無に帰すとも親愛なる君へ   作:12

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「ロロ」

呼びかけられて、顔を上げる。ナナリーの姿があった。

「……皇女、殿下」

「聞きましたよ。あなた、なかなか大変なんですってね。うちで匿うとか、匿わないとか――」

「匿うというより、逃げられないように捕まってるんです。C.C.に」

このまま嚮団に帰るべき――いや、もう遅い。こんなに時間が空けば、疑われてギアスをかけられるだろう。自白のギアスを持つ人間は今はいないはずだが――例えば拷問に適した能力者なら大量にいる。暗殺任務だって、自分の代わりになる人間などいくらでもいるのだ。殺してしまったほうがずっと楽に決まっている。

「あら、あなたの身のこなし、なかなかの技量でしょう?C.C.さんなら倒せるんじゃありません?」

「無理です。特殊な事情があるんですよ」

「ふふっ、不老不死、ですか?」

「――なぜ、それを」

「L.L.さんとC.C.さんには内緒ですよ。私も知ってるんです。あの二人が異世界から来たって」

「……異世界?」

「えっ?」

「えっ?」

「…………まずいわ」

しまった、という顔をしたナナリーがぱっと口を押えた。ロロはナナリーが来て初めて、彼女の言葉に興味を持つ。

「どういうことです?異世界って――そんなギアスがあるのか?」

「ギアス?」

「えっ?」

「えっ?」

客用に設けられた部屋は無駄に広く、皇族のプライベートゾーンにあるせいで衛兵もいない。二人っきりの空間に沈黙が落ちた。

「…………」

「…………」

似た顔を突き合わせて、お互い奇妙に緊張した。先に我を取り戻したのは、さすが皇族、ナナリーだった。

「ロロ?どうやら私たち、お互いの知らないことを知っているみたいだわ。それも多分――話しちゃいけないことね。あのイニシャルコンビが情報を制限してるんだわ」

イニシャルコンビって。そんな、売れないコメディアンみたいな。

「話してもいいのかしら?私はカードが多い方がいい。ロロ、そのギアスっていったい――」

「話しませんよ」

「まあ。どうして?」

「話すべきことではない。弱点を晒すも同然だ」

「私がブリタニアの皇女だと言っても?」

「僕はブリタニア人ではありません。皇帝陛下の私設部隊だと聞かされたでしょう?あの人以外の命令に従う義務はありません」

「ふーん、そう」

「というか貴方、仕事はいいんですか?」

「毎日身を粉にして働いている私に、ちょっとくらいプライベートな時間があるのは問題ですか?――イベントがキャンセルになったんですよ。クロヴィス兄さまが企画していた施設の――なんだか、管内設備の日本人が随分たくさんストライキ?いえ失踪?したとかで――ま、それほど低賃金でこき使っていたんでしょう。自業自得です。そうじゃなくて。私たち、情報を共有するべきじゃないかしら?お父様の私設部隊ってどういうことです?」

「……危険だとは思わないんですか」

どうしてそんなにずかずか踏み込むのか、ロロには理解できない。

「あなたが私に話したことを話さなければいいんですもの。この軟禁――いえ、監禁が近いかしら?そんな状態で逃げられるはずもありませんし。あなたはとても腕が立つみたいで、生身の人間じゃあ逃げられてしまうのでしょう?L.L.さんの言う通り、この部屋は最新の機械制御でガチガチですから心配ありません。私はお兄様の役に立つことなら、なんだってしてみせるんですよ」

「お兄様のため、ね。――愛、とでも言うつもりですか」

「いけない?」

「くだらない。とは、思います」

ロロの返事に、何が楽しいのか、ひとりでくるくるとターンを繰り返していたナナリーがぴたりと動きを止めた。ふわふわと舞っていたシンプルなドレスは重力に逆らわず、すとんと落ちる。

ロロに背を向けた状態から、ぐるり、と上半身だけひっくり返してこちらを見た。髪が床に付きそうだ。

「ねえロロ」

「はい」

「私ね。夢があって。そのためにはなんだってしたいの。だからその為に、使えるものはなんだって欲しいわ。そして、あなたはとても魅力的です」

「……僕が?何故?」

ルルーシュとナナリーにとっては、父に反逆した印ともとられかねないロロを匿うのは危険すぎるはずだ。出会った時からやけに近しい態度の彼女が、ロロには不思議でならない。ナナリーは踊るようにロロの座るソファーまで来ると、すとんと隣に座った。

