「誕生日おめでとう、ルルーシュ」
「……ああ」
朝食の席で言い放たれた言葉に、L.L.は目を瞬かせた。思えば去年、自らの世界で迎えたこの日は悠長に祝われたりしている場合ではなかった。
空き家だと思って勝手に住んでいたボロ屋に管理人がやってきて、しかもその家には死体が隠されていた。立派な殺人事件の現場だったのだ。床下から死体を出すシーンを見てしまったのと、勝手に住んでいたのと――二重の意味で追いかけられ、逃走するのに手間取って危うく捕まりかけた。悪逆皇帝の顔を見られてはまずいとかばってくれたC.C.は犯人を捕まえに来た警察に一緒に引っ張られそうになったり散々で、どうにか合流した頃にはクリスマスが終わっていた。新年まであと1日あるかないかというところだった。
(……そうか、あれからまだ一年か)
異世界の研究を始めたのがその少し後のこと。一年なんてついこの間、そういう感覚が染み付き始めていたせいだろう。もう遠い昔のことのように思える感覚は不思議だった。
長くて短い時の中に住むせいだろう、彼女が祝ってくれるのだって毎年のことではない。だからこそ、祝いの言葉は新鮮さをもって伝わった。
「ああそうだ、お前もな。ルルーシュ皇子。何か欲しいものでもあるか?」
「……今すぐピザごと出て行ってくれるのが最高のプレゼントかな」
「それは残念。私はここで食べると決めてしまったんだ」
C.C.は肩を竦める。チーズ臭が広がるのはルルーシュ総督閣下の執務室だった。朝食――急ぎの仕事が出来たので、片付けながら片手間に摂るサンドイッチ――の横で、ピザをまるごと広げている女。
ルルーシュは睨み付けたが、完全に無視を決め込んでいるL.L.に学ばなければと思い直した。相手をしてはいけないのだ。
「スザクは今日から特派か。ナナリーも午後から顔を出すと言っていたな。一緒に軍まで行って演習だそうだ」
「へえ」
「あのロロとかいうのはどうしてる?まだあの部屋か?」
「俺をロロから遠ざけてるのはお前だろ?知らないぞ。で、彼がどうした」
「解放の手はずが整ったから、もうすぐ――」
「殺すのか?」
L.L.が尖った視線を向けた。
「今日は約束の三日目。お前がさっさと面倒ごとを終わらせたいのはわかっているし、殺すのがいいに決まっているのはわかる。だが俺もそれでは困るんだ。だから、」
「だから、折れてやると決めたんだ」
「俺が責任を持ってーー、なんだって?」
説得するべく言い募っていたのに、あっさり真逆の答えが返ってきた。拍子抜けしてぽかんとしていたL.L.は、何が狙いだとばかりに目を細める。
「……急にどうして。ナナリー殿下が何か言ったのか?」
「まあ、そうだな」
「ルルーシュ!」
言外に話す気はない、とぴしゃり。なのになおも食って掛かる。しつこく重ねる鏡像に、ルルーシュは呆れ果てて言い捨てた。
「だから。今日そのまま形成外科に送り届ける。顔を変えるのが絶対の条件だ。命が助かるなら安いものだろう?ーーここまでだ。それ以上を話す気はない」
「……その医者は」
「そっちは今のところ保留だ。どれだけ金を詰んでも、喋る奴は喋るしな。必要であればどうにかする」
「……、そうか」
L.L.は深いため息を吐いて立ち上がった。
「どこへ?」
「会えるのは最後なんだろう。顔を見てくる」
きっちり仕事は終わらせたL.L.は、ルルーシュの返事を聞く前にさっさと立ち上がって出て行ってしまう。もちろんいつもの覆面は忘れずに。
残されたC.C.は何が楽しいのかニヤニヤ笑い、相棒が出て行った扉とルルーシュとを交互に見た。
「……何だ」
「面白いなあと思って」
「……」
ルルーシュは今度こそ無視を決め込んだ。咲世子からの報告を読むために、端末に目を落とす。
誕生日。
十七歳になったって、やることは変わらない。
変わらないのだが、皇族にして総督の誕生日。エリア11は本日祝日だ。
夕方からはパーティがある。そちらへの面倒臭さで、ベッドから出るのに随分苦労した。
(――安全は保障する、か)
L.L.もひょっとしたらわかっているのかもしれない。ルルーシュが彼を生かす気などないことを。
手を下すのが、ナナリーであるということを。
気分が沈みそうになったところへ、C.C.が最後のピースを手に持ったまま、「そういえば」と切り出す。
「私とルルーシュは、アッシュフォードに行くことにした」
「なんだと?」
ルルーシュは眉を跳ね上げる。
