偽伝・機動戦艦ナデシコ T・A(偽)となってしまった男の話   作:蒼猫 ささら

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第六話―――誓約

 IFS対応コンソールに手を置き、ナノマシンを通じてオモイカネと補助脳をリンクさせ、私は電子の海を泳ぐ。

 それは宇宙にも例えられる無限に広がる世界。ネットは広大だと昔誰かに言われた覚えがある。

 私は魚となり、流星となり、電子の海を……宇宙を行き交う。

 

 当たりは付けていた。

 基本、追うのは金の流れ、メールのやり取り……特に男性と若い女性の物が良い。

 クリムゾングループを筆頭とする反ネルガル企業の資金運用の記録を洗い。少しでもおかしなものをピックアップ。

 反ネルガル企業に属する社員と表向き関係なさそうな若い女性とのメールのやり取りを選別し、さらにその女性が議員などの政府関係者や軍高官と頻繁にメールのやり取りしているものを選抜。

 メール交換の頻度と資金の運用記録を照らし合わせる。そこから怪しいものをさらにピックアップする。

 

 他には……各大手のマスメディアのサーバー及び個人の端末にも侵入。

 取材記事・記録や記者と編集者のメールを…政治・経済・軍事を中心に取り留めのないゴシップなんかも一応拾う。

 SNSやネットの掲示板のログも同様に拾って行く。噂や憶測が飛んだ時期、不自然に拡散され、或いはそれを防ごうとする動き。メディアの報道と照らし合わせて不審なものがないか洗ってゆく。

 

 情報は膨大で多種多様で極めて雑多。種別なくごちゃ混ぜにして投棄された幾つものゴミの山の中を漁って、そこに紛れる小さな……小さな価値ある宝石を探すような作業だ。

 非常に根気がいる。セキュリティを突破するのは苦ではない。如何に難解でもパズルゲームを解くような楽しさがあるから。

 でも、ゴミ漁りは本当に苦行だ。その膨大な量もそうだけど、見たくもない汚いものを見せられて身が汚れるような感じだから。

 だからゴミだ。見つけた宝石とて薄汚れた輝きしかない。

 

 それでも――そんな辛い作業でも、

 

「……アキトさん」

 

 呟く。大切な人の名前を。

 この作業が上手くいけば、彼を危険な戦いから遠ざけられる。デルフィニウム部隊との戦闘が避けられるだけじゃない。パイロットになるなんて事は無く、コックのままにしてあげられる。

 ヤマダさんが生き残って、サツキミドリにいるリョーコさん達と合流できれば、パイロットの人数は十分の筈。

 

「……そう思いたい」

 

 十分だなんて事は無いのかも知れない。戦力は多い方が良いのだから。サセボでの初陣でアキトさんはパイロットとしての能力を示してしまった。

 プロスさんとゴートさんは褒めていて、関心を寄せている。

 “記録”を見たという影響なのだろう、エステバリスこそ損傷させたけど、アキトさんは前回の時よりも明らかに高い戦果を挙げた。

 その技量は軍人として、“ナデシコの艦長”として見たら中々のものだと思う。エース見習いともいうべき才能の片鱗が感じられた。もしアキトさんでなければ、パイロットである事に頼もしく感じて素直に喜んでいた。

 だけど、

 

「戦わせたくない。けど……」

 

 けれど、アキトさん。貴方はどうなんですか?

