無に帰すとも親愛なる君へ   作:12

23 / 40







第四章 血と鋼のニオイ-1

思ったよりも早かったなと、神楽耶は思った。

この地を踏んで数日。ようやくここへ来た目的を遂げることができそうだ。

本来ならば隣にいるであろう男を思う。キョウトからの護衛を数人引き連れては来たが、ひどく落ち着かなかった。彼はいるだけで神楽耶を安心させ、勇気づけてくれる。神楽耶の兄であり、夫であり、共犯者。あの血に染まった日がなければ、きっとここまで彼と強く結ばれることはなかっただろう。

目を瞑れば、大丈夫だよと微笑む姿が容易く浮かぶ。

だから神楽耶も同じように、遠い地にいる彼を思って祈った。

――大丈夫ですから、安心してお行きなさい、スザク。

果たして作戦はうまくいったか。ブリタニアに手の内をさらす形ではあるが、その代わりにナナリー副総督を手に入れられるのならば。

スザクと神楽耶に疑いがかけられ――いや確信を持たれている以上、こちらはどこまでも不利だ。このまま、どうやら向こうに情報が流れているらしい現在の大きなアジトを捨て、何年もかけて作り上げた、人の手の及ばぬ深い山中にある巨大な地下都市や潜水艦を拠点とする。そして本格的に動き出す。名誉ブリタニア人の枢木スザクと皇神楽耶は雲隠れしてしまう。

その計画をうまく運ぶために、ナナリー・ヴィ・ブリタニアを人質にする必要があった。

神楽耶が国外へと身を隠したのも、ルルーシュの手から逃れるため。

一世一代の大勝負が始まろうとしていた。

 

「お待たせいたしました」

 

来た。

神楽耶は身構える。大宦官とお付きの女官に連れられて、純白が姿を現す。少女はやや緊張したふうにおずおずと挨拶した。

通訳を断り、神楽耶は流暢な中国語で告げた。

「お会いできて光栄ですわ、天子様。皇神楽耶と申します」

自分と同い年の少女は、ひどく幼く見えた。

無垢、その言葉がぴったりだ。ひたすらに美しい、観賞のための壊れ物のよう。

彼女を交え、大宦官と話すは世界情勢。天子は半分ほどしか理解していないようだった。噂通りの傀儡の天子ということか。

中華とはここ数年よい付き合いをしている。しかし彼らの目的がいずれの日本支配であることは明らかで、うかうか心を許せるわけもない。彼らはブリタニアにもいい顔をしているのだ。

どちらをも選べるように。どちらを切り捨ててもよいように。

神楽耶が日本から来たと知り、天子は顔を輝かせた。

「エリア11といえば、ルルーシュが総督をしているところですね」

「え、ええ」

とっさのことに動揺を隠せず、神楽耶は焦った。

なぜ彼女がルルーシュのことを親しげに呼ぶのか?

「ルルーシュが総督になってから、エリア11の経済は潤っていると聞いています。彼ならば、きっと民を皆救ってみせるでしょう」

「失礼ながら、天子様はルルーシュ総督のことをご存じで……?」

「ええ。ルルーシュは7年前、この中華へ留学に訪れていたのです。わたしの、唯一のお友達ですわ」

天子が笑う。ルルーシュのことが好きでたまらない、愛しく思っているというのがよくわかる心からの笑み。

大宦官たちは複雑に思っているようだったが、神楽耶が興味を引かれたのを装って尋ねると、詳しい事情を説明してくれた。半年間朱禁城で過ごし、天子さまと交流を持ったと。

天子の名で呼ぶことを、世界で唯一、天子直々に許された人間だと。

ルルーシュ殿のこととなると、わがままも申されますものなあと、また別の宦官も言った。

すっと血の気が失せる。顔色が変わったのが自分でわかった。

冷汗が背を伝う。

自分たちは、決定的な一手を間違えたのかもしれない。

 

 

 

 

現れた枢木スザクは硬い顔をしていた。さすがに緊張もするだろう。ここまで早くとは思わなかったのかもしれない。これがもう少し遅ければ、戦局は変わっていた――例えば考えたくもないが、暴行されたナナリーの写真のひとつでも寄越されれば、ルルーシュは何もできなかっただろう。

ジェレミアに命じ、ルルーシュが知るはずのない、枢木スザクの個人用携帯に連絡を送った。

皇神楽耶を指名手配――発見次第問答無用で殺害の許可の降りる一級のものだ――されるか、ここへ来るか選べと。

スザクのプライベート番号。そこまで調べがついているのだと、牽制する役割もあった。ついでに紅蓮弐式の名まで出してやった。どこまで漏れているのかと顔を青くしたことだろう。

ここまでやっても来なければ、それまで。

断固殲滅だ。

もうひとつの鍵、皇神楽耶。こちらはヴィレッタに調べさせ、現在中華にいることは割れている。

そう、よりにもよって中華だ。なんと愚かな選択をしてくれたのだろう。ついている。天は俺に味方している!

