よく晴れた秋空だった。ルルーシュは機嫌よさそうに、指令室で出撃の合図を出すのを待っている。
隣に控えるL.L.はといえば、さきほど特派で見せられた製作途中の機体について、ぶつぶつ言っていた。
「殿下、いつの間にあんなものを……」
「良いだろう?形になるまでナナリーにも内緒にしていたんだ。ばれると怒るから」
「心配していらっしゃるのですよ。まさか私が操縦することになるとは」
「不満か?」
「滅相もございません」
ガウェイン――。
複座式の機体。ドルイドシステムとハドロン砲を搭載した、類を見ないKMF。長距離攻撃型であり、KMFとしては異例の高い演算能力を有したそれは指揮官が乗るのに最適だった。シュナイゼルに余計な借りを作ってでも、正直、欲しかった。
「君のために作ったんだけどね」などとシュナイゼルは言っていたが、嘘くさい。
だがこれでルルーシュもG1ベースでぼけっとしているだけの存在ではなくなる。キングから動かなければ部下はついてこないのだ。その信念に、ようやく自らを沿わせることができる。
予定では、ルルーシュはL.L.に抱かれて機体に乗り込み上の席に、L.L.は下、操縦席に着席することになっている。こちらで操作できるものといえば、ハドロン砲の発射ボタン程度。危険すぎる?いいや、この機体は空を飛ぶ。
ロイドが前から奮闘していたフロートシステムの小型化に成功したのだ。これがあったからこそ、ナナリーはルルーシュが戦場に出ることに頷いた。近いうちに完成してお披露目ができるだろう。ルルーシュがナイトメアに乗るのなら、護衛の咲世子も自由になる。さすがに専用機は作れないだろうが、それでもうまくいけば2体、いや枢木スザクの確保に成功すれば3体、一気にうちの部隊に追加できるのだ。目覚ましい戦力アップとなる。これが楽しみでなくてなんだろう。いち総督が持つには出過ぎた戦力だと言われても、シュナイゼルの技術部に協力しているという言い訳が立つのはありがたい。
もちろん今日のところはいつもと変わらず、指令室からの参戦だった。
「サムライの血、な」
中部最大のグループだ。もちろんブリタニア軍を動かせるルルーシュからすればどうということはない。問題は。
「来るだろうか。クルルギは」
「来るでしょう」
「おそらくは」
ジュリアスと咲世子がそれぞれ答える。ルルーシュは満足そうに頷いた。
「サムライの血は日本解放戦線に次ぐ巨大組織だ。ここを崩せば京都と富士の防波堤が決壊すると言ってもいい。これの陥落を見過ごすようなら、イレブン鎮圧など赤子の手をひねるよりたやすいことだ」
ナナリーのナイトメア、ランスロット・モルガン。漆黒の悪夢はついこの間、チバゲットーで初の演舞を果たした。わざとナイトメアの所有数が多く、メカニックでもいるのか中古品らしさを感じないそれらが自慢のグループを狙い、その結果、ナナリー一機でほとんど壊滅。この現状なら、そろそろ向こうも奥の手を出してくるだろう。キョウトが最新式のナイトメアを所有しているという話は、早いうちからわかっていた。搭乗するのはおそらく枢木だ。ルルーシュはくつくつと喉の奥で笑う。
「気が立っているだろうな、この間の婚約話で。向こうだって素性がばれていることを分かったうえでの猿芝居だ。神楽耶姫の心痛、察してあまりある」
「……殿下」
まだ採用されて日の経っていない、覆面の側近ははぁとため息を吐いた。不敬罪なのだが、皇子自身が咎めない以上、誰も異を唱えることはできない。
「皇子殿下にあるまじき顔ですよ、ルルーシュ様」
咲世子がふんわりと笑った。
「それじゃあどっちがテロリストだか、わかりはしませんね」
「お前に言われたくないな。その面の下でどんな顔をしているやら」
「わたくしは殿下の側近として、相応しい顔をしていますよ」
