暫くして、多くの気配を感知し皆に緊張が走った。
が、現れた人物を見て、杜の忍達が一斉にひざまずく。
その人物はヒイラギとリッカを見て言った。
「遅かったか…。すまん」
その声にリッカは顔をあげ呟く。
「お父様…」
「国に帰った者が飛ばした伝令から、お前が襲撃部隊と衝突したと知り急ぎ国を出たのだが…、間に合わなかった…」
その言葉を聞いて、涙と鼻水で顔中ぐちゃぐちゃのナルトが詰め寄った。
「そーだよ、おっさん!おせーってばよ!もっと早く来てたらコイツは…。それに、おっさんがもっとしっかりしてたら、こんなことに」
「やめろナルト! 発端は木ノ葉だ!」
ナルトの言いたい気持ちは十分わかる、が…、国王陛下に頭を下げ謝罪する。
「部下の非礼をお詫びします。この件に関しましても、元は木ノ葉の忍による私や里への復讐が発端です。お詫び致します。申し訳ありません」
オレと暗部の連中が揃って頭を下げた。
「いや、その子の言う通りだ。私がもっとしっかりしていれば付け込まれる事もなかったのだ。内政が磐石であったら、臣下もあのような奸計に乗るような事も無かっただろう。こちらの方こそお詫び申し上げる」
国王は頭を下げ、話を続けた。
「貴方がはたけカカシさんだね?ヒイラギからの報告にあったよ。リッカを守っていてくれたそうだね。感謝する」
ヒイラギの名前にリッカが反応した…。
「お父様…私、ヒイラギを死なせてしまった…。私あの時、生きる事諦めた。私のせい…、私が…ヒイラギを…」
君のせいじゃない…そう言ってやるのは簡単だ。だが、今はどんな言葉も相応しくない気がして何も言えなかった…。
国王が静かに語りかけた。
「リッカ、ヒイラギはな、一族でエドマと二人だけが生き残ったのだ。瀕死だったあれをエドマが転生術で治療しながら、二人だけで杜へ逃げて来たそうだ。ヒイラギは八つ年上のエドマを母の様に、姉の様に、いや…それ以上に…、慕っていた。あれは国や私に仕えたのではなく、エドマとお前にひたすら仕えたのだ。家族のいないヒイラギにとって、エドマと、エドマそっくりに育つお前が何よりも大切だったのだ。だからこそ此度も、お前の傍に行かせてくれと願い出てきたのだ」
「ヒイラギは…お父様の命令だと…」
「ヒイラギは、あの夜、お前の傍に居なかった事を非常に悔いていた。自分が居れば、あの様な事にはなっていなかったと悔いていたのだ。だから、ようやくお前を守る事ができて、本懐を遂げたのだ。安心して逝ったであろう…。ヒイラギの意志を無駄にするな」
ヒイラギもリッカと同じ様に自分を責めていたのだ…。
ヒイラギは王妃を愛していたのだろう…。そして、王妃に似たリッカの事も主従を超えて、師弟、親子、兄妹、様々な愛を、この小さな王女に注いでいたのだ…。
あの、時折見せた表情は「嫉妬」だ。リッカの唇が紡ぐオレの名前への。
そして、オレが死ねばリッカが転生術で蘇生させると分かっていて、ヒイラギは…、防御壁を立てる事にしたのだ…。
オレが言った通り、リッカを連れて此処から離れる事でリッカは守れた筈だ。しかし、ヒイラギはそれを選ばなかった。
あの夜、自分がリッカの傍に居たら、王妃の命を助けられた筈だと悔やんだヒイラギは、リッカに同じような思いをさせたくなかったのかも知れないな…。
忍者にとって大切なのは、生き様より死に様だと言う人がいる。
それならば、ヒイラギは真の忍者だ…。
彼は王妃とリッカの為にひたすら生き、リッカの想いを守る為に死んだ…。
…ヒイラギ、お前の愛は悲しすぎる
けど、…忍としては、少し、羨ましくもあるかな…
忍なら誰しも考えるだろう…、死ぬなら愛するものの為に死にたいと…
愛する里、愛する人を守る為に死ねたら…、と…
天を見上げながら、国王が言った。
「私はまだ子供だったあれから、エドマを取り上げてしまったからな。今度は私より早くエドマの元に行けて喜んでいるかも知れんな…。エドマと共に何時までもお前を見守ってくれるだろう。お前はそれを忘れるな」
「ヒイラギ…」
暫く、リッカの嗚咽だけが聞こえた。
「カカシ先輩」沈黙に耐え兼ね、口を開いたのは暗部の小隊長だ。
「我らは一足先に奴を連行して帰ります。一個小隊残しますので、帰りはそちらと」
「わかった。すまんが頼んだよ」
その会話を聞いて、国王が同行していた医療部隊に全員の応急処置を命令した。
オレも身体にめり込んだ岩屑を取り除いてもらい、止血と、大きめの傷を塞いでもらった…。これでなんとか帰れそうだ…。
リッカの骨折は国に帰らないと治療できないだろうが、痛み止めの応急処置をしてもらい、幾分顔色が戻ったようだ。
暗部がタマルを連行し立ち去ろうとした時、リッカが声をかけた。
「ちょっと待って!」
振り返った暗部ではなく、タマルに向かって言った。
「貴方のやった事は絶対に許されない事よ!」
「リッカ、もうよしなさい」国王が止めるが、リッカは続ける。
