カカシ真伝 雪花の追憶   作:碧唯

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第二十話 それぞれの想い

オレは背後のヒイラギにだけ聞こえる声で話しかけた。

 

「ヒイラギ、頼みがある」

「なんだ?」

「この後何が起こっても、お前はリッカを連れて、直ぐに此処を離れろ」

「フッ。その言い方では頼みではなく命令だな。他国の忍の命令など…、と言いたいところだが、元よりそのつもりだ」

「頼んだ。必ずだ…」

「承知」

 

 

オレはリッカに、死ぬ覚悟など最後の最後でいいと言った。

あの時、死ぬのが怖いと泣いていた彼女は、今、皆を助ける為に死ぬ覚悟でいるのだ。

絶対死なせない。リッカは必ず守る。オレの命に代えても守ってみせる。

オレは自らを鼓舞するように心の中で呟いた。

 

とうとう、タマルの放った分銅がリッカの脚を捉えた。

 

「アッ」というリッカの短い悲鳴と同時に、ゴキッ!という鈍い音がする…。

骨をやったか…。相当な激痛の筈だが、リッカは声も上げず座り込む。

 

タマルはニヤリと冷酷な笑みを浮かべ、チャクラを練り出した。

 

奴は気付いていない。

 

一見座り込んで諦めているようにも見えるが、リッカもチャクラを練っていた…。

この時を待っていたのか…!

 

肉を切らせて骨を断つ…か

しかし、あの状態でこんなにチャクラを練っては…

 

タマルが先に印を結び始める。…あれは …写輪眼を使わなくてもわかる。

 

「…大岩屑流だ。マズイ…」思わず呟く。

「氷遁 氷結の術」

印を結び終えるのはリッカの方が早かった。

少し遅れて、タマルが印を結び終わる。

 

リッカが両手を地面につけると、そこから放射線状に地面が凍り付いていく様がありありと見えた。そういう事か…!

 

地面が凍るのは土の中の水分が凍っているのだ。そして、泥土には水分が多く含まれる。

 

リッカの触れた地面ではさほど凍っていないようにも見えるが、放射線状に広がる凍結は、水分の多い泥土に辿り着くと速度を更に速め、泥土を次々に凍らせていく。

 

オレは閉じていた左眼を開けて、自らを拘束している泥土が凍る直前を見計らい、一気にチャクラを練り上げ、足に集めた。その時、周囲の泥土が凍り出し、練り上げたチャクラはほとんど吸われる事なく、膝から下を拘束していた泥土を粉々に砕いた。すぐさま八門遁甲の第一体内門、開門だけ開け跳び出す。

 

跳び出しながら、ベストの背中に隠してあったクナイをタマルに向って投げた。

 

オレは写輪眼と体内門を開いた事による相乗効果で、全てをスローモーションのように感じていた。

 

既に大岩屑流は発動している。今からオレが土流壁を作ったところで間に合わない。壁が迫り上がる前にオレだけじゃなくリッカも蜂の巣だ。範囲が広いあの術からは抱き上げて逃げる事も難しいだろう。

 

リッカの前に降り立つと、既に飛び始めた石の中、覆いかぶさるようにして、両手を彼女の背中に回し抱きしめた。ギリギリまでチャクラを練ったリッカは、既に座っている事さえできず、オレの胸に吸い込まれるようにもたれ、意識を失った。

 

その刹那、背後から無数の土と岩屑が襲う。

 

タマルの周囲には窪地ができるほど、大量の石、岩が巻き上げられ、砕かれ鋭利になったそれはオレとリッカを目がけ高速で飛んで来ているのだろう。

木ノ葉のベストは襟が高く、覆いかぶさるようにしたオレの頭はある程度守られてはいるが、背中は石屑がベストをも貫き、激痛と衝撃が身体に響く…。

 

クッ!

 

グアッ!

 

…思わず、リッカを抱きしめる腕に力が入りそうになり、必死に抵抗する。

オレの耳はおかしくなりかけていたが、明らかに、バキバキバキッという音がして、何かに石が当たるバラバラバラッという音を聞いた。すると、無数に襲ってきていた岩屑が当たらなくなった…。

 

振り返ると、一人の男が地面に両手を付き、氷の防御壁を立てていた。

 

 

ヒイラギだ…。

まさか、あの術に正面から向かって行ったのか…。

 

だとしたら…奴は…。

 

泥が凍った瞬間跳んだのだろう、いや…、ヒイラギはリッカの考えを読んでいた筈だ。リッカが泥土を凍らせる事を予測していた。その瞬間を待っていたのだ。

 

リッカの術は全てヒイラギから教わったものだ。氷遁の性質をよく知る二人なら、泥土から出てチャクラを練る事さえできれば、あの術で全員の拘束を解く事が出来ると考えただろう。

タマルが泥土から出す可能性があるのはリッカの方、しかし、リッカは僅かしかスタミナが残っていない。凍結させることに成功したとしても、その後、行動不能に陥るのはわかっていた筈。リッカは「死ぬ覚悟」だった…。例え自分がタマルに殺されても、泥の拘束を解くことができれば、皆が助かる…そう考えて、唯一度のチャンスに賭けたのだ。

