」

「本当に素直じゃありませんね。でも天津風のそういうへそ曲がりな所嫌いではないですよ」

「何それ褒めてるのかバカにしてるのかわからないんだけど」

「褒めているんですよ。天津風が司令官様に素直になれないところを見ているとなんだかとっても楽しくってずっと見ていたくなるんです!」

「はぁ・・・やっぱ性格悪いわあんた・・・」

「それはいいとしてあのエアーマットあんなに流されていますが放ってほいてもよろしいのですか?」

春風が沖の方にゆっくり流されていくエアーマットを指差す

「あー!あれがないとあたし泳げないし・・・でも取りに行くにも泳げないし・・・・」

「少し待っていてください天津風」

慌てる天津風を見た春風は綺麗なフォームのクロールでいとも簡単にエアーマットに追いつきそれを持って戻ってきた。

「ふぅ・・・!泳ぐのは久しぶりですがやはり気持ちのいいものですね!」

「あ・・・あんた・・・・なんでそんな泳ぐの上手いのよ!!」

「はい。実家にプールがありまして。そこでよく水泳の練習をしていたのです。あれくらいならば朝飯前ですよ」

「唐突な実家が金持ちアピールやめてくれないかしら」

「事実ですから」

「はぁ・・・なんかムカつくわね」

「それでは天津風。折角ですから2人でそれに乗りませんか?また落ちてもわたくしがいれば安心でしょう?」

「え、ええ。大人用のだから2人でもちゃんと乗れるとは思うけど・・・」

(本当はお兄さんと一緒に乗って遊びたかったんだけどまあいっか)

少し浅いところに戻り2人はエアーマットの上に恐る恐る乗った。

「おっとっと・・・・少しバランスは悪くなったけどこれなら問題なさそうね。艦娘になったおかげでバランス感覚は昔よりよくなってる気もするし・・・」

「その割には少し声をかけただけで転覆していましたけど本当に大丈夫なのですか?」

「あーもう!それは言わないでって言ってるじゃない」

「うふふっ!天津風は恥ずかしがっている時が一番可愛いですからね」

また春風は意地が悪そうに笑ってみせる

「はぁ・・・もういいわよ」

天津風も呆れたのか一つため息をついた

そして2人がしばらくエアーマットの上で波に揺られていると

「・・・なんだかこうしているとわたくしたち2人で漂流している様ですね」

春風が天津風の方を向いて突然話を切り出した。

「急に縁起でもないこと言わないでよ!」

「でももしわたくしと天津風がふたりっきりでどこかの無人島に漂着したらどうしますか?そういうシチュエーションを漫画で読んだことがあるのですが」

「はぁ!?なにそれ」

「男女のカップルの場合だとつりばし効果・・・?というものがあって無人島でのアダムとイヴになるとかならないとか・・・・でもわたくしたち2人だとどうなるのでしょうね?アダムとアダム?それともイヴとイヴでしょうか?」

「・・・・つりばし?あだむ・・・・?いぶ・・・?」

(なんで無人島に吊り橋があるのよ・・・それに誰よそのあだむとかなんとかって)

天津風は春風の言ったことがさっぱりわからず首をかしげる

「ああいえこちらの話です。あの・・・天津風?この間も言いましたがわたくしもっと男らしくなりたいのです。もっと強い男になればお父様もわたくしの事をちゃんと男性として見てくださると思うのです。」

「え、ええ。」

「でもわたくし・・・艦娘になってから自分が本当はどちらになりたいのかわからなくなって来ていて・・・わたくしは男のまま・・・いえ普通の男の子の様に生活をしたい。今でもそう思っています。でも心のどこかで艦娘として・・・・女性として生きていきたいという気持ちも日に日に大きくなってきていて・・・・」

(僕と同じだ・・・春風もきっと僕と同じ様に男の子と女の子の間で戸惑ってるんだ・・・)

「あ、あたし・・・いや僕も同じ様な事考えてた」

天津風の口から出た僕と言う言葉に春風は目を丸くする。

「天津風!?今僕と言いました?」

「う、うん・・・僕だって元はただの男だし一応これが元の口調だけど・・・・でも最近女の子の口調で話す方が楽になって来てるしもっと可愛くなりたい。おにいさ・・・提督の側にもっと居たいってちょっとずつ心も体も女の子みたいになって行く今の自分が怖いよ。男としての僕の気持ちももずっと消えなくって・・僕も春風と一緒で自分でもどうしたらいいかわからないんだ」

「そうだったのですか・・・わたくしは生まれた頃から女性として育てられて来たので殿方の口調なんて話したこともなく一度試しにそんな口調でお父様と話してみたら女性がそんな言葉遣いをするんじゃないとすごい剣幕で怒られたことがあって・・・それっきり怖くて殿方の口調では話せなくなってしまったんです。男らしくなりたいと言っておきながら変ですよね」

