拝啓友人へ   作:Kl

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色々と場面が飛びまくります。読みにくかったならすみません。


第十六話

真戸呉緒という男について考える。喰種捜査官であり、その腕は一流。純粋な白兵戦であるならば特等捜査官ともやりあうであろう力を持つ。

 

真戸呉緒は喰種を恨んでいる。心の奥底から。

 

彼と対峙したからこそ分かる。彼の恨み、憎しみ、怨恨は本物であり、『喰種は悪であり、屑である。そこに個人の人格が入り込む余地は欠片もない』 彼の哲学はこれで完成されている。あの笛口リョーコを襲った時も、そして、今回俺が対峙した時もそうだ。彼の瞳にはただただ復讐すべき憎むべき相手が映っていただけだった。だからこそ、彼はまるで息を吐くかのように俺たちを抹殺しようとした。そこに躊躇いも躊躇もない。何故なら、それが彼の哲学であり、彼の正義だからだ。

 

――一度完成された哲学、思想は並大抵のことでは崩れない。

 

何故ならそれが人格や生きる指針を決定しているからだ。それは人間も、そして喰種も同じことだ。

 

そして考える。

 

――真戸呉緒をどうするべきか。

 

先日の友人との会話。俺の友人は俺と違って頭がいい。だからこそ、あの俺の腕の傷を見て、誰が犯人かなんていうのは辿り付いているはずだ。そして、アイツが犯人を特定したのならばきっと……。

 

先日、友人がぽつりと漏らした言葉を思い出す。

 

『生きていたことを後悔するような、本当の地獄を味わわせてあげるヨ……』

 

彼女はそう言ってケタケタと笑った。我が友人との付き合いは長い。お互いに下の毛も生えそろわない内からの腐れ縁だ。だからこそ、彼女がどう出るのかは分かる。分かりたくても否が応にも分かってしまう。

 

――真戸呉緒は喰種にとっては悪だ。

 

無差別に喰種を狩る真戸呉緒は喰種たちにとって恐怖の代名詞であり、悪である。特に大切な人たちを、夫を、妻を、恋人を、娘を、息子を、そして両親を殺された喰種たちは真戸呉緒を恨んでいる。そんな喰種を俺は何人も知っている。

 

――しかし、

 

とも考える。確かに喰種の立場からすれば、真戸呉緒は悪だ。でも、ここで人の立場に立って彼のことを見て見ればどうだろうか。

 

――人間にとっては、真戸呉緒は……きっと正義だ。

 

喰種は悪だという大衆的意見を信仰する者にとっては、真戸呉緒は正義に他ならない。親の仇、子供の仇を真戸呉緒が討ったという人も多い。そんな人間にとっては、真戸呉緒は恨みを晴らしてくれた恩人であり、正義の執行者だ。

 

それに真戸呉緒自身も、過去に愛すべき人を失っている。真戸呉緒の哲学が完成したのもその事件が切っ掛けだ。そして、その人物を殺したのは……。

 

――分かり合うって難しいな……。

 

ふぅ、とため息に似た息を吐き出す。いつかの日に考えたことが再び頭の中に浮かんだ。正義や悪というのは相対的なものだ。どちらの立場に立つかによってそれはまるで万華鏡を覗いているかのようにコロコロとその見た目を変える。だからこそ、戦争も争いも無くならない。人間同士ですら分り合えず争うのだ。これが、人間と喰種とならその溝も一層深まる。

 

――人間を食べる喰種に、喰種を殺す人間。

 

分かり合えっていう方が不可能だ。どうしようもなく憎しみ合う様に出来ている。

 

――人と喰種がいる世界か……。あぁ、この世は狂っている。

 

もしも、もしも神とよばれる存在が実在して、その神がこの間違った世の中を作ったとするならば、きっと、ソイツは歪んだ奴に違いない。

 

歪んだ世界で、この間違った世界で、俺に出来ることは何か。

 

彼女は言った。

 

『先生、私はこのくそったれ世界を滅茶苦茶に直してやりたいんだ』

 

その考えが正しいとは思わないが、間違っているとも思わない。ただ、俺がするべきことはなにか。

 

――ただ、キミの行きつく先に幸福を。キミに幸あれ。

 

それが俺の哲学だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体がまるで鉛の様に重かった。体を動かそうとしても指の一本すらも動かず瞼すら動かなかった。まるで夢と現の狭間の様にただ意識だけが漂ってるような感覚だった。

 

――あれ? 俺昨日は何してたっけ?

 

ぼんやりとした意識の中でふと考える。昨日のことを思い出してみる。

 

――確か昨日はいつも通りアイツと一緒に飯を食って、それで飯の後に痛み止めを飲んで……。

 

別に特筆して語るようなことは何もないただの平日だった。いつも通り友人が我が家に遊びに来て、いつも通り雑談し、一緒にご飯を作り食べる。そんな何気ない日に一つだけ付け加えるとすれば、先日訳あって少しだけ骨にひびが入った右手が思う通りに使えずに、日常生活でちょっと苦労した程度だろう。

 

楽しく飯を食べて怪我をした右腕の痛み止めを飲んだところまでは覚えている。しかし、それ以降の記憶がない。

 

現実と夢との狭間、少し気を抜けばすぐに夢の世界に落ちてしまいそうな中で頭を巡らせる。

 

そして、出た一つの結論は、

 

――盛りやがったな、アイツ。

 

