偽伝・機動戦艦ナデシコ T・A(偽)となってしまった男の話   作:蒼猫 ささら

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第十四話―――逢引(前編)

 昨日の昼過ぎ頃にルリちゃんからメールが来た。

 待ち合わせ場所は、ドックから出て近くにある3番リニアトレインの駅前。時刻は9時と。

 情けない話であるが、ルリちゃんの誘いを受けながらその時まで待ち合わせ場所と時刻の事をすっかり忘れていた。

 まあ、一緒にナデシコから出ると考えていた所もあったのだが……。

 

「ユリカの奴……艦長辺りに見つかったらどうなるか」

 

 などの不安も思えばある。……あとやっぱりサユリさんにもだ。

 うん? ……そういえば考えてみるとルリちゃんと二人で出歩いて本当に大丈夫だろうか?……――トラウマに刺激が……。

 

「いや、大丈夫だ。きっと……」

 

 前の世界の事を振り払って気を取り直す。

 とりあえず着替えだ。

 トップは無地の白シャツと黒のジャケット、アンダーはジャケットと同じく黒のデニムで良いだろう。ただ靴が普通のスニーカーでしかなく、今一つ決まらないのが問題だ。服をキレイめにして清潔感に気を付けているのに、くたびれた感のあるそれが台無しに思える。

 

「こういう時の為にも、きちんとしたものを買っておくべきだった」

 

 ナデシコに乗ったらずっと艦内生活だと思って油断したのが悪かった。

 バッグの方ももっと決まったのがあった方が恰好が付いていただろう。ポケットに物を入れて膨らみを作るのは余り良くないが、しかし手元にあるのはリュックサックのみ。それは流石に拙い。

 リュックを背負うくらいなら何も持たない方がマシだ。相手によって持っていない方が良いと言う人もいる。

 ちなみにリュックサックもそうだが、デートにスーツ服なども女性にウケが悪いのでデート初心者は気を付けるように。某マッドサイエンティストはクリスティーナの勧めで着て行ったが基本OUTである。ほんと心証が良くないから。ああいうのは場所による。

 

「って、誰に言っているんだろうな……?」

 

 あと無地のシャツだしワンポイントとして、ペンダントなんかのアクセサリーもあれば良かったんだが……これもない。

 ただ、これはこれといって良くも悪くもないからこだわる程でもない。

 コミュニケを外してジャケットの内ポケットに入れて、アクセサリー代わりになる時計を着ける。こっちは拘りがあったのでそれなりの物で見栄えが良い。地球のバイト生活の中でちょっとした散財でもあったけど……――しかしマイナスポイント一つか、それもちょっと目立つ。バッグも入れれば二つになる。

 

「……ルリちゃんの反応が少し怖いな」

 

 11歳とはいえ、女性は女性。デートに訪れた男を見る目は厳しいだろう。ましてやその中身は16歳以上と思われる。

 

「…………悩んでも仕方ない。行こう」

 

 鏡で身嗜みを最終チェック。髪は勿論、髭も……こっちは前から薄いからもとより大丈夫。爪が伸びすぎていないかも確認して部屋を出た。

 

 

 

 

 8時40分に駅前に到着。

 駅は何故か東京駅に似ている。そのミニサイズと言った感じだ。どうも本社が日本にある企業だけにモチーフを持って来たらしい。ここ以外の各ブロックにある駅も似たようなものだとか。

 

「……時間まであと20分か」

 

 軽く周囲を見る。

 ドックの作業員らしいツナギを着た人もいれば、会社員みたいなスーツ姿の男女もいるし、私服姿の人もまばらに見える。

 ナデシコのクルーも中にはいると思うが知っている顔は無い。……多分だが。通路ですれ違ったり、出前先で見た人もいる可能性があるので断言できない。

 

「でも、待ち合わせしているのは俺だけみたいだな」

 

 立ち止まって時間を確認している人間は居ないのでそう思えた。

 

 

 

 10分経過して8時50分。

 ぼんやりと考え事をしながらドックに続く道の方を見ていると――

 

「――あ」

 

 小柄な青い影が見えた。

 こちらに気付いたのだろう。小走りでこちらに駆けてくる。

 

「アキトさん、おはようございます。お待たせしました」

「……」

 

 結構走ったと思ったのに息を切らせずに挨拶するルリちゃん。小走りながらも結構颯爽と走っていたし、さすが武術を嗜んでいると言うべきなのか?

 

「アキトさん?」

「……あ、うん、おはようルリちゃん」

 

 定番の「今来たところ」と言うべきなのだが、挨拶を返すのが遅れて間を外した感があった。

 なので、代わりという訳ではないが、挨拶が遅れた理由について言うべきだろう。

 

「ゴメン、挨拶が遅れて。ちょっと……いや、結構びっくりしたから。良く似合っているね、その服」

「……あ」

「何時も制服だったっていう新鮮さもあるけど、うん……可愛くて、その……まるで御伽噺や童話から出てきたお姫様みたいだ。凄くきれいで似合っているよ」

 

 本当にそう思う。

 ルリちゃんの着ている服は所謂ガーリー系という奴だ。

 リボンやフリルがあしらわれ、袖やスカートの裾が薄いレースになった薄青色のワンピースだ。少しドレスっぽくもあって、柔らかくふわっとした雰囲気のあるそれを纏ったルリちゃんは、まさに御伽噺や童話から飛び出した住人ようだ。