「それはそれは。ろくでもないな」
『――殿下』
ルルーシュが中央を陣取る通信台に、大きく部下の顔が映し出される。
「アレックスか」
『こちらの準備はすべて整いました。ご指揮を』
「あいわかった。そちらも、武運を祈る」
クロヴィスの元部下。エリア11軍の将軍だ。どうやらクロヴィスがルルーシュのことを褒めちぎっていたようで、いかな日陰皇子と言えど問題はなくやれている。確かに優秀な男ではあった。この男がルルーシュに異を唱えず、軍の人間をまとめようと奮闘していることは、こちらにとってもありがたい。おかげで軍部の掃除には、余裕をもって取り組める。今は政庁の、無能だが地位だけはある役人をどう角を立てずに排除するか、そちらで頭がいっぱいだ。
ルルーシュは目をつむり、深呼吸をする。
いつ何時でも、何度やっても、殺し合いをしろと宣言するのは重い。
それでも隠しきれない昂揚が自身の中にあることに、嫌気がさす。自分が、戦いを好んでいるだと?人の命を屠って悦んでいる?まさか。
ルルーシュは耳に掛けたマイクのスイッチを入れる。
『――テロリスト諸君に告ぐ。こちらはエリア11総督ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである。貴様たちの行いは我が国に対する反逆であり、また臣民の安全を脅かす卑劣な行為である。5分以内に投降せよ。我々は無駄な争いを好まない。返答がない場合、突入する。繰り返す。テロリスト諸君に告ぐ――』
あの男に似ていると感じることは、ルルーシュにとって屈辱でしかなかった。
なのに口元は三日月にゆがむ。少年皇子はたしかに笑っていた。
そして背後に控える男は、声を出さずに小さく何事かをつぶやいた。
眼前で昂っている少年。かつての自分によく似た姿を眺めながら、彼は目を細めてこう言っていた。
スザク、と。
枢木スザクは深呼吸をした。
策は打った。自分の宝への守りも完璧だ。
『スザクくん、準備はできたか』
『はい。藤堂さん、合図が下りたら地下の指揮を任せます』
『承知している。では、またあとで』
『また』
静かな機械音が響くコクピット。今まで数度、実戦には参加してきた。この間の戦いには運悪く参加しておらず、結果があれだ。あの化け物のようなナイトメア。悪夢のナナリー、その言葉が脳裏をよぎらずにはいられない。真正面からあれとやって、勝てる機体はおそらくない。この紅蓮ならいい勝負にはなるだろうが――。
「だけど、こちらの手をそれだけと思っているなら」
スザクはごちた。
「おまえの負けだ、ルルーシュ。そのいけ好かない仮面を剥がしてやるよ」
『全軍攻撃開始!』
ルルーシュの声が響いた瞬間、一斉に最前線のナイトメアが動き出した。山をまるごと要塞化した巨大なアジトを持つここは、さすがのルルーシュでも内部構造までは掴めていない。どこにどんな施設があるのか、首魁はどこにいるのか。スザクはそのような情報まで、あの蔵に置いていてはくれなかった。
ずんずんと進軍してゆき、ジェレミアを先頭に進む。それぞれ坑道の入り口から内部を割り出す予定だった。しかしルルーシュの予想通り、そこへ入る前に、中からイレブンたちが飛び出してきた。
「すべて撃破し、ジェレミア、お前はキューエル隊を率いて先に行け。セシリア、カラム隊もあとに続け、内部で数手に分かれろ」
「イエス・ユアハイネス」
中に入って、袋のネズミにされたらおしまいだ。だからこそ慎重に、探知機能をフルに使うしかない。どのみち誰かを向かわせねばならず、そうなるとここでエリア11軍のみを向かわせるのはあからさまに捨て駒と言ってしまうようなものだ。だからジェレミアを向かわせた。ルルーシュが名実ともに地位ある人間ならばこの程度気にもしなかっただろうが、それができれば苦労しない。