C.C.に関しては予想がついていないでもなかった。なにせ、目の前で制服の採寸をしていた。
だがL.L.も、とはいったいどういうことだ。
「それは――」
詳しく尋ねようとした時だ。
電子音が鳴り、咲世子の報告の続きが届いたことを知る。優先すべきを選んで指先で画面を叩いたルルーシュは、今度はぎゅうっと眉を寄せた。
「――リフレインだと?」
「己が嘘をついていると、相手の嘘を見破りづらい。ばれないかひやひやしている時は特にな。お互いマイナスの状態で、ようやくドローだ。君はすごいな」
「まさかこんなことで初めての嘘を吐かれるなんて思っていませんわ」
L.L.がロロの隔離部屋に行くと、そこではパイロットスーツ姿のナナリーが彼を兵士に仕立て上げているところだった。顔はほとんど隠れているし、皇女の護衛だとでも思われるだろう。ご丁寧に黒髪のウィッグを被せ、準備は万端だった。
「アーニャはスザクさんと一緒に、私より先に特派に行かせたんです。騎士がいるのにさらに護衛をつけるのは変でしょう?それだって本当は直属のマリーカさんとかに任せるべき話ですから、そっちにもいいように用事を作って、全員いなくなるように……。調整するのが大変でした」
ナナリーの今日の化粧は常より少し濃い。――ということにL.L.は気付けるはずもなく(プロのテクニックはあるものをないものにするのだ)、よってその下に濃い隈があることには余計に気付く由もない。
『愛してる、ナナリー』
ナナリーは、今朝の夢の終わりにそんな言葉を聞いた。
ひどく優しく、愛に満ち満ちているのに、胸が引き裂かれるような切ない響きを持っていた。
だからきっと、あれは。
兄ではなく、L.L.の声なのだ。
「皇女殿下?やはり体調が」
ナナリーははっと我に返った。
「いえ、何も」
「……そうですか」
L.L.が「ルルーシュ」としてーーもうひとりの兄として振る舞うなら、ここで追及の手を止めはしなかっただろう。だけどナナリーは己の為に、改めてきつい線引きをしたのだ。
二人は赤の他人であると。
そうなれば皇女の兄ヅラをするなんて不敬にもほどがある。以ての外だ。
理解しているL.L.は臣下然と大人しく引っ込み、ロロを見やる。
「住居は」
「租界のマンションに部屋を借りました。適当な戸籍は作ったので――ほら。ネブロス・ランパータ」
IDカードを渡してやると、まじまじ見つめながらネブロス、と復唱する。覆面のせいでその表情は伺えなかった。
「ネブロスなら、ニックネームがロロでもそれほどおかしくないでしょう?ほら、もしお兄様が生徒名簿でも目にした時に、うっかり名前でひっかかったら困るじゃないですか」
「――そもそも僕はロロでもなんでもないんですけどね。あなたたちが勝手に呼んでるだけで」
「一生付き合う名前よ。可愛いと思うわ、ロロ」
「はあ……」
少年は相変わらずこの姫に振り回されている様子だった。L.L.が直接会うのはあの夜、C.C.と再会した日以来だ。言いたいことが溜まっていたのか、ロロはL.L.を睨めつけた。
「あなたのせいでこんなことになっているんですよ。もうメチャクチャだ」
「……すまない」
「これがバレたらどうなるか、わからない貴方じゃないでしょう。あの人だって、」
「奴らの追手は常に警戒している。――ルルーシュの計画がうまくいくなら、君はこちら側にいるのが最終的には安全だ」
「だから、僕は命なんて……いや、もういいです。行きましょう」
ロロはうんざりしたとばかりに大きく息を吐き、わずかな荷物を抱えて立ち上がった。ナナリーも時刻を確認して、計画通りを確認するといよいよ一歩を踏み出す。ただの一歩。けれどもこれまでとは決定的に分かたれる一歩を。
L.L.は覆面越しに囁いた。
「自由にして、本当に大丈夫なのですか」
いまさら嚮団に戻ることはできない。そうは言っても、彼の気持ち次第だ。コード継承者という手土産をもってすれば、なんだってひっくり返る。自由になったとたん、自殺しないとも――限らない。この少年は、自分の知る彼ではない。彼が絶対にしないことをしたって、なんらおかしくはないのだ。
「……それも含めて、彼に預けるんですよ。そのくらいしなければ、こちらの気持ちも伝わりません」
ナナリーの瞳がふわと光る。
けれどもそれは策略に満ちた冷たい美貌ではなく、よく知る自分の妹の顔によく似た、春の日だまりのようなものだった。
可愛らしい悪戯っぽさ。あどけなさ。……純粋さ。
思わずはっと息を呑む。