 

ヒイラギは、リッカのその覚悟を見抜いていた。だから何も言わなかった。ただ、死なせるつもりは無かった。凍結する瞬間を待って跳び出すつもりだったのだろう。

 

何が「元よりそのつもり」だ…。ヒイラギはリッカの覚悟だけでなく、オレの覚悟も見抜いていたのだ。オレがリッカの盾になると見たヒイラギは、オレにリッカを任せ、自らは防御壁を立てる事にした…。リッカは知らないと言っていたが、ヒイラギは、もしかしたら転生術を知っていたのかも知れない…。

 

 

その時、ヒイラギがゆらりと揺れて倒れ、同時に氷壁が音を立てて崩れた…。

 

その音で意識を取り戻したリッカが、オレに気付き尋ねた。

「先…生…? どうなっ…た…の」

「ヒイラギが…壁を…」

オレがそう答えると、リッカの目が見開かれる。

「ヒイラギは…」

 

リッカはオレに掴まり立ち上がろうとするが、座っている事すら難しい筈だ…。

オレはこの残酷な現実を見せるべきか迷ったが、恐らくヒイラギはもう助からない…。

ならば最期に会わせてあげなくてはいけない。

 

抱き上げようとすると、骨折した足に響いたのだろう、リッカは顔を歪めた。

「クッ」オレも背中に激痛が走り、思わず顔を引きつらせ、よろめいてしまった。

 

そのオレを支えたのは、先刻まで戦っていた杜の国の忍だった…。

オレの二の腕の生地が破れ裂傷を負っていることにリッカが気付いた。

「先生…、血がっ…」

 

オレの様子を案じるリッカに微笑んでおいて、支えてくれた杜の忍に言う。

「すまん…。ヒイラギに会わせてやりたいんだ」

「はい」杜の忍は視線を落として、短くそう言った。

 

リッカはオレの言葉に何かを感じ取ったのだろう、力なくオレのベストを掴んでいた手が震えた。

 

 

術は解かれていたので、皆が二人の周りに集まっていた。

暗部は念の為タマルを術が使えないように拘束していたが、動けないだろう…。

 

タマルの右肩にはオレが投げたクナイが、そして、脇腹には短剣が刺さっていた…。

あれは、リッカが木ノ葉の武器庫から持って来ていたものだった。

恐らく、あの持ち物を全て捨てろと言われた時に、リッカは捨てるふりをして、傍にいたヒイラギに託したのだろう。そして、泥から跳び出たヒイラギは短剣をタマルに向って投げた。刺突に適した短剣は深く腹に刺さっていた。

 

仰向けに寝かせられたヒイラギは、岩屑の嵐に正面から向かっていったのだ…、顔も体も血だらけで、至る所に岩屑が刺さり、ボロボロになっていた…。

 

ヒイラギの隣にリッカを下ろしてやると、茫然として呟いた…。

 

「ヒイラギ…どう…して…」

「リッカさま…貴女がご無事で…良かっ…た」

リッカは大粒の涙を落とした。するとヒイラギは力ない手でリッカの頬の涙を拭い

「貴女は…いつも…泣いてばかり…。幼い頃…修業が…厳しいと泣いて…でも、私の…後をどこまでも…ついて」

「そうよ!だって、私には…貴方しかいなかった! だから、私の前をずっと歩いててくれないと…ダメなの!」

 

ヒイラギは弱々しくだが、優しい笑顔で応えた。

「また…わがままを…、貴女はもう、あの頃の…貴女では…ない。大きく…なられた」

まだ幼いリッカだが、人として大きくなったと言いたいのだろう。

 

「待って!」言いながら印を結ぼうとするリッカの手を、ヒイラギがしっかりと止めた。

 

「転生術でも…助かり…ません。貴女まで死んでは…、貴女を…守った意味が…無い」

「ヒイラギ…知ってたの?」

「私も…エドマ様と同じ…一族ですから。貴女が燃やした…あの巻物の…」

「それも…知ってたの」

 

「エドマ様の事は…貴女が…気に病む事では…ありません。貴女とタイガ様の中で…エドマ様は…生きておられる。私も…エドマ様と共に…貴女の中で…生きられる…」

 

リッカの頬を撫でようとするが、もうその力も無いのだろう…。

リッカがその手を持って自分の頬に当てた。二人の手に止めどなく涙が伝う…。

 

「貴女を…守れて…良かっ…た。これで…エドマ…さま…に…」

その先は言葉にならなかった…。

リッカはただただ頷いていた…。

 

そして、ヒイラギの手がリッカの手から滑り落ちた…。

 

「いやぁっ!ヒイラギ!いやよ!いやああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

静寂にリッカの悲鳴がこだました…。

 

 

誰も何も言えず俯いていた。ナルトやサクラは俯いたまま泣いている。

 

 

オレは額当てを戻し、天を仰いだ。

 


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