「珍しいですね。皇女殿下が私と、だなんて」
ナナリーの私室に入ると、ジュリアスは素顔を晒して息を吐く。
帽子のかたのついた髪を整える、たおやかながら大きく骨ばんだ指。その爪の先までが完璧な影武者だった。
「嫌ですね。ジュリアスさんが避けていらっしゃったからでしょう?」
二人きりになることはある。だけどそれは仕事中の話で、プライベートではまずないことだ。いや、仕事でだって必要最低限。自分から近づいてくることはまずない。いつでもそれとなく躱し、逃げているのだ。理由はおおよそ察しがついていた。
「私という存在は近すぎて、傍観者の仮面を被るのは疲れるのでしょう?L.L.さん」
言ってやれば、ジュリアス――L.L.は僅かに目を瞠り、それから完璧な微笑を浮かべた。優美な唇の持ち上げかたは、ジュリアス・キングスレイにはありえない。
確かにルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがここにいる。
どちらがそうしようと思ったのでもない。彼の存在だけで、一瞬で部屋の空気が変わった。
「ルルーシュが教えたのか。いつから?」
「ブリタニアを出る少し前です。フェリシア皇妃のパーティがあった日ですね」
「ずいぶん前だな。全然気づかなかったよ」
さすがに滑稽に感じたのだろう。敬語を取り払い、ソファーに腰かける。ジュリアスとしての仮面をかなぐり棄ててしまえば、余計に似ていた。兄そのものだ。ナナリーはポニーテールに結い上げていた髪を解きながら、じっと自分を見つめる男を見返した。
「ナナリーを思い出しますか?」
「意地悪な質問だな。君だって、歩けるルルーシュを想像するだろうに」
その通りだ。素顔の彼を見るたび、どうして兄が犠牲にならねばならなかったのかと、苦い後悔が胸を刺す。
私が代われたならば。何度も思った。
「どうしていきなり打ち明ける気に?」
「決まっているでしょう、ロロです」
さっきのアーニャとの会話までは聞こえていなかったらしい。まだるっこしい前置きをするつもりはなく、さっさと本題に切り込むことにした。
「彼はあなたの世界のロロではありません。彼にどんな悲惨な最期が待ち受けていたのか知りませんが、あなたは傍観者です。この世界の彼に踏み込まないでください」
「待ってくれ、そんなつもりは」
「嘘」
ナナリーはぴしゃりと否定した。
「どうして?君も言う通り、俺は傍観者だ。積極的に関わる気なんてないよ。ここに置く口実を作るだけだ」
予想通りの言葉に歯噛みした。わかっていない。
「それがいけないんです。あなたが居場所を作ってしまったら、もともと厄介な立場の彼はあなたに押し付けられるはずです。間違っても私やアーニャには触れさせません。ジェレミアやヴィレッタだって、余計な疑惑に絡めとられれば無事では済まない。わざわざ近づけるはずもないでしょう?そしてあなたとロロが近くなれば、どうやったってお兄様にも近い人になってしまう。あなたとお兄様は、今では誰よりも近い存在ですから」
「……ルルーシュが取られそうで不安かい?」
「否定はしません」
ナナリーは首肯した。
「ですがそれ以上に――ギアスという力。察するに、超能力のようなものでしょうか?その存在を知れば、お兄様は絶対に手を出してしまう。下手を打てば計画をおろそかにして、怪しげな研究にのめりこんでしまうかもしれない」
「ロロが話したのか?」
L.L.が今度こそ目を丸くする。
いいえ。小さく首を振る。
「ギアス、という言葉をうっかり言ってしまっただけ。でも力を行使しました」
「それだけで?いや、力って――一度で気づいたのか?」
「私は篠崎流の皆伝を頂いたのですよ?おかしいかおかしくないかくらい、気付かなければ名折れです。もっとリラックスした状態で、例えばロロが親しい間柄なら気付かなかったかもしれませんけど――さすがに危険だとわかっている相手に押し倒されて何も思わないなんて、そこまで気を抜くはずもありません」
「そう、か……」
「私の意識を途切れさせる力、体感時間を鈍くさせる力、大きなものなら、時を止める?ふふ、いよいよSFじみていますね。ああでも機械で抑えられるなら、効くのは動物だけなのかしら。あなたの世界の彼も『ギアス』を持っていたということは、生まれつき?それとも何らかのきっかけで発現するもの?」
