カカシ真伝 雪花の追憶   作:碧唯

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第六話 忍の覚悟

 オレは重い足取りで情報部の収容所に向かった。

 

 火影様がオレに判断を委ねてくださったのは、とても光栄な事だと思っている。

 …しかしだ、何故オレの自宅で預からなきゃいけないんだ…。

 もっと他に…、きっと…ある…はず。 ある…? いや…無いなぁ。

 やっぱり収容所か、オレの自宅しか無いか…。

 

 覚悟を決めてリッカのいる部屋の重厚な扉を開ける。

 誰かが入って来たのは気付いているはずなのに、ピクリとも動かず

 イビキさんの言うように、隅で膝を抱えて頭を埋めている。

 

 既に死んでいるのかとさえ思ってしまうくらいだろう、…震えてさえいなければ。

 そうだ、この子はあの戦闘後も震えていた。

 オレはその時から感じていた疑問を投げかけてみる事にした。

 

「…リッカ」

 オレの呼び掛けに肩がビクッと震えた。

 部屋に入って来たのがオレだとは思わなかったのだろう。

「大丈夫か…?」

 此処でする質問では無いのは百も承知だ…。

 捕虜になっていて「大丈夫」はあり得ないのだから…。

 しかしリッカは、頭を埋めたままコクリと頷いた。

 

「…そっか」

 オレは彼女の前にしゃがみこんで、頭をそっと撫でながら問いかけた。

「もしかして…、この前が初めての実戦だったのか…?」

 リッカの手に力が込められて、掴んだ袖がぐしゃぐしゃになっていく。

 そして、ゆっくりと頷いた。

 

 初めての実戦ってことは…、あれが初めて人を殺めたことになるんだな…。

「そっか…、悪かったな。…ごめんな」

 今度は首を横に振った。

 

「いや、オレ達がお前を守る任務だったんだから、リッカに手を出させず終わらせなきゃいけなかったんだよ。 オレの責任だ。…すまない」

 リッカはようやく顔を上げ…そして叫んだ。

「違います!私が嘘をついてたから! それに、私を庇いながらじゃなければ、カカシ先生は、…あんな人たち」

 状況判断はしっかりできていたって事だね。

 

「…うん、そうだね。 確かに三人からお前を守りながら戦うのは大変だった。だから、あの時お前が手助けしてくれなかったら、オレは殺られてたかも知れない。オレが殺られてたってことは、その後でお前だけじゃなく、うちの三人も殺られてたって事だからね。

でも、まっ、毎回、実は護衛対象が忍でしたー、って助っ人してもらう訳にはいかないんだから、やっぱりオレ達だけで切り抜けなきゃいけなかったんだ」

 努めて明るく、冗談目かして言ってみたが、あまり空気は変わらなかった…。

 

「て言っても、そもそも下忍三人の四人一組(フォーマンセル)じゃ、忍者との戦闘なんて想定してないからね…。だから助っ人してもらって助かった、ホント」

「…先生を助けたかった?ううん、違う!怖かったの。私が死にたくなかったの! …どうして? …どうしてどちらかしかないんですか!? 死にたくなかったら殺すしかないの!? 殺したくなかったら死ぬしかないの!? どうして…」

 リッカは泣きながらオレの腕をつかんで、堰を切ったように想いを吐露した。

「死ぬのは怖い… 死にたくない! でも、…殺したくもなかった!!」

 

「…そうだね、死にたい奴なんていないよ。殺したい奴もね」

 思わずオレは呟いた。

 

「カカシ先生も…、死にたくないって…思ってる…?」

 リッカは少し驚いたようにオレの顔を見上げ聞いた。

「当たり前でしょ。オレだって死ぬのは怖いよ」

 

「でも…、忍はいつでも…、死ぬ覚悟ができてるって…」

「ん…? 忍の覚悟と、いつ死んでもいいっていうのは全然違うでしょ…。例え命を落とす可能性のある危険な任務でも、必要であればやる。その覚悟はあるけど、いつ死んでもいいなんて思ってないよ。 それにね、里や大切なものを守る為には命を懸ける。それが忍の覚悟で、死ぬ覚悟って言うのとは少し違うかなーと、オレは思うけどね」

 

「オレはね、死ぬ覚悟なんてのは最後の最後でいいんじゃないかなーって思うよ。自分の命を懸けても守りたいものがあって、それを守る為に考えられる事全部やって、散々あがいたあげく、それでもダメだった時に、自分の命と引き換えに守れると思ったら、その時は自ずとできるんじゃないかな? だからそれまでは必死に生きればいいんだよ。…必死に生きなきゃいけないんだ」

 …お前も必死に生きてほしい…心からそう願って、そっと頭を撫でた。

 

「リッカはオレ達を助けたかったんじゃなくて、怖かったからだって言ったけど、それならオレ達を置いて逃げる事もできた筈だよ? でもお前は逃げるどころか、オレのクナイ持って向かって行ったよね。斬られる可能性もあった、それでもオレ達を見捨てて逃げられなかったんでしょ? オレ達の命も守る為に、あの時はああするしかなかった。…そう考えるのは、すぐには難しいかも知れないけどね…」

 

 オレはこの少女の苦悩を見過ごせず、話し続けた…。

「忍には人の命を奪う任務もある。感情を持ってちゃ任務を遂行できない。だから感情を殺さなきゃいけない。オレもそう思ってた時があった…。でもな、感情は押し殺しても…決して無くなりはしないんだよ。無くしちゃいけないと、今は思う」

 

 先刻、火影室で考えていた事を思い出していた。

 感情を持たないことと、押し殺すことは違う。

 

「例えどんな理由があったとしても、人の命を奪うことに変わりはない。オレが奪ったその命の重さは一生背負って生きていくつもりだよ。それで、その重さに押し潰されそうになった時は、その命を奪う事で守れたものを考えるんだ。オレはそう思うようにした。そうやって、やっと折り合いをつけられるようになったかな。…って言っても、そう思えるようになるまで随分かかったけどね」

 だからその分、この少女の救いや赦しになって欲しい…そう願って話し続けた。

 

「忍はどちらかだけじゃ駄目なんだよ…。オレが自分の任務を正しいと信じているように、敵も己を正義と信じてる。だから、自分のやってる事を正当化して、相手の命を軽んじる様な事は絶対しちゃいけない。かといって、命を奪うことの重さに潰れてしまっては守るべきものが守れない。忍は両方忘れちゃいけないんだ。だからリッカにはまだ辛い事かも知れないけど、お前も自分の手で奪った命を、その重さを忘れないで欲しい。その上で、オレ達の命を守った事も決して忘れないで欲しいんだ」

 

 オレが話す間、リッカはずっとオレの眼を見ていた。

 

 今は悲しい色に揺らいでいる緑の瞳はとても澄んでいて、オレの眼の奥に見える弱さや闇まで、全部見透かしているようだった…。

 


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