偽伝・機動戦艦ナデシコ T・A(偽)となってしまった男の話 作:蒼猫 ささら
少女……ルリちゃんは、ブリッジへと戻っていった。
「……テンカワさん、ルリさんとお知合いなのですか?」
「いや……そんな事は無い筈ですけど、多分」
「ですよね。ふむ……」
プロスさんは腕を組んで心底不思議そうに考え込む。
まあ、先程のあの子の様子を見ていればそうなるのも仕方がない。俺にしても――
『うわぁ、ああっああ!!』
「ば、馬鹿野郎ッ! た、退避! 退避だ! 潰されるぞ! うおおおっ!!」
二人で首を傾げていると、背後から大声が聞こえ……凄まじい轟音が格納庫内に響いた。
「おーい、そこの少年! コックピットに俺の大切な宝物があるんだ。取って来てくれー!」
足を折って担架で運ばれる男性……というか言う本人も少年なのだが。
「はあ、まったく今ので幾つの資材が無駄になった事やら」
隣で宇宙ソロバンを弾いて頭痛を堪えるような表情をするプロスさん。
「あれって労災になるんですかね?」
「……多分に自業自得ですが、そうなるでしょうね。はあ……他に怪我人が出なかったのが幸いです」
倒れたロボット……エステバリスを見ながら、ついポロッとプロスさんに追い打ちをかけるような事を言ってしまい、プロスさんの溜息が深くなった。
「……すみませんが私はブリッジへ行きます。艦長がまだ来られていないというのが気になりますし。案内はまた後という事で」
「はい、構いません。此処で待っていれば良いんですね」
「いえ、直ぐそこにパイロット用の待機室がありますのでそこでお待ち頂ければ」
「分かりました」
プロスさんは視線で待機室の場所を示し、俺はそれに頷くと彼は格納庫を後にした。
その背を見送り――
「――ふう」
深く息を吐いた。そして倒れたエステバリスの方へ足を進める。
「ははっ、ゲキガンガーか」
コックピットを覗き込んで目にしたもの……シートの上にあるカラフルな超合金フィギュアを見て苦笑が零れた。
足を折った馬鹿の事といい、余りにも原作通りだったからだ。ルリちゃんが此処に居たという差異はあった所為か、何となくホッとした感もある。
しかし、
「っ!」
衝撃音と共に大きな揺れが起きてシートの中に転がり込んだ。つまり……いよいよなのだ。
「落ち着けよ、俺」
シートに座り深呼吸する。
ナデシコに乗艦するという難関は潜り抜けた。なら次は……この正念場を乗り越える必要がある。
ナデシコを狙って襲撃してきた無人兵器との戦闘。
IFSの扱いに慣れる為にサイゾウさんの所では、IFS対応のVRヘッド付きの専用ゲーム機を購入してロボットゲームやFPSなどやってみた。
ステキな未来技術的なゲームな事もあって結構リアルな出来で。かなりやり込んだお蔭でCPUは勿論、ネット回線での対人戦でも好成績を出していた。
「けど、これはゲームじゃない。やられれば死ぬ」
ああ、くそう。身体が嫌でも震える。
エステに乗って戦う必要なんてないんじゃないか? とも思う。戦わず逃げる選択だってあるんじゃないかって。
でもそれが出来るなら原作でもそれを選んでいた筈だ。敵の標的がナデシコである以上は追撃は免れず、逃してくれる訳がないのだから。
「やるしかない!」
右手に手袋をして隠していたタトゥーを露わにする。コントロールボールを握って頭の中にあるナノマシンで形成された補助脳と機体のコンピュータをリンクさせる。
「武器はないか?」
機体を起こして呟くとイメージを汲み取ったコンピュータが答える。
モニターに機体画像が表示されて両腕部が点滅し、俗に言うロケットパンチ……いや、この世界ではゲキガンパンチか? ワイヤーフィストの使用方法が示され、
他にも脚部にイミテッドナイフが収容されている事が示された。
これだけじゃきつい。他には?