「お父様の私設部隊。その存在を知れるだけですごいことだわ。もしかしたらこの政庁にもスパイはいるかもしれないし、今この時にもわたしたちの計画が漏れているかもしれない。あなたがいることでその探りも入れられるし、なにより――私たちが戦う時に役に立つ」

「……クーデターでも企んでいるんですか?」

「やだ、そんな。正直に言うと思う?――ふふ、そうよ」

ナナリーはわざとらしく恥ずかし気に身をくねらせ、とんでもないことを言った。

「僕がこの情報を持ち帰ったら、どうなるかわかっているんですか」

「だから、あなたはここから逃げられないんですってば。慢心じゃないわ。今もこの部屋には赤外線が張り巡らされているし、必要なら壁からマシンガンが出てくるわ。そういう客のための部屋なの、ここ。絶対に逃がさない」

ロロはじっと自分を見つめる少女を睨んだ。にこにこ笑って胡散臭い。

「……何が目的ですか」

「お父様を裏切って。どうせ、もう戻っても殺されるだけでしょう。捨てる命なら私にちょうだい」

「……あなたの奴隷になれと?」

「そこまでは言ってないけど。腹心になって欲しいの。お兄様にとっての咲世子ね。あなたは隠密に向いている。才能があるってわかるわ。任務に生きてきたんでしょう――愛なんて知らないくらいに」

「……ッ」

耳に吹き込まれた言葉に、ロロはギアスを発動させた。

皇女だか何だか知らないが、偉そうに好き勝手、耳障りで仕方ない。

固まった彼女を乱暴にソファーに押し倒し、首を絞める。そこまでしてから解除すれば、驚いた顔の彼女と目が合った。

「……もしかしてギアスっていうのは、超能力のことなの?」

ロロは答えなかった。

「僕が逃げられなくても、あなたをここで殺すことはできる」

脅しにギアスを使った――ロロ自身は自覚がなかったが、初めての行動だった。

「あなたはしないわ」

「僕が何人殺してきたか、聞いたんでしょう?いまさら、」

「そうじゃなくて。気持ちが乱れている。踏み切るには少し足りないでしょう?あなたはきっと衝動で殺すような人ではないし。自分にも他人にも執着しないで――諦めてる」

「は?」

「私、人の感情を察するのが上手なんです。だからこうして、お話をするのが特技」

ナナリーはきっぱり言うと、首を絞めるロロの手に自分の手を重ねた。

「L.L.さんは、彼の持つ特殊能力を使って異世界から――ここと似た世界、パラレル・ワールドから来た、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアなんですって。つまりは別の世界のお兄様。あなたは彼の後悔。違う世界で死んだあなたは、あの人の大切な人だった。あなたに会ったL.L.さんの顔を見れば、すぐにわかった」

「……だから?」

「だからあなたに興味がある。違う世界の別人でも、本質は変わらない。お兄様と同じ人にあんな顔をさせたあなたに、興味がある」

「そんな別の世界の自分に重ねられても、困――」

「ロロ。任務だけに生きる機械人形に、お兄様は決して、あんな顔はしない。あなたの奥にあるやわらかいところを、私は知りたい。あなたの本質を」

ナナリーは遮り、ロロをまっすぐに見上げた。殺されかかっているというのにこの気迫は、これが姫かと思わせる威厳があった。偉そうなそぶりをうざったく思ったばかりなのに、背筋が勝手に伸びてしまうようなオーラに気圧されかけて、いっそう不快になる。

「自分勝手な」

「私はあなたを後悔にしない。あなたを、そう――仲間にしたいのかもしれないわ。ロロ」

「……ここで断れば?」

「残念だけど、一生監禁、――いえ、お兄様なら生かしておかないかな」

「正直ですね」

ロロは思わず笑ってしまった。偉そうな口を聞く割に。

「あなたへの興味と、あなたの危険性は別のことだから」

「……その本性、総督は知っているんですか」

冷徹にして冷酷だ。

ロロを着せ替え人形にして遊んだ、あの少女然とした柔らかさも確かに嘘ではないのだろう。しかし、二つの顔にはあまりに距離がある。

「知っていますよ。ただ、ここまでとは思っていないかも。でも私をこんなふうにしたのはお兄さまだから、怒ったって知らないわ」

彼女もまた、修羅の世界に放り込まれた一人だ。もしもルルーシュに守られるだけであったなら、こんな苛烈な顔をする少女にはならなかっただろう。花でも愛でるのがお似合いの、年相応の箱入り娘だったに違いない。