 

 

 

 

 今日は眠気もない、目覚めもバッチリ。昨日のようなミスをする事は無かった。

 無事に朝の仕込みを終えて、

 

「よし……」

 

 満足げに頷く。

 ホウメイさんから食堂開店時間まで小休止だと言われ、自分達の食事を他のクルーよりも一足先に済ませる。

 

「テンカワさん、手際良いですね」

「うんうん、男の人だからどうなんだろう? って思ってたけど、私達よりも全然良いよね」

「ありがとう、そう言って貰えると素直に嬉しいよ」

 

 テーブルを囲み、俺の隣と正面に座ったサユリさんとミカコさんが言い、笑顔で応じる。

 サイゾウさんの指導の下で懸命に頑張った事が褒められたみたいで本当に嬉しかった。照れ臭くもあるけど。

 正直、この一年の生活と修行で料理人というのも悪くないと思っている。自分が作った料理を食べて喜んでくれるのは見ていて気持ちの良いものだ。

 もし仮に元の世界に戻れたとしたら、会社を辞めてこっちの世界で得たこの経験を活かすのも良いかもしれない。

 景気も回復傾向だったし……まあ、それでも苦労は大きいだろうけど。

 

「テンカワの筋は確かに良いね。雪谷食堂って言ったっけ、良い人に指導して貰ったんだな」

「はい、自慢の師匠ですよ」

 

 小さな店だったけど、この戦時でも客足は絶えず繁盛していた。

 実際、サイゾウさんの料理は美味い。元の世界でも行列のできる店ってのを幾つか巡ってみた事があるけど、そこ以上だと思う。……師匠贔屓なのかも知れないけど。

 

「そっか、私も会ってみたいもんだね」

「きっと向こうもホウメイさんのこと知ったらそう思いますよ。話も合うと思います」

「私も会ってみたいなぁ」

「どんな人なんだろうね?」

 

 食事の中、皆で和気藹々と話す。

 サイゾウさんの所では二人っきりだったから、こういうのは久しぶりなようで、また新鮮さがある。

 ……こうやって若い女の子(ホウメイさんを除く)に囲まれているせいかな? 新鮮さがあるのは。

 

「皆さんおはようございます。食事中のところすみません」

「ん? プロスの旦那じゃないか。おはようさん。だけど、まだ店は開いてないよ」

 

 唐突に俺以外の男性の声が聞こえ、入り口の方を見るとホウメイさんが答えたように赤いベストを着たプロスさんが居た。

 

「ははっ、分かっておりますよ。今ここを訪れたのは食事ではなく、テンカワさんにちょっとお話があったからです」

「俺に?」

「はい、お時間よろしいですか?」

「大丈夫です、場所は変えた方が良いですか?」

 

 言って席を立とうとする……が、

 

「いえ、そのままで構いません。食事をしたままで結構です」

 

 制されて俺は浮き上がらせた腰を下ろした。流石に食事は続けないが、

 

「それで話ってなんですか……?」

「はい、大変お願いし辛い事なのですが……」

 

 居住まいを正して尋ねると、プロスさんはやや眉を寄せて困ったような顔をして懐に手を入れる。

 一枚の紙を取り出してテーブルの上に置いた。

 

「唐突であり、契約三日目にしてこう申し出るのは非常に心苦しくなんなのですが、契約内容を変更して貰えないかと……」

 

 プロスさんの言葉を聞きながら俺はテーブルに置かれた紙を見る。ナデシコに乗る前に見た物と同じ物だ。つまりは契約書。しかし、

 

「……パイロットですか?」

「ええ、本業はコックのままであくまで予備ですが……テンカワさんはヤマダさんと違って軍の教育を受けておられた訳ではありませんし、素人ですからね。しかしこの地球では珍しくIFSを持っております」

「それは……」

「ええ、ええ、言われなくとも分かっています。貴方の居た火星では珍しいものではないという事は。ですが、だからこそお願いしたい訳でもありまして」

 

 抗議という訳ではなかったが、原作のように腰抜けパイロット扱いされるのではないかと一瞬感じ、何故か勝手に口が動いてプロスさんに宥められた。

 

「勿論、無理強いする積もりはありません。しかし出来れば引き受けて頂きたいというのが我が方の本音です。何しろ戦力は多い方が良いですから。ナデシコもそれだけ安全となりますしね。……今日行われる防衛ラインの突破の件もあります」

「……少し考える時間を頂けませんか?」

「はい、それは勿論。何分急なお話ですからねぇ。考える時間は必要でしょう。ではわたくしはこれで失礼いたします。色よい返事をお待ちしております、ハイ」

 