そう思うとエステのセンサーで周囲を走査したらしく、ラピッドライフルが近くのコンテナにしまわれていると表示される。
「よし!」
コンピュータとリンクしているお蔭でコンテナの開封が可能だという事も分かり、エステからの遠隔操作でコンテナを開封。中のライフルとおまけの予備弾倉を確保する。
そして搬入作業の為に開きっぱなしになっているエアロックを抜け、ドック内の地上へと続く大型エレベーターに乗り込む。
「すう、はあ……」
もう一度深呼吸する。深く深く息を吸って吐く。
コックピットに僅かに伝わる振動。モニターに映る揺れる光景。戦闘が今も続き、戦場に近づいている事を否応なしに突き付けられる。
いくら深呼吸しても心臓のバクバクとした動悸は治まらない。コントロールボールと操縦桿を握る手が震える。
『誰だ君は! 姓名と所属を言いたまえ!』
「え? ええっと……俺は、テンカワアキト。コックです」
震える手とそこに描かれたタトゥーを見ていたら、軽い電子音と共に目の前にモニター……いや、ウィンドウが投影されて聞き覚えのある台詞に思わず原作の彼のように返事をしていた。
『コック? 何故コックがエステバリスに乗っている?』
『あー! 俺のゲキガンガー!』
『困りますなぁ。パイロットではない方に危険手当は出せないのですが』
『もしもし、そこにいると危ないですよ』
『あら、ちょっとカワイイ子ね』
『あれ? 確か荷物を拾ってくれた人だよね、ユリカ』
次々と空中にウィンドウが展開し、色んな人の声がコックピットを満たす。
知らないのに覚えのある声。
『あーーーっ! アキト!! アキトだー!!!』
より大きく耳をつんざくような声に、あっけに取られそうだった意識が引き締められた。
「ユ、ユリカ! なんでお前がそんなところに!」
原作の彼の言葉を思い出してそう返事をした。いかにも驚いた風に。
『彼女はこのナデシコの艦長でして』
「艦長!?」
『そうだよ。私、艦長さんなんだよ。ぶいっ!』
映像の先でVサインをするユリカ嬢。分かっていた事だが余りの場違いさに変な笑いがこみ上げてきそうなる。
『ちょっ!? ユリカ! あの人と知り合いなの!?』
『うん、私の王子様! ユリカがピンチの時にいっつも助けに来てくれるの!』
『ええっ!?』
『でもでも、アキトを危険な目には遭わせられない! けどそれがアキトの意思なのね! 分かったわ。このナデシコと私たちの命、貴方に託します!』
『頑張ってくださいね』
『じゃあね』
『ゲキガンガー返せよな!』
ユリカ嬢が一方的に言って彼女が映る一番大きなウィンドウが消えて、ブリッジにいるそれぞれの面々のウィンドウも現れては消えて行き、
『……気を付けて下さい、アキトさん』
琥珀色の瞳を持つ少女が心配げに見つめ、不安そうな声を零したのがやはり気に掛かった。
「まったく……」
呆れた呟き。だが気付くと心臓の鼓動も収まり、震えも無くなっていた。
アニメじゃないのに、現実だっていうのにそのまんまな雰囲気に当てられたのか。
ガコンとエレベーターが止まる。
「やってやるさ」
それとも自棄になったのか、不思議とこの場を乗り切れる気がした。
モニターを通して見える光景は、黒煙が昇る炎と崩れた建物。破壊の痕跡。そして周囲を囲む虫型の機動兵器。
それでも臆する事は無かった。
「うわぁあああっ!!」
叫ぶ。己を鼓舞するように。
レーダーマップに素早く目を通し、包囲の薄い所へローラーダッシュを使ってエステを躍らせる。邪魔になりそうな敵機へ右腕のライフルで射撃。
突然地下から現れたこちらへ対応……反応し切れなかったのか、赤い虫型……ジョロ達は回避行動も取る事もなく無防備に砲弾の雨を受けて引き裂かれる。
包囲を突破! そのまま一気に加速。しかし、
「くっ!」
周囲の路面、地面に火花が咲き乱れ、火線がエステの傍を通り過ぎる。左右脚部のローラーの速度を調節し機体を蛇行させて回避機動。直線で移動してはただ的になる。
反撃も必要だ。
「このぉっ!」
速度を殺さないように機体を反転。ローラーを逆回転させながら後退しつつターゲットをマークして射撃。
こちらが回避するようにジョロも回避を行うが、不思議と撃つ先から敵機に当たる。エステのFCSが優れているのか? それともネルガルなりに敵の無人兵器のマニューバやパターンデータを収集して反映している為なのか? 理由は分からないが当たってくれるなら文句はない。
「ん?」
思いの外、直撃を受けて仲間を減らされた為か敵の動きが鈍る。ほぼ廃墟と化した近くの建物などの遮蔽物に身を隠そうとする。
