『私/俺』は『アナタ/アンタ』を『殺したい』 作:柳野 守利
「くっ...あぁ...」
ベッドから体を起こして、まだ眠たいと訴える体を無理やりグッと伸ばした。視界を遮る前髪を留めて、眼鏡をかけて部屋の外へ出る。キッチンでは咲華さんがいつものように朝食を作っていた。俺に気がついた咲華さんは手を止めて、軽く微笑んで、おはよう、と言ってきた
「...おはよう」
「眠たげね。夜中に出歩いているからよ」
ビクッと体が震えた。どことなくぎこちない表情のまま、彼女に聞き返した
「...起きてたのか?」
「えぇ。私は、夜中にコソコソと動き回って、しまいには雨が降ってるっていうのに外に行くなんて思ってなかったわ。一体何してたの? 外じゃ殺人鬼が闊歩してるっていうのに」
「...別に。ただちょっと依頼の件で、ね」
まさか、夜中に外出したのがバレていたとは思わなかった。今後は気をつけなければ...
「ふーん。夜中に動かなきゃいけない依頼、ねぇ...」
「..........」
咲華さんは俺のことをジッと見つめてくる。俺は居心地が悪くなって、後ずさりしてその場から離れようとしたが、急に近づいてきた咲華さんの手によって引き止められた
「...貴方が何を思ってるかはわからない。けどね、貴方は血が繋がってなくても、私の子供よ。だから、お願いだから、危ないことはしないでね」
「...善処はします」
そう答えると、咲華さんは不服そうな顔をして掴んだ右手をギュッと握ってきたが、やがて何かを諦めたかのように手を離して、その代わりに軽く抱きしめてきた
彼女が抱きしめていた時間は10秒にも満たないだろう。俺から体を離した咲華さんは、朝ごはん早く食べなきゃ遅刻するよ、と言って作り終えた朝食を並べ始めた
「..........」
この年になって、血の繋がっていないとはいえ、母親同然の人に抱きしめられるのは、いささか精神的に良くはない。だがまぁ...悪い気はしなかった
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
大学のキャンパスというのはとても広いものだ。見たことない生徒なんて沢山いるし、先生も見たことのない人が多い。いや、単に俺が覚えていないだけかもしれないが
「おっす、橘花君」
歩いていると、不意に肩を強く叩いてから回り込んできた女の子がいた。清楚系と言えば聞こえはいいかもしれないが、言ってしまえば地味子だ。彼女は大学で出来た数少ない友人である
「よぉ地味子。朝から元気だな、お前は」
「地味子言うなし!
軽い拳が腹に突き刺さった。特に痛みを感じた訳では無いが、なにも殴ることはないだろう、と不満な目で彼女を見た
流石地味子、大学に来たはいいものも親しい友達もいず、困り果てていたとのこと。最初の頃は探偵だ、珍しいだのと色々な人が来た。でも、口開く度どうなの、どんな事件があったの、お金結構貰えるのと、嫌気がさして俺から話すのを拒否した。そんな中で唯一最初に仲良くなった友人が彼女だ
「ねぇねぇ、橘花君? ちょっとお願いがあるんだけど...」
彼女がいる上目遣いに聞いてくる。だが地味子は地味子だ。全くもって心は揺れない。悲しい現実だ
「断る」
「ま、まだ何も言ってないのに!」
「どうせレポートの手伝いだろ? 嫌だよめんどくせぇ。自分のことくらい自分でしっかりやんなさいな、毎度毎度提出日ギリギリになって人に頼みにきやがって...」
「だ、だってめんどくさいし...」
「おうそうだな、俺もだ。だから嫌だ」
「ねぇねぇ一生のお願いです!!」
「俺は何度お前の人生を見送ればいいんだよ」
軽く二桁は突入している。彼女の人生とは分割でもされているのだろうか。いや、もしかしたら来世の分も使っているのかもしれない。それはもっと大事な時のために取っておけと言いたい
「え...それは暗に今世も来世も私と一緒にいたいという遠回りな告白...?」
「お前の頭の中は花でも詰まってんじゃねぇのか?」
「年がら年中薔薇色ですとも」
「なにそれ嫌だ」