ルルーシュは笑いを抑えきれなかった。絶望的なこの状況を、わざわざあちらからひっくり返してくれるとは!

自陣のクイーンを丸裸にして、タダで済むわけがないというのに。

武器の確認はしたが、万が一の時のため部屋の外には咲世子が控えている。

静かだった。先ほどL.L.と話した時も同じように沈黙が落ちていたが、緊迫し、やるかやられるかという空気は先ほどの比ではなかった。まるで戦場――いや、正しく戦場だ。

ぴりぴりした空気が肌を刺す。沈黙を破ったのはルルーシュで、わざと酷薄に笑った。長ったらしい前置きをするつもりはなかった。

「日本解放戦線の首魁どの。今すぐ我が妹を返してもらおうか」

「……なんのことでしょう、総督。自分はただの」

「御託はいい。いいか、とびきりの極秘情報を教えてやろう。中華連邦の天子、蒋麗華は私の婚約者だ。いずれは中華の主となる私が、被支配民族の小娘ひとり殺せないと思うか?」

スザクが目を見開く。驚愕に震える唇から、引き攣れたような声が漏れた。ルルーシュはクツクツと喉を鳴らす。

「やはり知らなかったか。私が中華へ留学していたことはあまり知られていない。情報収集が甘かったな?ブリタニア本宮の役人レベルなら誰でも知っている話だ。お前はチェックに失敗したんだよ」

もちろん煽るための嘘だ。ルルーシュの留学先はほとんど秘せられていた。知っていたのはわずかな皇族と、宮殿の中枢を牛耳る、その中でも最も力のある貴族くらいのものだろう。今となっては簡単に入手できる情報ではないはずだ。

「お前の姫とこの国の未来、どちらを取るかな?ここでお前がしらを切るなら、私は彼女を探すためにどんな手をも使おう。必要とあらばイレブン虐殺もやむなしだ。今の甘ったれた政策など、今すぐやめていいんだぞ」

両手を広げ、残念だというように首を振る。

麗華と婚約しているというのははったりだ。正確には婚約予定、である。まだ正式な話として挙がったわけでもない。だが皇族の間でかなり具体的に審議されていることであり、ルルーシュがシュナイゼルに望めば、来月にでも挙式となるだろう。

とにかく、ここで真実だと思いこませられればなんでもよかった。

「神楽耶に婚約を申し込んでおいて……っ」

「ブリタニアは皇族に限り一夫多妻制だ。さすがに数に限りはあるが――おいおい、まさか知らなかったのか?我が父上の奔放ぶりを知らぬわけではあるまいに」

鼻で笑う。スザクは取り繕うことをやめたらしい。殺気が膨れ上がり、般若のような形相になってゆく。

まるで獣だ。

「きっさま……!」

「お前に残された道はひとつだ。ただちにナナリー副総督を開放しろ」

「僕が……俺が、おまえの言うことをきくと思うのか。どうせ殺されるなら彼女も道連れだ。一両日中に僕が戻らなければ、副総督は僕の部下に殺されることになっている」

「ならばお前をネズミどもの巣に戻すまでだ。わが軍の誇るナイトメアの軍隊が、お前を丁重に送って行ってやるさ」

スザクがぎりと唇を噛む。

「……ここまできて、計画をふいにするわけにはいかない。僕と神楽耶が消えたって、組織は機能する」

強情な奴。

まるで自分が正しいと疑わない澄んだ目。それはルルーシュが大嫌いなものだった。そんな目をしているやつに、ろくな人間はいない。

抑えていた苛立ちが爆発しそうになって、

「死ぬ覚悟はある。ナナリー・ヴィ・ブリタニアは返さない」

――そのまま怒髪天を突いた。

「ふざけるなッ!!」

バァンと机を叩き、置いてあったチェス盤の駒を薙ぎ払う。机の上のランプが大げさに飛び上がり、倒れた。ルルーシュの真ん前に、黒のポーンが転がって止まる。

「自分こそが正義だとでも言いたげな顔だな?枢木スザク。貴様こそがこれまで情報を売っていた日本解放戦線の最大の裏切り者だとも知らず、ご苦労なことだ!ああ、そうだな、貴様がそのつもりならかまわない。残ったネズミともども歓迎してやるさ。お前と神楽耶の二人ぽっちが死のうが死ぬまいが、どうでもいいことなんだよ。今更殺す相手がふたり増えたところで、私はなにも変わりはしない。そんなことで腹が治まると思うな!おまえたちだけで済むはずないだろう……私の、俺の妹に対する命がナンバーズ二人?笑わせる。たった今、お前はイレブン全員を売ったと思え。構うものか、矯正エリアと同じ扱いをしてやる!」