 プロスさんは一度頭を下げてから立ち去った。

 俺は契約書を手に取り、しばし見つめる。

 

「ほら、さっさと食べる。開店の時間になっちまうよ」

 

 ホウメイさんはそう言うが、その声は俺には向いておらず周りのホウメイガールズに向けられていた。

 顔を書面から上げると、どうやらサユリさん達は俺の方を見つめていたらしい。興味、好奇心的な目もあれば、心配げなものもあった。

 とりあえず俺も書類をしまい。朝食を片付ける事にする。

 先程まで和気藹々とした会話があったのに、言葉が少ない食事となってしまった。

 

 

 

「パイロット……か、どうしたものかな?」

 

 朝食を終えて食器を洗いながら呟いた。

 ふいにやって来たそのパイロットという選択肢を改めて考える。

 率直に言えば……やはり怖い。やりたくないという思いが強い。しかし戦艦に乗って戦場に赴く以上は危険な時はどこにいても危険だとも思う。だけどそれでもパイロットをするよりも、しない方がまだ安全だ。

 

「……」

 

 俺は死にたくはない。

 だからナデシコに乗った。一年前にそう考えて結論した。戦場に赴く船に乗るというその矛盾の選択が最も生きられる可能性が高かったから。

 人体実験だって恐ろしい。それを避ける為にナデシコに乗ってネルガルとの、そして来るであろうアカツキとの伝手を得る必要があると思った。

 

「やっぱり、パイロットもやるべきかも」

 

 そう、思った。

 ただコックをやるだけでは“弱い”気がしたからだ。ナデシコの中での立場的にも。ネルガルやアカツキの興味を引く意味でも。

 それに原作のアキトとアカツキはパイロットとして共に戦い、張り合う事で友情というべきなのか? 関係を深めていったように思う。

 そしてナデシコという環境だけでなく、アキトという友人なのかライバルなのか、そのように触れ合う事でアイツは変わったんじゃないだろうか?

 

「わからない」

 

 けれど、もしそうであるなら。俺は――

 

 

 

 

 朝の忙しい時間帯を乗り越えた後、俺はナデシコの総務統括者のプロスさんが仕事を行うその部屋を訪れた。

 

「そうですか、引き受けて下さいますか。いやぁ良かった。ありがとうございます」

 

 飾り気の少ないややこじんまりとした部屋の奥、ビジネスデスクに座って端末を広げて作業をしていたプロスさんは、俺の訪問と話に身振り手振りで大仰に喜びを表す。

 

「何分、このご時世ですからね。パイロットを引き抜くのは中々難儀なものでして。今ナデシコに居るヤマダさんを含めて僅か4人。それもパイロット養成校中途の候補生ばかりで。……いえ、勿論、候補生と言っても厳正な審査によって選抜(スカウト)した才能ある若者たちばかりです。サツキミドリに居られる3人は事実、実機によるテストで素晴らしいデータを毎日のように我が社に提供して頂いていますから。ええ……」

「はぁ…」

「と、いけませんな。こんな話をしてもテンカワさんは困惑されるだけですな。まあ、パイロットをスカウトするのはそれだけ大変だったと……愚痴のようなものです。いや、すみません」

「いえ……」

 

 軽く頭を下げるプロスさん。確かに話されてもどう返事をすればいいのか困る話ではあった。

 しかし、少し興味深くもあった。

 ガイもそうだが、やっぱりあの三人娘もパイロット養成校出なのか…中途という事は卒業前にスカウトしたという事なのだろう。

 で、リョーコ嬢を始めとした彼女たちはサツキミドリで実機テストをしていたと。

 しかしガイの場合は、ナデシコに来てから初めて実機に触れた様子だったが……原作第二話でアキトをサポートした姿を思うに、エステに関してそれなりに知識があるようであった。

 或いはシミュレーター訓練ばかりだったのかも知れない。そういえばアイツの異名には『シミュレータークラッシャー』なるものがあった筈。それで養成校では右に出る奴がいない程の腕前とかいう設定もあったような?