 淡い蒼さを持つ銀の髪に金色の瞳、白磁の肌。整い過ぎるほどに整った容貌に小柄で華奢な見た目。妖精と讃えて可憐だと言いたくなる人の気持ちが良く分かる。

 フリルとリボンとレースで飾られた青い柔らかな衣装によって、そんな彼女の可憐さと美しさがより栄えている。

 今にも幻想の世界に帰る為に空気に溶けてしまいそうな……いや、見ているとこっちがそんな幻想の世界へ引き込まれた錯覚に陥る。

 

「……あ、ありが……とう、ござ……います」

 

 俯くルリちゃん、顔も首も真っ赤だ。

 そんなルリちゃんを見て、ハッとする。……本当に錯覚に引き込まれそうになっていた気がする。

 幾らなんでも見惚れ過ぎだ。

 しかし真面目にこの世のものとは思えない程というのも事実。実際、通り掛かる周囲の人もルリちゃんの方を見て思わず……と言った感じで足を止めたりしている。

 ピースランドの時もこういった格好だったと思うのだが……現実でそれを見たと思う原作のアキトは、そのルリちゃんの姿をどう思ったのかと少し気になる。

 もし何も思わなかったのであれば、朴念仁というレベルを通り越して異星人レベルの感性だ。

 

 と、ほんと見惚れているばかりではいけない。

 

「行こうかルリちゃん」

 

 俯くルリちゃんの手を取った。

 ……ん、ちょっと熱いかな? と柔らかな感触と共に伝わる体温にそう思った。

 

 

 

 

 握ってくるアキトさんの手が少し冷たく感じられた。そんな筈もないのに。……それだけ自分の体温が高いのだと思う。頬の熱さからもそれは確実だろう。

 でも仕方ないと思う。

 

 可愛くて、御伽噺や童話のお姫様みたいで、きれいで。

 オマケに妖精だとか、可憐だとかまで言っていた。小さな声で。

 

 実の所、妖精という言葉はとても恥ずかしく、褒め言葉だとは分かってはいても人間ではないと言われているようにも思えて、正直余り好きではなかった。

 なのに……アキトさんにそう褒められるとまた違う。

 我ながら現金だと思う。素直に褒め言葉だと嬉しく受け取れてしまう。アキトさんにならもっとそう言われたいと思うし、いっそ本物の妖精になりたいとさえ思ってしまう。

 そうしたらアキトさんはもっともっと奇麗だと、可憐だと、可愛いと褒めてくれる筈。

 

「……もしそうだったら、私だけを見てくれるかも……」

 

 気が付いたらポツリとそんな言葉が零れていた。

 

「ん? 何か言ったルリちゃん?」

「い、いえ……」

 

 零れた言葉に咄嗟に首を振って顔を上げる。

 横に並んで歩きながら私を見詰めるアキトさん。その眼には青いワンピースを纏った私が映っている。

 

「あの……本当に似合っていますかこの服?」

「うん、似合っているよ。お姫様みたいだし、ルリちゃんを妖精って褒めたくなる人の気持ちが分かるよ。……すごく可愛くて奇麗だ」

 

 確かめたいという気持ちもあったけど、もっとそう言われたくて尋ねてしまった。そしてやっぱりそう言ってくれて嬉しくて、頬の熱さは一向に消えず、心臓はもうドキドキしっぱなしだ。

 

「そのリボンも良いね。桃色でルリちゃんの奇麗な蒼い銀の髪をとても引き立ててる」

「~~~!!」

 

 もう、もう私、死んでも良いです。いえ、嫌ですけど……今なら死んでも未練なく何処かに昇天しそうな気がします。

 アキトさんにこんなに褒めて貰えるなんて夢のようです。

 ミナトさん、ありがとうございます。貴女のお蔭です。この服のプレゼントがなかったらきっとアキトさんにこれほどの言葉を頂けなかったでしょう。

 それもあと3回はチャンスがあります。赤と白に桃色。今回は私の髪に合わせて青色の服を選びましたが、きっと他のも同様に褒めてくれると思いますし。

 次のデートにはどちらの色の服を選びましょうか?

 

「それでこれからどうするの?」

「こ、これ……から? ……――ッ!」

 

 そ、そうです! これからです。まだデートは始まったばかり。なのに次のデートの事を考えている場合ではありませんでした。

 

「え、えっと――」

「――今日はルリちゃんからの誘いだったけど、俺も一応考えては来てるんだ」

 

 私が何かを言うよりも先にアキトさんが言葉を続ける。

 IDカードを使って改札を抜けてホームへと向かう。正面を向いて歩くアキトさんの言葉に私は耳を傾けた。

 まさかアキトさんが今日のプランを考えてくれていたなんて……と少し驚きながら。リードしてくれるという事なのでしょうか?