つらつら考察を重ねたナナリーはそこで言葉を切り、弄んでいたヘアゴムを手首に通す。
「……というふうに、私は力の詳細は知らないんです。でも、ギアスという力は彼のような能力に限らない――ということまでは知っています。違いますか?」
そんなギアスがあるのか?とロロは言っていた。
ギアスという力が彼の持つ一種類だけならば、そんな台詞は出てこない。
「……答えられない」
「そうですか」
それ以上追及しない。もとから期待もしていなかった。
「とにかく私は、あの力をお兄様に近づけたくありませんし教えたくもありません。あんなもの、お兄様に最も与えてはいけない力です」
「どうしてそう言い切れる」
L.L.が険を纏い、眉をピクリと痙攣させる。
「人の分を超えた強大な力は確かに便利でしょう。だからこそ手を出すものはだんだんと大きくなって、うまくいけばいくほどにエスカレートする。いずれ危険な作戦に踏み切るかもしれない。成功すればそれで構いません。でも失敗したら?苦戦を強いられたら?L.L.さん、そのときあなたならどうしますか?一度手にした力を、手放せますか?」
「…………それは」
「お兄様は。もしも自分を犠牲にして勝てる状況なら、私なんか捨てて行ってしまう。自分の破滅なんてどうでもいいんです」
「それは君も同じだろう?」
「だからこそ」
ナナリーは部屋の中をぐるぐると歩き続ける。座ってしまったら、弱気になってしまいそうだった。嫌だった。この男の前で、ただのナナリーとしての顔を見せるのは。
「いざという時どういうことをするか。お互い自覚しているからこそ怖いのです」
自分も相手も同じことをする。だから、最も危険な道がわかる。
「その理屈で言うと、君もギアスの力を利用するように聞こえるな」
「ええ」
頷き、歩くのをやめた。
「だからロロを。私にくださいませんか?」
嘘ではない。
ロロ個人に興味があるのも、彼が兄にとって大きな存在になるのが怖いということも、嘘ではない。
だけど彼の力と技術も魅力的だ。すべてが彼を欲しいと思った理由だ。
単純な感情で動くほど、ナナリーは情に厚くない。そんなものはとうの昔に棄ててきた。内側に入れるのは仲間たちだけで、ロロはまだその入口にすら立っていない。
「どういう、ことだ」
「私の私兵にしたいのです。隠密として。諜報員として。お父様からそっくりそのまま、主を私に変えろということです」
「ギアスのことも、この交渉もすべて隠して?君はルルーシュには嘘を吐かないんだろう?これがどういうことかわかっているのか」
「ええ。だから嘘じゃありませんよ、言わないだけです。お兄様のために」
「騙していることに何の変わりもない。ルルーシュのため?それこそ嘘だ。お前のためだよ、ナナリー」
ついに「君」と呼ぶのをやめた。
今自分は、L.L.が「ルルーシュ」となっていく瞬間を見せつけられているのだ。
ひどく気分が悪い。吐きそうだった。
「……ならば、それでも構いません。私はお兄様に嘘を吐きます」
L.L.が呆然とした。ナナリーだって驚いていた。
勢いで出た言葉。だけど確かに本心だった。
兄に、嘘を吐いてでも、私は。
「……ひどい裏切りだ」
「それでも止めません」
「言い訳を並べても、結局はギアスを独り占めしたいということだ。あれはお前だって手を出していい力じゃない。ギアスの危険性をわかっていないんだ」
「ではギアスについて、詳しく教えてくださるのですか?扱い方を」
「そういうことじゃない!だから……どうしてそう聞きわけがないんだ!」
「なんとでも仰ってください」
あなたは私の兄ではない。兄貴面をして、身勝手なこと言わないで。
叫びそうになる。張り裂けそうな思いをよそに、L.L.は止まらなかった。
「とにかく駄目だ。ロロはお前のものではない」
「彼は承諾しました。良いも悪いも決めるのはロロ自身です。L.L.さん、あなたがわたしに協力してくださらないなら、私が彼を殺します」
「何を、」
「ねえ、彼を失いたくないでしょう?」
ことさらに甘く囁いてやる。
「どちらにせよお兄様は彼を殺すつもりです。どうにか逃がしてやろうと思っているのでしょう?私ならうまくやれる。お互いいいことしかありません。嫌だ嫌だと言ったって、どれかは選ばなくてはなりません。私の誘いを断れば、あなたは最も忌避する道を選ぶことになる」
私が彼を殺すのを、見たくはないでしょう?
