カカシ真伝 雪花の追憶   作:碧唯

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第二十二話 追憶

長い回想から現実に戻ると、雪はまだしんしんと降っていた。

 

あの後、結局タマルは木ノ葉までもたなかった。

短剣もクナイも急所こそ逸れてはいたが、出血が酷すぎたのだろう。

 

先鋒部隊は火の国に入ったところで難なく制圧されていて、戦後処理の後に杜側に引き渡された。戦後処理と言ってもとても簡単なもので、火の国や木ノ葉には人的にも物的にも被害が無かったことと、引き金となったのが木ノ葉の元忍であったことから、かなり少額の賠償金で済まされる事になった。

 

その後は、遠く離れた小国で内偵させる事も無かった上に、大戦もあり、杜の国の情報は殆ど入ってこなかった。僅かな噂では、クーデターや暗殺未遂などきな臭いものもあったが、徐々に噂すら入って来なくなった。

 

だが、オレは信じている。

悪い事ほど噂になる、だから、噂にすらならなくなったというのは、杜の国が安定した証拠なのだ。

きっと彼女はあの意志の強さを感じる譲らない瞳で、今日も邁進していることだろう。

 

 

あれから色んな事があった。

サクラは医療忍者のスペシャリストになった。

リッカが第七班と行動したことで、現場での応急治療の重要性を知り、綱手様が掲げる四人一組のうち一人を医療忍者にする事が必要だと身をもって知っていた事も、少なからず影響しているとオレは考えている。

 

それに、砂のチヨバア様の転生術を見た時、オレが一目で気付いたのは、リッカの転生術を知っていたからに他ならない。あれと同じ種の術だと確信したのだ。

 

 

そして、オビト…

タマルとは会えたか?

オビトなら…、意固地になってたオレとも向き合ってくれたオビトなら、きっとタマルに会って話を聞いたら、説教の一つや二つしてくれるだろう…。

向こうでもリンを取り合ってないといいな。

 

 

オレは立ち上がり、ひさしの外に出て、夜空を見上げる。

絶え間なく落ちてくる雪は、オレに夜空に吸い込まれて行く様な錯覚を起こさせた。

 

目を閉じ、あの日と同じように、冷たい空気を胸一杯に吸い込んだ。

 

 

…が、やはり、この胸の小さな痛みが凍りつく事は無かった。

 

 

 

不意に、玄関に近い方から人の気配を感じ、オレは物陰に身を潜めた。

今晩だけは忍ではない、なんて考えていた癖に…、仕方ない、これはもう習性だろう。

 

玄関から庭に出て来た人影…女性だった、宿の客で湯上がりなのだろう。

まとめあげた髪から湯気が昇っている。

 

彼女も先刻のオレと同じように夜空を見上げた。

湯上がりにわざわざこんな寒い所に来るなんて…、彼女もきっと、何か感傷に浸っているに違いない。

そう考えたオレは、抜き足で庭の反対側へ向かった。

 

 

しかしながら、女性に気付かれたようだ。

此方を見ている…?

 

オレの抜き足に気付くとは…、忍か? いやいやオレが鈍ってるということか…。

自嘲気味に笑おうとしたところに、微かだが、はっきりと聞こえた。

 

「カカシ…先生?」

 

「はい?」思わず中途半端に返事をして、そーっと振り返ってしまった。

 

その女性は口元に両手を当てて、目を大きく見開いている…。

暗い上に玄関の光が逆光になってよくは見えないが、向こうからは逆に見えやすくなっているという事だ。

 

「やっぱり」と言って、その女性は突進してきた…。

 

ちょ…、速っ! やっぱり、絶対忍でしょ! 刺客!?

 

そう思ったが、オレの体は反応しない…。

 

反射神経まで鈍ってしまったのか…。

いや、きっと寒い所に長らく居たせいだ。

 …たぶん。

 

 

その女性は、オレの胸に飛び込んで、クナイを突き立てる代わりに、泣き出した…。刺客ではなかった…。

 

「えーっと…」オレは状況が飲み込めず、茫然としていた。

「…かった。あ…たか…た」しゃくりあげながら何かを伝えようとしているが、皆目見当も付かなかった。

 

だいたい、オレを「カカシ先生」と呼ぶ者は少ない。

担当上忍として受け持ったのは結局ナルト達だけだったから、奴等と同期か、一つ上のガイ班の子達位だ。

 

だが、先刻ちらっと見た感じではその誰でもなかった。

…となると、あと一人いるんだが…。

 

いやいやマテマテ…、さっき思い出してた所で、流石にソレは無いでしょ…。

しかし、この感覚…。この、オレの胸にすがって泣く感じ…変わってないといえば、変わってない…。

 

 

オレは恐る恐る彼女の頭に手をやり、ポンポンと撫でた。そう、あの頃と同じように。

 

すると彼女はガバッと顔を上げる。

 

間違いない…、暗くても深い緑色の瞳はすぐにわかった。その瞳に涙をいっぱい浮かべて言った。

「カカシ先生!会いたかった!! すごく…、会いたかった!!」

「…リッカ…だよね?」

「そうです! 先生どうしてこんな所に?」

「いや、こんな所って言うのは宿の方に失礼…、って、そうじゃなくて! ここは火の国なんだからオレが居てもおかしくないけど、キミがいる方が不自然でしょー…」

「だって、明日木ノ葉に入る予定だったから、まさか…、その前に先生に会えるなんて思ってなかったんです!」

 

