ノンケ提督が艦シーメール鎮守府に着任しました。 作:ゔぁいらす
夢を見ていた。
またあの夢だ。
身体の自由が利かずに何処までも深くへ沈んで行くような夢。
いやこれは夢じゃないのかもしれない。俺は本当にあのまま死んでしまったのかもしれない。
そのまま俺の意識も深く深くへと落ちて行った。
ああ・・・これでもう俺は目覚める事はないのだろう。そんな事を考えると少し怖くなった。
そんな恐怖をかき消す様に額に冷たい感覚を覚え俺はそんな暗闇から引きずり出された。
俺の身体を柔らかい物が包む感触がする。どうやら俺は布団で寝ていたようだ。しかし何処で?自分の部屋の布団の感触とは全く違う。そして雨音が聞こえ俺の鼻には木の湿ったような匂いが入ってくる。ここは一体何処だろう?
俺は恐る恐る重い瞼を開けるが視界がぼやけてまだはっきりとしないが辺りを行灯のようなものが辺りをうっすらと照らしていた。
「ここ・・・は・・・?」
俺はそう言葉を発すと
「おや?目が覚めたのですか?」
何処からか聞き覚えのある優しい声がする。この声は吹雪?いや似ているがどこか吹雪の声よりも落ち着きのある声だ。俺はその声の方に目を向けると。そこにはぼやけた俺の視界には着物を着た青白い髪の女性が立っている。
誰だ?もしかしてここは死後の世界だったりするんだろうか?別にそう言った物を信じている訳ではないのだがこんな幻想的な女性が目の前に居るとここは俺が居た世界ではないのではないかとさえ錯覚させる。
そして俺は思わず
「幽霊・・・?」
やはり俺は死んでしまったのか?すると
「だっ・・・誰が幽霊!?っと・・・失礼しました」
声の主は少し怒った様に言ったがすぐに声の調子を元に戻した。幽霊じゃないのか・・・それならなんだろうこの柔らかい包容力のありそうな感じ・・・視界がくっきりして行く度にその美しい青白い髪に柔和な表情や気品のある立ち居がじわじわと見て取れた。これを形容するならば・・・・
「じゃあ女神・・・?」
と俺は口から洩した。こんな恥ずかしい言葉普通なら吐かないだろう。しかしここが元居た自分の世界でないのならあながちそうだとも思える。
すると
「ふふっ・・・女神だなんて。私は男ですよ」
その声の主はそう言って笑った。
俺は驚きの余り目を擦る。やはり腕を動かす度に痛みが俺の身体を走った。どうやら俺は死んでいないようだ。
そしてやっと俺の視界がはっきりしてその声の主の顔をしっかりと見る事が出来た。
その顔は中性的と言うより女顔でさらに長髪を揺らしており声もどことなく吹雪に似ていたので彼が男だと言わなければやはり女性だと錯覚してしまうような容姿をしている。いやまあ吹雪も男なんだけど。しかしそんな事より気になる事があった俺は
「あの・・・俺は・・・どうなって・・・」
今自分がおかれている状況について彼に尋ねた。
「私が山菜採りをしに山出てていたらあなたが倒れていたんです。酷く傷だらけだったのでここまで連れて来て介抱したんですよ。今日はここでゆっくりなさってくださいね」
彼は俺に笑いかけた。しかしその声はやはりどことなく吹雪に似ている。吹雪・・・・?そうだ!あいつ俺が急に居なくなって心配してるかもしれない。それに早く帰って金剛と大淀に謝らないと・・・・でも俺にあそこへ帰る資格なんてあるんだろうか?