実に効果的な台詞だった。L.L.の顔がぐしゃりと歪んだ。
「……俺が協力したとしても。殺すつもりであることに変わりはない。ロロをこちらに引き込むこと自体、ルルーシュが認めるはずない」
「そうでしょう。お兄様は、何を言っても認めないでしょう。でも言ったじゃありませんか、お兄様に嘘を吐くと。私が手を下したと言えば、お兄様は素直に信じます。あなたは自分自身であるがゆえに、疑われ、嘘を見抜かれる。でも私なら?私を疑うなんて、お兄様にできるはずもない!あとはあなたが黙っていればいいだけです。傍観者らしく、何も、言わないだけ」
「いい加減にしろ、ナナリー!」
「それはこっちの台詞です!そんなふうに私を呼ばないで!」
限界だった。ナナリーはとうとう声を荒げた。
悲鳴にも近い憤り。この男の前では、およそ初めてのこと。
L.L.はぎょっとして固まった。
「ナナリー。どうしたんだ。何か……おかしいぞ」
「私はとっくにおかしくなっています。魅力的な駒を欲しがるのは普通でしょう?」
「そうじゃない。そういうことじゃないんだ」
L.L.はかぶりを振った。立ち上がりナナリーのもとまで歩いてくると、肩を掴んで覗き込む。
「何があった?何を、そんなに……怯えている?」
「怯える?」
ナナリーは目を瞬いた。
――L.L.の世界で、L.L.の環境だったからこそ、彼はロロとのつながりを得た。ただそれだけで、この世界のロロとルルーシュにはなんの関係もなく、もちろん情なんてどこにもない。きっと兄は今すぐ殺すべきだと思っているだろう。ナナリーが置いていかれるなんて、居場所を取られるなんてありえない。こんなに警戒する必要なんてどこにもない。
だけどナナリーがあの時感じた一人ぼっちの恐ろしさは、近頃焦燥のような形をとって、じわじわナナリーを飲みこんでいるのだ。だから神楽耶との婚約――結局婚約などせずともどちらも手に入ったのだから、結局はお流れになるだろう口約束――あれだって、とても恐ろしかった。子供じみた独占欲。馬鹿みたいだとわかっている。自分がおかしくなりかけていることも。普通じゃない、異常だ、ちゃんと自覚している。
なのに夢すら見る。ルルーシュがナナリーを置いて、どこかへ行ってしまう夢。
「……怖くて当然でしょう」
声が震えていた。どんどん悪夢の頻度は増えている。何度飛び起きたか知れない。
兄が。死んでしまう、夢。
どくどく血を流して、その目を、閉じていく、夢。
「私はお兄様を、あなたのようにはさせたくありません」
いまL.L.のそばにナナリーはいない。それだけで彼の世界で何が起こったか、わからぬはずもない。あちらの自分は死んだのかもしれない。生きて決別したのかもしれない。
どちらにせよ、横たわっているのは別離だ。
そこに異能の力の介在は間違いない。
そんな危ないもの、近づけてたまるか。
いけないものだ。恐ろしいものだ。
何のために強くなった?人を殺し、騙し、傷つけて。何のために?
