その日第七班は、見習い忍者達としては重要な任務に就いていた。
波の国の任務からナルトとサスケは、より一層意識し合うようになり、競争心剥き出しでぶつかり合う事もあるが、それも互いに認めあっているからだろう。
今日も二人が競い合うように任務に励み、無事終了した。
今日の依頼は「山菜採りに山に入った老母が一晩帰ってこないので探して欲しい」というものだった。
無事見つけ出し、火の国の病院まで運んだところで完遂だ。
見つけたのはサスケ、運んだのはオレだが、里に帰る道すがら、ナルトが文句を言い出した…。
「あのさ!あのさ!オレってば、そろそろまた忍者らしい任務やりたいんだよねー」
出た…。サスケに見つけられた事が悔しいんでしょーが…。
「はー。お前ねぇ。今日のは行方不明者捜索、人命救助っていう重要任務でしょーよ…」
サクラも同意する。
「そうよ!さっき息子さん、すっごく喜んでくれたじゃない。私感動しちゃったー」
下忍の今でこそ人助けのような任務が多いが、本来、忍の任務は人に喜ばれ感謝されるような事ばかりではない。この先こなす任務は疎まれ、憎まれる事も多いだろう。
だから、今日のような涙を流して喜ばれた記憶が、この子達のこれからの支えに少しでもなればいいと思ったのだが…、やれやれ。
「だってさー、だってさー、先生が忍犬」
「!」
まさか、気付いていたのか?
任務を受けたのは今朝だったが、捜索対象は昨日の昼から山に入ったという事で、見習い忍者であるナルト達に教育の延長線上の任務として遂行させるのは少し不安もあった。
もう夏も終わり、朝晩山の中は冷え込んだだろう、足を滑らせて怪我をしている可能性もある。もしそうなら、一刻も早く見つけ出さなければならない。
そう考えたオレは、任務を受けるとすぐ密かに忍犬達を口寄せし、捜索させていたのだった。
パックンがしばらくして発見し、怪我もないということなので、申し訳ないがオレ達が探し出すまで待っていただきたい旨お願いしていた。
老母は快く応じてくださり、念のため七班の誰かが近付くまでブルに側にいてもらっていたのだ。
気付くとしたらサスケだと思っていたが…。
サスケはオレが手を出すのをあまり好まない、だから気付いたら嫌味の一つでも言われるかと思っていたが…、ナルトの言葉を無視していつもと同じように黙々と歩いている。この様子では気付いてはいないようだし…。
まさか、ナルトが気付いていたとは…。成長したもんだ…。
「先生が忍犬口寄せしてたらもっと早く終わってさー、今頃一楽でラーメン食ってたんじゃねーのー」
…気付いてなんていなかった…。
「…はぁー」
もうため息しか出ないオレに代わって言ってくれたのは、もちろんサクラだ。
「アンタねぇ、バリバリ任務こなしてぜってー強くなってやるってばよ!っなーんて言ってたのはどこの誰よ! しゃーんなろー!」
そうだ!よく言ったサクラ!