 

「まず、午前中なんだけど――」

 

 落ち着きが出て来て……それでも頬はまだ薄っすらと熱く、心臓の鼓動も何時もより大きかったけど、アキトさんの話を確りと聞く事が出来た。

 聞いたプランは意外と言っては失礼ですけど、悪くはなかった。

 私は、午前中に映画を選んでいたのですが……――アキトさんが好きそうなアニメ映画も上映してましたから、ただゲキガンガーとは趣の違う古いロボットアニメのリメイクですが……でも、

 

「俺はそれでいいけど、それじゃあルリちゃんは楽しくないんじゃない?」

 

 そう言われた。

 う……、私の事を思っての言葉に嬉しいような、誘ったのは私だから申し訳ないような……でも、嬉しさの方がやっぱり大きいですけど。

 

「あ、来たね」

 

 リニアがホームに停車した。二人並んで足を揃えて乗り込む。

 席に着くと、繋がれていた手が離れた、

 

「あ……」

「ん、何?」

「い、いえ……」

 

 手が離れた事がちょっと寂しくて思わず声が漏れてしまい、不思議そうにしたアキトさんに何でもないと首を振る。

 

「……そういえば、ルリちゃんは似合ってるけど、俺の恰好はどこか変じゃないかな?」

「え?」

 

 リニアが動きだすとアキトさんが唐突に言った。

 その言葉の意味を考えてアキトさんの恰好を改めて見る。

 待ち合わせ場所の駅前で遠目で見た時はいつもの制服ではないから、直ぐにアキトさんだと気づかなかったのが少し後ろめたく思った。ナデシコ長屋やアパート暮らしの時はほぼポロシャツとジーンズでしたし……制服以外でこういうきちんとした感じのアキトさんは見慣れず新鮮さはありますが、

 

「別に変じゃないですよ」

 

 キレイめという奴だ。

 私と比べると地味な感じは拭えませんが、そこはやっぱり女性と比べるとそういった物だと思いますし……変に派手でないのはアキトさんらしくて、

 

「とても似合っています」

「……そうかな?」

「はい」

 

 正直に言っているのにアキトさんは納得していない様子。どうしてでしょう?

 本当におかしい所はなくて似合っているのに。それにサブロウタさんが言っていました。変に着飾らずに身嗜みを整えて清潔感さえあれば、あとは中身で勝負できると。

 アキトさんは料理人だけあって清潔とか衛生面だとかは確りしていますし……ああ、でもヤマダさんが部屋に居るのがマイナス要素になっていますが。幾らアキトさんが片付けても直ぐ散らかるみたいなんですよね。……今度きつく注意しておきましょうか。

 

 ……まあ、ヤマダさんの事は放って置いて。

 

 とにかく、今のアキトさんは十分清潔感がアピールできていると思います。中身の方にしても、優しく何時も一生懸命な私の大好きなアキトさんです。不満なんてある訳がありません。

 なので、

 

「大丈夫ですよ、男性がデートで必要な清潔さもアピールできています。全然OKです」

「……。ルリちゃんがそう言うなら……」

 

 さらに大丈夫と保証したのに何故か戸惑うアキトさん。どうしてでしょうほんとに?

 仕方ないので、サブロウタさんが言っていた事を言う。デート経験豊富な彼の保証を満たしていると伝える為に。

 

「……うん、それは間違っていないんだけどさ。残念だけどマイナスポイントがあってね」

「?」

 

 アキトさんが困ったように頬を掻きながら言う。

 スニーカーな上にくたびれた物であること、バッグが無くてポケットに財布やら手鏡などの小物が、ズボンやジャケットの内ポケットに入って膨らんでいることなどを言う。

 

「……私、そんな事気にしませんけど」

「……そっか。うん、まあ、ルリちゃんが気にしないなら良いんだけど、さ」

 

 アキトさんは良いというけど、何故か困った顔のままだ。どうしてでしょうか? 分かりません。

 しかし、分からないまま話題は変わり、雑談として先程名前を出したサブロウタさんの話になった。

 彼は私の(ふね)の副長で、元木連の軍人さん。そして私の護衛でもある。

 性格は一見してチャラ男風の不真面目な人ですが、それはフリで根は真面目な熱血漢。とても芯の通った人物です。ハーリー君はそこを長いこと誤解していて中々理解していなかったのですが。

 しかし、

 

「女性関係ではそうでもなかったみたいです」

 

 何となく溜息を吐く。

 多くの女性に粉をかけて休日の度にデートを繰り返しているのは知っていましたが、それも相手を傷つけない範囲で、自分も本気でない程度に上手く線を引いていると思っていた―――それが発覚するまでは、

 

「二股を掛けていました」

「二股? スバルさん以外と誰か線引きを越えた付合いがある人がいたって事?」

 

 アキトさんの相槌に頷く。

 

「はい。木連時代から付き合っていた女性(ひと)が居たんです」

 

 それが発覚した時は大変だった。軍の宿舎の前まで押し掛けて来たその女性とリョーコさんが口論となった挙句、掴み殴るの大喧嘩。リョーコさんも軍人ですがその女性も木連式柔の使い手で、止めようとしたMPも軒並ノックダウンという状況に。

 仕方なく私が不意を突き、二人を気絶させて喧嘩を止めて、逃げようとしたサブロウタさんも捕まえて、目を覚ました二人に土下座させて何とか事態の収拾が付いた。

 

「……木連の軍人はもっと真面目だと思ってたんだけど、二股浮気……か」

 

 いつかハーリー君が言っていたような事を感想として零すアキトさん。

 なおその騒動の被害は以下の通り、

 

 ・リョーコさんとその女性に生傷が多数。

 ・MP一個小隊分の負傷者。

 ・宿舎に数十万円相当の損壊。

 ・サブロウタさんの顔に引っ掻き傷及び打撲複数と断髪。減俸六か月。

 ・ハーリー君に女性へのトラウマ及び顎に亀裂骨折。首にむち打ち。

 