そんなどうしようもない感情が俺をひとまず立ち上がらせようと動かす。しかし
「いってぇ!!」
身体に激痛が走りまた布団の上へ倒れ込んでしまった
「あっ、急に動いてはダメですよ。幸い骨折はしていない様ですが身体中擦り切ずに切り傷それに打撲だらけなんですから。でもそれだけ元気なら明日にはお帰りになれそうですね。私では応急処置が限界です。本当は病院に連れていって差し上げたかったのですがあいにく外は大雨で・・・・ごめんなさい」
彼は俺の額から落ちた濡れタオルをまた額に乗せ、ー身体を優しく摩ってくれた。
「す・・・すみません」
「それよりあなたは何故あんな所で倒れていたのですか?」
彼は俺にそう質問をした。どう答えていいのかもわからず
「逃げたんです・・・自分が置かれた状況から。それでただそこを離れよう離れようと必死で走ってたら坂で転んでそのまま気を失って・・・」
「そうですか・・・・深くは聞きません。でもきっと辛かったのでしょう?あなたずっとうなされていましたから。そうだ。大した物はお出し出来ませんが今日採った山菜のお粥を作っているんです?よろしければお食べになりませんか?」
彼は言った。たしかに昼寝をしていたし夕飯も食べていなかったのでとても空腹だ。
「はい。お願いします」
俺は2つ返事で頷く
「わかりました。それでは用意をしますから少し待っていてください」
そう言うと彼は部屋の外へと出て行ってしまった。
しかしここは何処なのだろう?彼の言う事には別に俺は死んでも居ない様だし・・・それに外は大雨・・・鎮守府のみんなにとてつもない迷惑をかけてしまって居るに違いない。せめて連絡が取れれば良いんだけど何も保たずに走って来てしまったので携帯電話すら持ち合わせていない。きっと今頃鎮守府では金剛辺りが俺の言った事を他の人に言いふらして俺が最低な奴だって事になってるに違いない。そう考えると帰るに帰れない。でも淀屋の悲しそうな顔も忘れられずそれが俺の胸をきりきりと締め付けてくる。
「なんであそこで逃げちゃったんだろ・・・俺」
自分の行いに対する後悔がどんどんと大きくなっていく。すると
「お待たせしました。お粗末な物ですが召し上がってください。あっ、そうだ起き上がるの大変ですよね。手お貸ししますよ」
彼は枕元に置いてあった小さな机に鍋を置き、俺の額から濡れたタオルを取り俺に手を差し伸べた。その手はとても綺麗で真っ白な手だった。
「綺麗な・・・手ですね」
俺はぽつりと呟く
「ふふっ。男の手を褒めたって何も出ませんよ。ささ。冷めないうちに召し上がってください」
俺は彼の手を取り痛む身体を持ち上げ起き上がった。
そして用意してもらった山菜粥に手をつける
「いただきます」
山菜粥を口の中に入れるとほんのりした塩味と山菜の風味が広がる。正直腕を動かすだけでもズキズキするがそんな事がどうでも良くなる美味しさだった。
「美味しい・・・です」
「お口に合った様で良かったです。お茶もありますよ」
彼は嬉しそうに暖かいお茶を机に置いた。
しかし彼は一体何者でここは何処なのだろう?
「あの・・・・」
俺は彼に尋ねてみる事にした
「はい?なんでしょうか?お茶冷たい方が良かったですか?」
彼はそう答える
「いえ。そう言う事ではないんですけど・・・あなたは一体誰なんですか?それにここは一体自分は大和田謙っていうんですけど・・・」
「私は稲叢雲人【イナムラ・ユクト】って言います。ここは××神社の前の小屋で私はこの××神社の神主をしているんです。と言っても押し付けられたと言った方が正しいんですけどね」
雲人と名乗った彼はそう言って笑った。この辺り神社なんかあったんだな知らなかった。
「それにしても舗装されていない山道の方を通ってこの辺りまで来るなんて・・・私でも滅多にやりませんよ」
雲人さんの言う事には俺は山の上にあるこの神社の参拝ルートとは真逆の道も何も無い山道を歩いて来ていたらしい。
「それで、謙さんはどこからいらっしゃったんですか?」
とうとう雲人さんは核心を突いて来た。しかし提督が鎮守府から逃げ出して来たなんて言う訳にもいかないので
「あの・・・・××町のほうから・・・最近越して来たんです」