地味だから忘れていたが、そういえばこの子は腐っていた。誰も彼女が腐る前に摘んでやらなかったのが原因だろう。じゃあお前やれば、と言われれば俺はやんわりと断るだろう
「んで、やってくれるの? やってくれるなら...そうだね、大通りに出来た新しいスイーツ店を紹介しよう」
「...へぇ」
ニヤリと彼女の口角が上がった。どうやら彼女の思惑は成功したらしい。ダメ押しとばかりに彼女は後押しした
「ス・イ・パ・ラ・だって!!」
「乗った」
「流石、話がわかってくれて助かるよ!」
この男は甘いものが大好きだ。甘いものには目がないと言っていい。街中を歩き回り、捜査がてらにスイーツ店や駄菓子屋などを見て回っている。そして気に入ったものを見つけては仕事の合間に買っていくのだ
「よーしっ、じゃあ図書館でやる?」
「おう。なんならアイツらも呼ぼうぜ。皆でやった方が早いだろ。その後は皆でスイパラ行こうぜ」
「女子から誘われておいて、他の男子呼ぶの?」
「おうとも。嫌か?」
「むしろOK」
腐ってやがんなぁ、と心の中で呟いた。数少ない友人は、まだ何人かいる。それらを集めてレポートを書き始めることにした
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ただいま」
玄関の方から声が聞こえてきた。私は料理を作る手を止めて返事をする
「おかえりなさい。今ご飯作り終わりますから」
「あぁ、ありがとう」
姿は見えないが、声は聞こえてくる。いつもみたいにクタクタになっているんだろう。どことなく彼は体力が足りなさそうに思える。私が言えたものでもないけど
「雪菜、リモコン知らないかい?」
「リモコンなら机の上に置いてあります」
いつもはリモコンをテレビのすぐ側に置いておく。今日は先程まで私がテレビを見ていたから、そのままにしておいたのだった。出来上がった料理を両手に持って、机の上に並べていく
仕事から帰ってきた総司さんはネクタイを緩めて、テレビを眺めていた。夕方頃になると、いつものニュース番組が始まる。特有の音楽が流れだして、トピックがデカデカと写し出された
『本日は、今世を騒がす浪川 鏡夜について考察すべく、様々な人達に集まってもらいました』
画面に映し出された場所には、いつもとは違ってたくさんの人が並んでいる。スーツ姿の人がいれば、白衣を着た人もいる
『私は探偵業を営んでいるAです。本日は私が推察した最近の殺人鬼についてお話していこうと思います』
ひとりの男が立ち上がって話し出した。見た目は厳つく、体格はかなりいい。そういえば、恭治さんもなかなか体格はよかった。Aと呼ばれた探偵は話を続ける
『まず、犯人がなぜ殺害現場に証拠品...あのカードを置いていくのかについてです。考えられる想定をあげますと、まず一つに、自分が浪川 鏡夜だと誇示したいだけ。この線は薄いと思われます。では二つ目、これは浪川 鏡夜がやったのだとなすりつけるための偽装工作だということです』
ピクリと体が反応した。先程並べた料理を食べようとしていた手が止まり、その目は画面に釘付けになった
『カードを置くことで、浪川 鏡夜だと皆に認識させる。そして、そのせいで大学生程度の年齢層から外れた男は犯人ではないと、勝手に決めつけられてしまうのです』
『その言い方ですと、今の殺人事件はすべて浪川 鏡夜がやったものではない、と?』
『そもそも、生きていられるわけがないんです。誰の手も借りていなければ、ただの中学生だった男の子が5年も。ならば、逃亡中に力尽きた。警察には発見されておらず、世間には報道されていない。それを隠れ蓑にして浪川 鏡夜になりすまして犯行を行う、という輩かも知れません』
『はぁ...なるほど』
...兄が、死んでいる? そんなわけがない。あの男はきっと生きている。そして色々な人を殺して回っている。きっと、楽しんでいるんじゃないのだろうか。誰かを殺す快感に、味を占めているはずだ。でなければ、こんなに沢山の人を殺してない
「隠れ蓑に、ねぇ。それ言っちゃったら皆怪しいじゃんか」
「...そうですね」
尚も探偵Aは話を続けた