「オレは湯の国までちょっと所用で…その帰りかな。木ノ葉まで帰るにはちょっと遅くなっちゃったからね。連れもいるし。 で、キミは…明日木ノ葉にって…?」

「やっと、お父様のお許しが出て、国を出てきました!」

「あ、そう…それは良かったね………て、え?えぇっ?出てきたっ!?」

「はい!弟が一人前になったら好きにしていいって約束だったので!」

「はぁ、そうなんだ。それで木ノ葉に旅行?」

「いえ…。えーっと…」リッカは急に言葉に詰まって真っ赤になった。

 

「ご迷惑でなければ…、カカシ先生のお家に…」

既視感(デジャヴ)!?

あぁ、あったあったそういうことも…あれは収容所…って

「はぁあぁー!?」

 

あの火影室で、三代目にお前の家で預かれと言われた時以上の衝撃だ…。

この場に三代目とイビキさんが居たら、また大笑いしてただろう…。

 

「やっぱり…、ご迷惑でした…? あ、さっき、連れって…」悲しげに俯く…。

「あ、いやいや、連れって言うのは、ガイ! 何回か会ってるでしょ? それとお付きの子なんだけど」

「じゃぁ!」

「…キミねー、もしかして、当てもなく木ノ葉に!?」

「いえ、当ては…えーっと、カカシ先生です…」

「はぁー…、オレが結婚してるとか考えなかったの?」

「え!?してるんですか?」

「いや、してないけども…」

「良かったー」って、オイオイ、全然考えてなかったのか…。

 

 

「そういえば先生…、眼が…」

リッカはそう言いながらオレの左目の傷痕にそっと触れた。

「うん、いろいろあってね」オレがそう言うと

「…はい、お疲れさまでした!」と労るように優しく微笑んだ。

 

この子はあの頃からそうだった。多くを語らなくても全て理解し、包み込むような…。

 

「でも、やっぱり嬉しいです! だって、二倍だから!」

 

本当に嬉しくてたまらない、という様子でリッカはそう言った。

 

「ん?…二倍?」

「はい、あの頃は」オレの顔の前で右目を中心に両手で輪を作って、「ここだけしか見えなかったのに」両方の目を挟むように両手を広げて「今はこんなに見えます!」

 

「ハハッ、確かに二倍だ!」

「はい!すっごく久しぶりに先生に会えて、それに二倍ですよ!すごく嬉しいです!!」

 

友に託された眼は、あの大戦で役目を終えて友の元に帰った。

写輪眼が無くなった事に喪失感を感じなかったと言えば嘘になる。

火影に就任する時も、写輪眼の無いオレに里を守る力があるのか、悩んだ事もあった。

その火影も無事務め終えてナルトにバトンを渡した今、オレのこの眼をこんなに喜んでくれる人がいる…。

 

これからはこの眼で、この子の笑顔を見ていくのも悪くないかな…。そう思った。

 

 

「ナルトさんが七代目火影様なんですよね?先生が六代目って聞いた時もそうだったんですけど、やっぱり!って思って、すっごく嬉しかったんですよ」

 

小国の情報は大国に入って来なくても、大国の情報は小国にも届く。

 

「それで、明日木ノ葉に入ったらナルトさんに、火影様に、私が木ノ葉に住むお許しをいただきに伺いたいんです」

 

「ん、わかった。一緒に行くよー」

ま、これがオレなりのうちに来ていいという答えだ! わかってくれ!

 

「やった!ありがとうございます!!」

 

 

「お前次第だ!」あの日、ヒイラギが言った言葉をオレは思い出していた。

ヒイラギ…、あれがどういう意味だったのか、オレには想像するしかできないが…、あの日、お前が命を懸けて守ったリッカの想い…、オレ受け止めても…いいよね?

 

まっ、奴の性格からして素直に「いいよ」と言う訳がないな…。

オレは思わず苦笑いした。

 

「ハクション!」

ヒイラギのクールな(氷点下の)微笑みを想像したからではないが…、くしゃみが出た…。

 

「あ、ごめんなさい。私、嬉しくて、ついいっぱい喋っちゃって…。中に入りましょう」

寒気がしたのは、ヒイラギのクールさや、この気温のせいだけではないだろう…。

一緒に行くと言ったものの…、ナルトの反応を想像するだけで身震いがするのだ…。

 

あの頃の様に、オレの隣を歩きながら、嬉しそうに弟の事を話すリッカ。

しかしまぁ、オレはやっぱりこの子の笑顔には弱いらしい…、リッカがこうやって笑ってくれるならナルトの嫌みの一つや二つ…、乗り越えられるはずだ! …きっと …たぶん 

 

 

オレはこの時気付いていなかったのだ、ナルトの前に乗り越えなければいけない壁があることを…。

 

 

そう、オレがなかなか戻らないことを心配し、玄関先までやって来た車椅子のあの男が、右手の親指を立て歯を輝かせるその時まで…。

 

奴は言った…。

「青春バンザイ!!」

 


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