拝啓友人へ   作:Kl

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第五話

それはいつも通りのある春の夕方だった。たまには二人で料理でもしようと、提案してきた友人の案に乗り、二人揃って台所に並んで立っていた。うちのアパートの台所はボロアパートに相応しくそこまで広くはない。我が友人の家と比べたら、半分近く小さいのだが、どうにか二人並んで調理することが出来るくらいの広さはあった。

 

そんな中俺はいつもの如く例のナイフで鶏肉の切り出しをしながら、隣で煮魚の煮汁を作っていた友人に前々から気になっていたことを聞いてみた。

 

「なぁ、そう言えばお前、随分料理上手くなったけど、味付けとかってどうやって味見してんの?」

 

俺の横でコンロの前に立ち手慣れた様子で作業をしている彼女は人間ではなく喰種だ。喰種は人が食べるものを食べることは出来ない。味覚が人間と異なる彼らは人間の食べ物が不味くてしょうがないらしい。さらに、消化器官も人間と異なるため普通の食べ物を消化することが出来ない。喰種にとって人間の食べ物は毒である。

 

つまり、愛支はまともに味見ができないというわけだった。

 

しかし、まともに味見が出来ない割には彼女の料理は美味しい。そこいらの飯屋の下手な料理よりも彼女の料理の方が美味しかった。料理を教えている俺が言うのも何だが、どうしてここまで料理が上手くなったのか気になったため聞いてみたというわけだ。

 

「料理が上手くなったか……キミにそう言われると嬉しいね」

 

彼女はお玉で鍋の中を一周かき混ぜると、そうほほ笑んだ。

 

「味見か……」

 

「そう味見、喰種って人間の食い物はまずくてしょうがないんだろ?」

 

「うん、その通り。私たち喰種にとって人間の食べ物は毒でしかない」

 

彼女は淡々と流れるような動きを止めることはなく、そう言った。

 

「なら、どうやって味付けとかしているわけ? 一応レシピは調べれば出るけど、お前の料理はレシピ通りじゃないだろ?」

 

「おや……よく私がレシピ通りに味付けしてないと分かったね。さすがキミだ」

 

「そりゃお前の料理をそれだけ食えば嫌でも分かるさ」

 

彼女の作る料理は少しだけ普通のレシピより味が濃い。俺はその味の濃さが好きなのだが、彼女に料理を教えた際は、レシピ通りに教えていたため彼女は自分でアレンジして普段の味付けを見つけたことになる。

 

「うふふふふ。そーかい、まぁ、味見の件に関していえば単純なことだよ。人間の料理は死ぬほど不味いけど味見は出来るからね」

 

 

「そりゃどういうことだ?」

 

俺の素朴な疑問に、

 

「うーん、まぁこういう事さ」

 

彼女はそう言うと鍋の中の煮汁をお玉で少し掬うと、いつも味見で使っている小皿に移し、俺へと差し出してきた。

 

差し出されて小皿を掴み一口含む。

 

――うーん、煮魚の煮汁にしては甘味が足りないな……。

 

俺がそんな感想を抱いていると、彼女は俺が手に持っていた小皿を奪い取り、まだ少し残っていた煮汁を自らの口へと運んだ。

 

「うん、甘味が足りないと思ったでしょ?」

 

彼女はうんと一つ大きく頷くとそう言った。

 

「あぁ、確かにそう思ったけど……」

 

「まぁ、それはそうだよ。まだ砂糖少ししか入れてないしね」

 

彼女はニコニコと笑いながら砂糖を手に取り、慣れた手つきで鍋へと入れていく。

 

そして、再び味見用の小皿に少しだけ掬うと今度は自分の口にそれを運んだ。

 

「うん、今度はばっちり、はい!」

 

うんうんと、彼女は満足げに頷くと、小皿を俺に差し出す。なされるがままに小皿を受け取った俺は、少しだけ残っていた煮汁を口に入れた。

 

――あぁ、今度は完璧だな。

 

少しだけ濃い味のそれは俺が好きな味つけだった。

 

「美味しいな……でも、どうやってこれを……やっぱり分量を記憶しているのか?」

 

