拝啓友人へ   作:Kl

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第四話

いきなりで悪いが少しばかり話を聞いてほしい。

 

――朝、目が覚めると目の前に美人の顔があった。

 

うん、どう思うだろうか。まるで、吐いて捨てるほどあるライトノベルやラブコメ漫画のワンシーンのようだろう。誰しもが一度はそんなシーンを見たり、読んだりしているはずだ。そして同時に主人公に対して羨ましいな、とか、生意気なとか僻みや、嫉妬を抱いたことが有る筈だ。

 

しかし、その状況を実際に体験してみると、いささか心臓によくはない。そうもうお分かりだと思うが、今の俺の状況がまさにそれだった。

 

鈍い頭の痛みと共に目を覚ました俺が、目を開けるとそこには我が友人の顔が目の前にあった。

 

――すぅすぅ。

 

幸せそうな寝息を立てて無警戒に眠るソイツとの距離は直線にして10cmもないだろう。まさに目と鼻の先だ。割れるように痛みを発する頭が覚醒するまでに要した時間は数秒だ。自分でもびっくりするほど一瞬で目が覚めた。

 

――これは、どういう状況だ。

 

目の間には、幸せそうな寝息を立てて眠る我が友人、そしてその友人と同じ布団に入って寝ていたらしかった俺。感覚からするに、いつも使っているせんべい布団ではない。俺の使っている布団よりはるかに柔らかく寝心地の良いこれは、リビングにあるソファー件、愛支のベッドだろう。そして、俺たちが入っている布団も何時もの俺の布団ではない、重くなく更に肌触りのいいそれは、我が親友が買ってきた高級布団で間違いないだろう。この部屋には色々と彼女が買ってきたものが多くあった。

 

 

さて、以上で現状確認は殆ど終わった。それから少しばかり何故そうなったか、昨日の記憶を探ってみる。

 

――確か昨日は愛支と一緒に酒を飲んでて……それで。

 

愛支が持ってきた美味いワインに美味い日本酒を結構飲んだまでは覚えている。

 

――あぁ、酔いつぶれたのか。

 

酷く痛む頭は二日酔いか……。すんすんと鼻を鳴らしてみればアルコールの匂いがした。

 

――何もなかったよな……?

 

そう自己暗示のように自分自身に問いかける。昨日の記憶が殆どないが、友人に手を出すようなことはしていないはずだ。もしも、我を忘れて友人に手を出していたのなら俺はその時点で首を括らなくてはいけなくなる。酒におぼれて我を忘れ女性に手を出すなんて最低な行為をしたのであれば俺は羞恥で生きてはいけない。

 

――まぁ、でもその場合は俺は既に死んでるか。

 

見た目の綺麗さとは裏腹に愛支は強い。酔った俺が間違って手を出しても彼女なら簡単に返り討ちにしてくれるはずだ。だから、俺がこうして無事に目を覚ました時点で手はだしていないことになる……多分。

 

――でも、だとすると何で俺は愛支のソファーで寝てるんだ?

 

確かに昨日はリビングで酒を飲んだが、愛支はソファーに座って飲んでたし、俺はいつも通り座布団に座って飲んでいた。だから、もしもそのまま酔いつぶれたとしてもそこらへんで横になっているか、それともちゃぶ台に突っ伏しているかの二つに一つだと思うのだが……。

 

そのあたりのことは昨日の記憶がさっぱりない俺には分からないし、二日酔いで頭がいたいため、考えるのを止めることにする。

 

――それにしても、こうして大人しいとやっぱり美人なもんだな。

 

目の前で無警戒に眠る我が友人の顔を見る。街中でも中々にお目に掛かれないほど彼女の顔は整っていた。なんせ作家の癖に、彼女本人の容姿のファンというやつも結構な数いるのだ。そこらの芸能人にも劣らないのが彼女だった。

 

今では口を開けば生意気なことを言うが、昔はこれでも態度も可愛かったこともある。彼女にその話をすれば顔を真っ赤にして黒歴史だとか、早く忘れろとか言われそうだけどな。

 

そんな時だった。

 

ゆっくりと、彼女の目が開いた。綺麗な翡翠色の瞳が俺を映す。

 