「私とお兄様がやっているのは、命を懸けたゲームです。でも私は勝ってみせる。だから、あなたが私の手を取れば、それは未来につながる」

「僕が――未来に希望を持つ人生を送って来たと思いますか?」

「だからこそよ」

ナナリーは一瞬も目を反らさない。

「あなたを愛したいな。お兄様の大きな楔になれるあなたが、少し羨ましいのかもしれない。私たちはお互いが近すぎて――他人にはなれないから」

「だから、あなたの言ってる僕は僕じゃない。L.L.だって、ルルーシュではないでしょう」

「そう、だからあなたはお兄様じゃなくて、私を愛して」

力の抜けたロロの両手を解き、ナナリーは起き上がる。ロロをぎゅっと抱きしめた。

その時の奇妙な心地を――なんと言えばいいだろうか。

抱きしめられることは、随分と久しぶりで。ロロをロロとして抱く相手は、初めてかもしれない。

「今の私はあなたを愛していない。あなたもそう。だけど、私たちはお互いに良い共犯者になれそうでしょう?私とあなた、似ているもの」

「似ている?」

「疲れているところがね」

ふわふわした物言いは、真意を伝える気があるのかないのかわからない。

「何も知らないくせに、知ったようなことばかり」

「じゃあ、疲れた私を癒すのはどう?」

「お断りです」

「契約でもいい。主を変えてみない?そうすれば、私はあなたに任務をあげる。今のあなたの生きる理由を。そしてあなたを追うあなたの組織から、守ってみせる」

ぎゅう、と。ナナリーはいっそう強くロロを抱きしめた。

ロロは知らない。ナナリーは、最も愛する他人のアーニャにさえ、こんな言葉遣いはしない。ルルーシュにも、滅多にしない。

ナナリーは惹かれたのだ。手を握って尋問まがいの質問をする間に、着せ替え人形にして遊ぶ間に。血の香りを纏う、硬質で言葉少ななこの少年に。見過ごせるはずのそれは、彼の素性を知って確信に変わった。

打算と計算に隠された、ナナリー個人の思いだ。

この人なら、と感じる何か。

これが恋?まさか。

もっと深くて凪いだ――やわらかい何か。

「僕を利用しながら、僕を愛する、と」

「そういうこと。利用だけの今までと比べると、プラスになるんじゃないかしら」

「愛が?」

「愛を知ってみてから判断するもの、悪くないと思うわ」

 

ナナリーは抱擁する。ロロはぬくもりの中で腕を返すこともせず、ただ抱かれるままにしばらく、ようやくひとつ、頷いたのだった。

 

 

 

「……おい?なんでそいつを連れてきた」

「ああ、気にしないでください殿下。ちょっとピザ部の部長になりたいだけらしいので」

「政庁から通うのはやはり目立つな?おまけに私のこの美貌では、どうやったって注目の的だ。どうしようか、ルルーシュ」

「……っ、気にするだろう!通うのは枢木だ。そいつまで採寸する必要がどこにある!」

「大丈夫です殿下、金は私の財布から出ます」

「ふざけるな……」

「ほら見ろ、前と同じじゃないか。採寸する必要なんてない」

「あれは借り物だろう?一度くらい、わたし用に仕立てたのがあっていいじゃないか。お前もするか?」

「いらない」

「いらないのはお前もだ、聞いているのか!おいジュリアス!」

「あの、殿下」

「なんだ!」

「枢木さまの採寸が終わりましたので……」

「……わかった」

 

ルルーシュはイライラしていた。とても。

スザクの制服を作り、単位数に合わせた選択科目がどうこう、という細かい決め事をして、ミレイから学校の説明をさせ、ルルーシュはルーベンと今後の展開について話す。時間にして40分の予定。

という空間に、なぜかL.L.とC.C.、急遽オフができたナナリー、彼女にひっついてきたアーニャが集まっていた。暇なのか?L.L.は仕事があるはずなんだが、何でお前はここにいる?アーニャ、お前も特派に呼び出されていなかったか?