「ジェレミア、十分に注意しろ」
ルルーシュは中へと向かわせた隊と映像を共有しつつ、入り口で戦っている部隊へ目を向けた。敵の使用機体はグラスゴーと、それを改造したらしい灰色の機体――無頼というらしい――が数機。目ではない。しかし動きは他のグループとは段違いであり、統率のとれた動きだ。今までも訓練はしてきるようだったが、付け焼刃感が否めなかった。だが、これはははっきりと違う。
外へ出てきたたくさんの無頼やグラスゴー。サザーランドまで交じっているのには、ブリタニア軍内部からの手引きとしか取れず、舌打ちするしかない。
それらをほぼヴィレッタとブレア隊に任せ、ナナリーとアーニャを温存する。
杞憂で終わるだろうが、ナナリーのエナジーを多く残しておきたい。
次々とイレブンたちが脱出ポッドを使い戦線離脱してゆくが、今は追わない。
「新しい機体。お前は何か知っているか?」
ルルーシュはジュリアスを呼び、囁いた。
「……答えると思うのか?」
「命を無駄にしたくないのなら、くだらんルールは捨ててもらいたい」
言い切ると、ジュリアスは黙った。答える気があるのかないのか、黙って戦況を見つめている。
指令室の壁に大きく設置された液晶。上空からアジトの全体を簡略化して映した図に、ぽつぽつと点が浮かび上がってゆく。熱源反応の集まっている区画だ。これらのうちのどれかに、このグループのリーダーがいる。だが、そいつを生かすつもりはルルーシュにはなかった。
「正面突破、ジェレミア卿に続きます!」
別の隊から通信が入った。よし行けと言ったと同時、液晶の前であちこちと通信を交わしていたオペレーターからポイントを割り出したと報告が入る。ルルーシュはジェレミアを向かわせた。
予定通りだ。今のところ、不審な機体を発見したとの報告もない。
探索班のプライムサーチでは、一か所に人の熱が集中している。地下だ。相当の人数がいる。
ここの装備は旧時代のものばかり。ルルーシュが調べた内部構造と、部下から上がってくる情報はほぼ同じだ。これまで通り、枢木スザクから拝借したデータ。
制圧したのち幹部を引きずり出せ、できなければ一掃。先頭を走るジェレミアにそう伝え、
ルルーシュは内部を進む隊を小分けにしつつ、外から山ごと蜂の巣にするための準備をする。
ナナリーの出る幕もないだろう。思い違いだったかと、ルルーシュが眉を寄せた、そのとき。
ぴぴぴぴとけたたましい音がして、突如、ある一点で次々とLOSTの文字が光った。
「なんだ!」
ちょうどロストしたあたり、そこの部隊長に通信をつなぐ。
「わかりません、見たことのない赤い機体が――!うわあああッ」
「おい!」
来た、新型か!ルルーシュはぎりと歯を食いしばる。次々にやられていくそのさまは、ナナリーのモルガンが敵側にいるかのようだった。そして正体不明の敵は、間違いなくナナリーの方向へ向かっている。
「ヴィレッタ!ナナリー、アーニャ!」同時に通信を入れて叫ぶ。しかし、ヴィレッタからの返事はない。ロストはしていないのに、なぜ?予測していなかった事態。今までなかったことに苛立ち、返事のあったほうに声をかける。
「ナナリー、そいつを食い止めろ!アーニャ、お前はナナリーをカバーして――」
「駄目だ!」
「は?」
横から突然ジュリアスが声を張り上げた。通信台に手を突き叫ぶ。
「ナナリー!、っ……皇女殿下、お逃げください!アーニャもだ!枢木スザクが乗っている!その機体は――」
ジュリアスはようやく、自分の手の内を明かす気になったらしい。だが感心している場合ではなかった。この取り乱しよう。
ナナリーが危険だ。
「なぜ枢木だと」
「あんな動きをするのは奴だけだ!」
ルルーシュはモニタ前であたふたしているオペレーターたちに指示を飛ばした。それぞれの部隊の無事を確認させる。
