オレは重い足取りで情報部の収容所に向かった。
火影様がオレに判断を委ねてくださったのは、とても光栄な事だと思っている。
…しかしだ、何故オレの自宅で預からなきゃいけないんだ…。
もっと他に…、きっと…ある…はず。 ある…? いや…無いなぁ。
やっぱり収容所か、オレの自宅しか無いか…。
覚悟を決めてリッカのいる部屋の重厚な扉を開ける。
誰かが入って来たのは気付いているはずなのに、ピクリとも動かず
イビキさんの言うように、隅で膝を抱えて頭を埋めている。
既に死んでいるのかとさえ思ってしまうくらいだろう、…震えてさえいなければ。
そうだ、この子はあの戦闘後も震えていた。
オレはその時から感じていた疑問を投げかけてみる事にした。
「…リッカ」
オレの呼び掛けに肩がビクッと震えた。
部屋に入って来たのがオレだとは思わなかったのだろう。
「大丈夫か…?」
此処でする質問では無いのは百も承知だ…。
捕虜になっていて「大丈夫」はあり得ないのだから…。
しかしリッカは、頭を埋めたままコクリと頷いた。
「…そっか」
オレは彼女の前にしゃがみこんで、頭をそっと撫でながら問いかけた。
「もしかして…、この前が初めての実戦だったのか…?」
リッカの手に力が込められて、掴んだ袖がぐしゃぐしゃになっていく。
そして、ゆっくりと頷いた。
初めての実戦ってことは…、あれが初めて人を殺めたことになるんだな…。
「そっか…、悪かったな。…ごめんな」
今度は首を横に振った。
「いや、オレ達がお前を守る任務だったんだから、リッカに手を出させず終わらせなきゃいけなかったんだよ。 オレの責任だ。…すまない」
リッカはようやく顔を上げ…そして叫んだ。
「違います!私が嘘をついてたから! それに、私を庇いながらじゃなければ、カカシ先生は、…あんな人たち」
状況判断はしっかりできていたって事だね。
「…うん、そうだね。 確かに三人からお前を守りながら戦うのは大変だった。だから、あの時お前が手助けしてくれなかったら、オレは殺られてたかも知れない。オレが殺られてたってことは、その後でお前だけじゃなく、うちの三人も殺られてたって事だからね。
でも、まっ、毎回、実は護衛対象が忍でしたー、って助っ人してもらう訳にはいかないんだから、やっぱりオレ達だけで切り抜けなきゃいけなかったんだ」
努めて明るく、冗談目かして言ってみたが、あまり空気は変わらなかった…。
「て言っても、そもそも下忍三人の
「…先生を助けたかった?ううん、違う!怖かったの。私が死にたくなかったの! …どうして? …どうしてどちらかしかないんですか!? 死にたくなかったら殺すしかないの!? 殺したくなかったら死ぬしかないの!? どうして…」
リッカは泣きながらオレの腕をつかんで、堰を切ったように想いを吐露した。
「死ぬのは怖い… 死にたくない! でも、…殺したくもなかった!!」
「…そうだね、死にたい奴なんていないよ。殺したい奴もね」
思わずオレは呟いた。
「カカシ先生も…、死にたくないって…思ってる…?」
リッカは少し驚いたようにオレの顔を見上げ聞いた。
「当たり前でしょ。オレだって死ぬのは怖いよ」
「でも…、忍はいつでも…、死ぬ覚悟ができてるって…」
「ん…? 忍の覚悟と、いつ死んでもいいっていうのは全然違うでしょ…。例え命を落とす可能性のある危険な任務でも、必要であればやる。その覚悟はあるけど、いつ死んでもいいなんて思ってないよ。 それにね、里や大切なものを守る為には命を懸ける。それが忍の覚悟で、死ぬ覚悟って言うのとは少し違うかなーと、オレは思うけどね」
「オレはね、死ぬ覚悟なんてのは最後の最後でいいんじゃないかなーって思うよ。自分の命を懸けても守りたいものがあって、それを守る為に考えられる事全部やって、散々あがいたあげく、それでもダメだった時に、自分の命と引き換えに守れると思ったら、その時は自ずとできるんじゃないかな? だからそれまでは必死に生きればいいんだよ。…必死に生きなきゃいけないんだ」
…お前も必死に生きてほしい…心からそう願って、そっと頭を撫でた。
「リッカはオレ達を助けたかったんじゃなくて、怖かったからだって言ったけど、それならオレ達を置いて逃げる事もできた筈だよ? でもお前は逃げるどころか、オレのクナイ持って向かって行ったよね。斬られる可能性もあった、それでもオレ達を見捨てて逃げられなかったんでしょ? オレ達の命も守る為に、あの時はああするしかなかった。…そう考えるのは、すぐには難しいかも知れないけどね…」
オレはこの少女の苦悩を見過ごせず、話し続けた…。
「忍には人の命を奪う任務もある。感情を持ってちゃ任務を遂行できない。だから感情を殺さなきゃいけない。オレもそう思ってた時があった…。でもな、感情は押し殺しても…決して無くなりはしないんだよ。無くしちゃいけないと、今は思う」
先刻、火影室で考えていた事を思い出していた。
感情を持たないことと、押し殺すことは違う。
「例えどんな理由があったとしても、人の命を奪うことに変わりはない。オレが奪ったその命の重さは一生背負って生きていくつもりだよ。それで、その重さに押し潰されそうになった時は、その命を奪う事で守れたものを考えるんだ。オレはそう思うようにした。そうやって、やっと折り合いをつけられるようになったかな。…って言っても、そう思えるようになるまで随分かかったけどね」
だからその分、この少女の救いや赦しになって欲しい…そう願って話し続けた。
「忍はどちらかだけじゃ駄目なんだよ…。オレが自分の任務を正しいと信じているように、敵も己を正義と信じてる。だから、自分のやってる事を正当化して、相手の命を軽んじる様な事は絶対しちゃいけない。かといって、命を奪うことの重さに潰れてしまっては守るべきものが守れない。忍は両方忘れちゃいけないんだ。だからリッカにはまだ辛い事かも知れないけど、お前も自分の手で奪った命を、その重さを忘れないで欲しい。その上で、オレ達の命を守った事も決して忘れないで欲しいんだ」
オレが話す間、リッカはずっとオレの眼を見ていた。
今は悲しい色に揺らいでいる緑の瞳はとても澄んでいて、オレの眼の奥に見える弱さや闇まで、全部見透かしているようだった…。