『優しい世界になりますように』
すべてはひとつの願いのため。
平和を願う心は本物だ。世界の平和を、民の安穏を、柔らかな明日を心から願っている。
そう言いながら銃を構える。
家族を失いたくないと言ったその口で、誰かの家族を奪う矛盾。
わかっていて、だけど譲れなくて。だって、お兄様のいない明日なんて。
あなたがいない世界なんて、なにひとつ優しくはない。
なんとしてでも守りたくて、そのために鬼になったのに、こんなところでこんなものに奪われてたまるものか。
そんなの絶対に許さない。
「私はただ、どうしたらいいか、お兄様も、この世界も、守りたくて」
意味の繋がらない言葉。L.L.は当惑したままに、おそらく衝動でナナリーを抱きしめた。心配しているのだろう。今の自分は、錯乱しているようにしか見えないに違いない。
彼も「ナナリー」の兄だ。「ルルーシュ」なのだ。彼にとっての本物ではなくても、愛すべきものなのだ。
「やめてください!」
ナナリーはぞっとしてもがき、己を包む身体を突き飛ばした。L.L.を映す視界がぼやけていく。そうすれば小さな違いを見極められなくなって、兄とこの男の境界があやふやになって怖かった。怖くて、余計に目が熱くなった。
泣いてしまう。嫌だ。この人の前では嫌だ。
「……ナナリー?」
優しい声。
お兄様と同じ声。
縋ってしまいそうになるのだ。そうだ、本当は自分だって、兄の姿をしたものを愛さずにいられるわけはない。でもそうしてしまったら、きっと駄目になる。兄とこの男の区別は、しっかり付けねばならない。最後のプライドだ。
「……どうして泣いてる。何がお前をここまで……」
何が。夢のせいだ。鮮やかな血の海のせいだ。あまりにもリアルな。
どうして今になってそんな夢を見る?
原因が何なのか。うすうす見当は付いていた。
お願い。お願いだからどうか。
ナナリーはいっそ懇願するように吐き出す。もう涙は止められなかった。本気で心配しているのがわかるL.L.。愛しいと思ってしまう。どうしようもなく惹かれてしまう。
兄だって、この人が来てから柔らかい顔をすることが増えた。仕事だって無理をしないでいられるようにもなって、ナナリーではどうすることもできない孤独を、埋めてくれていることも知っている。
なのに。
ナナリーには彼が、愛しい人の姿をした死神のように見える。
「お兄様を、連れて行かないでください……」
とうとう泣き声で崩れ落ちた。今こそすべての仮面は剥がれ落ちて、兄にすら見せない本音が溢れる。
闇に溶ける、血だまりの夢。
恐ろしい妄想に憑りつかれ始めたのは、この男がやって来た直後からだった。
〇
ナナリーの精神感応の力。あれはギアスと同じで意志の力で強さが変わり、また成長するものだ。彼女が少しでも多くの情報と力をと強く望んだことで、C.C.の世界でのこの時期のナナリーよりも力は強い。そしておそらく、L.L.が来てからさらに。
だからこそ、どうしたものか。
C.C.は悩んでいた。
二人は兄妹だ。世界が違うとか、別人だとか、そんなことは関係ない。遺伝子情報が同じである以上、血の繋がりは確かにある。最も影響を受けやすい存在だ。
これはいけないなと、二人が一緒にいるところを見た瞬間に感じた。
どうやらL.L.もある程度察していて、だからこそナナリーとの接触は避けている。
それでも足りない。
彼女は同じ存在であるあの皇子様よりもずっと、L.L.の影響を受けているのだ。L.L.の内部を読み取ることは出来ないといえど、なにか妙な症状があってもおかしくはない。
そのあたりが理由だろう。話がしたいなんて言い始めたのは。
(難しいな)
二人が兄と妹であることには変わりない。違う世界の存在だとしても、お互いを愛さずにはいられないだろう。ナナリーがL.L.の正体を知っているとは聞いていないが、先ほどの態度はどうもそのようにしか見えなかった。
愛していても。愛する人の姿をしていても。
それ以上に大事な「本物」が存在する。
偽物は本物にはかなわない。ドッペルゲンガーのように、偽物が本物にとっていいものとは限らない。近くにいることで悪影響を及ぼすなら、なおさら愛だけではいられない。いられるはずもなかった。