 ……あとでガイ本人に話を聞いてみるか。パイロットをやるなら参考になる事もあるだろうし。

 

「はい、結構です。これで契約の変更・更新は完了です」

 

 少し考え込んでいる間にプロスさんは提出した契約書の確認を終えたらしい。

 

「しかし、本当にありがたいです。これでもテンカワさんには期待していますから」

「え? そうなんですか?」

「ええ、でなかったらパイロットに勧誘したりは致しません」

 

 プロスさんの意外な言葉に驚き、お世辞かとも思ったがプロスさんは真面目にそれを否定した。

 

「……でも、俺は素人ですよ。エステで何とか戦えたのだってゲームでやった事を真似しただけで」

「ほほう! ゲームで……それはIFS対応の?」

「はい、そう……ですけど……」

 

 眼鏡の奥にあったプロスさんの眼が光ったように見えた。如何にも興味ありげに。

 俺、何か変わったこと言っただろうか?

 

「なるほど、テンカワさん、貴方は“アドバンスド・チルドレン”という言葉をご存知ですか?」

「え、え……いや……」

 

 その言葉って…聞き覚えがあるってものじゃないぞ。思い掛けない言葉の登場に俺は驚く以上に困惑してしまった。

 

「ふむ……ご存じないですか。アドバンスド・チルドレンというのはコンピュータゲームに慣れた結果、高い機動兵器適正などを持つ事になった人を指す言葉です。ゲームに関連してという訳ではないのですが、どうもこの言葉の語源は昔あったとあるコンピュータゲームから来ているらしいのですが……まあ、この際それは関係ないので捨て置くとして」

 

 いやいやいや、関係ないって言われても俺はびっくりですよ、プロスさん! まさかそんな言葉を聞くとは思ってなかったし。

 

「言うなれば、数世紀前から発達し続けたコンピュータゲームが極めて現実に近づいた影響というべきですね。架空に過ぎなかったそれが、リアリティのある環境と操作性を再現できるようになったが為に、ゲームで培った経験と技術を実際にある戦闘機などの操縦に適応できるようになった訳ですねぇ」

 

 いやはや、技術の進歩の凄まじさを感じさせる話です、などと感心したように言うプロスさん。

 

「そういった事もあってゲーム大会……特に航空機ものやレーシングカーなどで高い成績を収められた方はその手のプロにスカウトされる事があります。勿論、皆が皆という訳ではありません。特に軍の兵器を扱うとなると精神も肉体も健全で屈強なものが必要ですし、他にも例えば対G適性や平衡感覚などが求められます。3Dゴーグル、ヘッドマウントディスプレイなどVR技術はありますが、それだけでは未だそれらはどうにも出来ませんから。それに基本的にゲームオタクというのは……――」

 

 実に饒舌に話すプロスさん、もしかするとそこからもパイロット候補を探したのかも知れない。

 

「――にしても、テンカワさんがそうだとは。私も実例は初めて見ましたが……であれば納得です、訓練もなく初陣であれだけ戦えたのも。いやぁ、居る所には本当に居るものなのですなぁ。火星出身でIFSに慣れておられる事も関係しているのでしょうが」

 

 腕を組んで俺を見てうん、うんと頷くプロスさん。

 褒めているし、感心しているのは分かるが、何処となく珍獣扱いされているようにも思える。

 不快感を覚えるほどではないが、少し居心地が悪い。

 

「……おっと、些か不躾でしたね。すみませんな。ともかく契約は完了です。テンカワさん、改めてお願い致します」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 俺の態度に気付いたらしい、プロスさんは謝罪をし、手を出して握手を求めたので、俺も手を出して軽く頭を下げた。

 

 これで俺はパイロットになった。原作の彼と同じでコックを兼務でという扱いで。

 