「やぁ、おはよう。乙女の寝顔を盗み見る何てどうかと思うよ」

 

そしていつもと変わらぬ声でそう言った。

 

「おはよう、愛支。別に盗み見た訳ではないんだけどな……起きたら目の前にお前がいただけだ」

 

それよりも、と俺は続ける。

 

「昨日の夜に何があった? 日本酒を飲んでいたところまでは覚えているんだけどな……。迷惑をかけたみたいですまない」

 

「おや、昨日の記憶ないの?」

 

「すまん、さっぱりだ」

 

「それじゃあ、昨日の夜私を傷物にしたのも……」

 

声のトーンを落とし、まるで信じられないと言った表情をする我が友人、普通の人が見れば間違いなく騙されるだろう演技だ。無駄に演技が上手いのが我が友人だった。

 

「嘘は止めろ。お前を襲っていたら俺は今頃あの世で目が覚めていただろ」

 

「うーん、それは分からないよ……普通の有象無象なら兎も角、キミならね……」

 

そう意味ありげに彼女は微笑んだ後、

 

「それよりも、だ。気分の方は大丈夫か? 結構飲んでたけど……」

 

そう続けた。

 

「あぁ、最悪の気分だ。頭は痛いし、喉は焼けているしな」

 

二十歳を過ぎて酒を飲んだことがある人なら誰しも一度は体験したことがあるだろう。割れるような頭の痛みに、ガラガラの声、最低最悪の気分だ。

 

「うふふふ。辛そうだね」

 

「出来ることならもうしばらく、寝て過ごしたいね――」

 

――でも、流石に起きないとまずいな。色々とこの状況はな。

 

本当はそう続くはずだった言葉は俺の口から出ることはなかった。

 

何てことはない愛支がその先を口にする前に遮ったからだ。

 

「――じゃあ、もう少し寝て過ごそうよ」

 

そう言いながら彼女は布団から両腕を出し、俺の頬に添える。そして更に顔を近づけた。

 

「なっ……お前、服は!?」

 

彼女が布団から手を取り出すときに見えたが、布団の下の彼女は何も身に着けていなかった。驚きの声を上げた俺に対し、彼女は俺の顔にその華奢な両手を当てたまま、

 

「あぁ、あれか暑かったから脱いだだけだよ。最近は随分と気温も上がって来たし、二人で寝ると暑かったんだよ」

 

と、気にした様子もなく言い放った。その顔には何の羞恥の感情も見えなかった。その堂々とした表情を見ていると何だか裸程度で騒いでいる俺が間違っているような気がしてきた。

 

あぁ、ちなみに彼女は確かに何も着ていないが、俺の方はしっかりと服もズボンも着ているのであしからずに。これでお互いに裸だったのならこの対象年齢を少しばかり上げないといけなくなる。

 

「お前、暑かったからって……」

 

「うん? 実に合理的じゃないか。暑かったから服を脱ぐとは、子供でもやるぞ」

 

「いや、もういいや……」

 

堂々とした口調でそう言われ、俺はため息交じりそう返した。

 

「うふふふふ。それともあれかな? キミは妹のような存在である私に欲情するのかな?」

 

そんな俺を見て彼女は楽し気に笑う。何がそんなに楽しいのやら、出来ればその楽しさの一欠けらでも分けてほしいものである。

 

そしてその態度で分かった。彼女は俺をからかうだけの余裕があり、別にこの状況を何の気にもしていないと言うことが。

 

「馬鹿言ってんじゃない」

 

向こうが特に気しないのであれば俺も別に気にしないとばかりに目を閉じてもうひと眠りしようとした俺に彼女はいつもより少しだけ真剣な声色で、

 

「ねぇ、先生。齧ってもいいかい?」

 

閉じかけた目を再び開ける。翡翠色の瞳が俺を映す。

 

「―――――――」

 

「うふふふ、嘘だよ。先生は……先生は不味そうだ。本当に……」

 

お互いの顔と顔の距離が近いため、そんな呟きも耳に入った。

 

彼女の顔は真剣そのものだった。どこにも冗談の色は見えなかった。

 

――あぁ、そうかい。

 

それは何の特別な日でもないある休日の朝の出来事だった。


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