「ちぇーっ」
頭の後ろに両手を当てて、口を尖らせながらふて腐れるナルト。
ナルトを小突いてたしなめながら、サスケに同意を求めるサクラ。
面倒くせーなという態度をしながらも、片頬で笑っているサスケ。
「フッ…」
前を歩く三人に思わず笑いがこみ上げる。これがオレ達第七班の日常だ。
里に着いた頃には昼を少し過ぎていた。
「腹減ったってばよォ!だから、先生が忍犬口寄せしてたら今頃ラーメン」
「ナルト!アンタしつこい!」
ナルトの腹の虫と悲壮な呟きは、サクラの鉄拳によって止められた。
実はサクラも腹が減りすぎて苛立ってるのがまるわかりだった…。
通常であれば任務完遂の報告をして終了なのだが、今日は少し違うようだ。
火影様より第七班全員での召集があったのだ…。
最近の任務でナルトがやらかしたアレやコレが次々と脳裏をよぎる…。
「帰ったばかりで悪いな。早速じゃが、次の任務について相談がある」
どうやら叱られるわけではないようだ…。
「依頼主がお前の班をご指名なんじゃ。任務は長旅になるゆえ、先にお前に相談するべきじゃと思ってな」
「…ご指名? …長旅?」
「うむ、依頼主を国まで無事送り届けること。その間の護衛が任務じゃ。」
「…護衛 …送り届ける」
言葉を繰り返すことしかできなかったが、火影様にもわかっていただけるだろう…。
同じような依頼から始まった、あの旅を連想させるキーワードなのだから…。
「フォッホッホッ。まぁ無理もないのォ」
半眼で訝しむオレを見て、可笑しそうに続けた。
「なになに今回は心配ない。お前がそう言うのは目に見えておったからのォ。お前らを待っている間に調べさせたわい。ホレ、あそこにいる娘が今回の依頼主じゃ」
と、広間の反対側にあるソファの方を指した。
そこにはサクラよりもっと年下、火影様の孫である木ノ葉丸と同じ年頃か、もしかすると更に年下なのかとも思われる少女が座っていた。
遠目に見ても真っ黒な髪と、透けるような白い肌、雰囲気からして美しい子供なのだと想像はできたが、それを確かにさせるのは話相手になっている中忍の様子からだった。
「おーおーアヤツ、子供相手にあんなに鼻の下を伸ばしおって。後で叱っておかねば…。 まぁ、あの娘相手では仕方ないかのォ」
そう言って火影様は目を細めるが、オレにとっては少女の美しさよりも、もっと気になる事がある。
「先ほど依頼主の指名で私達にという話でしたが、アイツらの知り合いですか?」
少女とは反対側に控えさせているナルト達を指して言い、そのまま続ける。
「国とは…」
「まぁまぁ落ち着け、順を追って説明する」
火影様の話はこうだ。
少女、名前はリッカという。リッカは火の国から遠く離れた小国の生まれだ。
父親は事業をしており、ほとんど家にはいない。
母親は数ヵ月前、弟の出産時に亡くなられ、それまで側についていた子守も産まれたばかりの弟の世話に掛かりきりになってしまった。
リッカに学問を教えていた父親の知り合いの学者が、塞ぎ込む少女を可哀想に思い、火の国の大名に呼ばれたのを良い機会と同行させたらしい。
しかし、火の国に着いてから学者は病に倒れ、今も火の国の病院で寝込んでいる。
そこで学者はリッカを国に帰すことに決めた。
学者の伴の者は火の国に残るのでリッカ一人が帰る事になったのだが、まだ子供であるリッカを遠く離れた国まで一人で帰す訳にはいかない。
そこで木ノ葉の里への任務依頼となった。
学者は預かった大切なお嬢様なので、必ず無事に送り届けて欲しいと、また以前から交流のあった商人が、波の国を訪れた際にナルト大橋が完成した経緯から感銘を受けた、という話を聞き、木ノ葉に依頼するなら是非その時の忍者にお願いしたい。
いや、件の忍者以外には大切なお嬢様を預けられない!とまで言っていると…。
「しかもじゃ。この任務、内容はCランクのものじゃが何せ距離が長い。ゆえに学者はBランクの報酬を出すと言っておるのだ。お父上は大層裕福な方らしくてな、同行させる上でかなりの金を持たせているらしいのだ。それに通行証も問題ない」
一番気になっていたところだった。
忍が他国に立ち入るのは色々な問題がある。