『ですが、三つ目の想定もあります。これは、もしも本当に浪川 鏡夜が実在していて、なおかつこの状況を作り出した場合、ということです』
『それは、一体どういう意味です?』
『浪川 鏡夜は非常に頭がいい。で、あればこの状況を想定しているはずです。カードを置くことによって生じるターゲットの分散。容疑者が増えるということです。容疑者が増えれば、浪川 鏡夜は罪を擦り付けやすくなる』
『...つまり、我々がこういったことを放送するのも予想されていた、ということですか』
『そういうことです。だから私はあえて言わせていただきますけどね、知らぬ相手で、それが優しそうだからとか人畜無害そうだからといって心を許すなと言いたいのです』
『はぁ...なるほど』
「..........」
その放送を聞いて、特に何も思うことは無い。いや、兄に対しての悪感情はあるが。私の周りで知らぬ相手で、優しいとかそういった理由で心を許す相手なんていないのだから
(その依頼、承りましたよ)
「...っ!!」
頭の中に浮かんできたのは、一人の男の姿。いやまさか。そんなことは無い。あの人がそんなことをするわけが無い。だって、彼は
...なら、恭治さんは? あの人は、離婚した女の人が殺されたから探している。でも、晴大さんの弟なら、恭治さんの息子でもあるはずだ。ならなんで、恭治さんは息子の仇は取らないのか
いや、そう伝えたのは彼だ。恭治さんを突き動かすのが元嫁さんの仇だという部分が大きいから、そう伝えたというのもある
...無性に声が聞きたくなってきた。聞いて、俺は違うよと答えてくれれば、私はきっとこんな疑問なんて簡単に捨てられると思う
『では、私の方からも意見させてもらいましょう』
白衣を着た老年の男が立ち上がって話し出した。彼は医者であるBと名乗っている。年齢は60を超えてはいないが、どことなく老いた人の優しげな顔をしている
『私は心理学の専攻をしていてね。今はカウンセラーも請け負っている。もちろん、本業は医者なんだ。そんな私の観点から見させてもらうとね...
「...突拍子もない話が出たもんだ」
総司さんが食後の珈琲が入ったマグカップを傾けてからそう言った
「...確かに、突拍子もないですね。そんな訳ないのに」
私の言葉など聞こえるはずもなく、テレビの中に映っている白衣の老人は話を続けた
『まず、浪川 鏡夜はこの世を誰にもバレず、犯行に及び、そして日常に戻っている。つまり、殺人鬼としての
「...滅茶苦茶な理論だな」
「..........」
すっと、私の手が携帯に伸びていく。けど、途中で止めた。彼にそれを聞くということは、彼を疑っている、ということだ。そんなことはない。そんなことはない、けど...
...私は私以外のことをよく知らない
『二重人格における表と裏の人格。それらが独立した思考回路と行動理念を持っていたとしたら? そして、対立した人格がやっていることを知っているにせよ知らないにせよ、彼らはそのまま生きているのです。表の人格はバレて人生が終わるのを避けたがる。だって自分はやってない。悪いのは裏側だ。しかし、裏側は自分の思うがままに殺人を行う。表が隠すことをわかっているから。警察になにか尋ねられても、嘘発見機を使われても、彼は嘘を言わないんです。だって、
『なるほど...そうなると、本当に誰が犯人なのかわかりませんね。手鏡の中に書かれた三日月。犯人は、浪川 鏡夜は一体誰なのか。早く我々が怯えずに過ごせるようになればいいですね』
画面が切り替わった。どうやらCMに入ったらしい
「...雪菜? 顔が青いぞ、どうした?」
「......大丈夫、です」
どうやら、私は自分で思っている以上に動揺しているらしい。テレビの内容を鵜呑みにするなと、私自身に怒鳴りつけたいが...。手は震えているし、奥歯が食いしばるように強く突き合わされている
...酷い話だ。だって、今の話が全部、彼に当てはまってしまうから
To be continued...
二重人格における記述は、自分の独自設定が盛り込まれている可能性があります。本来の二重人格とは異なる可能性があるので、注意してください