拝啓友人へ   作:Kl

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第一話

食物連鎖の頂点とされる人を……。

“食糧”として狩る者たちが存在する……。

人間の死肉を漁る化け物として彼らはこう呼ばれる――――――

 

――――――「喰種(グール)」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、今日はどうしたんだ?」

 

目の前に置かれた焼き魚を突きながら目の前の人物に質問を投げかける。

 

「うふふ、用がないとキミの家には来てはいけないのかい? それともあれかな? 彼女とよろしくしたいから急に来られると邪魔だということかな?」

 

すると、目の前に座るソイツは微笑みながらそう返した。その笑顔にはどこか含んだものがあった。

 

「別にそういうことではないが……。それに俺に恋人がいないのを知ってて言ってるだろ」

 

俺がそう返すとソイツは更に笑う。何の混じりけもない純粋な笑い声だった。

 

「あははははは、ごめんごめん。それよりも、どうかな、その焼き魚? 美味しい?」

 

一通りソイツは笑った後に腰まで伸びた癖のある髪を右手でいじりながらそう続けた。ソイツの前にあるのはコーヒーの入ったマグカップが一つだけ。ソイツ専用の赤いマグカップに入ったコーヒーはまだ湯気が昇っていた。それに対して俺の前には焼き魚に、味噌汁に、ご飯に、納豆、そして唐揚げに、サラダが並んでいた。何とも健康にいい選り取り見取りの晩御飯だ。

 

「……美味いぞ。とても」

 

箸でほぐした身を頬張り、そう応える。別にこれはお世辞でも何でもない、本当に美味しいのだ。くやしいことに。

 

――焼き加減といい、塩加減といい、完璧だな。どんどん料理が上手くなってるよなぁ、ほんと。

 

数年前まで魚を焼けば、炭になり、味付けをすれば塩や醤油が一本なくなるような魔のクッキングをしていた奴がよくぞここまで上手くなったものだと感心する。特にここ最近は料理を教えた俺よりも上手くなってきているかもしれない。味見もロクに出来ないと言うのに料理がここまで上手くなるなんて一体どういうことなのだろうか……。

 

「そう、それは良かった」

 

そう嬉しそうに目を細め、ソイツはマグカップに入ったコーヒーを一口啜る。

 

さて、ここらでいい加減俺と彼女との関係についてこたえておこうと思う。別にこれまでの会話を聞いて分かっているとは思うが、残念ながら俺と彼女は一緒に住んでいる訳でも恋人同士ということでもない。そう言うなれば腐れ縁や友人と言った言葉がしっくりくる関係だ。それに、もしも彼女と俺が同棲でもしていたのならこんなボロアパートではなく、まともな物件に住んでいるだろう。全くもって悔しいことに俺と彼女とでは収入に百倍以上の差がある。だからもしも俺と彼女が同棲するとなればもう少しましな物件になることは間違いない。少なくとも超危険地帯の四区のさらに人通りの少ない裏路地にあるボロアパートではないことは確かだ。

 

「ん? どうかした? 私の顔に何かついてる?」

 

俺の視線に、彼女は首を傾げて微笑む。ヒスイ色の髪に、同じく翡翠色の瞳、顔は長年付き合っている俺のひいき目に見ても整っている方であり、十人いれば八人は美人だと太鼓判を押してくれるだろう。本人には死んでも言ってやらないが、平均よりもはるかに美人なのがコイツだ。

 

「いや、何でもない」

 

そう言うと俺は再び視線を食卓代わりに使っているちゃぶ台に戻す。そして、唐揚げを一つ掴むとそのまま口の中に放り込んだ。

 

――うん、美味い。

 

そんな俺の様子を彼女はブラックコーヒーを片手に微笑みながら見ているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、今日はどうしたんだ?」

 

食事が終わり、暫くして再び彼女に聞いてみた。

 

「夕食を作りに来たんだよ。どーせ、ろくなものを食べていないと思ってね」

 

俺の問いかけに彼女は本日三杯目のコーヒーを啜りながら答える。

 

「そんなことはない。俺だって一人暮らしが長い分料理だってできるさ」

 

それに、お前に料理のさわりを教えたのは俺だろ、そう彼女に言うと、

 

「どーだか……大方、簡単な料理ですましてたんじゃないの。冷蔵庫の中身悲惨だったよ」

 

痛い所を突かれた。

 

「うぐ……」

 

「もう付き合い長いんだからそのくらいのことは分かるよ。それに、冷蔵庫の中身を見越してくる途中に結構買い込んで来たから、それなりに潤ってるよ、冷蔵庫」

 

夕食の時にやけに我が家に無いはずの材料で作って出来た料理があったと思ったら、どうやらいつも通り気を使って、来る前に買って来てくれたようだ。一応俺の方が歳が上だと言うのにこれではどっちがどっちか分からないな。

 

「すまない、お金は払うから……」

 

「いーよ、別にお金なんか。私の方が何倍も何十倍も稼いでいるんだし――」

 

「でも。これはそういうことじゃ」

 

「うん、そう言うと思ったから、貰うね」

 

「で、いくらだ――」

 

ポケットに雑に突っ込んであった財布を取り出す。いつもなら心もとない財布だが、今日は帰る途中に、ふとATMに寄ってお金を下してきたため少し暖かい。恐らく食材費位はどうにか出せる筈だ。

 

そう考えながら財布を開いた俺を、

 

「あーあー、別に現金で貰うつもりはないよ」

 

彼女はそう言って制した。

 

「ん……?」

 