 などとこんな感じである。

 そのあと、サブロウタさんは何とかリョーコさんとその女性二人と縒りを戻せたとの事。……二人共と言うのがやや不可解ですが。

 ハーリー君のトラウマも、とある女性艦長の慰めを受けて大分改善に向かってくれた。……彼女にはあの残党との戦い以来お世話になりっぱなしでしたね。

 

 私はそんな未来での話をして、そしてアキトさんも記録やこの一年の事を話してくれた。

 アキトさんの記録は結構曖昧で継ぎ接ぎだらけらしく、火星の後継者事件の後の事も南雲の乱ぐらいしか知らないとの事だ。

 

「重要な事件や出来事は知ってはいると思うんだけど……」

 

 アキトさんはやや不安そうにそう言った。だから今後もルリちゃんを頼りにする事が多いだろうとも。

 

「この一年は雪谷食堂に勤めて、サイゾウさんの下で料理の修行ばかりだったな。あと一応エステバリスに乗る事に備えてのゲームぐらいかな?」

 

 ナデシコに乗る一年前までの事を嬉しそうに話してくれた。

 

「ホウメイさんも厳しいけど、サイゾウさんも凄く厳しくてね。男の人だから口だけじゃなくて、手も出して来てさ。間違った事をしたら容赦なく手を叩いたり、頭に拳骨を落とされたなぁ……うん」

 

 まあ、それだけ料理に情熱があって、俺の事を思っての事なんだから不満は……いや、正直もうちょっと容赦して欲しかったかな?

 とも、困ったようにも大変そうにも言うけど、やっぱり嬉しそうだ。

 サイゾウさんという人の事を本当に尊敬しているのだと良く分かった。それとアキトさんがどれだけ料理が好きなのかも。

 私も嬉しくなる。アキトさんはコックなんだってそう思えるから。

 

 そうこう雑談に興じている内にリニアが目的の駅に止まった。

 

 

 

 

 ルリちゃんの意見は映画だったけど、どうも自分の事よりも俺の事を考えての事だったので変更した。

 まあ、俺の選択もルリちゃんが楽しめるかはまだ分からないんだけど、アニメ映画よりは良いと思う。……そっちも少し興味はあったけど、何しろあの白い流星と赤い彗星が決着をつける作品のリメイクなのだ。いずれは見てみたいと思う。

 けど、今はそれよりも、

 

「大人一人、こど……子供一人です」

 

 施設に入って受付で一瞬躊躇ってしまって……ルリちゃんの方を一瞥し、苦笑されて仕方なさげに頷かれた。

 そんなルリちゃんに俺も苦笑を返すしかない。

 料金をナデシコでも使うIDカードで支払って入場した。

 

 

 入って直ぐに幾つもの水槽が見えた。

 

「ちょっと不思議かな」

「何がですか?」

「ほら、コロニーだけど、宇宙で水族館があるのがさ」

 

 ルリちゃんにそう答えたように此処は水族館だ。薄暗く大小様々な水槽が並び、その中を多種多様な魚介類が泳いでいる。

 

「かも知れませんね。ですがこういった施設は、無重力などを始めとした宇宙という環境での生物研究の一環で昔から行われている事ですからそう不思議でも――――……なんて、私も“今回”は宇宙は初めてで、これも幼い頃に学んだ知識からの受け売りですけどね。……あ、そういえば水族館自体来るのが初めてですね、そういえば」

 

 ちょっと寂しい事も言うが、ルリちゃんは嬉しそうに並ぶ水槽を見ながら言う。

 泳ぐ魚を追うその目は外見相応の子供のような感じで、好奇心に輝いているようでもあって楽しそうだ。

 

 密かに安堵する。どうやら選択に誤りはなかったらしい。

 

 館内を進み、

 

 コイやフナやアカエイなどの日本でも身近な淡水コーナー。

 カサゴやタイやアジなどよく聞く名前だがその種類は意外に多く驚かされる海水コーナー。

 南方の海や100m以上の深海に住まう魚が見られる珊瑚コーナー。

 熱帯域に住まう巨大魚や色彩鮮やかな魚の他、蛇や蛙やカメレオンまで多様に見られる密林コーナー。

 魚や貝やヒトデやナマコなどに触れられるタッチコーナー。

 

 などそれらを回り、ルリちゃんは時に真剣に、時に驚き、時に感心し、時に不思議そうにして俺と話しながら水槽とその中の生き物を見て行く。

 本当に楽しそうで色んな表情を俺に見せてくれる。

 

「アキトさん、こっちです! クラゲです。クラゲが居ます。……あ! あっちには深海魚がいるみたいですよ……!」

 

 気付くと水槽を見回るルリちゃんを目で追うだけになっていて、彼女に置いて行かれそうになっていた。

 ぼんやりと不思議な輝きを放つクラゲが無数に浮かぶ水槽の前に、ルリちゃんが立ってこちらに手を振っている。

 

「うん、今行く」

 

 その姿に、笑顔に惹かれるように、俺はあの子の後を追う。

 

 

 あれから一時間ほど回ったと思う。

 水族館定番と言える周囲が水槽のトンネルを抜けて、壁一面が水槽となっているエリアに来た。

 

「わぁ……!」

 

 ルリちゃんが子供のような声を上げて水槽へと駆け寄って――

 

「――」

 

 思わず息を呑んだ。

 水槽の上から光が差し込まれ、銀の鱗を輝かせて無数の魚が泳ぐ海底を模した青い世界。そんな世界に一人佇む、薄く青いドレスの如き衣装を纏った蒼銀の髪を持った少女―――妖精の姿。

