『私/俺』は『アナタ/アンタ』を『殺したい』 作:柳野 守利
いざ目が覚めてみると、首元に冷たいものが当てられていることに気がついた。私と沙耶の間に、誰かが座っている
「おはようお嬢ちゃん。叫んだりすんなよ、わかんだろ?」
首元に当てられた冷たいもの、鈍く光るナイフは首にくいこみはしないものの、確かに刃の部分が当てられていて、少し擦るだけて切れてしまいそうに思える。体が硬直し、嫌な汗と共に悲鳴が漏れそうになる
「...誰、なんですか? 晴大さん、は?」
震える声で訪ねた。助手席に座った男が私達に見せるように晴大さんの持っていた財布などを見せつけてくる。顔は前を向いていてわからない。けど...
「わからない? 君達ね、あの男の人に捨てられちゃったんだよ」
堪えるような笑いが響く。車はどんどん見知らぬ場所へと走らされていく
あぁ、なんだ...結局は、そうだったんだ
「......裏切り者」
ポツリとその言葉は呟かれた
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
青色の軽自動車が夜中にスピードをぐんぐん上げて町外れを駆けていく。交通違反なそのスピードの車を運転するのは...驚いたことに強面の私服警察だ
「もっとスピード出せないのか!?」
「馬鹿野郎お前、俺警察だっつってんだろ!! これ以上スピード出して捕まりたくねぇよ!!」
「元はといえばアンタらのせいじゃないか!!」
後部座席に座っている男が怒声をあげた。助手席に座る男は口に飴を含みながら答える
「仕方がない、労働基準法が大事だってハッキリ分かんだね」
「んとにドイツもコイツも...!!」
パーキングエリアでどうするべきか悩んでいた彼の元に駆けつけたのは車を運転する警察の藤堂 秀次と彼の父親である橘花 恭治だった。彼らは見回りの途中で見つけた手配中の強姦事件の犯人がある一団の中にいたため追いかけたのだが、寝不足や疲労がたたり逃げられたらしい。犯人は車で逃走、パーキングエリアで車を降りて彼の鍵を奪い、再び車を乗り換えて逃げだした
「晴大、場所はどこだ!?」
「ダメだ、まだ車で逃げてるッ...」
幸いにも携帯までは取られなかった。おかげでGPS機能が使える。GPSで追っているのは、彼の車だ。操作中に車を盗まれる可能性も考慮して、彼は自分の車に発信機を搭載していた。それを仕込んだのは彼の父親である恭治なのだが
「止まった...海辺の工場の近くだ!」
「海辺の工場...あそこ潰れてるんじゃなかったか?」
「確かそうだ。逃げるにはうってつけってわけだ」
荒々しいハンドリングで運転する秀次が答える。外は暗い、車もほとんど走っていない。走っていても彼の運転テクニックで全て躱して追い抜かしている。途中何度かクラクションが鳴らされた
「こりゃ、減給かね...」
「流石だな秀次。伊達にゲーセンでカートゲームやり込んでる訳じゃないな」
「昔の話だろうが」
「いやまずゲームでやってることを現実でやらないでもらえますかねぇ!!」
左右にぐわんぐわんと揺れる車内ではシートベルトをしっかり締めて尚且つ体を支える場所がある前席とは違って、後部座席はシートベルトを締めていても体が遠心力でもっていかれる。おかげで彼は頭や体を幾度となくぶつけている
そんな形で揺られること5分程度。犯人が逃げ込んだ廃工場へとたどり着いた。廃工場の近くには彼が乗っていた黒の車が無造作に乗り捨てられている。彼が車から飛び降りて車内を確認したが、車の中にあるのは彼女達が持っていた鞄だけだ
「クソがッ」
舌打ちと共に悪態をつきながら車をそっと閉めた。今にも叫びながら突貫していきたい気持ちはあるが、こういった時こそ冷静にならなければならない。音を立てず、気配を消して近づくのが定石だ。廃工場の横にある倉庫の入口を見れば、秀次と恭治が壁に耳を当てて中を探っていた
「扉が開いた跡が残ってるから、いるならここだろうな」
「一階に音はしねぇな。となれば二階か...恭治、任せたぞ。俺は応援を要請してくる」
警察が民間人にそんなことを任すなと言われそうだが、秀次は恭治を信頼しており、恭治はそれなりに実績がある。逮捕のためにも人は必要だ。秀次は車に戻って各地にいる仲間に電話をかけ始めた