俺はそう言葉を濁した。
「そうでしたか。ここの神社は秋のお祭りの時だけは賑やかになるんです。よろしかったら是非来てくださいね」
雲人さんは言った。
「ところで謙さん、いやな事から逃げて来たと仰っていましたけど、もし差し支えがなければお話聞かせてくれませんか?少しでも力になれるかもしれません」
俺はそんな雲人さんの言葉や柔らかな物腰に自然と口を開いていた。その物腰はどこかおおとりの女将さんのような面影を感じる。
俺は詳しくは話さなかったが友達や職場の仲間にとても酷い事を言ってしまって辛いのは向こうの筈なのに自分がその場から逃げ出してしまって自暴自棄になってしまった事を話した。
「そうでしたか・・・でも悪いと思っているのなら素直に謝るのが一番ではないですか?」
「そ・・・それはそうですけど・・・」
俺は目を逸らす
「私も昔素直になれなかったせいでとても後悔をした事があるんです。なんでもっと素直になれなかったんだろうとかもう少しいい方法があったんじゃないかとか今でも思う時があるんです。だからそのお友達や職場の方にもしっかりと自分の気持ちを伝えればどうでしょうか?それが例え相手に受け入れられても受け入れられなくても少しは気分が楽になる筈です。それからどうなるかなんて事はそれから考えればいいんですよ」
雲人さんは言った
「で・・・でも・・・・もう俺にそいつと会う資格なんか無いというか・・・・話すのが怖いと言うか・・・」
俺はやはり尻込みをする。できることならずっとこのままここでけが人として寝ていたい。でもそれはいけないって事くらいわかっている。今すぐにでも金剛や淀屋それに急に居なくなってしまった事を鎮守府の皆に謝らなくてはならない。しかし俺はそれが怖くて出来ずに居る
「でもそれじゃあ謙さんずっと後悔しますよ?」
雲人さんは困った顔をした
「でも・・・・だってそれは・・・」
俺は必死で言い訳を考えた。しかしもう結論は出ているそれから遠ざかる為の言い訳なんてもうこれ以上思いつかなかった。そのまま俺が言葉を濁していると
「ああもうまどろっこしい!!!」
雲人さんが突然人が変わった様に俺を怒鳴りつけた
「へっ・・・?」
俺は呆気にとられる。なんかこんな事前にもあったような・・・
「アンタそんな情けない事で良いと思ってんの!?あんた男として小さ過ぎ!!!酸素魚雷くらわせ・・・・・」
そう言って雲人さんは俺の胸ぐらを掴んだ。
「はっ・・・はいぃい!ごめんなさいごめんなさい!!!」
突然の事に驚く俺を見てふと我に返ったのか
「・・・あっごめんなさい少し乱暴な言葉が出てしまって・・・・でも謙さんここでまた逃げたらあなただけじゃなくてそのお友達の傷もそのままなんですよ?心の傷はあなたのケガと違ってそう簡単には治らないんです。だから本当に心から申し訳ないと思っているのならあなたがあなたの言葉で少しでもその傷を楽にしてあげようとは思いませんか?きっと今もそのお友達はあなたに言われた事に傷ついて悲しんでいます。もうその場から逃げてしまった事実を変える事は出来ません。でもこれからそのお友達との関係がどうなるかは今からでも変える事が出来る筈です。あなたがそう思っているのならそのお友達にもきっとその気持ちは伝わる筈ですから・・・」
雲人さんは少し恥ずかしそうに言った
怒鳴られて少し驚いたが確かにそうだ。このままじゃいけない。雲人さんは俺の背中を強引に押してくれたのかもしれない。
「わかりました。そうですよね・・・・やっぱり早く戻って自分の今の気持ちを友達に伝えます」
俺は雲人さんに言った
「でも今日はもう遅いのでお休みになってください。こんな暗がりを傷だらけのまま返す訳にもいきません。ごめんなさいね怒鳴ってしまって・・・そうだ。私が居たら気になって寝れませんよね。それでは私は出て行くのでゆっくりお休みになってください。おやすみなさい。謙さん。また何かあったら呼んでください」
「はい。おやすみなさい。雲人さん・・・色々ありがとうございます」
俺がそう言うと
「いえいえ気にしないでください。私が勝手にやった事ですから」
そう言って少し笑うと雲人さんは部屋から出て行った。
不思議な人だなぁ・・・