 

 余りにも様になっていた。一個の芸術、一枚の絵画のように。

 

 水槽を見ていた少女が、妖精が振り向く。嬉しそうにこちらに微笑んで。

 

「――奇麗だな……ルリちゃん……」

 

 自然と言葉が漏れていた。

 この光景をいつまでも見ていたい。時を止めて世界から切り取って、何処か宝箱の中にでも大切に取って置きたいと思える衝動があった。

 

 ――が、

 

「え?」

 

 笑顔だった妖精――少女の、ルリちゃんの顔が少し驚いた風になって、

 

「――いや、水槽がさ。魚の種類も、数も凄いしね」

 

 絵画の世界から抜け出したように思えた。

 

「え、ええ。そうですね。コロニーの中なのにここまで大きな水槽を作っちゃうんですね」

 

 巨大な水槽と泳ぐ魚の群れへ視線を戻しながら感心するルリちゃん。

 そんな彼女の姿を……絵画の世界から抜け出したとはいえ、青い世界に佇むこの子の姿をもう少しこの離れた場所で見ていたかった。

 しきりに首を動かし、身体を左右へ傾けて水槽を見るルリちゃん。

 

「アキトさん、そんな離れた所に居ないで傍で一緒に見ましょう」

 

 また振り返って呼ばれる。俺は惜しく思いながらもルリちゃんの呼びかけに応える。周囲に人の姿がまばらに見えてきた事もある。周囲に人がいては絵にならない。この少女の引き立て役にすらなれない。

 ――と。

 

「……もう」

 

 手を取られた。ルリちゃんの小さな女の子の手が俺の手を握った。

 

「さっきから私の後ろばかりに居て、気付いたら離れているんですから……きちんと傍にいて下さい」

「はは……ゴメン、何となくルリちゃんが水槽を見ているのを邪魔したくなくて」

「何ですかそれ?」

「いや、……はは」

 

 誤魔化す。さっきの青い光景はともかく、左右の髪を揺らして楽しそうにする後ろ姿と、嬉しそうにこちらに振り返って見せるこの子の笑顔を堪能していたかったとは言い難い。

 隣に居てはほぼ水槽に目を向けるしかなく、ルリちゃんの姿を見つめ続けては当の本人に不審がられる。

 

 ――まあ、つまりは水槽や泳ぐ魚よりもルリちゃんを見ている方がずっと楽しく、嬉しい訳で。

 

「……流石にそれを言うのは恥ずかしいからな」

「? ……何か言いましたか?」

「ん、やっぱりコロニーの中なのにこんな大きい水槽を……いや、結構大きい水族館を造るんだな、と思って」

「ですね、確かにこれぐらいでスペースを圧迫する事なんてないんでしょうけど……水だって大量に必要ですし、酸素なんかも、餌だって、循環系も……」

 

 ルリちゃんは感心した様子だ。その声と顔には好奇心も多分に混じっている。辺鄙なコロニーですけど、エステバリスの事もありますし、やっぱり結構重要な研究施設なのかも……などという小さな呟きが聞こえた。

 そんな呟きをかき消すように――

 

『三階の会場プールでイルカのショーが始まります。ご興味のある方はどうかお越し下さいませ、ませ……』

 

 などと何か変に茶目っ気を含んだ放送が掛かった。

 

 

 

 

 水族館……アキトさんが選んでくれた初めてのデート場所。

 そこは私の知らない世界だった。

 知識では大凡の種類や分類などその生命の在り方は知っていたけど、これだけの多くの魚や貝やサンゴや……生き物がいるだなんて知らなかった。きっと“無駄”な知識だと、知る必要のない事だと判断されたからだろう。

 

 実際に泳ぐ姿、ジッと身を潜める姿、餌を食べる姿、仲間と何処かじゃれ合うように触れ合う姿。

 とても新鮮で、驚きで、不思議で、興味深くて……見ていて楽しい。

 

 特に思い入れを覚えたのは、鮭を見た時だ。

 ピースランドの時を思い出す。

 あの時見たほどの数は居らず、力強さや次代に命を繋げようとする雄大さもなかったけど、それでも……うん、嬉しくなった。

 アキトさんの「あ、鮭……そっか」と感慨深げな様子だった事も。それ以上は何も言わなかったけど――それでも分かった。

 “知っている”んだって、実感のない記録だと言っても嬉しく思った。その大切な忘れえぬ思い出を共有しているんだって……それが本当に嬉しかった。

 

 楽しい、嬉しい時間が過ぎる。

 

 でも少しちょっとだけ、寂しくも思う。

 研究所を出て、ナデシコに乗って、戦争が終わって降りて……その後も色々とあってまたナデシコに乗る事になったけど、“外”に出た私は多くを知っているつもりだった。

 けれど、極端な生活だったのだと思ってしまった。こんな誰もが当たり前のように知っている娯楽施設――水族館に行った事もなかっただなんて。

 

 ううん、だからこそ楽しいのだ……きっと。アキトさんとこうして一緒に“初めて”を過ごせるのだ。

 だからこれは楽しくて、嬉しい事だ。

 これからもこうしてアキトさんと色んな“初めて”を経験する事ができるだろうか? そうであって欲しい。

 私はそう思い、願う――いえ、違う、叶えるんだ! 私自身の手で掴んで!