まともに仕事をしているジェレミアとヴィレッタが偉く見えてくる。採寸の為に呼ばれた専属テーラーを巻き込み、見た目だけなら若い奴らがごちゃごちゃ言っていて、もうなんというか、ひとまず無視だ。

スザクとミレイが予定通りに動いているのを見て、ルルーシュはルーベンに向き直った。

「うるさくて済まない」

「いえ。彼らも入学予定で?」

「……知らん。今のところその予定はない」

何を考えているんだ。不老不死セットはともかく、ナナリーだ。どういうつもりだ?

「……二月から。そちらの学校は四月始まりだから、授業もほとんどない後期から、ということになるが。第四皇女のユーフェミアが留学したいそうだ。身分を隠して通いたいと。できそうか」

出来そうか、と皇族に尋ねられ、ノーの答えを返すことは非常に難しい。そんなことはわかっているが、一応尋ねてやった。本当はマリーベルも来るかもしれない、というのは伏せておく。ご老体は卒倒しかねない。

「それは、護衛の方は……」

「貴族の娘ということにして、どこかの名前を借りる。そうすれば多少物々しいのがいても問題ないだろう?校内では、枢木に命じて側につかせる。彼女は16歳だが、スザクと同じ二年のクラスに入れてくれ。一人で一年のクラスに入れるのは不安が過ぎる」

学力的にどうだ、という話はまったく問題ない。ブリタニア皇族が、その程度の勉学もこなせないなどあってはならない。すべて人より遥かに秀で、そこからさらにキラと輝く才能を見せつけてこそだ。

「頼むぞ」

無理を言っている自覚はある。

それでもルーベンは承知の答えを返したし、それしか用意されていなかった。

 

 

「あら、良い具合ですね」

ルルーシュには黙って、隣室でこっそり、もう一人の採寸が行われていた。本当はナナリー自らやりたいところですらあるけれど、残念ながら姫育ち。針を持ったこともないし、いつだって測られる側だ。見様見真似しかできはしない。ルルーシュに声もかけず、アーニャを連れてこちらにやってきたナナリーは、ちょうど終わった様子にうんうんと頷いた。

メジャーをあちこちに這わされてうんざりしている主役は、ロロだった。

くれぐれも他言無用と言い聞かせて部屋を出て歩き出す。すぐ後ろに、こちらも終わったらしく出てきたL.L.とC.C.が続いた。

「……殿下。どうするつもりなんですか、こんな……」

「あなたはもっと、命のやり取りとか、そういうところじゃない場所にいてみるべきだわ」

「だから学校に通えと?」

「そう。普通の世界に慣れなさい。でも私と関わりがあるって明かすのは避けるべきね。次の春から高等部に一般入学にするべきかしら。あなた、隠密にしては血の匂いがしていけないのよ。咲世子を見てごらんなさい。まさか武人には見えないでしょう?私の師匠よ」

「はあ……」

にこにこ話すナナリーに、疑問を抱いたのはアーニャだ。

「ナナリー様?」

彼女がこんなに砕けた様子を見せることなど、ない。

たった数日前に知り合った相手にする態度ではなかった。

「アーニャ。ふふ、内緒ですよ。彼、私のものにしたいんです」

「……どういうこと?」

「ゼロ部隊でも親衛隊でも、もちろん騎士でもなくて。私個人の配下にしたいのです。あくまで、裏のね」

そこまで言って、ナナリーはくるりと振り返った。

 

「ね、ジュリアスさん。少しお話しませんか?」

 

同じように部屋を出て、後ろを歩いていたジュリアスとC.C.。彼らに向かって、にっこりと微笑んだ。

 




お久しぶりでございます 映画見てからぶつりと途切れていたようで……ボチボチ……書ける精神状態になってきました……
でもいろいろ考える間に解釈がドンドコ変わっちゃってこれまでの話とどう整合性付けるかアワワなのが悩みどころです(´Д⊂ヽ
8話あたりまでが皇道見るまでに書いてたとこなので、突然テンションが変わったら察してください

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