「もちろん、保険はかけてありますけれど」
「保険?」
「秘密です。じゃあ、頑張ってくださいね」
「――頑張る?」
何をだ。しかしいらえは帰らず、ナナリーたちは部屋を出た。
ひとり残されたL.L.は、首を傾げるしかない。
「……何を?」
○
「えー、生徒会に枢木くんを入れて欲しいと言うお願いが来ています」
ミレイ・アッシュフォードの言葉に誰しも固まった。
「か、会長。それって“あの”?」
「そうですあの!ルルーシュ様直属の!」
「って言っても、なんか部署自体は離れてて名前だけなんじゃなかったっけか」
「そうなの?」
「あーいや、正確なとこはわかんないけど。で、俺たちどう接すればいいんですか?敬語のほうが?」
リヴァルが問う。ごもっともな質問だ。
ミレイは胸を張って答える。
「えー、普通の生徒として接してほしいそうです」
「って言ってもなあ~……」
「イレブンだし……」
パソコンに向かっていたニーナが小さな声で言う。
「まあ、テロリストとかじゃあないわけだし。普通に普通の転校生として、ひとつよろしくお願いしたいんですけど。っていうか、お願いっていうか、んー、彼が部活に入れそうにないなら自動的に、って感じ?」
「そ、それは総督じきじきの……?」
「うむ」
きゃー!とシャーリーが顔を覆った。どちらかといえば、ぎゃあ、に近い悲鳴だった。
「そんなの断れるわけないじゃないですかぁ!」
「ん、ま、そうなのよ。ゴメンね」
「会長、直接ルルーシュ殿下にお会いになったんですか?」
驚いた声を上げたのはカレンだ。
重々しく頷くミレイにまたもや生徒会室はざわつく。
「ど、どんな感じでした」
「どんな感じって……言われても……やっぱオーラがすごいかな?」
「ですよねえ」
「現実味がないよな。やっぱり一目で庶民とは違う感じなんだろうなー」
すごいねえ。ねえ。
貴族は見たことがある。目の前にいるミレイもそうだ。
でも、皇族はない。
皇族に対するある種の畏怖は、言葉にするのが難しいものだ。生まれた時からそこにいらした、国の頂点の美しい血族。惚れ惚れとした空気すら漏らす面々に、ミレイは内心苦笑いした。
彼女は知っているのだ。もうすぐ本物の皇族、お姫様が身分を隠してここにやって来ることを。
「ま、今日はそのルルーシュ殿下のお誕生日なので祝日ですが。我々は枢木くんの歓迎会の段取りを決めたいと思います!」
「そんなことより、ミレイちゃん。単位は大丈夫なの?」
ニーナが冷静な声でミレイを刺した。ぐ、と固まる。
「まあ……いいの!大丈夫!」
大丈夫ではない。
数々の縁談をぶち壊してきたミレイだったが、今年の夏、とうとう数奇な相手が現れた。どんなに雰囲気を壊すことを言ってもまあいいんじゃないみたいな感じで、とにかく駄目だった。じゃあミレイが卒業したら。という具合にまとまりかけたので、全力で留年に向けて頑張っているのだ。つまりは大丈夫ではないが、大丈夫なのである。
と、そこへ軽やかな着信音。カレンだ。
いつも通りのおっとりした表情で電話を取り、すみません、と外へ出かけた彼女は、そこで素っ頓狂な声を上げた。
「はぁ!?」
常ならぬ荒々しさに全員の視線が集中する。
「――っごほ、ごほっ。え、何て……?ごめんなさい、もう一度言ってもらえるかしら」
よっぽどビックリすることだったのだろう。すぐにいつもの調子に戻った彼女に、再びばらばらになるそれぞれの視線。カレンはうん、うんと何度か頷くと、すぐに電話を切る。
「ごめんなさい。家の用事が出来てしまったの、今日は帰るわ。歓迎会の話、あとでメールして頂けると助かります」
「あ、うん」
どこか有無を言わせぬ口調。なんとも言えない圧に、ミレイも頷くしかなかった。
「すみません……」
こほり。
やはり先ほど大声を出したのがいけなかったのだろう。小さく咳をするカレンに、送ろうか?と声を掛けるが断られる。じゃあお大事に、と見送って、生徒会メンバーは本日の議題に戻った。
生徒会室を出て角を曲がった瞬間、カレン・シュタットフェルトが全力で走りだしているとも知らずに。
「――玉城、あの、バカッッ!」
復活のル、大ヒット公開中らしいですね✋もう見ました?✋作者は見ました ルルーシュがナナリーを守って親指を立てて溶鉱炉に沈んでいくシーンあたりが最高でしたね!
更新久しぶりすぎて これが本当の最後のストックなんですが内容を理解するのに時間がかかりました ややこしい…こんがらがってる……作者も混乱する……