「なっ……」

「なにを驚いた顔をしている?当然だろう?何のためにお優しい政策にしてやっていると思っている、ナナリーのためだ。彼女は無駄な血が流れるのを好まない――――ああ、それとも裏切りのほうか?お前が教えてくれた“家”の地下室には、ずいぶんと助けられた。礼を言っておこう……枢木。お前はおめでたいな。なんにも気づかず今日まで来れて、幸せなやつだ。お前こそが、テロリストどもを無駄に死に追いやってきた男だというのに!」

しん、と部屋が静まり返る。

スザクは呆然とし、そして――吠えた。

鎖から解き放たれた獣は激昂のままに机に乗り上げ、そのまま車椅子に座るルルーシュに飛び掛かってくる。強引に押し倒される。ルルーシュは強かに頭を打ち付けて、呻いた。スザクは我を忘れているのか、ルルーシュの顔を思い切り拳で殴った。手加減なしのそれに口内は切れ、口の端には血が滲む。

「この、この……っ、卑怯者が!あの悪魔の女がお優しい?そんな……そんなことが信じられるか!あれだけ、あれだけ他の国を蹂躙して奪っておいて!どれだけ死んだ!どれだけ殺した!」

「ルルーシュさま!」

咲世子が部屋に飛び込んでくる。落ち着いた足音が続くのは、おそらくこれはL.L.だろう。政庁に戻るなりふらりと消えたと思えばこれだ。ずっと部屋の外にいたのだろうか。

「咲世子さん。大丈夫だ」

L.L.が囁いているのが聞こえる。しかしどうでもよかった。どうだってよかった。ずきずき痛む頭も、切れた口の端も。

ナナリー。

微笑む彼女の姿がちらつく。今どこでどうしているだろう。きっとヴィ家の名に恥じぬ振る舞いを、副総督の名に恥じぬ行動をしているだろう。その姿が浮かぶだけに、胸が痛かった。

自分の所為だ。

床に転がってスザクにマウントをとられたまま、それでも目だけは抵抗し射殺すように睨み付ける。意識せずとも地を這うような声が出た。

「ナナリーを侮辱するな。……皇族の俺たちに、ほかに道があったと思うのか」

「知ったことかそんなもの!」

「ほら見ろ、お前は敵を知ろうともしない!そんなことだから敗北する!お前の敗北はあの小賢しい女の死と同じだ。今頃は天子と呑気に茶でも楽しんでいるかもしれないが、俺はいつでもあの女を捕まえられる」

麗華には悪いが、彼女の純粋さこそを利用させてもらう。ルルーシュの頼みなら彼女はまず間違いなく、なんの疑いもなく聞いてしまうだろう。この程度のことなら大宦官も頷くはずだ。すでに神楽耶には国家反逆罪という立派な罪がある。庇ったところで益のない罪人を匿ってブリタニアに引き渡さないことは、今の中華にとって得ではない。治外法権?バカバカしい。それを理由に難癖をつけて今度こそ中華に攻め入ることだってできる。

我らがブリタニアは、そういう強盗の国だ。

上手い政治ができる人間がいるなら別だが、あの大宦官の腐った頭じゃ、駆け引きしながら回避するなんてのはまず無理に違いないのだ。

だが、これは麗華とルルーシュの関係さえなければ、絶対に成立しなかった交渉。だからこの策を取った日本側が愚かだったのではない。ただ、惜しかった。こちらにとっては、ぎりぎりのところで首が繋がったも同然だ。もしも逃亡先がオーストラリアやEUであれば、ルルーシュは確実に負けていた。

「実に素晴らしい選択をしてくれた。さすがは私の、未来の、妻だな」

揶揄うてやればスザクは震えた。怒りのあまりか、恐怖のあまりか。ちょうど自分の首あたりにあった彼の両腕が、吸い寄せられるようにそこに手をかけ、絞めた。ぐっと息が詰まる。