 

 ――そう思ったから手を取った。アキトさんの大きな男性の手を握った。

 

「さっきから私の後ろばかりに居て、気付いたら離れているんですから……きちんと傍にいて下さい」

 

 傍にいて欲しい……そんな想いを込めて。

 そんな私にさっきから何処かボンヤリしていたアキトさんは、苦笑しながらもしっかりと握り返してくれた。

 想いを受け取ってくれたようで嬉しさを覚える。

 

 そうして手を繋いで二人で大きな青い水槽を見ていると、

 

『三階の会場プールでイルカのショーが始まります。ご興味のある方はどうかお越し下さいませ、ませ……』

 

 何か変な放送が掛かった。いえ、言っている内容は分かるのですが……。

 

「これも定番だなぁ。見に行くルリちゃん?」

「はい」

 

 アキトさんの言葉に直ぐに頷いた。

 イルカはペンギンなどと一緒に哺乳類のいるコーナーで見てはいたけど、ショーというのはとても興味があった。

 

 

 会場にはすでに多くの人がいた。半円を描く客席の中段ほどの場所に私とアキトさんは座る。

 そうして一分もしない内にマイクを持った係員の指示に応えるように二匹のイルカがプール下に続くトンネルから泳ぎ出て、プールの中央からほぼ垂直に高く飛んだ。

 

「あ……」

 

 一瞬視線が合った気がした。飛んだ二匹のイルカが私を見た……ように思う。

 ショーの進む間も。輪を潜ったり、ボールをつついてサッカーのようなゲームをしたり、係員を背に乗せて一緒に飛び跳ねたり、音楽に合わせてダンスを、シンクロナイズドをする合間にチラチラとこちらに視線が向いている気がする。

 

『さて、この会場の皆さんの中でイルカさん達と遊んでみたい方は――ん? 何、どうしたの?』

 

 演目が一通り過ぎると、女性の係員さんが私達客席の方へマイクで呼びかけた――のだが、プールから上がって係員さんの足元にいるイルカがぺシペシと尾とヒレを床に叩いて見せ、何かを訴えかけている。

 それに気づいた係員さんが屈んで、イルカと何か話し込んでいるように目を合わせて……係員さんが振り向いた。

 

「え?」

 

 どうしてか私の方を見ている。係員さんもイルカもだ。気の所為だと思ったけどしっかり視線がこっちを向いている。

 

『そちら……えっと、客席中央の中段に居るお客様、青い服を着たお嬢さん。こちらに来て頂けませんか?』

 

 視線を向けられ、呼び掛けられて思わず視線を返すよりも、首を周囲へ巡らせてしまう。けど、それらしい人は私以外に居そうにない。

 

『貴女ですよ、きれいな銀色の髪をしたお嬢さん』

 

 ……やっぱり私の事らしい。思わずアキトさんの方を見る。

 

「行って来たら? あのイルカたちはルリちゃんと遊びたいみたいだよ」

 

 アキトさんは楽しそうな笑顔でそう言う。私が困惑しているのを見て楽しんでいるんじゃないでしょうね? そんな事ある筈もないのにそう考えてしまう。

 

『あ、保護者の方も一緒で構いませんよ。どうぞこちらへ』

「……そっか、なら行こうかルリちゃん」

「え、うう……」

 

 呼び掛けられたアキトさんは躊躇いもなく席から立ち上がった。私の手を取って。

 周囲からの目線が恥ずかしい……目立っています。

 客席にステージに居る方とは別の係員さんが来て、案内されて正面プールを大きく迂回してステージへと上がった。

 同時に何故か拍手をされる。

 

「ア、アキトさん……」

「ははっ」

 

 向けられる拍手、集まる視線に恥ずかしさが増す。思わず助けを求めてアキトさんに声を掛けたのに、アキトさんは頬を掻いて苦笑をするだけだ。……うう、当てになりません。

 

『お名前はなんていうのかな?』

 

 ステージ中央に立つと係員の女性……二十歳を少し過ぎたぐらいの女性……お姉さんにそう尋ねられてマイクを向けられた。

 答えなくてはならないのでしょうか?

 

『ホ、ホシノルリです』

 

 マイクを通して私の声が会場に響いた。

 

『ホシノルリちゃん。うん、語呂も響きも良くて良い名前だね』

『は、はぁ……?』

 

 自分の名前が良いかなんて分からない。

 けどそういえば昔、アキトさんに星に瑠璃がどうとか褒められた事はある気がする。……アキトさんからの言葉なのに覚えていないなんて。

 

『それじゃあルリちゃん、これを持ってくれるかな?』

「あ、はい」

 

 マイクが遠ざかったから私の声は会場へは響かないけど、お姉さんには十分聞こえた筈だ。

 手に大きな……私の身長ぐらいの大きさの輪っかが渡される。軽量なプラスチックかカーボン系の素材なのか見た目に反してかなり軽い。

 

『じゃあ、次はプールの方へ……端の方へ立ってくれるかな? 大丈夫、落ちないように支えてあげるから』

 

 そう言われて肩から軽く押されてプールの方へ私は近づく。

 プールの端に立つと別の係員のお姉さんが来て、私の隣に屈んで肩と腰を持って支えてくれる。

 

『大丈夫ね。うん、それじゃあ――』

 

 ピッと短く笛の音が鳴った。同時にステージに居た2匹のイルカが器用に身体を動かしてプールへ飛び込む。

 そして、

 

「しっかり輪を持っていてね」

 