そのまま取り残された部屋でしばらく独りで居るとしてお粥を食べた満腹感と疲れからかそのままぐったりと眠りに落ちてしまった。
そして俺は日の光のまぶしさに目を覚まし俺は伸びをした。まだ身体は痛むが昨日よりは大分マシになったみたいだ。
俺は部屋の襖を開けた。するとその先で
「あっ、謙さんおはようございます。良く眠れましたか?」
雲人さんがそう言って出迎えてくれた。
「はい。おかげさまで。お世話になりました」
俺は軽くお辞儀をすると
「もう大丈夫そうですね。でも出て行く前に大した物ではありませんが朝ご飯を召し上がって行きませんか?」
雲人さんはそう言うので
「はい。それじゃあお言葉に甘えて」
俺はその善意に厚意に与る事にする。
そして雲人さんは玄米入りのご飯と味噌汁そして山菜の和え物を出してくれた。どれも少し薄味だったが山菜なんて碌に食べた事もない俺でもなんの違和感もなく食べる事ができた。
「ごちそうさまです。助けてもらって怪我の介抱から朝ご飯まで頂いて申し訳ないですじゃあそろそろ行きますね」
俺は少し痛む脚を立たせた。
「いえ。そう言ってくださるなら有り難いです。仲直り、出来ると良いですね。私も仲直りが出来る様にここで祈っていますから」
雲人さんはそう言ってくれた。
「はい。色々お世話になりました。それじゃあ・・・」
俺がそう言ってその小屋を出ようとした時ふと倒れている写真立てが目に飛び込んで来た
「あっ、この写真立て倒れてたんで直しておきますね」
俺がその写真立てに手を触れようとすると
「ダメっそれは・・・・!」
雲人さんはそれを止めようとして来たが時は既に遅く俺は写真立てを立てかけてしまった。
そこには5人のセーラー服を来た少女が並んで笑っている写真が入っており、その中の1人は雲人さんと同じ青白い髪をしていた。それに一番真ん中で写っている少女・・・どこかで見た事があるような・・・いやそんな筈は無い・・・雰囲気は全く違うがその恰好はどこか吹雪と似ていたのだ。でも吹雪ではない何処かが違う・・・一体この子は誰なんだ・・・俺がそんな事を思っていると
「それは・・・・ずっとわざと倒してあったんです・・・」
雲人さんは少し悲しそうな顔をしていた
「すっ・・・すみませんそんな事知らなくて・・・」
俺も気まずくなりそう返した
「いえ・・・私も謙さんに偉そうに言いましたけど私自身も何も出来てはいないんです・・・私にも大切な友達が居ました。でも私の一言で喧嘩になってそれから一度も会っていないんです。それに私もその子から逃げる様にしてこんな山の上で一人暮らし・・・・だから謙さんを見ているとその時の私自身を見ているみたいで・・・ごめんなさい。私に謙さんを説教できる資格なんてないんです・・・私も未だにその子に会うのが怖いのに・・・・」
雲人さんは肩を落とした。もしかしてこのセーラー服を着ている青白い髪の少女は昔の雲人さんなのか・・・?でも今はそれどころではない俺を助けてくれた恩人が俺のせいでこんな事になってしまっているんだからなんとかしなければ
「ごめんなさい俺のせいで・・・でも雲人さんのおかげで俺は踏ん切りがつきました!だから・・・そんな顔しないでください。雲人さんもきっとその子と仲直りできますよ!俺またどうなったか結果を話しにここまで来ますから!!だからそんな顔しないでください!雲人さんに勇気を貰ったからこんな事が言えるんですよ。俺も絶対あいつと仲直りしてみせます!だから次は俺が雲人さんの背中を押してあげますから。また来ます!」
俺は雲人さんにそう言い残して小屋を出た。
その先には立派とは言え無いが綺麗な神社が建っており昨日降った雨でできた水たまりや水滴に太陽の光が反射してきらきらと輝いて見えた。
そして俺はその神社を背にして長い階段をゆっくりと下って行くとそこはいつも俺がスーパーに買物へ行く時に通る道の外れだった。
こんな近所なのに必死こいて山を走り回っていたと思うと少し馬鹿馬鹿しくなって笑いがこぼれる。
そしてもし俺の事を許してくれなかったらどうしようとかあの写真に写っていた吹雪のような少女の事他にも色々気になる事はあったがそれを全て振り切る様にして俺は鎮守府へ向けて足を進めた。