例え同盟国であっても、忍が無断で領地に入ることはあってはならない。
…建前上では…だが。
それが休戦中と言ってもかつての敵国であればなおさらだった。
依頼遂行の道のりにはそういう国が含まれている。
しかし、今回は学者と火の国まで来たときに使った通行証がまだ使える。
しかも「護衛の忍者の同行を許可する」という、申請するには料金だけでなく、ハードルもバカ高くなる通行証を持っているらしい。
話は全てつじつまがあっている。
火影様が調査したと仰ったのだから、火の国の大名や病院も既に確認済みだろう。少女の様子も何らおかしいところはない。
遠目でも少女の物腰や喋り方からは育ちの良さそうな印象を受けるし、身に付けているものやその雰囲気からして裕福な家庭で育った事に間違いはない。
しかしオレは何故か、何か分からないが、何かが気になっていた。
「どうじゃカカシ、やってくれるか? 距離と期間は長くなるが内容はCランクのものだ。下忍のアヤツらでも大丈夫じゃろう」
「はぁ、それはそうですが…」
「…何か気にかかるのか?」
一瞬の逡巡を経て答える。
「…いえ。長旅になるので、奴らも任務から戻ったばかりですし、身支度をさせなくては…と。それに、今日は今出てもすぐに日が暮れます」
「そうじゃのォ。ならば、明朝出発で良いか?」
「構いません」
取り敢えず、ナルト達に明日の朝から新しい任務が始まることを説明し、
長旅になるから忍具など支度は十分にだが、動きやすさを忘れずに身軽で…
「そんなのわかってるってばよォ!オレ達しろーとじゃねーんだからさ!それより先生達、話なげーよ。オレってば、腹減りすぎて… やっぱりあの時、先生が忍犬を」
「ハハハ、わりーわりー。そうだな、待たしちまったな。もういいぞ!じゃーお前ら、明日な!」
そうだ、三人が、特にナルトがオレと火影様との話を邪魔しに来ないのは、任務後で疲れていただけではなくて、腹が減り過ぎていたからだった。
お詫びにラーメンをおごれと言い出す前に、なんとか解散にしてやった。
「待たせてしまって申し訳無い」
火影様がそう声をかけると、少女は立ち上がり緑色の大きな瞳でオレと火影様を交互に見上げた。
話し相手になっていた中忍は飛び上がって驚いていた。どうやら話に夢中になっていたようで、火影様が近付いた事にも気付かなかったようだ…。
子供相手に鼻の下を伸ばしている事よりも、その方が問題でしょーよ…
ま、この子相手なら仕方ないと言われた火影様の言葉も納得できる美しい少女だった。
「お前は早う仕事に戻れ!」
中忍に手で合図をして下がらせる。
「おかげで退屈しませんでした、楽しかったです。ありがとうございました!」
ペコリと行儀良く頭を下げる、その姿からも育ちの良さ以外は何も感じない。
「火影様、こちらこそ無理なお願いをしてしまってすみません。あの、こちらが…?」
サクラ達よりもいくつか年下だろうに、言葉遣いは大人と変わらない。
ならば、こちらも礼節を尽くさなければならない。
「はじめまして、名をはたけカカシと申します」
それがその少女との出会いだった。
任務は請けたが明朝出発することで了承を得、それでは今晩は宿屋に泊まると言うので、そこまで送り届けて明朝また迎えに来ると約束した。
本当にただの良いところのお嬢さんだ。
年齢の割に大人びているのは親が大層裕福だと言われれば、そうならざるを得ないのかも知れないと納得もする。
しかし何故かオレの中に燻り続けるものは晴れない。
何故なのか…、強いて言うなら… 全てが完璧だから、だろうか。
火の国を訪れ依頼に至った経緯、通行証、少女本人に至るまで非の打ち所がない。
あまりにも完璧だから綻びを探そうとしてしまうのは、オレが忍だからか… ま、ナルト達に言わせればただ単に性格がわりーだけだよ、ってもんだろう…。
何もなければ子供の護衛で旅ができて(しかも、旅費は全額依頼主持ち!)Bランク報酬っていう、オイシイ任務。
逆に何かあれば、それは忍として探り、対処するまでのこと。いつもと変わらない。
ま、何も無いっていうのは、無いような予感がするけどね…、どうも…