「私は貴方を許す事ができない! でも…、でも…ひとつだけお礼を言うわ。貴方が私を木ノ葉に行かせてくれた…。それだけは感謝します。ありがとう」
タマルは少し驚いたように目を見開いた。
リッカは一度ヒイラギに目をやってから、しっかりとタマルを見て言葉を続けた。
「貴方が憎んだ木ノ葉で私が学んだ事、貴方が憎んだカカシ先生に私が教わった事、それを遠い私の国で芽吹かせ、根付かせて見せる。それが貴方を許せない私の復讐です。今日此処で死んでいった者達の為にも、決して、その死を無駄にはしない。絶対に素晴らしい国にして見せるから!」
悲しみは怒りに代わる。それが憎しみ、負の感情となり、憎悪の連鎖を起こす。そうやって争いは終わらない…。
この子の様に怒りを光に変えられる人間は少ないだろう。
まるで、誰にも存在価値を認めてもらえなかったナルトが、その悲しみ、怒りを、「火影になって認めさせてやる!」という夢に変えたように…
オレはそんなナルトなら、もしかしたら忍の世界を変えられるのでは…と思った。同じようにリッカならきっと杜の国を変えられるだろう。
オレはしゃがんで、リッカの頭を撫で言った。
「リッカ、ありがとね」
「引き止めてすみません。あと、さっき…、木ノ葉を侮辱するような事言ってしまって…、皆さん、ごめんなさい」
「大じょーぶ、みんな分かってるから、ね!」
と言って周りを見渡すと、全員が頷いた。ナルトも途中で気付いたんだろう…。
暗部が一礼して立ち去ったのを確認しリッカに言う。
「火影様にもさっきのリッカの言葉、伝えておくよ。きっと喜ばれる」
そして、少し寂しがるだろうか…。
「先生…」火影様と聞いて、出発の時の言葉を思い出したのだろう。リッカは泣き笑いしながら、同じようにして火影室で言った言葉と逆の事を言った。
「私、木ノ葉には帰れない。お母様とヒイラギの国を二回も亡くす事はできないもん」
「二人が生まれた国はもうないんだったね…」
「はい、第三次忍界大戦の頃だったそうです。大戦のあおりで国が亡くなって、杜に逃れてきたとは聞いてたのですが…、お母様とヒイラギ二人だけでなんて知らなかった…。それなのに、せっかく逃れて来た杜も争ってばかりで…。だからお母様とヒイラギが住みたかった国にしてみせます。火影様とカカシ先生に教えてもらった事を杜で…」
「うん!お前ならできるよ!信じてる!」
「はい!先生も…」
またリッカは泣き笑いしながら返事したが、最後は言葉にならなかった。
黙ってオレ達の話を聞いていた国王が口を開いた。
「それではそろそろ失礼するよ。長く国を空ける訳にはいかないのでね」
国王がそう言うと、医療部隊がリッカとヒイラギをそれぞれ運んで行った。
オレ達は皆が立ち去るまで、深く礼をした。
「良かったの?先生」
サクラがオレのベストを引っ張って聞いた。
「ん…?何がだ?」
「リッカ、あの子、先生のこと好きだったんだよ!」
オレは笑いながら答える。
「お父さんに甘えられなかったからな。その代わりだよ」
「そういうんじゃないと思う!」
サクラは強く否定した。
「まっ、そうだとしてもだ、…あの年頃の女の子じゃすぐに忘れるさ!」
「そんなことないもんっ!!」
サクラはそう言ってオレに鉄拳を食らわした。
「ハハハ、そうか、お前はサスケだからなー」
「もう知らない!」と言ってそっぽを向いた。
知らないと言いながらもぶつぶつ文句を言うサクラの声を遠くで聞きながら、オレは人影が消えた方を見て考えていた。
この胸の痛みはなんだろう…、小さな氷の棘が刺さったようなこの痛みの理由は…
短い期間だがずっと一緒だったリッカとの別れなのか…
オレを庇ったヒイラギの死なのか…
目の前を白いものが舞った。一片の雪だった…。
空を見上げると、真っ暗な夜空からたくさんの雪が舞い降りてきた。
「雪か…、そういえばリッカの名前は雪の結晶の事だって言ってたなー」
そう呟いて、そのまま目を閉じ、胸一杯に、凍てつく様に冷たい空気を吸い込んだ。
…この痛みまで全部凍りついてしまえばいい… そう思った。
「はぁー…」と一つ大きく息を吐いてから、自分を奮い立たせるように言う。
「じゃ、帰りますか! あ、でも、まだちょっと傷が痛いから、ゆっくり行こうな!」
「先生ってば、帰ったら鍛え直しだなー!」ニシシシと笑うナルト。
「カカシ、遅れたら置いてくぞ」と言うのはサスケ。
「そうね、サスケ君!先生放っておいて、二人で帰りましょうよ!」いつものサクラだ…。
「あのさ!あのさ!オレもいるんだけど!」
まっ、コレがオレ達の日常だ。
「キミたち…、冷たすぎじゃない…?」
と呟くオレに、サクラは思いっきり舌を出した…。
「先生、絶対後悔するんだからねっ! あの子、絶対綺麗になるわよ!」
…まだ言ってる。
杜の国の一行が消えた方をもう一度振り返って
「リッカ…、元気でな…」
サクラ達に聞こえないように呟く。
「さ、帰るよ!」
オレは胸の微かな痛みを振り切るように、木ノ葉へ向かって駆け出しながら言った。