さすがに驚くが、視界の端の咲世子が短刀を構え、今すぐにでもスザクを殺せる状態であることに安堵する。

「……は、お前はバカか?ここで俺を殺してみろ。ブリタニアと戦争だぞ。衛星エリアになるどころか、矯正エリアに格下げだ」

「その衛星エリアが与えてくれるのは偽物の、押し付けられた平和に過ぎない!イレブンとしての!俺たちは違う……っ、俺たちは、日本人だ!」

「その名が欲しいために何人が死ぬ?今俺が総督であるほうが良いという連中がどれだけいるか考えてみるんだな。お前たちのプライドのために戦争を起こして、そのまま自尊心だけで生きていけるのなら結構だが――そんな考え無しの男に、ナナリーを侮辱する資格はない。あの子は自分が最前線に立つことで、最も犠牲の少ない道を選んでいる。帝国の誰より強い騎士になることで、最も早く戦争を終わらせてきた。その結果を、お前たちが悪夢だなんだと呼んでいるに過ぎない」

「何言ってるんだ?戦争を終わらせる?仕掛けたのはお前たちだろう。お前たちが侵略なんてしなければ、こんなことには……ッ」

スザクは憎しみの籠る声で言った。ルルーシュの首から手を放し、拳で空を切る。

 

……そうだ。

父シャルルがこんなことさえしなければ、ルルーシュもナナリーも、人殺しになどならなくてよかった。ルルーシュは返す言葉を持たなかった。

スザクは正しい。

そう、それだけは真実なのだ。自分たちの手が血に塗れたのは、紛れもなく、あの男のせい。永久に子どもでいることを奪われて、花火の上がる音の代わりに、何十もの命が爆破される音を聞いてきた。花の香ではなく、死臭を嗅いで生きてきた。

「……咲世子」

ルルーシュの一声で、有能な護衛がスザクを引きはがしにかかる。

ルルーシュは崩れ落ちてしまったスザクの唇が、わなわな震えながら「かぐや」と動くのを捉えた。

ルルーシュを抱き起しに来たL.L.は、元通り車椅子に乗せてしまうと、あとはスザクを静かに見つめている。何も言わない。だけど視線は雄弁だった。隠そうとはしている、でも出来ていない。まるで自分が痛いかのような顔だ。

この男は「あんな動きをするのは奴だけだ」と断言していた。まるでスザクの操縦をよく知っている口ぶりだ。それはつまりは、そういうことなのだろう。

彼はスザクを知っていたのだ。

数か月前、ランスロットとスザクをいやに素早く結びつけたの思い出す。おそらく枢木スザクは彼の世界でも、ランスロットのパイロットだったのだ。もしかすれば親しかったのかもしれない。オトモダチだと言った時の、L.L.のこわばった顔。

スザクはまだ震えている。

ルルーシュはしばし考えた。家族か、妹か、妻か。スザクの神楽耶に対する心など知りもしないが、大事なものを思う気持ちは知っている。知っているからこそ、今までさんざん利用してきたのだ。非道なやり口に手を染めたこともある。

つい数分前に、純粋に慕ってくれる麗華の心を使おうとしたように。

拘束されながらソファーに座らされたスザク。ルルーシュに襲い掛かってきたときの殺気は消え失せている。噛みつく元気もないようだった。用意してきた手は奪われ、守りたいものすべてを人質に取られている。絶望だけが、静かにスザクを抱きしめていた。

ふう、とゆっくり息を吐く。あんなに怒鳴ったのはいつぶりだろうか。らしくもないことをした。

ナナリーの命が無事であるとわかった以上、焦燥は少しはましだ。扱いに不安は残るし、できることなら今すぐあの華奢な身体をこの腕に抱いてやりたい。

だけどこの男と皇神楽耶が、乱暴することを許すことはないはずだ。

現場の人間によっては、多少手を上げるようなことはあるかもしれない。それでも拷問や、ましてや女性の尊厳を奪ったりするようなことは、決して有り得ないと信じることができた。ずっと気に食わなかったこいつの正義ヅラのおかげで。この男が、そんな悪役じみたことできるものか。

きっと甘いと知りながら、ルルーシュは口を開いた。

「我が妹の扱いは、捕虜だろう。国際法に則っているんだろうな」

「……ああ」

ならばよし。ナナリーはしっかりしている。今も日本解放戦線のアジトかどこかで、毅然と前を向いていることだろう。

怒りは消えるはずもない。しかし今は。

当初の計画を思い出す。

こいつをランスロットに乗せるなら。ゼロ部隊に入れるのなら。

そしていま、この状況なら。

 