 

 

 

 プロスさんの仕事部屋を出て厨房に戻ろうとしたが、

 

「……」

「ルリちゃん……?」

 

 部屋の前には待ち構えるかのようにして小柄な少女の姿があった。

 

「えっと、何か用かな?」

「……」

 

 ルリちゃんは俺の呼びかけに答えず、無表情で俺の傍に近づくと無言のまま俺の手を取って、

 

「ルリちゃん?」

「……」

 

 再度呼びかけるが答えはない。グイグイとこの前のユリカ嬢のように俺を引っ張って前へ前へと通路を進んで行く。

 途中でやはりこの前のように通り掛かるクルーに訝しげな視線を向けられたが、俺はともかく、ルリちゃんは意に返した様子もなく歩く。

 そうして、

 

「アキトさん」

 

 ルリちゃんの部屋へと入って、ようやく口を開いてくれた。

 

「パイロットになったんですね」

「ああ、うん……」

 

 問い掛けに頷くが、ルリちゃんはどうしてか悲しげだ。

 

「どうしてですか?」

「え?」

「どうしてパイロットになんてなったんですか? アキトさんはコックで。戦う必要なんて、ヤマダさんがいて、サツキミドリにはリョーコさん、ヒカルさん、イズミさんもいるのに……防衛ラインも戦う事なく抜けられるのに、前回のように戦う必要なんてないのに」

 

 寂しげな声、とてもとても辛そうな声だ。

 

「なのに――どうして? どうしてですか?」

「……ルリちゃん」

 

 俯いて言う彼女の言葉に直ぐには答えられなかった。けど、ルリちゃんがどうしてこんなにも悲しげか、寂しげか、辛そうなのかは分かった。

 悲しいのは俺がパイロットになった為で、寂しげなのは相談も無しに決めた為で、辛そうなのは俺が戦って傷付いて……死ぬかも知れないからだ。

 

「――、」

 

 ゴメン……と言いそうになって口を噤んだ。軽々しく謝ってはいけないと思った。

 だったら伝えるしかない。

 

「それが必要だと思ったから」

「……」

「ナデシコに乗っている以上、危険な時はどこにいても危険だと思ったから」

「だからって……」

「うん、分かってるよ。敢えてより危険なパイロットになる事もないっていうのは」

 

 話し始めた事で俯いていた顔をルリちゃんは上げる。

 

「でも、未来を変える為にはパイロットになる必要があるって考えたんだ。ネルガルが俺に興味を持つのは避けられない。その時にパイロットだった方がきっと価値がある。そしてアイツ……アカツキの奴が俺に突っ掛かるのにも、パイロットだっていう事が重要だと思うんだ」

 

 顔を上げるルリちゃんを……その金色の瞳を真っ直ぐ見詰めて話した。

 

「……アキトさんが何を考えているかは大体分かりました」

 

 聡明なルリちゃんは俺の言葉から色々と察してくれたようだ、けど俺から目を逸らして、また俯く。

 

「でも、それでも……私は……」

 

 視線を逸らして、俺の眼から逃れながらもルリちゃんは言う。

 

「……アキトさん、分かっているんですか。前回は……貴方の記録では大丈夫だったかも知れませんが、そんな保証はないんですよ! パイロットとして戦って無事であるなんて保証は! 実際にこの前のサセボの時は、ナデシコがあと少し、ほんの少しでも遅れていたら死んでいたかも知れなかった!」

 

 俯いてギュッと拳を握って振り絞るかのようにして言葉を出す。

 

「あの時、私がどんな思いだったか! アキトさんが地上に出た時、……バッタやジョロに囲まれて、銃撃がアキトさんのエステバリスに向く度に、ミサイルが撃たれる度に、私がどんな……どんな思いをしたか……」

「……ルリちゃん」

 

 言葉を振り絞りながらルリちゃんは肩を震わせる。

 