「どういうやり方で行くよ」
「..........」
尋ねると恭治は周りを見回し始め、廃工場の横側にある階段を見つけ、それを足音を立てないように登っていった。二階には扉がついており、ドアノブを見た恭治は軽く頷いて耳の裏辺りにつけた髪留めを外して鍵穴に突き刺すと何度か回した
「......っし、できた」
「...早い......」
えらく簡単なヤツだったからなぁ、と恭治は笑うがスピードが自分がやる時の比ではない。いくら簡単なものだったからといって、自分がやってここまで早く出来るだろうか。彼は改めて自分の父親の凄さを知った
「よし、俺はここから入って裏から攻める。お前は表から入って陽動してこい。俺がお前の見える位置にまできたら、指を立てる。1本なら俺が女の子たちを救出する。その間お前は注意を反らせ。2本なら俺が殴りかかってからお前も戦闘を始める。決して先走ったりするなよ。わかったな?」
要するに、人質の傍に人がいるかいないか、だ。いるなら親父が傍にいる奴を攻撃した後に行動開始。いないなら、親父が救出作業、俺はその間悟られないように陽動を兼ねた鎮圧を行わなければならない
何故俺がやらなければならないのか、と思ったが彼らには自分の顔が割れている。ならば自分ひとりで行ったほうが相手はこちらがひとりだけだと誤解する可能性もある
彼は静かにコクリと頷き、足音を立てないようにして下まで降りて、入口の扉の側から鏡を使って中を確認した。死角にいたりしなければ、一階部分には誰もいないことがわかる
「..........」
隙間からスルリと中に入っていく。倉庫の中には何もなく、棚が乱雑と並んでいたり倒れていたり。蜘蛛の巣が辺りにいくつも確認できる。長い間使われていないようだ
「..........」
逸る気持ちを抑え、心臓を落ち着かせるように深く息を吐きながら階段のある扉の前まできた。ドアノブをゆっくり回すと、鍵はかかっていないようですんなりと開いた。だが...
「っ...」
錆びていたのだろう。キィィッと嫌な音が響いた
...聞かれたか。いやでも...足音はしない
...扉を開けると、声が聞こえてきた
「おいおい暴れんなって。誰も助けにこねぇっつってんだろ」
ドンッドンッと暴れる音が聞こえる。だがそれも、一度の何かが崩れ落ちた音で聞こえなくなった。恐らく何か蹴り飛ばしでもしたのだろう。場所は、階段を上がってすぐのようだ
「......さて、やるとしよう」
彼の目には確かな意志が宿っていた
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ようやく大人しくなったか」
二階には三人の男がいた。そのどれもが恐らく30代後半だろう。そのリーダー格であろう男が縛っている女の子たちの目の前に出て告げた。黒い服を着た女の子、雪菜はその目に確かな怒りを宿している。しかしその隣で縛られている沙耶は泣きながら怯えていた。助けて、お願い...と呟いている
「誰が...貴方達なんかに...」
雪菜の怒気を孕んだ声が響く。沙耶を守ろうとしているのだろう。あえて彼らの注意を引くような行動をとった
「いつまでそんな口がきけるのかなぁ? こんな状況でさぁ...」
「ぐっ...」
男が私の顎下に手をやり、顔を持ち上げた。粘つくような目線で私の体を見てくる。こんなところまできてようやく、私は恐怖の感情に陥った。今まで強気でいたのも、晴大さんに裏切られたと思っていたからだ。そんなものを忘れてしまうくらいに、目の前の恐怖は大きくなってきていた
そんな恐怖を感じていた時だ。ガンッと扉が強く閉まる音が聞こえた。カツーンッ、カツーンッと入口の近くにある階段から音が聞こえてくる
「...そこまでにしとけ」
現れた男は、静かに、だが確かに強さを感じる言葉で彼らを威嚇した
...私は目を疑った。だって、登ってきたのは...私達を捨てた晴大さんだったからだ。どうしてここに...なんで...。そんな疑問が頭の中をよぎっていく
隣にいた沙耶は、涙声で彼の名を叫んだ