「それならそれで好都合だ」
その隙に一気に距離を取る。
こちらはあくまで囮で時間さえ稼げれば良いのだから。ついでにこちらも遮蔽物を利用して敵機からの射線を躱す。
◇
「コックがパイロットなんて無茶よ!」
「いや、彼は良くやっています」
「うむ、見事な囮ぶりだ。素人の割には動きも良い」
「彼は火星出身だそうですからね。IFSでの機械の扱いには慣れているのでしょう」
「なるほど」
ムネタケ副提督の叫びにプロスペクターとゴート・ホーリーが感心したように話す。思わぬ拾いものかも知れませんな、うむ、等の言葉も続く。
「すごいスゴイ! さすがはアキト! やっぱり私の王子様だよね!」
「ウホンッ……艦長」
「あ、はい、ナデシコ発進準備! アキト、今行くからね!」
映像に見惚れて歓声を上げるユリカに、フクベ提督がワザとらしく咳払いして彼女のやるべき事を遠回しに促す。
それにユリカは一瞬ばつの悪そうな顔を浮かべるも、意図を了解して指示を出した。
「各部署、乗員確認できました」
「ドック内、注水完了。ゲート開きます」
「相転移エンジン出力60%、核パルスエンジン四基とも80%、行けるわ、艦長」
「……ナデシコ発進!」
指示にメグミとルリとミナトが答えてユリカが船出を命じた。
その四人の中、銀の髪の少女はエステの状況を投影する映像を見て、
「……アキトさん」
辛そうに、不安そうに彼の名前を呼んだ。グッと何かを堪えるような表情で。
◇
瓦礫やら廃墟やらを利用して敵からの攻撃を避ける。
空になった弾倉を交換。
ジョロに加えて空からバッタが襲い掛かり、銃撃を浴びせてくる。
ステップを踏むように軽く左右に跳ねて回避。敵の火線の合間を縫って反撃。撃つ度に敵機は火花を散らせてバラバラとなるか、火球と化す。バッタに対しては手応えが妙な感じでフィールドに阻まれているようだが、ライフルの弾は問題なく貫通できている。
無論、こちらも、
「ぐう!」
警告音が鳴り、ダメージが表示される。
機体全体を映す画像が浮かび、左腕部と脚部に銃撃を受けたらしい。だがエステのフィールド出力がバッタよりも上か、バッタの銃撃自体が小さい為か、装甲を貫くまでには至っていない。損傷は軽微だ。
「くそっ! 分かっていたけど数が多すぎる!」
レーダーに映る赤い光点の数、ウジャウジャとモニターに見える無数の機械の虫。その物量の所為でどうしても敵機の攻撃を避け切れない。今の所は大した事は無いがこのままだと、
「!」
その飛行性能で先回りされたのだろう。逃げる先に弧を描いて反転しこちらに迫るバッタ達の映像が拡大表示される。しかもまだ距離はあるが背中の装甲を開放している。
「うおおぉぉっ!」
ミサイルが来る! そう思った瞬間スラスターを噴かせて飛翔、機体を一気に加速させた。進路先のバッタの方へ。
背後からジョロの銃撃が来るがフィールド出力を背面に集中させて防ぐ。
「これで……!」
敵機との距離がグンと縮まり、左ワイヤーフィストを射出! 近くにあった装甲車の残骸を掴み、
「来た!」
バッタから伸びる噴煙。迫るミサイル群にワイヤーフィストの射出した勢いを乗せて拾い掴んだ装甲車をぶつけ、さらにライフルをフルオート。
瞬間、闇夜が明るく照らされた。
数十発のミサイルが装甲車の残骸にぶつかり派手に連鎖的に誘爆した。一機のエステに向かって殺到して密集していた為だ。
それでも数が数だ。一斉爆発した威力……爆炎と衝撃と飛び出した破片は凄まじく、エステまで届いて激しく揺らした。フィールドがなければ結構なダメージを貰っていただろう。
ミサイル群に飛び込むなどと半ば捨て身の戦法だったが、縮まった距離もあって行き先を防ごうとした厄介なバッタを楽に照準出来、フルオートしたライフルで殆ど撃墜できた。
「うおっし!」
小さく喝采を上げて撃ち尽くした弾倉を素早く交換。前方の残ったバッタから伸びる火線を躱しながらお返しとばかりに砲弾を叩き込み、さらにそのまま空中で180度旋回。
後方から迫っていたジョロ達にも目に付く先から銃撃を見舞わせる。
「今のうちに!」
周囲数㎞範囲。レーダーに目ぼしい反応がない事から指定されたポイントへの移動を優先する。
直ぐにまた追い付かれるだろうけど。
「あと3分!」
原作では予定の10分よりも早く来た。ならそろそろ来て欲しいものだが……。
「……やっぱり追い付かれた!」
レーダーの反応と警告音。
機体を振り返らせてモニターを見ると、ジョロを懸架したバッタの群れが迫っていた。背部の装甲も開放し……ミサイルも来る!