春風はそう言うとどこか寂しそうに笑ってみせた。

「そうだ・・・春風になら僕が艦娘になった理由教えてもいい・・・けど?」

「えっ、いいのですか・・・?あれほど話したくないと言っていたのに」

「うん・・・同じ悩みを抱える同じ男の艦娘として・・・それに友達として春風には聞いてほしくて」

「はい・・・天津風がそのつもりなら謹んで聞かせていただきます」

天津風は春風に自分の今までのことを話した。

両親が深海棲艦の攻撃で亡くしたこと。

そのことを知らせに来て泣いて謝り続けた長門という艦娘のこと。

その時から深海棲艦への復讐を誓って艦娘になりたいと心に誓ったこと。

天涯孤独になった天津風を保護者として引き取ってこの町で暮らそうと言ってくれた長峰と奥田のこと。

ある日出会った幸が薄くて頼りのなさそうな××鎮守府の新しい提督だと名乗る青年のこと。

そんな彼に出会って自分の本当にしたいことを考え時始めたこと。

でもその頃には自分が艦娘になることが決まってしまっていて後戻りができない状態だったこと。

またこの町に艦娘として戻って来たこと。

そして長峰と奥田の正体の事を

「そんなことがあったんですか・・・」

「ええ。でも最近は僕・・・こうして鎮守府で春風や提督達と一緒に過ごすのも悪くないなって最近思える様になって来て・・・だから今更男の子に戻りたいなんて言ったらバチが当たっちゃいそうで・・・それにもう自分の選んだ道に後悔したくないし提督は艦娘としての務めを終えた後何がしたいか艦娘やりながら考えろって言ってくれた。だから今はそうしようって艦娘でいる間はちゃんと天津風で居ようかなって思って・・・でもいつか本当に男の子の僕が完全に消えてなくなっちゃったら思うと急に怖くなっちゃって・・・そう思うと提督ともどうやって付き合っていいかわからなくて・・・ごめんね。男の子だった時の僕の話聞いてくれて。今はもう女の子の口調の方が楽になってきてるけど改まって春風と話すにはこっちの方がいいかなって・・・」

「男でいるというのは結構大変なのですね」

「何?やっぱり男らしくなるの嫌になった?」

「いいえ。わたくし天津風と約束しましたから。わたくしと天津風のどちらが早く目標を達成できるか競争すると!そう簡単に自分から勝負を降りてたまるものですか!」

「そんなこともあったね・・・結局僕はまだやりたいこと見つかってないけど・・・」

「ところで天津風は司令官様に異性として見られたいのですか?」

「ふぇっ!?」

「先ほどあんなに水着を褒めてもらえないと拗ねていたではありませんか。つまり司令官様に女性として見られたいと思っていたということでは無いのですか?」

「そそそそそんな・・・・ぼ・・・あたしは男の子で・・・せっかく勇気出して女物の水着着たのに反応が冷ややかだったからムカついただけだし・・・!」

「うふふふっ!やっといつもの天津風に戻りましたね!はいはい天津風がそう言うなら今回はそう言うことにしておいて差し上げます」

「もー何よそれ・・・やっぱり男の子の口調よりこっちの方が喋りやすいわ・・・・・また男の子から一歩遠のいた気がする・・・」

「天津風、どちらかを否定するのではなく男としての悩みも女としての悩みも両方と向き合ってみてはどうでしょう?」

「両方・・・?」

「わたくしだって男らしく居たいと思いながらもここまで女性としての生活が板についてしまっていますがそれを怖いと思ったことはありません。今のあなたはどちらでも有りたい。でもどちらかでしかいてはいけないと思っていませんか?」

「で・・・でも男の子なのにこんな喋り方変だし・・・身体だってもう前のあたしとは全然違う。これで男の子だって言い張るのもおかしくない?」

「確かにわたくしも以前ならばそう思ったかもしれませんが艦娘として生活しているうちに自分の境遇のおかげで比べいささか楽に女性としての生活ができていることに気づいたんです。しかし今のあなたの考え方では結局どっちつかずで以前のあなたと今のあなたの両方を否定してしまう考え方だと思うのです。それってとても寂しくありませんか?」

「そ、そうだけど・・・」

「ですから無理をして以前の口調で話さなくとも今は自然体でいいのではないでしょうか?お互い今はこの波間に漂うエアーマットのようにあてもなく男と女の間を漂うのも面白いかもしれませんしいずれ行き着くところも見えてくるかもしれませんよ?」

「そ、そうかな・・・そう・・・よね!」

「天津風と悩みの共有ができてよかったです。これからも改めてよろしくお願いしますね天津風!」

「え、ええ。こちらこそよろしくお願いするわね!」

2人はそのままエアーマットの上で見つめ合いたわいもない会話をした。

それからしばらくして

「ん・・・?司令官様たちどうやら一旦浜に上がるみたいですよ?わたくしたちも行ってみませんか?」

春風は遠くを指さすと提督たちが波間に向かって歩いているのが見えた。

「あんた目いいのね なんだか意地張ってるのもバカバカしくなってきちゃった あたしたちも行きましょうか」

「それでは浜まで戻るのにバタ足くらいはできますよね?」

「えっ・・・?それくらいなら・・・」

2人は足だけ海につけ精一杯バタ足をして浜辺を目指す

しかしいくら2人でバタ足をしても全く岸に近く様子はない

「・・・おかしいわね・・・全然岸まで戻れないんだけど」

「それどころか更に離れた気がしますね・・・・」

「・・・もしかして」

「いえもしかしなくともこれはプチ遭難ではないでしょうか・・・」

春風の顔から血の気が引く

「そ・・・遭難!?そんなわけ・・・・・とにかくあたしたちに気づいてもらいましょう!おーい!!おーい!!!」

天津風は砂浜に向かって叫んで見るものの波の音にかき消されるのか全く気づかれる様子はない

「ど・・どうしましょう・・・わたくし喉が乾いてきました」

(・・・このままじゃ流される前に2人とも干からびちゃう・・・これも僕があんな事で怒ってお兄さんから離れたから・・・それに春風まで巻き込んじゃうなんて・・・バチが当たっちゃったのかな)

天津風は自責の念に駆られた

(と・・・とにかく春風を安心させなきゃ・・・それにせめて春風だけでも助けなきゃ)

「だ・・・大丈夫よ・・・きっとお兄さ・・・提督たちが助けてくれるから・・・」

天津風は春風に声をかけて岸を見つめて提督を信じて待つことにした。


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