愛していても跳ねのけねばならないということは往々にしてある。最も大事なもののために、他の全てを捨てねばならないこともある。
それがどれほど心を引き裂くことか、C.C.は知っていた。
「美味しいよ。どうぞ」
「いただこう。スコーンなんて久しぶりだな」
――そんなことを考えながら、一緒にのけ者になったアーニャ・アールストレイムとティータイムを過ごしていた。
そう。
(マリアンヌがいるのかどうか、だ)
C.C.は熱心にスコーンにジャムを塗る少女を見つめた。ギアスの気配は感じない。しかし、それはあちらの世界でも同じことだった。マリアンヌが力を行使して初めて、C.C.のコードは察知し得た。もしも彼女が同じやり方でこの少女の中に潜んでいるなら、C.C.にもルルーシュにも気づくことは出来ない。
(条件は同じだ)
行儀見習いで来ていた少女。C.C.がいないだけで、暗殺の真実はおそらく変わらない。
ならば彼女の中のマリアンヌが、、目の前にいるコードユーザーを見逃す理由がわからない。マリアンヌの性格ならここまで長ったらしい様子見などせずに、チャンスを伺ってL.L.を捕縛するはずだ。
(それとも――本当に死んでいるのか)
考えなかったわけではない。ギアスの力で生き延びたのがそもそも奇跡なのだから。
「……食べないの?」
クランベリーのジャムを塗ったスコーン。もくもくと食べる手を止め問いかけられ、自分の分に手を伸ばす。ジャムではなく、その隣のクロテッドクリームに手を伸ばした。
C.C.はスコーンを食べるときにはいつもこうするのだ。初めては思い出すのも馬鹿馬鹿しいくらいの遥か昔、遠い過去のこと。長い長い時間の向こうだ。
(ルルーシュ……)
そう遠くない未来、L.L.は壊れる。
これがもうひとつ、いや、本題の悩み。
C.C.は心配だった。
ただの人間が百年も二百年も生きて、まともな精神を保てるはずがない。できると思う人間がいるのなら代わってほしいくらいだ。
時間の重さを知らないから、そんなことが言える。
C.C.だって何度胸を砕かれ、傷つき、その果てに地獄の目覚めを迎えたか知れないのだ。発狂は一度や二度では済まず、だけど狂うことは簡単ではなく、正気のままに地獄を味わう。受け入れたと思っても終わらない。また新しい苦しみが襲い掛かり、その度にこれ以上の深い絶望があるのかと呆然とする。
変わらないことと、変われないことは違う。
進まないことと、進めなくて、置いて行かれることは違うのだ。
同じ不老不死がいることが自分との違いだが、そんなものは気休め。カウントダウンは始まっている。
だからこそ過去をなぞるこの世界が、彼の虚(うろ)に拍車をかけはしまいか――。
(いや、心配する資格はないか)
自嘲を零す。
たった一人でこの環境にいて、L.L.が疲弊することくらい予想がついていた。なのに数か月も放置したのは自分だ。
L.L.はこんなC.C.の胸中までをあらかた察している。そしてまたしても自分を優先した自分に、魔女めと罵ってはくれないのだった。
ただ優しく抱きしめるのだ。
ルルーシュはここを見届けると言う。けれどもこの世界と、自分たちの世界の時間の流れが同じかなんてわからないのに。
(早く戻らなくていいのか、ルルーシュ)
こうしている間にも、あちらの時は進む。ここで見る過去の鏡像ではない。
彼が本当に愛した人たちが一刻一刻、死に近づく。
(――それとも、戻りたくないのか)
どちらが苦しいのだろう。
ありえたかもしれない『今日』を見せつけられること。
自分を置いて進んでいく『明日』を見つめ続けること。
尋ねる勇気を、C.C.はまだ持てない。
L.L.は自分のことにはとりわけ鈍い。無意識に見ないふりをするのだ。
もしも彼に自覚がなければ、寝た子を起こすことになってしまう。
パンドラの箱には希望が残される。しかし、悲劇を呼ぶには違いないのだ。
「美味しくなかった?」
アーニャが首を傾げる。C.C.は首を振った。
「さすがは皇室お抱えのパティシエだ」
慣れ親しんだバターの味を苦く感じるのは、きっと――。
なな火山噴火。もう少しこの不安定さを前フリしておくべきだった……!!と書いた時に思ったんですが、これ書いてるとき4章終盤までもうあげてたので手遅れだったんですね・・・へへ……