この地方で雪が降ることは珍しい。冬であっても積もる事はめったにない筈だ。まして、紅や黄に染まった葉が散ったのはつい最近で、冬らしい寒さになったのはこの数日といったところだろう。まだ晩秋から初冬に季節は変わったばかりだ。
それなのに日が落ちる頃から降りだした雪は止むことなく、景色を徐々に白く染めている。
ここは火の国の中ほどにある温泉宿
湯の国での任務を終え、明日には木ノ葉隠れの里に帰る予定だ。
現役を引退した現在であっても、任務中は「木ノ葉の忍」であることに変わりはない。その任務も完遂し、木ノ葉に帰り着けば「先代」や「六代目」と呼ばれる日常に戻る。
ちょうどその狭間、今晩だけは「木ノ葉の忍」でも「先代」でもない。ただの人間でいられるのだ…。
そんな感傷に浸りながら、部屋の窓から白く染まりつつある景色を眺めていた。
しかし、窓の外とは対照的に部屋の中は暑苦しかった…。なぜなら、座ったままできるトレーニングという自ら編み出したものを実践している男がいるからだ。
「…せっかく風呂入ったのに、また汗かいちゃって…」
「カカシよ!汗こそ生きている証だぞ!」
いや、絶対違うでしょ…。
この暑苦しい男、ガイがトレーニングに夢中になっているようなので、と言っても、それはいつもの事だが…オレは尋ねた。
「少し外、歩いてきてもいい?」
「おお!行ってこい!雪だからな。お前も仔犬のように走り回って青春して来い!」
ま、…走ってくるとは言ってないけどね…。
「悪いね。ちょっと行ってくるね」
宿の羽織と、自分の荷物にある一番厚手の上着を両方羽織って、汗と熱気でモヤができはじめそうな部屋を出た。
「ふぅ…」
思わず溜め息がこぼれたが、これは別にあの青春バカに呆れているわけではない。
決して…、いや、たぶん…。
宿の玄関を出て庭に回ると、そこは既に一面の銀世界で、誰も踏んでいない雪の上を歩くのは少し躊躇いもあったが …ま、この雪ならその足跡もすぐに消えるでしょ。
雪が積もっていないところがそこしかなかったので、ひさしの下におかれた木のベンチに腰掛けてまた一つ溜息をつく。
「ふぅ…」
オレが感傷的になっているのは、現役の「忍」でも「先代」でもない僅かな時間を想ってだけではなく、きっとこの雪のせいだろう。
…あの国も今はこんな雪景色なんだろうか。いや、もっと雪深いのかもなぁ。
一度も訪れた事がない遠い国に、オレは思いを馳せる。
見た事がないその国の景色を、息を呑む程美しいというその国を見てみたいと思った。
火影を降りた今なら、遠いあの国を訪れる事もできるのだろうか…。
湯の国の任務に出かける前、ガイに言ったオレ自身の言葉を思い出す。
「オレは火影も降りたし…かつての懐かしい所を見て回りたくてね…」
訪ねた事も無い国を懐かしいと思うのはおかしいが、その国が郷愁にも似た感情をオレに抱かせるのは、一人の少女と過ごした、あの日々が懐かしいからだろう…。
ふた月程という短い期間だったが、オレに様々な感情を残していったあの日々。
降る雪を見る度、それまで忘れていた小さな氷の棘が、オレの胸の中で痛み出すのだ。
上着に一片の雪が舞い降りて、気温が低いせいですぐに解けることはないこの雪。
雪の結晶は必ず六角形をしているのだという。
六角形の花の形をしているのだという。
その雪の花の名前を持つ少女、雪にも負けない針葉樹の葉にも似た深い緑色の瞳に、強い意志の光を携えた少女の事を思い出すのだ…。
あれはまだ、当代である七代目火影、ナルトが下忍になったばかりの頃だった…