拝啓友人へ   作:Kl

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第十一話

久し振りに天気がいいある日のことだった。昨日までは三日連続の雨模様で傘が手放せない日々が続いていたが、今日は昨日までと打って変わっての快晴となった。澄んで高い青空が頭上を覆い、雲は申し訳なさそうに小さく泳いでいるだけだ。そんな快晴の下、帰路につきながら、少しばかり考えてみた。

 

俺と彼女について。親友である彼女について考えてみる。

 

彼女との出会いと、これまで過ごしてきたことを思い出す。

 

一般人である俺と有名作家である彼女。男である俺と、女である彼女。何も取り柄のなかった俺と、強くて頭のいい彼女。そして――

 

――人間である俺と、喰種である彼女。

 

ずっと昔から、それこそ出会ってすぐから分かっていた。俺と彼女は決定的なまでに違っていることを。職業でも、性別でも、年齢でも、そして、人間か喰種かの種族の違いなんかよりももっと根本的な部分で俺と彼女は違っている。正反対と言ってもよかった。

 

しかし、だからこそ俺と彼女はここまでの関係になりえた。親友になりえた。違うということと、馬が合わないということは異なる。根本的な部分が異なっていても、その存在の在り方が違っていても、友人にはなりうる。親友にはなりうる。でも――。

 

――でも、そこまでなんだ。そこ止まりなんだ。

 

どう足掻いても、どう頑張っても埋まらない差がある。変わらないものがある。俺も彼女もその根本が変わらない。なら、きっと俺と彼女の関係もそのままだろう。

 

どこまでもいっても俺と彼女の関係は、“友人”のままだ。

 

――そう、それでいいんだ。

 

心の中で小さくそう呟く。

 

――アイツは友人で、手のかかる妹のような奴だ。それでいい。

 

彼女が彼女“らしく”あり続けてくれるのであれば、俺はそれ以上に望むものはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは帰り道のことだった。考え事をしながらぼんやりと歩いていると、目の前に見知った顔が歩いてくるのが目に入った。

 

「――げっ!」

 

あまり会いたくない顔だったため思わずそんな声が出てしまった。きっと、顔の方も何とも言えない顔になっているに違いない。

 

「いきなり、げっ、とは失礼しちゃうなぁー」

 

相手は俺よりも先にこちらに気付いていたのかニコニコと楽しげな笑みを浮かべながら近づいてくる。絹のように艶のある綺麗な茶髪が風に靡いてサラりと揺れる。距離があっても分かるスタイルの良さ、身長は女性にしては高い方で我が友人とは顔一つ分高い。

 

「なんでこんな所にいるんだよ、お前が」

 

まさか四区で出会うとは思ってなかった。いや、別に四区にいること自体はおかしいことでも何でもないのだが、自分の店がある十四区に引きこもっているイメージが強かったため、少しばかり面を食らった。

 

「なに、私が四区に来ちゃいけないわけ?」

 

手を振りながら俺の前まで来ると彼女はわざとらしくその頬を膨らませた。どう見てもあざといその行為だが、彼女がやるとそれなりに絵になった。美人は得だというわけだ。

 

愛支とはまた違った方向でソイツは美人だった。愛支もこいつも顔は非常に整っている。両方とも間違いなく美人といえるだろう。しかし、その方向性が異なっている。愛支の顔を若干、可愛げのある美人とするならば、コイツの顔は凛とした美人という風に評することが出来る。愛支と違って語彙能力がいささかない俺にとっては愛支もこいつも同じく美人と書くしかないのだが、コイツの場合はキリッとした目元に高い鼻、まるで西洋人のような日本人離れした美人だった。見た目からして気の強そうな美人とでも言っておこう。

 

ちなみに性格も若干の可愛げもない。飄々とした笑みの下で何を考えているのか分からない奴だった。愛支ならきっとその顔面の下の本音まである程度は見通せるのだろうが、生憎凡人の俺にはさっぱりだ。

 

「いや、別にそういうことではないが……。お前がここにいるのが意外でな」

 

俺のその言葉にそいつは含んだ様な笑みを浮かべる。もう、既に嫌な予感しかしない。

 

「うふふふふふふ、キミを待ってたんだよ、って言ったらどーする?」

 

「…………」

 

「そー警戒しなくても大丈夫だって! ちょっと、散歩をしてただけだよ。久し振りに天気がいいしね。それにしても、久しぶりだね。最近めっきり店来てくれないから寂しかったんだよ!」

 

明るい底抜けの表情で彼女は言う。その笑顔は本当に裏表がないように見えた。

 

しかし、彼女の狸っぷりは良く知っている。付き合いも伊達に短くない。

 

「そうか、それは悪かったな。最近色々忙しくてな。それじゃあ、また会おう」

 

このまま話し込んでいてもあまりいい予感はしないため、さっさと別れようと無理やり話を終わらせ、彼女の横を通り過ぎようとした時だった。

 

「ちょっと、待ってよ」

 

ガッチリとすれ違いざまに手首を掴まれた。

 

「いや、悪いが今日は用事があるんだよ」

 

特に何も用事はないのだが、この場を終らせるための方便として言っておく。

 

しかし、ソイツは俺の言葉をまるで聞いてもいないかのように、

 

「せっかく会ったんだし、店まで遊びに来てよ。貸し切りにしちゃうよ」

 

「いや、だから用事が……」

 

そう言って先を急ごうする俺の腕に彼女は抱き着き、自身の豊満な胸を押し付ける。そして、背伸びをして俺の耳元に口を近づけると、

 

「金木研くんについて知りたくない? 彼、月山に付きまとわれているみたいだよ」

 

耳元で囁いた。

 

その声をうけ、動きが止まった。

 

「……どういうことだ?」

 

「うふふふふふふ、情報を知りたいのなら対価が必要だよね?」

 

何が楽しいのか彼女は楽し気に笑う。少しはその楽しさを分けてほしいものだ。

 

「……金か? 情報か?」

 

「ざーんねん。そのどちらでもないよ。今日一日私の飲み会に付き合う事、それが条件だよ」

 

「…………」

 

どうやら、俺に端から拒否権はなかったようだ。

 

最後に一つ、彼女の事について伝えておこう。彼女の名前はイトリ。十四区に自分の店であるBAR『Helter Skelter』を開いている女性である。そして、彼女もまた喰種だ。

 

俺とイトリとの関係は何だろうか……。自問自答してもその答えは分からなかった。

 

「そんな怖い顔しなくてもいいじゃん! 今日は朝まで二人きりで過ごそうじゃないか!」

 

唯一分かること、それは、俺はイトリが大の苦手だと言うことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ アイコントーク

 

あぁ、頭がいてぇ……飲み過ぎた。

 

――やぁ、お帰り。

 

なんだ、泊まっていたのか?

 

――いや、キミが帰って来るまで待っていようと思ったんだけど、結局帰ってこなかったからね。まさか朝帰りだとは思ってなかったよ。

 

あぁ、悪い。少し、用事があって飲んでた。

 

――スンスン。

 

おい、急に近づくなよ。

 

――酒の匂いに交じって、香水の匂いと、これは……ワイン? ……先生、大人の階段上った?

 

何馬鹿な事言ってんだよ。

 

――うふふふふふふふふ。

 

何だ、その怪しげな笑みは!?

 

――いーや、何にもないよ。ただ、今度飲みに付き合ってね。

 

(何、怒ってるんだ? あいつ)


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