 そう、支えてくれているお姉さんが声を掛けてくれて、プールの中を大きく弧を描いてイルカたちが泳ぎ、奥へ行って反転……私が立つ方へ戻って来て――飛んだ。

 

「――!!」

 

 天井から当たるライトで艶のある体が少し照り返されて、まずは右から私がプールへ突き出した輪っかに大きな身体が潜った。そして一秒ほどの間をおいて左からもイルカの身体が飛び出して輪を潜る。

 

 目の前を通り過ぎる躍動感のある動き、ダイナミックな迫力。客席から……遠くから見たのとは全く違う。

 水は跳ねたが、そこはステージへ上がる前に渡された雨合羽を着ていたお蔭で濡れる心配はない。

 

「……」

 

 呆然としてしまった。

 怖かったかな? と支えてくれているお姉さんから声が掛かるが答える余裕はない。

 

「凄い……」

 

 ただそんな言葉が零れた。

 目の前、間近でイルカの大きな身体が飛ぶ姿。これも初めての体験だった。何ていうか凄く迫力があってかっこいいとしか言いようがない。

 あんな大きくて、私の体重よりも重い身体があんなにも速く、強く水から飛び上がるだなんて……ほんとに凄いと思った。

 

「はい、これ」

 

 ハッとして気付くとお姉さんからバケツを渡され、言われるままに手に取る。

 

「お魚、触れる?」

「だ、大丈夫です」

 

 バケツを渡された理由、その中に手の平ぐらいの生魚がある意味も分かっている。見ていたから。

 私の居る所に水中から二つの影が迫って、水面からイルカ達が顔を出した。キュウ、キュイと鳴き声を上げながら催促してくる。

 

「今、上げますよ」

 

 バケツから魚を取り出す。ちょっとその感触が気に掛かったけど、躊躇わない。

 少し吊るすように出した魚を二匹は順番に咥えて飲み込む、直後、

 

「!?」

 

 手の平に触った事もない不思議な感触が2回。イルカの口……それとも鼻先? ……が当てられた。

 

「気に入られたみたいね、ルリちゃん」

 

 お姉さんが言う。嬉しそうにくすくすと笑いながら。

 その後も私は笛を渡されて、お姉さん達の真似をしてイルカを飛び上がらせたり、踊らせたり、プールとステージを隔てたイルカとのキャッチボールをした。これが本当に器用に返して来て本当にビックリした。水の中の生き物なのに尾や鼻を使って投げ渡したボールを見事私の居る所へ返してくるのだ。

 

 それを体験して楽しくはあったけど、正直恥じてもいた。

 

 客席から見て、私は確かに楽しんでショーを見ていたけれど、芸を仕込まれて見世物にされているイルカ達に哀れだと、滑稽だと冷めた目線もあったのだ。まるで昔の私のように。

 イルカと触れ合う事でそう無意識に思っていた事に気付かされた。

 けど、それは勘違いだった。イルカは確かに芸を仕込まれてはいる。でもこのイルカ達は係員のお姉さんの事を信頼していて、またお姉さん達もイルカ達の事を大事に思っているのだ。

 そう、友達や家族のように互いに思い合っているのだ。それが強く感じられた。

 

『はい、今日のショーはここまでです。皆さん来てくれてありがとう。そしてイルカさん達と遊んでくれたルリちゃんもありがとう。この子たち二人ともとても喜んでいたよ』

 

 客席に戻った私に手が振られた。イルカ達も懸命に尻尾を振っている。その視線は確かに私の方を向いていた。

 私も大きく手を振って返した。すると表情のないイルカなのに嬉しそうに笑い返してくれた気がした。

 

「うーん……もしかすると分かっていたのかな?」

「え、何がですかアキトさん?」

 

 会場から出るとアキトさんがポツリと脈絡のない言葉を呟いて、私は不思議そうにその考え込むような顔を見上げる。

 

「……あのイルカ達、ルリちゃんが助けてくれたって」

「??」

 

 ますます分からない。何の事だろう?

 

「ステージの横から見ていたけど、あの二匹……まるでルリちゃんにお礼を言っているようだった。サツキミドリの壊滅から自分達を、皆を助けてくれてありがとうって……何となくだけど」

「――!!」

 

 それは何の根拠もない言葉だった――けど、あのイルカは出て来た時に、そしてショーの合間に度々私の方を見ていた。

 イルカの眼……その視力がどれ程のものなのかは分からない。けど、確かに私の方に顔と眼が向いていた。

 

「そう、かも知れません」

 

 それでも根拠はない。イルカの言葉が分かる訳でもないから。でも……うん、私は納得した。あの二匹のイルカ達はそう言っていたんだって。

 

「うん、イルカって昔から予知とか、そんな不思議な力を持っているっていうからね。そういう事もあるかもね」

 

 アキトさんもそう頷いていた。

 

 

 

 ショーが終わるともうお昼前だった。少し早いくらいの方が混んでいないかも? とのアキトさんの意見もあって私達は昼食を取る事となった。

 

「午前中に水族館を選んだのはこれもあってね」

 

 ほんの少しだけアキトさんは得意げに言う。

 館内にはレストランもあった。

 

「水中……レストランですか」

「うん」

 

 そこは周りが水槽に囲まれていて、天井にも部分的ながら水槽がある。薄暗いけど、そう意識した内装と飾り付けと水を通した青い光によって、何処か神秘的な雰囲気がある。

 ただ、

 