「ブレア隊と連絡取れません!機体の動きが完全に停止しています、ヴィレッタ卿もです!」
「なに!?」
集団故障などありえない。しかし、その現実が目の前にあった。
「オーギュスト隊、応答せよ!」
「アレックス将軍とも連絡がつきません!」
何が起こっている。ルルーシュは血の気が引くのを感じた。
そうこうしている間に、ナナリーの前に件の機体が現れた。
ファクトスフィアの映像をこちらにも受け取れるようにすれば、禍々しい銀の手を持った赤い機体。
――あの手、何かがある。
距離を取れ、とは言わなかった。二人とも理解していた。
だけどそれでは不十分だった。ジュリアスが駄目だもっと距離を取れと叫んだと同時、アーニャのグロースターの頭、コクピット部分が銀色の手に捕まった。嫌な予感がした。頭の中で警報が鳴り響いている。まずい。
覆面の男が大きく舌打ちをする。
事情を理解しているらしい彼が、手を突いていた通信台からゆっくりと手を放した。それが諦めの姿勢に見え、悪寒が背を駆ける。
「ナナリー殿下、今すぐお逃げください。敵の狙いはあなたです」
「アーニャ!」
ナナリーからの返事はなかった。引き攣るような声で騎士の名を呼ぶ。
その瞬間、それは起こった。
銀の手から、奇妙な熱放射がされている。ナイトメアはたちまち変形し、ぼこぼこと、病気にでもなったかのようにあちこちを膨れさせていったのだ。
おぞましい光景だった。
中にいるパイロットが無事ではすまないのは明らかだ。サクラダイトとともに爆死するか、急上昇したコクピット内の熱にやられるか。ルルーシュも彼女の名を叫んだ。いけない!
ナナリーが金切り声で逃げなさいと叫んだ。それに対しもっと切羽詰まった声で、殿下逃げてくださいとジュリアスが叫ぶ。ここまで追い詰められたことも、このような方法で攻撃されたこともナナリーにはない。軽いパニック状態だった。
アーニャがナナリーの言葉通り、脱出機構に手をかけた。間に合ったらしく、勢いよく飛び出していったコクピット。あそこで意地を張ったって、ナナリーを守ることはできず、死ぬだけだ。ルルーシュは重苦しく短い息を吐く。汗が頬を伝った。
いったい何が起こっている?
「ブレア隊動きました!」
オペレーターが歓喜の声を上げる。それを聞き、ジュリアスは忌々しそうに地団太を踏んだ。
「ゲフィオンディスターバーが切れた。だが、その分のエネルギーは……次は殿下だ。おそらく森じゅうに仕掛けられているぞ。逃げても無駄だ」
ジュリアスは体から力を抜いた。
ルルーシュはその行動が信じられず、目を見開く。彼は怒りのあまりだろうか、震える声で言った。
「――もう間に合わない」
次の瞬間、派手に炎を立ててアーニャの機体が爆発し、ナナリーの動きがぴたりと停止した。
ジュリアスの予言が的中したのだ。
自分の口から妹の名が飛び出したが、どうすることもできない。
そしてこちらの大騒動を知らないはずのジェレミアから、焦った声が飛んできた。
「ルルーシュ様罠です!我々の到着と同時に地下の坑道へと逃げられ、威嚇砲撃ののち、すぐに内部の爆破が始まりました。彼らはここを放棄するつもりです。現在地上へ向かっていますが、間に合うかどうかは」
「な……っ」
地下坑道、そんなものはなかったはずだ。
「やられたな」
ジュリアスが温度のない声で言う。
「貴様……っ」
「それよりもナナリー様が」
咲世子が絶望的な声を出す。動けなくなったナナリーは、囲まれて捕らえられた。
そのまま担がれ、真新しい黒い機体を盾に素早く退散していく。すぐそばにあり、巧妙にかくされていた地下への道へと潜ってゆく。
追え、と言う暇もなかった。彼らの姿が消えるとともに、入り口は爆破され、ふさがった。
呆気なかった。
これ以上ない、見事なまでの敗北だった。