「南無三っ!」
回避は無理と判断し、エステのセンサー・レーダーをフルアクティブ、FCSとの連動を最大にして音速を超えて迫るミサイルにライフルを撃つ。
コンピュータがミサイルの軌道を読んでFCSが偏差射撃をサポートする。バッタと違って直線的に飛ぶミサイルは比較的容易に落ち、やはり密集しているお蔭で誘爆してくれる――しかし、
「! ……フィールド全開!」
撃ち落としきれず小型の数発のミサイルが至近に迫るのを見た瞬間、叫んでいた。
実際は叫ぶよりも早くイメージを汲み取って展開したのだろう。前方に出力を集中させた不可視のフィールドが広がり、
「ぐううっ!!」
襲った衝撃……激しい揺れに耐える。強い警告音が鳴り響き、ダメージ表示ウィンドウが浮かぶ。
『ラピッドライフル破損 使用不可』
『右腕部小破』『左腕部中破』『胸部装甲破孔』
『危険!』『危険!』『敵機接近!』
ダメージ表示だけでなく、状況の悪さも伝えてくる。それに一瞬鬱陶しさを覚え、恐怖を感じ、死を予感した――が、
『アキト! 飛んで!』
『早く! 後ろに飛んでください! アキトさん!』
「!!?」
聞こえる二人の声、浮かぶ二つのウィンドウに驚くと同時に言葉に従って俺はペダルを思いっ切り踏み込んでエステを後ろへと跳躍させた。
次の瞬間、流れる風景の直下……エステの足元で見た。海を割って浮上する白亜の
『敵、有効射程にすべて入っています!』
『目標、まとめてぜーんぶっ!』
『了解! グラビティブラスト発射します!』
『
ウィンドウを通して聞こえる女性と少女の声と共に白亜の艦……機動戦艦ナデシコはその力を示した。
前方へと放たれる超重力の本流。その力に飲み込まれて敵群は圧壊し、原子レベルで引き裂かれて火球となった。
「ふう、はぁ、……助かった」
圧巻させられる光景だったが安堵の感情の方が強く、見惚れるような余裕は無かった。呼吸を整えて心臓の鼓動を落ち着かせるので精一杯だ。
本当にもう、最後の瞬間には駄目だと思った。……だけど、
「……生き残れた、か」
安堵した。心の底から。
『アキト! アキト! やったね!』
「あ、ああ」
『うむ、見事な戦いぶりだった』
『いやぁ、やりますね。エステバリスに多少損傷はありましたが、艦は無傷です。十分採算に見合う戦果でしょう』
「はぁ」
『当然だよ! アキトは私の王子様なんだもん!』
『ユ、ユリカぁ、そ、それってどういう意味なの!?』
『ゲキガンガー返せよな!』
『カッコ良かったですよ』
『うんうん、顔に似合わず意外にやるわね』
『新品ピカピカのエステをいきなり傷もんにしたのは許せない……と言いたいとこだが、良くやったぜ兄ちゃん。今回は勲章って事にしといてやらぁ』
『認めない! 認めないわ! こんなのは偶然よ!』
『よくやった艦長。それとコック君』
喜ぶユリカ嬢と褒めてくる厳つい顔の人……ゴートさんとプロスさんに曖昧に答えていると、戦闘前のように次から次へとウィンドウが目の前に浮かんで騒がしくなった。
それに苦笑が零れそうになるが、強く握りっぱなしであるコントロールボールと操縦桿に気付いて、
「……ッ」
力を抜こうとするも強張ったように指が動いてくれず、そこから手が離れなかった。
古い作品という事もあってキャラクターの台詞がおぼろげで、原作と合ってない所がありますがご容赦を。
それにしても書いていると懐かしい気分になります。