彼の無表情な顔が、少しだけ微笑んだ。が、すぐに元の無表情...いや、無表情だがその表情には怒りの感情が滲み出ていた
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「アイツ、車の持ち主の...どうやってここまでッ!!」
メンバーの内のひとりが言った。ざっとメンバー見回す。リーダー格であろう男の体格はなかなかいい。が、それ以外は特に平凡な体つきだ。これならリーダー格以外の奴らが一斉にかかってきても捌ききれる自信はある
...部屋の奥の方の通路から、恭治の顔が見える。その横には秀次の顔も見えた。恭治が指を出す。出された数は、一本。その後親指で秀次を指すと次は雪菜達を指し示した。秀次が救出に向かう、ということだろう。ならば恭治は加勢してくれることになる
次に自分がやるべき事は、秀次が彼女達の元へ辿り着くための時間稼ぎと注意をそらすことだ
「別に、てめぇらには関係ないだろ? それよりもよぉ...」
内側に開かれたままの扉につけられた窓ガラスを、裏拳で叩き割った。扉が叩かれた音と窓ガラスの割れる大きな音が響いた
「...誰に手ぇ出したか、わかってんだろうなぁッ!!」
自分でも珍しく、大きな声を出した。裏拳をした右拳は、軽く血が出ている。だが気にすることでもない。この程度なら全くもって支障がないのだから
...今の一瞬の大きな音で、恭治と秀次は移動を完了させた
「あぁ? たかがガキひとりが調子づいてんじゃねぇぞ、えぇ!!」
リーダー格の男が目つきを悪くし近づいてくる
「おいてめぇら、コイツ絞めんぞ」
そう言って男が後ろを振り向いた時には...一人の男が地面に叩きつけられて動かなくなっていた。隣に立っていた男がいきなり地面に叩きつけられたのを見たもう一人の男は、驚きその場から後ずさった
「んで...誰が誰を締めるって?」
叩きつけた張本人、恭治が不敵に笑いながら言った
「なっ...どこから入ってきてッ」
「余所見してていいのかよ」
リーダー格ではなくもう一人の男の方になるべく音をたてずに素早く近づいた俺は、相手の顎に向けて平手で斜めに強く打ち付けた。アッパーの要領で顎を打たれた男はそのまま後ろに倒れて白目を向いたまま動かなくなった
「あんだよ、一発だけで沈むのか」
心底つまらなそうに呟いた。残すはリーダー格のみ。男は慌ててその場から後ずさって距離を取ろうとする
「な、なんなんだよ...てめぇら、一体...!?」
「ただの探偵だよ、運が悪かったなぁ殺人犯よぉ」
そう言って俺は前に足を踏み出す。親父は雪菜達の元に行った。どうやら俺に任せるようだ。アンタらのせいでこうなったんだが...まぁいい。まだ、怒りが収まる分には足りないんでな
「さ、殺人犯!? なんだよそれ、俺は人殺しなんてしてねぇぞ!!」
「......なに?」
親父の方を向いて確認を取るが、犯人で間違いないようだ。だが、殺人犯ではないとなると...
「...強姦して放置された女性を、殺した奴がいる......?」
...そんなまさか。だとしたら...あのカードは、この男達が置いたんじゃなくて、殺人鬼が置いていったと...?
「......なるほど。だがまぁそんなことはいいんだ。どちらにせぇよ、お前には容疑がかかってんだ。大人しくしてもらおうか」
そう言って俺が近づくと、男はポケットから何かを取り出して叫んだ
「お、俺に近づけばこれを使うぞ...良いのか!?」
暗くてよく見えないが...なにやら四角い紙のようなものを持っているようだ。一枚全体何に使うというのかわからないが...
「知ったことかよ。とりあえず歯ぁ食いしばっとけよ」
あと3m程。とりあえずここから助走でもつけてぶん殴るとしよう。そう決めた時だった。男は四角い紙のようなものを口の中に入れ、飲み込んだ
「...がッ」
突然目の前に映っていた男がぶれた。そして...腹に伝わる強烈な打撃、痛み
「がっ、あ、ぁ......」
目の前がぐるぐると回る。体が何度も跳ねて地面に衝突して、やがて壁にぶつかってやっと止まった
「晴大ッ!!」
恭治が彼の名前を叫ぶ
...晴大は、5m以上の距離を殴り飛ばされていた
To be continued...