「私はアキトさんに戦って欲しくありません。傷付いて……死んで欲しくありません。そんな事になったら、私は……私は……」

 

 涙を流してはいなかった。けど泣き出しそうな潤んだ声だった。

 思わず手が動いた。ルリちゃんの震える肩に手が伸びて、抱きしめるように置きそうになり、

 

「――……!」

 

 気付いて手を止めた。そんな資格が俺にある訳がない。彼女を宥め、落ち着かせる為であっても……それは……それは――違う。俺の役割じゃない。俺は……“彼”じゃないのだから。

 

「ルリちゃん」

 

 だからせめて声で、言葉で何とかしよう。

 

「分かってる……なんて言えない。絶対に死なないなんて事も軽々しく言う積もりはない。けど、けどさ」

 

 優しく言う。ルリちゃんの気持ちが全部分からないように、俺の気持ちも分かって貰えるかは分からないけど、伝わるように確りと。

 

「俺は頑張るから。この前言ったように未来を変える為に頑張る。それしか言えないけど、俺はあの時にルリちゃんに頑張りましょうって言って貰えて嬉しかったから、だから頑張りたいんだ。未来を変える為に、より良い将来ってのを手にする為に――ルリちゃん、君と一緒に頑張りたいんだ」

「……あ、」

 

 ルリちゃんは顔を上げた。上げてくれた。目は潤んでいたし、肩も少しまだ震えていた。それでも、

 

「勝手な事を言ってるのかも知れないけど、これが俺の気持ちだ。パイロットになるのだって頑張って未来を変えようと思ったから」

 

 悲しそうでも、寂しそうでも、辛そうでもなかった。ただちょっと驚いたような顔だ。

 

「アキトさん、それちょっと矛盾してますよ。一緒に頑張ろうとか言って。本当に勝手です。相談もなく勝手にパイロットになる事を決めているんですから」

 

 ルリちゃんは笑った。驚いた顔から少し可笑しそうに。

 

「でも……そうですね。アキトさんらしいです。考え無しでそうやって何時も無茶をして」

 

 泣き出しそうだった瞳も声も引っ込んでくすくすと笑う。

 

「分かりました。アキトさんの勝手と無茶に付き合います。戦って欲しくない、パイロットを続けて欲しくないって、私のこの勝手な気持ちも変わりませんけど……ええ、思えば私がパイロットをやって欲しくないっていうのも、身勝手な考えでした。ふふ、そうですね。アキトさん、そうやって勝手な私達同士で頑張って行きましょう」

 

 そう、笑顔で言った。

 まるで秋口に夜空に見える涼やかな月の輝きを思わせるような、野原にひっそりと咲く白い花のような、見る者の心を優しく照らしてくれ、穏やかにさせてくれる笑顔だった。

 

「――うん、ルリちゃん、頑張ろうな」

 

 それに俺も笑顔を返した。

 

 そう、“テンカワアキト”に向けるルリちゃんの笑顔に……何とかぎこちなく返す事が出来た。

 

 俺とルリちゃんは未来を変える事をそうして改めて決意して誓った。

 

 




 今回も話が進まず防衛ラインの話に出来ませんでした。

アドバンスド・チルドレンは半分はネタな感じです。そういう事もあるんじゃないかな?と言う思いで書きました。

 それにしてもルリちゃんのヒロイン力がやっぱり強いです。逆行者にした為でもあるのですが。
 ユリカさんにも上手い役割を渡したい所です。しかししばらくは難しいかも知れません。次回辺りも色々とルリちゃんは動くと思いますので。



 日刊ランキング入ったと思ったら今朝起きてまた見てびっくりしました。まさかの一位。寝ぼけ眼が一瞬にして目が覚めましたよ。
 幾らなんでも皆さんナデシコ好き過ぎでしょう(大歓喜、誉め言葉)
 もう本当にありがとうございます。前回のあとがきでも言いましたが、頑張って連載を続けていこうと思います!



 それとSERIO様も誤字報告ありがとうございます。

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