「枢木スザク。ナナリーを無事に返すと言うのなら、皇神楽耶にも、日本人にも手は出さないと約束しよう」

 

スザクがのろのろと頭を上げた。ぎりぎりのところで瞳から光は失われておらず、ルルーシュをまっすぐに刺す。

「お前に日本を返してやる……とは言わない。サクラダイトを失うのはわが国にとって不利益だ。タダで手放すことはない。中華連邦が隣にある以上、この国からブリタニア軍が退くこともないだろう。だが、それでも日本人の名を返し、名誉と権利を回復させてやる。……そう言ったら、どうする?」

咲世子がはっと顔を上げてルルーシュを見た。ゼロ部隊にしか話していない、ルルーシュの計画。そのさらに向こう、ナナリーと自分だけの秘密を、ルルーシュは口にした。

「……いきなりなんだ」

「お前の力が欲しい。あの動き、紅蓮の機体性能だけで片付けられる話ではない。……そうなんだろう?ジュリアス」

「ロイドが大喜びだ」

彼こそがランスロットのパイロットだと、認めたも同然だった。黙っていたいはずの、彼の世界の情報だ。さすがに驚いて見やるが、視線を逸らして応えない。

ならば。ルルーシュはスザクに向き直った。切れた口の中がひりひりしていた。血の味。生々しく感じながら口を開く。

「私の軍門に下れ。その代り、お前に世界を返してやる」

「……それもブリタニアの世界だろう?間違ったやり方で得た結果に、意味はない」

「あくまで徹底抗戦にこそ意味があると?与えられた平和に意味はないと。父枢木ゲンブの志を継ぐのなら、それもいいだろう。だがその結果、何人の日本人が命を落とす?合理的に考えろ。情を捨てろ。鬼になれ。導くものでありたいのなら」

必要なのは結果だ。過程はいらない。結果に過程が必要だというのなら、それをも描いてみせるまで。

演じることだ、何もかもを。

騙し、媚び、篭絡し。憎いものに頭を垂れてきた。

そうしてここまでやってきた。

だからこれからもそうするまでだ。その道行きについて来れないと言うのなら、脅してでも意のままに動かして、利用して棄てる駒とするだけ。

「……エリア日本、か。そんなようなことを言ってったっけ。お前が言っているのは、そういうことだろう?」

「どうだろうな」

「どのみち僕に拒否権はない。断れば、この国も神楽耶も、どちらも失う。お前はそうするつもりなのに、どうしてそんなことを訊く?」

「簡単なことだ」

ルルーシュは優雅に笑んだ。

言うか、言わまいか。今なら戻れる。

目の前の可能性に賭けてみたいだなんて、どうかしている。

自分と同じ男が、あれほど気にかける存在だから?そうかもしれない。きっとそうだ。自分自身がこんな気持ちの悪い偽善者に惹かれるなど、ありえないのだ。

 

「この数か月、お前を見ていて思った。頭は悪くない。生真面目で扱いづらそうだが、自分の立場と優先順位は理解している。利用するには最高の駒だと思っていた」

 

だけどルルーシュは、言葉を紡ぐのをやめられなかった。

 

「が、気が変わった。神楽耶姫を捨てる必要はない。ただ、私の地獄の道行きに付いてこい、私の、真の意味での仲間になれと――そう言っている」

 

沈黙が部屋に落ちた。長く、重苦しい静けさ。

枢木スザクは、言葉を理解するのにずいぶんと時間がかかったらしい。じっくりと固まった後、

ゆっくりと口を開き、

 

「――何を、言っている?」

 

もっともな答えを返した。

 




四章です。後半あたりから徐々に雰囲気が変わってくるというか……よりなんでも許せる人向け!みたいになります。そこからもまだしばらくは大したことないのですが、該当シーンの直前で急に注意喚起すると面白くないので!
あと、双貌未読だと面白さが半減していくと思うのでぜひ読んでください……マリーベル・メル・ブリタニアをよろしくお願いいたします……映画見ました???あの可愛い可愛いマリー 動いたんですよ マリーが……………………ブルーレイ買うしかありませんね 


お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、この世界のブリタニア側はルルナナの戦場での働き・枢木がランスロットに乗ってバンバンデータをとったりしていない・黒の騎士団もいない、ということで本編より若干ナイトメア開発がゆっくりです。ラクシャータ側はそんなことないのでゲフィオンディスターバーはとっくに式根島での「効果範囲も持続時間もまだまだ」の域は脱していたりします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。