「現金じゃなくて別の対価を要求するって言ってるの! 今日、私がここにきた理由はこれだよ!」

 

そう言って彼女はちゃぶ台の下に置いてあった鞄の中から、分厚い茶封筒を取り出した。丁度A4サイズの紙が入る大きさのそれを手に取るとずっしりとした重みがあった。

 

「これは……?」

 

「いいから開けてみて……」

 

そう言われるがままに封筒を開けると、そこには原稿用紙が束になって入っていた。

 

「黒山羊の卵?」

 

原稿用紙の一名目その一行目にはそんな文字が躍っていた。

 

「うん。そーそー! 私の第七作目だよ! 夕飯代替わりに読んだ感想を教えてほしいな」

 

「七作目ってじゃあこれ新作じゃないか!? また持ってきたのか」

 

ここいらでいい加減彼女の正体について話して置くとしよう。俺の百倍ちかく収入のある彼女は作家をやっている。ペンネームは“高槻 泉”。ちなみにいずみ、ではなくせん、と読むから間違えないように。

 

高槻泉といえば、今や読書家の間では知らない人間はいないのではないかと言われるほどの売れっ子作家だ。本屋に行けば、大抵のところで目立つ場所に平積みされているし、今まで出した本は最低でも三十万冊は売れている、よほどの活字嫌いでもなければ高槻泉という名前は何処かで聞いたことがある、そんな作家が高槻泉という作家であり、今俺の目の前でコーヒーを啜っている女性だった。

 

「うん、そうだよ。昨日書き終わったんだ」

 

「……ということは」

 

「まだ誰にも見せていないよ。勿論、担当にもね」

 

昔色々とあったからなのかそうのか、それは分からないが、彼女は書いた作品のほとんどを俺に初めに読ませてくる。今までも書き上がった原稿をそのまま俺の下に持ってくると言うことが何度もあった。

 

「いや、やっぱり俺じゃなくて担当さんにまず見せればいいんじゃないか?」

 

「いーの、いーの。どうせ担当に読まさせたところで面白いですね。じゃあこれで行きましょう! ってなるだけだから……。それに、何か口出しされた所で直す気ないし……」

 

彼女はそう言って笑いながら、さらに続ける。

 

「私の作品に口出し出来て手直しが出来る人は“先生”だけなんだから」

 

――先生。

 

彼女は時たま俺のことをこう呼ぶ時がある。その理由は、今ではもう昔の話になるため、今は割愛させて貰うが、出会って少ししてから彼女はときたま、俺の事をそう呼ぶことがあった。

 

もちろん、俺も作家をやっているとか教師をやっているとかいう訳ではない。彼女が俺を呼ぶときのあだ名のような物の一つだ。それに今ではすっかり彼女の方が頭がよくなってしまった為、どちらかというとからかいの意味も含んでいるような感じだった。

 

「別に俺が読んだとしても同じだと思うけどなぁ」

 

湯呑に入った緑茶を啜りながら言う。

 

――あぁ、やっぱり緑茶は熱いやつに限るなぁ……。

 

「いいから! いいから! 私の作品を最初に読める幸福を味わいながら、感想を聞かせてよ」

 

ニコニコと笑顔で楽しそうにそう言われれば返す言葉は無くなる。人気作家なだけあって彼女の作品は面白い。

 

――うん、まぁろくに推敲も出来ないだろうけど感想だけでいいのなら……。

 

封筒から原稿用紙の束を取り出し読み進めていく。そんな俺の様子を彼女は満足そうにニコニコとただ見ているのだった。何がそんなに楽しいのやら、俺にもその楽しさの一ミリでも分けてほしいものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、どうだった?」

 

最後の一枚をちゃぶ台の上に置くと、すぐに彼女はそう聞いてきた。

 

「面白かった」

 

――そう、面白かった。

 

それが俺が彼女の新作「黒山羊の卵」を読んだ後の感想だった。

 

黒山羊の卵――黒山羊と呼ばれる殺人鬼の女性とその一人息子が主人公の話。それが、彼女が持つ巧みな表現や洗練された文体、緻密な心理描写、そして過激な残虐描写とで書かれていた、彼女の文章が十二分に生きた作品だった。

 

語彙力の少ない俺ではただ面白かった。それだけしか言えなかった。そんな、俺のつたない褒め言葉でも、

 

「ふふ、そう? 貴方にそう言って貰えると嬉しい」

 

彼女はそう言って嬉しそうに目を細めるのだった。

 

「これって、小夜時雨が元になってるのか?」

 

読んでいて気になったことを聞いてみる。小夜時雨とは高槻泉の短編集である虹のモノクロに収録されている小説だ。

 

「おっ! さすが、先生、よく分かったね」

 

「これだけ、似ていれば誰でも分かるよ」

 

「うんうん、さすがさすが」

 

彼女は満足げにそう頷いた。

 

――でも、と少し思う。

 

確かに彼女の新作は面白かった。

 

しかし、気になるところもあったのは事実。

 

黒山羊の卵にあったある一節。

 

『あなたの親は、あなたを育てるのに失敗した』

 

――愛支……キミは未だに……。

 

これがどういう意味を持つのか。結局俺はニコニコとほほ笑む彼女に聞くことは出来なかった。

 

最後に一つだけ伝えておきたいことがある。

 

俺の友人にして腐れ縁の彼女の高槻泉の本名は愛支(えと)――彼女は喰種(グール)だ。

 

季節は春、始まりと終わりの季節だ。窓から一つ、どこからか風に流されてきた桜の花びらが入って来た。

 

 


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