「うーん、確かにレシピを記憶しているのは勿論だけど……大切なのはそれじゃないよ――私が覚えているのは、マズ味だよ」

 

「マズ味?」

 

「そう、マズ味。さっきも言ったけど私たち喰種は人間の食べ物の味は分からない。どれを食べてもとても不味く感じる、美味しくない。でも、不味いは不味いでも味の変化は分かるんだよ。俗に人間が言う甘さ、からさ、苦さ、酸っぱさ、えぐさ、などなど、私には全て不味いと思うけどそれぞれで微妙に不味さの方向性が異なるんだ。だから、それを記憶する。そうすれば、誰かが作りかけの料理でも完成させることが出来るんだよ。人間が美味しいと言った物を食べてそのマズ味を覚える。そうすれば後はどーとでもなるという訳さ」

 

彼女は流れるような手つきを止めることなく、そう言った。どこまでも普通な物言いで、まるでそれが当たり前だと言わんばかりの様子だった。

 

――どうして、君はそこまで出来るんだ?

 

彼女に初めて料理を教えた時の事は今でも思い出す。味見がてらに一口口に料理を運んだ彼女は、そのまま胃の中の物を全て吐き出した。

 

彼女は何気なく笑うが、喰種にとってのマズ味というのは、人間が考えているよりも遥かに壮絶なものだ。よっぽどのことがない限り、口にしたいと思わないものだろう。

 

「まぁ、私の場合確かに料理は出来るようになったけど、人前ではあまり出せないかもな」

 

「どうしてだ?」

 

「私の料理はある一人の人間が好む味付けになってるからね。少しばかり普通よりも味が濃い」

 

彼女は下準備を終えた魚の切り身を鍋に入れながらそう言った。

 

「それって……」

 

「教えて貰ったのが一般的なレシピだったからね、初めは本当に好みの味付けを探すのに苦労したよ。特に何を出しても美味しいとしか言わないしね……。初めは何度も何度も失敗した。でも、最近は完璧でしょ? 味付け」

 

彼女はそう言って柔らかく微笑んだ。その表情はとても優しく、人間の女性となんら変わらなかった。

 

「――あぁ、でもどうして分かったんだ?」

 

「それは色々と観察したからね。意外と分りやすいんだよ、キミ。例えば、料理の味付けが完璧だと、キミはご飯とおかずを殆ど交互に食べる。でも逆に味が濃いとご飯を食べる回数が多くなるし、水を飲む量も多くなる。逆に味が薄いとおかずの方に箸が伸びがちになる。そして本当に不味くて食べられたものじゃない料理が出てくると、食べた瞬間に右眉が少しつり上がる」

 

――どーだい、よく分かってるだろ?

 

彼女はそう言って笑った。

 

「――――――」

 

笑顔の彼女に俺は何と言葉を返せばいいのか、少しだけ考えた。

 

「まぁ、そんなことは置いておいて、さてもう少しで完成だからちゃちゃっと終わらそう!」

 

「あぁ、そうだな」

 

楽し気に笑う我が親友に俺はそんな事しか言えなかった。

 

最後に今日も今日とて彼女の料理は美味しかったと、とここに記しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ アイコントーク

 

なぁ、愛支。マズ味が違うって言ってたけど具体的にはどう違うの?

 

――うーん、私は実際に人間の料理の味を良く知らないから言葉にするのは難しいーよ

 

じゃあ、何となくでいいからさ。例えば、この煮魚とこっちの刺身ではやっぱり違う訳?

 

――まぁ、感覚でいいのなら……。煮魚と生魚の違いはぱさぱさの度合いが違うよ。言うなれば段ボールを食っているのか、紙粘土を食っているのかの違いだね。

 

それって両方、食い物じゃないぞ……。

 

――それに今のは触感の話ね。味の方は……捨てられて三日たった生ごみを食っているか、捨てられて一週間たった腐った生ごみを食べているのか、みたいな違いかな?

 

そ、そっか……。(おう、よくそんなものを毎回毎回味見できるな)

 

――うふふふふふ。


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