「ちょっと高くありませんか?」

「まあ、そういう店だからね」

 

 館内には親子連れもの来客も多いからファミレス程度かと思ったら、ウェイターさんが水と一緒にメニューを持って来て少し驚いてしまった。

 

「そ、そういう店って……?」

「高級志向の中流以上の観光客や来客を対象にした感じで、あとは大人のカップル向けとか、家族のお祝いとかそういうちょっと贅沢をしたい時に来る店。マナーやドレスコードを必要としない程度だけど……」

「……!?」

 

 高級志向や中流以上とかはともかく、カ、カップル……!? それも大人のって!? ――頬が熱くなる。また……。

 

「折角のデートだから男の見栄のような物かな? だから気にしないで好きなものを頼んでよ」

 

 デート……そうなんですけど、今更ながらにその事実を考えてしまう。

 こんなまだ子供の私なのに、アキトさんはそれを真剣に受け止めてくれているのだと。

 ただ子供相手だと、軽く考えていたらこんな所に来ませんし。それに大人向けというだけにそういった良い雰囲気があります。店内の調度やこの薄暗さも、それを補うテーブル周りのライトの配置も。

 ここまで今日のデートの事を、そして私の事を考えてくれているなんて予想外です。勿論、嬉しい意味で。

 

「けど、結局は此処を選んだけど、実は結構迷ったんだよね。ほんとに外食で大丈夫か? とか、俺が用意した方が良いじゃないか? とか、……ほら、ピースランドの事もあるから」

「あ……、あのピザ屋の事ですね」

「そうそう、記録では酷く不味かったらしいから……ルリちゃんも凄く怒っていたし」

「う……」

 

 今度は別の意味で頬が熱くなる。

 あれは私にとって恥ずかしい思い出でもある。あの店員の無駄に自信たっぷりの態度に加えて、あの調味料塗れのピザの不味さに頭に血が上ってしまい――言いたい事を容赦なく言った結果、アキトさんに迷惑を掛けてしまった。

 アキトさんが私を守ってくれた行動は嬉しくもあったのですが……反省すべき事です。

 

「……」

 

 ……その恥ずかしさを含めて、今度行くことになったら前回アキトさんを傷だらけにしてくれたお礼もしなくては……! 今の私ならあんな筋肉だけが取り柄の不良料理人どもに後れを取りません! 返り討ちにしてあげます!

 私は密かに報復を決意する。

 

「ル、ルリちゃん……?」

「あ、す……すみません。あの時の事を思い出して考え事をしてしまいました」

 

 気付くとアキトさんが引き攣った顔をしている。いけません、つい怒りを(おもて)に出してしまったようです。

 困った事にアキトさん、こうして私の事を怖がることがあるんですよね。リョーコさんを取り押さえてから……悩み物です。

 

「そ、そう。……まあ、兎も角それもあってどうするか悩んで、聞いてみたら大丈夫だって意見を貰ったんだ。ホウメイさんも此処の料理長の名前を知っていたし、その人なら問題ないって」

「ホウメイさんの保証があるなら心配はいりませんね、楽しみです」

「うん、だから俺もちょっと楽しみなんだ。どんな味付けなのか」

 

 嬉しそうなアキトさん、その楽しみがあったからこの店を選んだのでは? カップル向けとかではなくて? と邪推してしまいますが、コックとして勉強を兼ねてという事ならそれも許せそうです。

 

「んー、何にしようか?」

「これはどうですか? 料理長のお勧めって書いてありますよ。つまり一番の自信作という事ですから――」

「――なるほど、そうだね。よし、それにしようか、他は……」

 

 メインではあったものの、きちんとしたレストランだけにセットや定食という訳でもないので、その主菜にあったメニューを私達は幾つかを選んで注文した。

 飲み物やデザートも含めて。

 

 

 そうして午前と正午、今日のデートの時間の半分が過ぎた。

 

 

 




 良い副題が思いつかず逢引とまんまに…(汗

 短くなると思いきやいざ書き始めると、長くなる気配が出てきましたので前後編に変更。次回は午後の時間帯となります。
 今回はアキトとの絡みが薄かった気がしますので、次回はそこら上手く書きたい所です。

 ルリちゃんの服については、ガーリー系ブランドでも知られているL〇Z L〇SAの物をイメージしてます。
 フリルやリボンにレースがふんだんに使われたそのブランドファッションはルリちゃんに非常に似合うと思いましたから。
 知らない方はそちらのブランドを検索されると、今回ルリちゃんの着た服のイメージが出来ると思います。

 アキトが昼食に訪ねた店ですが、実はホウメイさんより先にリョーコさんに聞いています。しかし彼女の名前を出すとルリちゃんが不機嫌になるのは明白なのでホウメイさんの名前を前面に出しています。
 ……しかし妙に気配りが出来て、何処かデート慣れしている感のあるこのアキトはホントのアキトなのでしょうか?…などと言ってみたりw

 サツキミドリの娯楽施設が充実しているのは研究も兼ねている面もありますが、ネルガルの福利厚生充実の意図の他、L3にある数少ない他のコロニーからの観光客目当てであるとも設定してます。
 あと研究他、小惑星が基になってますので工場、鉱業コロニーと考えて10万人以上の住民がいるともしてます。ちょっとした都市ですね。ネルガル以外の企業・系列の他、提携先の各種サービス業の店舗なんかが進出していると思います。


 244様、リドリー様、誤字報告等ありがとうございます。助かってます。

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