一緒に作った夕食では可笑しな行程も、可笑しな行動もなかった。でも、この体の状況が自然に起きたとは考えにくい。いつ、どの時かは分からないが、友人が何かをしたのは殆ど間違いないだろう。かれこれ友人とは長い付き合いだ。お互いの心情は知れている。だからこそ昨日から警戒していたのだが、アイツには可笑しな点は何もなかった。でも、逆を言えば、彼女にとっても俺の心情など手に取る様にわかることであり、俺を出し抜くことなど簡単だったのかもしれない。(友人の呼び方は統一した方が良いと思います)

 

――あぁ、くそ……どうにか電話さえ出来れば……。

 

電話を掛けようにも、腕どころか指や口、瞼すらも動かない状況だ。そして、俺の意識はどうしようもなく闇に沈んでいった。最後に頭の中によぎったのは先日、彼女が言っていた言葉だった。

 

『私は、キミを傷つけた人間を許さないよ。うふふふふふふ、地獄ですら生ぬるい本当の絶望をみせてやる』

 

次に俺が目を覚ましたのは、全てが終わった次の日の朝だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大粒の雨粒が大量に降り注ぐ中、彼女は一人ビルの屋上に立ち、街を見下ろしていた。空を重い鉛色が覆い、耳に入るのは当たり一面を海にでも変えんとばかりに降り注ぐ雨音だけ。斜めに走る銀箭の水墨画の世界で彼女は一人笑う。

 

「We look before and after」

 

言葉の継ぎ目に笑い声を滲ませながら彼女は続ける。

 

「And pine for what is not」

 

琳瑯璆鏘として鳴るようなどこまでも美しい、しかしどこまでも冷たい声で

 

「Our sincerest laugher. With some pain is fraught; Our sweetest songs are those that tell of saddest thougt」

 

彼女は笑っていた。その笑顔は、時には美しくまるで画に描いた様な美人のようであり、また時にはどこまでも狂った殺人鬼が獲物を追い詰めた時の様に歪んでいた。そんな相反する笑顔で彼女は笑う。

 

――あはははははははははは! 真戸呉緒! お前にはこの世の地獄を見て貰うよ!

 

まるで自ら雨に当たりに行くように彼女は大きく両腕を広げた。そして次の瞬間、ふと、まるで蝋燭の火が消えるように、音もなくいつの間にか消えた。

 

重い雨の中、彼女の片目は確かに赤く、紅く光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日とは打って変わり、雲一つなくどこまでも続く晴天が頭上を覆っていた。そんな青空の下、俺は携帯を耳に当てる。

 

「そうか、やっぱりそうなったか」

 

昨日から友人とは連絡が取れない。もともと気まぐれな猫のような性格の奴だ。連絡がとれなくなることもよくある。例えば原稿を書き上げているときなんていうのがそうだ。しかし、今回に限っては色々と事情がありそうだった。

 

「郊外にある廃倉庫群がほとんど全壊か……。そして、真戸呉緒が行方不明」

 

それに付け加えて我が友人は音信不通と来たのだ。以上の情報が示すことなんて誰にでも分かる。

 

「真戸呉緒を追跡した者はいるか?」

 

俺はどうするべきだったのだろうか? 本当にこれでよかったのだろうか?

 

「それはよかった。もしも彼女にばれたとしたら、きっとソイツは骨すら残らずこの世から消え去るだろうからな」

 

――あぁ、これでよかった。これで間違いなかったんだ。

 

そう心の中で呟いたのは誰に言い聞かせた言葉だったのだろう。

 

結果としてはただ一つ。この日から、真戸呉緒という男を見た人は一人もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ アイコントーク

 

ん? 偶然だな、こんなところで合うなんて。久し振りだな。

 

――久し振りだね、先生。十日ぶりくらいかな? それと、偶然? 本当にそう思っているんだったら辞書を引くことをお勧めするよ。私も先生と街中で合えるなんて嬉しいんだけどね。でも私は作家だから言葉を訂正させてもらうよ。この場合正しいのは偶然ではなく必然だろうに。

 

じゃあ、運命とでも言っておこうか?

 

――運命……。確かに運命と言った方が面白いね。作家的に……うふふふふふふ。まぁ、いいやそれで要件は何かな?

 

真戸呉緒が行方不明になった。知っているか?

 

――へぇ、あの真戸呉緒がねぇ……。彼ほどの喰種捜査官が行方不明とは、世の中物騒になったね。

 

それに死体はまだ出てきていない。考えられる一番候補は喰種に食われた可能性だ。

 

――真戸呉緒は喰種捜査官。そして彼に恨みを抱いている喰種は非常に多い。まぁ、そんな喰種が報復のために彼を襲うことは十分にあるだろうね。そして、喰種に襲われて殺されたとすれば……。

 

彼は喰種に食われ、その肉体は出てこないってわけだ。

 

――なるほどなるほど、考えうる限りでは一番可能性の高い見事な推理だ。

 

それでお前はどう思う? 真戸呉緒の行方不明について。

 

――さぁ、それはどーだろうね? 私には分からないよ。でも、何となくだけど、地獄にでも落ちたんじゃないの?

 

そうか……。

 

――それよりも、先生怪我はどうだい? まだ痛む?

 

まぁ、少しな。軽いヒビだと言ってもまだ完治にはかかりそうだ。あぁ、それと、今度から痛み止めは自分で取り寄せることにするよ。とある病院で貰った奴にはとんでもない混ざりものが入ってるって噂を聞いたしな。

 

――うふふふふふふ、そうだね。それがいいと思うよ。

 

 




次からはほのぼの展開にいけるはず。いやいくんだ!

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